鬼畜魔王ランス伝
第28話 「第一次ゼス攻防戦・前編」 数多の魔物が気勢を上げる。地平線まで埋め尽くすのではないかという数の魔物が森の奥から押し寄せ、ゼス国が誇る要塞防御線「魔路埜要塞」に襲いかかってくる。要塞に配備されている砲台から間断なく浴びせかけられる火球に隣を駆けていた同輩が消し飛ばされるのもかまわずに。 RC1年11月12日。魔王軍のゼス国侵攻は、ケッセルリンクの城から出撃したレッドアイの軍団とカミーラの城から出撃したますぞえの軍団がそれぞれ独自に行う事となった。 レッドアイの軍団は総勢20万体。ますぞえの軍団は15万ハニー。 ゼス国境に集結したゼス・リーザス混成軍8万を軽く上回る数だ。 普通ならこの時点で勝敗の帰趨は明らかである。 が、しかし人間側には大きな利点があった。 既に魔物の侵入を阻むべく造られた巨大な防衛線が構築されていた事。それに、魔王軍より長い期間をかけて侵攻に備える事が出来た事である。魔王となったランスに宣戦布告されてからの3ヶ月の間に人類間の戦争を止めたゼス・リーザス・ヘルマンの3国は、臨時の軍事同盟を結んで魔物と戦う為に結束したのだ。 その協約に従いリーザスがゼスに派遣した部隊は、リーザスの正規軍のうち黒・白・青の全軍と傭兵部隊というそうそうたるメンバーである。ちなみにリーザスは親衛隊や警備部隊以外の軍は全て派遣している。更に、豊富な物資による兵站支援を担っている事が他国の反感を抑える役に立っていた。本気でかつての自国の王に戦いを挑む姿勢と、強大な魔王軍を前に仲間割れしている時じゃないという事情からリーザスに対する風当たりは強くなかった。 そういう軍団が要塞の防御効果を利用しているのだ。魔物側の方の損害が大きくなるのも当然と言える。 初日は魔王軍が8万もの損害を出して退却した。 人間側の被害は死者が5000少々と重傷者が1万……堂々の勝利であるが、素直には喜べない。何故なら、防御施設がいくつか破壊され防衛能力が低下したからだ。 次も凌げる保証は無い。 だが、ここで食い止める事ができなければ、四天王の塔で守られたゼス中央部以外のゼス全土を魔物に蹂躙されてしまう。 人類連合軍は決意も新たに明日を待つのだった。 一方、骨の森では…… 「ヘイ! ロナ! 何してるね! さっさとミーのボディを磨くね!」 レッドアイがロナを怒鳴っている。だが、しかし、 「あ…あの……すみません……魔王様に言い付けますよ。」 ロナの口答えにレッドアイが青くなる。 「ホワッツ! そんな事になったらミーはベリーベリー困るね。魔王様ストロングでシビアで容赦無いね。首切り解任サドンデスね。」 良く見ると、ロナはレッドアイがケイブリス陣営に居た時のようなボロ布ではなく、ちゃんとしたマタニティドレスを着ている。心なしか肌の色艶も良いようだ。 『ロナちゃんを虐めたり、殺したりしたらお前の命はないぞ。ロナちゃんの子供が生まれた後でもだ。』 とレッドアイに言い渡したランスの言葉が抑止力として働いてるのだ。既に懐妊しているロナへのイタズラを思い止まった事もあり、ロナにとってはランスは救いの神にも等しい存在である。長期間ロナと離れてると自分の機能に変調をきたす恐れがあるとレッドアイが哀願しなければ、ロナは魔王城に住む事になったであろう。 その代わりにロナがレッドアイに虐められたと訴え出て、ランスがそれを認めればレッドアイが初期化されるというルールが出来た。レッドアイは大いに不服だったが、魔王様の言いつけとあれば従うより無い。逆らったら殺される。 「ミーのボディを磨くね。プリーズ!」 命令ではなく、依頼に語調を変化させた事でロナは妥協する。 水の入ったバケツと布を持つと慣れた手付きでレッドアイの身体の各部を磨き始める。 その周りでは、魔物達が思い思いの格好で休息を取っていた。 正面突撃に次ぐ突撃で5万もの兵を失ったとはいえ、魔人の統制力は絶大で軍が破綻する気配はなかった。 また、一方、引き裂きの森では…… 「はにほ〜」 「はに〜」 「はにほ〜 はにほ〜」 色とりどり種々雑多な無数のハニーが奇声を上げていた。人間には想像もできない阿鼻叫喚な光景は見る者の脳を麻痺させるような勢いに満ちていた。 実際には12万しかいないのであるが、そこかしこに溢れかえったハニーの群れは数える努力を萎えさせる迫力に満ちていた。 同じ頃、魔の森の一角で。 「弱ったな。迷ったみたいだ。」 途方に暮れかけている健太郎が居た。 魔王すら一目置く殺戮兵器である健太郎であるが、流石に現段階で数百の敵を相手に全くの無傷で勝つのは難しい。治癒魔法が使えない上、薬も尽きた健太郎にとって負傷するのは小さな傷でも避けたいのだ。それに、敵が数百だけで済む保証も無い。 そのうち周囲に魔物が溢れかえって来た。健太郎は丈夫そうな木を選んで登り、その枝の一本に陣取って魔物軍をやり過す事にした。気配を消せば、余程鋭い相手以外には見つからない自信があるからだ。今から急いで逃げるよりも余程無事に済む確率は高い。 しかし、健太郎が逃げ出すチャンスはその夜の間には巡って来なかった。 魔路埜要塞北側を守備する軍の総指揮官はマジック・ザ・ガンジー。ゼス王女であり四天王でもある彼女が一方の軍を任されていた。副将はナギ失踪後に四天王となったアレックス・ヴァルス。ちなみに、リーザス相手の勇戦を評価してマジックとの婚約をガンジーが認めた為、マジックとガンジーの親娘仲はかなり修復されている。 更に、ゼス四将軍の残り2名、カバッハーン・ザ・ライトニングとウスピラ・真冬も北部戦線に投入されている。あと、リーザスから派遣されたバレスとキンケード、傭兵のセシルとルイス、更にはALICE教のテンプルナイトがこの北部戦線に参戦していた。総勢4万5千の大兵力が要塞に拠ってレッドアイ軍と対峙しているのだ。 勝敗の帰趨は未だにわからない。 レッドアイは2日目も相変わらず旅順要塞に突撃する日本兵の如く、魔法部隊の支援攻撃を頼りに正面突撃だけを繰り返していた。人類側はそれを見越して待ち伏せを行えば良い為、普通より効率的な戦闘が出来ていたが、相手はとにかく数が多い。少々の小細工では力と数で強引に破られてしまう。しかも……2日目からはレッドアイ自身が前線に出て来てしまったのだ。 「ヘイ・ユー! シャットアウトね。メークドラマね。マジック点灯ね!」 レッドアイの戦闘力は圧倒的だった。連射されるファイヤーレーザー1発で数人が死傷して戦闘力を失うのだ。それは魔法抵抗力が高いハズの魔法使い部隊ですら変わらない。 しかも、人類側にはレッドアイを傷付ける手段が無いのだ。数々の攻撃魔法は防御結界で弾かれ、刀槍は分厚い装甲が弾いた。しかし、なによりも“絶対防御”こそが人類の攻撃を阻むのだ。 調子に乗ったレッドアイが自軍の先頭に立って人類軍に斬り込んで来る。攻撃魔法だけでなく、その豪腕で何人もの兵が吹き飛ばされ、陣中深く食い込まれる。 そんな、決してダメージを受けない敵に対して抗する術は無いかに思われた。 だが、しかし、 「今よ! みんな!」 突如レッドアイの四方を囲むように土中からエジプト十字に似た物体が現れた。 「「ワルヤテジ閉テシ間空ノ遠永カンナ物魔イ悪!」」 マジックとアレックスの呪文が綺麗に唱和した時、十字杭から激しい電磁波が中心にいたレッドアイに襲いかかり、凄まじい光が周囲に満ちた。 「やったわ。これで……」 安堵した声を出すマジック。だが、そんな彼女を叱咤する声がある。 「馬鹿者!! 勝負はまだ付いてないわ! 見てみい!!」 雷帝とも異称されるカバッハーンの叱責は正に雷撃のように良く効いた。慌てて見直すとレッドアイは封印の呪縛を振りほどきつつある。 「いけない! カバッハーン! ウスピラ! 手を貸して!」 「ノー! ユーにチャンス、ナッシング! サヨナラ逆転満塁ホームランね〜!!」 加勢は間に合わなかった。ゼスでも最強級の魔法使い2人が協力して構成した封印の呪縛は力技で無効化されてしまった。その反動で封印杭が次々に爆ぜ割れる。 「ファイヤーレーザー全方位乱れ撃ちね! ララ、メイクドーラマ!!」 レッドアイがでたらめに乱射した魔法は、敵だけじゃなく味方もかなり巻き添えにしたものの、人類軍に手酷いダメージを与えた。レッドアイを封印する為に自陣に誘い込んでしまったのだから、その状態で暴れられては堪らない。 「仕方無いわ。ここは退却よ!」 ゼス魔法使い部隊の退却を機にリーザス軍や傭兵部隊も退く。しかし、結果的に退却の為の捨て駒にされた奴隷兵部隊はほぼ壊滅した。 ゼス攻防戦北部戦線の緒戦は人類側の敗北で終了した。しかし、人類側が失った兵は2万余りと云えども大半が奴隷兵であり、少なく見積もっても開戦時の戦力の8割は維持していた。 勝負はまだまだ判らない。それが一般的な認識だった。 魔王軍……いや、レッドアイの不幸は斥候兵がそれを見つけてしまった事にある。木の枝に腰掛けている奴の気配に。 対応する前に斬られる。自分だけでなく、同僚も。自らの失策に気付く事も無く。 一呼吸で数十体の魔物が斬られる。元々の魔物の強弱など関係無しに一太刀で1体のペースで。 反対に魔物達の攻撃は当たらない。魔法攻撃は命中するものの、かすり傷しか与えられない。しかも、大半は呪文の詠唱が終了する前に切り倒される。 こうなったら多少の手傷は仕方ない。こういう時は頭を潰すのが早道だと、健太郎は短い軍務経験で学んでいた。それには「あの技」を使うのが一番早い。奴の技なのが気に食わないが、奴に仇なすのに奴自身の技を使う事に躊躇は無い。いつもより気の練り上げをじっくりと行う。その間に邪魔をしようと近寄って来た馬鹿どもは全て斬られて剣の錆びとなる。 「ランスアタック!!」 高密度に練気された気の炸裂は一直線に伸びて懸命に指揮する魔物将軍を直撃し、引き裂いた。ついでに多くの魔物を巻き添えにして。 「くっくっくっ、はっはっはっはっはっ。もうこの技じゃ“ランスアタック”なんてものじゃないな。はっはっはっは。どんな名前がいいかなぁ。」 そんな台詞を口走りながらも、手は息も絶え絶えの魔物に止めを刺して回っている。その手が一瞬止まったのは魔物の死骸の中に人間の少女を見つけた時であった。しかし、それは本当に一瞬だった。躊躇無くカオスの刃を突き刺し、確実に止めを刺す。すでに致命傷を負って気を失っていた少女は、その一撃の激痛で覚醒し、絶命した。 健太郎の虐殺は、日没まで終了しなかった。 その時、固い物がひび割れる音がした。 「ん?」 それはとても近くから聞こえた。小さいが大きな音。 「いっ…いてて…あうち、あうち…なんだ…これは…」 段々大きくなるその音は、奇妙に不吉な雰囲気を強めていく。 「ぐわっ…」 レッドアイの本性である目玉に、突然、大きな亀裂が入った。 「なっ…何故だ! そっ…そう…か…ロナ…死んだのか、ロナーーー!! メークドーラマ!!」 破滅の音が響いた。魔物が占拠した魔路埜要塞に。 10万まで減ってしまった己の軍団の真ん中で、 レッドアイは砕け散った。 命綱であったロナを喪ったせいで。 その場には、途方に暮れた軍団と闘神ガンマのボディだけが残されていたのだった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 今回はゼス編を一気にやるつもりでしたが、サイズの問題で断念。切りのいい所で区切る事にしました。 では、後編をお楽しみに(笑)。 |
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