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「俺達も行くか…花見」

蛮がそう呟いたのは、既に太陽が沈みかけている時刻だった。

「えっ…?」

銀次が聞き返したのも無理はない。それまで蛮はずっと桜見物を断り続けていたのだ。

士度とマドカが花見に行くのだと言ってここを出て行ってから、およそ1時間に渡って銀次は蛮におねだりを繰り返した。それまでは花見などというものに興味を示すこともなかったというのに、士度達の楽しそうな雰囲気を見て、自分も行きたいと思いついたらしい。

行きたいと主張する銀次に対して蛮は冷たかった。

もともとイベントごとにはあまり乗り気にならない性格だ。

加えて今はそんなことに浮かれる気分にもなれない。桜の下で酔いしれるには、2人の財布はあまりにも軽すぎたのだ。

「桜見るだけでいいからさ」

銀次はそう言うが、行ったからには何かしら出費をするはめになることぐらい容易に予想がつく。何せ銀次は、花より団子の性分なのだ。数多くの出店を前に、ただで済むはずがない。

頑として首を縦に振らない蛮に、銀次は何とか連れ出そうと、あの手この手で必死の攻略を試みていたが、小一時間もそれが続けば流石に蛮もキレる。

それなら一人で行け、と突き放すとようやく静かになった。




それから数時間、夕日が空を錦に彩る頃には、店内に備え付けられたテレビからは定刻のニュースが流れていた。大手銀行の合併とそれに伴う処理業務のトラブルというニュースを除けば、世間的には大した事件もなく、テレビは今まさに賑わいを見せている花見会場からの中継を映し出していた。各地の桜の名所はどこも人でごったがえしており、花見客の楽しそうな歓声と、その勢いに押されて戸惑い気味のリポーターがインタビューを繰り返す。

へべれけになった花見客がリポーターに絡んでみたり、裸に近い格好で踊りまくる者もいたりで、現場はかなり無法地帯となっているようだ。

それを見る蛮の目に、怪しい輝きが走った。

『使えるかもしれない…』

無礼講という様相を呈している現場は、すっかりできあがっている酔っ払いがほとんどを占めている。既に酔いつぶれて泥酔状態の者も多いようだ。かろうじて意識を保っている者達も、目が座っている者や笑い転げている者、踊りだしている者、本来の花見という目的をすっかり忘れている人間ばかりだ。

『いいカモだぜ』

蛮は心の中で悪魔の言葉を呟いた。きっと大量に用意されているであろう食料を、黙って見ているなど大馬鹿者だ。

理性も記憶も吹っ飛ぶような花見会場、これなら部外者が入り込んでいても誰もそれを指摘すまい…。

思いつけば行動は早い方が良い。

まだ酒と食い物が残っているうちに、狂騒に紛れてどこかのグループに入り込むのだ。

相手は酔っ払いだ、年齢の違わない大学生の輪の中にでも入り込んで、適当に話しを合わせれば、不審者とは気づかれないだろう。

第三者から見れば非常にせこい作戦であったが、背に腹は代えられない。

プライドを取って空腹を抱えるよりも、少々みっともなくとも要領よく食い物をゲットすべし。

テレビの画面に写る花見客は、悪魔の囁きに引きずられた蛮にとっては、既にネギを背負った鴨にしか見えなかった。

自分なりに素晴らしい妙案に、蛮は銀次を振り返った。

花見客への潜入、一人ででも決行するつもりだが、一応相棒もご相伴に預からせてやろうという考えである。

「おい、銀次。俺達も行くか…花見」

「えっ…?」

銀次はあからさまに驚いた顔をした。

無理もない。先ほどまであれほど嫌がっていた蛮が、いきなり主旨を代えたので、面食らっているのだ。

「思う存分桜を見物して、思う存分食わせてやるぜ」

「蛮ちゃん、本当?」




「こんなことだろーと思った…」

酔っ払いの輪にひっそりと加わりながら呟かれた言葉を、蛮は聞き漏らさなかった。

「何だ、文句があるのか?言った通り、桜は見られるし飲み食いもできるじゃねーか」

「だってさぁ」

「なら、食うな」

「あっ!!俺が取っておいた唐揚っ!!」

「うるせー、食うな」

「ああっ!!俺が最後に食べようと思ってたマグロ〜っ!!」

慌てる銀次の目の前で、唐揚もマグロも目にもとまらぬ速さで蛮の胃袋に収められていく。電撃攻撃でも使って阻止したい銀次であったが、こっそり紛れ込んでいる身としては、大っぴらに騒ぐわけにはいかない。

「酷いや蛮ちゃん〜っ!!」

悲痛な叫びをあげて目を潤ませる銀次の、前に置かれた皿は既に空になっている。こんな時の蛮の箸さばきは、必殺の蛇咬よりも素早く最強だ。

「おめーがいつまでもぐずぐずしてるから悪いんだろ。もう一ヶ所回るぜ」

食い足りなかったのか、蛮は更に周囲を見回して手頃なグループを物色し始めた。どうせなら若いギャルがいた方が良いに決まっている。

どこかの大学のサークルらしい一団を発見し、蛮は早くもそこに狙いを定めた。不思議な扮装をしている者が数多く見受けられることから、演劇の同好会といった感じを受ける。

「おっし、あそこだ。行くぜ銀次。ぬかるなよっ」

返事はなかった。

「銀次ィ…?」

いつ消えたのだろう、食べ物を獲られたのが余程ショックだったのか、或いは蛮に愛想をつかしたのか、銀次の姿はどこにもなかった。

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