鬼畜魔王ランス伝
第18話 「破壊神降臨」 戦場の片隅、倒れ伏したモノ。女性のカタチをした躰。生きているのか、それとも死んでいるのか判らないぐらい全身に激しい打撲を受けた躰は、その受けた暴虐の代償なのか静かに眠っていた。 だが、突然浮き上がった。何かに引っ張られるように力無く。だらりと下がった手足、閉じたままの眼。俯いたままの頭で。 ……翼が広げられた。何かに操られたかの如く不自然にギクシャクとした動きで。羽ばたく訳でもないのに浮遊した。そして、何かに引き寄せられたかの如く空中を滑るように移動する。まるで意志の感じられない動き。ちょうど、ピアノ線で空中から吊っている人形のように。 戦場のもう片隅から飛び上がった……いや、浮かび上がったモノがある。それは、最初に飛び上がったモノに酷似していた。表情も感情も生気も意志も……生物から生を感じさせる要素が欠落しているように見えた。 2個のモノは、お互いに引き合うように急速にその距離を縮め、眼の前で停止した。そして、その時初めてお互いの顔を見た。食い入るように、魅入られたように。 片方の名は、ラ・サイゼル。 もう一方の名は、ラ・ハウゼル。 ゆっくりと距離を縮め、しっかりと抱き合う。その動きも何かに引っ張られた如く不自然に。互いの躰が磁石の両極であるかのように。 そして、溶け合う。ドロドロに、ぐちゃぐちゃに。 溶け合った躰が、次第に形を形成する。新たな形を……。 すなわち、融合。 もはや、サイゼルはいない。 ハウゼルもいない。 だが、サイゼルはいる。 ハウゼルはいる。 二人は一つに。無の存在に。……そして、破壊の象徴に。 黒き虚無を纏いし破壊神、ラ・バスワルド。 空中に出現したバスワルドは周囲を睥睨した。自らが破壊すべき対象が保有する戦力を見定めるために。 「あ、あれは?!」 ランスに助け起こされたホーネットは、戦場の片隅で起こった異変を見て顔を青ざめさせた。サイゼルとハウゼルの融合、そして破壊神の降臨を。 「何だ? あれは。」 「破壊神ラ・バスワルド。神が創り出した歩く破壊兵器。」 「それは面白そうな代物だ。あれがお前らの切り札か?」 「違います! あの子が…あの子たちがそうだとは……」 ランスは木刀を投げ捨てた。そして、魔王になって初めて自分の中に眠る魔王としての特質を全て解放した。あまりにも莫大な力は、それが存在するだけで周囲に風を起こし土埃を巻き上げる。 「ホーネット、みんなを下げさせろ。サテラ、シルキィ、メガラス、お前らも下がれ。」 初めて聞く“魔王としての”のランスの言葉に、ホーネットとシルキィの背筋も自然と改まる。 「はい。わかりました魔王様。」 「行くぞっ!」 ランスは地を蹴って飛び出した。徒手空拳で。 『ちっ、この状態で俺様が俺様でいられるのは長くないな。だが、ヤツからはヤバイ臭いがプンプンする。手抜きしたらやられるのは俺様だな。』 鬼畜アタックを放つ時には、力だけならば瞬間的に全力が発揮されていた。だが、今回は継続的に全力を出すために、魔力や体力だけではなく、殺戮衝動や破壊衝動などの余分なものまでも解放せざるを得なくなっていた。それでも、 「何とかせんとな。あいつらは俺様の女だ。」 相手を見定めようと、ランスは鋭い視線でバスワルドを睨みつけた。 空中で1対の男女が対峙している。 神によって大陸の全てを支配するよう定められた男……魔王と、 神によって大陸の全てを破壊するよう作られた女……破壊神が。 男は気の光……強い命の輝きを纏っている。 女は虚無……命を無に返す闇を纏っている。 男の名はランス。自ら魔王となったもの。 女の名はラ・バスワルド。自分の意志によらず封印が解けてしまったもの。 互いの力量は未知数。だが、互いの“力”の強大さだけが互いの強さを示していた。 その対峙がどれだけ続いただろう。長いような短いような一瞬が過ぎ去った後、神が生み出した2体の破壊者は遂に激突した。 黒き闇……虚無を纏った手がランスの身体が纏った気と接触してスパークを発する。 黒き光……闇の属性の気を纏った拳がバスワルドの身体が纏った虚無と接触してスパークを発する。互いに防御を無視した……いや、ガードが間に合わない程の攻防は互いの体力を急速に削り取っていく。 「我の存在を、我に思い出させたは貴様か…?」 「がはははは、そうだ。乳丸出しとはサービスがいいが、表情がいまいちだな。」 「愚かな……」 「まあ、サイゼルとハウゼルをふっ飛ばしたのは俺様だからな。俺様のせいといえば俺様のせいだな。」 そう会話する間にも拳の応酬は止まらない。どちらかというと慣れない格闘でガードにも気を付けているランスより、防御を気にせずに攻撃を続けるバスワルドの方が優勢だ。 「サイゼルとハウゼルとは何だ?」 ふたりは、一見では格闘しているばかりに見えるが、空中に満ちる空電が、ランスの発する魔法とバスワルドの発する虚無がぶつかって相殺されているのを示している。 「俺様の女だ。いい加減に目を覚ましやがれ。」 「何の話だ。」 その間にも応酬は続く。そして、遂に互いの身体に攻撃が直接ヒットする。ランスは脇腹に、そしてバスワルドは肩口に。気の防御壁を打ち抜いた拳は、ランスにかなりのダメージを与えた。一方、肩口に当たったランスの拳がバスワルドに与えたダメージは小さかったが、それは小さからぬ情報をランスにもたらした。 「なるほど、お前はサイゼルとハウゼルに分割されて封印されてたんだな。二人は融合したせいで意識が寝てるって訳か。」 そう、休眠状態にある二人の魔血魂、バスワルドの体内にある魔血魂の波動と接触する事に成功したのだ。 「がははは。なら、お前を分離しちまえば何の問題もないって訳だな。」 「無駄な事を……」 「がははは、誰かに出来た事が俺様に出来ない訳はない! 神か何か知らんが、お前がサイゼルとハウゼルに分けられた事があるなら、俺様にも出来る!」 次々に打ち込まれる拳にもめげずにバスワルドに組み付くランス。身体の各所から派手に出血するのを見て観戦している者達……特に女性陣から悲鳴が上がる。だが、それにもかまわずにランスはバスワルドの首筋に牙を突き立てた。 《おいっ! 何時まで寝てやがる! さっさと起きやがれ!》 牙を介してバスワルドの体内に念を送り込むランス。 そんなランスに対してバスワルドは両手の爪でランスの頭を握り潰す作戦に出た。ギチギチと派手な音がする。既に魔王の丈夫な肉体のみが頼りだ。 そんな状態の中、バスワルドの中からランスの呼掛けに応える“声”が返って来た。 《な〜に、ランス。もう朝?》 《ちょっと、姉さん。変な感じしない?》 《ん〜、また魔王様がHな事でもしたの?》 《すみません、魔王様。姉が失礼な事を。》 《あ〜、また自分だけ良い子ちゃんして。》 姉妹喧嘩に発展しそうな気配を察して、ランスは止めに入った。 《おい、いい加減にしろ。お前らのせいで俺様が苦労してるんだから少しは手伝え。》 《苦労って、何を?》 《いいから。後で説明してやるから、今は俺様の指示に従え。》 《どうすればいいのですか?》 《俺様のやる事を受け入れろ。そして、賛成しろ。》 《賛成しろったって、何に賛成すればいいんだかわかんないんじゃ判断できないじゃないか。》 《説明する暇はない。それに危険だ。》 バスワルドは意志なき破壊兵器だ。破壊という目的の為だけに存在する自動兵器のために意志を持たない。ゆえに、この精神の会話には参加していないが、体内で交される念が傍受されてないと考えるのは楽観的に過ぎる。 《わかりました、魔王様。》 状況をおぼろげながら察したハウゼルが賛意を表明する。 《ぶう、ハウゼルが言うんならしょうがないか。》 ふたりの意志を確認したランスは行動を開始した。 ランスの頭部、バスワルドの爪が食い込んでいる辺りからはじわじわと出血が始まっている。一方、ランスの両腕はバスワルドを離すまいと固く抱擁を続けている。 その図式に、新たな変化が訪れた。ランスが首筋に突き立てた牙から血を吸い始めたのだ。この場合の血とは、存在自体が備えるエネルギーを意味する。つまり、ランスはバスワルド自体を吸収しようとしているのだ。 もがくバスワルド。自らが消える前にランスを破壊しようと手に込める力が増すが、それ以上に力が吸収される方が早かった。それが致命傷になる前に、力無くだらんと手が下がる。爪が抜ける時に傷口をいくらか広げるが、そんな事にかまっている暇などない。 段々、バスワルドの姿が薄くなってくる。エネルギーが吸収されるにつれ、存在自体がなくなっていくのだ。 そして、遂にランスが破壊神の力を全て吸収した。その瞬間、ランスは破壊神と融合した。それを契機に、抑えていた魔王に対する支配効果……神が娯楽の為に魔王に望む事をさせようとするコマンドが、破壊神の破壊し続ける為のコマンドと共にランスの精神内で顕在化した。 “魔王の意志”が命じる。 《破壊せよ。支配せよ。女を犯せ、人間をいたぶり殺せ。》 “破壊神の意志”が命じる。 《やれ、姦れ、殺れ》 と、だが…… 「だー、うるさい! 俺様は俺様のやりたいようにする! 誰の命令も聞くか!」 顕在化したコマンドを強靭な意志の力で再度抑え込み、何重にも封印をかけていく。その過程で、相当な量の力も一緒に封印されていく。3段階の封印をかけた所で、ようやく意識下に2つの魔血魂が出現する。それを両手に一つずつ持って現実に意識を戻す。 精神内部での死闘は文字通り一瞬だったようだ。意識がない間に地面に墜落しそうになっていたので、慌てて姿勢を制御して着地する。 そして、両掌から出現させた魔血魂を核として、破壊神から吸収したエネルギーを選り分け、手を加えて実体化させていく。サイゼルとハウゼル、二人の躰を。 静かに寝息を立てる二人を地面に横たえた所で、流石に力尽きたランスも倒れこんでしまう。だが、気力だけで立ち上がり、判定を求める。 「美樹ちゃん! 俺様の勝ちだな!」 だが、全身から血を流し、壮絶な姿になったランスを直視した美樹は卒倒して倒れてしまった。それをフォローするかのように、駆け付けたホーネットが代わりに答える。 「貴方様の勝ちです。魔王……ランス様。」 ホーネットと駆け付けたマリアの手に握られたシィルのかける治癒魔法の暖かな光を感じながら、ランスのまぶたはゆっくりと閉じられていった……。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ しかし……ランスがここで死んでたら意表ついてるだろうな(笑)。流石に後が怖いからやりませんが(笑)。 |
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