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◆◆記憶に残った夢の個人的な記録◆◆

〜〜〜  02.婚約  〜〜〜 

 街の喧騒も、肌にまとわりつく暑さも、私は大して関心が無かった。心が暗く塞がっていたので、神経が鈍感になり、あまり感じていないのだ。
 どれくらい歩いただろうか。最後の食事をしてから、何時間経っただろうか。
 夢遊病者さながらに、気が付けば私は見知らぬ街にいた。これからどこへ行こうか? 記憶と現実と無気力があいまいに溶け合った形の無い水が、頭の中で揺らめいている。
  あても無く歩道を行く私の右横に一台の白い車が停まった。日本車なので、運転手が身体を伸ばして助手席側の開いた窓から顔を出した。
「Mさん! 久しぶり!」
 いきなり呼びかけられた私は驚き、男の顔をまじまじと見つめた。
 ずっと好きだった彼がそこにいた。私は信じられない思いで立ちすくんでいた。
 彼には、自分の好意を一度も打ち明けたことはない。そんなそぶりさえ見せないよう努力もしていた。
 彼とは随分以前に仕事で一緒だったが、短い期間だったので、そんなに親しくなる機会も無いまま疎遠になっていた。それでも私の心のどこかに彼はずっと存在していた。彼はその後、活躍も目ざましく、いろんなメディアに顔が出ている。
 私は多分、笑顔も作らずに怪訝な顔をしていたのだろう。彼はさも親しげに私の名を呼んだことに少し恥じらいを感じたのか、車を降りて私の側まで来ると軽く会釈した。
「お久しぶりです、Mさん」
 遠慮がちに、彼はあらためて挨拶をした。
 切れ長の涼しげな目、整った顔立ち、真っ白な歯と綺麗な歯並び、クセの無いサラサラの黒髪、痩せていて、私より15センチほど背が高い。
 あの当時と変わらない彼が目の前にいて、私に笑いかけている。
 私は気の利いたセリフが何一つ言えなくて、ただ、両思いになる可能性も無いまま今だ持ち続けているこの好きだという気持ちが悟られたら恥ずかしい…などと考えていた。彼は私には不釣合いなほど外見も性格も素晴らしい人だった。 
 何か言わなくては……。とりあえず、挨拶をしようか、いつまでも黙っていたら不機嫌だと勘違いされてしまう。
 こんにちは……そう言いかけたとき、彼は淋しそうな顔をして笑った。
 私が無反応だったので、誰だか思い出せないと考えたのか、「○○です」と彼は名乗った。「前に、仕事で一緒でした」
 もちろん覚えている。忘れるわけが無い。しかし、動揺してしまい喜びを素直に表せなかった。
 覚えていますと言う代わりに、私は曖昧な笑みを浮かべるのが精一杯だった。
「乗ってください、送りますから」
 彼に促され、私は助手席に座った。気遣ってくれているらしく、車は丁寧に発進した。
 狭い車内だわ、と私は思った。あの人の車は広くて、鏡もついていたし、お化粧道具とか、買ったものとか、あちこちに広げて置けた……そんなことを思い浮かべた。
 あの人とは、私の婚約者のことだ。
 彼と知り合った当時、私にはすでに婚約者がいた。
 婚約者は内面に水をたたえた人だった。その水の中を覗き込むたびに、思考という色とりどりの見たことも無い魚や、優しく分別のある性格を反映させたような水の透明度に私は歓喜した。けれど、この頭の中の水と同じで、かき回せばかき回すほど、苦しい思いをした。婚約者をかき回しすぎて彼の水は泥水になってしまった。いくら待っても水は澄むことがなかった。そこから私は一つの教訓を得た。誰でも心の底に泥を沈殿させている。うまくやっていきたいなら、深く手を突っ込んで泥をかき回す真似はせず、水の表面だけ叩いていればいいのだ、と。
「……さん」と、彼が運転しながら婚約者の名前を口にした。その名を聞いて私の心臓はひきつった。「…婚約されたんですってね」
「ええ…、そうです」
 甦った胸の痛みを手でそっと抑えながら、私は小さな声で答えた。
「おめでとうございます、幸せなんですね」
 彼は、現在の私の事を一方的に幸せだと決め付けていろんな話をふってきた。
 車は少し見覚えのある街に入った。
「あの方、この街に住んでらしたんですよね?」と彼が訊いた。
 そう、婚約者はこの街に住んでいた。
「まだ住んでらっしゃるんですか? 家まで送って行きます、道を教えて下さいね」 
 彼は私をあの人の家まで送ろうとしている。
「この道はどっちに行けばいいです?」などと彼がまた訊いてくる。
 ここは右とか、ここは左とか適当に答えながら、私は全くあの人の家が思い出せないことに焦り、悲しくなってきた。
 彼の考えている私はあの人と婚約してとても幸せで、現実の私は数年前に彼と別れていて、今はとても悲しい。頭の中の水を彼にかき回されすぎて、私は耐えられなくなり、両手で顔を覆って泣き始めた。
「どうしたんですか?」
 彼の声がして、続いて身体に振動を感じた。あわてて急停車させたらしい。
「なぜ泣くんです?」
 戸惑って悲しげな彼の声が耳元でした。
「ごめんなさい、道なんて覚えてないの。あの人の家がどこかも思い出せないの。本当は私とあの人、何年も前に別れたの」
 私は声を上げて泣いた。
 ひとしきり泣いたあと、少し落ち着いて横を見ると、彼が何とも言いようのない顔で私を見ていた。彼の瞳に、なぜ喜びの色が浮かんでいるのか理解しがたかった。
「これから行きたいところがあるんです。ついてきてくれますか?」
 彼が真剣な表情で言うので、私はその場所に興味がわき、承諾した。
 山に囲まれた観光地の駐車場のようなところに車を停めると、私たちは車を降りた。まったく見知らぬ場所である。旅行者のような人々がちらほらといる。私は黙って彼の後について山道を歩き始めた。
 彼が立ち止まったのは、神社の鳥居の前だった。彼は振り向いて言った。
「僕と結婚してください。YESなら、一緒にこの鳥居をくぐってください」
 私は頭の中の水が揺れるのを感じていた。
 この人は私の中の水をひどくかき回さないかしら?
 この人は、沈殿した泥さえ、その手ですくってくれそうな気がする。
 私は自然と彼の手を取った。彼の瞳の奥を覗きながら、私は黙って頷いた。
 彼は私の手を両手で包み、「ありがとう」と言った。
 二人で手を繋いで鳥居をくぐり、神社の敷地内へと入る。彼は神様に婚約の報告をした。
 それから、来た時と同じ駐車場までの道を彼と並んで歩いた。
 彼は決して、私の手を放そうとしなかった。
 心の中が、暖かな気持ちで満たされていく。それと同時に頭の中の水が澄みはじめ、柔らかな日差しを肌に感じ、耳には爽やかな風の音が流れ込んできた。
 思考が少しずつクリアになっていくのを、私は五感のすべてで感じていた。



【あとがき】 願望が現れすぎです。アニミズムな私の夢に、なぜ神社とか鳥居が夢に出てきたのかわかりませんが、○○さんは私にとって憧れの人です。何度かお会いしたことがありますが、言葉を交わした程度の仲です。というより、彼は私に会いたくなかったみたいです。一番最初にお会いしたとき、彼はクラブのステージで歌っていてニコニコ笑ってノリノリだったのですが、私を見て目が合った途端、笑顔は消え、動きも止まり、それから数秒間、とてもショックを受けたように呆けていたのです。その様子は観客も変だと感じるほどで、私は周りの客から怪訝そうに顔を覗き込まれました。憧れていた人との初対面がコレで、私はとてもショックでした。その後、二回目に○○さんとお会いしたときも、なんかお互いの会話がギクシャクしてました。なぜ私を見てフリーズしたのですか? などとはとても聞けませんでした。
今でも、あの時の彼の顔と周りの客の顔が忘れられません。
幽霊だと思われた? でも、そうだとしたら、もっと「ギャッ」って感じで驚くと思うし…。
大嫌いな女に似てた? ○○さん関係の私に似た女、○○さんに一体何をしたー!? 
この事をダーリンに話すと、「男は、嫌っていたら『チッ、FUCK!!』みたいに侮蔑や嫌悪の表情をするはずだから、その似ている女性に対して、後悔のようなものがあったのかもしれない」と感想を述べました。○○さん、私に似た女性に何したんだー!?
私の人生の中で、すごく不可解な出来事です。いつか真相が知りたい。

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