鬼畜魔王ランス伝

   第52話 「大阪決戦」

 ランスは、新たにムサシボウを使徒とすると、大蛇の穴にいる魔物を兵力として束ねて後を追って来るように指示して、さっさと大阪の前線陣地へと飛んだ。
 使徒化儀式後の無力化状態時の護衛は長崎駐留の兵に任せてしまうあたり、ランスの明らかな男女差別ではあるが、ムサシボウは全然気にしなかった。
 集めるべき兵数は指定されなかった。
 いつまでに合流しろとも言われなかった。
 ただ一言『任せた』と言われただけで。
 その気になれば、少数の兵で合流しても罪には問われまい。だが、それは彼の矜持が許さない。聞けば、大阪では兵数的に劣勢なこちら側が不利な戦況が続いているという。
 実際のところ、魔人山本五十六の陣頭指揮や魔人見当かなみの破壊工作のおかげで戦線を維持できてはいるものの、大阪から東の地は全て敵の手に落ちていた。
 彼が充分な戦力を連れて行く事ができれば、そんな事態を打開できる可能性がある。
 そう判断を下したムサシボウは、動けるようになると直ぐに迷宮へと赴いた。
 自らと自らの主君の為に。


 かつて、JAPANの覇権を争った小国の一つに「原家」という一族があった。
 大和に城を構え、大仏を守護する一族で、幾度となく他国より攻め込まれたが、よく訓練された侍、多数の術者、そして統率のとれた優秀な忍達の手によって、その全てを退けて来たという。
 しかし、いかな精鋭揃いとはいえども、小国では魔人である信長と配下の精強な兵を支え切る事はできずに征服されてしまった。
 それが、LP2年7月のこと。
 原家の正当な血筋の唯一の生き残りである京姫が行った家臣の助命嘆願に対して、信長は、ある賭けをした。それは……
 罪人を送りこみ、死ぬまで数々の化け物が潜む迷宮を探索させるという、信長にとっては遊戯場のような場所、クロウの迷宮。
 そこに囚われた京姫を一月以内に助け出す事、それができれば一族郎党皆殺しを止めるだけではなく、原家の復興を約束するというもの……であった。
 これは、原家を征服するさいの戦いにおいて、無事と言える男……化け物相手に戦える男……がひとりもいなくなった事を見透かした信長の嫌がらせである。
 しかし、自ら戦う事を志願し、迷宮に挑んだ9人の少女たちが、京姫救出を見事に果たした。
 宝珠に封じ込められたままの京姫を。
 信長の言葉では、宝珠を持った者が信長を倒せば封印は解けるとの事。
 その言葉を聞いた少女達は、自らを鍛え、他の囚人達を組織し、ひそやかに蜂起の機会を狙った。信長を倒す事が出来る機会を。
 だが、なかなか好機が訪れぬまま、1年近くもの長い時間が経った。
 信長は大陸一の強国リーザス王国に喧嘩を売り、わずか2週間で敗れ去った。
 不死身と思われた信長も敵国王の黒剣の前に倒れた。
 それにより、彼女たちも迷宮から解放されたのだが……リーザス占領下では原家復興という訳にも行かず、焼け落ちた東大寺の修復などを行う以上の活動はしていなかった。
 ……あの日までは。
 天志教が、JAPANを統治する魔人山本五十六を“教敵”として蜂起するまでは。
 魔人になったにも関らず善政を敷いていた五十六の人気は高かったが、それ以上に天志教の影響力は強かった。地方の豪族の中には、自分が代わってJAPANの支配をと考えている輩も多かったのだろうが、なんだかんだで集まった兵数は一万を超えた。
 原家は、京姫を救出した9人のひとりに天志僧の鈴木ミオがいた事もあって、真っ先に檄文に呼応して立ち上がった。それにより、反乱勢力の中心となっていくのである。
 対する山本家の兵は三千。その全員が職業軍人たる侍で構成されているといえども、数の差は容易には覆し難い。


 RC1年、12月17日。
 戦闘開始から3日が過ぎ、数に劣る山本家側が押され始めた。
 元々、本拠地が長崎であった山本家の軍勢は、大阪の街を守るために原家側に比べて強行軍を行わざるを得なかった。しかも、数が違う。いくら、原家側の主力は農民兵である足軽、山本家側の主力は“てばさき”という二本脚の騎乗生物に乗った重装備の職業軍人である武者だとはいえ、この兵数差をひっくり返すのは容易ではなかった。
 事実、両翼の足軽で包囲をかけようと迫る原家の軍に対して、五十六は遅滞戦術で応じるしかなかった。頼みの弓兵部隊も、敵の呪術士部隊…魔法使い部隊…と相討ちになり、後方で再編成を余儀無くされてしまっている。
 数に勝る敵に包囲されないよう、適度に戦っては退く。
 言葉にすれば簡単だが、数量比で3倍の敵を相手にそれを行うのは困難な事である。
 五十六の陣頭指揮が優れている証拠ではあるのだが、敵が無理な攻めをせずに山本家側の兵の疲労がピークに達するのを待つという堅実な戦術を採っている事も関係している。
 時間はかかるが堅実な用兵だ。特に、他国がJAPANに援軍を送るのが不可能な混乱に陥っている現状では最上とも言えよう。
 二日間の攻防で、交代で兵を休めながら戦う原家の兵の損失は二千、常に全軍を戦場に出さざるを得ない山本家の兵の損失は千に及んだ。兵の損失数は山本家の方が少ない。しかし、これによって兵数比は4倍となった。兵の疲労度の方は比べ物にならない。
 戦も三日目になって、地方豪族が中心になった部隊四千を中央に、両翼に足軽二千ずつを配した敵を見て、五十六は決戦を覚悟した。
 陣太鼓が鳴らされ、槍先を揃えた足軽達が迫ってこようとするのに対し、五十六は自らが先頭に立って突撃する事で応じた。最早、こうなっては敵の大将首を狙うしか逆転の方法は無い。矢継ぎ早の速射で幾人もの敵を射殺しながら、五十六は敵陣に突っ込んでいこうとした。
 その時である。
 空から彼が現れたのは。
<ズンッ>
 という音と共に着地した緑の鎧の戦士は、周囲の敵を瞬く間に切り伏せて半径10mの空間を強引に作った。右手の魔剣が閃くと、右に左にバタバタと犠牲者が増える。不幸にも中央部にいた原家の兵たちは、その戦士の人間離れした強猛さに圧倒されて、守備陣を崩してしまった。
 普通、こういう場合には中央部の兵は敵の突進を受け止め、左右両翼の兵で押し包むのが定石である。五十六ほどの武将が、そんな好機を見逃すハズがない。崩れた一角を破って本陣へとひた走る。前線が大きく斬り破られ、本陣をさらしてしまう原家軍。
 原家の総司令である安藤進右衛門が五十六の矢に倒れたのは、その次の瞬間であった。
 総大将が倒れ、中央突破を許してしまった原家軍は、算を乱して敗走した。……ここらへんが農民兵の限界だろうか。しかし、逃げ崩れる味方の中にあって整然と退却した部隊もいた。その部隊の存在が、原家軍の全面潰走の事態を食い止めたのだ。
 こうして、大阪の町は守られた。
 もっとも、逃げ崩れる敵を追撃できるだけの余力は残って無いので、かなりの数の敵が逃げる事に成功しはしたのではあるが。

「ランス王、かたじけの……いえ、ありがとうございます。」
 隠し切れない疲労の色を浮かべながらも、満面の笑みで出迎えた五十六に、ランスは機嫌良く応じた。
「がははははは。俺様の女が苦戦してると聞いたから来てやったぞ。」
 その言葉に益々照れる五十六であったが、兵の前だからと必死になって顔の締まりを出そうとしている。……もっとも、兵の方は古参の兵は山本家の直臣が多く、微笑ましく見ているばかりであったが。
「今日は疲れているだろうから、難しい事は後だ。がはははは。」
 そのあたりになって、ようやくチューリップ4号が上空に現れる。
「今回は俺様の部下も連れて来てあるから、宜しくな。がはははは。」
「は、はい。……承知致しました。」
 大阪の陣に帰る彼等、山本家軍の足取りは軽かった。
 戦での勝利と嬉しそうな当主の様子が彼等の心を明るくし、自然とこぼれてきた笑みが身体の疲労をしばしの間忘れさせていたのだ。


 光あれば影が、勝ち組がいれば負け組もいる。
 原家の軍は明らかな敗色ムードに染まっていた。
 殿を務める7人の少女を除いて。
 彼女らは、もっと絶望的な戦いを生き抜いてきたのだ。この程度の事は難局と言うにも当たらない。現に、兵数は未だ相手より上であり、兵の疲労も軽いのだ。彼女らの見立てでは、明日もう一度総攻撃をかければ、敵は持ち堪えられない筈であった。
 しかし……こちらも将が足りなかった。
 彼女らの実力を正当に評価してくれていた安藤進右衛門の負傷によって、今率いている足軽部隊2000の指揮権すら危うい。ここに来て豪族の寄り合い所帯の欠点が出て、宿営地で主導権争いの評定を始めてしまったのだ。今はそんな事をしている場合ではない、
との彼女ら……主に桧垣真朱(ひがき・まそほ)の……意見は、逆に彼女らを評定から外す方に働いてしまった。元々、JAPANでは女が戦うのは例外中の例外、まず有り得ない事とされている。それが露骨に反映した結果であるのだが、それならばと宿営地の周囲の警備を固める事とした。この状況が相手に知られると、いささかマズイ事態になりかねないからである。

「くっ」
 忍者と忍者の戦いにおいて、相手に気配を悟られる事は死を意味する。
 このはの技量はクロウの迷宮で過ごした1年の間に格段の成長を見せてはいたが……相手の技量は更にそれを上回っていた。敵が手裏剣を投擲するさいのわずかな空気の流れの乱れを何とか見切ってかわしてはいるものの、かわすのが精一杯で反撃する余裕も味方に知らせる余裕も無い。それでも、攻撃の間隙を縫って狼煙用の火薬玉を懐から取り出して地面に叩きつけ……ようとした途端に、このはの躰は動かなくなった。
「忍法・影縛り。と、言いたいとこだけど……何の用?」
 木々が作リ出す影の中から現れ出でた、赤い忍服を着た小柄な女性は、このはに向けて話かけた。このはは、「何の用か、こちらが聞きたい!」という本音を隠して様子を見る事にした。
 忍者としての勘が、様子を見た方が得策だと告げていたからだ。
「はい。マスターから『使えそうな女将を見つけたから捕まえるのに協力しろ。』との伝言でございます。」
 それに答えた声は……このはの足元から聞こえて来た。
「ふ〜ん。で、これはどうするつもり?」
「マスターの元まで運びます。」
 声と共に影の中から伸び上がるように出現した相手を見て驚いたが……驚きを内心に隠す必要はなかった。既に、声すら出せないほどに完璧な金縛りをかけられてしまっていたからだ。
 このはを捕縛したソレ…蝙蝠の羽と二本の角を持つ灰色の肌の女性…は、手早く荒縄で全身を縛めると凄い力で持ち上げた。そして、夕闇の彼方へと運ばれていくのである。
 このはの意志は完全に無視して。


 ランスと五十六…山本家の軍…は、なおも六千余りの兵を有する原家の軍と事を構えねばならないのだが……とにかく、自軍の兵を休めねばどうにもならない。派手に殲滅級の攻撃をかければランス一人でも充分に片付けられるだろうが、それではランスの負担が大き過ぎる。オロチ退治に予定以上の負担を強いられたランスは、当面は派手な事をやりたくなかったのだ。
 戦場で、せっかく見つけた女将を見逃したぐらいに。
 だが、ただ見逃すのはシャクなので相手の居場所を突き止めるようにフェリスに命令したのである。……敵軍の近くにいる筈のかなみへの伝言を持たせて。

 JAPANに来襲したランスという台風は、その猛威を振るい始めた。
 かつて、リーザス軍を率いて全土を席巻した時にも増して。
 その結果は、まだ誰も知らない。


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 どっひゃ〜。予定通りとはいえ、とうとう出してしまいました……「乙女戦記」の皆様を(笑)。おかげで……出来上がるのが遅れる遅れる(笑)。
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