鬼畜魔王ランス伝
第100話 「脱出」 Mランドの都市長であり遊園地の園長でもある運河さよりが目覚めたのは、一軒の古ぼけた小屋の中であった。 人が住まなくなって久しいらしく荒れた雰囲気が目立つ室内であったが、まだ雨風を防ぐ役には立ちそうだ。 ……もっとも、火が焚いてある訳ではないので、室内の空気はひたすらに寒かった。目覚めた時すでに包まっていた厚い布団が無ければ凍死していたんじゃないかと思わせる程の寒さである。 「え……ここ……は……」 気を失う前はMランドを攻囲していたレッド軍の本陣の天幕にいたはず……と周囲を見回すと、隻腕の男が目の前に立っていた。まるで、さよりが探すのを待って姿を現したかのようなタイミングの良さだ。まあ、実際その通りなのだが。 「読め。」 一言だけ告げると、男は懐から取り出した白い物体を投げつけた。 「きゃっ……」 顔に向かって投げつけられたソレに意識を奪われた隙に、男はさよりの視界から消え失せていた。 「え……あ、手紙……」 状況が分からずうろたえかけるさよりであったが、男が投げたソレがどうやら畳んだ手紙らしいと知って床から拾って読み出した。 『さよりさん。この手紙を読んでるという事は、さよりさんに手を出す馬鹿が出たと言う事だな。まったく、けしからん。ところで、俺様がさよりさんをMランドに戻した意味は忘れてないだろうな。物だけ残っても子供達の事を考えられる人間がいなくなったら、さよりさんが何処かに連れていかれたら、俺様が我慢した意味がないだろ? ハーレムは首にしたが、俺様の女まで首にした覚えはないぞ。』 手紙に書かれていた内容から差出人が誰かを悟ったさよりは、 「え……これは……」 慌てて署名を確かめる。 そこには、特徴的な文体で『ランス』と書かれていた。 「ランス王……」 この時、さよりの中で何かが繋がった。 ランス王が魔王になって以来、リーザスからの資金援助が打ち切られた上に、戦乱で来客数も減って苦しい経営を強いられていたMランドが曲がりなりにも存続していられたのは、出所不明の多額の寄付金がMランドに届けられていたからであったのだが…… 今、その出所がおぼろげながら明らかになったのだ。 さよりは、胸に溢れる暖かい気持ちごと手紙を抱き締め、止まらぬ涙で床を濡らした。 もう、部屋の寒さなど気にならない。 それ以上に心が身体を暖めてくれているから……。 「……つまらぬ仕事だ。」 顛末を見届けた隻腕の忍びが、さよりに気取られずに屋根の上まで移動する。 「しのぶ、護衛は任せた。」 対象以外は聞くのが困難な特殊な話法で指示を与えると、隻腕の忍者は音も無く雪の上へと降り立った。 そして、そのまま足跡も残さず駆け去っていく。 狙うはレッド軍の将軍と、一般兵に偽装して紛れ込んでいるAL教の僧官の首。 『……とはいえ、襲ってきたのが美女でなければ、こちらの判断で殺って構わないという条件の方は文句が無いな。日々の糧を得る為の仕事としては上出来だ。』 人血の予感に浮かんだ笑みは、月光に照り映えてギラリと光った。 「せいっ!」 大きくは無いが鋭い気合いが、広々とした玄関ホールに響く。 と、体勢を崩されたデカントの頭部が床に打ちつけられ、動かなくなった。 床にだらしなく伸びている十数体の魔物が、既にボロボロになりかけた少女の戦闘力のほどを無言で物語っている。 「まだですか、セルさん。」 激戦の連続でさすがに息が切れ始めたカオルが作業を促すと、力強く頷いたセルが魔法陣の中に踏み込む。既に警報システムはカオルの手によって一時的に麻痺させられている為、電撃に撃たれる事も非常ベルが鳴り出す事もなく、難無く陳列ケースの前まで来る。 「……行きます。 女神ALICEの御名において、邪悪なる封印よ、退け!」 そして、魔法陣に貯め込まれていた生命力を利用して封印を砕く! < パキィィィィン! > 澄んだ音を立てて封印の水晶球は割れ、激しい白煙がホールいっぱいに立ち込めた。 「成こ……うくっ…」 煙の中から現れたのは、セルの喉首を左腕一本で捩じ上げている痩せこけて老けこんだ青年であった。 「…魔王は……ランスは、どこだ……」 その地獄の底から響く怨嗟にも似た……いや、そのものズバリの声を聞いた時、カオルは自分が間違ってしまった事を悟った。 目覚めさせてはいけないモノに手出ししてしまった事を…… 「……ま……魔王…は……行方…不…明……でも、魔人…が…………逃げ…て……」 それでも、まだセルは健太郎に逃走を勧めている。 まだ、相手が話の分かる人間だと哀れにも信じているのだ。 そんなセルの襟首は締め上げられ、もう悲鳴すら上げられない。 青くなった顔色が、窒息死まで間も無い事をカオルに教える。 「くっ……」 一目見ただけでも彼我の技量が大きく開いているのを見て取って、助けに入るのを躊躇したカオルであったが……幾ら何でも、セルを見捨てるわけにもいかない。 カオルは健太郎の死角に潜り込もうとしたが、素早く振り返った健太郎の残る右腕に捕えられてしまう。皆伝を得るほどまでに練達した柔術の心得も、圧倒的な膂力と反応速度の差の前には無力な生贄も同じであったのだ。 あっという間にカオルの襟首も捩じ上げられた。 「く……ぅぅ……」 ふと……両手で女の子二人の首を本気で締め上げる健太郎のギラギラした殺意を湛えた目が、情欲に歪んだ色に変じた。片襟を捩じ上げたせいでカオルの胸が着物の隙間からチラリと覗き、思わずそそられてしまったのだ。 < ドサッ! ボスッ! > 硬い床面にカオルとセルを遠慮無く投げ出す健太郎。 辛うじて受身を取る事に成功したカオルはともかく、まともに落下したセルは白目を剥いて口の端から鮮血を垂らす。 そんな二人にゆっくりと歩み寄る健太郎。 隠し切れない内心の脅えを楽しむかのようにゆっくりと。 抑え切れない欲情を表わすかのように手をわきわきと動かして。 雲間から月光が室内に差し込むと、 そこにはかつての好青年の面影は無く、残酷で邪な笑みが内面から滲み出ているかのような不気味な化け物が照らし出されていたのだった。 何の変化もなかった暗黒の道に、遂に終焉がやって来た。 「おっ……ここは……」 道の先に外の光が見えて来たのだ。 「リズナちゃん、ここだな。ここが出口だろ?」 ただ、外は昼間では無いらしく光はそんなに強くない。 「たぶん……そう思います。チドセセーが嘘を言っていなければ、血達磨包丁が……」 「ふむ……そうか……て、あれかい!!」 ランス達の前方には、横一列に巨大な達磨が並んでいた。 「えっ……すごい数……」 広い暗黒の道を塞いでいるだけではなく、結界の淵に沿って延々並んでいる七つ目で牙の生えた巨大な達磨の群れは一種壮観であった。 「何体いるんだ……まあ、いい。まとめて片付ければ何体いたって一緒だ。」 ランスはシィルに高めた魔力を集中し、更に練り上げていく。 「俺様が攻撃したら、迷わず突っ込めよ。」 「はい、わかりました。」 指示に素直に頷くモンスターたち総勢500体あまり。 魔剣そのものと刀身に輝く魔法文字が更なる魔力増幅を行ない、集められた魔力がいやが上にも高まっていく。 「魔王〜! アターーーーック!!」 掛け声と共に突き出された剣先に沿って莫大な魔力が拡散放出されて、血達磨包丁の群れを呑み込んで押し流す。あるいは砕き、あるいは拉ぎ、あるいは凹ませて魔力の津波は突き進み、勢いを減じずに出口を突破した。 < オオーーーーッ!! > 鯨波を上げて突撃するモンスター軍は、リズナと復讐ちゃんとイシスと金龍を先頭に封鎖の切れ目を突破していく。 もう、大勢は決したのだ。 もう既に、血達磨包丁にはランスの部下を押し止める事はできない。 「がははははは。じゃあ、行こうか。」 圧倒勝利で気分良く出口へと歩き出したランスの耳に、怒涛の足音が聞こえて来た。 「ん……何だ?」 足音は後ろからする。 振り返ったランスの前に現れたるは、筒状の何か分からないモノを背負った丸っこい青い鳥の群れだった。 < くけけー くけけー > 平板な黒い目には何が映っているのかさっぱりだったが、とにかく凄い殺気を放ちながら圧倒的な数で押し寄せて来る。 「ちっ! 来るんじゃねえ! ランスアタック!」 どうやら自分を狙っていると見当をつけたランスは、闘気の爆発を変な鳥の群れの鼻先に撃ち込むと、じりじりと後ずさりだした。 「ランス様。あれは、多分“遅刻ペンギン”です。」 第一陣の出鼻を挫いたランスに、シィルがうんちくを披露する。 「何だ!? その遅刻ペンギンとやらは。……ライトニングレーザー!」 そう言う間にも、右から来る遅刻ペンギンを5〜6体まとめて切り裂き、左から来る遅刻ペンギンを10体ほどまとめて魔法で消し飛ばす。 今のランスですら支えるのがやっとと言う人海戦術であるが、まだまだ後がつかえているらしく一向に減る気配が無い。 「はい。何でも制限時間にうるさい生き物だとかで、給食を時間内に食べられないと襲いに来るとか……。あと、締め切りを破ると殺しに来るとか、寝坊をしただけでも突つきに来るとか言われています。」 「なんだと! ……ふざけやがって!」 更にまとめて十数匹をミンチに変えたランスであったが、ペンギン雪崩は全然尽きる気配がない。ランスのガードをかいくぐって突つかれる嘴は、何故か“絶対加護”で守られているはずの魔王にもダメージを与えてくる。 『くそっ……こいつらも妖怪か神だって言うのか……本気で訳分からんの作るな、あの野郎は。』 と、内心毒づきながら、 「ランスアタック! ランスアタック! ランスアタック! ランスアタック! も一つおまけにランスアタック!」 闘気の爆発を連打して押し返すが、凶暴な遅刻ペンギンはまったく怯まない。 「くそっ! ランスアタック! ランスアタック! ランスアタック!」 更に必殺技を撃ちまくる。 ……魔王の膨大な体力が支えになければ、これほどの連続攻撃は不可能であろう。 バックステップで出口へと下がりながら独りで戦線を構築し続けるランス。 「魔王様!」 「ランス様!」 まだ出口から出ずにランスを待っていた者達が加勢に来ようとするのを、 「来るな! 先に行ってろ!」 一言で制して、黙々と弾幕張りを続けるランス。 しばらくして…… 魔王が本気で行なった攻撃の前には、頭数と戦闘力を兼ね備えた狂暴な生物と言えど幾ら何でも持ち堪えられず、遅刻ペンギンの群れは遂に途切れた。 が、その後に控えていたのは更に凶悪なモノだった。 「ちっ、もう来やがった!」 そう。結界の綻び……黒いモヤモヤが迫って来ていたのだ。 流石にこれを押し止めるのは更に難しいし、たいして意味は無い。 思い切り良く反転し、一気にダッシュを開始するランス。 「どけ! どけ! どけ! どけ! どけ! どけ! どけ!」 一太刀ごとに闘気を全力で込めた斬撃は、行く手を塞ごうとする血達磨包丁や遅刻ペンギンを蹴散らし、血路を無理矢理切り開く。 全力疾走だけでは足りず、飛行魔法で自分を後押しして走る、走る、走る。 あと3m…2m…1m…… 「がははははは! よっしゃあ〜! 出口だ〜!」 ランスが脱出した後で出口を振り返ると、こちら側からは見えないらしく何も見当たらなかった。 その代わりに周囲に見えるのは…… 一足先に脱出していた配下のモンスター達と戦っている人間の兵士達だった。 「がはははは。俺様見参!」 何か対軍団用の大規模魔法で不意討ちされたらしく地面でピクピク痙攣している連中なんかもいるが、ともかく未だ抵抗を続ける数百人の兵士の集団に斬り込んだ。 ザクザクザクザクっと無造作に斬り捨てて行くと、集団の中央辺りにちょっとだけ身なりの良い男がいた。 そいつが生意気にも剣を抜いてかかって来たので、ランスは反射的に斬り捨てた。 「我々は永遠だぁーー!」 イッちゃった目で叫びながら真っ半になった男を見て、ランスはうんざりした吐息を漏らす。 「ああ、暑苦しい。……どれどれ、どうやら戦闘も終わったようだな。がはははは。」 どうやら敵陣内に出現して奇襲を…しかも夜襲を…かけた形になっていたらしく、戦闘はかなり一方的な結果に終わった。 こうして、ジオ市民軍は昼間のリーザス軍との戦闘の疲労も抜けないうちに、突如陣中に出現した魔王軍の奇襲に遭い、敢え無く討ち滅ぼされてしまったのだった。 皮肉にも、自分たちが何処かヘ追放した筈だった魔王ランスの手によって……。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 拙作『鬼畜魔王ランス伝』の公開一周年記念。及び、100話達成記念の回です。 100話を記念して、あの男が復活してたりなんかします(笑)。 |
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