鬼畜魔王ランス伝
第63話 「聖地崩壊」 魔導砲のような大威力の兵器が発射される際は、そちらの方を見ていてはならない。 それは鉄則である。 ことに、あんまり着弾点から距離が離れていない場所に居合わせた者達にとっては。 聖女の迷宮内の強力なモンスターと無限とも思える彼らの回復力に散々にやられたばかりで再編成中だったゼス王国軍外人部隊……リーザスやヘルマンから亡命して来た軍人達を基に設立された部隊……が、まさにそういう目に遭わされたのだ。 闘神都市Φ(ファイ)からの一方的な通達の後、魔導砲が発射されるまで僅か3分。 掲げた盾の陰や岩陰に隠れられたのならまだ良い方で、野ざらしの荒野に伏せただけの者が大多数を占めた。 その当然の結果として、爆風の被害はかなり広範に渡った。 「何をやっているんだ上の連中は! 我々の事などどうでも良いというのか、あの機械人形どもは!」 激昂し、頭上を見上げるハウレーン。しかし、爆風に吹き上げられた砂埃が彼女の視界を遮ってしまって、睨みつける視線の先にあるはずのモノは見えない。 「……おかしい。地上に着弾した余波ならもっと前の方から来るはず。それなのに爆風はむしろ上から来てる。」 こんな時でも、部下の事など放っておいて起きた現象の分析をしているのは志津香だ。 『ちっ、ここまできて再編成のやり直し! 冗談じゃないわ!』 内心は怒りに燃えているが、口では周りの部下の様子を気遣う言葉をかけているのはラファリアだ。しかし、落ち着くように言ったとて語尾が震えていれば効果は少ない。それでも言わずにはおれないのは、状況が皆目分からないからであろうか。 しばらくして、砂埃が晴れ、皆の目に映ったモノは…… 大穴の開いた地面と 未だ空に浮いてはいるものの、大きく下部が抉れた闘神都市であった。 「総員退却! イタリアへ向かえ!」 それを見たハウレーンの命令で、外人部隊はあたう限りの速度で逃げ出した。 ただ一人を除いて…… 魔人シィル・プラインは愛しい魔王ランスを背負い、おぼつかない足取りで未だ奇跡的に動いていた昇降機から降りた。 既にあれから5分は経っている。本来の変身限界時間などとっくの昔に過ぎているのだが、軋む身体を意志の力で強引に捻じ伏せて何とか人間態を保っていた。 現状を打開するために探している命の聖女モンスターのウェンリーナーどころか、生きている魔物にすら出会えていないからだ。 いざという時のために常に待機しているハズの魔人フェリスは、残念な事にランス本人にしか呼び出す事はできない。 彼女が頑張るしかないのだ。 地下33階の床を一歩踏みしめる毎に全身に激痛が走る。 足をわずかに持ち上げただけでも目眩がする。 それでも、意地でもふらつかずに歩く。 慎重に、確実に、できる限り急いで。 一目見ただけで修理は不可能であるとわかった。 いや、修理どころかうかつに触れただけでも取り返しのつかない事になるに違いない。 修理の為に小部隊を連れて来ていた闘将ヒトラーは、配下の部隊の半分を落盤で、残りの半分を続いて起こった足場の崩落で失った事によって悟った。 上司である闘神Φに連絡をしたくとも、闘神都市自体の機能不全によって無線連絡は不可能であるし、帰り道も先ほど失った。さりとて、修理をしたくても、変に身動きすれば眼前のモノ……大きなヒビが入り、今にも取れてしまいそうな浮遊の杖の下部部品……が外れて地上に落下してしまうかもしれない。 それは、幾ら何でもマズイ。 闘神都市を空に浮かべる要である最重要機構が壊れてしまえば、良くて不時着、悪くて墜落の運命が待っているのだから。 かつて、最強の魔人と称された魔人がいた。 かつて、最古の魔人と称された魔人がいた。 その魔人の名はケイブリス。 うかつにも魔王ランスに逆らい、手ずから誅されたリス族出身の魔人。 その城は、その魔人の名を持っていた。 かつて、かの魔人の居城であった事を示す名である。 一時期は改名も検討されたものだが、 「新しい名前を考えるのが面倒臭い」 とのランスの言葉によって、そのままの名称が使われている。 まあ、こことカミーラの城は改築も検討されているのであるから、そういうコメントが出るのも無理からぬ事かもしれない。なお、カラーの森に居城を新築したケッセルリンクの元の居城は主に駐留している魔人の名から“カイトの城”と仮称されている。 それはともかく、この城に現在駐留している魔王軍の魔物はおよそ10万。 それを統べるのはブラックドラゴンの魔人ガングであった。 最近の彼は、何かときな臭くて一触即発なゼス王国との国境線に悩まされていた。 だが、そんな彼の頭を更に痛くする材料が増えていた。 破壊と殺戮を振り撒く邪悪な剣士、小川健太郎が彼の担当する区域に向かったらしいとの連絡が同僚の鉄拳魔人カイトから入ったのだ。 どうやら、彼は街道の封鎖で対抗しようとして取り逃がしてしまったらしい。まさか、魔の森を突っ切るといった手段を使うとまでは読めなかったのだ。 無理もない。 普通の神経をしていれば魔の森の中を通ろうとは思わないだろうし、魔人のように無敵であったり、魔の森の植生に詳しいとかいうのでなければ、まず間違い無く生命を落とすほどに魔の森の環境は厳しいのだ。 剣の腕うんぬんの問題ではない。 毒のあるもの 人間などの大型生物を捕食するもの 知らぬ者にとっては必殺の罠に等しいもの 通常の手段では撃退できないもの ありとあらゆる環境が、弱き者や無知なる者に牙を剥く。 それが、魔の森である。 しかし、その自然の防壁も極悪な殺戮者にはどうやら通用しなかったらしい。 モスの迷宮が壊滅したとの報告がそれを物語っている。 当然ながらカイトも追討部隊を差し向けてはいるが、単身で身軽な敵には追い着けないであろう。 荒野の脅威は魔の森の脅威よりも少ない。ならば、敵は荒野を突破してくるだろうし、そうなれば敵の捕捉は困難だ。 では、どうしたら良いか。 ガングはわずかながら判明している敵の行動パターンを予測して付近にある迷宮に守備部隊を派遣した。とりわけ、近辺で最大級の規模を誇るレックスの迷宮には2万もの大兵を守備につかせた。 更に残り7万のうち2万を使って四方に偵察部隊を派遣した。仮に“敵”に出会ったならば、定時連絡の途絶によってそれと知れるように。 こうして魔王軍南方部隊の迎撃準備は完了した。 だが、しかし、健太郎はまだそれを知らない。 ま、知っていても構わず突き進むだろうが…… 一方、なかなか帰って来ない下位ユニットから自らの現状を察した闘神Φは、ゆっくりと降下を開始した。 聖女の迷宮の直上へと。 ただそれだけの動きではあったが、地上で見ている唯一の人間にとってはそれでさえも危なっかしい挙動に見えていた。 下部の抉れた個所に幾つか剥き出しになっている装置らしきものがぐらぐらと揺れているのが目視できるからだ。 しかし、それを知らせる術も……ついでに言えば、その気もなかったのだった。 彼女には。 「あれ、ランスおにいちゃんどうしたの?」 その声が聞こえた途端、シィルは安心感でへたり込みそうになったが、笑う膝で必死になって立ち続けた。今力尽きては、怪我をしているランス様を地面に放り出しかねないからだ。 「あ、おにいちゃん怪我してる。おねえちゃんも苦しそうだね。治してあげる。」 ウェンリーナーの手がシィルの返事も待たずに光り出すと、掌を向けられていたシィルの全身の軋みや痛みが見る間に薄らいでいく。 「ぷいぷいヒーリング! 元気になぁれっ!」 そして、魔法を締め括る呪文と共に発せられた柔らかな光は静かに二人を包んだ。 「あ…あの……ありがとうございます。」 丁寧な謝辞と共に頭を下げるシィル。 「ううん。助けてくれてありがとう。お礼を言わなきゃならないのはこっちだよ。」 そんなこんなのやり取りのうちに…… 「ひゃあ!」 突如奇妙な悲鳴が上がった。 「ん……この手に馴染んだ揉み応えは……」 わきゃわきゃと背中から回されたランスの手がシィルの胸を鷲掴みにしてこねくり回している。 「あ……ああ……ランス様……」 その後に甘い声が続く。 「わぁ…」 手で顔を隠して、でもしっかりとその光景を見ているウェンリーナー。 しかし、そんな構図は長くは続かなかった。 <ボンッ!!> とっくの昔に人型形態をとっていられる限界を越えていたシィルが、たまらずに剣に戻ってしまったからだ。 「いてっ! こらシィル、俺様を放り出すとは何事だ!」 地面に尻餅を突くハメになったランスが、自分の所行は大きな棚に上げるだけ上げて文句をつける。 「わ〜、ごめんなさいランス様。」 そして、律儀なのか奴隷根性か……それとも愛情のなせる業なのか、シィルが丁寧な口調で謝るが、今までの無理がたたって声に張りがない。 「本来ならお仕置きフルコースのとこだが、今回は特別に見逃してやる。」 頭をポリポリ掻きながら、地面に落ちた剣を大事そうに拾って丁寧に鞘に納める。 「ありがとうございます、ランス様。」 シィルがそう言って気を失ったところで、その場にいるもう一人に向き直る。 「お前もありがとうな、ウェンリーナー。おかげで助かったぞ、がははははは。」 とか言う間に周囲に目を走らせる。そこに目に見える敵はいなかったが、ランスの戦士としての本能が何故かランス自身に退却を訴えかけていた。 「うん。おにいちゃんも助けてくれてありがとう。」 とか何か言う間に、ちゃっかり腕の中に収まっている。彼女は普段から全裸なので見ようによっては刺激的な光景だ。ハイパー兵器もちょっとだけ反応している。 「なんだ、やっぱり気付いてたのか。」 「うん。この迷宮で起こった事だもん。……もう、どこで何が起こっても分からなくなっちゃってるけどね。」 寂しそうな笑いが漏れる。それは、彼女の……彼女ら聖女モンスターの聖地が聖地としての機能を発揮できないほどに破壊されてしまった事を意味していたのだから。 「それじゃ、俺様と来るか?」 ウェンリーナーは、そんなランスの説得に……いや、ランスが彼女を見る優しい目を見て肯いた。そして、それに肯いた後でも、ランスが彼女を見る眼差しにいささかも変化がなかった事に安心した。 「うん、わかった。いこ、おにいちゃん。」 確かに、聖地としての機能が失われた迷宮にいても危険なだけだし、意味もない。 「そうと決まればさっさと行くぞ。天才の俺様には何か嫌〜な予感がしてやがる。」 ウェンリーナーを左腕に抱き、早足でその場を立ち去るランス。 「で、秘密の裏口とかはあるのか?」 「うん、こっちだよ。」 いつしか、たくさんのモンスターたちが彼らの後を付いて来ていた。 迷宮の主を追って。 自らが開けた穴を利用して、迂闊に触れたら壊れそうな部分を出来るだけ刺激しないように着陸する。 闘神都市Φの作戦は、その時点では最良のものであった事は間違いない。 しかし、最良の策とはいっても既にどうしようもない状態になっている基幹部分が脱落する事を止める事はできなかった。 着地の瞬間に自重が劇的に変化した闘神都市Φは崩壊した。 聖女の迷宮を自らの残骸で見事なまでに完璧に押し潰して。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ウェンリーナーが聖女の迷宮を動けないならどうしたら良いか……迷宮を破壊する。または、留まる意味を無くしてしまえば良い。って発想が原点な話です。 うう、相変わらず話の展開が遅い〜(笑)。 |
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