鬼畜魔王ランス伝

   第85話 「もがき足掻く者達の狂騒曲」

 有利な状況のまま休戦した魔王軍と違って、ゼス王国=ALICE教団=聖魔教団を中心とした人類連合軍は戦後処理にてんてこまいになっていた。骨の森・引き裂きの森・カミーラの城に多大なダメージを受け、カラーの森を引き払う羽目に陥った魔王軍の方も忙しくない訳では無い。ただ、それとは比較にならないぐらい人類連合軍の方が……正確にはゼス王国が忙しくなってしまっているというだけであるのだ。
 千鶴子の独断によるカラーの森侵攻から始まった一連の戦闘では、その規模と激しさの割りには死者がそれほど多くなかったのが救いであった。だが、それは負傷者の救護の手間が洒落にならない事態になる事を意味しているのだ。
 また、ゼス中央部から即日魔王領に攻め込む事を可能にした大量のうし車部隊は、無茶な使用のため多くの車が破損し、修理が必要になった。しかし、多数の負傷者や必需物資を運ぶ為に大量の車が必要になり、やりくりが追いつかない状態が続いている。
 破損した闘将たちの修理は、魔法機の修理を後回しにして進められてはいるが、それでも戦線復帰可能な全機の修理が完了するまでには一ヶ月では済まないであろうと予想されていた。……魔法機部隊の修理が完了するには、更に数ヶ月の時を要するであろう。
 闘神都市の空を守備したエンジェルナイト部隊は健闘したものの、それでも前線に投入されたモノの半数以上が失われてしまった。その為、早急に安定的な量産体制を確立することを強く要求されていた。
 勿論ながら、取り返しのつかない損害もある。
 決して少なくない将兵が異境に倒れ、クリスタルの森や魔の森の肥やしと化した。
 また、魔法先進国と言われるゼスの魔導技術をもってしても、古代の失われた魔導技術の集大成たる闘神都市の再建は不可能であり、墜落してしまった闘神都市は打ち捨てるより他に手がなかった。
 ここ半年……いや、4ヶ月あまりの間に費やされた戦費はゼスの国家予算の軽く倍を超えており、必要な資金を捻出する為に魔法貴族達から繰り返し臨時徴収が行なわれ、毎日のように開かれていた貴族たちの宴はすっかり影を潜めてしまっていた。
 戦功によって市民権を得た奴隷兵達の一部が希望除隊し……一般生活に馴染めずにあちこちで軋轢を生み出して……結局、金を使い果たして軍隊に戻って来るなど、ゼスの奴隷階級への教育の不備を露呈してしまうのはまだまだ先の話であるが、その萌芽とも言うべきトラブルが次々と発生し始めていた。
 年末だというのにフル稼働を余儀無くされ、年始もほとんど休めないのは確実視されている医療機関や公的機関に勤める者達は、これ以上忙しくなるような事が無いように祈りながら、疲れた身体に鞭打って職務に精励していた。
 と言うように、ゼス王国は、受けた痛手を回復するべく軍民問わず全力で活動を続けていたのである。

 当然ながら、例え兵力を開戦時の水準にまで回復し得たとしても、現状では魔王軍に対して勝ち目は無いと言わざるを得ない。魔王や魔人の無敵特性に挑むより先に、通常兵力同士での戦いにおいて遅れを取ってしまっているからである。
 別に、個々の兵の戦闘能力の問題ではない。現に闘将の戦闘能力は魔王軍のモンスター兵を大きく上回り、条件次第では10倍以上の敵を撃破する事も容易であったし、他の兵科の兵の質も魔王軍と比べて大きく劣っている訳ではなかった。
 要は、兵の能力を生かす器……指揮能力と、兵を効率良く殺す策を練る頭……作戦能力が、魔王軍の主力を率いる将帥達に比べて劣っている……ただ、それだけの話である。
 特に作戦能力での劣勢は、ゼス上層部の誰もが否定できないほど深刻であった。
「敵より優れた作戦参謀が我がゼスにいなければ、我々人類に未来はない! 諸君らが忙しいのは重々承知しておるが、それについて意見を求めたい。」
 そう話を切り出したガンジーの前に並ぶのは、ゼスを中心とした人類連合軍の主要な将帥のほとんど…ゼス四天王の千鶴子、マジック、アレックス、パパイア、ゼス四将軍のカバッハーン、ウスピラ、ゼス外人部隊の志津香、ハウレーン、ラファリア、元ヘルマン第五軍のアレクセイ、AL教のサルベナオット、ガーウィン、ジフテリア英雄将軍のサンダース、傭兵のセシル、ルイス、元闘神都市市長YORA、そして四体の闘神…と言うそうそうたる面々であった。
「私に全軍の指揮をお任せ下されば、敵軍を見事撃ち破って見せますわ。」
 ゼス王宮の謁見の間に集められた面々の中で、真っ先に大見得を切ったのはラファリアである。その発言は多くの反感のこもった視線や苦々しげな表情を喚起したが、
「大いに期待させてもらおう。だが、人間であるからには、一人で多方面の戦闘に対応し切る事はできん。他の者の意見はどうか?」
 ガンジー自身は好意的に受け取ったようだ。が、大船に乗った気分で高いびきと行くには、あまりにも説得力不足なのは否めない。
「ここは地道に参謀を育てると言うのはどうかの? 2年あるからには、有望な人材が育つかもしれませんでな。」
「それでは、期日までに参謀が育たない危険があるわ。それに育ったとしても敵より優秀だとは限らないし。」
 カバッハーンの意見は、ガンジーではなく千鶴子によって遮られた。
「だが、試してみる価値はあるな。任せたぞ、爺。」
「分かり申した、ガンジー王。」
 しかし、その献策はガンジー自身によって採用があっさり決定した。
「ここはやはり、既にその実力が認知されている知恵者に来て頂くのが早道ではないでしょうか。」
 次なる意見を述べたのは、外様と言う事で少々遠慮していたハウレーンである。
「そうまで言うからには、誰か当てでもあるのか?」
「はい。魔王にリーザスが占領された時、それを良しとされず野に下った将軍でエクス将軍と言う方がおられます。あの方は知の将と呼ばれるほど軍略に長けた方で…」
「おお、エクス殿か。確かに彼の作戦は見事だったな。」
 エクスとガンジーは第一次ゼス攻防戦の南部戦線にて共同で魔人ますぞえと戦った事がある。その時の経験でエクスの作戦能力の高さは良く知っていたのだ。
「下野されていたとはな。良し、誰か使者を送って助力を請う事にしよう。」
 本来なら自分で勧誘に行きたい所であるが、千鶴子が療養中で無理がきかない為、自分までが留守にしてはゼスという国自体が破綻してしまいかねないので、ガンジーはかろうじて思い止まった。
「ならば、私に使者の役をお任せいただけますか?」
「わっはっはっはっ。うむ、承知した。確かにエクス殿の部下であったあなたが一番適任であろうからな。」
 ハウレーンがうやうやしく申し出るのにガンジーが重々しく許可を出す。
「ガンジー王。私からも提案があります。」
 そこに進み出たのは、
「何か、サルベナオット殿。」
 仮面の聖職者、AL教幹部のサルベナオットである。
「ハンナの街に世界でも最高の軍師がいると聞いた事があります。確か、名を『篠田 源五郎』とか。そちらにも使者を出した方が宜しくありませんか?」
「ふむ。……よかろう。誰か…」
 ほぼ即決で篠田の招聘を決めたガンジーは、続いて使者の選定に入ろうとするが、
「宜しければ、使者の役目は私が責任を持ってお引き受け致しましょう。」
 とサルベナオットが申し出た事で、いきなり解決した。
「では、お願い致しますぞ、サルベナオット殿。」
「承知致しました。」
 こうして、ゼスを始めとする人類連合軍は、人間の自由と尊厳を守るという理念の元に新たな人材を内外に求め、育てる事を決定したのであった。
 それが魔王が予想し、意図する通りの展開であると薄々気付いている者もいた。だが、彼等でさえも、魔王ランスが何を考えて彼等が戦力を蓄えるのを容認するのかを見抜く事はできなかったのだった。


 カラーの住むクリスタルの森へと続く街道がある街ラボリ。
 この街の街路には今、旧ヘルマンの軍装で身を固めた戦士が大勢我が物顔で闊歩していた。民間人は門扉を閉め、女房や娘を隠して、息を潜めて嵐が過ぎ去るのを待っていた。
 彼ら『ヘルマン解放軍』と名乗る連中は、数日前にラボリの街にやって来て自治組織の市民軍を撃砕した後、
「我々は正当なるヘルマンの後継者である。人類を不当な抑圧から解き放ち、我らに真の自由と平等を!」
 との演説を広場に無理矢理集めた民衆に向けてぶち上げた。
 しかし、魔王軍に占領され、ヘルマンが事実上解体されてからの方が民衆の生活が楽になったのは事実である。ことに、ここはカラーの森も近いと言う事で他の街より優遇されているぐらいである。
 当然ながら、仰ぐべき旗印もない無頼の軍勢などの扇動に乗る者などいなかった。
 だが、魔王に媚びる特権階級と名指された市長や市民軍の幹部が次々無惨に処刑されるに至って、市民達は諦めと共にヘルマン解放軍の支配を渋々受け入れたのである。
 それ以来、ラボリの街で民間人は出歩かなくなった。
 財産のほとんどを軍需物資として召し上げられた商人が、次々に休職や廃業に追い込まれたり、徴発に逆らって殺されたりした事によって物流も絶え、農民は種モミすらも取り上げられた。解放軍の荒くれた兵士が家々に押し入っては若い娘を犯したり、なけなしの財産を強奪したりして住民の怨嗟の声を招いていた。
 その怨嗟の声が解放軍の兵士の神経をささくれ立たせ、なお一層の残虐な行ないを誘発し、ラボリは1週間にも満たない短い時間で悪鬼の街と化したかの如き重苦しい雰囲気に包まれていた。
 さて、野盗よりも余程にタチの悪い『ヘルマン解放軍』が、いったいどういう集団なのかと言うと……要するに魔王軍がヘルマンを統治するようになった時に自主退役して、結局は食い詰めてしまった元軍人のなれの果てである。この集団にルーベランが指揮していた遺跡警備大隊の成員だった者もいたのは皮肉と言うより他にない事態かもしれない。
 それが、かれこれ1万弱。
 その食い詰めた元軍人の集団が、昔を懐かしんでヘルマン王党派の残党を中心にまとまり、往時に比べてかなり目減りはしたものの未だに大きな影響力をヘルマンに残しているAL教の支援を受けて、シーラ姫を頭上にいただく新たなヘルマンを樹立するべく密かに集められた組織……それが『ヘルマン解放軍』である。
 マリスの敷いた監視網を潜り抜けてラボリの街に現れた彼等は、更に番裏の砦Cからやって来たモンスター軍を夜陰に紛れて全滅させた。解放軍の士気は、魔王軍の一部であるモンスター軍に完勝した事で天を衝くほどの高まりを見せ、新たな攻略目標へ向けて出撃の準備を始めた。
 その目標とは、カラーの森。
 魔王ランスのアキレス腱と言うべき存在であるカラーの女王パステルと、ランスとパステルの間に生まれた愛娘リセットである。
 その事実を、魔王軍はまだ誰も気付いてはいなかった。


 ゼス王国=ALICE教団=聖魔教団を中心とした人類連合軍の将軍が集まった会合の後、戦力の大まかな整備計画や休戦期間中の戦力配置などが話し合われた。
 その実務者協議が散会した後、凄腕の忍者が相手でも内部をうかがうのが不可能な結界で空間を閉ざして、ゼスの幹部達やサルベナオットは謁見の間に残っていた。
「さて、諸君に残ってもらったのには訳がある。」
 約1名が内心
『何よ、親父。早く帰って宿題片付けたいんだけど。』
 とぼやいている他は、集まったメンバー全員が神妙にガンジーの話に耳を傾けていた。
「先日入手した対魔人兵器『魔剣カオス』は、ここにおられるサルベナオット殿の協力で近いうちに復活するメドがついた。」
 サルベナオットの手配によって、AL教の全シスターの中から容姿と人柄だけで選抜された4人の尼僧がカオス復活とその後の世話の為に派遣される事が決まっていた。……隙あらば一人ぐらいは自分用に掠め取ってやろうとサルベナオットが考えているのまでは秘密であったが。
 なお、法王ムーララルーは自分用をちゃっかり確保していて、本来派遣されるはずの人数が一人減っていたりする……のもお約束である。
「だが、その魔剣の使い手が今のゼスにはいない。」
「ガンジー様? ガンジー様はカオスを振るわれたのではありませんか? 兵たちからそう聞いておりますが。」
「それは、カオスが折れていたからこそ出来た事だ。それに、魔法使いが戦うのに魔剣カオスは向かん。」
 肉体派の筋肉ダルマであるが、ガンジーは一応ゼスでも最強クラスの魔法使いの一人である。その彼が攻撃魔法抜きで魔人とやりあわなければならないのであれば、確かに向いていない武器なのかもしれない。剣を御する事ができないのであれば、尚更に。
「使えない剣に意味なんかないじゃない!」
「あ〜ら、気にせず使えば良いじゃないの。オツムがハッピーになって、みんなみんな殺したくなるだけなんだし。」
「ケケケケ、そいつはいいや。」
 マジックが絶叫し、パパイアや呪われた魔導書ノミコンは寧ろ現状のまま誰かに使わせたがる言葉を漏らすが、他の者はガンジーが少しも慌てた様子がないのを見て取って沈黙を守っていた。
「そこで、世界に知らぬ事はないという大賢者ホ・ラガに教えを乞うのだ。カオスの使い手に相応しい人間の事をな。」
 そして、口に出された対策を聞いて皆がなるほどと頷いた。
「なるほどのう。で、誰を派遣するつもりですかな?」
「ここは、アレックス。お主に行って貰う。」
「え、僕にですか?」
「その通りだ。まことマジックを得る気なら、この使命、見事果たして見せよ!」
「親父…?」
「は、はい!」
 矢面に立たされた二人の顔が瞬時に真っ赤に染まり、それが周囲から好意的な視線を呼び寄せ、更に二人が赤くなる。
「わっはっはっはっ。今日はこれまで。皆、明日からも頼むぞ。」
 こうして、ゼス……いや、戦局全体を左右するかもしれない重大な選択がなされた。
 その選択が如何なる運命を紡ぎ出すのか、それはこの場を興味深げに見守る神…ルドラサウム…を含めて誰も知らなかったのだった。


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 今回は人間側の動きをお伝えいたしました。
 どうだったでしょうかねぇ。なんか、人間側の方が悪人じみてる書き方してる気はするんですけどね(笑)。
 その一番良い例が今回から正式に登場した『ヘルマン解放軍』。ま、何時退場するかわからん連中ではありますが(笑)。こいつらにとって、万事が上手く行った場合…シーラを魔王軍から“救出”したアリストレスをリーダーに迎えて、パステルとリセットの命を“交渉材料”にしてヘルマン帝国を再建する…んでしょうが……まるっきり犯罪者かテロリストの行動ですね。とてもじゃないけど、独立戦争なんて言えない所行です。
 もう、こいつらの理想は、一部が実現不可能になってますが(笑)。
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