鬼畜魔王ランス伝

   第62話 「それぞれの聖誕祭前夜」

 複雑なスピンをしながら落ちて行く。
「ぬおおおおおおぉぉぉぉぉ……………」
 片手にピンク色の魔剣をしっかりと持ったまま。
 何とか体勢を立て直し、勢いを殺そうとした努力の甲斐あって、
 全力疾走でコンクリートの壁に突っ込む程度のスピードで
 墜落した。
<ズズゥゥゥン!!>
 重低音の轟音を響かせて。
 魔王は人が作りし最強の兵器が穿った穴の底へと消えていった。


 魔王城での聖夜祭は、定刻通りに開始された。
 ホルスの伝令が前もってランスの到着が遅れるかもしれないという連絡を運んでいたからだ。
 魔人の襲来から身を呈して人々を守った聖者ALICE。彼女が死後に女神となって自らが守った者達の前に現れた事をきっかけに彼女を崇めるAL教が生まれ、彼女の誕生日である12月25日を聖誕祭〈クリスマス〉と称するようになった。
 ……とは、AL教の神官たちの説明。
 実際のところ、何故この日がクリスマスと称されるようになったのか全く不明である。
 何せ、人の歴史に残らぬほど前からの慣習なのだ。
 むしろ、AL教がクリスマスの慣習を上手く利用しているといえる。
 そんな曰くがある聖誕祭の前夜祭であるが、魔人や使徒たちもわだかまりなく楽しもうと努力していた。何故なら、それこそがホーネットが唱える人魔共存に繋がる道になり得るからだ。
 怪獣王子と怪獣王女は、異世界の風習に目を丸くしながらシャリエラたちと仲良く現在のシャングリラについて話をしていたし、マリスは幸せそうな顔をして一生懸命リアの世話を焼いていた。
 そう、今、この瞬間、世界に脅威と恐怖をもたらすハズの存在の居城は、世界でもっとも平和な笑いの溢れる地となっていた。
 主の帰還を待ちわびながら。


「誰か」
 いかにも非常用照明ですと主張するかのような赤い光の中、
「「「ラ」」」
 呼ばわる声に答えたのは黄色いトンガリ帽子のローブ姿の影が数体。
 ヒトラーと呼ばれる最高級の魔法使い型闘将である。
「下部区域で爆発が起きた。応急修理が可能か見て来い。」
 命令を発したのは、歪な形状の人型に見えない事も無い機械であった。その体高は5mあまり。それには二本の腕はあるものの二本の足は無く、その代わりに多数の節足が付いた下半身を備えていた。
「ラ」
 命令を聞いたヒトラーのうちの一体が部屋……司令室を出て行く。多分、自ら下位のユニットを率いて現場に出向くのであろう。
「他の者は、我が体内に居る戦力を万が一に備えて脱出させろ。急げ。」
「「ラ」」
 残りのヒトラーも部屋を出て行く。彼らは、闘神都市備え付けの揚陸艇で地上に残存戦力と技術者を脱出させるべく闘将コアと呼ばれる区画へと向かった。
 ランスが放った一撃は、単に魔導砲を破壊しただけではなく闘神都市Φ(ファイ)の中枢部にも決して軽くないダメージを与えていた。
 闘神都市の構造上、最重要部分である“浮遊の杖”と主砲である“魔導砲”は密接に繋がっている。いや、両者はともに中枢部の聖棺に安置された闘神になった魔法使いの本来の身体が振るう“杖”の機能であると言っても良い。意識こそ闘神に転送されているものの、依然として本体は身体であったのだから。
 もっとも、それこそが闘神と闘神都市を一体のものとなさしめている秘密であった。
 意識は闘神に移し、自らの身体を通して闘神都市という巨大なマジックアイテムを行使するということが。
 闘神は闘神都市の動力をも我が物にして動く事ができ、巨大な力を行使できる。
 しかし、それは裏を返せばどちらが致命的な損傷を負っても死んでしまうという事を意味していたのだった。


 魔導砲の光線や爆発からは何とかダメージを受けなかったものの、勢いに押されるのまでは防ぎようはないし、無敵の魔王といえども高所からまともに地面に落下すれば流石に全くノーダメージとはいかない。
 いくら“絶対無敵”の法則によって負傷はしないと定められているとはいえ、痛覚を感じない訳ではないのだから。
 ましてや魔王の力を抑え気味にしなくてはならないランスでは、致死レベルの苦痛を受けてしまえば、それが原因で死ぬ事もありえるかもしれない。
 そうでなくても、痛みで朦朧としてしまえば何か面倒な事態になるかもしれない。
 ゆえに、ランスは結構必死で墜落の勢いを殺したのだった。
 それでも、かなり深刻なダメージを負ってしまった。
 着地する時に捻ったせいで足首を捻挫した上、手に持った魔剣が地面に叩きつけられるのを強引に止めた結果として右肩を脱臼してしまったのだ。
 あまつさえ、ただでさえ使い過ぎていた魔王の力の使用限界…自分の意識を残したままの…を使い切ってしまい、意識を失ってしまった。
 暴走してしまうのを何とか抑える為に。
「んしょ。」
 魔王の傍らで声がする。
 ここは、寝るには危険に過ぎる環境だ。
 ついに彼を狙う者が現れたのか?
 いや、違う。
「ランス様は……私が守らないと。」
 傷に障らないようにと慎重におぶった姿は、女性のものであった。
「ランス様が私を助けてくれたように、今度は私がランス様を助けないと。」
 ふわふわのピンク色の髪をしたその女性は、普段は彼女の愛する主人の腰を飾っている魔剣であった。
 彼女…シィル…は、ランスを背負ったまま迷宮の中を捜し歩きはじめた。
 この状況を何とかできる唯一の存在、命の聖女モンスターウェンリーナーを。


 AL教幹部パルオットは、リーザス軍がオークスで足止めされているのを知ると、ここでも御得意の扇動工作を始めた。初めは教会や酒場などで、そして段々と規模を増してゆき、遂には広場で大人数を集めた決起集会に持って行く。
 ある意味、集団催眠とも云える手法である。
「諸君! 魔王ランスは今のところは善政をしいているように見える。だが、ゼスが……魔族に屈服しない勇敢な国が潰えた後もそれが続くであろうか!」
 ここで、多少の間を置く。
「答えは“否”である! ヤツは所詮は魔族であり、人間の敵だ! そんなヤツが何時までも我らの生活を保証する訳はない!」
「そうだ、そうだ!」
 勿論、集会を思うような流れに持って行く為のサクラを潜ませておく事も忘れない。
「民衆よ、立て! まだ間に合ううちに! 同朋を見捨てるな!」
「教敵ランスに鉄槌を!」
「魔王を倒せ!」
「我らに自由を!」
 法王ムーララルー譲りの弁舌が最高潮に達し、怒号が掛け声を追いかけるようになったのを見やって、パルオットは仮面の下でほくそえんだ。
 愚民どもを口先一つで思うが侭に操る。
 自分が何か偉大な存在に思える瞬間であった。
 しかし、今回ばかりは、そんな良い気分も長続きしなかった。
「ぐおっ!」
 どこからか飛来した1枚のカードが彼の背に突き刺さったのだ。
<ドォォォォォン!!>
 あげくに、爆発した。
「な、何奴!」
 演説のために、広場を見渡せるテラスのあるこの店は借り切っており、警備のテンプルナイトも数名置いていたハズ……
 そう思って振り返ったパルオットの目に映ったのは、右手にカードを数枚扇状に広げている黒いスーツに身を固めた男装の麗人であった。
「自らの手も汚さず……」
 警備の者達を呼ぼうとした矢先、もはやピクリとも動かない聖堂騎士たちのなれの果てが床に横たわっているのが目に入った。
「民衆を扇動して戦わせ……」
 その麗人から立ち昇る“魔”の気配が圧倒的なまでに増大し、眼前の女がただのモンスターではないと知りたくもないのに教えてくれる。
「利なしと見るや自らだけは逃げる……」
 魔の気配と共に押し寄せる殺気が、パルオットの舌を凍らせ、じりじりと後退りする以上の行動を許してくれない。民衆たちもただならぬ成行きを察して、興奮に冷や水を差されたかのように動かなくなる。……いや、動けなくなる。
「あげくに、ランスさんに対する好き放題な誹謗中傷……」
 テラスの欄干にまで追い詰められ、もはや後がない。
「許せない!」
「ひっ!」
「雷のカードよ! 敵を感電させよ!」
 さっきなどとは比べ物にならない魔力が集中したのが、ただの素人にも分かるほどの青い雷光がパルオットの身体を包み、瞬時に炭化させた。
 そんな人間だったものには構わず、キサラはテラスへと歩み出た。
「皆さん。ランスさんは悪い人じゃありません。良く考えて見て下さい。」
 穏やかで温かみを感じさせる声音は、殺気で凍り付いていた民衆に染み渡った。
「もし、あくまで戦うというのなら……私が相手になります。」
 そして、凛とした闘気とパルオットを速やかに殺害した手並みは、民衆の戦意を挫くのに充分な説得力を発揮した。ここに集まった群衆の中には、魔人に率先して戦いを挑むほどの勇気、あるいは無謀さを持ち合わせている者はいなかったのだ。
 こうして、リーザス領内を荒らし回っていた宗教テロ扇動者パルオットは死んだ。
 しかし、それはAL教にとっては換えが利く手足の一本が取れた程度の問題に過ぎないのであった。


 旧魔人領の南西部にそびえる高峰。麓にケイブリスの城がある山の山裾を西に迂回しながら、健太郎は今日何度目かの溜息をついた。
 今では遠いあの日、美樹が連れ去られたあの日までは、毎年クリスマスになると彼女に告白しようかどうしようか迷っていた事を思い出していたのだ。
 平和で暖かで……今となっては贅沢な悩み。
 彼女がこの世からいなくなってしまった今となっては贅沢の極み。
 その事実に直面してしまう度、健太郎の心は暗く、そして強くなる。
 彼が認識している事実が間違いだとも気付かずに……
 その間違いを認識している道連れは、彼にそれを教える気がなかった。彼女と彼女の主人の目的のために。


「きゃははははは。おもしろ〜い。やっぱり作ってよかった。ね、プランナー。」
 もはや、お馴染みになってしまった感がある大陸地下の大洞窟。
 そこでは、白いクジラの姿をした神ルドラサウムが地上の光景を垣間見て大笑いをして尻尾をパタパタさせていた。
「はっ」
 謹厳な口調で答えたのは、仮に天使の姿を模した姿をした存在、プランナーである。
 地上の生態系のほとんどは彼の手になるものである。ゆえに、今の主の喜びようは彼の手柄とも言えるのだが、それを誇るような仕草や表情はなかった。
「あ〜、やっぱり野蛮だと良いなあ。平和が欲しいのに殺し合う武器を積み上げて……あげくその武器で自分が滅びるんだ。んん〜いいねぇ。」
 彼の目下のお気に入りの魔王がまたピンチになっているのをルドラサウムは興味深く見ている。大陸最強のハズだし、事実そうなのだが、彼は良くピンチになる。それには彼の配下が手を出している事もあれば、そうでない事もある。
 しかし、その全てを彼は退けてきた。
 ルドラサウムは、そのイレギュラーさ故に魔王ランスを気に入っていた。
 お気に入りのおもちゃとして。
『かつての聖魔教団と魔軍とが戦った時、密かに介入して、本当なら破壊されていたはずの闘神都市を稼動可能な程度の損傷を与えただけで残させておいて良かった。』
 逆に、そのイレギュラーさ加減からプランナーは魔王ランスの事を危険因子と認識していた。陰に陽にランス抹殺の罠を送り込んでいる彼であったが、上司の手前、直接抹殺に行くなり、直接服従させに行ったりする事はできなかった。
 力の差があり過ぎて興醒めになるというのが主な理由だ。
 お気に入りのおもちゃに直接手出しして駄目にしたならば、プランナー自身こそがその責めを負わなくてはならないだろう。
 それだけは、超神とも呼ばれる超存在プランナーにも御免であった。
 何万年か昔に最初の人間が創られた日。
 その前夜祭の光景に、創造神は満足げに微笑んだ。
 決して平穏とは言えない、薄氷を踏むような平和な景色や一触即発の国境線を眺めて。


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 聖誕祭については、完全にオリジナルな解釈なので信用しないで下さいね(笑)。
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