鬼畜魔王ランス伝
第11話 「強襲の師弟コンビ」 数日間をかけた緑化病患者の治療は全員無事に終了した。故郷への帰還を希望した50人に、路銀と当座の食料、ローズが作成したゼス医学学会宛の緑化病治療手段の詳細なレポートが入った手紙を持たせて出発させた。とりあえずは、最寄りの街であるパリティオランまでは、うし車で送る事にする。そこまで行けば、あとは大丈夫であろう……と考えたのである。 「妙だな……うし車が帰ってこない。」 護衛にガーディアンを10体つけている。並みの野盗ぐらいなら、あっさり返り討ちにできる実力のある連中である。例え軍隊崩れが相手でも、決めてあった合図の信号弾(目立つ色の魔法弾、威力はそれほどない)を撃つ余裕がない状況は考え難い。 『ちっ……ちょっとは面倒な奴が出てきたかな?』 ランスはカイトたちに後を任せ、ナギと出撃する事にした。 「千鶴子様っ敵を撃破しました。」 「あら、ご苦労様。で、敵の本拠地はわかったの?」 「いえ、わかりませんでした。」 「黒の波動!」 報告した女性……アニスが呪文で吹き飛ばされる。もう、慣れっこになっている千鶴子の魔法軍の首脳陣は今更動揺しないが、パリティオランで捕縛された少女たちは、そのやり取りを見て恐怖していた。 ここは千鶴子の魔法軍の野戦陣地。パリティオランの街の郊外に布陣した5000の軍団は千鶴子が自分の裁量だけで動かせる上限いっぱいの数であった。 「ど…どうして、こんなに酷い事を……」 捕まった女の子の一人が呟くのに、ケバイ服を着たオバサンが胸を張って答えた…ない胸で。ついでに言うと、千鶴子は年齢的には決してオバサンではない。服装のセンスこそ最悪で、極彩色の蛾という有様だが、容姿は美人の部類に入る。度が強い実用本位の眼鏡もまあ許せる。問題なのは、トータルバランスだ……思わず脱線してもうた。話を元に戻すことにしよう。 「やつらはゼスの…いえ、人類の敵よ! 劣等人種のくせに口答えするんじゃない! 言いなさい、敵はどこにいるの?!」 もし、この場にガンジー王がいたなら千鶴子は大目玉を食らっていただろう。だが、あいにく千鶴子の頭の中には、街ですら脅かすほどの魔物の軍団が、この近辺……千鶴子が管轄する地域に潜伏しているという重大事件のみが鎮座していた。 「来ました! 千鶴子様! 敵2体急速接近中! 敵は飛行しています!」 「敵は元リーザス王と思われる人物と……ナギ様!? 何でナギ様が。」 「さあ。おおかた寝返ったんでしょう。総員対空戦用意!」 魔法使いたちが所定位置に移動、部隊の配置自体が魔力を増幅する巨大な魔法陣を形成する。さらに、百人単位で呪文詠唱を同調行使する“同調詠唱”によって効果を増幅した呪文を、たったの2人に向かって盛大に浴びせ掛ける。最初は黒の波動とファイヤーレーザーが主だったが、それでは効果がないと見るとスノーレーザーやライトニングレーザーを繰り出したが、ランスもナギもそれを全て防ぎきった。魔人の防御特性である“絶対防御”……普通の攻撃では傷つかない……のために攻撃が効かないのではない。その全てを捌き、かわし、相殺したのである。 「えーい、こうなったら最後の手段よ! アニス、同調して。」 「はい、千鶴子様!」 「「黒色破壊光線!!」」 2人の魔力を合わせた巨大な魔力の束はランスとナギに向かう。完璧に捕らえたと思ったのも束の間、ナギが闇魔力を纏わせた剣で黒色破壊光線を真っ二つに切り裂いてしまった。左右に分れた光線は、それぞれ予定外の場所で炸裂した。 「これでいいか、魔王。」 「おう、しかし飲み込みがいいな。」 そう、ナギはランスの戦闘技術を教えてもらっていたのである。そして、丁度良い練習相手として千鶴子の軍を利用しているのだ。褒めてもらったナギの頬が嬉しさでかすかに赤くなる。 「……有難う、魔王。で、後はどうする。」 「そうだな……。良し、魔力制御の実験だ。ナギ、本陣の防御結界を壊さないように加減して、後の連中は全滅させるぞ。」 「わかっった。で、どうする?」 「アレを出力70%でぶっ放す……地上からな。」 「わかった。」 当然会話の最中にも攻撃が続くが、全て二人の魔法力を纏わせた剣で防がれる。 「敵、地上に着陸しました。」 「…! 防御結界を、早く!」 地上に降りた二人は、眼前に黒い壁を生み出した。いち早く敵の意図に気付いた千鶴子の指示で防御結界が可能な限り強化される。 「ナギ、行くぞ。」 「わかった、魔王。」 「「黒色破壊光線!!」」 光線が与えた損害は、千鶴子の軍の8割……千人ほどを骨も残さず消滅させ、3千人ほどを負傷で戦闘不能にした。だが、結界で何重にも守られた本陣と、そこに捕獲されている人質は無傷で残された。もっとも、戦意には致命的なダメージを負ったが。 「よくやったぞ、ナギ。」 頭を撫でてくれるランスの手は、師匠……父様の手より重くて……なんとなく温かかった。それが、とても心地良かった。 「で、覚悟は出来てるなお前ら。」 ランスは防御結界に歩み寄ると、結界をシィルで一刀両断した。 「まったく、中途半端な力で刃向いやがって……。」 ランスは集団催眠の魔力を応用した金縛りで、生き残った全軍の身動きを封じた。 「がははははははは、どうだ。ん……抵抗した奴もいるか、さすがはゼスだ。」 その二人……千鶴子とアニスは、カックンカックンと奇妙な動きでランスに詰め寄り、攻撃魔法を放とうとする。その動きは、まるでコメディゾンビか下手なマリオネット。 「く…黒の波動!」 「ス……スノーレーザー!」 ランスは、その2発ともシィルで弾いた。魔法弾は空に向かって消えて行く。 「がはははははははははははは。何だ、そのざまは。がはははは。」 「くっ。」 ひとしきり腹を抱えて笑った後、ランスは二人に向き直った。 「あんまり、面白いから助かるチャンスをやろう。この娘らを無事に親元へ返すってんなら、今回の事は忘れてやる。」 「くぅぅ……。」 「ほら急げ。急がんと死ぬぞ。」 千鶴子は、屈辱にまみれた表情で周囲を見回した。動けない同胞に、瀕死の同胞。そして、あちらにはガンジー様……ガンジー様?! 「千鶴子ぉ! この馬鹿者がっ! 勝手に軍を動かして何をしている! しかも、罪もない一般市民を捕縛して人質にしているだとぉ! 儂は、そんな風にお前を育てた覚えはないぞ!」 「誰だ、あの暑苦しい親父は?」 「ガンジー、ゼス王だ。」 ナギは必要最低限の言葉だけで答える。 「ほう……おい、そこの暑苦しいの!」 「私のことかな?」 「おう、お前以外に誰がいる。俺様は今回はこれで立ち去ってやる。だが、これ以上やる気なら相手してやる。」 「ほう、私が見逃すとでも思っているのか?」 「いや、この状況で攻めて来るほど馬鹿じゃないって褒めてんだ。だいたい、俺様に勝てると思っているなら、さっさと仕掛けてるだろ?」 「わーっはっはっはっ、実に面白い御仁だ。敵なのが残念なぐらいだ。」 「ああ、まったくだ。」 「で、我々には何もできないと思っておられるか?」 「いや、お前らにもできる事はひとつある。」 「何ですかな?」 「人質を殺す事だ。いくら俺様がスーパーでも、人質を殺さずにお前らだけ殺すなんて器用なまねはできなくてな。」 「ほほう。では、この人質を殺す……とでも脅せば取引ができるのですかな?」 「いや、逆だ。人質を殺せば皆殺しにしてやる。ただ、俺様の言う事を聞いてくれれば今回は見逃してやる……ってるだけだ。」 「ぬぅ……」 ガンジーには分かっていた。自身も強力な魔法使いであるだけに。あれだけの攻撃の全てを捌ききる実力があれば、現在の自分達で相手に有効打を与える事は出来ないであろう事を……。まして、人間以上の魔力と不死身性を持つ魔人なら……魔人!? 「魔人か……」 「まあ、似たようなものだ。で、聖刀や魔剣もなしに俺様とどう戦う?」 「くっ……」 「ほれほれ、早くしないと負傷者が死ぬぞ?」 「その前に! おぬしの要求は何だ!?」 「……さっきも言ったろ。そこの娘たちをちゃんと親元に返してやれ。」 「わかった! このガンジーがしかと引き受けた!」 ランスはガンジーの瞳を見据えた。しばしの静寂……そして、踵を返す。 「ナギ、行くぞ!」 軽く片手を上げ、ナギを伴って引き上げる。 「いいのか。奴を殺るチャンスだぞ。」 「いい。ここで、あっさり殺したら俺様が面白くない。だいたい、人間界侵攻まで2ヶ月以上も残ってるんだ。ゼスの主力や国王を殺すのは後の方が面白い。」 「わかった。」 『さて、これで俺様たちの実力は敵にも判ったはず。後は、奴らが諦めるか足掻くか。俺様としては、足掻いて欲しいところだがな。』 緑の里に帰ったランスは、全員を出発させた。行き先はケッセルリンクの城。カイトの先導で魔の森の間道を抜ける事になっている。ただ、正規のルートではないので行軍には少々余計な時間がかかる。そこで、ランスは、ミルと黒竜のガングだけを連れて別行動を取り、カラーの森を訪ねる事にした。“俺の女”であるカラーの女王パステルが心配だったのである。 「げえへへへへ、俺様が色着けしてやるぜ。なんせ、処女のクリスタルじゃ売り物にならねえからよぉ。」 醜悪な顔の巨漢たちが、運悪く捕われたカラーの少女を取り囲んでいる。重厚な鎧は、彼等が元はヘルマン装甲兵だった事を示している。大剣や戦斧などの物騒な武器を持ってはいたが、彼女にとって致命的だったのは別のものだった。投網。それに絡め取られたのが、ついぞ5分前。現在は、武器の細身の剣を折られ、着衣も破かれてしまい、貞操を失うのも時間の問題と思われた。だが、目をつぶって苦痛に耐えようと歯を食いしばっていた彼女に覆い被さってきたのは、先刻までの獰猛な男……ではなく、首を喪い、血を噴き出すだけのモノであった。 「ふん、密猟者か。守備隊はなにをやってやがる。」 台詞を言う間にも剣が右に左に閃き、不届きな密猟者どもを肉塊に変える。 「あ…あの……人間の王……ですか?」 「おう。ところで、俺様が配置した守備隊はどうした?」 「はい。国元で問題が起きたから引き上げると言って、皆様お帰りになりました。」 「ちっ、マリスめ……。まあいい。パステルの所へ案内しろ。」 「はい、ただいま。……あの、こちらの方々は?」 「連れだ。おい、ガング。お前はここで待ってろ。」 ブラックドラゴンが無言で肯いたのを確認すると、ランスはミルを連れてカラーの村へと向かった。 「ランス。」 「おう、パステルか。」 「魔王になったのですか? ランス。」 「おっ、分かるか?」 「はい。私たちカラー族は自然と共に生き、自然の声を聞く種族ですから。でも、あなたの強い魂はいささかも損なわれていない……それも分かります。」 「そうか……じゃ、パステルさっそく寝室へGOだ。」 「待って下さいランス。報告があります。」 「ん……何だ?」 「子供が出来ました。」 「そうか子供が……子供!?」 「えええーっ!」 「ランス様……くすん」 ランス、ミル、シィルが三者三様に驚きの声を上げる。もはや子供を産む術のないシィルの声は嘆きに近いが……。 「はい。」 「じゃ……まあいい。ちょっと一室借りるぞ。」 「はい、どうぞ。」 ランスはミルを借りた部屋に引っ張り込んだ。 「ちょっと、ランスぅ〜。」 「がははは、やるぞ!」 とりあえず、軽く1ラウンドをこなす。 「で、頼みなんだが、交代を送るまでここの守備をやってくれないか?」 「断ったら?」 「俺様が困る。」 「んーっ、どうしよっかなーっ。」 「ミルを見込んで頼むんだが、自信がなければ別の奴に代わってもらうぞ?」 「ちょっ…ちょっと待って。報酬は?」 「今日1日俺様を一人占め。」 「……長くしちゃやだよ。」 「無論だ。こんなナイスバディのかわいこちゃん、ホイホイ手放せるか。」 「わーい。」 「まあ、ガングの奴も置いてくから、好きなだけこき使え。」 翌日、ミルとガングをカラーの森に残し、ランスは一人本隊へと帰還するのだった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ とうとう次から本格的に魔人界入りです。はてさて、これからどうなります事やら。 |
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