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Golden Ears of Barley

〜10〜

そのあと。
カインと私は、伴をつけずに二人だけで、ロデルの家に向かった。……謝るために。
カインがお昼前に早々と戻ってきたのは、ロデルと言い争いになってしまったから、だったらしい。
『姉上、昨日、ロデルと話をしただろう? 今日は僕が一人で行くかもしれないって。姉上は、別の用事があるからって……』
そう言われたとき、すぐには事情が飲みこめず。
自分の失言に気づいて私が声をあげたのと、
『僕は、姉上が今日も体調を崩しているって言ったんだ』
とカインが言葉を繋いだのは、ほぼ同時だった。
ロデルは、私達の説明の食い違いから諍いに気づき、相談にのるから早く仲直りをした方が良いと、言ってくれた。
けれどカインは、『ロデルには関係ない』と怒鳴り、拒絶して、ロデルを怒らせてしまった。
『……心配してくれたのね、ロデルは』
『うん。そう、だね、姉上。……僕は……ロデルの厚意を無下にしてしまったんだ……』
騙したという点では私も同罪。一緒に行ってロデルに謝りたかったけれど、カインはまずは自分一人で行きたいと言った。
そこで、二人一緒にロデルの家へ向かい、先にカインが一人でロデルと話をした。
私が別室で待つ間、二人がどんな言葉を交わしたかはわからない。
ただ、二人の会話がひと段落して、いつもの作業部屋へ招き入れられたとき、ロデルは拍子抜けするほどあっけらかんとしていた。
私がロデルについた嘘を笑いとばし、『もとはと言えば、貴族の陰口が原因じゃねーか』と別の方へ苛立ちを向けていた。
『あーだこーだ言う連中なんかに負けんなよ、カイン。オレは今のおまえ、いいカンジだと思うぜ』
カインとロデルの仲は、以前に増して、良くなったようだった。
そして迎えた日曜日。追悼式は滞りなく終了し、慌ただしかった夏が終わった。

「姉上、今、いいかな」
土曜日の昼下がり。
部屋で休んでいるとカインがやってきて、私を墓所へと誘った。
先に行っていてほしいと言われ、秋色を纏いはじめた木々を眺めながら、お父様達の墓前でカインを待つ。
やがてカインは、麦穂の束を持って現れた。
「どうしたの? それ……」
「もうすぐ豊穣祭だからね。その飾りをわけてもらったんだ」
言われてみれば確かに、それはこのところ街でよく見かけるものだった。
王宮内で飾られている物よりずっと素朴だけど、見ているとなんだかほっとする、優しい形をしていた。
「今日は、ロデルのところに行っていたのよね?」
「うん。荷物運びなんかを手伝ってきたよ。これはそのお礼代わりにもらったものなんだ。届け先でね。ちゃんと二人分あるよ」
「あ、あのね、カイン……」
「わかってるよ、姉上。自重する。今日は、……ちゃんと着替えてから作業したし、届け先の人も僕のことを知ってるし、大丈夫なんじゃないかな」
国の様子を知るのはとても大切なことだと思う。でも、このことが王宮常駐の教育担当達の耳に入れば、誰もが渋い顔をするに違いない。
きちんと窘めるべきか、カインの判断を尊重するべきか。
少し悩んで、「無茶はしないでね」とだけ言った。
カインが麦穂の飾りを墓前に供え、カインはお父様の、私はお母様の足下に跪く。
記憶にない両親に、カインはなにを語るのかしら――少し気になったけれど、不安はなかった。
すぐ隣から伝わってくる穏やかな空気に、頼もしささえ感じていたから。
あの日以来、カインはどこか吹っ切れた表情をしている。
教育担当達は皆、カインの変化に良い兆しを感じ取っているようだし、エミリオによれば、王宮内で囁かれるカインの噂も好意的なものが大半。
お父様――目を閉じて頭を垂れ、語りかける。
お父様が遺してくれたカインは、こんなに頑張っています。
この国はきっと大丈夫。日々成長を続けるカインの導きで、麦穂が黄金色に輝くように、豊かに実りゆくことでしょう。
お母様、カイン――私は今のカインを支えていかなくては……どうか見守っていて……。
隣で立ち上がる気配を感じて、顔を上げた。
見上げると、カインは静かな表情で墓標を見ていた。
私の視線に気づくと、カインはちらりとこちらを見て微笑み、そしてまた墓標に目を戻すと、おもむろに口を開いた。
「僕はやっぱり、父上のことも母上のことも守れなかったんだ」
「え……」
「きっと僕は、守られたんだよ。生きてのびて、姉上を守れるように」
思いもかけないことを言われて、つかのま言葉を失った。
驚きとともに湧きおこったのは罪悪感。
ありがとうと伝えるのが精一杯だった。
ひんやりとした風が吹き抜ける。
麦穂の飾りが揺らいで、少し乱れた。
整え直そうと手を伸ばしたら、触れ方が悪かったのか、指の腹に痛みが走った。
驚いて手を戻し、痛む場所をよく見てみると、細い線が走っていた。
小さな傷口……それが赤くなったかと思うと、じわりと血が滲み出てきて玉になる。
とっさに手を握り、傷を拳の中に押し隠した。


―end―

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捏造の旋律

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