鬼畜魔王ランス伝

   第32話 「雪中の決闘」

 ヒューバートが不知火を振り抜いた時、それは見事に空を切った。
 逆に激しい突風が身体を叩き、彼を吹き飛ばした。
 見た目は愉快だが、その実とてもやっかいな敵……幻獣。
 死力を尽くした奮戦で2万の敵の半分を倒した彼らではあったが、既に、立っている者の数は彼を含めて1000人に満たなくなっていた。
 片や、幻獣は未だに5000体をキープしている。
 幻獣達の中央にいる少女の命令に従って幻獣たちが放った飛礫の雨は、ヒューバート達の意識を完璧に消し飛ばした。

 突撃を始めた時の半分以下の人数ではあるが、とにもかくにも相手の懐に飛び込む事に成功した赤軍は、ついに敵総司令官のいる本陣に挑みかかった。
 だが、魔法使いは接近戦には脆いものという固定観念を打ち崩すかのようにアールコート配下の魔物兵達は強かった。リーザス正規兵にも負けないぐらいに。
 大陸屈指の突破力を誇る精鋭部隊であるリーザス赤の軍の実力をもってしても、アールコートが敷いた堅固な防御陣を突破して彼女の元に辿り着けたのは、僅か数人に過ぎなかったのだった。

 クリームは魔王軍に気付かれぬよう、そうっと後退を続けさせ、遂に1万の部隊全てを北門から脱出させるのに成功した。
 そのまま市街地の周りを逆時計回りに進撃する。
 味方との合流を目指して。
『ここで彼らに全滅されたら、この後勝算の立てようがないから。』
 まあ、そんな理由ではあったのだが。

 最早、矢尽き刀折れた。
 ヘルマン皇帝パットンは、全力以上の力を連続して出し続けた代償で全身の筋肉が痙攣しているのに耐えながら、最後の時を待っていた。
 好きで待っているのではない。指一本動かす事ができなくなっているだけだ。
 今現在は立った状態だが、何かの拍子に倒れたならば、再び立つ事などできないに違いない。
 丁度、今現在の彼の国……ヘルマン帝国の如くに。
 周囲で激戦を繰り広げていた部下達も、ことごとくが力尽き地面に倒れていた。
 死神の鎌が彼を捉えようかという、その時。戦場全体に“声”が聞こえた。
「人間の騎士と魔人が一騎討ちを始める。」
 と。
 その声が聞こえた魔物達は、人間達への関心を失った如くに離れて行った。
 パットンは子供の頃から聞き慣れたその声にニヤリと笑うと、自らの身体にしばしの休息を許可した。
 次なる戦いに備える為に。


 鋼と鋼を打ち合せる澄んだ金属音が響く。
 踊るような……その実鋭い動きで、戦場を舞う二人の男女。
 一つ一つの所作が死に直結する「死の舞踏」。
 互いに向けられた“殺意ある一撃”を互いに受け流しながら、二人は互いの隙を探し求めていた。
 次々に繰り出す攻撃で相手の体勢を崩し、出来た隙に必殺の一閃を放つ。
 リックとメナドの戦い方は比較的似ている。
 細かい違いは勿論あるにせよ。
 聖刀によって増幅されたリックの戦闘力と、魔人となった事によって力を得たメナドの戦闘力はほぼ互角。
 間合いに踏み込む。斬りつける。斬り返す。受け流す。回り込む。転がり離れる。追い討ちをかける。迎え撃つ。受け止める。突き刺す。弾く。飛び離れる。
 一連の動作は、相手を殺そうとする“殺意ある動き”であったにも関わらず……いや、だからこそ美しかった。見る者の心を惹きつけて離さないほどに。人間と魔物との別を問わないほどに。
 膂力はリックの方が上。しかし、メナドには魔法がある。
 スピード的には互角の2人の戦いは容易には終わりそうもなかった。


 走って逃げる体力も、魔法を撃つ魔力も尽きた。
 志津香は、袋小路で妹を待った。
 自分をここまで追い詰めた妹を。
 自嘲気味の笑みを口の端に浮かべて。
 自分に向かって来る黒い魔力の波を全身に感じた時、志津香はゆっくりと目を閉じた。


 遂に来た。
 アイツの前へ。
 逸る心を抑えつつ、まずは部下達の戦いを観戦する。
 アイツの力量を把握する為に。
 魔人になる前は自分よりは弱かったが、今はどうだか知れたものではない。
 ラファリアの目には隙だらけで立っているように見えたアールコートがさりげなく動かした盾で凄腕揃いのハズの赤軍騎士の剣を弾き、急所への的確な反撃で切り伏せるのを目の当たりにした時、ラファリアは自分の判断の正しさを知った。
 今、アールコートが見せている隙のほとんどが、実は罠であった事を。
 やはり、使うしかない。
 プルーペットに多額の金を積んで用意させたアレを。
 部下達が奮戦している間に左手の中に移動させたカプセルを握りしめる。
 チャンスはおそらく1回しかない。
「来ないんですか? ……先輩。」
 余裕ある表情で穏やかに語りかけてくるアールコートの姿に、ラファリアの頭の中でナニかが切れた。
「あんたなんて……あんたなんて……オドオドびくついてりゃいいのよ!」
 自分でも最高の踏み込みをみせ、相手の一足一刀の間合いの僅かに外側から長大なリーチを利用してバイロードを振り下ろす。
 だが、これはフェイント。本命は……
 アールコートが盾を動かした時、自分の剣が外側に弾かれる反動を利用して身体を捻ると同時に左手のカプセルを勢いを利用して投げ付ける。今、まさに反撃の刃を振るおうとしているアールコートに向かって。必殺必中の間合い。避けようがない。ラファリアは自分の勝利を確信して微笑んだ。
 その彼女の微笑みが引きつったのは、自分の全身がとりもちに捕えられ、同封してあった痺れ薬が自らの自由を奪った事が原因だった。
 痺れ薬のせいもあって真っ白になった彼女の脳が、投げ付けたカプセルがアールコートが“投げた”剣にぶつかった勢いで弾かれ、その衝撃でカプセルから噴き出したとりもちが自分の方を巻き込んだ事を把握するまでには、しばらくの時間が必要なようだ。
「ふぅ。……やっぱりそういう事だったんですか。」
 アールコートはラファリアが“隠し玉”を左手に持っているのに気付いて、それに対応できるように備えていたのだ。剣を投げる事ができたのは、そのおかげである。
「あ……でも、どうしよう。王様の剣……思わず投げちゃった。」
 剣がとりもちに埋まって取れそうもないのを見て取って、泣きそうな顔でうろたえる少女は、とてもじゃないが人間の脅威、恐怖の象徴たる魔人には見えなかった。
 眼前にいる人間の軍を片付けた事で、今後の指示を仰ごうとする魔物将軍たちが寄って来るが、オロオロする少女にそれに気付く心の余裕は残されていなかった。魔物将軍たちの方もまた、どう見ても機嫌を損ねている魔人に声をかける勇気を持つ者はいなかった。
 結局、しばらくのあいだ間抜けな沈黙が辺りを包んだのだった。
 それは……とても居心地が悪い沈黙だった。


 クリームたちがそこに着いた時、地面にはおびただしい人間が倒れていた。
 しかも、大部分がまだ息のある状態で。
「くっ、手の込んだ足止めをっ。」
 彼らを見捨てていく訳にもいかない。
 もし、今回の戦いにもはや勝機が残ってないなら、彼らヒューバート装甲兵団は今後の為の貴重な戦力となるべき存在だ。今ならまだかなりの人数を助けられるだろう。
 だが、しかし、もし今回の戦いに勝機がまだ残っているならば、できるだけ多くの戦力を速やかに投入するべきだ。その場合、彼らにかまっている暇はない。
 クリームは僅かに迷ったが、結局カフェからの強い申し出を受けて彼女とその配下のカルフェナイト800人を救護の為に残し、先に進む事にした。


 志津香が目を覚ました時、目の前には異父妹のナギがいた。
 自分の手足は厳重に縛られ、頭には得体のしれないサークレット……金属製の輪がはめられていた。
「なによこれ! あたしをどうしようっていうのよ!」
 状況がおぼろげに理解できた途端、志津香はナギに食ってかかった。
「それは魔封輪。それをはめられた者の魔法を封じるアイテムだ。はめられた者の魔力がはめた者の魔力以上でない限りはな。」
 志津香の額……いや、サークレットを指差して事も無げに言う。その口調には虚偽も脚色も入ってなさそうだ。
「それはわかったけど…」
「私がお前を上回る魔力を持っている証明として魔王のところへ持って行く。」
「えっ…。」
 思わず言葉を失う。淡々としたナギの口調は既定事項を伝達しているだけのように素っ気無い響きを持っていた。
「何で!? どうして!?」
 志津香の声は既に悲鳴と化していた。魔王のところになんか連れて行かれたりなんかしては、自分の身が危ない。……生命の危険だけはないだろうが。
「そうすれば、多分魔王に褒めてもらえる。頭を撫でてもらえる。」
 わずかに頬を染めて答えるナギ。志津香がナギを見る視線は憎い仇を睨むモノから、理解出来ない不思議な存在を見るモノに変わる。
「どうしてあたしを殺さないのよ! あたしを倒す……殺すのがあんたの存在意義だったんでしょ?」
 半ばヤケになって騒ぎ、普段だったら絶対に聞けないような疑問まで口に出した。
「師匠の……父様のところへなんか行かせない。それに、引き立て役がいないと私が優れてる事が証明できないから殺すなと魔王に言われているので……な。」
 だが、そんな志津香に答えるナギの声は落ち着いていた。確固たる居場所と存在意義を持つ者だけが持つ落ち着きで。
 その態度を見てますます志津香はヒートアップするが、ナギは落ち着いたまま自分の部下に指示を下した。
「1部隊をこいつの監視に残して街全部を制圧しろ。降伏しない者は女性を除いて全て殲滅しろ。女性なら捕えろ。」
「はっ。」
 感情を交えぬ声で非情な指示を下した妹を、志津香は何か恐ろしいモノを見るかの様に見つめた。
 雪深い地面に転がされたままで。


 雪の中のロンド(輪舞曲)。
 流れるような剣舞。
 目の前で行われている事はそれとは違ったが、似通った美しさがあった。
 一つ一つの所作が、
 一つ一つの攻防が、
 そして、その間に横たわる“間”が、
 単なる命の遣り取り……戦闘を舞踏芸術に近い水準まで引き上げていた。
 しかし、そんな時間にも終わりが来る。
 いくら男女差があるとはいえ、魔人と人間の体力では魔人の側に軍配があがる。小一時間ほどの間この決闘を続けていたリックにも、そろそろ限界が訪れようとしていた。
 いちかばちか。
 リックは剣を交えながら体内の気を練り上げて行く、今出来る限界まで。それに答えるかのように、メナドの気も急速に高まって行く。メナドが使っているアクセラレーションの魔法で強化された身体能力の限界まで。
 ここまで来たらやる事は一つ。
 小細工をするつもりも、やれる体力もお互いに無い。
「「バイ・ラ・ウェイ!!」」
 2つの赤い斬線が交差する。何度も何度も何度も何度も。
 交差する毎に澄んだ音がする。何度も何度も何度も何度も。
 目にも止まらぬ斬撃は、軌跡の残像を描く。下から左上、左上から右、右から上、上から左下へ……と。

 唐突に終わりが訪れた。鈍い金属音と共に。
 メナドの剣が半ばから折れ飛び、威力負けして弾き飛ばされてしまったのだ。
 小柄な身体が雪の上を滑り、6mほどを転がって止まった。
 その時のショックで、メナドが維持していたアクセラレーションの魔法が解ける。それに伴ってメナドが動けなくなる。長時間身体能力の限界を超えた力を、魔法で無理矢理に発揮していた反動によって。
 止めを刺そうとメナドに近寄って行くリックの眼前を、紫の疾風が通り過ぎた。積もった雪を吹き上げて。
 疾風が通り過ぎ、時ならぬ地吹雪が治まった後には、ただ折れたリーザスソードのみが残されていた。

 何時の間にか、観戦者と化していた魔王軍の魔物達はちりぢりになって逃げていた。ただただ西の方へと向かって。
 人間側は、この一連の戦いで初めて……意味のある勝利をものにした。
 明日へと繋がる勝利を。


 その後、クリームの来援を得て3万人近くに及ぶ生存者を救助した人類軍は、ローレングラードを放棄してラング・バウに退却した。


 再編成を完了した魔王軍6万8千がローレングラードに入城してナギ魔法兵団1万5千と合流したのは、その翌日の11月18日の事であった。


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 ハンティが直接救出していないのは、未だそこまで切羽詰まってなかったからです。
 あと、リーザスソードはその名の通りリーザス軍用の剣です。メナドが負けたのは剣の強度差が大きかったせいですね。……もっとも、経験差が最大の要因ですけど。
 ちなみに、「アクセラレーション」の魔法や「魔封輪」の作り方を教えたのはホーネットだという自分設定があります。
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