鬼畜魔王ランス伝
第54話 「三馬鹿の最後の足掻き」 敵、天志教軍を眺められる距離に置き、ランスは五十六と最後の軍議を行っていた。 「ランス王。敵は我々よりも数が多く、見晴らし良く小高い丘の上に布陣しております。これを、どう早期に落とされるというのですか?」 彼女とて一角の将。自軍の損害を気にしないのであれば、この状況でさえ幾らでも攻めようはある。しかし、五十六はランスの考えを知っておきたかった。 「がはははは。おい、五十六。お前は敵が自軍より多いとか言っているが、敵なんてほんの数人しかいないぞ?」 「は?」 五十六は耳を疑った。王には約七千の敵軍の姿が見えていないというのか……と。 「後は全部ただの邪魔者だ。がはははは。寄せ集めの雑魚なんかでは、俺様の敵にはならんわ。」 これには、周囲の幕僚のみならず五十六までも動揺しそうになった。以前から無茶な言動や行動の目立つ王であったが、魔王になった事でタガが外れたのかと。 しかし…… 「だが、ただの邪魔者でもあれだけ集まるとうっとうしいから、ちょっとは考えた。」 と、ランスが発言した事で場の空気が変わった。なんだかんだ言っても、JAPANを僅か二週間で制圧した覇王であるには違いないのだ。 「五十六、敵の配置は分かるか?」 「はい、旗印からいって、左翼から北条、武田、上杉という配置ですね。専門の支援部隊はいないようです。」 それを聞いて、若干のあいだ思案顔になるランス。今まで戦っていた原家の部隊がいない事が少々気になったのだ。しかし、考えていても仕方ないし、意味がない事にすぐに気付いて、いつもの不敵な笑みを浮かべる。 「じゃ、作戦を言うぞ。お前ら耳をかっぽじって聞きやがれ。」 「はっ。」 「主力部隊の騎兵千五百騎は、俺様を先頭に敵の左翼部隊と中央部隊の間を目掛けて突進して、直前で左翼に突撃をかます。五十六の弓隊は敵後衛の排除と俺様達が突入する直前に敵左翼部隊への斉射を行え。」 「はっ。」 「ただし、左翼以外の敵が俺様達に襲いかかってこようとしたら、そっちの方に矢の雨を降らせてやれ。それでも止まらないようなら、予備部隊の騎兵五百騎を投入しろ。」 「はっ。」 一同は不審に思った。ただ正面から行くのよりは多少マシだが、これでもまだ力押しの部類だ。勝てるとしても損害が大きいだろう。 「まだ、分からんか。まあ、俺様のような天才の考えが常人に簡単に分かる訳ないがな。がははははは。」 「ランス王、それはどういう……あっ!!」 「おっ、五十六は分かったか。流石、俺様が見込んだ俺様の女だ。がははははは。」 上機嫌で笑うランスと、納得顔で頷く五十六。それを見ても幕僚達は未だランスの作戦の真意を計りかねていた。 「おっと、面倒だから……五十六、お前が説明してやれ。」 「はっ。皆の者、ランス王は、敵軍が三派に分かれて相争っているゆえ互いの連携は悪かろうと云う所を突こうとなさってるのだ。手柄は欲しいが損害は受けたくないと考える輩であれば成功は見込める。」 そして、その可能性は高いであろう。敵は、こんな所で動かずに居たが為に、せっかく得た最大の勝機をフイにしてしまっていたのだから。 「それと、そうだな、左翼への攻撃だが……俺様に付いて来るのは五百にして、後は左翼を正面から攻めろ。俺様が突入するタイミングに合わせろよ。」 「はっ。しかし、それはいかな理由で?」 「やれば分かる。今は俺様を信じろ。」 多少の疑問は残るが、今はそこまで追及している時間もなかった。 太陽が中天に差し掛かろうとする時刻に、ランス軍は前進を開始した。 消えた原家軍の捜索を、密かにかなみに命じて。 一方、天志教軍は…… 立湧七緒の元でようやく再編が終わった兵のうち二百ずつ、計六百が三家の手勢に引き抜かれた。反対は表明したものの、三家がこの時ばかりは協力してやって来た為、七緒には抗する術がなかった。これも、三家それぞれが水面下で協力要請して来た事を断ってきたツケというものなのだろうが……。 残された手勢は千三百余り。そのうち百は美鈴が指揮する呪術士部隊。二百は付近の森で材料を切り出して急造した間に合わせの武器を持った足軽部隊。そして、残りは……それすら間に合わなかった為、後方に逃した農民兵部隊(もはや、足軽とすら言えない)である。未だ敵将から負わされた矢傷から本復していない安藤進右衛門も、その兵達と何人かの護衛と共に桧垣真朱の指揮で退却した。 おまけに、七緒たち原家軍は、小高い丘に築かれた本陣からも追い出された。 全軍が展開するには丘が小さい。などというもっともらしい名目がついてはいたが、その宣告が意味するところは、単なる嫌がらせに過ぎない。 しかし、七緒は度重なる嫌がらせにも涼しげな顔を崩さず、むしろこれを奇貨として、丘から少々離れた森の中に兵を伏せた。 これによって、丘の上には三家の軍勢だけが布陣しているのである。 ランス達は、未だそれを知らない。 合戦は、まずは矢戦から始まった。 高台という地の利を占めているのは天志教側であったが、山本家側のように弓矢が達者な者達を集中運用する為の専門部隊…弓兵部隊…を置いてなかった為に、逆に一方的に射倒される結果となってしまった。三家の武士達の認識では、遠間では弓、近間では槍を使うのが常識であり、足軽たちは粗末な長い槍で騎馬の突撃に備えるのが通説であった。 だからこそ、兵の組織的な運用を行った信長に負けたのであるが……彼等は、自分達の敗北から何も学んで来なかった。 そして、それは、ランス部隊の突撃に対する対処からも窺える。 散発的な弓矢の攻撃を無視して先頭をひた走るランスは、徒歩でありながら騎兵達を引き離さんばかりの速度で駆ける。 それに対処したのは、狙われた左翼に位置する北条家の兵士二千二百だけであった。 中央部の武田家の兵は、ランスが転進したのを見て防備を固めるだけに徹したし、右翼の上杉家に至っては動く気配すらなかった。ランスの目論見は成功したのである。 それだけではない。 槍先を並べて築いた槍衾を正面に向けていた兵達は、五十六が指揮する弓隊の的確な斉射を受けてボロボロにされてしまった上、ランス率いる騎兵隊が転進して来る事によって斜め方向から襲いかかられてしまったのだ。石突、つまり槍の後端を地面に置いて騎兵の突進に備えている槍の矛先は急には変えられない。もし、変えられたとしても、それは正面から突撃する騎兵の餌食に変わるだけの意味しか持ち得ない。 北条家の当主は、それを理解するよりも早く一気に本陣まで斬り破って来た魔王が繰り出した無慈悲な一閃に倒れた。 中央部を深く抉られた北条家部隊は、主将が討ち取られた事で戦意を失い、実にあっさりと敗走した。 それは、開戦から一時間もたたぬうちの出来事であった。 次に、防御陣を突き破ったランスは進路を右に転じ、武田家部隊に襲いかかった。 今度はやや上方からの突撃であり、ランス側の騎兵に勢いがついていたが、武田側もそれに備えていた為、双方とも被害が甚大になる……と思われたが、わずかに先行したランスが槍衾の穂先を瞬く間に切り落として突破口を開いてしまった事が明暗を分けた。五十六が指揮する弓隊の攻撃が守備陣の後背から襲って来る事もあって、一度開かれた突破口は決壊するダムのように見る見るうちに広がり、遂には武田家の本陣までが騎馬の濁流に飲み込まれた。 馬に踏み潰されたとみられる武田家当主の死体は、個人の判別が不可能なまでに損壊してしまっていた。 これ以上無くスピーディーに撃破された他家の部隊を見た上杉家の当主は、これは駄目だと見切りをつけて逃げ出した。供回りの数十騎だけを連れた情け無い格好で。 頭を失った残りの兵は、他家の軍勢と共に算を乱して逃げ出した。 しかし、彼等の不幸は終わってはいなかった。 彼等が逃げる先……地形と軍の配置から自ずと一方向になる……に待ち受けていたモノが、その姿を現わしたのだ。 それは、悪夢の具現であったのかもしれない。 現実化した百鬼夜行。 昼だけど、百鬼夜行。 それ……三千もの数はいようかという魔物の軍団は、先頭に立つ大柄な墨染めの男が棒を一振りしたのに応じて一斉に押し寄せてきた。 敗走兵と逃走兵とが混じり合う、天志教軍だった生け贄たちに向けて。 一足先に逃げ出した連中の骸を貪りながら。 ……上杉家の当主は、結局、この戦いで行方不明になり、家名が途絶えてしまったのだが、これは単なる余談でしかない。 ともかく、状況がこうなってしまっては魔物軍とランスの騎兵隊に挟まれた天志教軍の兵達の命運も尽きたかと思われた。 その時、伏兵となっていた七緒の部隊が隠れ場所である森から打って出て、ランスの騎兵部隊の側背を突いたのだ。未だ森に隠れている呪術士部隊の援護の元、決死隊と化した足軽部隊の活躍により、騎兵の足が鈍り包囲の鉄環が崩れた。 これによって、少なくない数の人間が逃げ出せたのだが、その代償は…… 「ええい! お前らは先に行け! 足を止めるな!」 「し……しかし……」 「しかしもかかしもあるか! いいから行け! 俺様の邪魔をするな!」 騎兵部隊の先頭を走っていた大陸風の緑色の甲冑を着た男が、騎兵部隊の隊長らしい武者に一言告げると、自らは足を止めた。後続の騎馬達はランスを必死になって避け、本来の目標である正面の敵への攻撃を再開するべく駆け出す。 彼等全員が通り過ぎた後には、“敵”がランスの前に現れた。 手にしているのは粗末な武器、人数も百人と少数ながら、それは確かに敵であった。 彼等を率い、先頭に立つは黒髪の眉目秀麗な女武者。 彼女の両脇は、足軽にしては上物過ぎる装備を着けた槍使いと、道着一着を羽織っただけの少女が固めていた。 いずれも美少女。 いずれも手だれ。 その三人を見たランスの機嫌は目に見えて良くなった。中央に立つ女武者が、先日の戦いでゲットし損ねた美女の武将だったからだ。 『ん……何か、どっかで見た事があるような気も……まあいい。』 彼女等の姿に軽い既視感を覚えながら、ランスはゆっくりと歩み寄って行った。 少なく見積もっても百人以上は斬り殺している筈なのに、刃毀れどころか血脂一つ付いていないピンク色の魔剣を片手に構えたままで。 「がはははは、中々やるなお前ら。どうだ、俺様の女にならないか?」 よく通る大音声で、堂々とのたまうランス。それを聞いて後ろの二人は頬を赤らめたものの、全然その気はなさそうに見える。先頭の女武者……七緒も眉が僅かに動いたぐらいの反応しかしなかった。悲しいかな、女の身で武士なんかをやっていると、そんな事はやめて自分の女になれと言う輩が掃いて捨てる程に多くて否応無しに慣れていたのだ。 「お断りします。」 七緒は、自分でも冷たいなと思う口調になった事に驚きつつも刀を正眼に構えた。 「ほう。」 その構えが極めて実戦的な事に改めて感心する。効果的に脱力した構え……余計な力みのない自然体とでも云うべき構え……であったからだ。キチンとこの構えが出来るという事は、並みの戦士なんぞ及びもつかない技量を持っている事を意味している。 対するランスの方はというと、剣は適当に構えていて、一見したことろ隙だらけに見えるが、三人の少女達は誰も攻め入る隙を見出す事が出来なかった。 じりじりと三方から囲むように移動するが、それでも勝てる気がしない。 「お前らが俺様の女になれば……そうだな、降伏するのを許してやろう。」 「「「なっ!」」」 これは名案だと言いたげな顔で、とんでもない事をのたまうランスに絶句する三人。しかし、彼女らを追い立てる要因までがやって来てしまった。五十六の弓隊と護衛の騎馬部隊である。 これに対し、彼女らの頼みである呪術士部隊は、さっきから謎の沈黙を続けていた。 「ならば、この場で貴方を倒せば済む事です!」 追い詰められた七緒は、遂に口火を切った。それに合わせてあかねと春菜も別々な方向からランスに突っ込む。 一息に三回繰り出された槍の突きをかわし、背から腎臓を狙う拳を左掌で受け止め、右手の魔剣で面割りを狙う剣尖を逸らす……口で言うのは簡単だが、尋常な技量では不可能な事をやってのけたランスは、手を受け止められた事を逆用して合気の要領で体勢を崩そうとする春菜を掌から流し込んだ魔力で金縛りにかけてから、あかねに向かって無造作に放り投げた。あまりに意外な力技に驚いたあかねが回避に失敗して諸共に転がるのを横目で見ながら、素早く立て直して再度の斬撃を送り込んで来た七緒の剣尖を弾く。 「がははははは、そんな技量じゃ俺様は倒せん!」 「くっ。」 「それに、見ろ! もう時間がないぞ。」 ランスが指した先には、後方に控えていた山本家軍の後詰、騎兵五百騎が七緒が率いて来た足軽部隊の間近にと迫って来ているのが見えていた。 五倍の数の騎兵と十倍の数の弓兵に襲いかかられて平気な歩兵部隊などというものは、古今存在した例が無い。この時も、また例外では無かった。 いや、間に合わせの武器しか持たない彼等が精鋭の騎兵の突撃を受ければ、どうなるかは目に見えている。わずか一分のあいだ持たせるのですら至難の業であろう。 「わかりました。降伏……致します。」 苦渋に満ちた表情の七緒を機嫌良く見やると、ランスは良く通る声を張り上げた。 「がはははは! 良し! おい、攻撃中止だ! 降伏を呼びかけさせろ!」 ランスの命令は、即座に(フェリスの助けによって)戦場の隅々まで響き渡り、両軍の兵達は次々に武器を置いていった。 ひとまずは戦闘は終了し、天志教軍の本軍は撃滅された。だが、天志教にはまだ戦力が残されており、戦局はまだまだ予断を許さない。古今、このような状況から大逆転した逸話には事欠かない事が、それを証明している。 天志教側が不利になった。 それだけは確実であった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 結局、天志教軍の三家の連中は名前も出てきませんでした。タイトルにもなっているというのに(笑)。……いや、別に著者は武田・上杉・北条が嫌いな訳じゃないです。ただ単に、活躍させると長くなりそうで嫌だっただけで(笑)。 当然ながら、実在の人物などと関係は全くございません。 |
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