一人暮らしのワンルームマンション。
エントランスのオートロックは相変わらず無力だ。
襲撃予告の電話から十五分。いきなり部屋のベルを鳴らしたジーンを、玄関で騒がれる前に招き入れる。
アブラゼミの鳴き声を追いだすようにドアを閉めて振り返れば、やつはすでに奥の部屋にいた。
勝手知ったるなんとやら、いつものこと。だが今日のやつからは、不吉なものを感じる。
Ｔシャツにトレーニングパンツ――妙に動きやすそうな服装をしている。
そして、いつもは手ぶらを好むくせに、なぜか大きなスポーツバッグを背負っている。
「……ＤＶＤを見にきたんじゃなかったのか？」
「おぅ、そうだけど？」
「じゃ、その荷物はなんなわけ？」
「あ、これ？ へへっ」
ジーンがフローリングの床にバッグを落とすと、中でがたがたと音がした。
出てきたのは、三枚のＤＶＤケース。
次々と手渡されたそれらには、笑みを浮かべて好戦的なポーズを取る、スキンヘッドの男の写真が配されている。ＥＬＩＴＥの勲章マーク付きだ。
最近、スポーツ用品店の店頭デモで流れている、あれだ。まさかこんなところで現物にお目にかかるとは思わなかった。
「おまえがブートキャンプか……いったいどういう風の吹き回しだ？」
「いやぁ、だって夏じゃん？ やっぱ男ってのは、腹が割れててなんぼってもんっしょ？」
バッグからグリップ付きのゴムバンドまで出てくる。ウェイトの取り外しが可能という、進化したタイプだ。
「それで……ここでやる気なのか？」
「そっ」
「却下。下の階に響く」
「あ、そりゃ大丈夫。この下、前に引っ越してったきりだろ？ ポスト覗いてきたけど、ダイレクトメールささりまくりじゃん。あらまだ当分、次は来ねぇな」
妙なところで目敏い……――舌打ちしたいのを堪えつつ、ＤＶＤを突っ返した。
「とにかく駄目だ。自分の家でやれ」
「つれねぇこと言うなよ。オレんち狭いんだよ」
「片付ければいいだろう？」
「まぁそう言うなって。おまえにも貸してやっから」
「僕はやらない」
「あ、そう？ でもお姫さんと海に行く予定くらい、あんじゃねぇの？」
瞬間、夕べ見た様々なネット予約完了画面が脳裏を過ぎった。
顔に出さないよう気を静めているうちに、ジーンがすりよってくる。
「『あん、リオウの身体、引き締まってて、ス・テ・キ』とか思われてぇだろ？」
「触るな。気持ちの悪い口のきき方をするな」
「それとも『あら、リオウよりジーンの方が逞しかったのね』とか言われてもいいわけ？」
「おまえは連れていかないからな」
「あ、やっぱどっか行く予定、あンだ？」
自分の軽率な発言に、腹の底がぐらりと揺れた。
大丈夫だ、まだ流せる――外れかけたガードをすぐに固めなおす。
「……あったとしても、おまえは連れていかない」
「ちぇっ、おまえらダシにしたほうが成功率高いのに」
いったいなんの成功率だ。
これ以上、この話を続けたくはなかった。
黙っていると、ジーンはさっさとＤＶＤをセットしはじめた。やがて権利表記の文字列がテレビ画面に浮かびあがる。
突然トレーニングパンツを脱いだと思ったら、下はハーフパンツ。準備がいい。やる気満々だ。
見苦しい光景は遠慮したいが、こいつに部屋を明け渡してやるのも納得がいかない。さっさと終わることを願うしかないようだ。
溜息を吐きつつローテーブルを廊下の壁に立てかけ、ベッドへと待避した。
―end―
