鬼畜魔王ランス伝

   第12話 「ケッセルリンク城攻防戦」

「おいっ、サイゼルにカイト。お前らに兵を1000やるから“骨の森”を制圧しろ。」 
 ケッセルリンクの城に続く街道まで出た所でランスは言った。
「おっけーっ、まっかせて。」
「何故ですか? 我らがいれば戦いを避けられるかもしれないではないですか?」
「そう、それだ。俺様としてはケッセルリンクの実力が知りたい。それも、俺様じきじきに計った奴が……な。」
「そうです……か。」
「まあ、そういう事だ。がはははは。」
 魔王軍は前後に2分割され、それぞれの攻略目標へと向かった。


 ケッセルリンクの城に着いた魔王軍は、間髪入れずに四方を封鎖して包囲陣を敷いた。
「まあ、囲むだけ囲め。降伏勧告も忘れるな。」
「はいっ、王様。」
「で……王様。こんな事して何の意味があるんですか?」
「おう、それはな……」
<ガギィィィィン>
 ランスが無造作に上げたシィルが何かにぶつかって耳障りな音を立てる。
「これはこれは大挙して何の御用ですかな?」
 霧状の状態から戻るさいの一瞬、鋭利な刃物と化した爪で切り裂こうとしたケっセルリンクの攻撃が防がれたのだ。ランスでも殺気に反応できなかったら対応が間に合わなかったかもしれない一撃に、ランスの笑みは深くなった。
「なに、ちょっとお前さんに用があってな。」


 ……その数瞬前、カスケード・バウにて。
「おかしいわ。ケッセルリンクの陣が乱れてる。」
 ケッセルリンク軍30000は、何故か戦場の中央で動かず、結果的に他の部隊の動きの邪魔をしている。
「何があったのか知らないけど……チャンスだな。」
「待って、シルキィ。今の間に兵の一部を交代で休ませた方がいいわ。」
「せっかくのチャンスなのに……」
「あせっては駄目……それに、リトルプリンセス様が覚醒なされるまでの辛抱よ。」
「そうだな……わかった。」
 敵の圧力が減ったおかげで楽になったとはいえ、まだ敵にはメディウサ軍20000がいる。間違っても油断できる相手ではない。人間に比べれば稚拙ながらも、地形を利用した待ち伏せの体勢を整える。だが、敵は襲っては来なかったのだった。


「俺様はランス。世界の帝王だ。」
「これはまた大きく出ましたね。」
 ケッセルリンクは最初から全力で攻撃しているものの、そのランスと名乗る人間の防御をかいくぐる事ができない。それに、率いている軍が魔物で構成されているのも気にかかる……魔物? 周囲に注意を向けると自分が知らない魔人の気配がかすかにする。そう、気をつけないと見過ごしてしまうような息を潜めた気配。
「どうした、気障気障親父。余所見してるとズバッと行くぞ。」
「うぉっ。」
 危うい所でピンク色の刀身の大剣の斬撃を避ける。ピンク色……趣味の悪い剣だ。そう思いながらも、その剣が放つ凄みに戦慄する。
『多分……魔人にも効く武器。聖刀や魔剣と同じ類の武器か。』
「余所見してる暇はねえぞ。……死にたいか?」 
 何とか攻撃を捌く。だが、私の目には絶対的な力量差が見て取れた。
『このままでは勝てない。……ん? これは……かすかな“魔”の気配……私の知らない魔人……いや、まさか?!』
 その考えに思い至ると同時に目の前の男……ランスから飛び離れる。
「貴方様は……まさか……魔王?」
「おう。良く判ったな。さすが四天王だな。」
「では、何故……私が貴方に攻撃できる?」
「俺様が望んだからだ。強制されただけで従う下僕なぞ御免だとな。」
『そのような事例は聞いた事がありませんね……独自の特質でしょうか。』
 ケッセルリンクは片手で眼鏡の位置を直しながら訊ねた。
「何故、貴方様は“魔王の気”を隠していらっしゃるのです?」
「試験問題のひとつだ。貴重な俺様の血を分けるんだ。下らん魔人に使わせとく気はないからな。喜べ、お前は合格だぞ。」
「は、ありがとうございます。」
「で…だ。俺様の部下になるか?」
「わかりました。従わせていただきます。」
「よし。がはははは。で、さっそくだが、お前の城を使わせてもらうぞ。」
「どうぞ、ご随意に。」
 ランスは更に現在の状況を聞き出すと、ある命令を与えた。それは……カスケード・バウにいる自分の部隊を城に退却させる事だった。


 さほどの時間をかけずに戻ったケッセルリンクは、22000にまで減っていた己の部隊を指示通り退却させ始めた。そのせいでホーネット軍より少なくなったメディウサ軍も仕方なく退却する。
「おい、ハウゼル。妙だな。」
「ええ、シルキィ。いつもの調子からすると、まだ余力があるはず……」
「はっ、私達が罠に引っかかるとでも思ってるのか? ケッセルリンクは。」
「わからない……。けど、深追いしなければ問題無いと思う。」
「そうだな。警戒しつつこっちも引くぞ。」
 彼女らには、敵の後方で起こった異変など知る由もなかった。


「はっ、どういうつもりだい。」
 ケッセルリンクの城の前面に展開された魔物軍を見たメディウサは、そうのたまった。
「城がケイブリスの敵……の手に渡った。と、解釈するべきなんだろうな。」
「何ですって、それじゃ帰れないじゃないの。」
「森の中を抜ければ不可能でないはずだが?」
「ちょっと、ケッセルリンク。何で落ち着いてるのよ。あんたの城じゃないのさ。」
「問題ない。大事なものは安全な場所に避難させてある。」
「そ〜お〜。ま、いいけど。たかが3000ぽっち、蹴散らせば問題ないわね。」
「やめておいた方がいいぞ。」
「じゃ、そこで見てなさいよ。」
 メディウサは自分の部隊に突撃を命じた。
「さて、お手並み拝見といきますか。ランス様。」
 そう小声で呟くと、ケッセルリンクは自分の部隊に待機を命じたのであった。

「まず、うちの魔物部隊を全部アールコートに預ける。それで防御に徹しろ。あとの魔人は各個に敵軍に突入、敵の勢いを止めろ。」
「「「「「はいっ」」」」」
「以上だ。俺様は敵将の相手をするから、戦闘中は任せた。」 
「「「「「はいっ」」」」」
 アールコートが敷いた陣は、一見ただの方形陣に見える陣形だった。だが、その最前列には一騎当千の4人の魔人がいる。そして、何より“魔王”がいる。彼女らは短時間の間持ち堪えるだけで充分だった。

「よお、蛇のねーちゃん。俺様に降伏する気はないか?」
「はん、誰が。生意気な口きくなら八つ裂きにしてやるよ!」
「ほお、そうか。やれるんならやってみろ。」
 メディウサは、空を飛んで目の前に来たランスに向かって吠え立てた。鉤爪や股間から生えた蛇がランスに襲いかかるが、全く当たらない。
「どうした、そんなものか?」
「きー、くやしい。」
 自分が攻撃するだけではなく、部下にまで攻撃させる。だが、増えるのは部下の死体だけで、目の前の男には指一本触れられない。
「ちっ、スカか。じゃ…」
 ランスの剣がメディウサの胸を貫き、赤い宝石を抉り出す。魔血魂だ。
「初期化するぞ。」
 無慈悲な宣言、不老不滅の魔人にとって唯一の“死”を意味する言葉にメディウサは戦慄した。
「ちょ……ちょっと待って。もしかして…あんた、まお……ギャアッ!!」
 だが、それは既に遅かったのだ。
「ちっ、やっぱり使えない奴。」
 吐き捨てるように言うと、ランスは残った魔物を従えるべく命令を下すのだった。

 翌日、カラーの森警備隊として派遣される魔物兵二千を連れたケッセルリンクがカラーの森に向けて出発した。それに、8人のメイドが全員同行していたのは言うまでもない。


 一方、その頃……
「強く……強く…なるんだ。奴に勝てる……殺せるようになるまで……」
 漆黒の気を纏い、殺気を撒き散らして迷宮を一人進む健太郎は、いつしかモンスターが自分を避けているらしい事に気がついた。
「駄目だよ……逃げちゃ。僕の経験値……。」
 迷宮でモンスターを殺し、その血を啜り、その肉を食らう。そんな事を繰り返す健太郎は、同じ人間……冒険者も当然のように殺した。モンスターの保護を謳っている秘密結社エンジェル組も殺した。数限りない殺戮を積み重ね、既に才能限界に達している自分の肉体を更に強化する術を探して徘徊をする……などという、かなり腐った生活を最近はしている。まだ、街中で殺戮を始めないだけマシだが。
 とにかく、健太郎はゼスの一角にある迷宮“聖女の迷宮”に来ていた。出会い頭に切る切るKILL。とにかく何でも切り殺す殺戮者である健太郎は、迷宮内でなら何でも殺し回った。行商人でも、魔物でも、魔物に捕まっている人間でも。……軍隊でも。
「怖い人来てるから閉めるね。…………しばらく、お外に出られないね。」
 聖女の迷宮は聖女モンスターのための迷宮である。ゆえに、聖女モンスター以外の存在が開閉できない扉で閉ざされた区画……なんて場所も当然ながら存在する。美樹とメガラスはそこで静養……魔王から人間に戻ったさいに低下した代謝能力に身体を慣らすための療養……をしていたのだ。
 健太郎は喪ったと思っていた最愛の幼馴染のそばを通り過ぎながら、ウェンリーナーを怖がらせたせいで、それに気付けなかった。そして、更なる深い闇に魂を染めて行くのである。


「な!…何いっ!! カ、カ、カ、カミーラさんが行方不明だと〜!!」
 ケイブリスの怒声が、城の大広間に響き渡った。
「はいにゃん。にゃんが行った時には、カミーラさまが人間界で使ってるお家が跡形もなくなってたにゃん。」
 びくびくしながら答えるケイブニャン。それもそのはず。今のケイブリスの機嫌は最悪に近く、ちょっとでも何かしでかしたら八つ裂きにされるのは目に見えているからだ。
「そうか……。おいっケッセルリンク!」
「あ……あの……」
「何だ!?」
「ケッセルリンクもメディウサもカスケード・バウから帰って来てな〜いのねぇ。」
「何だと!? すぐ呼んで来い!」
「はいな〜のねぇ。」
 ケイブワンはすっ飛んで行った。
「パイアール!」
「何、今研究が忙しいんだけど。」
「そんなの後回しだ。おめえ、人間界に行ってカ、カ、カミーラさんを探して助けろ。お〜う〜。か弱いカミーラさんはきっと凶悪な人間に捕まって酷い事をされてるのに違いないんだ……。ホントなら、俺様が行きたいとこなんだが……この頃ホーネットの奴がうるさくて動けんからな。」
「しょうがない、いくよ。」
 パイアールの返答は諦めに満ちていた。
「あー、ついでにあのへなちょこ魔王の小娘も連れて来い。頼んだぞ。」
 パイアールは大広間から退出した。ケイブリスの機嫌を損ねないよう、急いで慎重に。
「魔王の身柄の確保が二の次か。……あの病気の治療は僕でも無理だね。」
 ため息と共に、人間界行きの準備をするために、浮遊艦エンタープライズをケッセルリンクの城へ動かすパイアール。だが、それが彼の命取りとなったのだ。

「あら、あれってパイアールのエンタープライズじゃない。」
「ああ、ランス様に報告しないとな。」
 周囲の警戒に当たっていたサイゼルとカイトは、ランスに報告に戻る事にした。当然だが、速度の速いサイゼルの方が先に戻る事になる。
「ランス、大変! 大変!」
「ん…何だ。俺様の優雅なひとときを邪魔したんだ。くだらん用事ならやっちまうぞ。」
 寝室にいきなり乱入して来たサイゼルに怒りを露わにするランス。ちなみに、ベッドの上には6人の女の子があられもない格好で気絶している。
「パイアールの浮遊艦が現れたのよ! こっち来てる!」
「何! わかった。すぐ行く。」
 手早く装備を整えるランス。その間にサイゼルにマリアを呼びに行かせる。
「ちょっと、何、ランス。……また、Hな用事?」
「違う。魔人の飛行船が来たというから呼んだ。見てみたいだろ。」
「う…うん。」
「じゃあ、行くぞ。がはははは。サイゼル案内しろ!」
「はいはい。」
 マリアを抱き抱えて飛行するランス。それを先導して飛ぶサイゼル。相手も接近して来ている事もあって、それほど飛ばないうちに一行はエンタープライズに接近した……が、予想された迎撃はなかった。そのまま一気に舷側の搭乗口まで移動する。
「マリア、このドア開けられるか。」
「うん、ちょっと待って……はい、いいわよ。」
 複雑そうな仕掛けを備えたハッチはマリアの操作であっさり開いた。
「ふーん、興味深いわね。私も予算と時間があったら……」
「とにかく、行くぞ!」
 その後はあっさり終わった。ランスが艦内の捜索途中で見つけた凍結保存された美女にいたずらしていたのを見たパイアールが卒倒したからだ。当然だが、パイアールは即決で初期化されている。
「レベル100か。とても、そうは見えなかったが。魔法レベルは1だが、技術情報は役に立ちそうだ。」
「えっ、ランス? もしかして知識の吸収とかもできるの?」
「おう。俺様は天才だからな。がはははははは。もっと他のこともできるぞ。」 
「えっ、あっ、きゃっ。」
 ランスは、マリアを押し倒しながらコンソールを操作して命令した。
「PG−7、何か来たら教えろ。」
「ハイ。」
「サイゼル、お前もやるか?」
「う……ちょっと……」
 ほどなく、ハイパー兵器はマリアの中で発射された。ただ、その内容物には白濁液だけではなく、パイアールから得たばかりの膨大な技術データや力も含まれていた。
「これは……何で?」
 膨大な技術情報を受け止めるのに苦労しながらマリアが聞いてきた。
「俺様がこんなの知ってても、機械いじりが好きって訳でもないからな。だから、好きそうな奴に教えた。」
「私が聞いてるのはそうじゃなくて、何でそういう事を……こんな方法で教えられる訳って聞いてるんだけど。」
 マリアは顔を真っ赤にして答えた。
「まあ、魔人ってのは魔王の分身のようなものだから、元々魔王の力を分けてもらっている。俺様は、肉体的に繋がった魔人に俺様の持ってる知識や力を分ける事ができる……って訳だ。」
「それって、その分ランスが弱くなるって事? それに、相手が男の魔人の時はどうするわけ?」
「けっ、男にんな事やるかよ気色悪い。まあ、その通りだが、俺様は充分強いし、力を分けるかどうかは俺様が自由に決めれるから問題ない。……まだ欲しいのか?」
「うっ……」
 マリアが顔を赤い顔を茹蛸のようにして答える。意地の悪い笑みを浮かべながらマリアを座っている自分の膝の上に移動させる。そう、ど近眼でも相手の顔が良く見える距離にだ。ハイパー兵器が屹立しているのも感触で分かる。
「ちょっと、お二人さん。そろそろ城を過ぎちゃうんだけど。」
「ちっ、続きは後だ。操舵室へ行くぞ。」
「う…うん、ランス。」
 こうして、エンタープライズはランスに接収され、カイトとサイゼルに骨の森で調達させた戦力を加えた魔王軍5万と、ケイブリス軍15万、ホーネット軍10万との三つ巴の戦いが始まったのである。だが、ランスが率いる魔王軍がケッセルリンクの城で旗揚げした事を他陣営が知るまでには、まだ多少の時間がかかるのであった。


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 とうとう魔人界で動き始めました。……魔王END系SSにも関らず魔人界に来るまでで結構話数を費やしてます。健太郎は順調に壊れてます。……真正面からランスに突っ込んで玉砕がパターンみたいですが、今回のSSでは違う扱いをしてます。
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読んだ後は是非感想を!! 貴方の一言が作者を育て、また奮起させます


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