鬼畜魔王ランス伝

   第97話 「一難去っても…」

「がはははは。出るぞ!」
 廃寺の境内で待機していた300体ほどにまで増えたモンスターの軍勢と合流したランスは、開口一番そう言った。
「フェリス! 財宝類はお前が運んでおけ。」
 と、ランスが命じると、
「はい、マスター。」
 フェリスは、境内の真ん中に運び込んで積み上げてあった千両箱を、まとめて異空間に放り込んだ。……まあ、巨大なドラゴンの死体でも同様の方法で持ち運べるのだから、そうそう驚くような事には当たらないのかもしれないが。
 当座の糧食、水筒、日差し避けなどをそれぞれ携行したモンスター軍は、
「南へ!」
 城の象徴であった天守閣を失った玄武城から離れ、通常空間への帰還を果たすべく、指揮者である魔王ランスが下した号令に従って行軍を開始した。
 枯れた暗黒ヒマワリが不気味な茶色の残骸を晒す南門を抜けて。


 深い深い森の中。
 新たな年を祝う余裕もなく、ただひたすら誰かが…恐らくはターゲットたちが…踏み固めて出来た小道を急ぐむさ苦しい連中がいた。
 精良なヘルマンの鉄でも特に質が良い鋼を用いた武具に身を固め、鍛え抜かれた肉体の限りを尽くして黙々と急ぐ連中がいた。
 まあ、この重装備を身に付けたまま走れば消耗もただごとではないので、早足で歩いているだけなのであるが……。
 それでも、その速度は子供連れであろうターゲットたちの歩速を大幅に超えていた。
 正に強行軍である。
「よし、これなら今日にでも追いつけるぞ。」
 士官と思しき一際体格の良い兵士が回りの仲間を励ました瞬間、
「そういう訳にはまいりませんな。」
 男の首が消えた。
「なにっ!」
 血飛沫を上げ倒れる肉の器の向こうに、黒い霧が湧き出し……実体化した。
「この先は通行止めです。他を当たって頂きましょうか。」
 突然現れた眼鏡の紳士がそう言って手を横に振ると、何人かの不幸な兵士の首がボトボトと地に落ちる。思い出したかのように噴き出す血が死体を朱に染める。
「ひ……ひいっ! 化け物!」
 どうやって殺されたか分からないせいで、兵士たちの恐怖はいやというほど増す。
「化け物で結構。」
 素っ気無く言い捨てた紳士は、紛れも無くケッセルリンクである。
 視線に乗せた魔力で風を操ったケッセルリンクは、瞬く間に10もの敵兵の首を真空の刃で切り落とした。
「ひ……ひぃ……殺される……助けて……」
 炎や氷ならば未だ避けるのにも耐えるのにもそれなりの覚悟で望める為、ダメージをある程度抑える事ができる。だが、相手は目で見る事が不可能に近い風の流れである。
 それも超一流の風使いたる魔人ケッセルリンクが繰り出す真空の刃であった。
 良く鍛えられているとはいえ、所詮は並みの戦士に過ぎない彼等ヘルマン解放軍の兵士たちでは、攻撃されたと気が付く前に首を切り落とされたとしても無理はない。
「弓隊撃て! 前衛、両脇を抜けろ! まともにぶつかるな!」
 ヘルマン解放軍の指揮官イワン将軍が命令を叫ぶと、うろたえていた兵士たちも落ち着きを取り戻した。
 さっそくに弩から100を超える矢がケッセルリンク一人に向けて集中射撃される。
 が、矢の全ては突然の強風によって逸らされた。
「通行止めだと言ったはずですよ。」
 横を通り抜けようとした兵士たちが30人ほどまとめて片付けられる。
 息を飲んだ兵士たちの足が止まった。
 しかし、
「アレを用意しろ! 急げ!」
 懲りずに用意してきた投網を10人がかりで投げる。
 が、
「どうしました、それが。」
 被さる直前に一瞬だけミストフォームになったケッセルリンクは、投網をあっさりとすり抜けた。
 そのあまりの無造作さ加減に、持ち直したはずの兵士たちの恐怖心はいや増す。
「落ち着け! 敵は一人だぞ!」
「そうですか。……こうすれば簡単でしたね。」
 ケッセルリンクは再び黒い霧へと姿を変えると、浮き足立って守りがおろそかになった本陣…イワン将軍の目の前…へと現れる。
 次の瞬間、イワンの首はスパーンと小気味良い音を立てて宙に舞った。
 そして、それが、ヘルマン解放軍の士気が瓦解した瞬間だった。
「うわぁぁぁぁ!! 逃げろぉぉぉぉ!!」
「助けてぇぇぇ!! おかあちゃーーん!!」
「神様、お救いを!!」
 てんでバラバラに逃げていく彼等を追う前に、ケッセルリンクは僅かながら本隊を追うべく迂回に成功した連中を容赦無く始末した。
 そうしてから、残敵を平らげるべく追撃したのだが……
 戦場から逃げ出した残りの兵は、怒りに満ちたサイゼル・ハウゼルの姉妹と正面からぶつかり、既に致命的なまでに損害を受けていた。
 その殲滅戦にケッセルリンクまでが駄目押しで加わった結果、ヘルマン解放軍のカラーの森派遣部隊は壊滅した。
 こうして、今回の作戦に投入した戦力9000名のうち9割以上に当たる8547名の兵と主要な将帥4名のうち3名を失ったヘルマン解放軍は、一万の精兵を揃えて旗揚げした当初の威風が見る影も無いほどに弱体化してしまったのだった。


「魔王様。対罠用アイテムの在庫が、もう各種10個を切りました。」
「くそっ。何だって砂漠なんぞに罠が仕掛けてありやがるんだ。歩き難いったらありゃしないぞ。」
 霧状に噴き出す毒ガス、今にも爆発しそうな爆弾、無造作に転がっている魅力的なガラクタなどなど……何処これほどあるのかと聞きたいぐらいたくさんの罠がランスたちの行く手に仕掛けてあった。
 だが、それらは現在までのところは用意してあった罠破壊用アイテムによって順次処理できている為、たいした被害は発生していない。
「すみません、勇者様。歩き難いとおっしゃる時に運んでいただけるなんて……」
 ランスの腕に抱きかかえられながら運ばれていたリズナが、居心地悪げに謝る。
「がはははは、気にするな。」
「でも……」
「じゃあ、こうしよう。リズナちゃんが自分で歩いて付いて来れるまで運ぶ代わりに、俺様の頼みを一つ聞いてくれ。」
「はい。何でしょう、勇者様。」
「それだ。その“勇者様”ってのを止めてくれ。その呼び方だと別のヤツを呼ばれているようで落ち着かん。」
 ランスの脳裏には、かつて2度ほどまみえた“勇者”アリオスの姿が浮かんでいた。
 ……なお、この時古代遺跡の地下327階で必殺技“二式技 ショウキ”を放とうと全闘気を聖剣エスクードソードに集中していたアリオスが、いきなりくしゃみをしてしまって自爆してしまったなどという喜劇が起きたりもしたのだが、それは余談である。
「わかりました。ゆ……いえ、ランス様。」
 噛み締めるようにうっとりと囁くリズナの躰が、突然魔人化の影響によるものではない発熱で火照り始めた。……いわゆる『スイッチが入ってしまった』のだ。
 まあ、惚れた男に抱き上げられた上に至近距離で見つめられているのだから、スイッチが入ってしまうのも仕方が無いと弁護できる状況ではある。
「がははは。よし。じゃあ、行くか。」
 しかし、ランスはリズナの無言の誘いを黙殺した。
 一つには、ここが砂漠の真っ只中の上に、周囲に嫌と言うほど他人がいるのでランスのやる気が起きないこと。
 二つ目には、躾の問題である。“俺様の女”が求めて来る度に応じていたなら身体が幾らあっても足りないので、我慢する事をも教えておかねばならないのだ。
 しかし、
 それも……
「魔王様、オアシスが見えます。」
 我慢をする必要のある場合に限る。
「おっ! ……本当だな。がはははは。ホテルまであるのか……。」
 ランスの目は、砂漠に浮かぶ緑の地に紛れも無いホテルの看板を見つけた。
「良し、決まりだ。お前ら、あそこのオアシスで休憩だ。俺様と女の子たちはあっちのホテルでご休憩だ。がはははは。」
 ランスが上機嫌でホテルに向かうと、
「あら、お客様だわぁーん。」
 ハゲ頭にエプロンを装備。更に手にはおたまを持っている気色悪い男が現れた。
「ぐはっ……なんだ貴様。化け物め。」
 思わず漏れる素直で正直な感想を聞いて、
「ひどーーーい。」
 さめざめと嘘泣きをするおたま男。
「あたち、このオアシスでラブホを経営しているおたま男ですの。いらっしゃいませ。お客様。愛のラブホテル『お(オ×コ)た(タマ×ン)ま(マ×コ)』へようこそ。サービスで、各種『おたま』は、使い放題ですわよ。ふふふふふ。」
 嘘泣きを止めて営業スマイルを浮かべるおたま男であったが、その顔は子供がひきつけを起こしそうなぐらい、ひたすら怖かった。
「……ひとつ聞く。お前、人間か?」
 外見を差っ引いて感知している気から類推しても、とてもじゃないが相手が人間だとは信じられないランスは、念の為に確認する。
「ひどいわー。そんな事を言うなんて……当たり前じゃないですか。お客様のイケズ。」
 流し目をくれるおたま男だが、ランスが本気の怒りを剥き出しにしそうな気配を察してすぐに態度を改めた。
「まぁ、美男美女の上に団体様なんて……あたち、うらやましいわ。」
「がははははは。そうか、そうか。」
 持ち上げられて上機嫌になるランス。根はけっこう単純である。
「ご休憩は、5万ゴールド。お泊りは、9万ゴールドになりますわ。前金でお願いしますね。」
 ……さすがに女の子モンスターを30体以上もぞろぞろと連れて入ろうとしたのがマズかったのかもしれないが、それでも常識外に高かった。
「……む、金を取るのか!」
 不機嫌になると共に魔気が漏れ出すが、おたま男は怯まない。
「はい、ラブホですから。恋人達に淫靡な場所を時間貸しする仕事ですの。シーツも清潔よ。ゴムもサービスするわよ。」
「……にしても高い。相場の倍なんてものじゃないぞ。」
 魔王としてのプレッシャーが周囲に発散されるが、それでもおたま男は一歩も退こうとしない。
「ごめんなさーい。こんな人気の無い所なので経営が厳しいの。ホントは、これでも赤字なのよー。」
「うむむむ……どうしたものか。」
 他の人間ならともかく、悪人に嫌悪感を持っているらしいリズナの前で無銭宿泊をしたり、邪魔なおたま男を問答無用でぶち殺すのはちょっとだけ気が引けた。
 そこで、もったいないが、きちんと代金を払ってやる事にした。
「仕方ない……おい、フェリス。さっきのアレ1個出せ。」
 ランスの呼びかけに答えて、フェリスは大きな箱を虚空から取り出し、
「はい、マスター。」
 リズナを抱えたままのランスに手渡す。
 ランスは、リズナを片腕で支えたまま器用にもう一方の手で箱を受け取ると、
「じゃあ、しっかり受け取れ!」
 不気味な男に向かって手首を利かして放り投げた。
 大きな箱を両手で受け取ったおたま男は、そのままベシャと潰れた。
 流石に千両箱を受け止めるのは無理があったのだろう。
 箱の勢いを殺し損ねたおたま男はそのまま仰向けに倒れ、無情にも胸の上に千両箱が圧し掛かって潰していた。……恐らくは致命傷だ。……人間なら、の話ではあるが。
「……酷い。」
 その光景を見て思わず呟くリズナだったが、
「何だ。この程度で潰れるとはヤワな野郎だな。ま、死にゃせんだろ(多分、こいつは妖怪だろうしな)。」
 苦笑しつつ頭を掻いたランスの態度を見て思い直した。ランスの基準では充分に受け止められる程度の重さの物を投げたのだと誤解したのだ。……まあ、実際ランスは軽く受け止めていたのだが。
「さて、代金も支払ったんだから遠慮無く休憩しようか。がはははは。」
 そして、潰れたカエルの如くピクピク手足を痙攣させるおたま男を後に残して、ランスたちはラブホテルへと入っていったのだった……。


 自由都市地域の中でも特に自主独立の気風が強く、人口に似合わぬほど大規模な兵力を保有し、かなりの水準の軍事力を誇っていた都市ジオ。
 今では魔王領に組み入れられていたこの都市は、急進独立派が起こしたクーデターによって、その支配者を変えていた。
「諸君! 先日、勇敢なる同志の尊い犠牲によって魔王を放逐する事に成功した。この機を逃してはならぬ!」
 市民を扇動する悪人面の男が、握り拳を振り上げる。
「国民よ、立て! 魔王に膝を屈した悪のリーザスを倒し、我々の独立を取り戻すのだ! ジーク・ジオ!」
 演説というか扇動が最高潮に達すると、
「ジーク・ジオ! ジーク・ジオ! ジーク・ジオ!」
 集まった市民全てが唱和する。
「出兵だ!」
 かねてから周到に用意されていた武器が市民から募られた志願兵たちに配られ、急ごしらえながら万に届くほどの大軍に膨れ上がったジオ市民軍は、クーデターに即応して軍を派遣して来たリーザスとの交戦状態に突入した。
 そして、それと時を同じくするかのように、ハンナ、レッド、ラジール、ロックアースが一斉に武力蜂起し、更に一時は鎮静化していたAL教徒による暴動がリーザス地方の各地で巻き起こったのだった。


 復讐ちゃんとリズナとは3発ずつ。他の女の子モンスターとも1発ずつやってご満悦に浸っているランスは、ホテルの窓から自分が来た方向を眺めて見た。
 すると、本来地平線があると思われる辺りに黒いモヤモヤしたモノがわだかまっているのを発見した。
「ん……なんだ、アレ?」
 ランスは、興味を持ったら確かめてみなければ気が済まない性分でもある。
「がはははは、出発の準備をしとけ! 俺様が戻ったら、すぐ出るぞ!」
 そう言い残して、ランスはさっそく窓から飛び出した。
「わかりました、魔王様。」
 返事を聞くのですら、もどかしげな勢いで。
 2時間ほどかけて歩いてきた道をビュンとひとっ飛びで戻ると、そこにあった筈の玄武城の姿は見当たらなかった。その代わりと言っては何だが、玄武城のあった辺りに黒くてモヤモヤしたモノがある。
「あれは……まさか……結界の綻びか!?」
 もしかしたら永久保護魔法が解除されたせいで、異次元空間そのものが崩壊し始めたのかもしれない。……と、見当をつけたランスは急いで取って返す。
 流石のランスでも、どう見ても怪しい黒いモヤモヤの中に突っ込んでみて確かめる気にはならなかったと言う理由も引き返す動機の一つであるが……。
「おい、お前ら! 急いで出発するぞ!」
 黒いモヤモヤ…結界の綻び…は目に見えるほどの早さで広がってはいなかったが、それでも早く脱出するに越した事は無いだろうと容易に判断できる。
 指揮者である魔王に急かされたモンスター軍は、再び砂漠の行軍を開始するのだった。
 まだ見ぬ異次元空間からの出口を目指して。


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 ふふふのふ。原作イベント? 何それ? 僕わかりませーん……ってのは冗談として、いよいよ5D側の話も独自色が強くなってまいりました。
 あと、とうとうカラーの森に攻め込んだ馬鹿者軍隊ヘルマン解放軍が壊滅しました。いや、雑魚キャラばっかの割りに良く持ったもんだ。うん。
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読んだ後は是非感想を!! 貴方の一言が作者を育て、また奮起させます


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