鬼畜魔王ランス伝

   第57話 「罰当たりな激闘」

 あまりの強行軍に兵を出発時の半分…四百…ほどに減らしたランス軍は、富士山麓にある天志教の総本山の石段の下へと到着した。
「五十六、ムサシボウ、この寺を囲め。」
「ハッ。」
「わかりました、ランス王。」
 二人に言い置いて一人境内に向かう。手に魔剣を携えて。
 しかし、常なら彼の影に控えているはずの気配がない。
「今回は、フェリスもかなみもいないんだからな。ドジるなよ。」
「はい、ランス様。」
 右手に構えた桃色の魔剣に話しかけると、一生懸命さが言葉の端々から伺える声がランスに答えた。それを確かめたランスは、両足に力を込めて走り出した。
 石段を塞ぐように現れる敵の僧兵の集団を切り裂いて道を無理矢理作り、速度を落とす事なく駆け抜ける。最後の精鋭守備隊なのだろうが、その気になったランスを雑兵程度で止められるものではない。
『俺様を止めたいなら、ゲイシャガールの部隊でも寄越しやがれ。』
 そう、心の中で毒づくが口には出さない。本当に寄越されると足止めされてしまかねないからだ。それは、ちょっとだけ困る。
 閉門している門扉を両断し、殺到するむさくてごつい坊主どもを右に左に切り捨てて、ランスは一番大きいと見えた建物に土足で上がりこんだ。血刀を手に携えて。
 その建物……本堂……の床には何か複雑な模様が描かれ、奥には何人かの高僧が待ち構えていた。その中の一人が、殊更に憎悪に満ちた視線をランスに注いでくる。
「薄汚い冒険者から魔王に成り下がった教敵ランス! 私、アーチボルトが貴様と愚弟の為にハゲにされ、愛しき女の子モンスターから『ダサい』と見捨てられたというのに、貴様は女の子モンスターにモテモテの魔王になっただと! 許せん! あの時、卑怯にも邪魔された我が最強最大の秘術で貴様を葬ってくれるわ!」
 口を滑らせてなのか、怒り心頭に達して私情丸出しの暴言を吐きまくる元エンジェル組支部長アーチボルト……いや、天志教の坊主の砲裏の発言は、同僚の僧侶だけでなくランスの動きまで止めた。
 呆れ……で。
 ついでに言えば、天志教の僧侶は私闘を許されていない。砲裏の発言は、その限界ギリギリを踏み越えそうな発言ではあったのだが、呆れが先に来たせいか誰もそれを指摘する者はいない。
 一息で言い切った砲裏がゼイゼイ息を整える音だけが本堂に響いていた。他の者は動けなくなったのか、それとも動く気が起きないのか、全く動かない。
「卵 卵 卵 卵 本 本 本。」
 しかし、砲裏が呪文の詠唱を始めると、皆真剣な顔に戻った。ランス一人を除いて。
「鯉 鯉 鯉 臭 臭 臭 臭 酢 酢。」
 本堂の床一面に描かれたJAPAN様式の魔法陣……曼荼羅……も、呪文に呼応して光を放ち始める。
「蛇 蛇 蛇 兎 兎 兎 兎…。」
 以前に使われた時は、ランスは魔法陣の一部を踏み消して術を破ったのだが、今回はまるで動こうとしなかった。動けないのではない。明らかに動く気がないのは、今にもあくびの一つも出てきそうな風情で分かる。それを見て取った砲裏の呪文の詠唱に一段と熱がこもる。
「世 世 世 世 母 祢 歯!!」
 そして、召喚包囲陣が完成する。それを見た砲裏以外の四人の高僧は、封印術の詠唱を開始する。かつて魔人ザビエル……信長の魔人としての正体……の身体を分割封印する事に成功した実績のある術を、だ。
「いでよ、おろちっこ!」
 高らかに、召喚呪文を締めくくる呪言を吐いた砲裏。
 しかし、眼前にはにやにや笑う魔王ランスがいるばかりで、一向に呼び出したモノが出て来る気配はなかった。
「がはははははは、そんなものがお前らの切り札か。残念だったな。」
 予想通りの展開に、ランスの口から思わず笑みが漏れた。そうと表現するには少々抵抗がある高笑いではあるが。
「くっ、何故だ……何故出て来ない“オロチ”。私の呪文は完璧なハズだ。」
 それを見て悔しそうな顔をする砲裏。いささか顔色が青くなっている。
「あいかわらずアホだな、お前。そんなの俺様が先にオロチを退治したからに決まっているだろ、がははははは。」
 そう、寺に伝わる伝説の召喚呪文と封印術のコンビネーションアタック。かつて魔人ザビエルを封じた無敵の連携攻撃は、あっさりと破られてしまっていた。
「ば、ばかな! 神獣オロチを……」
「さて、覚悟はいいな。ラ〜ンスアタック!」
 本堂の床の中央に炸裂した闘気の爆発は、その場にいる全員を壁に叩きつけて気絶させた。勿論、技を放った本人であるランスは除くが。
 この一撃によって、天志教最後の実働戦力は壊滅した。


 魔王軍占領下の人間領の新たな軍制では、旧ヘルマン軍を中心としたヘルマン地域治安維持軍(略称ヘルマン軍)と、旧リーザス軍を中心としたリーザス・自由都市地域治安維持軍(略称リーザス軍)という二つの軍が魔人マリスの下に創設された。
 魔王軍侵攻の際の戦死者や負傷者、母国が魔人に降伏した時に辞職した者、ALICE教が魔王ランスを教敵に認定した際に離反した者などで兵士の総数は減ったものの、それでもヘルマン軍は2万3千、リーザス軍は1万2千を保有していた。
 だが、兵士はともかく第一線級の将軍の数が全然足りない。
 戦死したり、離反したり、隠居したり、ランス直属に引き抜かれたりで、有力な将軍の過半数以上が軍にいなくなってしまったのだ。なお、バウンドやソウルが率いていた盗賊部隊などの不正規部隊は、ランスがリーザスを出奔したのを機に解散させられていたが、これはあくまで例外である。
 結局、リーザス正規兵やヘルマン装甲兵などの精鋭部隊を実働部隊とし、他の一般兵を警備兵や護民兵などとする処置が採られる事となった。
 こうして生まれた新生ヘルマン軍とリーザス軍の当面の敵は、ALICE教に扇動されて各地で蜂起した暴徒集団と神出鬼没のテンプルナイト達であった。
 ヘルマン地域では、闘神都市を使って街々や人々を焼き払ったのがゼス王国とALICE教だと正しい報道がなされた事、戦災で荒廃した街々や焼け出された人々の復興支援が魔王ランスの名で行われた事、教会に救済を求めた人々の多くがすげなく追い返された事などからALICE教が市民の反感を買い、暴徒の反乱は下火になっていた。
 だが、そんな事が起こらなかったリーザス領内や自由都市地域では、相変わらずALICE教は猛威を振るい、いくつかの都市を占拠し続けていた。

 という訳で、旧リーザス領内ではALICE教の暴徒に占拠された街々を奪還する作戦行動の一環として、バレス率いる黒軍2000が反乱したALICE教徒の拠点オークスに迫っていた。バレス部隊のみの単独行動ではあるが、ALICE教は襲撃する時は大挙してやって来るくせに、占領地の守備は僅かな数の狂信者が守っているだけだったので、今までの奪還戦では犠牲者がほとんど出ていなかった。
 しかし、楽な戦いもここまでだった。
 反乱の扇動者の情報を追ってここまでやって来ただけあって、眼前の街オークスから出撃してきた敵は、AL教のテンプルナイト2000とかなりの数の暴徒達だった。
「ぬう、だが退けん! ランス王とリア様と……民の為に! 民を惑わし戦わせる輩の暗躍など断じて許せん!」
 民を護る為の騎士達と、神の法に盲従する聖堂騎士達は、広い平原で真正面からぶつかり合った。口先三寸で扇動され、あり合わせの武器を手に進む群衆たちは、そんなバレス部隊の背後を衝くべく回り込もうとする。戦闘訓練をロクに受けていない暴徒であれ、ほぼ互角の戦力を有する敵と戦っている最中に側背を衝かれては致命傷になりかねない。
 バレスは、致命傷を避けるために陣を固めて守勢に転じた。
 かさにかかって攻める敵の圧力に耐え、敵の攻勢の限界点を見極める為に。


「久しぶりですな、ランス殿。」
 もはや逆らう者もいない寺の境内を責任者を探して歩くランスは、不精髭がボウボウに伸びた禿頭の男に慣れ慣れしく話かけられた。
「誰だ、お前。」
 自分より10cmほど背が高いその男に、ランスは覚えがなかった。
「つれないですなぁ、そんな……おわっ!」
 近付いて来た男の鼻先にシィルを突きつける。しかし、相手が微妙にステップバックして間合いを外していたのをランスは見逃さなかった。もし、僅かでも下がらなければ切先が鼻を浅く傷付けていただろうから。
「拙僧は言裏ですよ。覚えてはおりませんか?」
「俺様が男の名前などいちいち覚えてる訳ないだろ。……シィル、お前覚えているか?」
 ランスが言裏に突き付けたままの魔剣に質問する。
「いえ、覚えてないですぅ。」
「なら、騙りって事だな。」
 シィルの返事を聞いて軽く剣を振り上げるランス。……有体に言えば眼前の胡乱な坊主を斬り捨てようとしたのだ。
「あてな殿やキサラ殿とエンジェル組の支部を一緒に潰した仲ではないですか。忘れておられるとは悲しいですのう。」
 その台詞は、間一髪で剣が振り下ろされるのを止める事に成功した。
 そう、その時の冒険ではシィルは裏方で暗躍していただけだったので、言裏の名前を知らなかったのだ。不精髭で面相が変わっていたのも彼には不利に働いたのだが、どうやら弁明は間に合ったらしい。
「ああ、あのエロ坊主か。」
 やっと、男の事になると途端に記憶力が鈍くなるランスの頭脳を刺激して、かすかな記憶の片隅から言裏の事を掘り起してもらう事に成功したのだ。
「お褒めいただき光栄でございますな。」
 やっと思い出して貰えて破顔する言裏であったが、
「汚い顔近づけるな、しっしっ。」
 とまで言われては、流石に少々傷付いたようだ。
「ところで、何の用だ?」
 用もないのに呼び止めたのなら、やっぱり叩き切ると無言で主張しているかのような凶悪な視線にも関らず、言裏は涼しい顔をして答えた。以前にも、たいして意味もなくキックされたりしていたのでランスの性格を多少は知っているのだ。この程度の反応では、まだ安全圏なのだという事を。
「はっ、実は拙僧はランス殿に近いという事で投獄されておったのですが……」
 普段の素行でも反省房に入れられそうな男ではあるが、それはこの際置いておく。
「この度、我が寺が降伏するにあたって拙僧に交渉役をやれと仰せつかりましてな。」
「交渉役か……という事は、こちらが出した条件は全部飲むという事だな。」
「無理な条件でなければ、ですが。」
「ようし、わかった(いざとなったら、言裏を斬って知らん振りするつもりだな。まあいい。それならそれでやりようはある)。」
「では、客間にでもご案内しましょう。」
「ああ、その前にお前は風呂に入れ。その後で集められるだけ人間を、そうだな……あの建物にでも集めろ。俺様の条件はそこで出す。」
 ランスはさっき坊主達と戦った場所……本堂……を指差して言った。
「わかりました。では、後ほど。」
「おう。」
 そして、ランスは今回の襲撃の成果を確かめるべく、いったん自軍の本陣に戻る事にしたのだった。
 意気揚々と引き上げるランスの背中に、憎々しげな視線が幾つも突き刺さるが、そんなものはランスの知った事ではなかった。
 恨めしげであろうが、憎々しげであろうが、ランスにとって野郎の視線などはどうでも良い事であったのだから。


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 今回、ランス4.1や4.2を知らない人には分かり難い話かも知れません(笑)。
 なお、オロチ召喚+封印で魔人ザビエルを封じたってとこはオリジナルですが、オロチを召喚する呪文は実際に登場しています。その時はランスに邪魔されてハニーが出て来ましたが(笑)。
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