鬼畜魔王ランス伝

   第59話 「開封儀式」

 天志教との和議が成立した事で大阪の街へと引き上げる山本家軍。
 その軍中には、捕虜となった娘達8人と還俗した香姫もいた。
 当然ながら、魔王ランスも……である。
 なお、ランスの側には若くて綺麗な娘がたくさんいると言う事で付いて来たがった言裏は寺に残され、魔王側と天志教との折衝を務める事に相成った。


「探せ! 敵の指導者を探すのじゃ!」
 バレスは、戦場で討ち漏らしたAL教幹部を新たに占領したオークスで探させていた。
 そいつを逃がしては、いくら雑兵を片付けたところでキリがない。
 だが、緒戦のうちに情勢不利と悟って一人で逃げ出した卑怯者は、なかなか居所を掴ませようとはしなかった。
 何故なら、ここの指導者であったAL教幹部のパルオットは、さっさとオークスを見捨て、ハンナの街に向かって遁走していたからである。
 バレスがその情報を入手した時には、既にかなりの時間が経過していた。
 再び捕捉するのが困難になるほどの時間が……である。


 今回の戦役での山本家側の死者は六百人あまり。負傷者も千二百人を超えるという有様であったが、天志教側も動員した農民兵の半ば以上である五千四百人ほどが犠牲となっている。ランス側の援軍として参戦した魔物軍にいたっては、生き残ったのは戦役に参加した三千体の1割に満たない三百弱でしかない。
 これだけでも、いかに激しい戦いだったか知れようというものだ。
 それでも、勝利した山本家の武者たちの顔には笑みが浮かんでいた。
 主君の五十六の夫であるランスが、信長のように無用の殺戮を撒き散らす人物ではなくて、必要最小限の犠牲で事を収めたのを目の当たりにしたからである。
 既にJAPANの次期君主がランスと五十六の間に生まれる子になるとの風聞も流れており、JAPAN武士のランスに対する風当たりは強くなかった。……いや、むしろ好意的であったと評した方が適切だろう。ランスの女好きに関しても、複数の妾を抱える事も珍しくないJAPAN大名の風習から、たいした問題にされなかった。せいぜい「陣中に女を連れ込むとは…」程度の陰口が叩かれるぐらいではあったが、ランスの実績と実力がそういう批判の声を封じ込めていた。
 なんだかんだ言ったところで、ランスが来なければ山本家軍は負けていたのだ。
 それが分からぬ程に無能な者は、五十六の配下にはいなかった。
 どう見てもランスが来てから五十六は嬉しそうに振舞うようになった。
 それを喜ばぬ者は、五十六の配下にはいなかった。
 だからこそ、彼らの顔には笑みが浮かんでいるのだ。
 苦労して得た平和を噛み締めるように。


 暗き堂の奥。
 奥の院に隠された洞穴の奥底で、
 天志教の僧衣をまとった何者かは
 光り輝く翼を持つ天の御使いと対面していた。
「天志様、我々の力が及ばず申し訳もございませぬ。」
 その紫色の僧衣をまとった老人は、他の者には決して見せぬ卑屈な態度で平伏し、許しを乞うた。
「この次は、この次こそはにっくき人類の敵、魔王めとそれに従う裏切り者めらに天誅を下して見せまする。ですから、何卒、何卒、我等に御力を御貸し下されませ。」
 地に額を摩り付ける大僧正を無感動に見やると、天の御使い…エンジェルナイト…は感情のこもらぬ淡々とした口調で厳かに告げた。
「良い。此度の事は仕方なし。次なる指示を待て。」
 それだけを告げると、エンジェルナイトは虚空に消えた。
「天志様、寛大な御言葉有難うございます。」
 暗き洞穴を僅かに震えさせる礼の言葉すら聞かずに。


 大阪に着いたランスは、戦の事後処理を五十六に任せて、8人の捕虜と共に自分に割り当てられた離れの建物に向かった。
 勿論、京姫の開封作業にかかるためである。
 そこで、彼女らは9人目の仲間、真っ先に囚われの身になっていた剣菱このはと合流する。ランスが説明する手間を省く為の処置だが、縛られもしていない状態で引き合わされた事にこのは自身が一番当惑していた。
 いや、この場にいる者で物理的に拘束されている者など誰もいない。
 七緒に「大阪に着いた時点で京姫の開封についてランス殿から説明がある。」と聞かされていた事が彼女たちの行動を縛っていたのだ。
 それは、彼女達が自ら選んだ使命であり、悲願であった。
 故に、彼女達はランスから事の真偽を問うまでは動きようがなくなってしまったのだ。
「がはははは、良く来たな。」
 半ば無理矢理こんなところに連れて来たのはそっちではないかとのツッコミは取り敢えず飲み込む。皆、先が聞きたいのだ。
「さて、この封印だが……」
 七緒に預けてあった京姫が封印された宝珠を光に透かすランス。その中には、眠るように凍りついた姫の姿が垣間見える。
「ただ封印を解くだけなら、俺様だけでも何とか出来る。まあ、結構手間だがな。」
「それなら、さっさと始めてもらおうではないか!」
 ランスの軽口にも聞こえる説明にキレかけて詰め寄る真朱。いい加減ここまで説明を引き伸ばされてのこの台詞であったのだから、堪忍袋の緒が危うくなったのであろう。
「まあ、待て。このまま封印を解くとマズイ事態になりかねなくてな。」
 封印の方か、はたまた、皆に取り押えられている真朱を見やってか溜息をつくランス。そんなランスの態度に皆にも不安が広がる。
「どうやら、宝珠に封印されている間に結構な量の生気を吸われているらしくて、封を解いた途端に死んでしまいかねん。まあ、この生気の量からいくと封印されているままなら大丈夫だろうが、もうちょっと吸われてたら封印されたままでもヤバかったな。」
 ランスの言葉は、彼女らの不安を更に深めた。
 場がシンと静まりかえる。
「てな訳で、本来の術式のまんまで封印を解除したら京姫の生命がヤバイ。そこで、お前らの力を貸せ。」
 と、ランスが発言するまでは。
「ランス殿! 何か方法があるのですか!」
「そうならそうと早く言ってよ!」
「ね〜、どんな方法ですの〜。」
「……なに。」
「どんな方法だ! 教えろ!」
「いかな方法ですか、ランス殿。」
「あら、どういう方法ですの?」
 思わず状況も忘れて殺到する少女達に鼻の下を伸ばしながら閉口し、
「それを今から説明するんじゃないか。おとなしく聞いてろ。」
 と言うと、皆スゴスゴと引き下がった。
 しかし、目が爛々と希望に輝いている。
 さっきまでの静まりかえっていた彼女らとは目の輝きからして違う。
「お前らから生気を吸って、封印されたままの京姫に注ぎ込む。そうして死なない程度にまで回復させてから開封すれば問題ないって訳だ。」
 理屈からいくと単純だが、理にはかなっている。
 ランスにそういう能力があると仮定するならば、文句のつけようもない策である。
「てな訳で、俺様に力を貸そうってヤツだけ残れ。あとは帰っていいぞ。」
 そこまで言われて帰れるハズもない。
「我々の生命が危険になるという事はないのですか?」
 という質問に、
「がはははは、俺様が可愛い子ちゃんを危険にさらす訳はないだろう。」
 との明快な返事が返ってきた事で9人の腹は決まった。まあ、成功の目算さえあれば、自分の身は危険でもかまわない人間は多かったのだが、危険でないに越した事は無い。

 そして、その結果“8”人を相手にランスのハイパー兵器が大暴れする事になったのである。
 最後の一人である篭目に手を出さなかった理由は、別に彼女が人工生命体だからという訳ではない。ただ単に外見年齢が12歳ぐらいという彼女にランスのハイパー兵器が反応しなかったに過ぎない。
 それでも、性的快楽に高揚させられた乙女たちの生き血は吸血鬼としての属性を持つ魔王ランスに多大な力をもたらした。
 それで得た力を生命力へと転化して、惜しみなく封印に囚われた京姫へと注いでいく。弱った彼女が受け止められる程度に慎重な加減を加えながら。


 ゼスにとても貧相な男がやって来た。
 虚弱体質で痩せてガリガリ、背丈も低い。
 そして、なにより、全身から卑屈さが滲み出てるオーラ。
 そんな自分を、そして世界を憎むかのような小暗い色の瞳を牛乳瓶の底のようなレンズの眼鏡の奥に隠して。
 彼が何よりも憎む屈強な騎士達、AL教のテンプルナイトに護衛されながら。
 男はやって来た。
 誰よりも憎いあの男、ランスに復讐する為に。
 イラーピュがまだ空にあった時、いつものように“よっちゃんの店”をドアから覗いて幸せに浸っていた彼を邪魔者扱いして脅したのが最初だった。その憧れのよっちゃんは、何時の間にか店ごとランスのものになっていた。
 悔しい。
 いつもいつも自分を馬鹿にするヤツラから、ランスが一歩抜きん出た瞬間だった。
 その後も、ようやく根回しで得た闘神都市の市長としての座を、リーザス王国の戦力を以って台無しにしてくれたという事件があった。この時、彼が対処法が分からずに雲隠れした事と、その後のリーザスの統治の巧みさに懐柔された市民が彼の復帰を望まなかった事でランス個人に対する憎悪は増大した。
 そして、彼が研究を重ねて得ようとした“世界最強の力”を、ヤツがいとも容易く手に入れたと知った時、彼の憎悪は頂点に達した。他の強者たちに対する憎しみを棚上げする事すら可能になるまでに。
 そして、折り良く来たAL教の使者の誘いに乗って、ゼス王国で彼の研究成果を役立てる事にしたのである。
 その男の名は、YORAといった。


 果たして勢いなのか、篭目まで加えて進んだ淫靡な儀式魔術にも、とうとう終わりの時がやって来た。
 32時間ぶっ続けでやり倒していたランスは、いい加減底無しの体力も使い果たして倒れる寸前であった。女の子たちの方は失神したり、小休止を入れたり、食事を取ったりも出来るのだが、施術者であるランスの方はそうもいかなかったのである。
 食事の指し入れに来た風華や報告に来た五十六、様子を見に来た女の子モンスターの使徒たちを巻き込んで続いた儀式であったが、そろそろ大詰めである。
 この場にこもらせた気を利用して、ランスは信長がかけた封印の妖術を中和して消滅させた。同時に封印内の京姫を補足して現実空間に帰還させる。
 ここまで成し遂げた段階で、ランスの疲労は限界を超え、倒れ伏してしまった。
 後には、ここ2日間の睡眠不足を埋め合わせるべく昏々と眠る一同と、封印を解かれたばかりで周りの異様な状況を把握しかねている京姫が残された。
 乱交パーティーの跡に一人ぽつねんと取り残されて立ち尽くす雅なお姫様。
 そんな、ある意味間抜けで可哀想な構図は、寝惚けたランスが京姫の足を持って引き倒して、抱き枕宜しく抱き抱えて眠り込んだ事によって終わりを告げた。
 最初、激しく身を捩って抵抗した京姫であったが、梃子でも動かないほどガッチリと掴まれている事と封印が解けたばかりで体力が戻ってない事で、いつしか疲れて眠りこんでしまった。
 その睡眠は、今まで封印の中で強制されていた眠りに比べとても自然で、ゆったりとしたものになっていった。
 誰かの腕の中にいる事が、誰かの胸に顔を埋める事が、誰かの心音を聞きながら眠るのが、これほど心地良いと京姫は初めて知ったのであった。
 夢見心地なまどろみの中で。


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 あはははは。まだJAPAN編が終わらないぃぃ(笑)。
 次は、次こそは……終わるといいなぁ(他人事のように)。
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