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◆◆記憶に残った夢の個人的な記録◆◆

〜〜〜  08.祖国  〜〜〜 

 どこの国だかわからないが、私は日本を捨てて英語圏の国で暮らしている。
 日本は国内からすっかりおかしくなって、いつの間にか寄生虫のように住み着きゴキブリの形に良く似た宇宙人民族が日本を侵略・占領し、多くの日本国民はそれに反発することもなく黙って支配されながら暮らしている。一部の国民は怒りと誇りを持って戦っていたが、私はもう、簡単に情報操作され、真実を知ろうともせず、知識を吸収する気すら無く、すぐに宇宙人に同情して騙され、奴隷と成り下がった腑抜けたバカ国民どもにウンザリし、日本に見切りをつけて海外に脱出したのだった。
 私は天涯孤独の身だった。両親はすでに他界し、兄弟姉妹もおらず、日本に私の家族はいない。私は日本を捨てたのだから、もう日本とは縁が切れたものだと思っている。
 そして私は新しい国の見知らぬ土地で、素性のよくわからない男と暮らしていた。
 男は、自分のことを「YUURI」と呼べ、とだけ言った。ファーストネームは知らない。何歳で、何人なのか、何の仕事をしているのかすら私は知らなかった。
 ロシア語でユーリと書くのだろうか、それとも英語か漢字なのだろうか?
 私たちはアパートメントの最上階に二人で暮らしていた。私にとってのユーリは謎だらけの人間だったが、相手が自分から喋らないことは決してハシタナクあれこれ訊かないというスタンスの私は、身上調査めいた質問を一度もしなかった。ユーリも自分のことは一切語らない。この国に私が初めてやってきてホテルのショップで買い物をしていた時、ユーリから声をかけてきて、何となく気が合って付き合うようになり同棲が始まったのだ。
 ユーリはよく一人で出かけることがあったが、その都度、髪の色を金髪から赤毛や黒髪に変えたりしていた。洋服すら、街を徘徊する不良少年みたいな格好の時もあれば、マフィアみたいなスーツ姿という時もある。カラーコンタクトをつけ変えて目の色も青から紫、グレーと様々に変えていたので、彼は役者の仕事でもしているのかと思っていたが、結局私はユーリのことを何も知らないままに暮らし、単なるルームメイトのような存在だった。
 私は女でユーリは男だが、私たちはセックスもキスもしなかった。
 時々、ユーリは私に“お願い”して、ベッドで一緒に眠ってくれと言った。私はユーリに性的なものを何も感じていなかったので、頼まれごとを承諾するような軽い気持ちでユーリの眠るベッドに入り、添い寝をした。そういう時、私はいつも服を着たままで、ユーリは時々上半身裸だったりTシャツを着ていたりしていた。
「おまえは穀物のような、畑を渡る風のような…、森のような…、そんな植物的な匂いがする」
 ある夜、ユーリが私を抱き寄せ、首のあたりに顔をくっつけて呟いた。
「なにそれ…、どんな匂いよ? 私、今日はちゃんとお風呂に浸かったし、ちゃんと石鹸で洗ったもん」
 私が不満げに文句を言うと、ユーリは“そういうことを言っているんじゃないが、まあ、おまえに言っても理解しがたいだろうなぁ”という顔をして私を見て静かに笑った。ちょっと腹を立てた私がユーリの腕を唇で噛むと、ユーリはクスクスと笑った。
「日本人独特の匂いだ」と、しばらくしてからユーリが言った。
「ふーん…」と私はあくびを抑えながら応える。
「バスタブに湯を溜めて入ったのか? 風呂の好きな民族だな」
「湯に浸かりながら本を読むのはもっと好き。今日も一冊読んじゃったわ」
「どして黒髪なのに茶色に染めてるんだ?」
 ユーリはそう言って私の髪を撫でた。私はこの国に来てから髪の色をずっと茶色に染めていた。
「いいじゃない、茶色でも。いつでも黒髪に戻せるんだから」
「黒髪にして、着物を着てみせてくれよ」
(またか…)と、私は心の中で思う。
「…………、いつかね。もう眠いわ、ユーリ」
「近い将来、きっとな。薄い桜色の着物がいい。おまえは桜の精のように見えるだろう」
「…………」
 こうやって人をおだてて持ち上げるところはアメリカ人っぽいな……、それに翻訳したような日本語だ……と私は思いながら、眠たいふりをして、そのまま黙り込んだ。
 ユーリは時々、私が日本民族であることを自覚させるようなことを言い、そのたびに私は捨てた祖国を思い出して嫌な気分になる。
 ユーリは何人なんだろう? 眠気のやってきた頭の隅で私はぼんやりとまた考えてみた。
 顔の特徴から割り出すのは不可能かもしれない。多分、ユーリは整形を繰り返しているからだ。私と暮らしている間にも、少しずつ顔が変わってきている。何の為なのか、彼の仕事と何か関係があるのか、私にはわからない。ユーリは私と二人きりでいる時は日本語を喋り、私と買い物に出かける時など第三者の前では聞き取り易い綺麗な発音の英語を喋った。時々かかってくる家の電話では、フランス語のような言語を喋っている。
 私はアパートメントのユーリの部屋には決して入らなかった。どっちにしろ、いつも鍵がかかっていたし、部屋を探って何か秘密を知ろうなどとも思わなかった。ユーリは私に全てを語らなかったが、他人と深く関わりたくない私にはそれが丁度良かったのだ。たとえ、一人で出かけたユーリが何ヶ月も何年も戻らなくて、もしかして死んだのかもしれないと予感しても、私は悲しまないと思っている。
 私の仕事は文章を書くことだ。日本よりも随分と安い税金をこの国に納めている。ユーリがいなくなっても、私は普段と変わらずパソコンに向かって文章を書いているだろう。
「今日から一週間、戻らない」
 毎回のように突然そう言ってユーリが出かけた明け方、私もいつものように、
「いってらっしゃい」とだけ言ってドアを閉めた。
 これから一週間、二人分の食事を作らなくてもいいし、洗濯もしなくていい。美味しいパン屋でも探し出すために遠くの街を探検してみようか…という気分になり、私は一人で遅い朝食を取ってから街に出かけた。
 外は少し寒い。私はコートのポケットに手を突っ込んで、お気に入りの茶色い革のブーツを履きながらフラフラ一人で歩いていると、道端に停まっていた車の中からいきなり、
「Hey,Marin! You Haven't changed!」と声をかけられた。
「誰?」と思って見ると、車の中からこっちを見ている金髪の青年がいた。
 見覚えのある顔だ。数年前、日本にいた時の知り合いで、ロンドンが故郷だというイギリス人、名前は正確に思い出せないが、頭文字がDだったので、彼のことをD(ディー)と呼んでいた。彼がロンドンに帰郷してからずっと音信不通になってしまっていたが、その後ロンドンではたびたびテロや事故が起きていて、随分と彼のことを心配していた。まさか数年後にこの国で再び会うとは不思議な縁だ。ここは彼にとってどういう国なんだろう?
「What brings you here?」と彼は訊いた。祖国日本が宇宙人に侵略されて大変なことになっているのに、なぜおまえはここにいるんだと非難しているようにも聞こえた。
「I Have abandoned my home country」
 英語はこれで正しいのかと思いながら、私は祖国を捨てたのだと答える。
「In my private life I have hardly no connection to Japan anymore since my parents are dead.」と私は付け加えた。
 彼はしばらく黙っていたが、「Hop in」と言って助手席を指差した。
 私は彼の車に乗り込み、あなたがロンドンに帰ってから随分心配していた、昨日もニュースを見ていたらロンドンでテロのような火事があったから、やはりあなたのことが最初に頭に浮かんで心配していた、たどたどしい英語でそう言うと、彼は言った。
「London is a big city, so there is a lot of things happening every day.  I heard about some fire but I cannot remember when  and how it was.  That is how life is like in London.  People forget yesterdays happenings because something new happens. 」
 彼は少し早口だったが、独り言でも呟くように前を向いて運転しながら言った。
 どこへ向かって走っているのか、Dはドライブでもするつもりなのか、車は人気の無い海岸近くを走っている。
「Where are we going?」と私が訊くと、
「Somewhere with a view of the ocean」と彼は応えた。そして、声の調子を落として、
「本当に祖国を捨てたのか?」と日本語で訊いた。
「D…」と私は驚いてしばらく言葉を失った。「…日本語、喋れるの?」
 Dはそれには答えず、「どうなんだ?」と再度訊いた。
「ええ、そうよ。ウンザリなの」と私は返事をする。
「だったら、今、ここで死んでもかまわないだろ?」
「何……D?」
 私は一瞬、彼が何を言っているのかわからなかった。
 Dは車を加速させた。この辺りは以前ユーリとドライブに来たことがある。目の前に続く大地がもうすぐ無くなるをこと私は知っている。切り立った崖になっているはずだ。その先は海。もしも転落したら、数百メートル下の海へと車ごと突っ込むことになる。
「やめてよD!」
 Dは前を見たままで、私の言葉など聞こえないふりをしている。
「Disgusting!」
 私は叫んでドア開け、走っている車の外へと飛び出した。背の高い柔らかな草が私の身体を受け止めた。見ると、車は崖のギリギリのところで停まっている。
 降りてきたDが無表情のまま、草の上で寝転がっている私をじっと見下ろした。
「What the hell are you looking at? 」
 私は語気を強めて言った。彼は相変わらず無表情だ。英語は全然得意じゃないから通じなかったのか? 私は頭の中で別の言葉を探し、
「What the fuck you lookn' at,FUCK YOU!!!!」と罵った。
 彼は苦笑いして私に手を差し出した。どうやら起こしてくれるらしい。
 私はその手に掴まるふりをして、思いっきり引いて彼を転ばしてやった。
 声を上げて彼は転び、私の横に伸びた形で寝転がった。
「ひどいわ! どういうつもりなの?」
 私は草の上に寝たまま、青空と流れる白い雲を見ながらDを責めた。
「義務を放棄した罰だ」と彼は静かに答えた。
 風が唸り、草の揺れる音に波の音が重なっている。そして私の高鳴る心臓の音。
「もう二度と政治に関わる気は無いわ。日本には戻らない。あなたが私の活動を知っているのはどうしてだか訊かないでおくわ、関わりたくないから。あなたは私が日本国民としての義務を果たさないから死ねと言うの? だったら私の魂はもうとっくに死んでいるのよ、放っておいて」
 私は早口でまくし立てた。Dは私の日本語を理解しているのだろうか、それともわからないのだろうか、横で寝ているDの顔は歪んでいて、青空を睨みつけている。私は上半身を起こしてDの顔を覗き込み、
「I'll never ever see you again.」と冷たく言った。
「I'll take you home then.」
 彼は呟いて立ち上がり、服についた枯草を手ではらった。
 私は再び彼の車に乗り、贔屓にしているレストランの前まで送ってもらうと、サヨナラも言わずに車を降りて歩き出し、決して振り向かなかった。
 個室で一人で食事をしてシェフと会話をした後、ショッピングモールへと移動する。お気に入りの香水、可愛い苺のアクセサリー、新作のランジェリー、欲しかった形のコート…。私はまだDの取った行動に腹を立てていて、鬱憤を晴らすように入ったばかりの印税で買い物をした。最後にとても美しい形の靴と帽子を買って満足した私は、両手に紙袋をたくさんぶら下げてタクシーに乗った。アパートメントに帰ったのは夕方近かった。
 誰もいないと思いながら家の中に入り、リビングの床に買った物を置く。とりあえず着替えようと自分の部屋に行く途中で、廊下の奥にあっていつも鍵のかかっているユーリの部屋が少しだけ開いているのに気がついた。
 帰っていたの、と声をかけようとしてユーリの部屋を覗いたとき、私の心臓は引きつった。
 ユーリは床の上にバラした銃のパーツを一つ一つ、丁寧に手入れをしていた。
 なぜだか私は話し掛けてはいけない気がして、部屋の前からそっと離れるとリビングのソファに横になった。
 決して語ろうとしないけれど、ユーリは何か危ない仕事に携わっている。それは秘密めいていて、公に話せるような職種ではないだろう。ユーリは突然、命を落とすような目にあうかもしれない。そして私は、いつまでもユーリの死を知らずに、もしかしたらいつか帰ってくるんじゃないか…と思いながら暮らし続けるのだ。
 突然現れたD、突然帰って銃の手入れをしているユーリ。私の頭は発熱しかけて、その熱を頭から追い払うように目を瞑り、いつの間にかソファで寝てしまった。
 目を開けると、部屋の中は真っ暗だった。目を開けているのに、何も見えない。
 闇の中で伸ばした手は何も掴まずに、虚しさだけが心の中に広がっていった。
 私は急に一人でいることが怖くなった。ユーリが携わる危険な仕事のせいで彼が死んだらどうしよう? 私は、私の人生からユーリが消えても決して悲しまないと思っていたが、どうやら違っていたらしい。私はユーリを愛している。それは恋人に対する情熱的なものではなく、いつも気にかけて深く愛している家族に対する気持ちに近い。
「ユーリ!」
 私は涙声になって叫んだ。何の物音もしない。私は続けて、
「ユーリ! ユーリ!」と大声で叫んだ。
 珍しくユーリが家の中を走って側にやって来た。ユーリは普段、とても静かに歩くし、あまり物音を立てない。それは気配を消しているようでもあった。
「どうしたんだ?」と言いながら、ユーリはソファの横のフロアスタンドの明かりをつけた。
「ユーリ」
 私は彼に向かって両手を伸ばす。ユーリは跪いて私を腕の中に抱きしめた。
「帰ってたのね」と私は囁いた。「一週間後じゃなかったの?」
 するとユーリは身体を少し離して私の顔を見ながら、
「Dがおまえと接触したからだ。引き返して戻ってきた」と言った。
「…どうして知ってるの?」
 私は静かに尋ねた。
 ユーリと暮らしてから、いつかこういう会話をする時が来るのではないかという予感をずっと心と頭の隅持っていたことに気づいた。
「ユーリ、知らない間にいなくなったりしないで、愛し…」
 言いかけた私の唇をユーリの指が抑えて、言葉を途切れさせた。
「俺を愛すというなら、おまえは義務を果たさなければならない」
 私は力強い腕の中で予期しなかった言葉を聞かされ、目を見張った。
「俺は金をもらって動いているが、おまえは金など必要ないだろう?」
 そういうことだったのか、と私は悟った。
 ユーリは私を見張っていたのだ。近すぎず、遠すぎない距離を保ちながら、私が再び活動に戻るかもしれない時を待ちながら。そして唐突に気がついた。ユーリはわざと見せたのだ。部屋の扉を少しだけ開けて、自分の属する世界を、私に。
 でも私は疲れている。とても疲れてしまっている。
 私の穏やかな日常はどこにあるのだ…、そう思いながらユーリの瞳を覗き込む。
 ユーリと二人で生きていくのか、それとも決別するか。
 行動するのか、しないのか。
 あの時、Dの運転する車に乗ったまま海に落ちて死んでいたのなら、今ある命は有効に使った方がいいのかもしれない。
 それはわかってる。充分にわかってる…。
 ユーリはそれまで一度も私に見せたことのない甘く優しい眼差しで私を見つめていた。
「ユーリ…」
 私は戸惑いながら彼の名を口にした。
 そして初めてキスをした。


【あとがき】 もー、夢から覚めて、ぐったり…。何だこの長い夢はー。なんで英語圏なんだ、文法とか正しいのか? 私は何者なんだ? 「聞いておくれよ〜」とダーリンに夢の内容を聞かせたら、「それは、まりんちゃんの右脳と左脳の会話じゃないの?」という感想をもらった。理性と暴力か?とは突っ込まないでおいた。そしてダーリンが「俺の疲れる夢の話も聞いてくれ」と言う。「俺は戦地に住んでたんだ。アパートなんて銃撃戦の跡があってボコボコに穴があいてる。もうすぐ近くまで敵が迫っていて、耳を澄ますとパパパパパッと乾いた機関銃の音がしてるんだ。ヤベェって言いながら、家に荷物を取りに帰ってきていて、あわてて車で避難するんだ」という内容だった。「そいつぁ〜ぐったりですなぁ」と感想を返しておいた。なぜ二人してこんな疲れた夢を見るんだろうね?


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