鬼畜魔王ランス伝
第76話 「折れたる復讐の牙」 刀身の砕けた魔剣カオスを握り締め、健太郎は地下迷宮の冷たい床の上に倒れ伏した。 自分であちこち破壊して回ったおかげで瓦礫がたくさん転がっていて痛いが、それこそ自業自得というものであろう。 「ぐ、ぐぅぅぅぅランスめぇぇぇぇ!」 しかし、この男、健太郎にとっては、それさえも『ランスのせい』なのだろう。憎悪に満ちた怨嗟の声には全く自省の精神は見られなかった。……まあ、もしそんなものの持ち合わせがあったならば、もっと違う運命も辿れたハズであったのだが。 カオスが折れる前から限界以上の酷使を強いられてボロボロになっていた肉体は、運動能力を増幅していた魔力のバランスが崩れた拍子に寝返りすらうてなくなった。 「う、動け、動け動け動け〜〜!!」 絶叫と同じだけの力でかすれた声をやっと出した健太郎が渾身の力を込めて立ち上がろうと試みるが、もはや指一本動かない。 「見事だ、魔王。」 その健太郎という動かなくなった器から身を起こした者がいる。 すうっと抜け出すように分離した者がいる。 純白の羽根と頭上に輝く光輪を持つ存在。神の軍勢が一員エンジェルナイト。 「ニア……?」 健太郎の怪訝そうな声はニアには届かない。 「よもや、この男に勝てるとは思わなかったぞ。」 その本質はともかく、美女の外見を持つニアが思わず漏らした褒め言葉に込められていた心底感心した心情は、ランスの機嫌をいささか回復させた。 「がははははは。俺様だから当然だ。何やったか知らんが、それでも健太郎なんかが俺様に勝てる訳ないだろうが。」 どこから来るのか分からないランスの絶大なる自信に、ニアは呆れを通り越して感心してしまった。 「こうなったからには、汝の内なる声に従い魔王としての本分に立ち帰るが良い。及ばずながら我も力を貸そう。」 ニアの任務は、魔王ランスが、死もしくは、『真の』魔王として覚醒するかのどちらかの状態になるようにする事である。そうでなければ神界に帰れないのだ。 利き手である右腕を失い、対魔王兵器である健太郎も動けなくなったからには、彼女に取れる手段は他に残されていなかった。 「ニア…お前もか……クゥゥゥゥゥッ。」 しかし、それは当然健太郎の逆鱗に触れた。……とは言っても、未だに指一本動かせないのだから怖くも何ともないが。 ランスのニアへの返事は、実に簡潔なものだった。 「がはははは。じゃあ、やらせろ。」 「は?」 ニアは思わず聞き返した。健太郎の担当だった彼女にとっては『やらせろ』は『殺らせろ』の意味であったからだ。……これが、ランス担当のレベル神ウィリスなら正しくランスの意図を汲み取ったであろう。 そして、その誤解は致命的な事態をもたらした。 「じゃあ、行くぞ。GO!」 ニアは首筋に噛み付かれて血を吸われながら、押し倒されて両足を身体を捻じ込むようにして大きく広げさせられた。そして、下腹部を素早く取り出したハイパー兵器で無理矢理割り開かれた。 ニアの秘洞は、たっぷりの潤滑液と出血でランスのモノを歓迎した。いや、ランスが牙を通して及ぼした催淫効果によって無理矢理に歓迎させられているのだ。 「あが…あががががが……」 既に身体の感覚が狂わされており、破瓜の痛みすら快感に還元されてしまっていたニアは、あまりの刺激の強さに意味ある言葉すら出せない。ただ、身体の奥から溢れ出すものを喉も裂けよとばかりに吐き出すだけであった。 身体の中を食い荒らされる感覚、血と共に命そのものが吸い取られる感覚、自らの内側が虚ろになっていく感覚に……ニアは、堕ちた。 「あぁぁぁぁあああ!!」 極みに達した証に高い声を上げ全身をピィンと海老反らせたニアは、弛緩した瞬間に引き裂かれて光の粒子と化した。天使としての本能、神勅の腕輪による契約、ランスの魔力の3つの力のせめぎあいに耐えられなくなったのだ。 10分にも満たぬ短い交合で逝った天使を構成していた力の全てを吸収したランスが次にやった事は、ようやく立ち上がろうとしていた健太郎の右手から折れたカオスを蹴り飛ばす事だった。 「は! 儂はっ! うぉぉぉぉぉぉぉ! なんじゃぁぁぁぁ……」 健太郎の憎悪の呪縛が解け、ようやく意識は戻ったが…… カオスは迷宮の奥底へと星になって消えていってしまった。 「ぐぅ!」 次に、健太郎が身に着けている眼に見えるほど強い魔力のオーラを放っているアイテム3個を没収する。もう全力を出す必要も無いので魔王の力は普段生活している時のレベルにまで再び封印したが、それでも今の健太郎なら片手で充分捻り倒せる。 「フェリス!」 虚空に呼びかけると、 「はい、マスター。」 それに応じてランスの影から現れるモノがいる。元悪魔の魔人フェリスだ。 「小さい水晶球を出せ。」 「はい、マスター。」 それぐらいなら容易いとばかりに、すぐさま手の中に水晶球を出現させる。 憎々しげにランスを睨む健太郎の眼前にフェリスから右手で受け取った水晶を突き付けると、健太郎の視線は水晶から離せなくなった。 魅入られてしまったのだ。 意味が理解できない呪文を唱えつつ、健太郎の視線に水晶をかざしながらランスが健太郎へと近付く。健太郎は微動だにしない。……いや、できない。 そして、遂に水晶が健太郎に触れた時、健太郎は水晶に吸い込まれるように消えた。 未だ封印魔法に抗えるほどに気力が回復していなかったのが、健太郎にとって致命的であったのだ。 「さて、あの馬鹿剣でも拾いに行くとするか。」 微妙な苦笑を口の端に浮かべて健太郎を封印した水晶球をフェリスに預けるランスであったが、ふと、ガングの遺体の前で立ち止まった。 「さて、と。ガングの死体だが……」 と、言って未だ左手に持っていた肉片とミンチになりかかった巨大な肉槐に目を走らせるランスは、おもむろにこんな無茶を言いつけた。 「新鮮な状態を保ってシルキィの研究室に運び込んでおけ。」 「はい、マスター。」 しかし、実際にはそんなに無茶じゃなかったのか、フェリスは実にあっさりと転がっている肉槐と共に消えた。 ランスの手の肉片は残して…… ローレングラードから番裏の砦Bに続く街道。 魔王城へと向かう行軍の途上にある3人の魔人と1人の使徒の前に、チューリップ4号ヴィントが1機舞い降りた。 「何だろ。ぼく達ってこのまま陸路で魔王城に入城するハズだったよね……」 小柄な剣士の魔人メナドが怪訝そうな顔をする。 「何にせよ、用心しておいた方が良さそうね。アレが敵である可能性も考えておいた方が良いのではないかしら。」 理知的な顔立ちで丸眼鏡をかけた使徒クリームが慎重論を述べる。言うだけで無く、さっそく部下達を行軍停止させた上、4号に向かって護衛部隊の一部を展開しているところなんかは有能さの一端が窺い知れる。 ま、魔王軍でも最高の戦略指揮能力を誇る魔人が揃っているこの部隊に奇襲するなどというのは無謀としか言い様がないが…… 数千もの瞳が見守る中、4号のデッキから降りて来たのは、“髪長姫”の使徒である香魅奈と“とっこーちゃん”の使徒である綾であった。 「それで、何の用?」 出会い頭に冷たい口調で言い放つクリームの言葉にもめげず、香魅奈は用件を告げた。 「ゼスが旧魔人領地域に攻めて来ましたので、将軍の皆様だけでも魔王城の方に至急移動していただきたいとのリック将軍からの伝言です。」 簡潔にして明瞭な報告にクリームの目元はちょっとだけ緩んで、直ぐに元のキリリと締まった顔に戻る。 「ところで、魔王城に戻るように指示が出ているのは将軍クラス全員になのですか?」 ただ単に将軍クラスというだけなら、魔物将軍も対象に含まれてしまうからだ。 「いえ、魔人の方々とクリームさんだけと聞いてます。その代わりに、私達にこの部隊の指揮をとるよう指示が下ってます。」 自分達ほどの戦術指揮能力はないものの、香魅奈も綾も魔物将軍をあっさり凌駕する能力を備えている。更に2000体ものモンスター兵がいるからには滅多な相手が出て来ない限りは大丈夫であろう。 「わかりました。では、後をお願いします。」 クリームがピッと敬礼するのに合せて皆が敬礼を返す。 その一瞬後、クリームとメナドは4号に向けて駆け出した。 「……あ、あの……これが部隊の概要と運搬している皆さんのリストです。」 その横で、綾に何時の間に作ったのか分からないメモを手渡しているアールコートがいる。香魅奈に口頭で手早く引き継ぎを行っているのはキサラだ。 そして、メナドが何をやっているかというと……4号の簡易点検である。 「では、後はお願いします香魅奈さん。」 「任されましたわ。」 軽く会釈して4号に向かうキサラに優雅に微笑む香魅奈。 「では、お気をつけてアールコート将軍。」 「そちらも……気をつけて…下さい。」 メモの見方を教えたアールコートが4号に乗り込むのを見送る綾。 「各部正常。いつでも行けるよ!」 目視での点検を終え、デッキに飛び乗って来たメナドが元気良く報告する。 「了解。チューリップ4号ヴィント発進。目標、魔王城。」 そして、クリームの冷静な指示によって搭載人工知能が4号を離陸させ、西の空へと飛び去って行ったのだった。 「くうっ! 邪魔よ! 消えちゃえ!」 黒き虚無を纏う破壊神は、近付く愚かなエンジェルナイトを木っ端微塵に分解しつつ、闘神都市の中央にそびえ立つ大きな塔“浮力の杖”の前に来ていた。 「いくわよ、姉さん。」 「おっけ〜♪ ハウゼル。」 姿は一人ではあるが、その口から漏れる言葉は二通りの響きを持っていた。 「「ヴォイドアタック!!」」 その響きが一つの言葉をハモらせた時、黒々とした球体がその手に現れ、浮力の杖の外壁へと叩きつけられた。 たったの一撃で、抗魔力障壁を張っているハズの塔の外壁には穴が穿たれた。 ……しかし、超兵器の意地というものだろうか。 大きな穴が一つボコッと開くのではなく、激しい戦闘と歳月の経過が強度を弱らせていた個所が虫食いのように崩壊して小さな穴が幾つも幾つも出来たのである。 それで充分だった。 破壊神ラ・バスワルドは破壊口から素早く闘神都市Ν(ニュー)の内部へと突入した。 目指すは都市の真中心に位置する“聖棺”。 闘神都市自身となった魔法使いの本体が安置された玉座の間である。 慌てて破壊神を追撃しようと試みるエンジェルナイト隊であったが…… 3000ものホルス兵を率いて戦場に到着したメガラス隊の襲撃を受け、その迎撃をするだけで手一杯となってしまった。 いや、バスワルドとの交戦で早くも半数を超える兵力を失っていた闘神都市Ν防空師団のエンジェルナイトたちには、ホルスの兵団を食い止める戦力ですら残ってなかった。 戦闘開始から数えてわずか1分後にそれに気付いたメガラスは、後の指揮をホルスリーダーの一人に任せ、旗本隊600のみを率いて闘神都市内部へと突入した。 彼が目指すのは闘神都市の動力区画。 動力源とされている女魔法使いを確保しようと云うつもりなのであった。 引き裂きの森にいた魔王軍の守備部隊5000を空爆で弱らせてから一方的に撃砕したマジック・ザ・ガンジー率いるゼス軍分遣隊1万は、小休止を行っていた。 この分遣隊の実戦要員の具体的な編成は、ゼス魔法使いが2000名、魔法機が2000機、ゼス歩兵が5000人、ゼス製闘将が1000体である。 また、副将にアレックス・ヴァルス。部隊指揮官としてカバッハーン・ザ・ライトニングやウスピラ・真冬らゼス生え抜きの武将を揃えた編成によって魔法戦力が充実した軍となっていた。 そして、空中を行く巨大な魔法兵器……聖魔教団の遺産……闘神都市Δ(デルタ)、Λ(ラムダ)、Σ(シグマ)の3基が1万の軍にわずかに先行していた。 それぞれが小国一つを楽々と滅ぼせるほどの強大なエネルギー砲は、あたかも当然の作業をこなすかのように、森を焼き、湖沼を乾上らせ、其処に住むモノ達を虐殺した。 ゼス軍を迎え撃つべく出撃した魔物軍も、空中部隊はエンジェルナイト3000体の前に敢え無く敗れ去り、地上部隊は闘神都市の主砲の餌食となった。 それでも傷だらけで生き残ったわずかなモノたちは、後をついて来た地上部隊によってたかって虐殺された。 こんな戦い方をしているのだから、ゼス軍の方には死者も重傷者もいない。 ちょっとした軽傷者が世色癌で治療を受け、配給された糧食で腹を宥めている兵士連中には、ちょっと物騒なピクニックにでも出かけるぐらいの気安さが蔓延していた。 次なる目的地はカミーラの城。 魔人四天王が一人、カミーラが支配していると言われる魔の城である。 そこに魔人が住んでいない事などとは、彼らにも知る気も、知る由もなかった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ランスが健太郎を封印するのに使った術は、信長が京姫を封じたのと同様な魔法です。 さて、色々状況も動いてまいりました。これからどういう展開になる事やら……筆者にもおぼろげにしか見えておりませぬ(笑)。 |
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