鬼畜魔王ランス伝
第15話 「寛容は無謀に似て…」 魔王ランス軍の捕虜になった2人……シルキィとハウゼルは意外に良い待遇をされていた。事実上は釈放されているようなものだ。監視は魔物将軍だけ、行き先さえ告げておけば行動も自由だそうだ。先程は魔王様に襲われそうになったそうだが、それもホーネットの来訪によって中止された。それとても解せない。魔王の名と威を以って命令すれば拒否できる魔人など存在しないのだ。わざわざ無理矢理襲う意味がない。 『それとも意味があるのかしら……?』 あの王は自分の常識では測り難い。現に、リーザス城に長く居て親しいと思われるサテラはともかく、ハウゼルまでが悪く思っていないようだ。……シルキィの採点が厳しいのは性格上仕方が無いが。 「それで、2人には軍の用意をお願いしたいのだけど。」 「それでホーネット様は奴と出かけるって? 駄目だ! 危険過ぎる! あんな奴と二人きりでなんて何されるかわからないじゃないか!」 「……シルキィ。」 ホーネットの眉が顰められシルキィを一瞥すると、シルキィは目に見えて怯んだ。 「魔王様は、その気になれば私達全員を力ずくで襲う事もできるはずよ。現に貴女方二人は先の戦いで捕縛されていた訳だし、それを盾に取れば私の抵抗を封じる事もできたはずです。」 「うっ。」 「それをなさらなかった。と、云う事は、私達はあの方に恩がある……という事ではなくて?」 「ううっ。」 「更に、人間界不干渉政策を実現する機会まで与えて下さっているのよ。」 「で、でも、奴が魔王なら我々が束になっても…」 「あら、『あんな奴魔王じゃない』って言ったのシルキィじゃない?」 「うううっ。」 「それに、ひとりで軍団を相手するのは、いくら魔王様でも疲れるはず。そこを我々で叩けば勝機はあるはずよ。相手が魔王でなければ尚更に……ね。」 「という事は出来るだけ優秀な軍を編成して、多くの魔人を味方につける必要があるわ。それが私たちのなすべき事ではないかしら、シルキィ。」 ハウゼルが助け舟を出す。だが、それは逆効果だった。 「でも、それならホーネット様も戦力の再編成に参加すべきでは?」 「うっ。」 いきなり正論での反論である。だが、ホーネットにも言い分がある。 「でも、私達の都合に巻き込んでしまったリトルプリンセス様……美樹様の安否を確かめる事は必要よ。もし、彼女が死んでいるなら、ランスという人物は信用ならない事になるわ。」 「だけど、言葉通り生きているなら……」 「そう、ある程度の信頼はおけるという事よ。彼の言葉には。そうなると、私達が軍の準備をするのが叛乱分子の焙り出しという可能性は低くなるわ。」 「で、でも。」 「シルキィ。」 「それでは、私もお連れ下さいっ! ホーネット様っ!」 その時、唐突にホーネットは理解した。単にシルキィはホーネットと離れるのが嫌だから言っているだけなのだと。経験上、こういう時のシルキィは強い調子の語句で“命令”しなければ従わないが、そうしてしまうと軍務が手につかない程に落ち込んでしまうのも知っている。結局、ホーネットは自分が美樹の元に行くのを諦めた。 「それでは、ハウゼル、あなたにお願いします。美樹様の安否を確認して来て下さい。」 疲れたような声音で溜息を吐くホーネットに、ハウゼルは苦笑しながら同意の返事を返すのだった。 「という訳で、美樹様の所へは私ではなくハウゼルを同行していただきたいのですが。」 「わかった。ハウゼルも中々可愛いしな。」 「ええっ……そんな。」 「がははははは。そうだ。サイゼル!」 「なーに。」 「俺様は出かけるから同行しろ。」 「んーっ、どうしよっかなっ。」 ここで妹と素直に仲直りするのが癪に障るのか同行を渋る。……心底嫌そうな態度には見えないが。 「姉さん……」 そんなサイゼルにランスがこっそり耳打ちする。 「要するに、お前の方が優秀だって証明できればいいんだろ。そしたら、仲直りすりゃいいじゃねーか。」 「うーっ。」 「それとも、自信がないのかなサイゼルちゃん。妹と比較されたくないのかな?」 「わかったわよ! 行けばいいんでしょ! 行けば!!」 「わっ! いきなりでかい声を出す奴があるか!」 「大きな声出させたのはランスじゃないか!」 「ま、まあまあ姉さん。」 「良い子ちゃんぶりっこは引っ込んでてよ!」 いまにも掴み合いになりそうな雰囲気だったが、 「おい、それぐらいにしとけ。行くぞ。」 という台詞で睨み合いを止め、ランスの後に付いて飛び立って行った。 「ふう、大丈夫かしら。あの子たち。」 そのドタバタした出立を見送るホーネットの頬に一筋の汗が流れたのを見咎めた者は誰もいなかった。 基本的にホーネット達に課せられた制限は二つしかない。一つは期限が来るまで人間領に手を出すな、もう一つは俺様の女に手を出すな、である。それ以外の事なら何をしても自由という、ある意味凄い事を言い渡していったのだ。 これは、絶対に捕虜に対する待遇ではない。 しかし、戦力を整えるのには好都合だ。元々自軍の兵だった魔物達を指揮下に取り戻した上、他の魔人の説得工作をする事には。 シルキィなど、相手方の本拠地とも云えるケッセルリンクの城に乗り込んで支配下に置ける限りの兵を奪取して来ている。どうやら、先の戦いで壊滅したキメラ部隊を補充するための“材料”にするようだ。まあ、兵がどれほど消えた所で、ランスの方は決闘で使わないのだから影響は出ないだろう。という考えのようだ。むしろ、兵よりも将、魔人を味方にする方が重要であった。魔人が1人でも多くなれば、それだけ戦闘が楽になる。それで、どれだけ有効に戦えるかは判らないが、やらないよりはましだ。 2人は、忙しく立ち働いた。僅かでも勝利する確率を上げるために……。 長距離飛行にかけては魔人でも屈指の能力を持つサイゼル・ハウゼルの姉妹であるからには、魔王となったランスの速度にも余裕を持って付いていける。……これが、短距離であるなら飛行魔法に使う魔力を増幅する事でランスの方が速く飛べるのだが、そんな事は長時間続けられるものでもない。やはり、長時間の飛行にはそれなりの翼がある方が有利のようだ。ただ、3人とも人間の基準では圧倒的なスピードと持続力を誇るため、小休止を入れて2日で聖女の迷宮に着いている。……2日? 3人の飛行速度を考えれば1晩かからずに着いても可笑しくはない。2日もかかった理由はというと…… 「まったく、遅れたのはお前らのせいだぞ。一晩中徹夜でいちゃいちゃしてやがって。」 「いいじゃない、あたし達の処女はあげたんだし。それに、仲間に入れてあげたら気持ち良さそうにしてたじゃない!」 「それはそれ、これはこれだ。俺様は朝には出るって言ったはずだがな。」 「すみません魔王様。私達が起きられなかったせいで。」 「おっ、ハウゼルは素直だな。」 「でも、それなら私たちの血を吸うのは控えた方がよろしかったのでは?」 「うっ……」 「そうよそうよ! あの後身体が火照って大変だったんだからね!」 「ま、まあ、それはそれとして。お前ら何時の間に仲直りした?」 「だって……ハウゼル可愛いんだもん。」 「そんな、姉さんこそ綺麗。」 「(姉妹でレズか。もったいない。)おい、お前ら。お前らはもう俺様の女なんだから、呼ばれたらちゃんと抱かれろよ。」 「いいよ。ランスに抱かれるの嫌いじゃないし。血を吸われるのも気持ち良かったし。」 「はい。で、お願いがあるのですが。」 「何だ?」 「呼ぶ時は二人一緒にしてもらえないでしょうか?」 「あ、それいい。」 「うーん。」 「お願いします魔王様。」 「まあ、いいか。やらせてくれるんなら。」 「やったあ、ハウゼル。」 「ええ、姉さん。」 『やっぱレズっぽい。』 姉妹で人目もはばからずにいちゃつく二人を見て、ランスは溜息を漏らすのだった。 『メナドさんは意外にもOK。サテラは挑発したら乗ってくれたし、ナギさんは修行を口実にしたらOKしてくれた。今の所は順調だけど、もう少し戦力が欲しい所ね。』 ホーネットの勧誘工作は順調に推移している。流石に新顔の魔人は“ランス”と戦うのを嫌がって参加してくれない人も多かったが、既に3人の魔人がホーネットの決闘に助力するのを約束してくれている。 『カイトも駄目、ワーグも駄目、レッドアイも駄目。マリア、キサラ、ミル、アールコートなどといった新顔の方々には断られたし、ケッセルリンクには頼むだけ無駄。』 「やっぱり、取り寄せさせたアレが着くのを待つしかないかしら。」 そう呟くと、ホーネットは通常戦力を整えるのに専念しているシルキィを手助けしに行くのだった。頑張れ、決戦の日まであと12日、12日しかないのだ。 「それで、リトルプリンセス様はどちらにいらっしゃいます?」 「ここの33階だ。あと、美樹ちゃんはもう魔王じゃないんだからちゃんと名前で呼んでやれ。」 「はい、すみません。」 「そーそー、あたしなんかもう5回も怒られてるんだから。」 「姉さん。そんな自慢げに言われても……」 本来、この二人は偽エンジェルナイトという強力な飛行モンスターを直属の配下としている。だが、今回は人間界に無用の干渉をすまいと連れて来ていない。最も、彼等が護衛の部隊を必要とする程の相手などはそうそう出てくるものではないが……。 ともかく、迷宮内に設置されたエレベーターで33階まで降りるとランスに何か柔らかいものが飛び付いて来た。 「ランスおにいちゃんだ……」 すりすりと嬉しそうに頬擦りする全裸の女の子を見て、二人の目が点になった。 「こ……この方は?」 「ああ。ウェンリーナーっていって俺様の友達だ。」 「……ウェンリーナー……なるほど……」 「で、おにいちゃん。今日は何のよう?」 「お前に会いにな。」 「わぁい。」 「それと、こっちのハウゼルが美樹ちゃんに会いたいって言うから連れて来た。」 「ハウゼルです。よろしくお願いします。」 「んとね、こっちのおねえちゃんは?」 「サイゼル。ハウゼルのお姉ちゃんだよ。」 「やっぱりそうなんだ。」 「やっぱりって?」 「だって似てるもん。」 「似てるって……」 まあ、ウェンリーナーが言っているのは魂の本質や生命としての在り方を含むのだが、そこまで深い事まで見られているとは気付けないだろう。ことに外見上の相似点が多いだけに。 「ところで……」 「うん、おにいちゃん。美樹ちゃんに…でしょ?……こっちだよ。」 ウェンリーナーの案内で迷宮を奥に進むと、そこには美樹とメガラスがいた。 「美樹ちゃん、今日は君に会いたいという人を連れて来た。」 「えっ、誰ですか? もしかして健太郎君?」 「いや、違う。」 「ハウゼルです。お初にお目にかかります、リトルプリンセス様。」 習慣から思わずそう呼んでしまったハウゼルは、美樹の膨れっ面とランスの渋面を見てハッとした。が、もう遅い。サイゼルは珍しい妹の失敗を見て意外そうにしている。 「その呼び方嫌い。それに、もう魔王じゃないもん。」 「そうですか。では、美樹様。貴方は望んでこの方……ランス様に魔王の力をお渡しになられたのですか?」 「ううん、違う。だけど、私……魔王の力なんていらなかった。人間に戻りたかった。王様は、その願いをかなえてくれた……んだと思う。」 「ああ、魔王が魔王じゃなくなるには、魔王の力を後継者に渡すしかないんだが……普通は寿命が来るまでは渡せない。……魔王が死ぬような事がない限りな。」 「そういう事だったんですね。でも、どうしてそんな事を知ってるのですか?」 「がははは。まあ、リーザスの地下に封印されてたジルを退治したからな。サテラにも聞いたし。」 「…………」 「でねでね、ランスおにいちゃん。」 「ん、何だ?」 「そろそろ、お外に出してあげないと美樹おねえちゃん身体壊しちゃうよ。」 人間には陽光や外の空気が必要なのだ。躰だけで無く、心にも。精神的なストレスは命の聖女モンスターであるウェンリーナーでもフォローし切れないので、迷宮に居続けられる期間にもおのずと限界はある。 「そうか。で、もう出歩いても大丈夫なのか?」 「うん。でも、まだ本調子じゃないからリハビリがいるよ。発作が起きた時のために、お薬用意しておくね。」 「そうか、ありがとうな。」 ウェンリーナーは、赤い丸薬を5粒ほど手に出してランスに渡す。 「はい。いつ使えばいいかは、魔王のおにいちゃんになら分るよ。」 「おう、俺様は天才だからな。」 「だいたい、あと2ヶ月……いや、3ヶ月もたてば使う必要もなくなるよ。だいたい、その頃には魔王化の影響が抜け切るから。」 「そうか……って事で、美樹ちゃん。俺様と来るか?」 「でも、健太郎君は? 健太郎君に会いたいよっ!」 「……美樹ちゃん。あいつは、今は俺様の言う事に耳を貸さなくなってる。この前なんか関係ない女の子が健太郎に殺された……あいつが俺様を殺そうとした時に、邪魔だったってだけでな。」 「そんな……嘘……」 「すまんが本当だ。……ってな訳で、今の健太郎は危険だ。それに、今の俺様はリーザス王じゃないから、あいつが今どこにいるか分らん。俺様の部下を捜索に行かせても話も聞かずに殺される危険が大だ。」 「それじゃ、それじゃ、私が行って……」 「いつ発作が起きて倒れるかもしれんのに? それに、今は普通の女の子なんだから途中で行き倒れるのがオチだぞ。」 「だって!」 「まあ、聞け。あいつは俺様の所へ必ず現れる。あいつが俺様を美樹ちゃんの仇と狙っているなら当然だ。……そこで、だ。健太郎が来たら美樹ちゃんと会わせてやる。それまでは、俺様のとこで静養してろ。もし、健太郎が来る前に身体が治ったら誰か護衛を付けて探しに行かせてやるから。……どうだ。」 美樹はしばらく考えこんでいたが、方策が妥当な上、より良い案が見つからないので、その提案を受け入れる事にした。 「…………はい、王様。」 「まあ、任せとけ。がはははははは。」 「という訳でメガラス、お前も付いて来るように。」 無言で頷くメガラス。さっそく美樹をエスコートしようとするが、その役は先にランスが押えていた。 「まって、おにいちゃん。」 「ん、何だウェンリーナー。」 「この前、アブナイ人がウロウロしてたの。だから気を付けて。」 「そうか。って、お前は大丈夫か?」 「うん。この迷宮の中ではわたしは無敵なんだよ。」 「えっ……無敵って。」 「わたしが大丈夫って思った人や物しか近づけないの。だから無敵。」 「なるほど。でも、近づいてから心変わりしたら?」 「んーとね。そういう人は弾き飛ばされるから平気だよ。」 「そっか。でも、本当に危ない時は呼ぶんだぞ。」 「うん。心配してくれてありがとう。ランスおにいちゃん。」 「じゃ…な。」 「お世話になりました。」 「うん。バイバイ。」 別れを惜しむランスとウェンリーナー、辞去の挨拶をして会釈している美樹を余所に、サイゼルは疎外感を感じていた。 「何て云うか……あたしって今回添え物?」 頑張れサイゼルいつか君にもスポットが……当たればいいな。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ あはは…。そろそろ題名を考えるのが苦しくなってきてますね。素直に第X話だけにしとけば良かったかな(苦笑)。 |
読んだ後は是非感想を!! 貴方の一言が作者を育て、また奮起させます