鬼畜魔王ランス伝
第113話 「門の向う側」 よっちゃんとパープルを両手に抱えたランスは、意気揚揚とリーザス城に凱旋した。 なお、アリシアとシンシアはそのまま闘神都市でALICE新教ことランス真教を布教させる事にしたので連れて来ていない。 勿論ながら、帰り際に二人とも息も絶え絶えになるほど激しく可愛がったあげくに濃いのをたっぷりとランスが満足するまで注いで来たのは言うまでも無いが。 「さてと、一応挨拶ぐらいはしてかないとな(パープルをここの特別室に預けるつもりじゃなきゃ面倒だから黙って帰るんだが……)。」 口では殊勝な事を言いつつも、ランスは首尾良く目的の人物を探し出した。 「おい、マリス!」 「何でしょうか、ランス王。」 人間世界の過半を治める魔人は、突然に主である魔王様からかけられた声にも慌てず騒がず軽く頭を下げる。 「こいつを特別室に入れといてくれ。」 そう言ってランスが床に下ろしたのはパープルである。 「承知致しました。」 そんな事は珍しくも何とも無いので即座に承知するマリス。 「あと、俺様はそろそろ魔王城に帰る。」 それには即答できかねているマリスに、ランスは苦笑しながら補足する。 「向うでちょっとやる事があるんでな。来月中にまた来る。」 「分かりました。」 ようやくマリスを納得させると、次はよっちゃんの方を床に下ろす。 「お前はマリアといっしょに来い。あいつもそろそろ戻って来る頃だろうからな。」 魔人マリア・カスタードは、こっちに来る時に不時着したチューリップ4号の回収と元弟子達の勧誘活動をだいたい終えていた。 勧誘に応じた弟子達は一番弟子とも言うべき香澄を始めとして50人ほど。 彼女らとチューリップ4号を運ぶ為に、うし車を10台も借りているのだ。 客が3人…デル姉妹とよっちゃん…が増えるぐらいは何でも無いはずだ。 最悪、うし車を1台増やせば良いだけだし。 「はい、オーナー。」 返事を聞いたランスは、小走りの足音を耳聡く聞き分けて窓へと急いだ。 「(リアに捕まると面倒だから、俺様はここらで逃げるぞ)。じゃあ、またな。」 そうして、そのまま窓から飛び出した。 「あ〜ん。待って、ダーリン!」 聞こえてきたリアの声にちょっとだけ後ろ髪を引かれつつ。 シィルだけを連れて(魔剣を腰に提げて持ち歩く事を連れて行くと言うならだが)の空の旅も予定以上につつがなく終わり、ランスは魔王城へと帰って来た。 「がははははは。元気にやってたか?」 敢えて正面玄関から堂々と入ってきて、出迎えた者達が次々と膝を着いて礼をするのを心地好く見渡しつつ奥へ奥へと歩く。 当然ながら、帰城した主の歩みを妨げるような不埒者はいない。 そういう不埒な事をしでかす魔王城唯一の存在…異世界の剣士 小川健太郎…は、現在陳列ケースの中でその無様な苦悶を惜しげもなく晒している。 そうして大広間までやってきたランスは、ズカズカと玉座へと腰掛ける。 「お帰りなさいませ、ランス様。」 表情は変えず、でも声に微妙に嬉しさが滲んでいるホーネットをニヤリと見てから、 「で、何か俺様に言うような事はあったか?」 ランスは自分が不在の間の出来事について訊ねる。 「カラー族の皆様がカスケード・バウに到着しておりますが、魔王様の指示をお願い致します。」 「そうだな……カラー族の新しい森は未だできてないんだよな?」 「はい。」 移住決定からこっちの短期間では森が育つなんて事はさすがにない。 カラー族の移住予定地は、あくまで予定地だった。 「じゃあ、そこが住めるようになるまで魔王城に置いてやれ。城内の一角をカラー族用に空けておけ。」 「はい、ランス様。」 「あ、ちゃんと人間の居住区とは離しておけよ。」 「承知しております。」 カラーはその性質上人間などの他種族に狙われ易い。 ハニーキングに謂れ無き嫌悪感を抱かれていたり、人間にカラーの命とも言うべき額のクリスタルを狙われていたりと、狙われる理由に事欠かない種族なのだ。 カラーは、個体としての能力は決して非力ではないが、何てったって数の差は大きい。 少数種族である彼女らは、森の守りを失えば滅亡するしかない。 ……その女王パステル・カラーが魔王ランスの妻であり、その手厚い庇護を受けられるので無ければの話だが。 「居住区の都合がついたらパステル達を呼びにやれ。それまでは、そうだな……シルキィの城にでも案内しとけ。」 「はい、ランス様。」 その指示も妥当なものなので、ホーネットは即座に肯いた。 「それから、人間の居住区に俺様直営の店を二軒ほど作る。責任者は俺様が選んでおいたから、後でそいつらと細かいとこを決めておいてくれ。」 「はい、ランス様。」 言った直後に、ホーネットに全面的に任せるのは危険かもと察知したランスは、 「ただし、試案が出来たら見せろ。俺様がチェックするまで出店は許さん。」 危険回避の為、そう念を押しておいた。 えらく高価な売り物を用意させられたり、場違いな程に広い店舗を何時の間にか作らされる事への防波堤である。 「あと、例の“儀式”の準備はできてるか?」 話題を変えると同時に苦笑を不敵な笑みへと即座に切り替えたランス。 「ほぼ終わっております。後は星辰が満ちるのを待つだけかと……。」 しかし、ホーネットの表情は変わらない。 氷を思わせる端麗な美貌のままで必要な報告だけを紡ぐ。 「そうか。」 星辰…星の並び…が儀式に必要な要件を満たすまでには後2日。 その儀式を行う為にこそ、ランスは魔王城へと戻ってきたのだから。 「じゃあ、そろそろやるぞ。」 「はい、ランス様。」 反射的に答えてしまったホーネットは、突然お尻に回された手の感触にうろたえた。 「ラ、ラ、ラ、ラ…ランス様?」 ホーネットの氷の微笑みを溶かす事のできる人間は数有れど、ここまで真っ赤になって右往左往させる事のできるのはランスを置いていない。 「がはははは、久しぶりでたまってるんじゃないのか?」 言われつつも強引に抱き寄せられて唇を奪われた瞬間、蕩けるように甘美で抗い難い波がホーネットの意識をどこか遠い所へと攫って行ってしまったのだった……。 そして、儀式の当日。 魔王城の玄関ホールに数人の人物が集まっていた。 「準備できました、ランス様。」 枠と扉しかない奇妙なドアを魔法陣の中に設置し終えたホーネットが、 「王様、ありがとうございます。こんなにしてもらって……」 と言いつつも、どこか冴えない表情の美樹が、 「ランス王。どうやってお礼をしたら良いか……」 とうとうここまで来たと感慨に耽る美貌の女侍 日光が、 「ぼ、僕はいったい……」 茫然自失の状態でぐるぐる巻きに縛られている健太郎が、 そして、 「がははははは。さぁて、始めようか。」 自信満々の風情で呪文の詠唱を始めたランスが、魔法陣の中央当たりに描かれた円の中に立っていた。 そのランスがマントを翻すと雲間から月光が差し込んで来る。 月は満月。魔の力が最も高まる時。 「異世界の扉よ。其処に属する男の苦悶を糧に、今開け!」 今までにたっぷりと抽出された健太郎の苦痛と生体エネルギーを利用し、今彼等の故郷の世界への門が開かれた。 そう。健太郎を苦しめていた刑罰は、この時の為の布石だったのだ。 扉が開くと、枠しか無かったはずの扉の向うは何やら禍々しいドロドロとした斑の雲と極彩色の稲光が占拠していた。 ちなみに、反対側から見ると真っ黒の四角だったりする。 「行くぞ! おら、キリキリ歩け!」 腕をぐるぐる巻きに縛られたまま立っていた健太郎が、ドアの向う側に蹴り込まれる。 せめてもの温情として、こっちに来てからの記憶は悪夢だったと思う精神操作を施されていたので、今の状況が何だか分からないというのもあるだろう。 それを差し引いても潰れたカエルの鳴き声のような悲鳴があがったのは哀れを誘った。 ……同情される資格が御当人にあるかどうかは別として。 「健太郎君っ!」 思わず美樹が悲鳴に近い声を上げてしまうが、ランスは慌てず騒がず答える。 「大丈夫だ。これでヤツは自分の世界に戻って行くはずだ。」 皮肉混じりに笑いつつ答えた後で、ランスは本当に真剣な目になり美樹に向き直る。 「で、どうする美樹ちゃん? 今なら行くのを中止する事もできるぞ。」 「ええっ?」 ランスのいきなりな発言に目を丸くする美樹に、 「ま、向うに行ってから考えるって手もあるけどな。どうせ俺様も向うに行かなきゃならんしな。」 更に畳みかけるランス。 しかし、その言葉はこの土壇場で決断を促すものではなかった。 「日光さん、刀になってついてきてくれ。事の顛末ぐらいは見たいだろ?」 「は、ランス王。」 日光が本来敵対すべき立場である魔王のランスに頭を下げ、聖刀へと姿を変じると、ランスは彼女を手に取って魔剣シィルと共に腰に手挟んだ。 「じゃ、行こうか美樹ちゃん。」 「はいっ、王様。」 差し出されたランスの手と手を繋いだ瞬間、美樹の頬が紅潮したのを見て取ったものはいたことはいたが、敢えて指摘する者はいない。 そんな風にして、現・魔王と元・魔王は手と手を取って異世界へと続く扉を潜ったのであった。 美樹の生まれ故郷、日本へと続いているはずの扉を……。 そして、扉を潜り長く暗く不安定な通路を歩いてきた美樹は、眼前に広がっている光景を見て目を疑った。 「ここ、どこ!? 王様、元の世界に連れてきてくれたんじゃないの!?」 そこは、瓦礫と焼け野原が渾然一体となった廃墟だったのだ……。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ さて、このキチクマもそろそろ連載開始当初から予定していたイベントを消化する時がやってまいりました。 今回は、闇乃棄黒夜さんに見直しへの協力や助言をいただいております。どうもありがとうございました。 |
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