鬼畜魔王ランス伝
第29話 「第一次ゼス攻防戦・後編」 魔路埜要塞南側を守備する軍の総指揮官はゼス国王ラグナロックアーク・スーパー・ガンジー。ゼスからは山田千鶴子、アニス・沢渡、パパイア・サーバーの3名が、リーザスからはエクス、ハウレーン、コルドバという3人の将軍が参戦していた。 総兵力は2万。北部戦線に比べるとかなり少ないが、これは娘を心配したガンジーがゼス四将軍の軍団の全てを北部戦線に投入したからだ。 だが、陣頭指揮を取るガンジーのカリスマとエクスの立案した作戦が兵力差を埋め、ますぞえの軍団を撃退したのだ。ますぞえの軍団の損害がレッドアイの軍団より少ないのは日没前に退却を余儀無くされたからに他ならない。 「エクス殿。明日の作戦についてだが。」 「はい。明日も今日と同様な作戦で撃退が可能でしょう。」 司令部用の天幕の中、南部方面軍の将軍クラスが集まった軍議の場でガンジーが言った一言にエクスは常識的な答えを返した。だが、ガンジーは常識の枠がはめられる人物ではなかったのだ。かつての主であったランス王と同様に。 「いや、見た所では敵の指揮官とおぼしき魔人は一体だけだ。そこで、私と奴が一騎討ち出来る状況を作って欲しい。」 「はあっ?」 エクスは耳を疑った。いや、ハウレーンやコルドバもだ。彼らは身をもって魔人の無敵属性を思い知らされているのだ。 「ガンジー殿、お止め下さい! 魔人相手に一騎討ちなど死にに行くようなものです!」 「そうです。せめて私をお連れ下さい。」 「ねえ、王様。アレ使うの? ア、レ。」 心配して詰め寄る者達にガンジーは自信たっぷりに答える。 「はっはっはっ。心配するには及ばん。ゼスの魔法技術の粋を見せてくれようぞ。」 どうやら梃子でも動きそうもないのを悟って、エクスは溜息混じりに作戦を考える事にした。しかし、作戦自体はそんなに難しく考える必要もなかった。相手は今日の戦いで終始後ろで観戦に徹していた……というか、何度かあった戦況を左右できる場面でも後方での待機を崩さなかった相手だ。伏兵による強襲以外に取るべき手段はない。 作戦が決まり、解散して持ち場に戻るエクスの耳に妙に気になる男女の会話が聞こえてきた。 「でも……アレ、つまんないのよね。もっとドバーッとかドカーンとかデロデロとかしたらいいのに。」 「ケケケけ、姉さん。そいつはムリムリ。後日に期待しな。」 「そうだ。アレ、仕掛けときゃいいのよ。仕掛けときゃ。明日が楽しみだわ〜。ねーノミコンどれにしよっか?」 「俺っちはアレがいいと思うぞ。んー最高!」 声はゼス軍陣地の方に消えて行ったため、エクスにはそれ以上確かめようがなかった。 それがゼスが誇る最凶コンビの声であったと知っていたなら、何としてでも追っていただろうが……。勿論、そんな事は知る由もなかった。 翌朝、要塞に攻め寄せるハニーの大軍のうちの一体が土に埋められていた小さなガラスのカプセルを踏み割った。カプセルがひとつ割れると同時に他のカプセルも次々と割れ、中から緑色のガスが噴出した。噴出したガスは緑色の大きな雲となり、ハニーの大軍を包み込んだ。 そして、溶かしてゆく。おびただしい数のハニーを。 グチャグチャのデロデロのグジュグジュに。 幸い、人類軍が接敵する前だったので人間側には被害がなかったが、一歩間違ったらかなり悲惨な結果になっただろう。 「パパイア! あんたでしょう! こんな無茶苦茶な事したの!?」 「あーら千鶴子。いーじゃない。ほら、上手くいったんだし。」 「そーじゃなくて、ああいう物使ったんだったら使ったって言ってくれないと危ないじゃないの!」 「そーね。次からそうするわ。……覚えてたらだけど。」 「そーいう事はちゃんと覚えてなさいっ!!」 ともかく、パパイアが散布した生物溶解ガスによって一挙に6万ハニーもの損害を出したますぞえ軍は大混乱に陥った。四方八方に逃げる者、友人を助け出そうとして自分も溶ける者、あたり構わずハニーフラッシュを乱射する者など反応は様々だが、既に軍としての統率など無に等しかった。 混乱した部下をほっといて我先に逃げ出したますぞえは、行く手を塞ぐ大男と対峙するハメになった。 ゼス国王ラグナロックアーク・スーパー・ガンジーである。 ますぞえの前方はガンジー配下の魔法戦士団が、後方はリーザス白軍が遮断した。 夜の間に伏兵していたかいがあるというものだ。 いささか当初の予定とは違うが、ともかく一騎討ちの体勢が整った。 先手はガンジーが打った。 「スーパーロイヤルファイヤーレーザー!」 通常のファイヤーレーザーの火力の3割増しの火炎魔法がますぞえに襲いかかる。しかし、“絶対防御”に守られたますぞえは当然無傷だ。 「はにほー!! ふぉわわわわっ!!」 反撃のハニーフラッシュがガンジーを襲う。ガンジーにしては珍しくちゃんと着込んでいるプレートメールから火花が散る。 「ぬおっ。まだまだーっ!」 ますぞえのトライデンをガンジーが間一髪避け、どてっぱらに剣の一撃を叩き込む。技巧も何も無く、ただ力任せに剣を振り回しているだけだが、ガンジーの腕力にかかると熟練の戦士の一撃にも勝る速さと重さを兼ね備えた一撃となり、ますぞえをよろめかせる。 これではいかんとガンジーをかわして逃げようとするが、巨体に似合わない俊敏さを見せるガンジーをどうしても振り切れない。頼みの部下も人間の軍に邪魔されて自分を助けには来てくれない。 仕方が無いので、ますぞえは本気で戦う事にした。どうせ、人間ごときに自分は傷付けられないとの読み……いや、驕りもある。 トライデンの攻撃があまり有効でないので、ハニーフラッシュ一本で押し込む。遂に生意気な人間が膝を着きそうになった時、ますぞえは勝利を確信した。 が、それは大きな間違いだったのだ。 「わーっはっはっはっ! 降魔の剣封印解除! 吸魔の鎧とバイパス接続!」 鎧と剣が何本ものコードで接続され、剣に鎧から魔力が流れ込む。 存分に魔力を蓄積した剣を振りかぶり、ガンジーは突撃する。 それをますぞえがハニーフラッシュで迎撃するが、ガンジーに命中した魔力の塊は鎧からコードを伝って剣に流れ込む。それを見たますぞえの顔から冷や汗が流れる。……どうやら彼にもからくりが読めたらしい。 「はにほー!」 小細工も何も無く、右上から左下へと真っ直ぐ振り抜いた剣はますぞえの身体を真っ二つに両断した。避ける事も、受ける事も、耐える事も不可能な速さと鋭さで。 ますぞえを切り裂いた傷口は、刀傷だというのに醜く焼け爛れていた。 まるで、ハニーフラッシュに焼かれた如くに。 指揮官を失ったますぞえの部隊は完全に敗走し、ゼス南部戦線は人類側が勝利した。 「しかし、驚きました。あんな方法で魔人を倒すとは……」 エクスが感嘆する。流石の彼でもこんな方法は思いつかなかったようだ。 「はーっはっはっはっ。奴が魔法を使わない魔人ならひとたまりもなかったですがな。」 「そうですよガンジー様。もっと御自愛なさっていただかないと。」 カオルがガンジーの傷を治療しながら恨みがましい目で見つめる。何故なら、ガンジーが負っていた傷は常人なら死んでて当たり前なぐらい酷いのだ。ガンジーでなければ立つ事すらできまい。 「すまんなカクさん。では、お言葉に甘えてしばらく休ませてもらうとするかな。」 重傷者を先頭に立てて働かさないと持たない国というのは不健全なので、いちおうまっとうな発言ではあるのだが……。 「休むのは国政だけだとか言って、市井で人助けして回るのはやめて、大人しく寝てて下さいませガンジー様。」 「う……」 どうやら図星だったらしい。 「そういうのはお身体を治してからにして下さい。お願いですから。」 「わかったわかった。わーっはっはっはっはっ。」 「ところで、アレは量産できるのですか?」 「できる事はできるが……魔法使いしか使えん。しかも、食らった攻撃のエネルギーを貯め込んで一気に放出する剣だから使える奴は実質的に魔法戦士ぐらいではないか? しかもプレートメールが着用できねばならんという条件まである。」 プレートメールは重装鎧だ。普通は戦士としての訓練を受けてないと着こなせないものなのだが、ガンジーは筋力で無理矢理ものにしている。 世界広しと云えども、こんな戦法ができるのはガンジーだけだ。 ハンティでは能力はともかく体力が付いてこないし、リックやヒューバートなどだと魔法技能がないので使えない。エレノア・ランだと全体的に能力不足だ。 『それに……1回の戦闘毎に自分が死にそうになる武器ですか……危なくて使いたくありませんね。僕なら。』 エクスはこの鎧がガンジー用の1領だけしか作られなかった事を納得した。 「ちっ、ますぞえがやられやがった。」 ますぞえが倒された衝撃は、魔王城にいるランスにも届いた。 「仕方ねえ。フェリス、奴の魔血魂を回収して来い。」 ランスの命を受けた魔人フェリスの気配が周囲から消える。どうやら行ったらしい。それを見届けたランスは昼寝に入る……昨日の夜に激しくヤッたせいで寝不足なのだ。 『流石に1晩に30発はヤリ過ぎだったかも。』 そう後悔したが時すでに遅く、ランスは魔王の玉座に腰掛けたまま居眠りを始めてしまった。それを見たホーネットがそっと各所への手配を行う。それは魔王の裁可が無くても行える行政事務だけではなく、謁見の間の扉にメッセージプレートをかける事も含まれていた。 なお、この「魔王様の眠りを妨げる度胸のある方はどうぞお入り下さい」と書かれたプレートが提げられた謁見の間の扉を叩く度胸のある者は長らく現われなかった事を付記しておく。 ランスが目覚めたのはレッドアイが倒された衝撃が届いたショックが原因であった。 「ん!? 何だ?」 寝惚けてキョロキョロと周囲を見渡すと、横でホーネットが心配そうに覗きこんでいるのが見て取れた。そこで、ようやく自分が謁見の間に居る事を思い出した。 「おい、ホーネット。状況はどうなっている?」 「はい、皆様控えの間で魔王様への謁見を待っております。お通ししてよろしいでしょうか?」 ホーネットの返事で魔王城の周辺ではそんなに深刻な事態が起きてないと察したランスは、こう指示を下した。 「どうやらレッドアイがやられたようだ。マリアの戦艦の搭載艇が出来てたはずだから試験飛行代わりに回収に行かせろ。」 「はい。ではそのように。」 澱み無く答えるホーネット。だが、ランスは喉の奥に魚の小骨が刺さったかの如くスッキリしない表情で黙り込む。 「ど……どうしたのですか、魔王様。」 「レッドアイ、レッドアイ、レッドアイ……。何か忘れてるような気が……しまった! ロナちゃんがヤバイ!」 どうやらようやく気が付いたようだ。頭に残留していた眠気がまとめて吹き飛ぶ。 「俺様も行く! 後は適当にしとけ。」 「はい。待たせてある皆様はどうしましょうか?」 「そんなのは明日だ明日。」 扉から出るのももどかしく、窓を突き破って飛び出すランス。行き先は城下に新設されたマリア研究所だ。 それを見送るホーネットの胸中には一抹の淋しさと「窓の修理をどうしようかしら」という実務的な悩みが同居していたのだった。 「マリア! 戦艦の搭載艇が出来てたハズだな。すぐ出せ!」 マリア研究所に駆け込んだランスは開口一番そう言った。 周囲で働いている研究員や工員は全て魔物であるため、マリア研究所は何か独特な雰囲気を醸し出す場所である。 本来はマリアの主……悪の首領であるハズの人物の雰囲気は、そういうのが似合うような人物ではない為、まるで悪の科学者に失敗続きの悪の幹部が新兵器をねだるようなシチュエーションがピッタリな光景であった。……当人達に言うと殴られそうだが。 「ちょっとランス! そんなに急に言われても。まだ試験飛行も終わってないのに。」 「だから試験飛行を兼ねてすぐ出せって言ってる。俺様は急いでいるんだ!」 ランスの剣幕と真剣な目に事態がただごとではないのを悟ったマリアは急いで準備を始める。とりあえず、引いている最中の図面を置いて格納庫に移動し始める。 「こ…こいつは……」 驚くランスを見てマリアは機嫌を直す。 「そうよ。チューリップ4号改。あのチューリップ4号にパイアールから得た知識を応用して改造した最高最速の飛空船よ! これはエンジンに…」 力説するマリア。だが、それをランスが遮る。 「時間が無い。いいから飛べるかどうかだけ聞かせろ。」 説明を遮られてスネるマリアだが、すぐに気を取り直す。 「飛べる事は飛べるけど……いったいどこまで?」 「ゼス辺りまでだ。行けるか?」 「良かった。リーザスまで往復とか言われたらどうしようかと思った。……OKよ。」 「じゃあ早速出発だ。俺様とマリアで行くぞ。」 「わかったわ。……えええーっ」 驚くマリアの口元は無意識に緩んでいる。笑みのカタチに。 「でもでも2人きりなんて……」 口では心配そうに常識論を述べる……台詞が内心とはズレてる所がいかにもマリアらしい。 「不安なら誰か呼ぶか? 空の飛べる奴でも。」 「ううん。行きましょっ。」 マリアは弾んだ声で答えるとチュ−リップ4号改に乗り込み、発進させた。 いかなる飛行系の魔物にも優る速度でチューリップ4号改は空を疾駆する。 人間が人間の世界と魔物の世界を隔てるべく築き上げた防壁、魔路埜要塞へと。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 当SSではオリジナルのキャラはできるだけ使わない方針ですが、オリジナルのアイテムは結構登場させています。今回登場の“降魔の剣&吸魔の鎧”なんていい例ですね。このアイテムは相手の魔法を吸収し、それを『性質を変えずに』貯め込んで、一気に放出するっていう代物です。開発したのがパパイアなんで使用者の保護なんぞ考えられて無いのでガンジー以外は身体が持ちません。 |
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