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◆◆記憶に残った夢の個人的な記録◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

〜〜〜  09.行きたかった場所  〜〜〜 

 夢の中で、私は電車に乗っている。その電車は、光を受けてきらきらと輝く緑の宝石のような色をした川に添って走り、静かな森を通り抜ける。森の中には小さな駅があって、駅の側には三角屋根の小さなパン屋さんもある。私はいつもその駅で降りたいと思うのに、電車は駅を通過してしまう。私はまた電車を乗り間違えたのだろう。窓から見える景色の中に降り立ちたい、静かな森を散策したい、あのパン屋さんで買い物したい、そう思いながら、私の乗っている電車は決して森の中の小さな駅には止まらない。失望しながら、窓ガラスに顔をくっつけて、駅と流れる景色を見送るだけだ。
 ある日、私はまたいつものように電車に乗っていた。何の前ぶれもなく、電車はその小さな駅で停車した。
 切望は、あっけないほど、あっさりと叶ってしまった。
 私が降りたかった駅。行きたかった場所。電車はゆっくりと停車し、ドアが開く。
 驚きと微かな不安、大きな興味をいっぱいに抱きながらその駅に降りた。
 駅のすぐ近くには、森に囲まれた三角屋根の小さなパン屋さんがある。ああ、私はついにあの店にも入ることができる。森を歩ける。美しい川のせせらぎを聞き、その水を手ですくうことができる。一歩進むごとに、幸福感で胸がいっぱいになる。
 ここはなんと静かな、穏やかな場所だろう。森の香りに包まれて時間がゆっくりと流れていく。森の中を切り開いて作ったような町も見える。その日は夏祭りだったらしい。観光地の建物らしい洒落た作りと内装の施された駅構内で土産物を選びながら、ふと格子窓の外を眺めると、浴衣を着た女の子や男の子たちが駅の周りを歩いていた。
 浴衣を着た一人の男の子が駅の中に走りこんできて、身を隠すように私の横にしゃがんだ。私が首を傾げながら見下ろすと、男の子は口元に人差し指をあてて、「しっ。かくまってね」と小声で囁いた。窓の外を見ると、浴衣を着た女の子が周りを見回しながら走って通り過ぎていった。
「あの女の子と一緒にお祭りに行く約束をしていたんじゃないの?」と私が笑いながら訊ねると、男の子は立ち上がり、少し唇を尖らせて、
「そんな約束してないよ。あいつが勝手に追いかけてくるんだ」と言う。
「きっと、あなたのことが好きなんでしょうね」
「迷惑だよ」
 男の子が一人前の大人のような口をきいたので、私はまた笑った。
 外は少し薄暗くなってきている。もうすぐ夕方だ。お祭りが始まる。
「お姉ちゃんはこの町の人じゃないね」
 私を見上げた男の子がなぜだか確信を持って言った。この町の人口は少なくてよそ者はすぐわかるのだろうか。
「そうよ。ずっとこの駅で降りたかったの。ずっとこの町に来たかったのよ。今日、やっと来られたの」
「案内してあげるよ」
 男の子は私の手を取ろうとしたが、私はやんわりと笑って拒否した。
「あら、駄目よ。知らない人と出かけたりしたら御両親が心配するわよ」
「いいから、いいから」ニッコリ笑った男の子は私の手を取り、引っ張って歩き出した。「あそこに父さんと母さんがいるもん。この町のお祭りにつれてってあげるって言うから」
「え?」と私が男の子の視線の先を追うと、そこに御両親らしき人がいて、こちら見てニコニコしている。
 どんな町やねん、ここ……、あの両親も不思議だわ、息子が見ず知らずの大人の女を引っ張って歩いているというのに……などと思いつつ、手を引かれながら御両親に頭を下げると、会釈を返されてまた驚いた。
「お姉ちゃんはこの町に住むんでしょう? この町を好きになってね」と男の子は言う。
 この町は過疎化が進んでいるのか? 町の住人全員が移住希望者に優しいのだろうか? とても不思議な雰囲気の町だ。

【あとがき】 何度も何度も夢に出てきた町の小さな駅に、やっと降りることができて、夢から覚めた後も不思議に幸福感を反芻できた。移住したいー。この町に来るまで何年かかっただろう。いつも夢の中で電車は通り過ぎてしまう。ある時私はどうしても町に行きたくて、近くの山から徒歩で町を目指したが辿り着けなかった。またある時は、「あの町に行くにはここを通り抜けたら行ける」と誰かに教えられた。しかし目の前には、巨大なすり鉢底のように抉れた真っ暗な土地に聳え立つ廃墟の団地郡があって、足がすくんで辿り着けなかった。またある時は、巨大な工場群を抜けたら憧れている町があるのに、さんざん迷って目が覚めたこともある。なぜ今日は辿り着けたのだろう?



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