死の世界、南極。
永久の極寒が支配するこの世界で、シンジは試練に挑もうとしていた。
シンジの目の前には紅き槍――ロンギヌスへと続く光の道が、浮き上がっていた。
『槍を手にする為には、資格を得ねば為らん。――この光の道を往き、槍に触れることが出来たならば、槍の主になる事が出来る』
『――何か、思っていたより簡単そうな試練ですね…』
『……そうだと、良いんじゃがのう…』
意味有りげに、溜息を吐く【アダム】。
『――…力無き者は、この道を歩く事すら出来んのじゃ』
「――要するに、槍の所まで行けば良いんだね」
そう言って、シンジはさっさと光の道に乗った。
全く躊躇いというものが無い。
「キラと【アダム】は此処で待ってて。僕一人じゃなきゃ、意味が無いから」
にこりと、笑う。
死地へと赴く筈なのに、その笑みは確りと輝いていた。
『……シンジ――愛しき我が主よ、気をつけて』
『頑張ってください、マスター…』
心配そうなキラと【アダム】の声を背に受けて、シンジは大きく一歩、踏み出す。

――瞬間、世界が変わった。

蒼白なる氷壁と、紅い海は虚空に消え、辺りは黒く歪んだ空間へと変わった。
只見えるのは、虹色に輝く光の道と、紅い槍のみ。
「成る程、魔導の技を持つ者が近付くと発動する仕組みか。どーりで何の力も持たないSEELEの連中が、槍を持てた訳だ。――真の担い手を、見定める気か?」
そう、SEELEは槍を使ったのではない。
言うならば、剣で斬るのではなく、叩く。
弓で矢を撃つのではなく、投げる。
槍に、相手にされていなかったのだ。
槍は求めている。
真為る力を発揮させてくれる、強き力の持主を。
最強なる、魔導士を。
「上等。君の魂に刻み込んであげるよ、僕の実力を…タップリと」
哂い、再びシンジは歩き出した。
槍を、手に入れるべく。
雄大に、歩き出した。


第五話前編  『明かされる事実、三足草鞋と姫君襲来』



「……全く、鬱陶しいな」
歩き始めてから、どれだけ経っただろうか。
行けども行けども、道は続く。
目的は見えているのに、少しも近付かない。
――更に、

死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死シシシシシシシ…
帰れ…帰れ…帰れ…
おいで。私達の所へ……貴方が殺した私達の所へ……
化け物だ……お前は化け物だ!

闇の中から、声が聞こえてきた。
壮絶な、怨嗟の叫び。
憎悪と恐怖しかない、哀れな声。
「内容から察するに、過去僕が殺してきた人たちの声だと思うけど……一々憶えてないから解んないや」
言い切りやがった。
とんでもなく素晴らしい笑顔で。
……哀れすぎる。

わいの心臓を、わいの心臓を返せ……
痛い、痛いよぉ……

目の前に、ジャージを着た亡霊とメガネをかけた亡霊が浮かび上がるが――しかし、

「はい、邪魔邪魔。さっさと退いて」

あっさりスルー。
ひでぇ。
「……誰だっけ、あの二人?」
首を傾げるシンジ。
もう存在すら、忘れ去られていた。

もしかしてわいらの出番……
……此れで終わりか!?

その通り。 「――さて、此れだけで試練が終わりなわけないよな。次は、何かな?」
背後で号泣する亡霊を一切無視し、シンジは楽しそうに言った。
――その瞳は、飽くなき好奇の炎を、燃やしていた。
シンジは足どり軽く、先に進むのであった。


――更に先に進むと、

……ガチャリ…

道の先に、鎧姿の亡霊が立っていた。
――その数は、明らかに二十は越えていただろう。
果て無き道の先に、犇めいていた。
「……やっと試練らしくなってきたね」
不敵に哂い、シンジは言った。
数は多くとも、雑魚。
シンジは隙無く敵を見据え、構える。
「悪いけど、秒殺で往かせて貰うよ…」
言い、シンジは口の中で【言葉】を唱える。
――魔を具現する、一文を。
――しかし、

「―――ッ!?」

鎧が剣を抜き―――次の瞬間には、シンジの右腕が宙を舞っていた。
一拍遅れて、シンジの傷口から、噴水の如く血が吹き出す。
「――くッ!? ………馬鹿な…」
マントを引き裂き、傷口を圧迫。
――僅かに、血流の勢いが衰える。
シンジは混乱する思考に叱咤しつつ、考える。
――何故、力を発動した筈の自分が、斬られたか?
一秒も経たず、シンジの頭脳は、ある答えを弾き出す。
「――まさか、【魔導】に関する全ての力が……封じられてる」
ある意味最悪の答えに、シンジは愕然とした。
――しかし、事実である。
何時もなら感じられる筈の魔力の息吹が、感じられない。
「……一寸、不味いかな」
冷や汗を垂らし、冷静に呟くシンジ。
未だに傷口からは、血液が滴っていた。


――先ずは先頭の五体が剣を抜き、シンジに襲い掛かる。
意外に素早い動きで間合いを詰め、剣を振りかぶり、

「――二度は、喰わない」

――上腕が、破砕した。 シンジが放った拳が真ん中の鎧の腕を砕き、そのままの勢いで右側二体の腕を蹴り砕く。
砕けた腕部から、血の如く黒い油が噴出す。
――一瞬止まった左の鎧の隙を見逃さず、更なる連蹴りを浴びせる。
五本の剣が、宙を漂い、地面に突き刺さる。
「――まだまだ」
その内の一本を抜き、振るう。
――空を薙ぐ白光。空間に響く金属音。
――五体の鎧は抵抗する間も無く、鉄屑と化した。
「至高の知は究極の肉体に宿る……師匠の口癖でね、【魔導】技術を習う一方、体を使った戦闘技術も叩き込まれてるんだよ。……【魔導師】が白兵戦に弱いというのは―――思い込みに過ぎない」
右腕からは血を滴らせ、左腕からはどす黒い油に塗れた剣を下げ、シンジは嘲笑うように言った。
「――掛かって来い、木偶の坊共。一体残らず、叩きのめしてやるよ」
獰猛な笑みを浮かべ、シンジは吼える。
――凶鬼の如き、形相で。
白刃を携え、【人形遣い】は鎧の群れの中へと、飛び込んでいくのだった。


「……………」
全身を油でどす黒く染め、シンジはその場に佇んでいた。
最早、動く物は何も無い。
無数に蠢いていた鎧は一つ残らず粉砕され、黒い油を撒き散らして停止していた。
「…ちょっと、手間取ったかな」
半ばから折れた剣を無造作に投げ捨て、シンジは自嘲気味に哂った。
――見ると、黒い油に混じって、紅いものがシンジの体に……
「肩と背中に一撃ずつ……右手の方は、後で倉庫の義手を付ければいいか」
常備している血止めの薬と、増血剤を飲み下す。
魔導に基づき、処方した薬だ。
直ぐに血は止まり、足りなくなった血液が補充されていく。
――醜い傷は、そのまま残っているが。
「――さて、行くか」
人形遣いは、再び歩き出した。
全身から血と油を滴らせ、鉄の残骸を踏み砕き、口元に貼り付けたような微笑を浮かべ。
何時もと変わらぬ足取りで、歩き始めた。

――その先にも、敵は居た。

鎧だけではなく、多種多様な怪物が、シンジの行く手を阻んでいた。
目玉が無数にある犬、首の無い巨人、骨だけになった龍種、腐りきった肉をぶら下げたキメラ……
悪意と嫌悪感を押し固めたような化け物の群れが、シンジを待ち受けていた。
――その全てを、シンジは屠った。
魔導を封じられた為、己の肉体と粗悪な剣のみで。
全ての目を潰し首を刎ね、両手両足の腱を切り心臓を抉り、粉々に為るまで骨片を打ち砕き、原形を留めなくなるまで斬り続けた……
後に残されたのはシンジと――無惨な屍のみ。
シンジは表情一つ変えず、歩き続ける。
――不意に、道が途切れる。
その先には――広場があった。
広い円形の其れは、まるで闘技場のようだった。
「……陳腐な演出だ」
広場を取り囲む、座席を配した高台には無数の人骨が散らばり、広場には血液で錆付いたガラクタの群れが突き刺さっていた。
――そして、その真ん中に、一人の男が立っていた。
白色のフルプレートに身を包んだ――顔はフルフェイスに隠され判別できないが――多分美丈夫。
その背中には、白金の如き四枚の翼が生えていた。
一目見たら、誰もがこう言うだろう――

――【天使】、と。

そう、誰もが言う。
「……すると、僕は【悪魔】なのかな。――ナイスチョイスだね」
シニカルに笑うシンジ。
確かに彼は悪魔だ。
――自らの楽しみを優先する、【悪魔】だ。
『…ほう、珍しい。脆弱な人間如きが、あの魔獣の群れを突破してくるとは……久方振りに、暇が潰せそうだ』
兜越しでも衰える事の無い美声を響かせ、面白そうに言う天の御使い。
傲慢な態度が、ありありと見える。
『我が名は【アズラエル】――この魔空間の管理を任されし、死の御使いにして不敗の番人為り。……さて、精々足掻いて私を楽しませてくれ』
背に負うた大剣を抜き、上段に構え――

消える。

瞬間、シンジはその場から退く。
一拍も置かずに、斬撃音をも掻き殺す絶風が、シンジの首の在った場所を薙いだ。
『ふむ、今のを避けるか。……如何やら、今までの滓とは違うようだ』
何時の間にか、シンジの目の前に立っているアズラエル。
何の事は無い。
只単に、目に映らぬ速さで移動しただけである。
並の人間なら理解する暇も無くお陀仏だが、シンジは違う。
確実にその瞳は、アズラエルの軌跡を読み取っていた。
「…………」
シンジは、無表情にアズラエルを見据える。
本気戦闘モードに入った証拠だ。
真剣に為らねば、勝てない。
そうシンジは、判断したからだ。
無言で剣――辺りのガラクタで比較的マシなもの――を抜き、斜に構えた。
「――始めようか、天の使い走り。試練という名の、殺し合いを…」
『――身の程を知るがいい。惰弱なる存在よ!』
白と黒の、壮絶なる死合の始まりであった。


――先ず動いたのは、アズラエル。
大剣を八双に構え――

『――ヌウゥゥゥゥン!!』

大きく振り回す!
単純だが、威力は凄まじい。
尋常ではない膂力を備えているからこそ、出来る芸当だ。
剣刃の渦は、周囲の空気と鉄屑を飲み込み、斬り砕く!
触れれば、一瞬でミンチになるだろう。
しかしシンジは――

「……単純すぎ」
渦が触れるか否かのタイミングで地を蹴り、飛び上がる。
目指すはアズラエルの頭上――即ち、渦の中心。
「回転の弱点は中心……小学生でも解るよ」
剣先を下方に向け、柄に全体重を掛ける。
勢いのついた切先が、アズラエルに襲い掛かる。
だが、
『……温い』

――ギィン…ッ!

剣の切先を、ガントレットが防ぐ。
その勢いを利用し、アズラエルは逆の拳をシンジの腹部に叩き付ける。
――みしり、と嫌な音が、シンジの腹から聞こえてきた。
「………!?」
凄まじい衝撃をまともに受け、シンジの体が真上に撥ね上がった。
一瞬の停滞の後に、地面に叩きつけられる。
――内蔵をやられたのか、口から鮮血を吐き出した。
四tトラックの衝撃にも耐え切るシンジの防御力を、アズラエルはあっさりと打ち砕いたのだ。
魔導という力を失っているとはいえ、シンジは洒落にならない戦闘力を備えている。
――其れを、いとも簡単に上回るアズラエル。
流石は、番人というべきだろうか。
『…やはり人間は脆いな。この程度で、壊れるとは……』
つまらない、と言い捨てるアズラエル。
しかし、
「……つまらない、だって?」
――冷たい声。
唇の血を拭い、シンジが立ち上がる。
――気配が、増大した。
「この程度じゃあ、僕は死なないよ。――侮ると、君が死ぬよ?」
にやり、と微笑む。
蒼白な肌と血の色の咥内が相成って、言い表せない不気味な気配が立ち昇る。
其れを見て、白金の天使は、嘲笑う。
『ほざけ、人間。貴様が我を一度殺す前に、貴様を十と三度殺し尽してみせよう!!』
――絶死の気配を纏った聖剣が、シンジの頭部へと、振り下ろされた。


易々と太刀筋を見切り、シンジは一旦後ろに下がり、

「――遅いよ」

一気に間合いを詰める!
爆発的な筋肉の収縮により、凄まじい瞬発力がシンジに宿る。
縮地とも言われるこの技法を、シンジは使いこなしているのだ。
ちなみに、ラン直伝である。
「――剋ッ!」
裂帛と共に、素早く懐に入り込んだシンジは、剣の切先を鎧――其の隙間に――押し込んだ。
ズブリ、と小気味悪い音が、手に感触と共に伝わる。
以下に頑強な鎧といえども、隙間は無防備。
『―――ぐぅッ!?』
僅かに呻き、アズラエルの身体が揺らぐ。
隙を逃さず、シンジの拳が襲い掛かる!
「……烈ッ……!!」
震音。
シンジの足元が大きく陥没し、鎧に中てられた掌から、凄まじい衝撃が奔る。
――鎧は勿論、中身をもズタズタに破壊する!
アズラエルの巨体が、一瞬、宙に浮いた。
「如何したの? たかが人間、なんでしょう。やられっぱなしでいいの?」
嘲るかのように、言うシンジ。
――口調とは裏腹に、眼差しは険を帯び、細められたままだが。
『……何、如何って事は無い。鎧が、砕けただけだ』
何でも無いように言い、倒れ伏したアズラエルはゆっくりと立ち上がる。
砕けた鎧が、パラパラと雨粒のような音を立て、地に落ちる。
『……ふん。やはり人間とは、愚なる生き物のようだな。態々、自らを死地に追い込むとは…』
意味有り気に言い放ち、含み笑いを漏らすアズラエル。
恐らく其の面の下は、笑みに歪んでいるだろう。
その態度に、シンジが訝しげに、
「……大した自信だね」
満身創痍のアズラエルに、冷たく言う。
『自信ではない、確信だ。――見せてやろう、我が真の姿を!!』
言葉と同時に、鎧が砕け散る。
金属の爆ぜる音が、広場に突き立つ墓剣を微かに揺らす。
――そして、

『…さて、本番と行こうか』

金属の粉塵の中から、【ソレ】は現れた。
正にソレは――化け物。
人と同じく四肢を持ち、背には四枚の翼。
――そして、全身を覆う無数の眼。
白目の部分が茶色に濁り、瞳が恐ろしいほど充血した、不気味な目玉。
ソレが幾百、幾千――数え切れない程の数が、全身に隈なく配置されていた。
人の頭部にあたる部分にも、鼻や口が無い代わりに、無数の目玉が所狭しと存在している。
――辛うじて人の形をしている其の姿は、醜悪の一言に尽きる。
「…随分と、ハンサムに為ったね」
アズラエルの奇怪な姿にも全く動じず、言い放つシンジ。
――此れくらいで動揺していては、この業界でやっていけない。
『何時まで其の軽口が、続くかな?』
翼を開き、余裕綽々といった感じに言うアズラエル。
――瞬間、

瞳が、完全に開く。

何かがひしゃげる音と同時に、シンジの身体から血が噴出した。

血管が破裂し、ドクドクと流れていく血液。
目、鼻、耳、口は謂うまでも無く、毛穴からも噴き出ているように見えた。
全身が、真っ赤に染まっていく。
しかし、シンジは倒れない。
剣を杖代わりにし、辛うじてだが、立っている。
――瞳からには、意思の光が強く輝いている。
「……がは…ッ!」
口から血の塊を吐き出し、呻くシンジ。
べちゃり、と生々しい音と共に、鉄錆の臭いが鼻につく。
其れを見、アズラエルは厭らしく瞳を歪ませ、
『我が魔眼に、敵う者無し…』
愉快そうに、言った。


『……マスター…?』
現実世界に残されたキラが、不意に、呟く。
胸騒ぎがする。
シンジが死ぬ事など在り得ない。
其れは、彼女たち【人形】がよく知っている。
――…しかし、何だろう?
この嫌な気持ちは。
落ち着かない、漠然とした不安は。
『……心配か、シンジが』
『当たり前です…。マスターが死ぬ訳無いと思いますが……何か、嫌な予感がするんです』
【アダム】の問いに、キラは沈んだ声で答え、
『…マスターの身に、何かが起こっているような気がするんです』
俯く。
考えれば考えるほど、思考がマイナスベクトルに傾いていく。
『……試練の内容は、大きく分けて三つじゃ。一つ目は【怨嗟の道程】……試練を受ける者が今まで手にかけた者達の怨念が実体化し、有らん限りの憎悪をぶちまける道じゃ。二つ目は【魔獣の回廊】……数限り無い程の魔獣の群れが襲い掛かる試練じゃ。三つ目が【断罪の闘技場】……此処の管理者である生体兵器【アズラエル】と戦う場じゃ。……ちなみに、試練が始まると同時に、受験者は魔導の技を封じられる』
【アダム】の言葉に、キラの顔色が驚愕に染まった。
『あの中では、余程の事が無い限り、魔導は使えんよ……管理者であるアズラエルを除いてはのう。……如何する? 中に入って、シンジの後を追うか?』
意地悪そうに言う【アダム】。
キラは…

『……いえ、此処で待ちます』

力強く、答えた。 『マスターは、私に【待ってて】と言いました。其れに、私が言っても足手まといにしかなりません。……マスターは絶対に戻ってきます。だってマスターは………』
世界一、ですから。
強く、頼もしい笑顔。
――其れとは裏腹に、掌は血が滲むほど強く、握り締められているが。
『…解った』
端的に答え、【アダム】は黙る。
――静かに、時は流れる。


『……ほう。まだ、立てるのか?』
全身の瞳を歪ませ、アズラエルは愉快そうにそう言った。
全ての視線の先には――血塗れのシンジの姿。
荒い息を吐き、全身から血を流し、半ばから折れた剣を杖代わりし、立っていた。
――其の足元は、巨大な血溜りと化していた。
あれから、どれほど経ったのか。
アズラエルの【魔眼】になす術も無く、シンジは攻撃を受け続けた。
――しかし、シンジは倒れない。
其の瞳から、意思の光を失わない。
『我が魔眼の支配を受けて尚、その強さ……成る程、貴様は人間の中でも、相当変り種というわけか』
「変り種度でいえば、僕は君に到底及ばないよ……」
アズラエルに皮肉に返し、シンジは折れた剣を捨て、直ぐ傍らに突き刺さっていた細身の剣を抜く。
豪奢な飾りが全て剥げ落ちた、レイピア。
目元の血を拭い、シンジは剣の切先をアズラエルに向けた。
『―――無駄だ』
アズラエルの瞳が、大きく開く。
瞬間、
剣は切先から拉げ折れ、持っていた左腕も、グシャグシャに折れ砕けた。
「―――…ガッ……!?」
獣のような呻きを漏らし、とうとうシンジは膝を附いてしまった。
――左腕は、最早原形を留めていない。
『――ふん。たかが人間が、天使である私に勝てるとでも? ……身の程知らずが』
吐き捨てるように、言う。
だが、
「……天使? ……は、ハハハハッ! よく言うよ、たかがガラクタの寄せ集めのくせして……」
シンジは皮肉気に笑い、彼に嘲笑を送った。
「其の【眼】……古代の魔導兵器だね。しかも、一つ一つ能力が違う。一つ一つの力は下級以下だけど、組み合わせる事で、威力を倍増させる。……さっきの攻撃は、空間操作系と圧縮系を同時に使った【空間歪縮】って所かな……」
――其の言葉に、アズラエルの気配が変わった。
言い表すなら、緊の一言。
全ての瞳に、射抜くような光が満ちた。
「――図星のようだね。其れにしても、君を創造した魔導師は――馬鹿としか言いようが無いね。ガラクタを寄せ集めて、汎用性の利く兵器を作ろうとか考えたみたいだけど……ガラクタを寄せ集めて作ったハードはこの上なく不安定で、其れを統括するプログラムは、自信過剰の自称天使様……発想・着眼点は良いけど、技術と成果がこの上なくお粗末。上級兵器辺りとやり合えば、まず負ける。言ってみれば――粗悪品だ」
シンジが一言発する度に、アズラエルの眼光はより剣呑な物と為っていく。
自分をここまで侮辱されたのだ。
怒らない方が、変というものである。
「――はっきり言おう粗大ゴミ。君は―――良く出来た、ガラクタだ」
シンジのこの一言に、死の天使は、ぶち切れた。
『―――黙れぇぇぇぇッ!!』
絶叫と共に、瞳から力が発射された。

真空刃、炎、振動波、氷塊、雷撃、闇、重力波、光線、渦水、螺旋矢、実体弾……

雑多な幾つモノの弾が、シンジに迫る。
だが、シンジは其れらを眺めて、笑みを作り、
「……いい加減、僕もキレそうなんだよ。君みたいな勘違い馬鹿と、延々茶番をやらされて……。所詮、君は井の中の蛙――この空間じゃなきゃ、満足に敵と向かい合えない臆病者。――思い知れ、ガラクタ」
よろよろと立ち上がり、

消える。

一瞬遅れて、今までシンジが居た場所に、魔弾群が炸裂。
――広場の半分が、クレーターと化した。
『――何ッ!? ば、馬鹿な! あの傷で、動ける訳が……」
「あるんだよね」
背後の瞳が、見開かれた。
背後に立つ、血塗れのシンジを映して。
「――僕は生き汚くてね。流石にキツイけど、コレぐらいわけないさ」
穏やかに微笑した其の顔は、正に純真無垢。
ある意味純粋。
そう、純粋な――狂気。
「これ、何か解る?」
シンジがそう言って取り出したのは、赤い石。
不気味に輝く其の石は、まるで鮮血を押し固めたような、色彩だった。
「僕の血を吸わせた、結界解除用魔石さ。――いやぁ、苦労したよ。この空間の構成を調べ上げるのに、意識を集中しなきゃならなかったから、殆ど全力出せなかったし」
魔石――其れは、一般的な魔導師等が使う媒体である。
自らの血を吸わせ、石に魔力を通す事で、術式となるプログラムを構築。
そして、再度魔力を通す事で、プログラムに応じた術を行使する事が出来るのだ。
謂わば、簡易版魔導兵器である。
シンジは空間から術式構成を読み取り、其れと相反するアンチプログラムを組み立てたのだ。
故に、
「――コレで、君を護る壁を無くなった」
甲高い音と共に、空間が砕け散る。
同時に、シンジの持っていた魔石も砕けた。
――魔を封じる力は、跡形も無く消えた。
『わ、我が領域が……』
「君の領域? どうせ、借り物だろう。――君の実力じゃ、あのレベルの封結界は張れないだろう。大方、君を設置した魔導師が張ったんだろうけど……僕――いや、僕の師匠には、遠く及ばない」
そう、シンジの持っていた魔石は元々、シンジの師匠が作ったものだ。
シンジは師のプログラムを元に、アンチプログラムを製作しただけなのである。
それだけでも、大したものなのだが。
「解るかい? 君は―――僕に勝てない。僕は―――君に勝つ。これはもう、絶対不変の世界法則だよ。これから君は――僕に殺されるんだ」
宣言。
シンジは形を失った左腕に魔力を通し、無理矢理操る。
魔の呟きが、唇から零れ落ちた。

『――我が司りし【魔を秘める武器】の一柱よ、【契約者】シンジが命ずる。迸れ、無限なる暗黒。汝は絶望より出、虚無の鉄槌為り。我、汝を欲する。汝は【空虚】、汝は【無限】、汝は【絶無】―――全てを無に帰す、純なる【混沌】――』

呪が、具現する。
其れが現れたのは、シンジの左掌。
拉げた掌に、黒い【ナニカ】が集束する。
――【ナニカ】を見て、アズラエルは驚愕した。
『き、貴様正気か!? そんなモノを使ったら、空間全体が吹き飛ぶぞ!!』
アズラエルが驚くのも、無理は無い。
シンジのコレは、謂わば、現実存在等全ての天敵。
+の存在を喰らい、対消滅する−の存在。
存在しない筈の存在。
矛盾した、力。
即ち、限り無い零。
シンジは、【限り無い零】を掌に蓄え、
「大丈夫。僕は、死なないから。――何故なら」
シンジは、心の底から笑顔で、言った。
「“絶対帰る”って、約束したから。――僕の帰りを待つ、可愛い奴隷達が居るから……そう簡単には死ねないさ」
言って、シンジは歪んだ五指を無理矢理開き、掌を――

アズラエルに、押し付けた。

アズラエルが何か叫ぶが、聞こえない。
――何も聞こえない。
シンジの掌から溢れた黒が、全てを飲み込み、そして――

『汝、即ち滅び為り――【無限のゼロ(インフニンティ・ゼロ)】………ッ!』

――全てが、漆黒の光に飲み込まれた。


『『――――ッ!!?』』
轟音が鳴る。
空間が割れ砕け、漆黒の柱が氷の大地を穿った。
『――何事じゃッ!?』
凄まじい魔力の暴流に、【アダム】が驚きの意を上げた。
キラは――青褪めた表情で……
『マスター……まさか、【無限のゼロ(インフニンティ・ゼロ)】を……』
全てを無へと帰す、呪われた力。
抗う事の出来ない、全ての滅び。
――キラは、シンジの持つ七つの魔導兵器中最強最悪の其れが、発動したと悟ったのだ。
『――マスタアァァァァァァ―――ッ!!』
悲痛な叫びを上げる、キラ。
『……シンジ…………』
絶望的だ、と【アダム】も泣きそうな声を上げた。
――だが、

「――何? 二人とも」

黒き光の中から、返事が返ってきた。
其の声に、二人の従者が、光の中を見つめる。
――割れる。
漆黒の極光が縦に分かたれ、道が生じる。
――其の中心に、少年が立っていた。
右腕を無くし、砕けた左腕を力無く垂らした、血塗れの少年。
しかし、其の眼光は衰えを知らず、口元には何時もの貼り付けたような微笑が浮かんでいた。
少年は、人形と異形を見つめ、
「――ただいま」
静かに、言葉を紡いだ。
――返事は無い。
ただ――人形は溢れんばかりの涙を流し、異形は紅き核を激しく明滅させ。

『……マスタぁ……』
『シンジ……』

彼の事を、呼んだ。
少年は、うん、と頷き、
「――僕は、帰って来たよ。そして――」
前方に、視線を向けた。
其の先に在るのは――槍。
血よりも濃く、深い鮮やかな真紅の色。
――聖人を貫いた槍と同名のこの魔槍は、只静かに、氷の台座に突き刺さっていた。
まるで、主人を待っているかのように。
「今、行くよ」
唄うようなシンジの声が、蒼氷の空間に響いた。


歩く。
一歩進む度に、見えない道に紅い点が落ちる。
シンジは紅に構わず、歩みを進める。
道が――紅い血の色に染まっていく。
一歩、又一歩。
槍に近付く度に、道は紅い絨毯に覆われていった。
そして――
歩みが止まる。
目の前には――

紅き水と氷に囲まれ、台座に突き立つ魔槍。

原初の兵器。
神代と詠われた過去の文明が創りし、真作。
【魔導神器 ロンギヌス】
神の名を頂く、真為る兵器である。
「――で、如何すればいいのかな?」
シンジは微笑し、隣に浮かぶ【アダム】に訊く。
【アダム】は、うむ、と相槌を返し、
『――触れれば、其れで事足りる』
成る程、とシンジは躊躇いもせず、砕けた左の手を伸ばし、ロンギヌスの柄に触れた。
――瞬間。

紅き光が、弾ける。

そして、瞬く間に光が収まった。
すると、シンジの手には、巨大から人の扱える大きさへと変化した、紅き魔槍が握られていた。
――何故か、シンジの両の腕と全ての傷が、癒えていた。
「……コレは――」
『――ロンギヌスは全ての根源に最も近きモノ。所持者に無限の魔力を与え、尽きる事無き命を与える。――最も、肉体全消滅や槍を破壊された場合、命は尽きるがのう……』
つまり、槍と運命共同体と為ったという事か。
槍さえ死守すれば、死ぬ事は無い。
其れはつまり……
「不老不死、か。……暇潰しのネタが尽きなきゃいいけど。――これからの人生、退屈と戦う事に為りそうだね」
結局は其れかい。
シンジらしい台詞である。
『――話は未だ終わって無いぞ。其の槍には統御装置――インターフェイスが無い。故に――』
【アダム】は言い、槍に近付く。
次の瞬間。
ズブリ、と【アダム】が槍の中に融けて――消えた。
そして、槍から再び紅き光が生じ――
槍が、形を変えた。
粒子状に散った其の姿は、新たな形を取る。
新たな其の姿とは――

「――意思在る者が、槍と同化せねば為らない」

人の姿。
蒼き長髪、黒き鎧と神装束を合わせた衣装、紅き双眼。
異空間で見た、【アダム】の真の姿である。
「これで、契約は為った。後は――」
人と為った【アダム】は、シンジの頬に口を寄せ、
「――妾に新たな“名”と、主人の魔力を……」
舌を這わせ、妖しく笑う。
シンジは、ゾクリとする笑みを返し、
「――【アリス】。其れが、君の名だよ。後、魔力の方は――」
【アダム】――改め【アリス】――の頤に手を掛け、
「家で、ゆっくりと……」
口付け。
舌と粘液が絡み合う音が、死の世界に響く。
微かに、少女の鳴く声が、辺りの氷を揺らし響かせる。
『……う゛〜〜〜』
其れを、羨ましそうに指を咥えて眺めるキラ。
――今度は、彼女が羨ましがる番だった。


――その頃、世界の何処かでは……
『――由々しき事態だ』
『【人形遣い】……ヤツの所為で、シナリオは大幅に狂わされた』
『このままでは、補完計画そのものが……』
『――落ち着きたまえ、諸君』
『――議長…?』
『蛇の道は蛇……【人形遣い】の事は、彼らに任せよう』
『議長……まさか【連盟】にッ!?』
『……その通りだ。【魔導】の道を踏み外した彼らなら――【人形遣い】に遅れはとらん』
『しかし……』
『くどい。確かに危険だが、これ以外に方法は無い……』
『……………』
『至急連絡を取れ。逸れ者の巣窟……【賢人連盟】にな』


――更に同時刻。
NERV地下最深層――ターミナルドグマ。
塩の柱と紅い湖――そして、磔にされた白き異形のみが存在するこの空間に、一人の少女が居た。
蒼銀の髪、白き肌、無機質な表情、赤き双眸。
――ファースト・チルドレン【綾波 レイ】。
其れが、“今”の少女の名前だった。
彼女は、見えない空を見上げ、
「――“槍”が、解き放たれた……」
変わらない表情のまま、淡々と言う。
「支障が、出そうね」
彼女は、湖を見て、
「――綺麗」
紅き水を、無表情のまま見続ける。
「――世界は綺麗なのに、今も昔も、この世には汚いモノが居過ぎるわ。早く、綺麗にしないと……前は、御姉様に邪魔されたし……」
彼女は、白き異形を愛しげに見つめる。
表情は変わらない。
ただ視線に、愛しき思いを籠めるのみ。
「今度は、邪魔させないわよ、御姉様。だって、この綺麗な世界は――私の物なのだから」
綾波レイは、誰も居ない空間に、そう呟いた。
――声を聞いた者は、誰も居なかった。





あとがき
……とうとう年を越してしまった。
何とか、第五話終了。
このままのペースだと、第六話目が何時になるか……
外伝も進めつつ、何とか書いていきます。
――次回まで、皆さん忘れないで下さいね!(泣)


読んだ後は是非感想を!! 貴方の一言が作者を育て、また奮起させます



     



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