鬼畜魔王ランス伝
第114話 「人鬼の末路」 廃墟の町のちょっと開けた場所に二人は居た。 「ここ……どこなの?」 近くの焼け野原と瓦礫に目を奪われ気付けずにいたが、美樹は無意識に懐かしさを感じ取ってはいた。 遠くに見える景色は確かに見覚えのあるものだったから……。 「とりあえず周囲を調べてみて……とは、どうやら言えないようだな。」 苦笑混じりに剣呑な視線をランスが周囲に向けると、そこかしこからワラワラと純白の装束の連中が湧き出て来た。 「えっ?」 背に純白の翼を畳み、頭上に輝く光輪を戴き、現代日本にふさわしくなくほのかに光る槍で武装した連中は、瞬く間にランスと美樹を取り囲んだ。 更に、神父服を着て十字架と聖書を携えた美貌の男が、その白装束の一団の中から進み出てきてランスに向かって横柄に言い渡した。 「異世界の魔王よ。そこなる娘を置いてとく去るが良い。今なら格別の慈悲をもって見逃してやろう。」 事もあろうにランスに向かってである。 「ざけんな! 美樹ちゃんがどうしたいかは美樹ちゃん自身が決めるこった。てめえらには関係無い!」 それは、喧嘩を売られたと同義であり、売られた喧嘩を買わずに済ませるほどランスは温厚な性格ではない。 「美樹ちゃんは先に行ってろ。俺様は日が沈むまではここにいる。」 「聞こえなかったのか、貴様。即座に退去せねば貴様の命は無い。」 神父服の男が繰り返すが、そんな言葉がランスを止められる訳も無い。 「日光さん、美樹ちゃんを頼む。」 「承知しました、ランス王。」 腰から抜いた聖刀が人の姿を取ると、美樹の手を引いて天使の一団の包囲の一角を目指すが…… 「あの者たちに攻撃するな! 我等の目標はあくまでも魔王のみ!(あれは紛れも無く聖なる存在! ……いったいどういう姦計だ?)」 神父姿の男は、日光が異世界のとはいえ聖なる存在だと見抜いて攻撃を手控えさせた。 それを幸い、腰の刀を抜く事も無く天使の包囲陣を駆け抜けて行く二人。 しかし、監視役の天使ぐらいは張り付けておこうと神父姿が命令しようとした瞬間、膨れ上がった魔王の殺気は神父姿と天使達を瞬時に戦闘態勢に切り換えた。 今、意識を逸らしたら殺られる。 そう直感した彼等であったが、それでもかなり認識は甘かった。 「いきなり消えちゃえボム!!」 ランスの全身から迸った強烈な魔力は、言葉通りにいきなり天の御使い達を飲み込み、この世から消し飛ばした。 辛うじて風の防御障壁を張るのが間に合った神父姿を除いては。 「ほほう。俺様の攻撃をレジストするとはちょっとはやるな(これを撃ってもくそクジラの腰巾着の声が聞こえて来ないとは……こいつは久々にマジで全力が出せるかな)。」 寧ろ防がれたのが嬉しそうに見える凄絶な笑みを浮かべ、ランスは普段は抑えに抑えまくっていた力の封印を解いた。 「がはははははははは(……思った通りだ。全然辛くねぇ。)」 消えちゃえボムのせいで円を描くように削れた地表の中心に立つランスの存在そのものが、其処に在るだけで周囲の大気を震わせ、幾つもの旋風を発生させる。 大陸の覇者、異世界の魔王。 それが持てる全力を解放した姿に、神父服姿は戦慄し、自らも下界では滅多に解かない封印を解き放つ。 「天にまします我等が父よ。汝が御使いにして下僕たる我ラファエルが乞い願います。我に力を!」 その途端、聖書が眩い光を放ち、神父服が黄色い衣となり、十字架が輝く光弓となり、背に大きな白い翼が生えた。赫々たる武勲をもってセラフの地位を得た大天使が、人間の仮衣を捨て、持てる御使いの力の全てを今ここに顕したのだ。 「行くぞ、下賎にして浅ましき邪悪なる魔王! 汝に相応しき地獄へと帰れ!」 言いざまに放たれたラファエルの光矢を 「ざけんな、神の使いっ走り!」 鞘走らせ抜き放った桃色の刀身の魔剣でランスが叩き斬ったのを契機に、 四大天使にも数えられている風の天使と虚無の魔力すらも手中に収めている異世界の魔王との無制限一本勝負が本格的にスタートしてしまったのだった……。 それから時を遡ること3日あまり。 次元3E2……現地の人間が地球と呼ぶ天体にある地方国家“日本”の“神奈川県”。 その県内にあるとある町のとある公園。 其処に息も絶え絶えな男が倒れているのが付近の住民によって発見された。 警察に届けた所、その男の身元は案外簡単に判明した。 16年前に恋人らしき幼馴染の少女とデートしに行くと言って公園に向かった後行方不明になっていた少年 小川健太郎。当時は地元のSD高校に通う高校2年生であった。 身元が判明したところで彼の身柄はひとまず家族の元へと引き渡され、疲労困憊していた彼に久々のゆっくりとした睡眠と暖かな食事が与えられた訳なのだが…… コレが、そもそもの悲劇の発端であった。 時期が時期なだけに、二人は北○鮮に拉致されていたと思われており、一緒に行方不明になった健太郎に美樹の事を美樹の両親が尋ねるのは当然と言えば当然であった。 なお、健太郎はランスに課された苦悶の刑罰のせいで老けて見えた事も言及しておかねばなるまい。 とにかく、彼らにとってはやっと舞い込んだ一人娘の消息の手掛かりである。 美樹の事を良く思い出せないと言う健太郎を繰り返し問い詰めてしまった。 それが、大いなる間違いだと気付かずに。 次の瞬間、美樹の父親の頭は壁に投げつけたカボチャのように潰れた。 健太郎の右拳が美樹の父親の頬を殴りつけ、常識外れのパワーで首から上をスポーンと飛ばしてしまったのだ。 更に、次の刹那、健太郎の左腕が伸び、美樹の母親の口を塞ぐと片腕だけで首を捻ってへし折った。 「くくくく。思い出した。思い出したよ。全部、全部な!」 ランスが施した記憶の封印は、セルが途中で開封してしまった為に完全ではなかった。 それが為に起こってしまった悲劇であろう。 しかし、未だ序の口も序の口であった。 おもむろに土産物屋で良く売ってる程度の木刀を引っ掴んだ健太郎は、そのまま殺戮の烈風を自らの家族へと向けた。 自らを生んだ両親、そして血を分けた弟へと、その血に飢えた剣は向けられ、躊躇いも無く命を刈り取った。肉親を殺すのに躊躇うような時期は既に過ぎ去り、健太郎は既に殺戮の衝動と快楽に突き動かされる怪物と化していたのだ。 よって、当然ながら、その嵐は小川家だけには留まらなかった。 「え〜、押売新聞ですが、今の心境を一言!」 「毎朝新聞です!」 「闘共スポーツです!」 ハイエナのような覗き屋ども(敢えてジャーナリストとは呼ばない)が朝も早よから呼びもせぬのに押しかけて来たのだ。 中継カメラやマイクまである。 恐らくは全国放送されているに違いあるまい。 「いるよ、いるよ。こんなに獲物が……はははっはははは!」 尋常でない鬼気を浴びせられた覗き屋どもは、背中に冷たい油汗をどっと流して動けなくなる。 戦場カメラマンでもあるまいし、これほど鮮烈な殺気をふんだんに浴びせられる経験なぞ彼らには無いのだ。 「お……おい、あれ、血だぞ。」 しかも、目敏い誰かが健太郎の持つ木刀から赤黒い液体が滴っているのに気付いた事が更なる不幸を呼んだ。 緊張に耐えられなくなった者から順に地面へと倒れ伏していってしまったのだ。 もはや不幸のドミノ倒しと言っても良いかもしれない。 健太郎がニヤリと微笑んだのを目の当たりにしてしまったお茶の間にいるお年寄りの何人かの心臓が止まってしまったりもしたが、それは余談である。 勝手に倒れた連中を踏みつけていちいち念入りに止めを刺していると、其処に勇敢な警察官の方々が現れた。 「て、抵抗すると撃つぞ!」 拳銃を抜いた警官二人。 しかし、その視界から健太郎の姿は消え失せ、その耳には一言だけが残された。 ──後ろから。 「遅いよ。」 それを聞いて振り向いた警官たちの首は、ようやく斬られた事を思い出したかの如く、盛大に鮮血の噴水を上げて地面に転がり落ちた。 それを追って身体も地面に転がる。 これをただの土産物用の木刀で行なったのだから凄まじい業前だ。 「う〜ん。やっぱり木刀じゃ辛いな。」 練り上げた気をまとわせているからこそ無茶な切れ味を発揮しているが、元々が元々なだけにそろそろ耐久力が限界近い負担になっている。 「そうだ! 確か骨董品屋に良いのがあったはず! その前に……」 残りの連中の止めを素早く刺し、健太郎は隣の家のドアを蹴り開けた。 「あった! ……やっぱりゴルフ好きは変わってないのかな。」 ゴルフクラブのケースを肩に斜めに担ぐと、健太郎はその中の一本…5番アイアン…を抜いて大上段に構えた。 「クラブの代金代わりに一気に殺したげる! ランスアタック!」 練り上げられ炸裂した闘気は5番アイアンを溶かし、木造モルタル2階建ての家を完璧に倒壊させ……いや、横殴りに大型爆弾をぶつけたかのように吹き飛ばした。 多分、生存者などはいないだろう。 「くくくくくく、あはははははあはは。さて、次は何を殺そうか。」 こうして、史上最悪のバーサーカーは世にノコノコと解き放たれてしまったのだった。 更に、悲劇は続く。 生中継のテレビカメラが、携えていたカメラマンは惨殺されたにも関らず奇跡的に稼動し続けていたせいで判明した健太郎の標的……骨董品屋に機動隊が集結し、狙撃班が召集され、一般人の避難勧告が出された。 そんな彼等が築いた防衛線を嘲笑うかのように堂々と健太郎が骨董品屋の前に現れたのは、それから3時間後。逃げ遅れた人間をだいたい狩り尽くした頃の事であった。 「いるいる……さ、あいつらはどんな声で鳴くかな。」 頭を傾けるだけで瞬時に弾道から逃れた健太郎は、機動隊の構える透明な盾へと向けてパターを振り上げた。そして、練り上げた気を流し込みつつ一気に振り下ろす! 「カオスインパルスッ!!」 魔剣カオス無しでは威力は半減以下であるが、機動隊の猛者を平伏させるには余りある程の威力が発揮された。 防具越しに肉を引き裂き骨を砕く事ができるほどの……。 「あちゃ。やり過ぎたかな。」 店舗まで破壊してしまったのを見て流石の健太郎も若干反省したが、その実所期の目的のブツまで破壊してしまったのではないかと心配になっただけである。 しかし、健太郎は強運であった。 彼の手に無疵の日本刀が渡った時、ただでさえ危険な人間凶器は、狂気を孕んだ災害へと進化を遂げた。 何度目になるか分からない必殺のはずの銃弾を真っ向から切り落とし、闘気の波をそちらへと向かって撃ち放つ健太郎。 次の攻撃は、しばらくはやって来なかった……。 異世界にて人の域を大きく踏み外した人間型の災害。 歩く広域虐殺兵器。 これに対抗できる“力”は、日本政府には一つしか無かった。 そう。 とうとう自衛隊に治安出動が命じられたのであった。 そうして、 その町は、 見捨てられた……。 「はぁぁぁ! ランスアタック!」 日本刀に集束した闘気を炸裂させて90式戦車の正面装甲を真正面からカチ割る健太郎の姿に、不幸にして生身で戦わねばならない歩兵の皆さんの背筋に戦慄が走る。 手にした小銃を一生懸命化け物へと向けて引き金を引くが一向に当たらない。 いや、日頃の訓練の成果か確実に何発かは…いや、何十、何百という数の弾が命中してはいる。 しかし…… 決定的に役者不足なのだ。 巨人の振り下ろす棍棒にも、怪しげな魔法機械が放つ魔法弾にも痛痒を感じなくなった健太郎にとっては、たかが対人殺傷用の武器の攻撃など冷たい雨に曝された程度にしか感じられない。……“遣い手”と呼ばれるほどの領域の業を身に付けた者達であれば話は別だろうが、たかだか職業軍人レベルの技量ではとてもじゃないが及ばない。 それでも当たれば健太郎でもただでは済まないだろう対戦車兵器などの大物は、真っ先に狙われ葬り去られた。 戦況を知り、地上部隊では健太郎という人間の姿をした怪物をどうする事もできないと悟った自衛隊の幹部は、とうとう空爆でケリをつける事を決定した。 まずはクラスター爆弾の在庫一掃セール。 次に、町を炎の円陣に封じ込め潰す絨毯爆撃。 自走砲部隊による長距離砲撃。 最後に、地上部隊による掃討作戦。 偏執的とも言える攻撃がようやく効を奏し、とうとう健太郎は歴史の闇に葬られた。 北朝○が人間型戦略兵器の開発に成功したらしいという眉唾ものの噂と共に……。 という事を美樹が知ったのは、焼け跡となった我が家からでもなく、屑鉄と化した血税の結晶からでもなく、廃墟と化した街並みからでもなく、後始末の為に貧乏くじを引かされた不運な公僕の一人の喉笛に日光が刃をあてがって丁寧に問い質したからだった。 ……本当はもう少し穏やかに訊けるはずだったのだが、男が日光の佩刀に気付いたのが不運な尋問が行なわれた理由である。 「そ……そんな……うそ…………」 絶句する美樹を、日光は慰める術を知らなかった。 自分が故郷を魔人に滅ぼされた時は、まだ復讐の念に燃えて乗り切る事ができた。 しかし、美樹には何も無い。 自分の居場所だった場所も、其処に居た人も、それを奪ったヤツも、全部もういない。 ただの瓦礫になってしまった我が家の前で泣き崩れる美樹を見守りつつ、日光は深く長い溜息を吐いたのだった……。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 健太郎君のおかげか、久々に筆が高速で走りました〜。まさに最後の徒花(笑)。 今回は、JD−NOVAさん、きのとはじめさん、【ラグナロック】さん、闇乃棄黒夜さんに見直しへの協力や助言をいただいております。どうもありがとうございました。 |
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