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◆◆記憶に残った夢の個人的な記録◆◆ |
〜〜〜 04. クラスメート 〜〜〜 |
「明後日の日曜日、一緒に遊園地に行きませんか?」
クラスメートのLさんが、唐突に私を誘った。
他の生徒は帰ってしまったらしく、教室には私たち二人しかいない。もう時間も遅く、窓からは夕陽が差し込んでいる。私はLさんの真意がわからずに、返事に困ってしまった。
私とLさんは親しいという仲でもない。お互いに違う部に所属していて、さっきまで部活動をしていた私が美術室を出たところで、彼女に、「Mさん」と呼び止められ、「少しお話があるの、いいかしら?」と、思いつめたような表情で訊かれたのだ。
彼女はバスケ部で、この時間ならまだ体育館で部活動をしているはずだから不思議に思った。
わざわざ私を待っているなんて、何か大事な話かもしれない…。
「教室にまだ鞄置きっぱなしだから、取りに行くね、教室でお話ししようか?」と私は彼女を促して、二人して自分たちの教室にやって来たのだった。
そして、深刻そうな話かと思っていたら遊園地のお誘いだったので、さすがに面食らってしまった。
Lさんはクラスメートだったが、この春、高校2年生になって初めて知り会ったのだ。中学も、高1の時のクラスも別々だったし、今はまだ5月で、クラスが一緒になってからわずか1ヶ月しか経っておらず、クラス内で自然に発生するグループでも別々だし、ほとんど彼女と挨拶以外の会話をしたことがないので、彼女がどんな人柄なのか、全くといっていいほど知らなかった。
私が彼女について知っていることは、いつもきちんと身だしなみを整えていて、肩までの長さのある黒髪は、いつもサラサラだということ、授業中は真面目で、背筋をピンと伸ばし、姿勢が良いこと……、放課中、時々自分の席で、一人で文庫本を読んでいる……、彼女が早弁しているのを見たことがない……、彼女は痩せていて、私より10センチぐらい背が高い……、そのぐらいだ。
なのになぜ、彼女は突然私を遊園地に誘うのだろう?
Lさんは、私が返事をしないので、だんだんと困った顔になっている。私はそんな彼女が可哀想に思えてきた。普段から彼女に対して嫌悪感も抱いておらず、この突然のお誘いでかえって彼女に興味が出てきた。彼女のことをもっと知りたい。学校の外では、どんな感じの人なんだろう?
「うん、行くわ」
私は笑顔で快諾した。
Lさんはやっと安心した表情になり、私たちは、どこで何時に待ち合わせるかを約束した。彼女の誘った遊園地は、県外の遠い場所にあった。その事が、私を冒険気分にさせた。
日曜日の朝、私とLさんは待ち合わせて一緒に遊園地に行った。
私は生成りのチュニックワンピースにレギンス、斜め掛けの小ぶりな鞄という格好で、始めて見る彼女の私服は、長袖のTシャツにジーンズ、ウェストポーチというシンプルな服装だった。
開園と同時刻に到着し、フリーパスを買って、乗り物にのりまくった。お昼はレストランに入り、静かな雰囲気の中で豪華なランチを食べた。午後からは、船に乗って長い距離を落下するウォータースライダーがすっかり気に入った私に彼女も付き合って何度も何度も繰りかえし並んでは乗った。それから、テーブルとイスが置いてある小さな休憩所に行き、二人で座った。
「どうして私が誘ったのか、理由は訊かないの?」
テーブルの向こう側に座ったLさんが訊いたので、
「いつも唐突なのね」と、私は笑い出した。この短い時間の間に、私はすっかり彼女を好きになっていた。打ち解けた感じで気楽に会話ができて、新しいこの友人に私は魅了され始めていた。
Lさんは、質問しておきながら少し戸惑った顔をしている。唐突に誘ったことを今になって気にしているのだろうか?
「言いたくなければ言わなくてもいいわ。私、人が自分から言わないことは訊かない主義なの」と私はわざと軽い調子で付け加えた。
少し間を置いてから、Lさんは言った。
「私ね、もう明日から学校へは行かないの」
「え? どうして?」私は驚いて訊き返した。
「父親の海外出張に家族でついていくの。アメリカのね、ロスに引っ越すのよ。明日、担任の先生からクラスのみんなに話してもらうことになっているの」
「え…、何それ?」
「別れの挨拶とか、そういうの苦手だし、嫌いなの。私、みんなの前から、忽然と跡形も無く消えたかったの。痕跡を残したくないっていうか……、うまく言えないけど、みんなの記憶から、ある日突然、スッときれいに消えたかったの。はじめから、居なかったみたいに」
私はLさんの言葉を頭の中で慎重に再生してみた。
じゃあ、どうして私とは思い出を作ったの?
わざわざ、こんな県外の遊園地まで来て?
質問を口に出そうとしたとき、Lさんは急に立ち上がり、「何か飲み物を買ってくるわね、待ってて」と、私の返事も聞かずに走って行ってしまった。
私は彼女の後姿を見ながら、彼女がどういうつもりなのかを考えていた。その時、隣のテーブルに座っていたカップルの会話が聞こえてきた。
「ほんと、信じられなーい。この遊園地、あと一ヶ月で閉園だなんてー」
閉園…?
私は、あからさまにカップルの方を見るのは、はしたないと思い、しかし、耳だけで会話を聞き続けた。
「だよなー、でも経営難みたいだし、仕方ねぇんじゃねぇの。ウォータースライダー、もっと乗っておこうぜ」
カップルたちは手を繋いでウォータースライダーの方へ歩いて行った。
Lさんが、どうして県外にあるこの遊園地を選んだのか、わかったような気がした。
一ヵ月後に閉園し、跡形もなく消えてしまうから、ここを選んだのだ。
彼女も、明日には私の前から消えてしまう。
遊園地も、消えてしまう。
私に残されるのは、思い出だけだ。
途端に私は、淋しさという感情の中に突き落とされたような気がした。
その時、丁度テーブルにLさんが戻ってきた。
「はい、これどうぞ。ジャスミンティー」と言って、彼女はストローの刺さった紙コップを私の前に置いた。私は、ありがとうも言えずに、涙をこぼした。
「あら…、カフェオレとか、ジュースが良かった?」
Lさんはそう言って困った顔をした。彼女の分も、どうやら同じジャスミンティーのようで、取り替えるわけにもいかない。
私は首を横に振って、「違うの」とやっと言えた。
「これ、飲んだら帰りましょう」
少しすまなさそうに、そしてまた唐突に彼女が言った。
いつも彼女は唐突だ。
唐突に誘って、帰って、私の目の前から消えるつもりなのだ。
私が悲しまないとでも思っているのかしら?
確かにクラスメートだったけど、彼女のことはよく知らなかった。
でも、今は違う。
どうして思い出だけ作って、何事も無かったように「帰ろう」なんて言うの?
私は言葉を搾り出した。
「私、あなたのことがもっと知りたいの。でも、もう会えなくなるんでしょう? 新しいロスの住所、教えて。手紙書いてもいい?」
ますます、Lさんは困った顔をした。私は悲しみにもまれながら、喘ぐように言った。
「綺麗に、跡形もなく消えたいの? そんなの、ずるい」
悲しくて、悔しくて、わーんと大声で泣いてやろうかと思ったとき、彼女が、「ありがとう」と小さく呟いたので、私は泣くのを我慢した。
彼女は、ウェストポーチから花柄の可愛らしいカードを取り出してテーブルの上に置いた。
そこにはロスの住所が書かれていた。この花柄のカードは彼女の趣味というより、私の趣味に合わせてくれたものだろう。それに、住所もメルアドもすでに書き込んであるということは、あらかじめ用意して彼女が持っていのだ。
「絶対、書くね」
私が力強く言うと、彼女は初めて、心から嬉しそうに笑った。
【あとがき】 Lさんは実在しません。私がMさんで、夢の中の彼女は私より背が大きかったのでサイズ的にLさんにしておきました。遊園地も実際に無いような気がします。ただ、夢の中で繰り返し乗ったウォータースライダーが、本当に楽しくて、水しぶきも肌に感じたりして妙にリアルでした。メールアドレスを訊かずに住所を訊ねるところが、いかにも自分っぽいなぁと読み返して苦笑いしてしまいました。 |
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