鬼畜魔王ランス伝
第119話 「黒竜、新生」 美樹の里帰りと魔人就任以来、魔王領では特筆する必要も無いぐらい平穏な日々がしばしの間続いていた。 勿論ながら、ヘルマン地域のラボリを占拠している不埒者への対処やゼス王国を始めとする人類連合軍との戦争に備えた軍備拡張、2月に予定されている魔王親衛隊と魔王御側役のオーディションの準備など……仕事らしい仕事は色々と積もり積もってはいる。 しかし、ランスにとって取り立てて騒ぐほどの事は起こってなかったのである。 ちなみに、ヘルマン解放軍への対処はヘルマン地域の軍事を領するクリームに任せている為、彼女から要請が来ない限りはランス自身が動くつもりは無かった。 ……ラボリ出身の美女や美少女が涙ながらに訴えるとか、ヘルマン解放軍が声高に並べ立てている悪口雑言がランスの耳に入るとかすれば話は別だろうが。 ランスの認識では、反乱者の存在は新生ヘルマン軍の実戦経験を稼ぐのに丁度良い馬鹿ども……と言う程度でしか無かったのだった。 その魔王から全幅の信頼をかけられているクリーム・ガノブレードは、自ら軍を率いて反乱軍の拠点ラボリへと向かっていた。 ヤストエ将軍が率いる装甲兵2000人、士官学校を卒業したばかりの若手や叩き上げから新規に抜擢された6人の将軍に率いられた歩兵隊6000人、自らの直属隊として弓兵隊2000人……これが、今回の討伐隊の構成であった。 前回の討伐軍に比べて装甲兵隊の人数が半減し、人数の穴を軽装備の歩兵隊で埋めたので戦力的に低下した事は否めない。 しかし、今回クリームが、ガドマン将軍が指揮していた前回の討伐軍とは比べ物にならないほど強化している部署がある。 それは、偵察部隊と伝令部隊だった。 「ご苦労。」 その中の1名が、クリームに貴重な情報を伝えていた。 「全軍、迎撃態勢!」 異形の軍団がラボリを進発し、彼女らが待ち受けているスードリ17に向かっていると言う事を。 「さて、何か面白い事は…っと。」 仕方なくやってた政務の今日の分を何とか終わらせて、ランスは今日も今日とて午後の一時を魔王城の散策に費やしていた。 ランスが気紛れで頻繁に行なっているこの“散歩”は、いつしか魔王城に勤務する者達の多くの期待と恐怖の対象となっていた。ひょんな事から魔王様の目に止まれば大抜擢される可能性もあるし、手抜きや不正を働いている所を見られてしまえば即刻処罰されてしまう恐れもある。出没する場所や時間の予測が難しい事も手伝い、魔王様の散歩は士気を保つのに大いに役立っていたのだった。 ……まあ、暇潰しをしているだけではあるのだが。 「そうだ。そういやアレができたってシルキィが自慢しに来てたな。」 なんとなく足を運んでいた方向から一転、特定の目的地へと歩き出す。 魔王城の実験研究区画にある主要な研究施設の一つ、バイオラボへと。 「あ、魔王様。ようこそいらっしゃいました。」 元所長で今は研究員の魔人シルキィと、 「わーい。おにいちゃん、久しぶり〜。」 現所長で生命を司る聖女モンスターのウェンリーナーが、ランスの訪れを目聡く察知して挨拶してくる。 ……どうやら、今は二人とも手を離して大事無いらしい。 「がはははは、俺様参上。……ん? お腹が小さくなってるな。ってことは、もう生まれたのか?」 首筋に両腕を回してきたウェンリーナーを抱き上げながら、ランスが訊ねる。 「うん。まだタマゴだけどね。」 「がははは、そうか。……っと、そういえばアレができたんだって?」 はにかみつつの答えに取り敢えず満足したランスは、本来の用事を切り出した。 「うん。……見るの?」 それは…… 「おう。ドラゴンのガキなんざ珍しいから、ちょいと見とこうと思ってな。」 ドラゴンの魔人ガングの肉片と魔人カミーラの身体構成情報を元にして生み出された新たな命……生殖能力を失ってしまった為に本来なら生まれる筈が無いドラゴン族の命を継ぐ者……シルキィの生命工学技術とウェンリーナーの生命を司る魔力の精髄を。 「えとね。まだタマゴなの。」 しかし、生み出されてからあまり日が経っていないこともあり、100個の卵は未だ一つも孵化していなかった。 「がはははは、そうか。で、いつ頃生まれそうだ?」 「わかんないの。ドラゴンさんのタマゴだから何年かかるか……」 すまなそうに目を伏せるウェンリーナーの発言の内容に、 「何…年だとう!?」 流石のランスも驚かされてしまった。 まさかタマゴが孵るのに時間が年単位でかかるとは思ってもいなかったのだ。 「なんとか短くならんか?」 困り顔で訊ねるランスだが、 「ごめんなさい、ランスおにいちゃん。私の力だけじゃ無理なの……。」 ウェンリーナーも可愛らしい眉根を寄せて俯いた。 同じ聖女モンスターの一人“時”を司るセラクロラスと協力できれば可能かもしれないことなのだが、聖女の迷宮が失われているので連絡のつけようが無いのだ。 「ん? ……待てよ。何か引っ掛かるな。」 だが、ウェンリーナーの言葉には大きなヒントが隠されていた。 うんうんと頭を捻る魔王様をみかねてか、 「では、魔王様。この私がドラゴンのタマゴを見事孵して御覧に入れます。」 シルキィが胸を張って会話に参戦してきた。 「ほほう。どうやるんだ?」 「はい、まずは成長の早いモンスターのタマゴと合成して…」 自慢げに説明し始めたシルキィの鼻面にデコピンをかますランス。 「馬鹿か、お前は! それじゃせっかく純粋なドラゴンのタマゴになるよう加工させたのがパーになるじゃないか!」 「あ……」 ついで理由を説明され、シルキィは痛みだけでなく情け無さでも涙を滲ませる。 「ったく……お前は落ち着いてりゃ結構頼りになるんだから、ちったあ考えて物言え。」 その彼女に主君からかけられた言葉は、罵倒とも激励とも取れるものだった。 「は…はい。申し訳ありません魔王様。」 恐縮して身を縮こまらせるシルキィの姿に、ランスは更に引っ掛かるものを感じた。 「(ん、まてよ……)がははは、そうか!」 そして、遂に答えへと辿り着く。 「ウェンリーナー、生物を成長させる効果があるモノがあればどうにかなるか?」 それは、ミルを大人の姿へと変えた場所…成長の泉の事である。 ……身を縮めて丸まっていたシルキィを見て丸っこい幻獣を連想したおかげだとは、流石のランスも口に出せなかったが。 「うん。大丈夫だと思う。」 「そうか、じゃあタマゴ持って遠出できるよう用意しとけ。」 太鼓判という訳では無いが得られた保証に肯いたランスは、 「は、はいっ!」 「うん、分かった。」 もう一つ思いついた事もついでに実行してみようかと考え、バイオラボを後にした。 「がはははは、頼んだぞ。」 その為に連れて行くべきメンバーの人選を、色々と思い悩みながら。 ゼス王国の西方国境、魔族の侵入を防ぐ為に40年もの歳月と多額の国費を費やして建設された要塞防衛線マジノライン……の残骸が横たわる地。 国境線に近付いてくるモンスターを自動的に殲滅する魔法兵器の集大成が魔王軍の苛烈な破壊活動によって失われた後、西部国境地帯は大小の魔物が跳梁跋扈する無法地帯と化すかと思われたのだが、意外にも越境して侵入して来る魔物はほとんどいなかった。 むしろ、人間側の方が『経験値稼ぎ』と称して魔王領に侵入してモンスターを狩るという事件が頻発し、ゼス王国上層部の頭を悩ませていた。 別に殺される魔物に同情している訳では無い。 下手をすれば、一連の事件を理由に休戦条約を人間側の方から破棄したと見なされかねないからだ。 今戦えば、戦力の立て直しすら完了していないゼス軍は100%魔王軍に負ける。 しかし、ゼス軍の哨戒線を潜り抜けて魔の統べる地に侵入しようとする冒険者というのは人間側でも手だれの部類であり、一般兵では殺す気でかかったとしても阻止するのは難しいという有様であった。 ゼス王ガンジーは、西部国境に足繁く通って荒くれ者どもを成敗してゼス軍に勧誘する日々を送りながら“切り札”の到着を今か今かと待ち望んでいた。 魔王すら切り裂ける伝説の魔剣カオスを振るう戦士の到来を。 101個のタマゴとその保温器を魔王城から解呪の迷宮まで速やかに輸送する為、今回もマリアのチューリップ5号が活躍した。 船倉に積んで運んで来た10台の荷車に機材とタマゴと物資を移し、一行は地下27階にある成長の泉へと急行した。 一行を率いるのは魔王ランス。 道案内と護衛にメリムとミル。 タマゴの面倒を見る役としてシルキィとウェンリーナー。 そして…… 「ランスおにいちゃん、まだ〜?」 ふわふわと空中を浮かんでついてくる幼い少女のような魔人ワーグ。 更に魔王親衛隊に所属する女の子モンスターが200体。 本気で戦えばちょっとやそっとの国など容易く滅ぼせる程の軍勢は、和気藹々と目的地へと一直線に邁進する。 障害は、まるで無い。 解呪の迷宮の住人達に、魔王が直々率いる軍勢に逆らって行く手を塞ごうとするほどの命知らずな馬鹿はいなかったのだ。 その代わり、何とか魔王様の目に止まろうとポツリポツリと後をついて来て…… 成長の泉の前に到着する頃には、その人数は実に10倍以上に膨れ上がっていた。 「がはははは。良し、作業開始。」 ランスの号令に 「はい、魔王様!」 シルキィが、 「うん!」 ウェンリーナーが、 「ごほーび忘れないでね!」 ミルが手筈通り作業を開始する。 シルキィが保温器から出したタマゴをミルの幻獣が受け取って泉へと運び、泉に溢れる魔力をウェンリーナーが利用してたちまちのうちに孵化させてゆく。 そうして生まれたドラゴンの幼体は幻獣に連れられて泉から出され、魔王親衛隊の女の子モンスター達に預けられて世話される。 見事なまでに手際の良い流れ作業で100個のタマゴは残らず孵り、見事に100匹のドラゴンの子供となった。 ざっと数えてみた所、おおよそ8割が女性体である。 『がははは、よし。俺様の考え通り!』 魔人カミーラの因子をも利用したのが良かったのだろう。 『ただ、将来はともかくガキじゃなぁ……俺様のものにしようって気にはならんな。』 そして、最後のタマゴが孵った。 生まれたのは、将来キツめの美貌に育ちそうだが今は愛らしさが勝っている容貌、猫族特有の縦長の瞳孔を持つ金色の目、膝裏まである豊かで艶やかな黒髪、黒髪と対をなすかのようなシミ一つ無い木目細やかな白い肌、先の尖った耳にその上から生えた曲がった紅い角、コウモリにも似た形状で薄紅色をした背中の皮翼、子供特有のちんまりとした身体に貼り付いた漆黒のボンテージ衣装と闇色の襟付きマント……そんな姿をしたレア女の子モンスターだった。 魔王ですら無視できないほど強大な力を秘めた愛らしいモンスターの子供に向かって、ランスは満面に笑みを浮かべて話しかけた。 「がはははは。よお、生き返ったかガング。」 と。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 皆様いつもいつも感想ありがとうございます。そこで、今回は一行感想に寄せられた質問の中から一部を抜き出してお答えしようと思いますです。 >100話区切りでも良いから別項で圧縮ファイルにしてくれないかなと・・・。(爆) これは難しいです。このサイトは無料サーバーなので、圧縮ファイルにすると広告掲載が難しくなるのと、圧縮ファイルのDLはサーバー負担が大きいという2つの大きな問題があるので、多分無理でしょう。 >悪魔界と戦争起こすんでしょうか? 今の所、その予定はありませんがやるかもしれません。……ランス次第ですね(笑)。 >ランスは対クジラまで、どうやってレベルアップするのだろうか…… それバラすと盛大なネタバレになるので言えません(苦笑)。 >ランスYから新キャラの起用を希望します☆ >6のウルザ等の出演希望 え〜、筆者はまだ6をやってないので現状では無理です。でも、ゲームは確保してるのでやってみてから考えます。 >むっはー! 勢力別人名簿、堪能しました。作者さんに感謝!! いえいえ、どういたしまして。執筆用資料を読者用にマイナーダウンすると同時に拡充するのは、ちょいと手間でしたが。 >いつになったらガングの女の子モンスタ−が出るのか 今回です(笑)。実は予定通りの登場順番なのですが…お待たせしてすみません。 他にも様々な御意見、感想、励まし、ありがとうございました。 感想を言いたいという御方は《 terror_c@sea.plala.or.jp 》までか、一行感想のコメントの方にどうぞ。 では、今回はこれにて〜。 |
読んだ後は是非感想を!! 貴方の一言が作者を育て、また奮起させます