鬼畜魔王ランス伝
第26話 「食欲魔人の最後」 アイスの街から直線コースで魔王城に帰還する途中、ゼスの領空に入ったところでランスはある衝撃を感じ取った。 「ん……」 「どうしました、ランス様?」 「これは……誰かやられやがったかな。」 魔人が死んで魔血魂になった事は、ランスが魔王になってから何度か感じ取った事がある。ただし、どれも自分が手を下していたために遠くからでも魔人が倒された事を感知する事はできるとは知らなかった。しかし、その時の感触と今回の衝撃の感触が似ている事から、大体起きた事が判ったのだ。……詳しい事は判らないにしても。 「この感じは……ガルティアか。距離は……遠くないな。良し、フェリス。おまえ様子を見て来て、できれば魔血魂を回収しろ。」 「はい、マスター。」 「状況から見て、魔剣か聖刀か勇者のどれかが関わってるだろうから無理はするな。」 「はい、マスター。」 そう返答すると、フェリスは一行に先行して偵察に行った。ランスは大荷物(引越し荷物のほとんどとあてな2号)を抱えてる事もあってゆっくり飛ぶ。それでもうまを早駆けさせるぐらいの速度は出してはいるが。 ランス一行がサバサバの上空を通過しようかという時、フェリスが帰って来る。手に赤い宝石……魔血魂を持って。 「おう、ご苦労。」 「ありがとうございます、マスター。」 ランスは、その魔血魂を右手で受け取り、それに話しかける。 「何があった、話せ。」 かけた言葉はその一言だけ。だが、その語に込められた威圧感にガルティアのみならずシィルやフェリスも黙り込む。しかし、 「あてなはご主人様に連れられてお引越しするれすよ。」 場の空気を読めない人間(?)が一人居たせいで緊張感が粉々に粉砕される。それに助けられたのか、ガルティアがようやく言葉を出す。……念波だけど。 「健太郎の奴が……」 そこまで言った所でランスが先を遮る。 「わかった。もういい。後は美樹ちゃんの前で聞こうか。」 「わかりましたよ、魔王様。」 とにかく、命令違反で問答無用に処断される事はなさそうだ。ガルティアは命令通り黙り込んだ。問答無用で処刑されてた方が気が楽だったかもしれないとさえ思いながら。 「ふ〜、酷い目にあった。」 魔の森のはずれを北上しながら、アリオスは呟く。 彼は、魔王に手も無くやられたあげくに簀巻きにされて魔路埜要塞前にポイ捨てされた後、その状態から脱出するべく必死にもがいた。そのうちに警戒基準線を越えてしまったらしく、要塞に配備されている自動砲台からの炎の玉の攻撃を受け火達磨にされてしまったが、そのおかげで簀巻き状態からは脱出できた。しかし、並みの魔物なら一撃で黒焦げにする火球は勇者にとっても無視できるようなものではなく、全身に大火傷を負って瀕死に近い状態まで追い込まれたのだった。 それが、かれこれ2週間前の事。 あれから躰をいたわりながら北上を続けた結果、ようやく躰が全快したのである。それもこれも勇者の卓抜した耐久力と着用者の傷を回復する効果がある“勇者の鎧”があったればこそであるが、普通の人間なら死んでいても不思議ではない。というか、まず間違い無く死んでる。 「いくら勇者でも30レベルそこそこで魔王に挑むのは無謀だったみたいだね。しばらく雑魚モンスターでも殺して経験値稼ぎしなきゃなぁ……。格好悪くて嫌なんだけど。」 それもこれも冒険の拠点になり得る町なり村なりに辿り着かない事には始まらない。最初に用意して来た携行食は残り少ないし、安心して眠れる寝床が無い状態では疲労も完全には取れない。 とにかく、1日でも早く人間の世界へ戻りたいと願うアリオスにとって、ゼスと魔物の世界を隔てて延々と続く魔路埜要塞に配備された自動兵器群と雷の壁は「邪魔」以外の何物でもない。しかし、それでも、要塞を無理矢理突破する訳にもいかない。無理矢理に突破したせいで、魔物が侵入できる突破口ができる危険があるからである。魔王を討つ為に戦うはずの勇者が魔物の侵攻を助けるような事はできない。 結局、アリオスは溜息をつきながら先を急ぐ事しかできなかった。最近とみに増えてきた魔王軍の哨戒部隊から身を隠しつつ。 「嘘……嘘だって言ってよ王様。悪い冗談なんだ…って。そしたら信じるから。冗談だって信じるから。」 魔王城の謁見の間。ガルティアの報告をランスと一緒に聞かされた美樹は、ランスに泣きつく。だが、ランスはゆっくりと首を横に振らざるを得ない。 「美樹ちゃん。」 続く台詞を恐れるかのように言葉を被せる。 「ね、王様。嘘だよね。健太郎君はそんな事してないよね。」 「残念ながら本当だ。ガルティアを殺したのも、マルチナさんを殺したのも、店の客を殺したのも。」 ランスは美樹を軽く抱き締め、そう噛んで言い聞かせるように話しかけた。まるで、自分に言い聞かせているかのような口調で。 「奴は俺様が悪いんだと言っていたそうだ。とすると、今回の事件も、キサラちゃんの妹を殺したのも、俺様のせいなんだろうな。あいつにしてみれば。」 「そ、そんな。王様は……王様は悪くないです。でも……」 口篭もって俯く美樹。本当は彼女にも分かっているのだ。ガルティアが嘘を言っていない事が。まだ体内に僅かながらに残っている魔王の残滓が、それを教えてくれるから。 「いや、俺様が悪いんだろうな。あいつが人の話も聞かず、ここまでの事をやらかす奴なんだって見抜けなかった。」 「えっ……」 ランスは、美樹にこういう話をする時は真剣な顔で相手の目を見て話す。超至近距離で見つめられた美樹は、こういう状況にもかかわらず赤面してしまう。 「あいつは最初から問答無用で切りかかってきたが、最初にぶちのめした時に縛り上げて美樹ちゃんのところへ連行しておくべきだった。すまん。」 「そ、そんな……。でも、何故ですか? 王様。何でそうしてくれなかったんですか?」 謝罪するランスに戸惑いながらも、美樹は疑問に思った事を口に出す。 「俺様が魔王になったからな。魔王に対抗できる聖刀の使い手を庇うのは人間側からしたら当然の事だったんだろうが。それからも居場所がどうにも掴めなくてな。」 すまなそうな顔で頭を掻くランス。……そんなに真剣に探した訳ではないが、探した事があるのは事実だ(今までの話では触れていないが)。どちらかと言うと日光さんが目当てであったのは言うまでもない事であるが。 「え、それじゃ王様のせいじゃないんじゃ……」 「いや、俺様のせいだ。俺様がやった事でこうなったんだからな。だから、美樹ちゃんがあいつ……健太郎……を止められなかったら、俺様がけりをつける。」 「王様……」 「奴を止める為にやらなきゃならん事はたくさんあるが、まずは躰を治さんとな。泣いてる暇なんてないぞ。」 「はいっ。」 ようやく涙も止まり、決意も新たに健太郎を待つ事にする美樹。 いつかは魔王になったランスを殺しに健太郎君が来る。それを止められるのは自分だけだと、ランスは恩人なんだと諭す事が出来るのは自分だけなんだと。 自分でなければ出来ない事がある。やらなければならない事がある。魔王なんかじゃない来水美樹という一人の人間として。自分を助けに異世界まで来てくれた大切な幼馴染の健太郎君と、見ず知らずの自分を助けてくれた親切な王様のために。 それにはまず、躰を治さないと。ちょっと走っただけでも目眩がして倒れるような現状では、いざという時に間に合わないかもしれない。 王様の言葉の正しさと何気無い優しさが涙が出そうなほどに嬉しい。 思い悩むより先にやらなきゃならない事がある。 悲しむより先にするべき事がある。 そう、気付かせてくれたから。 泣いてるだけじゃいられない。 希望が残っているうちは。 「ご苦労だった。で、お前はどうする?」 美樹が退出した後の謁見の間。ランスはガルティア……正確にはテーブルの上に載せられた魔血魂に語り掛けた。 「俺ぁ、疲れちまった。もうマルチナもいないしな。」 返答した念波が含む言外の意味に場が静まりかえった。 「復讐しようとか思わんのか?」 「よせやい。そんな腹が減るだけの事。それに、正直言って俺様じゃあいつにゃ勝てそうもないしな。」 会話の内容は皆が読み取った意味が正確である事を示していた。それに、ガルティアほどの剛の者が勝てないと断言する「敵」の実力がただならぬ事も。 「そうか、じゃ初期化するぞ。」 「おう、やってくれ。」 処刑でも処分でも無しに、ガルティアは初期化された。 それが、優しさからである事を理解できた者はどれほど居ただろうか。 それは、その晩ランスに夜這いをかけた女性がかつてないほどの多さであった事が示していたのだった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 今回は、主に前回までの話の事後処理が目的の話です。やはり、健太郎くんが出なかったのが書き上がりが遅かった原因でしょうか(笑)。とは言っても、出すとえらく書き手が消耗するからな、あの兄ちゃんは(笑)。 |
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