鬼畜魔王ランス伝
第89話 「氷と炎」 カラー族が住んでいた森。 カラーの額に付いている希少価値の高いクリスタルの為、クリスタルの森とも呼ばれている森の一角に、重武装した人間の死体を積み上げた不恰好な塚山が二つあった。 「姉さん……」 押し潰された肺の中に残された最後のわずかな空気を押し出して、思わず漏れた小さな小さな呟きは、誰にも聞かれずに消えた。 「ハ…ハウゼ…ル……」 誰よりも愛しい人を気遣い、求める声は、全身に圧し掛かる圧倒的な重みの前に潰されて、塞ぎ止められた。 身動きするどころか、呼吸する事すらも許さぬ圧倒的な質量は、二人の魔人の姉妹を確実に追い詰めつつあった。 誰よりも愛しい半身の事を心配しつつ、二人の意識はゆっくりと薄れていった……。 「へっ。幾ら魔人だって言っても、こうなっちゃおしまいだよな。」 知らないと言うのは幸せだ。 「ああ。幾ら何でも身動きすらできまい。」 気付かないと言うのは、それだけで罪悪だ。 サイゼルとハウゼルを押し潰し続けている死体の塚山の傍で、念の為に見張りとして残されたヘルマン解放軍の兵士たちが、『自分たちでも魔人を倒すことができた』という充実感に満ちた昂揚のままに笑い合う。 しかし、彼らは知らなかった。 しかし、彼らは気付いていなかった。 今の状態こそが、最も危険であるという事に。 彼らは知らなかった。 彼らは気付いていなかった。 今なすべき事は、談笑する事では無く、脇目もくれず一目散に逃げ出す事である事を。 そんな事など思いもよらず、 100人少々のヘルマン歩兵は、自軍の重傷者の看護をしながら、戦死者たちで築いた塚山を見張り、塚の下の化け物が息絶えるのを待ち受けていた。 が、 突如として、塚山の一つが激しい爆炎に包まれた。 もう一つの塚山の方も、びっしりと真っ白い霜に覆われ、あまりの冷気によって砕かれた粉がさらさらと風に流されていく。 安心して油断し切っていた見張り兵たちは、予想外の事態の急変に狼狽して右往左往するばかりで逃げる事すら思いつかない。 呆然と見守るウチに、 うずたかく積み上げられた死体の山を吹き飛ばし、 炎を全身に纏った翼ある人影と、 氷粒を身体の周りに漂わせた翼ある人影は、 地に伏した姿勢から、ゆっくりと立ち上がった。 ハウゼルの放つ静かな殺気とサイゼルの放つ熱い怒気が、愚鈍な兵士たちの心を震え上がらせ、金縛りにかける。 身を切るほどに冷たい空気とチリチリと髪を焦がす熱気は、互いにせめぎあいながら周囲に満ちていく。混じり合いながらも、はっきりと違う温度の二つの空気は、上下にゆっくりと温度差を広げていく。 そして、息詰る対峙の果てに… 「氷雪吹雪!」 焼けつく視線と荒ぶる冷気が、薄翠色の翼を広げた角ある魔天使から放たれ、周囲にいた連中の血肉を凍らせ滅ぼす。 「業火炎破!」 凍てつく視線と激しい熱気が、蒼灰色の翼を広げた角ある魔天使から噴出し、周囲にいた連中の血肉を焼き滅ぼす。 そは、ラ・サイゼル。氷の魔人にして破壊神の片割れ。 そは、ラ・ハウゼル。炎の魔人にして破壊神の片割れ。 2種類の、しかし、等しい意味を持つ破壊が大きく翼を広げた時、 破滅に魅入られ、立ち竦んだ愚かな人間たちは逃げる事すら許されず全滅した。 カラーの集落跡に着いたヘルマン解放軍8579人は、無惨に破壊された家々と遺棄された荷車の数々を発見した。 「奴らが隠れていないかどうか、良く探せ!」 崩れた家々に、ケッセルリンクの館に、ヘルマン兵たちが散って行く。 「荷車の中身を確かめろ!」 荷物を満載した荷車の数々に取り付いた兵たちが、幌布を剥いで荷物の中身を次々暴いていく。 「おおっ、良いメシじゃねえか。」 「おい、酒まであるぞ!」 かさばったり、樽詰めだったりという理由で荷車に置き去りにされた食料品は、次々とヘルマン解放軍の手に落ちた。 「隊長! 連中の逃走経路と思われる跡を発見しました!」 「他に化け物どもが逃げた跡があるかどうか良く探せ! 小人数の足跡も見逃がすんじゃないぞ!」 発見した逃走経路に偵察部隊を数部隊派遣しながら、本隊の方はここで一泊する準備を整え始めた。 焦っているのも確かだが、重装備で1日歩きづめであっただけに、ここで休息を入れなければ、いざ敵に追い着いた時に戦う体力すら残らない可能性がある。 半数の兵を休憩させ、残り半数の兵で捜索活動を続けるヘルマン解放軍は、残して来た味方の辿った無残な運命など知る由も無かった。 その頃、魔王城では…… ホーネットが主催するお茶会にお呼ばれしたランスは、お茶菓子を意地汚く食い散らかし、ついでにホーネット達も美味しく食い散らかし、食欲も性欲も大満足させていた。 賞味されてしまったホーネット達は恍惚として椅子から立ち上がれなくなり、特にサテラははしたなくも失禁までして周囲の顰蹙を買っていた。が、漏らしたのは黄金水では無く潮吹きだったと判明し、辛うじて名誉を回復した。 などと言う平和でエッチなちょっとした騒動が起こっていたのだった。 「くっ……やっぱり、キツイ……」 全身を軋ませるほど膨大な、内側から湧き上がってくる力を持て余しながらも、有翼の姉妹は来た道を飛び戻っていた。 「頑張って、姉さん。ここで私達が彼らを食い止めて置かないと。」 全身から溢れ出る魔力は余りの大きさに二人の身体すら蝕み、苛んでいく。 「うん、ハウゼル。あいつらに思い知らせてやらなきゃ、気が済まない!」 死体の山に押し潰されたせいで姉妹ともども瀕死にまで追いやられた恨みは、そう簡単に消えるものではない。 ランスに出会う前ならば、どちらかでも瀕死にされてしまったら、破壊神の封印が解けて、ラ・バスワルドが顕現していたであろう。しかし、合体関連の事項がランスの管轄下に置かれた現在では、ランスの許可無くして破壊神が顕現する事はない。オマケに、二人が肉体的に接触していなければ合体できないという制限もある。 そこで、ランスが破壊神化の代わりに二人の身体に仕掛けておいた能力が、この“ハイパーモード”であった。 ハイパーモードになった二人は、通常の戦闘力の数倍以上という圧倒的なパワーとスピードを発揮し、ランス本人ですら侮る事ができないほどの魔力を放つ事ができる。 ……自らの身体が持てば、の話であるが。 自滅の危険を省みず、青と赤の弾丸となって疾駆する姉妹は、とうとう視界に野盗以下のゴロツキ軍隊を収めた。 「見つけたっ! 食らえ! 青色破壊光線!」 自身の手を凍傷に浸しながらサイゼルの掌から放たれた青い光線は、一撃で数百人ものヘルマン騎士を氷漬けにしてしまった。 「赤色破壊光線!」 自身の手を焦がしながらハウゼルの掌から放たれた赤い光線は、逃げ腰のヘルマン兵の退路を断つように放たれ、ごくあっさりと数百もの焼死体を生み出す。 「えーい! スノーレーザー乱れ撃ち!」 全身から撃ち出された何百本という数の冷凍光線が、ヘルマン解放軍の兵士たちの命を次々と凍らせていく。 流れ弾が木々や家々を凍らせ砕くが、気にする余裕は双方共に持ち合せていない。 「ファイヤーレーザー速射!」 全身から放たれる何百本もの熱光線が、ヘルマン解放軍の兵士たちの命を次々と終わらせていく。 ついでに、その辺に放置されていた荷車を幾つも幾つも炎上させるが、流石に構っているヒマは誰にも無い。 「もう一度アレを…うぎゃあ!」 投網を用意させようとした士官が、熱光線に撃ち抜かれ即席の松明と化す。 凄まじい冷気にも関らず、サイゼルに攻撃を仕掛けた勇敢な(もっとも、単に自棄になっただけかもしれない)戦士は、 「てぇぇぇぇぇい!」 自らの骨すら軋ませる力で振るわれた手刀で刺し貫かれた。 炎に追い詰められ、やむなくハウゼルに向かって来た兵士たちは、 「はぁっ!」 頭を横合いからはたかれて、首が骨ごとゴキリと折れ曲がってしまった。 「くぅっ! 退け! 退け!」 あまりにも一方的な虐殺に堪りかね、遂に退却を指示するが、ラボリへの帰り道は二人の魔人が塞いでいる。 よって、算を乱して三々五々散り散りに逃げ出す破目になってしまったヘルマン解放軍は、この戦闘で軍勢の半分以上を失ってしまったのだった。 しかし、彼らの苦難はまだまだこれからであった。 「ふう…もう、駄目……」 無茶な魔力の放出を続けていたせいで全身を痛めつけていたサイゼルは、とうとう力無く地面に降り立った。 自らの持つ魔力を抑制し、適度なレベルで制御する魔法の杖“魔道ライフル”無しに魔法を暴走気味の状態で撃ちまくった事による当然の結果である。 「ね…姉さん……」 両の脚では立ち切れず膝を着いてしまった姉に、こちらもよろめきながら近付くハウゼルは、姉の身体の上に覆い被さるように崩れ落ちた。 <ジュウゥゥゥゥゥゥゥゥ!!> 二人が接触した瞬間、激しい蒸気が発生し、濃い霧となって夕暮れに包まれた森を深い闇の中に塗り込めていく。 その濃霧と暗闇に、さしもの狂猛な軍兵も戦闘も行軍も控え、ただ近くにいる仲間と寄り集まって小集団を幾つも幾つも作る事になったのだが、それは余談である。 ほどなく音も蒸気も鳴りを潜め、森には原始の静寂が戻った。 人の営為など、せせら笑い、吸い込むような深く昏い、白い闇が。 「……ぅぅ……酷い目に遭ったわ……」 ようやく口を聞くだけの体力が戻ったのか、ポツリと呟く声がする。 「魔血魂にならなかっただけでも運が良いと思うわ、姉さん。」 慰めになっているのかどうか微妙な言葉を吐いて、人影らしいモノが身体を起こす。 「ところで、ハウゼルの方は大丈夫?」 ハイパーモードと銘打ってはいるが、内実は暴走とさほど変わらない。 「私も休まないとどうにもならないけど……ここで休むのは危険だと思う。」 妹が姉に手を伸ばす。 サイゼルは、ハウゼルの手を借りて立ち上がりながら、もう蒸気が噴き上げない事に安堵の息を漏らした。 それは、ハイパーモード(暴走)が終わった事を意味していたからだ。 サイゼルとハウゼルは破壊神ラ・バスワルドの対になる要素の片方ずつである。それ故に、制御の限界を超えて高めた自らの力を抑制するのは、自力では不可能であった。 そこで、互いを互いの制御棒として用い、暴走した魔力を鎮めるのである。 なお、姉妹が互いに互いの力を抑え込む以外の方法でハイパーモードを鎮静化できるのは、魔王ランスが強制介入する方法しか存在しない。 そう。孤立無援の状況で使うと自滅必至で、しかも迂闊に使ってしまえば自分にも愛しい妹(姉)にも深甚なダメージをもたらす諸刃の刃。それがハイパーモードなのだ。 「そうね。取り敢えず、あそこで休みましょう、姉さん。」 ハウゼルが指差す先には、放棄したケッセルリンクの館が夕暮れの霧の中に陰鬱な影を浮かべていた。 何とか辿り着いた二人が、地下シェルターの扉を閉じて床に倒れ込むように眠り込んだのは、その10分後……夕闇が宵闇に取って代わられる頃の事であった。 一方、その頃… ランスは、シルキィやマリアの研究所をちょっと覗いてから、魔王城に設置されている転送器の子機を利用して転移した。 目的地はリーザス城。 その中庭に新たに設置された転送施設である。 リーザス側転送施設。 転送したり、されたりする人や物を乗せる転槽台のある転送室の外。 元リーザス女王にして使徒であるリア・パラパラ・リーザスは、愛しい夫にして魔王であるランスを今か今かと待ち侘びていた。 「ねぇ、マリス。ダーリン、まだ来ないの?」 その傍らに侍するは、元リア付き筆頭侍女にして形式的にはリアの主である魔人、マリス・アマリリスである。 「魔王城を発ったとの連絡は既に入っております。ですから、今しばらくの辛抱でございます。」 魔王城にある転送設備もリーザス城にある転送施設も、闘神都市オメガにある転送設備の母機を経由しなければならない子機である。 よって、直接転移して来る事はできないのだ。 「ほら、ランプが赤になりましたよ。」 このランプは、転送時に室内へ立ち入るのを禁じる表示で、不慮の事故を防ぐ為に設けられている物である。 つまりは、このランプが点いたという事は、もうすぐ何かが転送されて来ると言う事なのである。恐らくは、先ほど魔王城を進発したランスであろう。 『何とか間に合いました。これで、リア様は正月の間だけとはいえ、ランス王を独占していられる……』 リーザスの総力を結集しての突貫工事も、普通の場合ならば許可すら出さない見てくれを後回しにした実用重視の建設方針も、全てはそれだけの為であった。 <ブゥゥゥ……> 何度か行なった動作試験にも問題無く作動した転送器は、今回も着実に作動… <ズズゥゥゥゥン!!> 地面を鳴動させる重低音が響く。 <ドカァァァァァァン!!> きな臭い匂いが立ち込める。 <ゴゴゴゴゴゴゴ!!> …するかに思われたが、 <……プシュゥゥゥ……> 頼りない音を最後に、沈黙してしまった。 「現状を報告しなさい。」 最も早く立ち直ったマリスが、まだ自失しているオペレーターの一人に要求する。 「はっ…はい。……第一から第六までの魔池箱と魔力供給パイプに何らかの重大な損傷が発生、それにより転送システムが動作途中で停止……ええっ!」 慌しくキーボードを叩いて、コンソールに表示された情報を読み取ったオペレーターは青い顔で絶句した。 「ねえねえ、ダーリンはどうなったのよ!?」 血相を変えて迫るリアの火のような勢いと、 「報告を続けなさい。」 マリスの氷のような冷静さが、あまりの事態に思わずフリーズしてしまったオペレーターを再起動させる。 「はっ、はい。……魔王様はここにもオメガにも現れていません。つまりは、どこに行かれたか不明という事です。」 「な、何ですってぇぇぇぇ!!」 そう。この事件が、マリスが立てていた今後の予定に関する目算を、完膚なきまで木っ端微塵に打ち砕いてしまったのだった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ふふふのふ。また、卑怯なトコで話を切ってるな〜、私。 なお、サイハウ姉妹が自力でハイパーモードを解除できないのは……ランスがパラメータを設定ミスしたのも原因の一つです(笑)。 |
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