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Autumn Night (ver. Cosse)

〜DEAL〜

人払いをすませ、鍵をかけた部屋で、あの男を待つ。これが一番、確実な方法だから――そう自分に言いきかせて。
お母様を止める。
カインを守る。
ただの駒として他国に出されるのを待つしかなかった私が。
もうお母様の言いなりにはならない。
これはそのための第一歩――。
窓がこつこつと鳴った。
来たのだわ――つかのま目を固く瞑ったけれど、すぐに不機嫌そうな表情を顔に張りつけて。
窓辺へ歩み寄り、硝子の向こうに嫌味な薄笑いを見つけた。
窓に鍵はかかっていないのだから、勝手に入ってくれば良いのに。施錠されていたとしても、関係ないくせに。……私の覚悟を見たいというのかしら。
窓を押し開けると、黒衣の男は目配せひとつで入ってきた。
思わず後退った私の代わりに、男が窓を閉める。
閉じこめられた――暗がりに浮かびあがる指先から、目を逸らせなくなった。というより、男の顔を見るのが怖かった。
「ンな硬くなんなって。半分はお楽しみだぜ?」
こちらの神経を逆撫でする、陽気すぎる声。まるで私までが楽しめると言わんばかりだった。
楽しいのはアナタだけよっ――反発する思いが、顔を上げる力をくれた。
けれど視線を合わせたところで、立場が対等になるわけでもなく。
せめて、口をきく余裕があることくらいは見せておきたかった。
「アナタ、名前は?」
「ジーンって呼ばれてる。……なに、呼んでくれんの?」
不自然なくらい嬉しそうな問いかけは、答えを求めるためではなく、揶揄するため。きっと睦言を仄めかしている。
「呼ばないわっ」
ぴしゃりと言い放つと、ジーンという男は「ま、いっけど」と笑った。
余裕という点では、到底、敵いそうにない。虚勢の下で、心が灰色に染まっていく。

お母様から逃げまわって、神殿脇の林へ入りこんで。
そこで、妙な出で立ちの男に会った。
こんな人が王宮への出入りを許されるなんて――最初に思ったのは、そんなことだった。
頭には白い布、黒衣の胸元はだらしなくはだけ、両腕には武具とも装飾品ともつかない金属製の覆い。なにより目についたのは、笑った顔――品がなかった。
不審者騒ぎがあったのは、つい先日のこと。王宮内とはいっても、この男は危険かもしれない、そう思った。
けれど男は、すぐには怪しい素振りを見せなかった。
「このようなところで姫君にお目にかかれるとは、光栄です」
恭しくそう言って、片膝をついた。
振る舞いは悪くなかった。でも、下賤の訛りは隠しようがなかった。
「アナタはこのような場所でなにをしていらっしゃるの?」
心持ち顎を上げて、卑しい顔を見下ろして。言外に、在るべき場所へ帰れと告げた――つもりだったのだけど。
「美姫と名高いコゼット様のお顔を拝見――にな」
男は急に立ちあがって、私の真正面へと距離を詰めてきた。
「噂通りの女だ。これなら教えてやってもいい」
「なっ……どういうおつもり?」
やはりおかしい。逃げた方が良い――逃げきれるものなら。
胸に生じた怯えを気取られたくなかった。
立場は私の方が上。ここで私になにかしようものなら……すぐに捕まって、極刑は免れないんだから。
顎をさらに上げて。それでも見下ろせない顔を睨みつけて。男の表情に変化がないことに、さらに怯えて。
そんな私に、男は言った。
「アンタの母親の秘密、知りたくないか?」
「……なんですって?」
「秘密っつーより、弱みだな。危ない橋わたってるぜー、アンタの母親」
「弱み……?」
下賤の噂話などに耳を傾けるなんて、時間の無駄。
なのに興味を振り払えなかったのは、他国の王妃にと迫られ、困り果てていたから。
王族の姫たる自分に、婚姻関係を選ぶ自由はない。でも、カインや兄様のいない、遠い国へ嫁ぐなんて、絶対に嫌だった。
弱み……他国の王妃の話を白紙に、それどころか、カインとの結婚を後押ししてもらうことだってできるかも……。
「知りたいなら、夕食のあと一人で部屋で待ってな。いいもの見せてやるよ」
男の笑みに、危険な色が差した。それすらも、お母様の秘密に対する期待を、掻きたてるものでしかなかった。
「誰にも気づかれんなよ? バレたら見せるもんもなくなっちまう。……じゃあな」

そして夕食後。バルコニーに現れた男は、かなり無茶な方法で、私を別のバルコニーへと連れていった。
そこは、お母様が人と会うときに使う部屋の、すぐ外。
身振り手振りで示されるまま、壁伝いに窓へと近寄ると……中から激昂したお母様の声が聞こえてきた。
――お前にいったいどれだけの便宜を図ったと思っているのです! 王子だけでも早くと言えば……建国祭での失敗に飽きたらず、今度は王宮内に屍を残しおって!
カインが命を狙われた建国祭、カインの部屋のそばで起きた不審者騒ぎ――お母様がなにに腹を立てているのか、一瞬で理解した。
納得できなかった。嘘だと叫びたかった。
部屋に飛びこもうとしたら、男に口と身体を封じられた。今はまずい、と耳元で囁かれた。
――お前が口をきいてやっている者どもに伝えるがいい。これ以上の失敗を重ねるなら、残りの報酬に色はつけられぬとな!
やめてお母様、カインだけはやめて!
どんなにもがいても男の腕からは逃れられず、声は小さな呻きにしかならなかった。
やがて話を終えたお母様達は部屋から出ていき、窓辺は暗くなった。
拘束が解かれた。
振り向きざまに手を上げたけれど、それは男の頬を打つ前に掴み取られてしまった。
「バーカあそこで出ていってどうするつもりだったんだよ」
「バっ……やめさせるに決まっているでしょう?」
「お前が言ってやめるもんかよ。もっと頭つかえって」
「なら兄様に話して止めて頂くわ。……放してよっ」
「だーからー、アンタの母親があれを誰のためにやってると思ってんだ?」
「兄様はこんなことをされても喜ばないわっ」
「そいつぁどーかな?」
暴れているうちに、右腕だけでなく左腕も捕らえられていた。
男のぎらぎらした目が私を見据えていた。身の危険を感じさせる光が、そこには宿っていた。
急激に心が冷えて――同時に浮かんだのは疑念――この世のすべてに対しての。
「兄様は……ご存じなの?」
「……オレなら確かめようとは思わないね」
「アナタは……なぜこのことを知ってるの?」
「やっとそこにきたか。まあこっからが本題だ」
両腕を突き放すように解放された。私が逃げも暴れもしないと確信したからか――与えられた自由は、かえって敗北感を募らせた。
「アンタの母親が王子の暗殺を依頼するとな……」
男が口の端をつりあげたとき――私はもう、その先に起こることすべてを受け止める、準備ができていたのかもしれない。
「……その話は、オレらんとこにくるんだ」
「……建国祭の時は……リオウという楽士だったわ。捕らえられたはずよね」
「あいつはとっくに自由の身だ。今ならオレ達二人がかりで王子さんを狙える」
「アナタも、カインを?」
「やめてほしいだろ?」
「なにが望み?」
「おっ、話が早い。さっすがあの女の娘」
「茶化さないで。なにを望んでいるの?」
「ま、金だな。オレらは金で動いてる。けどアンタに、母親以上のことはできねーだろ? あのしっかりした王女さんならともかく」
「なら……!」
「アンタがその気なら、オレがおいおいやり方を教えてやってもいい。王子暗殺にしろ、アンタの縁談にしろ、力になってやる。が、手付けはもらう。アンタの覚悟も見てぇしな」
私の力に……そのための手付け……覚悟……。
「アンタが大好きな王子さんの命は、アンタにかかってるってワケだ。まあ場合によっちゃ、あの双子に教えてやるってのも悪くねえな。コゼット姫の母親に、アンタらの暗殺を依頼されましたってな」
「やめて……」
「ンで、もちろんオレは、今アンタが隠し持ってる懐剣ごときじゃ傷もつかねーし」
「……っ」
「だいたいアンタ、まだなんの証拠も握っちゃいねーもんな。母親の企み、弱みとして有効利用したけりゃ、オレをうまく……」
「もういいわ……どうすればいいの?」
そのときの男の顔は見なかったけれど、確かに笑った。ふっという息づかいが聞こえた。
「真っ直ぐ部屋に戻んな。人払いして待ってろ」
ああ、やはり……そうなるのだわ。
すぐには用意できない金額を暗示され、覚悟と言われれば、容易に察しがつくことだった。
頷いて返すと、男は窓の鍵を開けた。小道具たったひとつで。
部屋に入って振り返ると、もう男の姿は見えなかった。
お母様の秘密は、そのまま私の弱みだった。安心して相談できる相手がいない。内々に処理しなくてはならない。――唇を噛みしめて廊下に出た。

前置きもなしに、服を脱ぐよう命じられた。
力になるという言葉を違えないよう、念を押してからドレスに手をかけた。
脱いでも脱いでも、続けろと言わんばかりの視線を返された。
一糸まとわぬ姿になってやっと男は――ジーンは満足そうな顔をした。
「こいつぁ上玉だ。さすが王族の姫だな」
そう言って、品のない笑みを浮かべたまま近づいてくる。
逃げ出したくなった。でも唇を噛みしめてその場に踏みとどまった。
「誉めてんだぜ? ちったぁ嬉しそうな顔しろよ」
小馬鹿にした口調はあまり気にならなかった。それよりも、真っ直ぐに伸びてくる手の方が重大だった。
甲まで黒布に覆われた、無骨な手――それが目指す先はわかっていた。身をよじれば逃げられるかもしれないことも――そうしたところで、一時しのぎにしかならないことも。
あっさりと、胸を鷲掴みにされた。食いこむ指に、乳房が形を変える。
触れられている感覚はあるのに、現実のこととは思えなかった。
仕立屋だって、こんなことはしない。ここを揉みしだくなんて、誰にもさせない、自分でもしないのが当たり前――それがいとも簡単に壊された。
立っている感覚でさえ遠くなる。正気を保てているか、自信が持てない。
「……痛いわ」
口にして初めて、不快感に気づいた。
「おっとワリぃ」
乳房を掴む手の力が弱まり、痛みが消えると、そこからはもうなにも感じない。この男はなんのために、こんなことをしているのだろう……。
「ま、立ち話もなんだな」
やがて私から手を離して、ジーンは言った。
ベッドへ行けということね……それくらいなら、私にもわかる。
黙って身体の向きを変えると、背後でかちゃかちゃと金属音がした。衣擦れの音が続く。なにが行われているのかは、目で確かめるまでもない。
膝をついて、毎夜、身を休めている場所に上がった。
いつもと変わらないそこが、まったく異質な空間に感じられた。
蝋燭の炎に照らされた寝具の色が冷たい。金糸の刺繍が、剥き出しの肌を掻く。こんな居心地の悪いところで、私は眠っていたのかしら……。
と、いきなり後ろから腕をまわされた。
悲鳴を抑えるので精一杯で、なにが起きたのかわからなかった。
身体がぐるりとまわって、仰向けに横たえられた。自分のものではない素肌が、視界を埋めつくしていた。


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