鬼畜魔王ランス伝
第80話 「切られる口火」 「では、作戦を説明するわ。カイト殿が率いる本隊1万は、夜明けと共に街道沿いを東進して敵軍と正面から勢いに任せて激突して下さい。それを囮として、後衛に布陣した第2陣メナド将軍とキサラ将軍が左右から回り込んで敵後衛に攻撃を仕掛けます。上空にいる敵は、フリーク殿が引き受けてくれるそうです。」 作戦司令室の黒板を前にして、チョーク片手のクリームがキュキュっと作戦予定を書き込んでいく。 「ゼス軍の作戦は、前回の戦いを見ても分かるように前衛の歩兵を盾にして後衛の魔法兵で攻撃するという従来通りの作戦から大きく進歩していません。そこで、カイト殿の軍で敵前衛を“殺して”、他の3個軍で敵主力を叩きます。」 なお、残る1軍はクリームが率いる射撃戦部隊である。この軍はうっぴーや出目金魚使いなど射撃戦闘の得意なモノを集めた部隊で、物理攻撃に弱い敵の魔法兵を攻撃する為に今回特に用意されたのだ。 「カミーラの城にいる敵に対しては、マリア博士のチューリップ5号と闘神都市Ω(オメガ)に配備された新型魔法機レオパルド500機を率いたアールコート将軍に担当して貰います。こちらは、とりあえず敵の闘神都市3基を撃墜するだけで結構です。」 難事をさらっと口にするクリームに異論を唱える者はいない。それが実現可能であるとここにいる皆が知っているのだ。 「わかったわ。任せ…」 マリアが快諾の言葉を発している、その時であった。 「た、大変です! 皆様!」 うし使いが廊下を爆走して会議中の作戦指令室に乱入したのは。 「いったい何の用です? それと、大変かどうかはこちらで決めます。報告は事実だけを正確にしなさい。」 慌てふためく女の子モンスターの背中に冷水を流し込むかのような研ぎ澄まされたクリームの声音は、あたかもスノーレーザーのようにうし使いの動きを凍りつかせた。 「それで、何が大変なのかぼくに聞かせてくれないかな?」 そんなうし使いに横合いから優しく声をかけた少女がいる。軽装の赤い鎧に身を包んだショートカットの美少女……魔人メナドだ。 その優しい言葉に解凍されたうし使いが放ったのは、まさしく爆弾であった。 「魔王様とリック将軍とレイラ将軍が来て軍を出陣させる準備を始めておられます。そして、皆様にすぐに来いとおっしゃっているんですけど……」 「え、王様が!?」 「……おうさま……」 「ランス様がか。こうしてはおられぬ。」 「確かに大変な事のようね。わかったわ。すぐに行くと伝えてちょうだい。」 カイトの城の作戦指令室に魔人フリークが周辺警戒と闘神都市の各部機能の調整のために会議に出席していなかったが故に起きた情報のタイムラグであろう。 ともかくも知らせを受けたからには急がねばならない。 会議に出ていた他の魔人の皆と一緒に城門前に走るクリームには、せっかく作った自分の作戦案がすっかり没にされる事など知るよしもなかった。 「がはははは。遅いぞ、お前ら。とっとと出発するから、さっさと乗れ。」 開口一番言い放ったランスの言葉に、会議の場から走り着いた面々は出鼻を挫かれてしまった。 そして、城門前に集められていた1万のモンスター兵が、揚陸艇で上空の闘神都市へと次々と運ばれて行く図に絶句してしまった。 「ランス様。これはいったい……」 真っ先に質問できたのは、カイトであった。 「がはははは。闘神都市で運んで行軍にかかる時間を短縮するに決まってるだろ。その方が兵の疲労も軽くなるしな。」 闘神都市Ωの巡航速度は15ノット(約27.8km/h)。確かに、普通に歩くよりは確実に早い。地上から狙い撃ちされる恐れがある敵前での兵力展開をしないように気を付けさえすれば、大幅な効率アップが見込める事は間違い無い。 勿論であるが、クリームやアールコート……ましてやフリークがそういう方法に気付いていない訳は無い。ゼス軍の油断を誘って後衛への迂回攻撃を成功させるという作戦の為に、敢えて普通の行軍をするつもりであっただけなのだ。 しかし…… 「ところでマリア。5号に兵を乗せる事は可能か?」 「はぁはぁはぁ…うん。 せいぜい…500…ぐらいな…ら……狭いのを我慢すれば、なんとか…できると思う。」 まだ息が整ってないマリアにランスが問うた事こそが、クリームが立てた作戦の対案であった。 「じゃあ、マリア。メナドとキサラと兵500を敵の後方に下ろしてくれ。以前自慢してた5号の光学迷彩装置とやらを使えば、近くまで寄られなきゃ何とかなるだろ?」 実際、こちらの作戦の方が当初採用される予定だった作戦よりも成功率は高い。当然ながら、この作戦も候補には上がってはいたのだが…… 「うん。でも……」 「ランス王。その作戦ではカミーラの城方面に差し向けられる戦力が無くなりますが、どうなされるおつもりですか?」 マリアが思わず口篭もり、クリームが明確に指摘した事こそがこの案が採用されなかった理由であった。 「がはははは。あっちにはあっちで別に戦力を送ってるから問題無い。」 ただし、ランスはクリームたちよりも大きな“権限”を持っている。 その気になれば、別の任務についている魔人や将軍などの任務を変更させて援軍として呼び寄せる事ができるのだ。増援によって変化した情勢でなら、ランスの作戦は納得できる。とはいえ、自分が関ってない場所で作戦が決められた事に少々釈然としない思いを抱くのは仕方が無い。 「……ってとこだが、俺様が立てた作戦に何か問題点はあるか? クリームちゃん、アールコート。」 不機嫌な顔で、愛想の欠けた返事をするクリーム。 「いえ、特にありません。」 頭の中で幾通りもの予測を戦わせて不吉な解答が出なかったのか、 「……大丈夫だと思います、王様。」 彼女にしては自信のある回答をするアールコート。 「がはははは。クリームちゃん。そんな顔してるんじゃ、今回の戦闘の肝である敵闘神都市の攻略作戦は任せられないぞ。」 それでも憮然とした表情を崩せないクリームだったが、ランスの言った事の意味を吟味した途端に顔色が変わった。 「ホ、ホントですか?」 「おう。今回のクリームちゃんの任務は敵の闘神都市の攻略。その作戦指揮だ。」 いきなり目の色に生色が戻り、背筋がピンと伸びた。 「わかりました。必ずご期待に答えます! それはもう、あの手この手で効率良く落としてご覧にいれますわ。」 今回の会戦の一番大事な所での作戦指揮を任されるというのだ。クリームがこれに奮い立たない訳はない。釈然としない気持ちなどどこかにすっ飛ばして、揚陸艇に向けて颯爽と歩き出す。 「それじゃ、マリア、メナド、キサラ。無理はするなよ。」 微妙に視線を外し、頬をわずかに赤くしてぶっきらぼうに言い切ったランスの姿に温かいものを感じた3人は、 「王様っ! 王様こそ気をつけて。」 「ランスさんの為に頑張らせて貰います。」 「それじゃ、ランス。兵を降ろし終わったら砲撃支援に戻るわ。」 口々に嬉しそうな返事をした。 「がははははは。」 その唇を順々に奪い、ランスは不敵な笑みを浮かべて最後の揚陸艇に乗り込んでいったのだった。 一方、所変わってカミーラの城の跡。 夜闇の中、ふわふわもこもこした犬のカタチをした雲のようなモノに乗った少女が上空から自分の仕事の成果を確認していた。 それは何かと言うと、 「うわぁぁぁぁ! おかぁちゃ〜ん!」 「化け物だ〜! たくさんいるぞ!」 「か、か、か、か、か、勝てる訳ない……あんな数になんて……」 夜の間に撒き散らしておいた悪夢を、ゼス軍分遣隊の全員の心に芽吹かせる事である。 今、彼等は自分たちが焼き払って焦がした死体の群れがヒタヒタを押し寄せ、味方をどんどんと不気味な波の下に沈めていく光景を目の当たりにしていた。 「と、闘神都市から煙が……」 そして、頼みとする闘神都市が炎上しながらゼスへと向かってまっしぐらに戻って行く光景を……である。 聖魔教団の遺産である闘神ですら、潜入して来たワーグの夢操作には対抗できなかったのだ。闘神都市は、元々がM・M・ルーンの指令で動く戦略兵器なだけあって、『ゼスへの退却』を指示されたと夢で信じ込まされてしまえば、そうするしか道がないのだ。 「総員…退却!」 かろうじて冷静さを保っていたアレックスが、卒倒しかけているマジックの代わりに撤退の命令を下すと、 「逃げろ〜!!」 待ってましたとばかりに総崩れになって全軍が逃げ出して行ったのだった。 ウスピラが殿を務め、カバッハーンが逃げ遅れた味方を助けながら撤退していく。 しかし、彼等の奮戦は…… 勿論、無駄だったのだ。 何故なら、彼等が見ている場所には、戦うべき敵がいないのだから。 「くすくすくす。あっ、あのかおっておもしろ〜い。おんなじゆめみせたのに、はんのうがちがうんだね。べんきょうになっちゃった。」 必死の形相で逃げるゼス軍を見物している少女…魔人ワーグ…は、思い出したように手をポンと叩いて呟いた。 「あ、でもたましいとるのわすれちゃったね、ラッシー。」 と。 骨の森を貫いて続き、カイトの城とゼス王国を繋ぐ街道。 この街道上で、魔王軍とゼス軍の両軍は対峙した。 ランスとアールコートが率いる魔王軍4000は、西側から。 ガンジーが率いるゼス軍7200は東側から。 弓矢どころか、標準的な射程増強法を併用した攻撃魔法すら届かぬ距離で互いに布陣を終える両軍。 全軍をくさび型の突撃陣形に編成した魔王軍と、 突進の威力を止める為に最精鋭の闘将部隊1000を中央に置き、両翼に広げた魔法機部隊3500と傭兵部隊1100で半包囲して殲滅するように前衛部隊を配し、後衛部隊1600は伝統的な魔法戦闘を行うという構えを見せるゼス軍は、 どちらからともなく戦端を開いたのだった。 ゼス軍の上空。 傍若無人な侵攻を続けていた闘神都市2基は、かつてない敵を迎えた。 その名は……闘神都市Ω! かつては聖魔教団最強最後の切り札となる予定であったが、今では魔王軍のものとなってしまった空中要塞である。 闘神都市には、同種兵器同士の戦闘という発想で設けられた兵装は用意されていない。 ……本来ならば。 しかし、魔王軍に接収されたΩだけは、その必要性から対闘神都市戦用の装備を追加されていたのだ。 「7番目の闘神都市Η(エータ)と9番目の闘神都市Ι(イオタ)か。話し合いをしても無駄だとはわかってはおるが、せつないのう……」 魔人となる事を選んだフリーク以外の闘神は、死せるM・M・ルーンの指令を粛々としてこなすだけの人形と化してるも同然の状態になっていた。魔王に協力するという、かつての戦友を裏切っているも同然な行為をしている彼ではあるが、その戦友と直接ぶつからなければならない事態になってしまえば更なる感慨が湧く。 とはいえ、嫌だからと言って黙って傍観している訳にもいかない。 蛮族(魔法が使えない者)の裏切りによって狂ってしまった友、M・M・ルーンが闘神都市に与えた『魔族殲滅』と『蛮族殲滅』の2大指令は未だに生きているのだ。 今はゼス王国という“魔法使いの国”を守備するという行動を行ってはいるが、蛮族の国に対してどういう行動に出るかは……闘神都市が再起動した直後のヘルマンがどういう目に遭わされたかを考えれば、すぐにわかる。 闘神都市をこのままの状態で放置すれば、いずれ魔法使いが統治するゼス王国以外の全世界に対して無差別攻撃を開始するに違いない。 かつて、魔人戦争最後の1年で起きた悪夢が再現されてしまうのだ。 それだけは避けなくてはならない。 フリークは、決意も新たに自らの分身たる闘神都市Ωに指令を下した。 「全速前進! 目標、2時方向に位置する闘神都市H! 対要塞戦用意!」 こうして、史上初の闘神都市同士による戦闘が開始された。 その勝敗の行方は、まだ誰も知らない。 この場をわくわくして見守る神ですらも。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 80話で戦闘を終わらせる予定が……サイズの関係もあって断念しました。 |
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