鬼畜魔王ランス伝
第27話 「妖剣士 対 勇者」 「くっ、何でこんな奴が。」 勇者アリオス・テオマンは追い詰められそうになっている。 黒き気を纏う妖剣士に。 妖気を放つ黒剣で生木でも紙のように切り裂き、勇者である自分に匹敵する運動能力を発揮して追いすがって来る敵に。 こんな奴に狙われる覚えはない。相手は魔物ではないみたいだし、ゼス国の方からやって来た事もそれを裏付ける。 とにかく、何が原因だかは分らないが、こういうトラブルには悲しいかな慣れてしまっている。 それは、「勇者」だからである! あらゆるトラブルは勇者を成長させるためのイベントなのだ。魔王に破れた事も、こうして気○い剣士に襲われる事も。 そう考えないとやっていられない。 少なく見積もっても数段上の実力の相手と立て続けに戦うハメになっているのだから。 世界最強のハズの勇者が。 「しぶといなぁ〜。これなら経験値も期待できそうだね。はーっはっはっはっ。」 屈辱である。しかし、この遭遇を糧にして成長せねばならない。何としても。 「そこかぁ〜! ランスアタック!!」 気の爆発を気を込めた大剣で切り裂く。完全には防げなかったが、なんとか致命傷だけは受けずに済む。 「まだ死なないんだ。ふふ。くっくっくっ。」 激しくなった呼吸を整える。奴は呼吸一つ乱れていない。レベル差が激しい証拠だ。勇者でなければとっくにやられていただろう事は確かである。 せっかく見つけた街道を離れてまで森の中に逃げ込んだのに、それでも執拗に追って来る妖剣士にアリオスは殺意すら覚えたが、現状では反撃のしようがない。自殺願望があるなら別だが。 ともかく、森を走って逃げるうちに眼前に黒い軍勢が湧いて出る。数は数百以上。 そして、妖剣士が何者かに奇襲され、手傷を負っていた。空中から染み出すかのような爪の一閃は、妖剣士の右肩に三本の爪痕を残している。 もっとも、その何者か……姿格好から眼鏡の黒紳士とでも呼ぼうか……も、それ以上は攻めあぐねているようである。それだけ妖剣士が強いのだ。 ここは、助けてもらった礼も兼ねて黒紳士に加勢する事にする。何となく“魔”の臭いがする相手だが、問答無用で攻撃して来た妖剣士よりはマシだ。 気を練り、躰の中を巡らせる。それに従って、剣と鎧の纏う輝きも増していく。黒紳士の攻撃に呼吸を合わせて踏み込んで、掛け声と共に上段から切り下げる。 「一式 ハヤブサ!」 その攻撃自体は妖剣に弾かれたものの、妖剣士は同時に放たれていた黒紳士の攻撃を避けきれず浅手を負ってしまう。改めて周囲を確認すると、どうやら黒い軍勢も妖剣士を包囲する体勢を作るべく展開しているようである。 この状況を不利と判断したのか、妖剣士は気の爆発と立ち木切り倒しによって追撃を封じて退却して行く。黒紳士一人ならば追えるのだろうが、それでは分断されて倒されてしまうだろう。黒紳士もそう判断したのか、ここに残る。 「ご助勢感謝する。私はカラーの森の守護を役目とするケッセルリンクという者だが、貴方はどなたかな?」 「カラーの森の守護を? 見た所、貴方は男のようですが。」 「男がカラーの守護をしていては不自然かな?」 ケッセルリンクの眼鏡の奥の眼がキランと輝いたのが見えたような気がして、慌ててフォローにかかる。何にしても、この男の手助けがなければ殺されていた可能性が大きいのだ。無作法はするべきじゃない。 「いや、助かりました。僕はアリオス・テオマン。勇者です。」 「ほう。勇者ですか。」 ケッセルリンクの眼が再度光る。まあ、魔の眷属であるだけにあからさまに殺気を出さないだけマシかもしれない。 「はい。」 「まあ、何にしても貴方の助勢のおかげで助かったのは事実。良ければ我が家で茶菓などいかがですか?」 ありがたい申し出だ。殊に携帯食料が尽きて2日目のアリオスには。しかし、助けてくれたとはいえ相手は魔物。果たして信用していいかどうか。 「心配しなくても、パステル女王からみだりに人間に危害を加えないよう言われてます。カラーや我が家のメイドに手を上げない限りは命は保証しますよ。」 アリオスも知っている人物……パステルの名を聞いて招待を受ける事に決める。魔王になったランスの話を聞いてみるのもいいかもしれない。 後に、この判断がアリオスの命を救う事になる事を彼はまだ知らない。 「くそっ。まだ連中ぐらいの相手をまとめて片付けるにはレベルが足りない。これじゃ魔王には勝てない。」 『だから言ったではないですか。獲物を狩るも良いですが、アイテム集めの方が先決ですと。』 青年はぶつぶつと独り言を呟いている。それに答える相手は彼の頭の中にいる。ゆえに端から見ると壊れた精神異常者が危ない世界に浸っているようでとっても危険である。 だが、しかし、彼の本質は単なる異常者の何万倍も危険なのである。 その危険性の為に人間界からも自ら弾き出された危険人物。 大陸最強の生物……魔王すら一目置く生ける殺戮兵器。 神が遣わした魔王を滅ぼす暗殺者。 それが、彼……健太郎である。 「でも、君でも近くまで寄らないとどこにあるか分らないんでしょ、ニア?」 『そうですが、少なくとも大陸中央部にはありませんよ。』 「しょうがないな。予定通り魔人界に行くしかないか。」 『その方がよろしいでしょう。』 会話の相手は、健太郎を援助するためのエンジェルナイト。 神が遣わした助言者。 それが、彼女……ニアである。 二人は(外見上一人)当初の予定通り魔路埜要塞を迂回して魔人界を目指すコースに戻った。何故迂回する必要があるのかというと、それは、健太郎がサバサバで起こした大量殺人事件の当然の結果として指名手配されてしまったからに他ならない。 「うわっ、凄い屋敷だ。」 「お褒めいただき光栄です。さて、長旅で疲れていらっしゃる所を済みませんが、まずはパステル女王と会っていただきましょう。」 ケッセルリンクの屋敷とは雲泥の規模の……それでも丁寧な作りの家に案内される。アリオスも覚えがあるカラーの女王の家だ。 「お久しぶりです、男7…いえアリオス殿。」 思わず番号で呼びそうになってパステルは慌てて訂正した。それを聞いてカラーに捕まっていた時期の事を思い出したアリオスは思わず苦笑してしまった。 「お久しぶりです、パステル女王。さて、さっそくですが僕は捕虜という立場になるのでしょうか? この森を警備しているのが魔物である以上は。」 そのアリオスの言葉を聞いてパステルは悲しそうな表情をした。 「やはり、そう思われているのですね。いいえ。この森は人であろうと魔物であろうと受け入れます。カラーの命、クリスタルを狙う輩でない限りは。」 それを聞いて拍子抜けするアリオス。どうやら彼には想定外の事態のようだ。 「えっ、そうなんですか?」 「はい。流石に定住までは許してませんし、道以外の場所を通って来る方々は余程の事情がない限りは遠慮してもらっていますが。」 「しかし、何でそんな事を? 警備の手間だって大変でしょうに。」 「私達カラーは女だけの種族ですから、そうでもしないと子孫が残せないのですよ。警備してくださる皆様……とりわけケッセルリンク様には申し訳ないのですけど。」 やっと得心できた。言われてみると納得できる面のある制度だ。殊に繁殖の為に精液を絞られる家畜としてカラーに捕まっていた経験のあるアリオスとしては。 「しかし、魔物の警備兵とは……やはりランスさんに関係があるのですか?」 「はい。あの方は私の夫ですから。人間の警備兵が引き上げたのを見兼ねて派遣して下さったのです。今では5000を超えるのではないでしょうか?」 「いえ、森の各所に配してある屯所の兵を合わせますと1万にはなります。」 何故そこまで話をするのだろうと思ったが、ふと気付いた。これは脅しなのだと。不埒な事をしても勝ち目なんてないのだと思い知らせる為の。 「しかし、1万も兵を配置していたら却って攻められませんか?」 「問題ありません。この森を攻めた国は魔王様の本気の怒りを買う事になります。それ以外の輩が攻めて来ても脅威になるほどの数は集められないでしょうし。」 「本気の怒り……って……」 以前、アリオスが勇者の「力」を全開にして挑んだ時も、どこか余裕で相手していた魔王ランス。それが容赦無い実力を振るう所を思うとゾッとした。 「国一つが滅ぶまで3日もかかれば褒めてやるでしょうな。人間達を。」 虚勢でも何でも無い“事実”自体が持つ言葉の重みにアリオスは打ちのめされた。そんな化け物と戦わねばならないのだ。 何故なら、彼は“勇者”だからだ。 とはいえ、今はまだ早い。自分の実力もまだまだだし、魔人とはいえ恩人に牙を剥くのも気が引ける。 ここは、ランスさんの事を……殊に魔王になった後のランスの事を聞いた方がいい。いつかまた戦う日の為に。 「えっ、それではランスさんは心が魔王になっていないのですか?」 「はい。完全にという訳ではないようでしたが、人間の頃と変わらない魂をお持ちでいらっしゃいました。」 それで納得がいく。今、自分が生きている事に。 心まで魔王に……邪悪に……染まっていたならば、あそこまで完膚無く倒した勇者の命を奪わない訳がない。 魔王となりながら、その邪悪さを退ける。それはある意味、勇者の御業よりも凄い事ではないのか。 「ランスさん……貴方は凄い人だ……。」 パステルが嘘をつくような人物でないのはアリオスも良く知っている。それゆえに、その言葉の真実が、アリオスに敗北感を与える。ある意味、ランスに直接殴り倒された時にも増して。 『でも、負けたままではいられない。それに、将来貴方が暴走した時に止められるだけの力を身に付けなくちゃならない。何故なら、それが勇者だからだ!』 アリオスは再度、勇者として精進する事を誓った。 ランスが魔王としての邪悪に負け、世界が勇者を必要とする時に備えて。 ケッセルリンクの屋敷で戴いた香茶と茶菓子のケーキが素晴らしかった事と、カラーの森のゲストハウスの住み心地が「野宿よりマシ」であった事を付記しておく。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 今回はアリオスメインのエピソードです。でも、いいとこ無しかも。健太郎君はあいかわらず暴れてます。ケッセルリンクのおじちゃんが間に合わなくて勇者死亡。って事も考えましたが、結局生きてますね。さて、これからどうしようか(苦笑)。 |
読んだ後は是非感想を!! 貴方の一言が作者を育て、また奮起させます