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Golden Ears of Barley

〜1〜

良く晴れているけれど、日射しは柔らかい。
また冬が来るのだと、数ヶ月も先のことを考える。
田園風景が広がるアーデン。
そこここで農作業が行われている中、初老の男性の案内で歩いていく。
「姉上、そこ、気をつけて」
カインに促されて数歩先の地面を見ると、大きな窪みが待ちかまえていた。
「ありがとう」
服の裾を軽く持ちあげて、窪みの位置を確かめながら歩を進める。
左にカイン、右にはここの責任者である初老の男性。少しでこぼこした道を行くから、できるだけ歩きやすいようにと、二人は私に道の真ん中を譲ってくれた。加えて、カインがずっと腕を支えてくれている。
「ここもそろそろ収穫か……」
「はい。もともと改良農法の成果が出はじめておりましたが、今年は天候にも恵まれまして、収穫量は大幅に増える見通しです」
顔を上げれば、カインは黄金色の穂に目を向けていた。
そんなカインを、男性は目を細めて見つめていて……私の視線に気づくと、照れくさそうに破顔した。
「姫様、お疲れではございませんか?」
「私は大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「ならば良いのですが……あまりご無理をなされませんよう」
疲れていないという返答に、嘘はなかった。でも私の歩みが遅い分、見てまわるのに時間がかかってしまう。
カインを一人で行かせてはいけないと思ってついてきたけれど、今のところ私が助言すべきことはない。これなら私は馬車で待っていた方が良かったのかもしれない。
今日に限らず、最近の視察では、カインはほとんど私の助けを必要としない。初対面の人とも堂々と、そして丁寧に言葉を交わすことができる。
本当によく頑張っている――たわわに実った麦穂のように、否、それ以上に、我が弟の横顔が輝いて見える。――知れば責任者の男性は落胆するかもしれない。
「あそこは……以前、牛を放していた場所ではありませんか?」
カインが指さす方向では、区画一面、土が露出していて、農夫達が鍬を振りおろしている。
言われてみれば確かに、この前ここを訪れたとき、あの一帯は草むらだった。
「その通りです。覚えておいででしたか」
「土を耕しているのか?」
「はい。作物は土に根付くものですから、土づくりはとても重要です」
カインが自ら現場を見てまわり、様々なことに興味を示すのが、男性には嬉しいらしい。懇切丁寧に、異国からもたらされた最新技術について語りはじめた。
時折とても専門的になる説明に、カインはしっかりとついていく。その飲みこみの早さは、ジークに教わったことをきちんと理解し、覚えているからこそ。
本当によく頑張っている――ますます我が弟が誇らしくなって、つい笑みをこぼした。
麦畑を抜ける頃には、話題は農作業の具体的な内容へと移っていた。
遠くに見える農機具は最新の物で、あれを使うことによって畑を耕す作業がとても効率よくなったのだと、男性は熱っぽく語った。
ならばそれを間近で見てみようということになり、来た道をそのまま真っ直ぐ進んでいく。
ひんやりした風が、仄かに大地の香りを運んでくる。
男性の説明に耳を傾けながら、裸の耕地を眺める。
農機具が使われている場所からさらに遠くへ、ゆったりと視線を流し……そうして、一人の青年に目が留まった。

足を止めてしまいそうになった。一瞬のことだったけれど、腕を支えてくれていたカインはすぐに気づいて私を見た。慌てて、なんでもないと頭を振った。
青年……――なぜ青年だと思ったのだろう。つばの広い帽子を被っていて、それでなくとも顔などわからないほど遠くにいて、しかもこちらに背を向けている人のことを。
でもあれは若い男の人だ――それも私ととても歳の近い……――思い出すまいとしていた名が、じわじわと喉元まで迫りあがってくる。押し戻そうとすれば、胸の奥が強い痛みを訴えた。
やがて青年は鍬を地面に突きたてると、汗を拭うためだろう、帽子をとった。……現れたのは、短く切りそろえられた黒髪だった。
すべての音が消えていく。左腕に感じていたカインの力でさえ遠のいていく。すぐさま自分を叱咤して、二人の会話に意識を引き戻した。
青年は帽子を被りなおし、再び鍬を振るいはじめる。こちらを気に留めている様子はない。
当然のこと――だって彼は、私たちなどに興味はない。彼は、違う……。
違う? なぜそう言いきれるの? あんなに似ているのに……髪の色も、背格好も。
とっさに護衛の姿を確かめた。
前に二人、後ろに四人。少数だけれど腕の立つ近衛の者達――大丈夫、彼らがカインを守ってくれる。
守ってくれる? なにから? 誰から?
建国祭の夜、再会を宣言して駆けていった後ろ姿が、遠くの青年に重なる。喉の奥が跳ねて、思わず口元を押さえた。今度こそ、足は完全に止まっていた。
「姉上?」
「大丈夫ですか? ……やはりお疲れでいらっしゃいましたか」
誤解を招いてしまったらしい。カインの補佐としてついてきた私が、視察の妨げになろうとしている。このままではいけない。……なのに動揺が収まらない。
「戻ろう、姉上」
「それがよろしいかと……さあ」
カインは心配そうに、男性はすまなさそうに、かわるがわる声をかけてくれる。護衛達は低い声で対応を話しあっている。このままではいけない……。話をそらさなくては……。
「大丈夫です、……なんでもないのです」
「ですが……」
「姉上……」
奥歯を噛みしめて、笑顔をつくることだけに専念する。
頬に笑みを貼りつけて顔を上げる。堂々と胸を張る。
「目に、埃が入ってしまったようなのです。今はもう大丈夫です」
涙ぐんでいたことが幸いした。周囲で安堵の溜息が漏れる。
責任者の男性だけは、案内する場所が悪かったと謝罪の言葉を口にした。笑顔でそれを否定し、胸中で詫びた。
目を覗きこんでこようとするカインから、逃げるように顔を背けた。遠くで作業を続ける青年を視界の片隅に捕らえつつ、黒土の耕地を見渡す。
「……手作業の方も多いのですね」
「あっ……はい。あのように良い機械もありますが、数が多くありませんし、手で行わなくてはならない作業もございまして……」
男性はもとの調子で説明をはじめる。
それに耳を傾けながら、遠くの青年を目で追い、考えを巡らせる。
彼がもし、そう、なら……戻るべきだ。あそこに近づいてはいけない。
でもカインを狙うなら、視界の悪い麦畑の方が好都合だったはず。護衛の様子からも、それが伝わってくる。
なにより、きっと私の思い違いなのだ。あれは違う。彼ではない。
「行きましょう。その機械、私も見てみたいのです」


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捏造の旋律

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