鬼畜魔王ランス伝

   第58話 「天志教制圧」

「がははは、久しぶりだな香。ちゃんと綺麗にしてたか。」
 香は、目覚めた時に自分の眼前にいた人物を目にして息を詰まらせた。
 それは、出家して寺で静かに父・信長が殺した人々の菩提を弔って生きる最近の日常には存在しないはずの人であったのだから。
「ランス様、どうしてこのような所においでになられたのでしょうか?」
 忌まわしく感じていた異形の左手。
 夜毎に自分を訪れる悪夢。
 そんな自分を無条件で受け入れてくれたランスに対しては好意を抱いていた。
 だが、だからこそ香はリーザス城には残れなかった。親友の五十六が彼女を引き止めてはくれたが、五十六もランスが好きな事を知っている上、そんな状況に甘んじていては父の犯した罪の償いにはならない。そう考えての出家であったのだが。
「がはははは。それはな、お前を迎えに来たからだ、香。」
 ランスの台詞は嬉しいが、困る。思わず流されてしまいそうな自分の心を必死で抑えつける。
「私を、ですか。」
 さっそく自分の身体をまさぐり始めたランスの手に反応して全身に痺れるような感覚が走るのにも何とか抵抗する。
「おう。俺様の女が勝手にいなくなりやがって。おかげで色々苦労したじゃないか。」
 副産物は色々ゲットしたが、それはおくびにも出さない。
「そ……それは……ああっ……」
 感じ易い香の身体は、早くも本人の理性を裏切りランスの手の感触に酔いしれ始めた。元々心のどこかでランスを求めている気持ちもないではないので、彼女の抵抗力は非常に脆かったのだ。
 そして、そのか細い理性の鎖もランスの言葉が一刀両断した。
「俺様にお前の力を貸せ。俺様と民の為に。」
 その言葉と身体に分け入ってくるハイパー兵器の圧倒的な力感が香の意識を飛ばした。
「よし、出る……うっ!」
 その瞬間、もはやお馴染みとなってしまった感触がハイパー兵器を逆流した。

「くすくす、色々ちまちまやってる。おもしろ〜い。」
 ペシペシ尾で空を叩いて笑っているのは、お馴染みになってしまった白クジラだ。
「今度はどんな事やるのかな。今度の魔王は何やるかわかんないから面白いや。」
 熱心にどこやらを見ている。
 どこかの洞窟の大空洞で。

 そこで、ランスと香、二人の意識が戻った。
「ごらんになられましたか、ランス様。」
 顔面を蒼白にして訊ねる香。
「おう、相変わらずだな香。」
 変わらぬ不敵な笑みを浮かべるランス。態度の差こそあれ、二人は自分達が同一のモノを見た事を悟っていた。以前と同じように。
「はい……」
 香の顔が幾分か曇る。まあ、無理はないだろう。幼き日より神の残酷さを目の当たりにし続けていたのだ。ランスがそれを知るまでは誰にも相談できずに。
「てな訳で、お前も欲しいが、お前のその能力も欲しい。お前は俺様の為に、お前の能力は民の為ってヤツだ。俺様と共に来るか?」
 しかし、今のランスの言葉は彼女に別の視点を与えた。彼女が嫌悪するこの力こそが贖罪に役立つのだ。自分が好意を抱いたこの男に付いて行く事が、身を委ねる事が民の為になるのだと。
 その言い訳を与えられた香は遂に折れた。
 自分には幸せになる権利がないと思い決め、何が何でも折れまいと心に誓っていた彼女ではあったのだが、結局はランスに弱点を的確に突かれて陥落した。
 それは、彼女にとっては幸福に繋がる道であった。
「ところで、香。このハイパー兵器をお前の手と口で鎮めろ。このままじゃおさまりがつかん。」
「すみません、どうやればいいのでしょうか?」
 ……多分。
 という訳で、自分を囮にしてかなみに香を拉致させたランスは、自軍本陣の陣幕内で香の篭絡に成功した。それは、天志教本部が陥落してから1時間も経たぬうちの出来事であった。


 優勢な数の敵を前に、陣を固めて守勢に転じたバレス部隊2000であったが、直ぐにそれは大げさな対応であった事が判明した。敵、テンプルナイトは500人規模の部隊4つがてんでバラバラに攻撃して来るだけであったし、暴徒の群れは戦術的に弱いところも見抜けずに統制の取れない突撃をかけて来るだけであったのだ。
「第3大隊、左翼から来る暴徒を止めろ。第1大隊、第2大隊は突撃して来たテンプルナイトを1部隊ずつ包囲して殲滅。第4大隊は他のテンプルナイトの牽制を行う。何か質問は? …………かかれ!!」
 同じ500人規模4個大隊とはいえ、頭にバレスのような将軍を頂き有機的な連携を見せるリーザスの精鋭部隊と、個人個人を見れば勇敢で結構強い騎士とはいえどバラバラに攻め寄せるテンプルナイトでは格が違った。
 当然ながら、ろくに統率も取れてないどころか、ちゃんとした訓練すらしていない暴徒如きでは1500人近く集めたところでバレスの築いた堅陣が突き崩せるハズもない。
 しかし、そのような見極めも出来ない宗教という麻薬に精神が侵蝕された連中は、精神論を大上段に振りかざして全員が玉砕するまでバラバラな正面突撃を止めなかった。
 扇動者のALICE教幹部パルオットを除いて……。


 剣菱党のクノイチ、愛は迷っていた。
 眼前の状況を把握するのに戸惑っているのだ。
 明らかに敵陣内にいる七緒たちが武装しているのは、まあ敵に篭絡されたと見て良いだろう。しかし、武装していない真朱をはじめとした三人が拘束されていない様子なのが解せない。特に、ぬへの篭目は元々素手での戦いを得手としていたため、あの状況では武装解除した事にすらならない。
 それでも彼女達が大人しくしているのには、何らかの訳があるに違いない。
 そこまで考えたところで、彼女の足は反射的に後ろに飛んでいた。
 根拠などない。単なる勘だ。
 しかし、物音を立てないように気にし過ぎたのが敗因となった。
 隠れ場所の茂みの中からの跳躍ゆえに、小枝を折る音で気付かれるのを恐れる余り若干ジャンプする距離が短くなってしまったのだ。
 彼女が一瞬前にいた場所の足元から噴き出した黒い投網は、茂みの木々を透過して地面に溶けていった。彼女に引っかかった部分だけを残して。
 後悔したところで既に遅い。
 自決する事すらかなわぬほどに強力な金縛りが全身を縛めているからには、何をしたところで手遅れでしかない。
 それに……
『もしかしたら、この状況の謎が解けるかもしれませんわね。』
 これもただの勘でしかなかったのであるが、愛はこの後に及んでも未だ自分が致命的な事態に陥ってはいないと感じていたのだ。
 黒い投網を追いかけるように地面から忽然と現れた、緑の髪で緑の服を着ている悪魔が現れた時にも、その感覚は何故か崩れなかった。自分でも理由は良く分からないのだけれども。


 床の真ん中に大穴が開いた本堂の中、一段高くなった場所にランスは五十六ひとりを随行として従え、ゆっくりと歩き着いた。
 既に待ちくたびれた大柄な坊主どもが床一面に正座している本堂の中は、冬だというのに人いきれで少々暑いぐらいであった。ちらほらと小坊主や尼なども混じっているのは、言裏がランスの言葉を額面通りに受け取った証だろう。
 ランスは気分良く聴衆を見回し、さっそく本題に入る事とした。自分で命じた事とはいえ、男臭くて息苦しい場所に必要以上に留まるのは御免被りたいからである。
「がはははは、良く聞けお前ら! お前らは俺様に負けた!」
 ここで一旦言葉を切る。やり場のない怒りが聴衆の間で膨らむのを心地良く見ながら、ランスは発言を続けた。
「まあ、お前らみたいな凡人が天才の俺様に負けるのは当然だ! がはははは。そこで、お前らにチャンスをやろう。」
 一呼吸置く間に、聴衆の雰囲気が変化するのを堪能する。さて、この連中が次の発言を聞いてどういう反応を返して来るか……という期待で胸を膨らませながら言葉を繋ぐ。
「今回だけは、お前らの責任はチャラにしてやる。」
 一瞬、誰もが何を言われたのか理解できなかったようだ。
 静まりかえった本堂が息を吹き返した時、そこに満ちているのは美味過ぎる話に隠された毒に対する猜疑の視線だった。
「ただし、これから俺様が出す条件を承知すれば……だ。」
 皆が「そらきた!」という顔になった。それを見やりつつ、ランスはにやにやと笑っている。
「ランス王、いったいどういう条件なのですか?」
 どうやら、その手の質問を待っていたらしい。ランスは、傍目から見ても良い機嫌のままで答えた。
「がはははは、良い質問だな五十六。じゃあ、特別に話してやろう。」
 どこが特別なんだか……と、げんなりしながらも聴衆たちは耳をそばだてた。
 自分達に対する処分の言い渡しであるのだ。気にならない訳がない。
「今後、俺様に実力で立てつくのは当然禁止だ。ケンカを売って来るのは勿論、仕事をサボったりするのも禁止だ。まあ話し合いぐらいなら応じてやってもいいが。」
 この辺は当然の処置だ。
「俺様にケンカを売る連中が現れた場合、実行者や責任者だけじゃなくて、そそのかした連中も処分する。当たり前の事だな。がははははは。」
 これは、天志教がランスを教敵と認定している限り、天志教の信者が混じった武力蜂起が発生した場合に責任を追及されるという事である。……ただし、裏を返せば武力蜂起さえ起きなければ、幾ら口で「教敵ランスはけしからん」と言っても処罰されないという事を意味しているのだが。
「次に、俺様に協力したいって天志教の信者や僧侶がいた場合、それを認める事。また、僧侶が俺様に協力する場合には、僧侶をやめる事と僧侶のまま協力する事のどちらでも選択できるようにする事……だ。」
 これは、天志教への協力要請に近いものであったが、あくまでも“自発的”に協力する人間への便宜を計るようにとの通達である。もっと強引に協力させられると思っていた聴衆たちは拍子抜けしたが、まだまだ油断はならじと気を引き締める。
「以上だ。これを守っている限り、俺様は何も言わん。」
 だが、そこで宣告は終わってしまった。
 その為、聴衆たちが入れた気合いはすっかり空回りするハメになってしまった。
 ランスが提示した条件の中に、これといって受け入れ難い条項がなかったからである。
「それだけですかな、ランス殿。」
「ああ、それだけだ。教義やら何やら面倒な事に口出す気もないしな。俺様に逆らわなければ、何を拝んでいようが全然かまわん。がはははははは。」
 言裏の念押しに笑って答えるランスの姿がとてつもなく開けっ広げで、誰も深く追求する気になれなかった。
 しかも、ランスが提示した条件は、天志教にとってもそれなりに有利な条件であった。
 人員や労力、資金などでの賠償を請求されてはいないのだ。
 最悪、教義の変更や監督官の受け入れすら求められるのではないかと危惧していた天志教側としては、寛大過ぎる程の条件であった。
 当然の流れとして、ランスの勧告を即刻受諾する事になった。

 もちろん、これは、ランスにとっては必要充分な戦果である。


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 今回は、JAPAN編の最大の目的であった香姫の話……のハズですが、色々別のエピソードが乱入して来ています(笑)。
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