鬼畜魔王ランス伝
第53話 「幕間劇」 「このはさんが捕まったかもしれないのですか?」 実の無い評定を続けている原家軍の周囲を警備している足軽二千を束ねる女将、立湧七緒(たてわき・ななお)は、親友で幼馴染の女侍、桧垣真朱の報告に眉を曇らせた。 「定時連絡が、もう一時間も遅れているわ。」 余程に不測の事態が起こらなければ、定時連絡が遅れる事はありえない。それが1時間にもなれば、何かが起こっていると見た方が良い。 「そうですか……では、哨戒線を広げて下さい。歩哨は最低四人一組でお願いします。」 いつもは穏やかに微笑んでいる顔を厳しく引き締めて指示を出すと、真朱は指示を伝えるべく陣幕を出て行った。 「何で四人も……歩哨は普通二人一組じゃないか。」 この返事はあかね。本来は快活な娘だが、流石にこの事態では明るい雰囲気はない。 「四人いれば、余程の手練が相手でも何かをする暇はある筈です。それならば、無駄な争いを避けられるかもしれません。」 それは、花を愛し鳥を愛でる彼女の本質に沿った言であったが……戦術的にも優れていた。原家に仕える忍である剣菱党の数少ない生き残りであり、頭領の娘だったこのはがどうにかなるような忍者が相手であるならば、二人程度では瞬時に沈黙させられる危険があるからだ。四人もいれば、迂闊には仕掛けて来ないだろうとの読みもあった。 「わかった。じゃ、行って来るっ。」 あかねは立て掛けてあった自分の槍を引っ掴むと、外へと駆け出していった。恐らく、自分も捜索隊に参加する為にであろう。 それを見送った七緒は、内心で祈ると自分の職務に戻った。 他の幹部が評定で主導権争いをしている間、まともに動けるのは彼女の指揮下にある部隊だけであるのだから。 『ふんふん、なるほど。……ランスの奴も、ただの助平じゃないようね。』 見当かなみは、素早い対応を起こした敵陣を見て感心した。敵軍……原家の軍にあって唯一使えそうな連中が、その女将の部隊であるらしいのだ。今回の対応の早さから見て、先の戦での奮戦がまぐれではなかった事が伺える。 こうまで警戒を強められたら幾ら世界有数の隠行術の使い手たるかなみでも潜入は困難だ。それどころか、ここで監視し続ける事すら危険だ。そう見極めると、かなみはそろそろと脱出を始めた。抜き足、差し足、忍び足で。 だが、彼女の思惑はいささか甘かった。脱出する決意を固めるのが遅すぎたのだ。 女性の四人組が真っ直ぐ迷わず彼女の方に向かって来るのを見た時、そして、試しに気配を消したまま場所を移動しても誤魔化せた様子がないのを見て、そう悟らされた。 残念だけど、ここは三十六計逃げるが……と思ったところで、頭上で爆炎が炸裂した。 「あ〜、外したですぅ〜。」 超合金の鈴を構えた見るからにおっとりとした娘が、そうのたまう。外見こそ人畜無害な少女であるが、一撃で樹の幹を爆砕した呪術の威力は侮れない。 更に、武器らしい物は何も持たずに迫って来る道着を着た少女と、重そうに見える鎧を軽々と着こなしている12歳ぐらいの少女がかなみの潜む場所へと駆けて来る。 ここは、姿を晒してでも退くしかないと悟ったかなみは隠れ場所から身を躍らせて樹上に移った……所で術法に捕われた。 「喝っ! もたもた!」 僧形の少女が、天志僧のみが使える術をかけたのだ。 術の為に崩れた態勢のかなみに、もう一度呪術が襲い掛かって来る。 雷の攻撃術を、樹から落ちる事で何とかかわすと、かなみは地面に着地した。と、そこにすかさず詰め寄って攻撃してくる2人の少女から転がって離れる。 流れるような動作でかなみが起き上がった時には、少女達は既に戦闘隊形を再度整えていた。 かなり戦闘慣れしている連中らしい。 経験の浅い連中なら、調子に乗って深追いして……結果、接近戦に弱い後衛に対する攻撃を許してしまうものであるが、この連中にはそういう不注意さは見られなかった。 はっきり言って、やり難い連中だ。 チームプレイの何たるかを良く理解した動きをしている。こういう相手は、戦うにも逃げるにも隙が見つけ難い。 じりじりと迫る敵は、かなみを段々追い詰めて行く。ひとりは的確に急所狙い、もうひとりは時折ボ〜っとしながらも洒落にならない威力の拳撃を放ってくる。その全てをギリギリで回避しながら、両手で印を組む。 「火丼の術」 二人ともが離れた隙を狙って発動した術によって、かなみを中心に炎が舞い広がる。それを目くらましに使い、かなみは夜闇に包まれ始めた森の奥へと逃げ出した。 明るい炎に際立たされた闇に紛れて逃げる忍者を追う事は、常人である彼女達に出来よう筈はなかった。……約1名、常人ならざるモノ、かなみの隠行を見破った戦闘用の人造生物が混じっているが、彼女は“死んだ小鳥の死体”で遊んでいて動く気配がなかった。 「そう……ですか。」 「申し訳ない、拙僧がついていながら。」 七緒は、かなみと交戦したメンバーの一人、天志僧の鈴木ミオから陣幕内で敵の忍者を取り逃がした顛末を聞いていた。ミオだけでなく、呪術士部隊長の美鈴、柔術家の一条春菜、戦闘用人造生物“ぬへ”の篭目までが揃っていて、なお逃したとあっては尋常な相手とも思えない。元より追求するつもりなど毛頭無いが、改めて責任問題を云々している場合ではない事を思い知らされた。 「仕方ありません。我が軍は、残念ながら今日明日に動き出しそうもないので、その間にこのはさんの救出を……」 「いけませんわ、七緒様。」 言いかけた七緒の台詞を遮って登場したのは20代前半の妖艶な美女だ。 「そんな事をなされては、このは様が首でも括りかねませんわよ。」 忍者の性分からか、任務に命を賭けるこのはが、仲間の足を引っ張ったと知ったなら、その反応は想像するに難くない。同じ剣菱党の生き残りであり、このはの部下として参戦した愛の言であるだけに説得力もひとしおだ。 結局、このはの件は自身の努力に期待するという事にされた。……表向きには。 その夜、クノイチの愛が情報収集の為に敵中に潜入を試みる事に決定した。それが、いかなる背景で決まったかを語る者は誰もいない。 「がはははは、ご苦労!」 五十六と早速の一戦を終えたランスは、フェリスの持ち帰った“土産物”を見て上機嫌になった。ランスが目を向けた先には、荒縄で縛められた忍者姿の美女が転がっていた。 既に五十六は退出しており、ランスの邪魔をするような人間は、このランスに割り当てられた部屋の中には存在していなかった。……五十六が退出しているのは、ランスが元気一杯精力全開なのに対し、連日の戦疲れもあって僅か2発でダウンしてしまった五十六を気遣った結果である。何のかの言いながら、部屋を共にしていれば手を出すに決まっているし、五十六の方も無理をしてでも拒まないに決まっているのだから。 そんな事情はさておき、ランスは引き締まった裸身を隠す事無く、縛られたこのはのそばに寄る。思わず、状況も忘れて目を逸らすこのはの態度にランスの笑いも大きくなる。 「がははははは。中々グッドだ、お嬢さん。」 「む、むぐっ」 「縄は解いてやるから、俺様の頼みを聞いてくれないか?」 躰をまさぐり始めたランスに向かって首を横に振るこのは。だが、残酷な言葉がこのはの動きを止めた。 「今日までの戦いで捕まえた捕虜、食わせるのも大変だから殺してしまおうと思っているんだが、お前の心掛け次第では助けてやらんでもない。」 「何を……すれば、いい。」 口を塞いでいた物を外されたこのはは、苦渋に満ちた表情で聞いた。 「なに、簡単だ。俺様を気持ち良くすれば良い。」 「答える前に聞いておきたいのだが、お前にそんな権限があるのか?」 探りを入れるこのはの言葉に、ランスは豪快に笑った。 「がはははは、俺様に不可能は無い!」 ある種の確信に満ちた高笑いをする男を見て、このははある決心を固めた。 「わかった。縄を外してくれ。」 「聞き分けのいい娘は好きだぞ。がはははは。」 縄が解けて自由になった手で、男の背に手を回し……袖口の隠しに忍ばせてあった手裏剣を突き立てた。だが、デカントでも一撃で死ぬほどの毒を塗った手裏剣は、ランスの肌に触れる直前で止まった。シィルかフェリスのどちらかが恒常的に張っている防御結界に刃が止められてしまったのだ。 「ほほう、民の命はいらないか。中々見上げた根性だな。」 このはの顔はいよいよ青ざめた。 敵の首魁であるらしいこの男…ランス…を暗殺すれば、味方に対する何よりの援護になると思えばこそ、自分の命を捨てて切りかかったのだ。それが、こんな結果になったのでは、逆効果も良いところだ。 「一度だけは大目に見てやるが、その分サービスしてもらわんとなぁ。がはははは。」 などと言われながら、このはの服が乱暴に破り捨てられて均整の取れた裸身が晒されていくが、最早抵抗する気力もなかった。あの必殺の攻撃すら跳ね返す相手には、自分ではなす術がない。 何より、捕虜の皆殺しを宣言したランスの目が限りなく本気だった事が、このはの躰を荒縄よりしっかりと縛っていた。殺す事ができない以上、この男の機嫌を損ねてしまう事は百害あって一利なしとしか言いようがない。 とはいえ、彼女には怒張したランスのハイパー兵器は酷く恐ろしげな凶器に見える。女であるにも関らず、クノイチではなく忍者としての道を選んだこのはは、男というものを未だに知らなかったからだ。 だが、こうなっては仕方が無い。このはは悲愴な覚悟を決めた。 その夜の拷問は、彼女が女としての悦楽を嫌と言うほど思い知らされるまで続いた。 だが、しかし、忍びとして鍛えられた精神は、肉体の快楽に何とか流される事なく己を保つ事に成功した。あくまで、取り敢えずではあったが。 山本家本軍千六百騎は、大阪の街で休息を取っていた。 既に人員補充と再編成が終わった弓兵部隊千二百名に防備を任せて。 都合三日間の戦闘で出た重軽傷者合わせて六百人もの傷病兵は、その多くが長屋を借り切った野戦病院にて手厚い看護を受けていた。その中でも怪我が比較的軽かった者には、神魔法による手当てが受けられれば、すぐにでも戦線復帰できる者も多かった。 そこで、風華は、そんな彼等の治療に尽力していた。ランスはセルさんにも治療への参加を要請したが、断られてしまったので体罰に訴えていた。勿論、ランスが気持ち良い体罰である。 そうして、1日が過ぎた。 当初、予測されていた原家側の攻撃は何故か行われなかった。 原家側が無駄な時間を過ごしている間に、休息を取った山本家の軍は戦力を回復した。 こうして、原家側の勝機はじりじりと失われていくのだった。 原家の軍……いや、これからは天志教の軍と呼ぼう。 彼等は大きく三派に分裂していた。 武田 北条 上杉 いずれも有力な地方勢力であり、信長との戦いで独立した国家として立つ力を失うほど疲弊してはいたものの、それでもなお、それなりの規模の戦力を自前で保有している名家である。 彼等は自分こそが総大将だと言って譲らず、残存している無事な兵力六千余をとりあえず三等分した上で、全軍の指揮権を争っていた。 陣を警備していた七緒や他の少女達は、各陣営からの強烈な勧誘工作を丁重に断りながら負傷兵の再編成に当たっていた。どこの陣営に荷担しても、政治工作の材料に使われるだけで実権の無い立場に追いやられるのは、足軽部隊二千の指揮権を剥奪された事からも明らかであったし、悪くすればそれが内紛の引金を引く結果になりかねない。それほどに三家の仲は悪かった。 不幸中の幸いと云おうか、天志教の全面協力により負傷兵の治療は早い。 だが、補給の方はそうもいかない。 粗末な槍や数打ちの刀さえ不足した七緒の部隊は、その半数以上が武器の不足によって退却せざるを得ない事態に陥ったのである。 こうして、天志教軍は自らの足を封じ、自らの力を殺いでいった。 その結果どうなるかを考えもしないままに。 RC1年12月19日払暁。 山本家の軍は魔王ランスを先頭に大阪を進発した。 その兵数は三千。内訳は、騎兵二千と弓兵千という編成である。 その並々ならぬ威容は、大阪の民衆に決戦の日が近い事を予感させたのであった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 天志教側……馬鹿ばっか。そういう風に書いてるんだけど(笑)。 乙女戦記の皆様は30レベルのキャラとして扱ってますので、結構強いです。 |
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