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Autumn Night (ver. Cosse)

〜DEAL〜

ああ、こういうことをするものなのだわ――男の人と肌を合わせる行為。初めてのそれが、こんな形で、こんな相手とだなんて。
いつの頃からか、未知への不安と背中合わせに存在していた甘い期待は、今夜、打ち砕かれる――力を得るために。
「楽にしろよ。手荒なマネをしようってんじゃねぇ」
なんの気休めにもならない言葉に、顔を背けた。結果、うなじが無防備になった。
ざらざらと、べとべとと、生暖かいものが首筋を這いはじめた。
漏れそうになった悲鳴は、きつくくわえられた皮膚ごと吸いあげられた。
振り払いたくて頭を揺らしたけれど、逆に押し返された。
湿った感触が耳の裏にまで迫りあがり……人のものとは思えない低声が、吐息に混じって耳朶を打った。全身が一瞬で凍りついた。
息が詰まるほどの力で身体を撫で上げられた。さっきよりも激しく乳房を揺さぶられる。
右腕は押さえつけられていた。左腕は自由だった。
覆い被さる肉塊を押しのけて部屋の外へ出られないかと、ふと考えた。叫んで人を呼べば、この汚らわしい所業から逃れられないかと……。
逃げてどうするというのだろう。
狙われているのはカインの命で、私にはお母様に対抗する力がなく、なにより今は、こんな姿。逃げるという選択肢は端から存在しない。これほど簡単なことがまだわからないのなら、他国へでもなんでも、出されてしまうがいい。
不意に肩口が軽くなって、赤と黒の毛先が胸元を滑り降りた。
乳房の先にじっとりした空気が触れたかと思うと……そこだけを切り取るかのように、異様な感覚が包みこんだ。
「……ぁ……っ」
ぴちゃぴちゃとかすかな水音。ぷつぷつと吸いつく音。獣が私の上で、なにかを食している――。
そこに私の悲鳴は重ならない。けれど耳の奥より深い場所は、金切り声で朱に染まっていた。
対の先端が、指で舌で嬲られる。
身体が石のように重くなってベッドに沈みこむ。もう二度と起きあがれない、そんな気すらした。
いつしか右腕も自由になっていた。投げ出した腕の先を呆然と眺める。指の一本さえ動きそうになかった。
でも不穏な気配が下肢に及ぶと、身体は自ずと最後の抵抗を始めた。両足をぴたりと閉じて、その間にあるものを守ろうとする――意味のないことだった。
身体ごと割って入られると、そこはあっけなく冷気に晒され、無遠慮な手に触れられた。
悲鳴を抑えるだけの自制心はもうなかったかもしれないけれど、声を上げる気力もすでに失われていた。
これ以上、抗ったところで、私に残されるものはなにもない。ただ過ぎ去るのを待つしかない……。
「……あぁ?」
怪訝そうな声がして、上体にのしかかっていた重みが消えた。
足の間でなにかを摘みあげられ、引っ張られ――、
「ぃっ……たぁっ……」
身体の中に、傷を負ったかのような痛みが入りこんだ。
「え……? あれ、お姫さんまさか、こういうの初めて?」
「痛いっ動かさないでっ」
身をよじれば、やはりそこが擦れて痛くなる。自分も動くわけにはいかないのだと気づいて、身体を硬くした。頬を冷たい筋が伝う。
知らなかった。そこがそんな風に痛みを訴えるなんて。話には聞いていたけれど、自分で味わったことはなかった。
この痛み方は普通なのだろうか。それとも今の状況と同じくらい、異常なのだろうか。わからない……怖い。
「動かさないでったらっ」
「デカい声出すなって。……動かさなきゃ抜けねーだろ?」
「いたっ……やめてったらっ」
……抜く? その指を? 抜いてどうするの? ここまでしておきながら。
この苦痛が普通か否かなんてわからないけれど、いずれにしても、この程度ではすまないのでしょう? そこを痛がっていたら、なにもできないのでしょう? 私の覚悟を見たいのでしょう?
見上げれば、私の腰を黙って見つめる、忌々しい呆れ顔。睨みつければ、気配に気づいたのか、こちらに視線を向けてくる。
「……続けなさいよっ。裏切ったら許さないんだからっ」
しばらくの間をおいて、返されたのはわざとらしい溜息。そして、舌打ちで始められた言葉。
「しょーがねー……つきあってやるよ」
腹の立つ物言いだった。なのになぜか、心がじんわり温かくなった。私は、おかしくなってしまったのかもしれない。
「……とにかく力抜けって」
あやすように、ほぐすように、痛む場所の周りで指が蠢きはじめる。生じる感覚を、おぞましいなんて言ってはいられない。無慈悲な異物感が少しでも紛れるのなら、縋った方がいい。
再び覆い被さってくる身体は、まるで慰めてくれているかのよう。乳房の先を濡らしなおす舌の動きが、どことなく優しい。
「……ぅん……ぁあ……」
力を抜けと言われた理由が、少しずつわかりはじめる。
指の侵入を妨げようと、入りこんだ指の動きを封じようと、身を硬くすることで、かえって痛みの原因にしがみついていた。
「そうだ……怖いモンじゃねぇ……大丈夫だ」
ゆるゆると、下肢に伸びた手が動く。異物感が、さほど不快ではなくなっていく。
怖くないと繰りかえされるのは、子供扱いされているようで少し悔しい。それに促されたかのように緊張を解いていく自分の身体が恨めしい。
するりと中から指が抜けていった。さっきは微動さえ辛かったというのに。――安堵したのもつかのま。
「痛いっ」
再び滑りこんだそれは、裂かれるような苦痛をもたらした。
「あーワリぃ。やっぱ狭いな」
悪びれた響きの感じられない言葉だったけれど、一応、謝罪のつもりなのだろうか。入口を押し広げていたそれはすぐに外され、
「初めてでもこんなんなるんだな。見ろよ」
と目の前に掲げられた。
乏しい明かりが照らし出すのは、ごつごつした手。人差し指と中指が、不自然なほど良く光を弾いている。その間で、透明な糸がたわんでいた。
「なんだかわかるだろ?」
「……?」
「……あれ? 知らねぇの?」
聞くのは癪で、今さら知っているふりをするのも難しくて。まん丸に見開かれた両の目を睨みつけると
「まーいっけど」
と笑われた。
なにか酷く辱められている気がする。
これみよがしに奇妙な液体を嘗めとる仕草は品がなくて、獣のようなこの男にはお似合いだけれど……なんだか……不愉快。
視線を逸らすと、枕でも扱うかのように、身体をうつ伏せに返された。
いきなりのことに驚いて振り返ると――黒衣に包まれていた下半身が、露わになる瞬間を目にしてしまった。なにかが――勢いよく跳ねあがっていた。
あれが……そうなの?
仄暗いし、慌ててベッドの背に目を戻したから、はっきりとはわからなかったけれど……禍々しさを感じさせるものだった。
腰を引きあげられ、小さな悲鳴をあげた。
「大好きな王子さんのことでも考えてな」
耳元で低く囁かれる。
首を横に振りそうになったけれど、ならば誰を思うのかと問われれば困ってしまうから、自分の肩に顔を埋めて誤魔化した。
カインを思いながら他の男に抱かれるのは嫌だった。きっと、みじめになる。
これから私を貫くのはジーン。下賤の男。私の力になると――……。
「……約束よ?」
返事はなかった。
得体の知れないものが――あの異形の先端が押し当てられる。容赦なく……ぐいぐいと……。
「……っ……いっ……!」
声をあげた途端、頭を乱暴に押し下げられた。
目の前にあった枕に突っ伏して、息を詰まらせているうちに、ジーンのそれは、私の奥深くへと入りこむ。

引き裂かれるような痛みが、全身を駆けめぐった。身体中がびくびくと震える。
どんなに待っても、痛みが止まない。次から次へと涙があふれてきた。
むせび泣いて身体を揺らせば、痛みは余計に酷くなった。
頭に置かれていた手が軽くなって、頬へと滑り降りてきた。私の様子を伺うような仕草だった。
視界に入った指先を、噛み切ってやりたい衝動に駆られたけれど……あのまま叫び続けていたら、本当に人が来てしまったかもしれない。
「……酷いわ」
恨み言をのせた声は、情けないほど震えていた。
「悪かったな」
ぶっきらぼうな言い回しだった。この男、本気で人に謝ったことがあるのかしら。私はこんなに……痛くて堪らないのに。
でもこれで、「手付け」は払えた。あとは終わってさえくれれば。
頭の上から、長い溜息が降ってきた。
「……楽しむどころじゃねぇ」
「待ちなさいよ、力になってくれるって……」
「わーってるって。……動くぞ」
「……っ!」
止まない痛みに、激痛の波が重なる。今度は自ら枕に顔を埋めた。
痛い痛い痛い痛い――っ! これは必要なことなの? それともただの嫌がらせなの? 痛い……やめてよ……。
苦痛に耐えるのにも疲れて、やがて上体が崩れ落ちた。
そこへジーンの身体が被さってくる。
息づかいは酷く辛そうで、なにかを堪えているかのようだった。
苦しいのは、私だけではないのかしら。私が初めてだから、なにかがうまくいっていないのかしら――楽しめないと言われたことの、真意が気にかかった。
私の手の横に、ひとまわり以上大きいジーンの手。その親指を掴んだ。
「ジーン……?」
声をかけたもののの、どう聞き出せばよいのかわからない。結局、不安は胸にしまいこんだ。
「まだ……痛む、か?」
切れ切れの問い。揺さぶられながら、小さく頷いて返した。
「そっか……ワリぃな」
息が荒いからか、今度の謝罪はそれらしく聞こえた。
謝ってもらえて、気が軽くなったのだろうか。苦痛の合間に、不思議な感覚が芽吹きはじめる。これは……嫌いでは、ない。
ジーンの息はますます荒くなる。襲ってくる衝撃の間隔が、どんどん狭まっていく。
ベッドに埋めこまれそうなほど、強く叩きつけられて――
「くっ……ぁっ……」
堪えていたものを吐き出すかのような溜息。不意にジーンの重みが増した。
潰されるかと思ったけれど、耐えられない重さではなかった。私一人で支えているわけではなさそうだった。
うなじを毛先が、吐息がくすぐる。ジーンは呼吸を整えているようだった。
「……なぁに……?」
問いかけると、なぜか背中に口づけられた。
そして、笑われた。

「今日聞いた話は、しばらく黙ってな。アンタが母親とうまくやりあえるように、最高のお膳立てをしてやるよ」
来たときのように黒衣と白布、そして金属製の――おそらくは防具の類を身につけたジーンを、ベッドに横たわったまま見上げる。今は座ることさえ厭わしかった。
「……楽しめなかったのではないの?」
「はぁ? ……ああ、手間はかかったな」
「約束守ってくれるのね?」
「約束? ……そっか、お姫さん流に言うと、そうなるのか」
「ちょっと……」
「わかったわかった。約束、な。あんな声で名前呼ばれちゃーしゃーねーよなー」
「……え? 名前って、いつ私が……なんの話を……って、あっあれはっ……」
「ンじゃーオレはこれで」
「待ちなさいよっあれはそんなつもりじゃっ……」
ジーンはさっさと窓から出ていった。ご丁寧に、外から鍵までかけて。
足の間には、絶えることのない疼きが残された。
好きでもない男に身体を許したことを、盛大に泣こうと思ったけれど……なぜか涙は、ほとんど出てこなかった。


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捏造の旋律

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