ベイドリック事件 前編


「アーカード、ちょっと指導室に来い」
放課後、アーカードが廊下を歩いていると
駆け足で追いついてきたインテグラが彼の耳を掴んだ。
「いてーじゃねーか! なにすんだこらぁ!!」
と言いつつひきずられていくアーカード。
また何かやったのかと周囲の人間は気にもとめなかった。

ばたんと生活指導室の扉を閉めると、インテグラは何事もなかったかのように言った。
「アーカード、仕事だ」
「あ?」
「うちのクラスの馬鹿二人がベイドリック学園の不良共に喧嘩を売って
 見事に返り討ちにあい、ラチられているらしい。一応生徒だ、助けて来い」
そう言ってさっさと、件の学園の見取り図を取り出す。
「この現在は使われていない旧校舎がベイドリックの不良共のたまり場らしい」
「んで?」
アーカードは椅子に座って興味なさそうにそっぽを向いた。
馬鹿二人の顔はすぐに思いつく。一ヶ月程前にボコッたところだ。

私立ヘルシング学園、
それは余所の学校で持てあました不良のみなさんも受け入れる心の広い学校。
その中でも強さを見込まれたものは、教頭にあるいは愉駄に勧誘され
見込まれなかったものはインテグラ先生のクラスに放り込まれる。
あとは何かの拍子にアーカードかアンデルセンに喧嘩を売って身の程というものを学習。
以後は大人しく学業に専念なさることになっている。見事な再生工場との評判である。
が、件の馬鹿二人は更正できなかったらしい。
ヘルシング学園が無理なら隣を制圧などと考えて返り討ち。

「極めつけの馬鹿だな」
心底つまらなさそうにアーカードは言った。
「まあ一応うちの生徒、私の生徒であるからには取り返してきてくれ」
インテグラはその前に手をつき、やはりつまらなさそうな顔で言った。
「報酬は?」
アーカードはインテグラの胸元を指ですっと触る。
「後払いだ。大体こんな程度の相手に報酬を払うのも勿体ないんだが、仕方ない」
インテグラはその指を捕まえて自分の指とからませた。
「ベイドリックは色々問題のある学校だからな。大事になるまえにさっさと片を付けたい」
「じゃあセラスを連れて行っていいか?」
「お前、さぼる気だな」
眼鏡の下で冷たく目を細めたインテグラにアーカードは笑ってみせた。
「あいつの練習相手にちょうどいいじゃないか」

「と、いうわけだ」
今度はアーカードがセラスを捕まえて事情を説明する。
「うちのクラスの麗しき同級生だ。助けるのに不満はないだろ?」
「あのぉ」
俺の女になるかわりにクラスの防衛を手伝え。それで話は済んだはずだったのに、
いつの間にかずりずりとアーカードの手下、助手扱いされている。
セラスは今では彼がインテグラ先生の為に働いていることも薄々知っていた。
「嫌なら、ヤルか?」
トドメはいつもこれだ。
トホーという顔でセラスはアーカードを見上げた。
しかも、素直なセラスは助けられた恩を忘れられないでいる。
「で、いつ行くんです?」
「今からだ」

一方こちらは図書室。今日はここに国語教師マクスウェルとアンデルセンだけが居た。
「先生、なんのご用でしょう?」
厳つい体をまっすぐ伸ばし、優男のマクスウェルの前に立つアンデルセン。
知らないものが見たら驚くだろう。
「いやぁ、ちょっと面白い事態になっていてね。君のクラス、インテグラのクラスでもあるわけだが」
彼は同僚の女教師の名前を口にする時、露骨に嫌悪感を表して見せた。
この二人の仲の悪さは有名だ。だが何故仲が悪いのか知っているものは少ない。

ま、単純に学園創立者の娘として学園支配権の35%を握るインテグラに対して
マクスウェルはヘルシング学園を乗っ取るため派遣されて来た存在であり
現在理事の20%まで買収済みという単純な構図なのだが。
でもってさらなる理由は創立者はここを聖公会(英国国教)系ミッションスクールにしたかったのに対し、
マクスウェルはばりばりのカトリック信者であり、ここをカトリックの学園としたいわけなのだが。
当然マクスウェルの背後についているのはイタリア系の怖い人。
ちなみに後の30%は少佐教頭が握り、残り15%は浮動票となっている。
おかげで理事会は毎度大荒れ。それは今回は関係ないが。

「あの堕落女が何か?」
アンデルセンの口調は教師に対するものとは思えない、
マクスウェルさえちょっとまずいんじゃないのーと思ってしまうようなものだった。
「いや、今回はインテグラ先生は直接は関係してないんだけどね。
 君のクラスに最近入った二人の新入生、それがベイドリックの連中に捕まったらしいんだよ」
それを聞いてアンデルセンの目がきらりと光る。
自校の生徒は自分に服従している限り守るべきもの、他校の生徒は敵。
彼の哲学ははっきりしている。まさしく番長にふさわしい。
「行きましょう」
アンデルセンはくるりときびすを返して図書室を出て行った。
その背中に向かってマクスウェルはつぶやく。
「あ、ハインケル君の調査によるとインテグラ先生の指示で
 アーカード君とセラス君も向かっているらしいんだけどねー」
さて、彼らが鉢合わせしたらどうなるか。マクスウェルは楽しそうに手を振った。

「ここか」
アーカードは問題の旧校舎の前に立つ。適当の目の前のドアを蹴破った。
「あ、なんだ、お前ら!!」
振り返るベイドリック不良下っ端族の皆さん。
「ほら行け、セラス」
アーカードは彼らに向かってセラスを突き飛ばした。
「え"ッ!? はア!?」
仕方ないのでとりあえずセラスは目の前にせまってきていた一人を
くるりとかわしてそのまま背負い投げ。
あのーという目でアーカードを振り返ると、彼はニンマリ笑いながら手を振っていた。
「ぼっとしてるな、後ろに来てるぞ」
振り向きざま、セラスの蹴りが不良のみぞおちを直撃。
「どうせこいつらは雑魚だ。お前が掃討しろ」
アーカードの声が後ろから響いてくる。その中をセラスは突き飛ばし蹴り飛ばし投げ飛ばす。
「はッはア? えッ ええッ」
いくらなんでもそれはひどいんじゃないですかーという叫びだったが、
不良の皆さんには何かむかつく反応だったらしい。
余計怒り狂って向かってくる。
「めんどうくさい。おまえやれ。俺は上の番長をやってくる」
それだけ言うとアーカードは走り出した。不良どもの間を見事にすり抜けて行く。
相変わらず人間離れした動きだなあとセラスは思った。
これだけ密集していてまったく捕まらないのだから。
「さっさとしろよ!」
その声を残してアーカードは階上へと走り去っていった。
「はッ はッ はいーッ」
あとをぽかんと見上げる不良の皆さん。少しどうしようか考えたらしいが
とりあえずセラスの方に向き直ってきた。
ファイト開始。

アーカードは二階の不良中級族の皆さんを相手にしていた。
とはいえやっぱりつまらない。
「いてっ」「うわぁっ」
彼の指から放たれる石の粒によって、不良の皆さんは打ち倒されていく。
指弾というやつだ。材料はインテグラ先生のマンションにある観葉植物の根本にしかれた石。
パチンコ球のように適度な大きさで適度な威力があるので毎回勝手に拝借している。
彼は今回徹底的に手を抜くつもりだった。
不良の皆さんは近寄ることすらできず、眉間直撃されて昏倒していく。
中級族の皆さんは幹部だけに数が少ないので、一階より早く終わってしまった。

仕方ないのでもう一度一階を見に行く。
「うおりゃああああっ」
セラスは完全に戦闘モードに入っているようだ。容赦なく相手を叩きのめしていく。
「セラスぅ、こいつらだって好き好んでお前の相手しているんじゃないんだから、
 速やかに再起不能にしてやるのがこいつらの為ってもんだぞ」
アーカードは階段に腰掛けて観戦しながら声をかけた。
同時にセラスの前に立った不幸者に、見事なアッパーカットが決まる。
「うわぁ!!」
さすがにそろそろ逃げようかと思った残り少ない不良さんにも
セラスは見事な跳び蹴りを食らわせた。
「どうやら分かってきたようだな」
アーカードは満足そうに笑いながら、階上に逃げようと、つまり自分に向かって走ってきた
一番の不幸者を、座ったまま腰を軸に横蹴りをくらわせて階段から落とした。

「さあ、雑魚は片づけたんだ。さっさと親玉も探し出して片づけるぞ。セラスぅ」
そういうアーカードの脇をセラスはすたすたと二階に上がっていく。
まだ戦闘モードが解けていないらしい。次なる敵を探している。
アーカードは満足げにその様子を見ながら、後ろから階段を上がっていった。

セラスは乱暴に二階の扉を開ける。
スパッ
「えっ」
中からはなにも気配などしなかったのに。
そう思う間もなくセーラー服のリボンが切り取られていた。

「ん?」
インテグラはバイク置き場からアンデルセンの大型バイクが消えていることに気が付いた。
何事にも鷹揚なヘルシング学園は生徒のバイク通学すら許可している。
もちろんアーカードもバイク通学組だが、今回はセラスが居たので歩いて向かったらしい。
「ヘルメットもないのに二人乗りなんてできません!」
と主張する彼女の姿が容易に目に浮かぶ。
ともあれ、何か嫌な予感がした。
ベイドリックの件はまだ漏れていないはずだが、万が一アンデルセンが知っていた場合、
彼もまたベイドリックに向かっただろう。彼の番長哲学に基づいて。
そうなった場合、アーカードたちと現場で鉢合わせする。それはまずい。非常にまずい。
インテグラは携帯電話を取り出して、大嫌いなマクスウェルを呼び出した。
「おや、インテグラ先生、どうなさいましたか?」
相変わらず嫌みな声が聞こえてくる。
「ちょっと聞きたいんだが、お前の配下のアンデルセン、今どこにいる?」
「さあ。どっかで我が校のために戦ってくれているんじゃないですか」
その答えを聞いてプチッと通話を切った。
さっさときびすを返して駐車場へと向かう。
「同じ学園の生徒同士がよその学校で争っている場合か。あのバカ狂信者!!」

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