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◆◆記憶に残った夢の個人的な記録◆◆

〜〜〜  01.共犯者  〜〜〜 

 私は夫を愛していない。
 私にとって夫は、愛すべき人ではなく、恋人でもなく、兄弟でもなく、あえて言うなら人の金にタカって楽しく遊び暮らすための“共犯者”だ。
 愛していないからといって、夫を憎んだり、嫌ったりしているわけでもない。
 どこかへ出かけて食事をしたり、肩を寄せて手を握ったり、キスをして、一緒にベッドで眠る、こういった行動には別段嫌悪感は伴わない。
 私の夫は年下で、甘ったれた可愛らしい顔をしており、気が弱いともいえるほど優しく、この地球で絶大な権力と財産を持ち、政治にも絡む一族の長男である。
 無能というレッテルを父親から貼られた夫は、暇と金をもてあまし、私と二人で浪費と興遊の日々を過ごしていた。もっとも、父親の片腕には腹違いの次男が納まっていたので、夫の出る幕は無い。狡賢く腹黒い次男と戦うだけの能力や根性を夫は持ち合わせていないらしかった。
 私は、夫の金と自由を愛していた。
 朝、目覚めてから、夫と二人でやりたいことを考えるのが好きだ。そして、行きたい所へ行き、好きなことをする。海が見たければ海へ行き、砂漠へ行きたければ砂漠へ行く。それは私にとって最高の贅沢であり、夫と離れられない最大の理由だった。
 次男にしてみれば、権力や政治に野心の無い私は丁度良い夫のお守り役で、私と遊びまわっている限り夫は女関係のスキャンダルも起こさないし、野心も抱かないに違いないと考えているのか、次男は私たち夫婦の金遣いの荒さを黙認している。
 夫は私に対してとても誠実だ。浮気をしたことなど一度もない。これは断言してもよい。なぜなら私たち夫婦は24時間ほとんどいつも一緒だから、不可能に近いのだ。浮気がしたいという冗談すら夫は口にしない。それに加えて穏やかで物腰も柔らかく、感情を昂ぶらせたり我侭を言って私を困らせたことがない。いつも私のことを優先して考えてくれる。明日からの宇宙旅行も、私が夜の海辺で寝転がりながら「あそこへ行きたい」と夜空を指差したから、あっさりと決定したのだ。
「Mちゃん、寒くない?」
 穏やかな口調で夫が私の肩に手を回す。
 背の高い夫の顔を見上げながら、私は「ええ」と頷いた。風が吹いて、夫の茶色い髪が私の頬をくすぐる。
 私が笑って首をすくめると、夫は微笑み、人目もはばからず私の頬にキスした。
 今夜はステーションに隣接するホテルに一泊し、明日の今頃は、ハイヒールを履いて立っているこの地上から遠く離れ、宇宙船の窓の向こうに浮かぶ青い地球を見ているだろう、夫と二人で、寄り添いながら───。
「そろそろ部屋に戻ろうか」
 夫は私が頷くのを待ってから、私の背を抱いてホテルへと歩き出した。
 他人の目からすれば仲睦まじい夫婦に見えるに違いない。
 だが、私は夫の付加価値だけを愛している。
 夫は私より10歳以上年下だ。時々、「なぜ夫は私を伴侶に選んだのだろう?」という疑問が湧くが、あえてそれを訊いたことはなかった。
 夫と知り合う以前、私は某政治家の元で働いていた。その時の実力を買われ妻として選ばれたのだろうか? しかし、夫が政治に関わらない限り、私の能力を発揮する機会など永遠に無い。
 元々私は根が面倒くさがりで、努力が大嫌い、目前の快楽に溺れる…という傾向があるので、毎日面白おかしく金を使いながら夫婦でダラダラと過ごす日々が気に入っている。夫が政治家になったら…それを考えるとぞっとする。政治家の妻なんて考えることが多すぎて私には面倒だ。もしその時がきたら離婚しよう…、私は漠然とそう考えていた。
 年間契約しているホテルのスィートルームにチェックインして、シャワーを浴び、ベッドにもぐりこむ。
 朝になり、ほの明るい部屋で私は一人目を覚ました。
 夫はまだ無邪気な顔をして眠っている。
「ねえ……」
 うつぶせに寝ている夫の耳元で囁いてみたが、全く反応しない。意外と筋肉のついている裸の背中を撫でてみたが、やはり何の反応も無かった。

 おはようございます。
 目が覚めたので、下のカフェで何か飲んできます。
 20分ぐらいしたら戻ります。
  AM 7:40         M

 メモにそう書いて、サイドテーブルの上に置こうとした時、見慣れないピルケースがあるのに気が付いた。おそらく夫のものだろう。時々、胃が痛いと言っているから、夜中に起きて胃薬でも飲んだのだろうか。
 私は夫を部屋に一人残し、エレベーターに乗った。
 ロビーには少しずつ朝の活気がみなぎり始めている。私はカフェに入り、コーヒーを頼んだ。天窓から朝陽が差し込み、あちこちに配してある植木のグリーンに柔らかな光が踊っている。気持ちの良い朝にもかかわらず、私の胸にはなぜか不安がうずき始めた。
 嫌な予感がする。
 それは、すぐに的中した。
 さっき、ロビーで軽く会話したホテルのマネージャーが、私を探してテーブルに走り寄ってきた。
「たった今、連絡がありまして…」と小声で話すマネージャーの顔からは笑顔が消えている。
 夫の父親が急死したのだ。
 昨夜まで、元気だったはずなのに……?
 第二の予感に、ハッと息を呑んだ。
 私は立ち上がり、夫の眠る部屋へと駆け出した。エレベーターで、黒いスーツを着た体格のいい男とぶつかりそうになって、顔を見ると、夫の実家に出入りしている秘書の一人だった。
 この男は敵か、味方か? 答えをはじき出そうと考えた途端、秘書は私を質問攻めにしてなじった。
「今、あの方は部屋ですか? 一人なんですか? いつから? なぜ一人にしたんです?」
 夫を一人にしたことを、私は今更ながら悔いた。ずっと夫と一緒にいたのに、今朝に限って一人でコーヒーが飲みたくなるなんて……、私は自分の気まぐれを呪った。
 エレベーターが最上階で止まり、扉が開く。私と秘書は飛び出して、廊下の奥のスィートルームを目指し駆け出した。
 夫は、私が部屋を出た時と同じ格好でまだ寝ていた。いや、寝ているのではない。おそらく、見慣れないピルケースの中に入っていた何らかの薬を飲んで自殺をしたのだ。
「あなた……!!」
 近づこうとする私を、秘書が片手で制した。
「お待ちなさい、触ってはいけません。……呼んだ方が良さそうだ」
 秘書は携帯電話を取り出すと、部屋の隅へ行ってどこかへ連絡し始めた。
「ああ、あなた……」
 私は思わずつぶやいて、立ちすくんだまま、動かない夫に話しかけていた。
 涙がポロポロとこぼれ落ちた。
 なぜ自殺をしたの…? 一体、どんな理由があるというの? どうして私に一言も言わなかったの? お義父様は危篤だったの? それとも誰かに殺されたの? だとしたら、あなたは? 自殺なの、それとも他殺なの?
 私はどうしてこんなに悲しいのかしら?
 あなたに一度も泣かされたことが無かったのに、こんな形で泣かされるなんて。
 私はあなたに自分の本心を打ち明けたことが無かった。
 でも、それはあなたも同じだったの?
 あなたも私を共犯者としてしか見てなかったのね?
 私たちは一度も、本物の夫婦じゃなかった。
 本心をさらけ出して愛し合う恋人同士でもなかった。
 損得勘定無しに助け合う兄弟でもない。
 利害が一致している間だけのパートナーだった。
 それなのに、どうしてこんなに涙が溢れるのかしら? 苦い苦い後悔にまみれた涙……。
 私は、あなたを失って初めて、こんなにも愛していたことに気がついた。
 愛……?
 気が狂いそうだった。
 遅すぎる、馬鹿じゃないの、気づくのが遅すぎる。
 両手で、自分の髪を掴む。思い切り叫びたかった。
 その時、夫が「う……」と、低く呻いた。
「あああ、あなた!! …生きてたのね!!」
 私は叫んで夫の背にしがみついた。秘書が慌てて歩きながらベッドの端に脚をぶつけた。
 夫は横顔のまま目を開け、私を見て微笑んだ。震える唇で笑い泣きしながら、私は夫の顔と髪をくしゃくしゃに撫でた。
「ごめんね、ちょっと薬の量を間違えただけ」
 そう言って夫は微笑んだ。
 私は声を上げて泣いた。ひとしきり泣いたあと、夫は様子を見計らって、
「父の跡を継ぐよ……」と、静かに、肝の座った声で言った。
「本心なの…?」
 私の言葉に、夫は初めて私を睨んだ。
「僕はあの父の息子だよ? こんなこと、絶対に言い出さないとでも思ってた?」
 いつもの可愛らしい顔で、別人のようなセリフを吐いて、じっと私を見据えている。
 夫の詰問にすっかりうろたえ、やがて私の胸の中に諦めの気持ちが広がり始めた。
 私は答えられず、ただ、夫の射るような眼差しに耐えていた。
「父は、次男に殺された……、そうだろう?」
 夫は質問を秘書に向けた。
「それは……」と秘書が口篭もる。
「ごまかさないで。先に戻って準備してほしい」
 睨まれた秘書が、一礼して部屋を出て行った。
「僕を、助けてね……」
 いつものように微笑んだ夫は私の手をぎゅっと握り締めた。
 自堕落な日々が、たった今、終わってしまったと観念した。
 一つ失って、一つ得た。
 これから私は、自分の能力を最大限に出して夫を支えていかなければならない。
「忙しくなりそうね…」と私は自分自身に言い聞かせるように、夫に言った。
 宇宙に飛び出して月面を歩いている場合じゃない。
 私は覚悟を決めて、夫の額に承諾のキスをした。
 もっと歳をとってから、夫と二人で月旅行に行くのも良いだろう、と結婚して初めて夫婦らしいことを思った。


【あとがき】 なんと言う都合の良い、己の欲望に忠実な夢なのでしょうか。労働意欲ゼロです。夢の中の夫は某芸能人の方でした。私は特別彼のファンでもなかったのですが、深層心理ではかなり好感を持っていたのかもしれません。この夢を見た朝、起きて開口一番に「長〜い夢を見た、年下の情けない夫で疲れた」とダーリンに言ったら「それは俺のことか」とつまらなそうに呟かれました。「いや、違う。夢の内容は…」と私が話し始めてから、ずっとダーリンは「つまんないよ」「もういいよ」と言っていましたが、強制的にすべて語り、最後まで聞かせてあげました。朝からとても迷惑そうでした。


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