特にたいした始まりではなかった。
言葉遣いと容姿とで、勘違いされやすいのだが自分は人よりぼうっとした類の人間だ。
自覚がある。ただ、同時に男子としての自尊心も持ち合わせているので、
人前では決して隙を見せたりしない。
自分は（二隊長みたいな）シュッとした大人に憧れているのだ。
第一印象から”そう見える”ならそれを通せばいいだけの事。少し怖いくらいでいい。
兵悟が大羽君こういうの好き？とジジのストラップを差し出してきた時もいらんと突っぱねた。
（欲しかった）
上司が娘のを持ってきてしまった、と言ってトトロのプリントされたハンカチを見せてきても
自分はそんなもの興味はないという顔を作って見せた。
（持っていた）
大丈夫だ。全然ばれてはいない。
国家公務員でありながら少しの悪さを忘れない斜に構えた大羽廣隆。完璧じゃ。
「オマエ、また口半開きやぞ」
「あっ」
いけない。すっかり意識が飛んでいた。
慌てて口を閉じると半歩後ろを歩く背の低い上司がからからと笑う。
「今日な、兵悟が面白いこと教えよってな」
「はあ」
「何や石井から聞いたらしゅーて」
コンパスの違いから自分より速歩きな軍曹。
使い込んだリュックを背負う自分とは違って肩掛けのスポーツバックだ。
（なんじゃ、部活帰りの中学生みたいじゃのぅ）
「聞いとんのかコラ」
「あっ、はい、何でしょうか」
「聞いとらへんかったんかい」
「スミマセンでした！」
いけない。この人と居るとぼうっとしすぎる。
気がついたらソフトボール部ならハーフパンツが似合うだろうとかいらない事を考えていた。
（こん人がちんまいのがいけんのんじゃ）
ヒヨコで一番背の高い自分とは15センチ以上離れる。
「石井、言い触らして回っとるらしいで」
「え。何をですか」
「オマエん家、ジブリ。」
「うえ？」
「ジブリが好きなんかい、オマエ。似合わへんなぁ」
「え、や、そんなことは。」
なんだって？
そんなことは。そんなはずは。
メグルは何の気まぐれか度々自分の部屋へ遊びに来るが、
そのつど窓際にずらりと並ぶ縫い包みの数々は押入れに非難させている。
「押入れに放り込んだくらいで隠した気になっとる、デッキ横のDVDは其のままや
『大羽君もたいがいアホやね』、と」
「あい、つ・・・・」
顔から火が出そうだ。
「兵悟がな、自分のストラップは断られたゆうて、嶋本さんそれとなく聞いてみてくださいと」
「そんならそれとなく聞いてくださいよ・・・」
「なんでやねん。それじゃあつまらへんやろ、俺が」
「さいですか」
上司は嬉しそうに笑う。鬼軍曹め、鬼め。
恨めしそうにつむじを睨んでいると、はたと気づく。
「嶋本さんの家ってこっちでしたっけ？」
「逆や。何が悲しゅーて官舎の近くなんか住むかボケ」
「え」
「今からオマエん部屋行くんや無いか。見たんねん、DVD」
「えぇー・・・」
笑う気だろう。自分の部屋を見て。
お望みどおり部屋にはDVDも大小の縫い包みも手入れされた花壇もある。
更に言えば、キッチンに手縫いの毛糸で出来た鍋掴みも。
（ピンクの毛糸を買うのは恥ずかしかったので空色にしたのだ。）
（ぜったいわらわれる。かくさにゃ。かくさにゃああかん・・・）
走り出す。
一生懸命に走れば撒けるだろうとの打算すらあったのに、
子鬼はあろう事か笑いながらついて来た。
「可愛いやないかい！」
「っは、何を」
言っているのか。
顔全体で笑うあんたの方が自分なんかよりずっとずっと可愛いのに。
「普段すかしとると思うたら時たま怒ったり泣いたりしよる。
やあっと判ったわ。オマエ、ただの子供やろ」
「そがあなっ」
「せやろ、子供や。可愛えやっちゃなあ！」
「・・・そがあな、ワシは、カッコいい大人になりたいんじゃあ！！」
だから自室だけは何をしても守り通さなければ。
息を切らして走る自分に性質の悪い子鬼はまた笑う。
酷く嬉しそうに。
ヒヨコ時代の大羽はそれこそ行軍が終わるまで意地でも軍曹に弱みを見せなかったと思うのです。
理想に向かってもがく姿は星野・兵悟・タカミツが嫌って言うほど見せているし。
メグルばっかりが優秀優秀言われているのにライバル意識を燃やしていたりね。
で、軍曹はなんやあいつえらい小奇麗に纏まっとるな、とか思っているのですが
いざオレンジを着てみると自分の隊の兵悟が喋る大羽像が自分の印象とだいぶ食い違う。
行軍終わりで泣いていたのが珍しいと思っていたのを、
あ、逆だ。こっちが素なのか。と気づく訳です。
大羽はただ単に小さい物が好きだから嶋本さんを嫌えないのではないかと・・・（ええー・・・）
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