鬼畜魔王ランス伝

   第90話 「彼方の地へ…」

 ランス消失から5分が過ぎ……
 リーザス城転送施設は、騒然とした雰囲気に包まれていた。
「魔池箱を始めとする故障は、魔法爆弾による破壊工作と判明。現在、犯人グループと思われる一団と交戦中です。」
 なお、魔池箱とは、大きな魔力を貯めておくバッテリーのような物で、転送施設の動力源となっている大型装置の事である。
「転送施設の復旧は、早くて数日はかかる模様です。」
「親衛隊第二から第四中隊は施設の出入り口を封鎖してね。あと、第一中隊は引き続きリア様の護衛をお願いね〜。」
「転送途中にロストしてしまった魔王様が実体化なされた座標は依然として不明です。」
 オペレーター達の、警備兵達の指示がさほど広くない転送管制室にこだまする。
「むう〜、マリス! ダーリンが来てくれるの邪魔した奴らなんか、ギッタンギッタンにやっちゃって!」
 せっかくの逢瀬を邪魔された怒りも露わに地団駄を踏むリアに、
「承知致しました、リア様。」
 マリスの静かな怒りもゆっくりと確実に増大していく。
 マリスの魔人としての感覚で魔王が死んではいない事がわかっていなければ心配の方が先に立つのであろうが、幸いな事に生命に別状がない事だけは既に判明していた。
 勿論、ランスの行方のほうも気にはなるが、今のところ捜索の手立ては無い。各方面への連絡を終わらせた後、リアやマリスたちに出来る事は祈る事と待つ事ぐらいしか残されていなかった。
 と、なれば、自然と怒りが犯人に向くのが第一になろうというものだ。
「リア様、マリス様! ただいま“人民解放戦線”を名乗る組織から犯行声明が!」
 親衛隊の一人が情報を伝えに駆けつけた瞬間、部屋にいた人は一人を除いてゾクリと肌を粟立たせた。
「ご苦労様です(リア様の怒りは我が怒り。楽には死なせませんよ)。』
 そう。建設途中のドサクサに紛れ魔法爆弾を仕掛け、転送途中を狙って魔王暗殺を企てたテログループの死刑執行書に、今見えないサインが書き込まれたのだ。
 内心呟いたマリスの鬼気で、部屋の温度がいきなり零度未満に下がってしまった錯覚を覚えた皆は、ぶるぶる震えながらテロリストを恨んだのであった。
「マリス! そいつら、一人残らず片付けちゃって!」
 部屋に満ちる冷気にも似た怒りの波動を唯一感じず、心から湧き上がる熱い怒りに沸騰しそうになっているリアと共に……。


 その5分ほど前……
<ブォォォォン>
 予定地点…リーザス城中庭にある転送施設…に向かうべく亜空間を通り抜けていたランスは、突然自分の身体を牽引していた強い力を失った。
『ん……なんだ?』
 そう思ったのも束の間、
<バスッ!>
 何かにぶち当たる音が聞こえ、進行方向が捻じ曲がった。
「ぐはぁぁぁ……痛いぞ、この野郎。」
 何かを弾いたランスは、そのまま……
<ゴンッ!!>
 硬い何かに正面衝突した。
「ちっ…うげっ!」
 悪態をつくヒマもあらばこそ。その何かともつれ合ったランスは、
<バリィィィィィィン!!!>
 何かの壁を突破した感触と共に気を失ったのだった。


 夜の闇の中、不幸と不運に自分から首を突っ込んでしまったヘルマン解放軍の兵士たちは、じっとりと身体を濡らす夜露に、じんわりと心を侵す恐怖に耐えながら、ひたすら朝を待っていた。
 一度迷ったら、二度と出られないと言い伝えられているクリスタルの森。
 幾ら二体の翼持つ魔人の狂瀾怒涛の攻撃から逃れる為とは言え、無我夢中で逃げた彼らは、事もあろうにこの森の中で迷ってしまったのだ。
「うう……こんな事なら、あの時軍を辞めるんじゃなかったなぁ……。」
 見張り役を運悪く引き受けさせられた兵士の一人が、焚き火を目の前にしてぼやく。
 ただひたすらに武芸を鍛え、集団戦術に習熟し、規律を守っていれば、問題無く食えたヘルマン軍の環境は、その男にとってとても居心地が良かった。
 何が正しいか、何が間違っているかを教えてくれるAL教の教えは、その男にとってとても楽であった。
 しかし、AL教の教義がランスを魔王を『教敵』と認定している以上、魔王に降伏したヘルマンの軍に居続ける事は許されなかった。
 それは、正しくない事だからだ。
 彼のみならず、多くのヘルマン兵達がそう教えられ、軍を辞めていった。
 “魔王に一泡吹かせ、かつての栄光あるヘルマンを取り戻す。”
 そんな彼らが、そういう発言を聞かされたならば、一も二も無く参戦するのは道理である。例え、その大義の為にカラー如き人外の化け物を屠殺しなければならないとしても、彼らの正義は揺るがなかった。
 ただ、今、この時、四方を原初の闇に包まれた森の中で、
 男の正義はゆっくりと崩れ落ちようとしていた。
<……ズルズル……ピチャ…クチャ……クチャ……ブチッ………>
 どこからするか解らぬ粘質のかすかな物音は、見張りの男の神経を逆撫でていた。
<……カサカサ……>
 葉ずれの音ですら、訳のわからぬ化け物の足音に聞こえ、何度も何度も同僚を起こしては怒られていた。
 男が『何故、神はこんな理不尽を下されるのか』と暗鬱な気分に沈んだ時、突如視界までが暗転した。何者かに頭から丸呑みにされてしまったのだ。身体を蝕み溶かす酸が満ちる肉壺に頭からダイブさせられてしまい、瞬く間に激痛が全身を走る。
「ぐぎゃぁぁぁぁ!!」
 悲鳴は誰にも気付かれないまま、いもむしDXの胃袋の中に消えていった。
 他の同僚達の身体と共に。

 このようにして、朝を迎える前にヘルマン解放軍の逃げ散った兵士のかなりが、人知れず森の暗がりへと消えていった。
 だが、辛うじてカラー達の通った道を辿る事の出来た者や、サイゼルとハウゼルの姉妹が鎮まるのを待ってラボリへ…人間の棲む世界へ…続く道を逃げ出せた幸運な者達も、少なからずいた事は確かであった。


「つつ……どこだ、ここは。」
 ランスが目覚めたのは、鍾乳洞みたいな雰囲気の洞窟の真っ只中であった。
 周囲を見回しながら立ち上がると、身体で下敷きにしていた石床が立ち上がった。
 いや、床ではない。
 明らかに人型を模したと思われるソレは、
「ランス、コロス。」
 いきなり襲いかかって来た。
「うわっ…のやろっ。」
 反射的に突き飛ばして洞窟の壁へと叩きつけたランスは、頭の中に引っかかるモノを感じていた。
 有体に言えば、このガーディアンに見覚えがあったのだ。
 問答無用でいきなりシィルで両断しなかったのは、そのせいであった。
「う〜ん、どこかで見た気がするんだが……。面倒臭いから、一思いにスパッとやっちまうかな。」
 でも、石人形相手にランスの根気が持つ訳も無い。崩れた岩石に埋もれてもがくガーディアンの前で、ランスは腰の魔剣をスラリと抜き放った。
「え……ランス様。これって、サテラさんのガーディアンのイシスじゃありませんか?」
 それが良かったのか。記憶力抜群のシィルが、相手の正体に思い当たる。
「何!?」
 シィルの一言が引き金になって、ランスの脳裏にもあの時の情景が甦った。サテラにセルさんが魔封結界をかけた時、主であり創造者であるサテラの身代わりとなって結界に捕われた忠実なガーディアンの事を。
「そうか、あの時の石人形だったのか……道理で見覚えがあると思ったぞ。」
 あの時のサテラの悲しみようは、とても見ていられなかった。その後、打ち負かしたサテラに思わず情けをかけて、やっちまわずに見逃がしたぐらいに……。
 失ってあれだけ泣くほど大事なガーディアンなら、連れて帰ればサテラは絶対に喜ぶに違いない。
 ランスは、即決で方針を決定した。
「がはははは、これでも壊れないとは丈夫な石人形だな。どうだ、サテラと合流するまで休戦といかないか?」
 無言のまま、イシスは瓦礫の下敷きから脱出した。さすがに身体のあちこちが損傷してしまったようだが、どれも致命傷ではないようだ。
「サテラは、今は俺様の部下になってる。俺様が…」
 思い切り気を解放する。どんな物分かりの悪い魔物が相手でも、相手が魔王だと認識できるぐらいの魔気を……だ。
「…魔王になったからな。」
 その圧倒的な存在感は、イシスにも解ったのであろう。
「ワカッタ。」
 言葉を喋れるまでに成長を遂げた古参のガーディアン・イシスは、ランスの前に膝を屈した。相手がサテラの主人の魔王であるなら、そうするのが当然だからだ。
「とりあえず、このけったくそ悪い洞窟から出るぞ。付いて来い!」
 気を再び封じ直し、不敵な笑みを浮かべたランスは、無言で頷いたガーディアンを連れて洞窟探検に乗り出した。
 ここが何処であるのか、この先に何が待ち受けているのかも気にせずに……。

 遭遇したモンスターに二種類の道を歩ませながら、一人と一体は洞窟の中をてくてくと進んでいた。
 その後ろには、運良くランスの情けをたっぷり注いで貰えた幸運な女の子モンスターたち(きゃんきゃんとおかし女)数体がちょこちょこと続いていた。
 運悪く魔王と知らずにランスに喧嘩を売った命知らずな男の子モンスターは、今のところ残らず刀の錆びと化していた。可愛い女の子モンスターならともかく、それ相応の実力も無しに突っかかって来る雑魚など助ける気にもならないからだ。
 結構歩いていたにも関らず、未だ出口は見つからない。
「あっ……ランス様、ランス様。」
「どうした? 裸の美女でも発見したか?」
「違います。出口です、ランス様。」
 シィルの指摘に目を凝らして良く見ると、確かに外の光が見える。
「がははは。よし、さすが俺様だ。行くぞ!」
 迷宮の外へと走るランスと、それに続くモノたち。
 しかし、何かの魔力に邪魔されて堂々巡りさせられてしまう。
「ランス様。何か特別な力で出られないんじゃないでしょうか?」
「ううむ。天才で魔王の俺様なら無理矢理出るのもアリだろうが……こいつらまでは無理だろうしな。」
 何らかの結界が張られている事と結界を力押しで突破するのが難しいのを読み取ったランスは、ここはひとまず引き下がって周囲を調べる事にした。
 冒険者としての経験から何らかの仕掛けが隠されている可能性を察したのと、結界の性質に無理に逆らうのは非常に疲れると言うのが理由である。
 そうして辺りを調べていると、きれいな水たまりを発見した。
「ランス様、きれいな水ですね。」
 抜き身で持ったままのシィルが、話しかける。
「ああ、これなら飲めるかもな。」
 ランスは、何故か常備している水筒に水を入れる前に味や毒などを確かめようと顔を水面に近づけた。すると……
 何故か不思議な事に、水面に女の子二人の着替え風景が映った。
「なにっ……(どこだ、どこの光景だ? こんな美味しい景色は)。」
 着替えているのは、二人とも結構美人である。
 一人は全裸に近い上に最後の一枚すら脱ごうとしていて、もう一人もシャツは着ているものの下は下着一枚という姿で目の保養になる事この上ない。
「そうそう、アキ。あの人とは、どうなったの? プロポーズされたんでしょ。」
 そして、水面の向こうを凝視し続けているうちに、何故か向こうで交されている会話までが聞こえ始めた。
「あはは……多田山さんの事?? 好みじゃないからお断りしたわ。」
「あら、もったいない。少しくらい遊んであげたらいいのに……」
「ユキ姉さんと一緒にしないで。私は、真面目におつき合い出来る人を捜しているの。」
「私だって真面目よ、真剣だから複数の人と付き合うの。チャンスは積極的に利用しないと……。だって、いつ牢屋に入れられたりするか…人生何があるか…分からない……。」
「ユキ姉さん……。」
 やりとりを暖かく(視線はやらしく)見守るランスは、
『ん……なんか姉妹のようだな。しかも、何か見覚えがあるな。どこかで会ったような気がしないでもないな。』
 と、考え込んだ。
「あっアキ、急に黙らないでよ。あの時の事は、もう気にしてないから。」
「ん……ほんとに?」
「ほんとよ、貴方が持ってきてくれた“やすらぎの石”のおかげで平気だったしね。」
 そんな間にも姉妹の会話は進んでいく。
『う〜ん、それにしても……いいケツしてるな。何とか触れないかな。手を伸ばせば…何とか……』
 思わず伸びるランスの手。
「……無理しないでね、ユキ姉さん……。もしかして無理に明るく振舞う為に……。」
 そ〜っと、そ〜っと。なでりっ。
「そんな事ないって、気にしない……きゃっ。」
「どうしたのユキ姉さん。」
「……今、誰か……が……おしりをさわった……。」
「えっ、誰もいないはずだよ。この更衣室には私達しか……。」
 ユキとアキの二人は、更衣室をきょろきょろと不安そうに見回した。が、誰の姿も見つからない。ランスの視線を覗き込んだりもしたが、それでも気がつかない。
「……誰もいないよ。」
 アキが震える声で囁いた。
 どうやら、彼女たちからはランスの姿が見えないらしい。
「……おかしいな…確かに…誰かがさわったのに……。」
 その通り。ランスの手には、確かに柔らかで弾力豊かな感触が残っているのだ。どういう理屈で触れるのかは解らないが。さわった事には、間違い無い。
『がははは。さて、もう一回さわるか。』
 ランスはもう一度手を伸ばし、おしりを撫でた。
「きゃっ……やっぱり、誰かいる……。」
 不安そうにきょろきょろ見回すが、ランスの姿はまるで見えない。
「……ユキ姉さん…まさか…牢屋に閉じ込められていた時の後遺症でおかしく……。」
 見えない相手に触られている姉が、実は精神的に病んでいるのでは……と、怖い想像に捕われてしまった妹アキが、心配そうに姉の顔を覗き込む。
「おかしくないって…本当に誰かが…きゃっ……。」
 そんな遣り取りの中、ランスの手は遠慮無く更なる秘境へと伸ばされた。
「今度は、胸にさわった…ぐにぐにともまれたの……。」
 そう。胸である。適度な大きさと弾力を備えたソレは、ランスの手に心地好い触り心地を残した。
「楽しいなぁ……一方的にいたずら出来るのは……そうだ、次は入れよう。」
 ランスは、そう思い立つとズボンのチャックを開け、装填済みのハイパー兵器を展開した。あまりの楽しさに、考えが口に出ているのも気がつかない。
「さわれるなら、入れる事もできるはず……」
 全神経を集中し、ゆっくりと大胆に近づける。が、
「なんだ…消えていく……遠くなっていく……まて、まだ…まだ……入れてない。」
 段々薄れていく美味しい光景。それに伴って、現実の水たまりの風景が戻って来る。
「ランス様、さっきからどうしたんです? 水たまりに話しかけて。」
 ただならぬランスの様子を心配する愛剣、シィルの声も聞こえて来る。
「うるさい、今いいところなんだ。黙ってろ。」
 一言で黙らせたランスは、また水面を凝視するが……一向に更衣室のあの美味しい光景は浮かんで来ない。
「ちっ……もう見えないか。」
 着替え姿が見えなくなった落胆がキッカケとなったのか、ランスはとうとう記憶の引き出しに仕舞っておいた肖像を引っ張り出した。
「おおっ、そうか、あの姉妹か。」
 ランスが以前に会った、リーザス城のカジノで稼いでいたアキ・デルと、牢屋に捕まっていたユキ・デルという姉妹だとようやく思い出せたのだ。あれから2〜3年も経ったせいか、少々面差しが変わっていたのも手伝って思い出すのに苦労したのである。
「あの衣装は……あそこのカジノのだな。よし、今度やりに行こう(姉の方は美味しく頂いたから、こんどは妹の方も……がははは)。」
 ちなみに、ユキが牢屋に入っていたのはリアのサド癖を満足させる為の生け贄にする為に無実の彼女に謀反の罪が着せられたせいで、アキは保釈金を稼ぐ為にカジノで稼いでいたという事情があった……と、言う事もランスは思い出した。
 幸いにもリーザス城には行く用事がある。ランスは俄然張り切って、脱出の手立てを考え始めたが……
「ええい、くそ。ここからじゃ出られんらしいな。行くぞ! シィル! でかぶつ!」
 結局、良いアイディアは思いつかず、鍾乳洞をずかずかと歩き始めたのだった。
「はい、ランス様。」
 魔剣となったシィルを片手に引っ提げ、
 ぞろぞろとお供のモンスターたちを引き連れて……


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ふふふのふ。つ〜いにやっちゃいました。賢明な方なら、ランスがどこにいるかの見当もつくと思いますが、まあ……大目に見て下さい(苦笑)。
 どさくさ紛れにイシスまで出て来るのにも…ね(笑)。
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読んだ後は是非感想を!! 貴方の一言が作者を育て、また奮起させます


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