鬼畜魔王ランス伝

   第34話 「実地試験」

 RC1年12月1日。魔王軍はとうとうローレングラードを出発した。魔王ランス自身が率いる3万の軍と、魔人メガラスが率いる7万の軍の2つだ。
 ランス軍は真っ直ぐ東……つまり、ヘルマン帝都ラング・バウへ向かい、メガラス軍は南東の方向にあるパルナスを攻略しに向かった。

 当然ながら、人間側の諜報網もその情報を察知して対応に乗り出した……と言っても、人間側の現在の戦力は魔王軍のどちらかを相手するだけの数しかなく、ラング・バウに向かった敵を止めなくては帝都が落されてしまう。つまり、全力でランス軍を撃退する事以外に採るべき道は無かったのだった。
 今度も帝都の守りを市民からの志願兵に委ね、人類軍は全軍で出撃した。今回出陣する4万にも及ぶ兵は、その大部分が先の戦いの負傷兵であったが、魔王軍の不可解な進軍停止によって回復が間に合ったのだ。先遣部隊の2万と合流すれば6万。魔王軍の3万の倍の数で当たれば勝ち目はある。そう信じる兵士達の士気は高かった。
 だが、しかし、彼らを率いる将軍たちは、自分達の優位を素直に信じられなかった。捕虜になっていた4人の将軍から、魔王ランス本人がローレングラードにいた事を聞いているからだ。魔王がその気になれば、6万の軍が倍の12万いたとしても勝てないだろう。
 将軍たちは、魔王がその気にならない事を神に祈った。


 雪深い平原で、ヘルマン・リーザス連合軍の先遣隊2万が布陣している位置と向き合う位置……つまりは、真正面に魔王軍3万が現れた。
 その中ほどから1体……いや、2体の大型モンスターを連れた小柄な少女が現れた。
 その勝気そうな赤毛の少女は、人間達の軍勢をビシッと指差すと、こう叫んだ。
「行け! メタルガーディアン! 人間の軍勢にサテラのガーディアンの強さを思い知らせてやれ!」
 それに答えて大型モンスターのうちの一方が前に進み出る。
 全身を覆うリベット止めの分厚い鋼鉄の装甲、関節部分の保護の為に蛇腹状になった保護カバー、申し訳程度に刃がついた鍛鉄の塊といった風情の剣といった出で立ちのモンスターは、サテラの命令に従って凄い勢いで、人間の軍に向かって前進して行った。
 ……突然に前進速度が落ちた。人間の軍勢に到達するはるか手前で。そんなメタルガーディアンに向かって人間軍から「火爆破」が何度も何度も叩きつけられる。
「おかしい……あんなに動きが鈍るなんて……。パワーもスピードも普通のガーディアンの倍以上はあるのに」
「がははははは。不良品って事だろ? あのボロ人形が。」
 憎まれ口を叩いて登場したのはランス。魔王ランスだ。彼は自分の軍勢を掻き分けるように登場すると、持参した携帯椅子にドカッと座り込んだ。
「そんな事ないっ! サテラのガーディアンは完璧だっ!」
 激高して反論するサテラに、ランスは意地悪く畳み込む。
「ほほう。ではアレをどう説明する?」
「うっ。」
 事実、メタルガーディアンは苦戦……というよりは一方的にやられている。ヨタヨタした動きで遂に人間の軍と接敵したメタルガーディアンは、剣や斧での複数の攻撃を受けて破壊されてしまった。分厚いハズの装甲を砕かれて。
「なっ! どういう事だ! アレは!」
「がはははははは。やっぱり不良品じゃねえか。がはははははは。」
 驚愕するサテラと大笑いするランス。そんな対照的な表情をした男女に、もう一体の大型モンスターが遠慮がちに声をかける。
「サテラサマ。ユキデス。」
「シーザー。シーザーまでサテラを馬鹿にするのか? 雪が積もってるのなんて見れば分かるじゃないか。」
 サテラの剣幕にたじたじとなるシーザー。だが、ランスはそんなシーザーを見直したような目で見た。
「ほう。石人形の方が主人より利口だとはな。」
「なんだと! いくらランスでも言っていい事と悪い事があるぞ!」
「その石人形は積もった新雪に足を取られてボロ人形の動きが鈍ったって言ってるんだ。どうせ装甲強化のし過ぎで冗談みたいな重量になってたんだろう?」
「う……じゃ、じゃあ、剣や斧なんかで破壊されたのはどう説明する気だ!?」
 ようやく事情が分かって顔色を変えるサテラだが、回答を迫る語調はまだまだ強い。
「金属を熱したり冷やしたりを短時間で繰り返すとどうなる?」
「あ……」
 ようやく完全に思い当たった。冬のヘルマンの寒風と火系の魔法によって鋼鉄の装甲が脆性破壊を起こした……いや、起こされたのだ。そんなこんなで脆くなった装甲ならば破壊されるのも納得できる。
「さぁて、後で俺様に暴言を吐いた件でおしおきをしてやるから下がってろ。」
 口の端をニヤリと歪めたランスの発言にサテラがしおしおと引き下がる。さすがに多額の予算と多くの時間、そしてたっぷりの愛情を注いで創ったガーディアンが戦果を何も上げずにあっさり壊されたのが堪えたみたいだ。
『ふぅむ。アレはやり過ぎにしろ、鎧か何かを着けさせるというのも手か。』
 後日、ランスが提案したこのアイディアによって板金鎧と鉄爪と盾を装備する事になったガーディアン部隊の戦闘力は、従来型より3割以上の戦力アップを果たしたのだった。

「サテラが駄目なら次は私の番ね! ふっふっふっふっ、生命工学の極致、禁断の神の領域の科学技術を見せてやるわ!」
 サテラよりもさらに小柄な青髪の少女が、水着と大して覆う面積の変わらない服を着て颯爽と現れた。付き従うのはグロテスクな合成魔獣(キメラ)。そして、彼女が座乗しているのも合成魔獣のリトル。
 シルキィの指令で10体の合成魔獣たちは人間の軍に向かって襲いかかっていった。
 巨人のモンスターであるデカントの身体にトリプルハニーの頭部を付けた合成魔獣がトリプル・ハニーフラッシュで地面ごと人間たちを抉っていく。
 おかゆフィーバーとパワーゴリラZの腕が追加された、カニのような魔物ドラクの合成魔獣が、6本の腕で周囲を薙ぎ倒す。
 ドラゴン女とサイクロナイトを合成した合成魔獣が蝙蝠のような羽根で空中から接近して巨大な剣を振り回す。
 やもりんとプチハニーの合成魔獣がようやく戦線を構築した戦士たちに体当たりして自爆する。最後にはデカントすら上回る大きさに膨れ上がったキメラは何百人もの犠牲者と共に爆散する。
 うっぴーとぷりょといもむしDXmkUの合成魔獣が、口から火を撒き散らし、身体に兵士たちを取り込んでゆっくりと溶かしていく。
 10体の合成魔獣……キメラたちは、瞬く間に千人近くの犠牲者を生み出した。
「どうです! 魔王様! 私のキメラたちの力は! サテラの石人形やマリアのガラクタなんか比べ物になりません!」
 得意満面で胸を反らすシルキィ。だが、ランスの次の一言はシルキィに致命傷に近いダメージを与えた。
「それにしても胸ないな〜、お前。」
「ぐはっ。」
 胸に手を当ててふらつくシルキィに対して、ランスは更なる言葉の刃を繰り出した。
「それにグロい。」
「ま…魔王様は、あの機能美に満ち溢れた姿の美しさが分からないというのですか?」
 いろんな怪物の部品をつぎはぎしたような怪物に美しさを感じるシルキィの感性は、常人には理解し難い。当然ながら、ランスもそんなものに美を感じるような感性を持ち合わせてはいなかった。
「分からん。それに、俺様はモンスターの基礎能力の強化か強力な新種族を創り出す研究をしろと言ってなかったか? キメラの研究じゃなくて。」
 シルキィの額から汗がダラダラ流れてくる。それはもう滝のように。
「で、で、ですから……その基礎研究のためにキメラを……」
「研究の成果を試したいので同行させて下さいと言ったのは……、シルキィ、お前だったハズだよな。」
 苦しげな顔で苦しい言い訳をするシルキィを、ランスは容赦無く一言で切って捨てた。
「うっ。」
 言葉に詰まった所に、更に追い討ちをかける。
「にもかかわらず、まだ俺様に見せるほどの成果を上げてないだとぉ。覚悟はいいんだろうなぁ。」
「そ……そんなぁ、魔王様ぁぁぁぁ。」
 シルキィが意気消沈するのに合わせるかのようにキメラ達が全滅する。豪華に強化された合成魔物といえども、人間達の組織的な反攻を捻じ伏せる程ではなかった。自爆に巻き込んだ連中を除けば1体ごとに10人前後を戦闘不能にしているのがせいぜいだ。とても製造コストに見合った戦果とはいえない。
「さぁて。お前も後でおしおきだ。下がってろ。」
 すごすごと退散するシルキィ。勿論リトルごと。そんなシルキィに声をかける命知らずは、この軍にはいなかったのであった。

 次に出てきたのはアッシュブロンドを後ろで纏めた女性だ。黒いスーツに白いシャツ、赤いパンプスといった出で立ちにも関わらず、実に女性的な顔立ちをしているため妙な色気があって実に良い。
 その彼女が右手に出した物。それは1枚のカードだった。僅かに指を動かすと、それは5枚に増える。……いや、重なっていたカードをスライドさせただけかもしれないが。そのまま腕を振りかぶって投擲する。魔力を発動させるための「呪」の言の葉と共に。
「氷結!」
 矢のように飛ぶ5枚のカードは5人の騎士に命中し、氷の魔力が彼らを襲った。
 だが、誰も倒れなかった。
「がははははは。不良品か? キサラちゃん。」
「そ、そんなハズは……。いつも使ってる爆裂や爆雷と威力は大差ないのに値段は3倍以上かかるカードだから念を入れてチェックしたのに。」
 そこで、ランスはある事に気付いた。念の為に騎士たちの装備を見てひとつ頷くと、こう指摘した。
「キサラちゃん。奴らガチガチに防寒具を着込んでるから「氷」系列の攻撃魔法は効き難いぞ。」
「えっ。」
 良く考えると今は冬だ。寒さに対抗するための装備で身を固めている人間に寒さで攻撃しても効果が低いのも道理である。
「それじゃ……予算を使いたい放題使って作った新型カードの威力をお見せします。」
 改めてカード5枚を構える。そのカードは赤系の色で彩色された特別製で、普通の魔導カードとは違って呪紋や呪文が描かれているだけではないらしい。
 手に持ったカードを媒介として、いつものように魔力を集束する。だが、いつもとは違って予めカード自体に封入されていた魔力が集束された魔力を高める効果を発揮しだす。
 5枚のカードが限界まで火の魔力を貯め込んで赤い光を発し始めたところで、キサラは5枚のカードを目の前に軽く投げ上げた。
 空中に投げ上げた5枚のカードは、伸ばしたキサラの右手の先で逆五紡星陣の頂点となり、炎が5枚のカードを結び付ける。
「ファイヤーバード!」
 そして、その呼び声に応えて逆五紡星の中心から撃ち出されたモノがいる。
 それは、赤い炎で出来た鳥であった。
 炎の鳥は真っ直ぐ人間の軍に飛び込み、何百人もの人間を引き裂き、燃やし尽くし、貫き通した上で爆発した。
 文章にすると長いが、ここまでの動作でおよそ10秒。普通に攻撃魔法を使用するのに比べて2〜3倍ぐらいの時間しかかかっていない。
「がはははははは。見事だキサラちゃん。どんどん行け!」
 新兵器の威力を見て機嫌良さそうに笑っているランスに対して、キサラはすまなそうな顔をした。
「すみませんランスさん。新型カードは1組しか持って来てないんです。」
「なにっ! 何でまた。」
「高いんです。これ1枚作るのに1万GOLDもかかるんです。」
 キサラの弱点としてはカードを使わないと魔法が使用できない点が挙げられる。おまけにカードは全て使い捨て。特製の紙に宝石の粉を混ぜた特注のインクを使わないと作れない新型カードは、元貧乏人で親の残した莫大な借金の利払いに追われていたキサラとしては贅沢品もいいところの品である。こんなものを量産する事など考えてもいなかったのであろう。まあ、1発撃つのに5万GOLDかかる魔法なんて、冒険者であれば確かに割りに合わない代物である。
 だが、しかし、実は割に合う場合も存在する。
 それが、戦争に使用する場合……である。
 1発で数百人を倒せる対軍団用の攻撃魔法として使うならば、コストに充分に見合う以上の威力といえるだろう。
 しかし、キサラにはそういう感覚が分からなかったので、今回は実験用に用意した1組だけしか持って来ていなかったのだった。
「もういい。帰るぞ。」
「はい、ランスさん。」
 魔王とその軍勢はローレングラードに引き返した。この不可解な行動によって、人類軍の足止め部隊はその過半が本隊との合流に成功したのであった。


 その後、サテラとシルキィは魔王じきじきの“おしおき”を受けた後、魔王城に強制送還されたそうだが……それはまあ、余談である。


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 よよよ。今回、人類側が弱々に見えるのは、この時点で全面的に魔王軍と戦うより、戦力を温存したまま持久戦に持ち込んだ方が有利だから……という理由です。
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