鬼畜魔王ランス伝

   第14話 「シルキィ城の戦い」

 ケイブリスが占拠していた魔人界南部を掌握したランスは、その兵の大半を残してシルキィの城へと出発した。従うのはケッセルリンクを除くランス派の魔人のみという、極小人数である。ただ、旅自体は自力で飛行できる者以外の者は、新たに魔人となったブラックドラゴンのガングの背に全員が乗って移動したため、すこぶる短い時間で到着できたのだった。
 空中からのドラゴンの飛来、その中に混じるサイゼルやカイトなどの元ケイブリス派の魔人の姿にシルキィはすぐに攻撃命令を下した。
 だが、総勢5万の大軍も、効果的な協力体勢を敷いた14体の魔人の前では苦しい戦いを強いられた。特に、ミルが自分の友達である幻獣を5000体も召喚した事で兵力差が実質的に埋まってからは、更に苦しくなった。
「な、なんだ。あのモンスターは。こっちの攻撃がほとんど効かない。」
 実体を持たない幻獣相手では、シルキィ配下の魔物兵では荷が重い。更にレッドアイやナギなどの魔法攻撃が飛んでくるため密集隊形が取れないのも致命的だ。何故なら、幻獣を専用の魔法や武器以外で倒すには1体や2体の攻撃では不足なのだが、密集隊形を取った途端に魔法か砲撃が飛んできてまとめて吹き飛ばされてしまうのだ。かといって、損害を気にして散開すると幻獣を倒せる程に攻撃を集中できない。……結局、シルキィの前衛軍2万は一方的な損害を受けて壊走寸前に陥った。

 ハウゼルの率いる右翼軍1万は、ブラックドラゴンの魔人ガングの襲撃で大混乱に陥った。ハウゼル自身が軍中央を無理矢理に突破して来た5人の魔人…サイゼル、メナド、キサラ、カイト、ガルティアに足止めされている間に、ガングに騎乗しているアールコートが空中から見抜いた中級指揮官を狙い撃ちで攻撃しているのだ。その戦法によって指揮系統が乱されたハウゼル軍は、戦闘開始から僅か10分で烏合の衆と化した。
「いい加減諦めなさいよ。もう潮時なんだから。」
「ごめんなさい姉さん。ここで私だけ屈する訳にはいかないの。」
「あーっ、相変わらずいいこちゃんなんだから! もういい、わかった。」
 ハウゼルは5人の魔人相手に果敢に抗戦したが、衆寡敵せず。結局、捕縛されてしまった。そして、指揮官を失った右翼軍は敗走したのである。

 左翼軍1万を率いるサテラに向かったのはランス1人であった。その行く手を塞いだ魔物は抜く手も見せずに斬殺され、慌てて進路を開けた魔物は無視された。
「よお、サテラ。」
「馬鹿ランス! 遅いじゃないか!」
 怒ったサテラが殴りかかってくる。よく体重の乗ったフックだ。それを掌でキャッチングして、腕力で強引に抱き寄せる。そしてキス。
 硬直したように動かなくなったサテラが再び動き出したのは、“気を利かせた”魔物兵の1人が槍でランスを刺した2分後の事である。幸い、槍はランスの身体どころか鎧すら傷付けられず、ゆえに反撃はそんなに手酷くなかった。反射的に放たれた魔法力で1mほど後ろに吹き飛ばされたぐらいである。
「邪魔するな! いいところなんだから!」
 理不尽な怒りを爆発させられた魔物兵はオロオロして周りを見渡す。だが、怒声がした瞬間に同僚は全て人垣の向こうに引っ込んでしまい、右往左往しかできなかった。
「まあ、いい。それよりサテラ。中央に突っ込むぞ。」
 オロオロしてるのが女の子モンスターでなければ、別の選択肢を選んだだろうが……。
「えっ」
「シルキィとかいうのの軍を殲滅する。」
「で、でも……」
「……わかった。じゃ、お前は動くなよ。」
「な、なにするのランス。」
「決まってる。俺様だけで行く。」
「さ…サテラも…」
「まあいい。付いて来い。」
 ランスは後ろを気にせず歩き始めた。その先には大損害を受けながらも良く持ち堪えているシルキィ軍がいる。
「あ……あの……我々はどうすれば?」
 オズオズと聞いてくる魔物将軍に、
「現状のまま待機してろ。ぷん。」
 そう言い捨てて、サテラはシーザーと共にランスの後を追った。
 こうして、左翼軍1万は無力化されたのである。

 後衛軍1万を率いるホーネットは、壊乱状態に陥りかけているシルキィ軍を救うべく自軍部隊を惜しみなく投入すると同時に敗走したハウゼルの軍をまとめ、篭城の態勢を整えるなどという離れ業を演じている。魔人としては卓抜した指揮能力とカリスマである。
「がははははは。やるなホーネット。こりゃ前衛軍の壊滅は無理か。」
 ホーネットの援護を得て勢いを盛り返すシルキィ軍。そのシルキィは殿を務め、味方の撤退を助けるために敵の攻勢を必死で抑えている。
「で、どうするんだランス。」
「決まってる。シルキィを捕獲する。」
「え……」
「接近戦向きの魔人は全員ハウゼルの捕獲に行かせたからな。それに、仮にも魔人四天王なんだから捕獲するつもりで戦うと損害が出かねん。」
「あ……」
「だから、俺様がじきじきに出向いてやるって訳だ。サテラ、お前は回り込んであいつの退路を断て。」
「うん、わかった。気を付けて。」
「がっはっはっ、俺様を誰だと思ってる。」
 ランスが戦場を横断するのに気付いて魔王軍からの攻撃が止む。それを契機に本格的に退却しようとしたシルキィの足を止めたものがある。
「おい、そこのチビ。」
「誰がチビだ!!」
「まあ、いいから俺様と遊んでけ。」
「く、ふ、ふざけるな!!」
「あー、息も絶え絶えな奴をぶちのめしても面白くないから、まず息を整えろ。」
「ぐ…ぐぐっ……貴様っ!」
 多少だけでも頭の冷えたシルキィは、まず乱れた呼吸を整えた。リトル……自分の乗騎であり、武器でもあるキメラにもまだ余力がある。目の前のふざけた男を殺す程度なら充分。そう見極めたシルキィは、ふざけた笑みを浮かべたままの男にリトルをけしかけた。
 その結果、リトルの巨体を活かした体当たりが左腕1本で軽々と受け止められ、地面に叩き付けるように投げられた。
「くっ。」
 地面に激突して直ぐには動けないほどの深刻なダメージを受けたリトルを分離して、シルキィは自らの魔人としての力を全解放する。……それは、ヴァンパイアの力。魔王の血が濃い魔人が主から継承した魔の力。万物の頂点たるべく下等生物に服従を強いる支配者の瞳……だが、シルキィが相手をしているのは人間などというモノではなかった。主たるべき魔王である。同格の魔人にすら効かぬ能力が上位者に効く訳はない。しかし、それに気付かぬシルキィは愕然とする。
「そ…そんな……人間如きに……」
「ふむ、まあこういうのもアリか。おい、お前。俺様の女にしてやるから感謝しろ。」
「何だと! くっ!」
 逆に魔眼の力で動きを封じられる。まあ、吸血鬼の魅了の魔力の応用なのだが、動揺している相手になら魔力の高い相手にも通用する。もっとも、短時間しか持たないが。
 小柄なシルキィを横抱きに連れ去るランスをホーネットは黙って見過ごすしか手はなかった。それを追うようにサテラが敵陣内に突入して行く。
『ごめんなさいシルキィ。でも、サテラの動き……何か変。』
 ホーネットがシルキィを助けに行きたくても、ここで軍の指揮を離れれば即座に全軍が瓦解する。そこまで戦況が悪化していた。
『今までの作戦が通用しない。個々の能力がケイブリス派の魔人を上回ってる。いや、ケイブリス派の魔人もいた。でも、軍を用いても彼等を足止めする事さえできなかった。』
 篭城の指揮をしながらホーネットは考え込む。手元に残された兵は3万弱……大敗であった。ドラゴンを含めて20名に満たない相手に5万の軍で挑んで敗れるなどという、ちょっとないほどの大敗北に嘆息した。
 ふと、気付く。
『……そうか、戦術で劣っていたんだ。戦力の有効活用という一点において敵の能力が圧倒的に勝っていた。それしか考えられない。それにしても、見た事のない方々が……』
「!」
 決定的な事に気付いた。本当なら相手は何人かは死んでなくてはならない。……魔人のように不死身でなければ。そうでなくては数万の軍の敵中突破を数人で行って無傷などという事ができる訳ないのだ。それに、あのドラゴン。身体が大きいだけに何百発も確実に魔法が命中してたはずだが全くの無傷だ。あれも、やはり魔人としか考えられない。
『私の知らない魔人? ……魔人を新たに作るのは魔王様しかできない。と、言う事は、リトルプリンセス様が覚醒なされた? いや、違う。リトルプリンセス様はこういう事はなされないはず。ケイズリスのやり方とも違う。何より“魔王の気配”がしない。』
 魔物将軍に命令して停戦を呼びかけさせる。
「どうやら、自分で確かめる必要があるようね。」
 ホーネットは、その会談に自分が出席するつもりだった。相手の主将を見定める為に。


「王様。敵が停戦交渉をしたいって。…って、え。」
 捕虜テント内で捕縛されたシルキィとハウゼルを料理するべく下拵えをしていたランスは、思わぬ妨害者に渋い顔をした。
「ご、ごめんなさい王様っ。」
「がははは。まあ、いい。で、何だって?」
 ランスは、メナドの慌てた顔の可愛らしさに機嫌を直した。
「は、はい。停戦交渉に敵軍から代表者が来たんです。それが……」
「それが、何だ。」
「魔人ホーネットとかいう人で……今、サテラさんが応対してます。」
「何だとっ! 本人かっ!」
「はい。サテラさんはそう言ってます。」
「ふうむ。……! がははは。どうやら才媛ってのは本当らしいな。」
「当たり前だ! ホーネット様の頭脳は世界一だ!」
「いや、世界一は俺様だ。」
「何っ、人間なんかと一緒にするな!」
「シルキィの単純馬鹿はほっておいて……ハウゼル、お前は状況が見えてるか?」
「はい。恐らく貴方様がこの一団の指揮者で、魔王様……ですね。」
「正解だ。良く判ったな。」
「なっ……」
 シルキィが口を大きく開けた姿で硬直する。ハウゼルは更に言葉を繋ぐ。
「私を捕まえた方々に見覚えのない魔人の方が混じってましたから。」
「ほう、サイゼルの妹だけあって中々優秀だな。どうだ、俺様の女にならないか?」
「そ…それは……」
「まあ、考えとけ。……おい、二人の縄を解いておけ。」
 メナドに案内させてテントを出て行くランスは、何となく視界に収まり切らないほど大きく見えた。監視役の魔物将軍に縄を解かれながら、そう感じたのだった。


「初めまして。貴方がランス王ですね。」
「がはははは。俺様がランスだ。評判以上にいい女だな、ホーネットちゃん。」
「有難うございます。」
 無礼で無遠慮な台詞にも顔色一つ変えず、即座に応対した。
『シルキィがいたら騒ぎになったわね。』
 内心そう思いながらも、更に言葉を続ける。
「確認いたしますが、貴方が魔王様なのですか?」
「がはははは。そうだ。やっぱりいい女だな。」
「恐れ入ります。……それで、お願いがあるのですが。」
「ああ、言ってみろ。」
「捕虜になっているシルキィとハウゼルの解放と前魔王の政策である人間界不干渉の継承です。」
「シルキィとハウゼルについては、お前が降伏するなら解放する。元々、俺様から仕掛けた訳じゃないしな。」
「それは……申し訳ありません。私の監督不行き届きでした。」
「そちらに応援に行かせたサテラと連絡を取って会談するつもりだったんだが、気にするな。こっちにはたいした損害もなかったしな。」
 損害を受けたのは仕掛けたホーネットの方だ。しかも、戦闘継続が困難になるほどの大損害だ。気にするなと言っても無理だろう。……別の意味で。 
「だが、人間界不干渉は駄目だ。既に俺様の名で宣戦布告しちまったからな。」
「そう…ですか。」
 ホーネットの表情が曇る。
「とはいえ、納得出来てないだろう。その顔を見ると……」
「い、いえ……そんな……」
「だからチャンスをやろう。俺様と戦え。俺様に勝てれば認めてやろう、人間界不干渉をな。」
「えっ」
「ただし、俺様が勝てばホーネットちゃんは俺様の女だ。」
「そ…そんな…魔王様に勝て…なんて……」
「勿論一対一なんて事をやれば俺様が勝つし、軍同士ぶつかっても結果は同じだ。それじゃ面白くない。そこでだ。俺様は1人で戦う。ホーネットちゃんの方は人数制限なし。これでどうだ。」
「ええっ」
 ホーネットは迷った。が、今までの戦い、今までの犠牲を考えれば、それを無駄にしたくなければ引く事はできない。
「わかりました。」
「期日は2週間後、場所はそっちで決めろ。」
「はい。ではカスケード・バウで。」
 古来より魔人同士の決闘に用いられていた場所、魔人界で最も大軍運用に適した場所である。地形効果が利用できない広い平原は小人数には不利のはずだ。 
「ところで、お聞きしたい事があるのですが。」
「ああ、なんだ?」
「貴方様が魔王になった事で、リトルプリンセス様はどうなされたのでしょうか。」
「リトルプリンセス…リトルプリンセス……ああ、美樹ちゃんか。美樹ちゃんなら俺様が殺したぞ。」
「そう……ですか……」
 ホーネットの目が細められ、殺気に満ちる。予想通りの事とはいえ、最悪の事態に全身が怒りに震えるのを抑えられなかった。場が一気に険悪化し、緊迫した雰囲気になる。
「まあ、今は生きてるが。」
「えっ……」
 ホーネットの完璧と謳われた怜悧な美貌が、一瞬だけ致命的に崩れ、唖然としてしまった。勿論、それを見逃すランスではない。
「がははは。そういう顔もいいぞホーネットちゃん。」
 とっさに返答が出来ずに赤くなって俯くホーネット。だが、更なる追撃が来る。
「おっ、照れてる所もグッドだ。がははははは。」
「えっ……と、いったいどうやって?」
 何とか、話を逸らす事で事態に対応するホーネット。目的のもの(照れる美女の顔)を見て満足したランスは追撃の手を緩める事にした。
「がはははは。俺様は天才だからな。会いたいか?」
 答えにならない答えだが、この提案は魅力的だ。
「はい。……でも、どこに。」
「メガラスに預けて聖女の迷宮にいる。俺様が後で連れて行ってやる。」
 傲慢に見える程に自信に満ちた表情。強過ぎる眼光。だが、その顔の端々に見え隠れする愛嬌に目を離せなくなる。
「はい、有難うございます。それでは(不思議な男……)。」
「じゃあ、後でな。メナド、あとはお前が案内してやれ。」
「はい、王様。」
 脇で控えていたメナドが、後の案内を引き受ける。まあ、監視役込みという事であろうか。とりあえず、解放されているはずのシルキィやハウゼルと相談してから美樹様に会いに行く事にする。魔王との決闘まで、あと2週間。1分1秒だって無駄にできない以上、軍の準備を怠る訳にはいかない。だけど、美樹様の生死をこの目で確かめない事には前には進めない。自分達の都合で巻き込んでしまった異世界の少女を運命の軛から解放したのが、この王だったとしたなら。ついていくのも悪くないのかもしれない。


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 とりあえず、ホーネット派ともぶつかってます。しかし、シルキィ短気過ぎ。洞察力は優れてるけど、血気盛んなので発揮し切れない……という解釈です。
 ちなみに、ランスを突っついた魔物はパタパタです(笑)。
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