鬼畜魔王ランス伝


   第120話 「泡沫の夢?」

 解呪の迷宮の27階にある、黄色でドロドロとした水が溜まっている泉……成長の泉のほとりにて。
「さて、ドラゴンとガングは無事に生まれたから、今度はもう一つの用事だな。」
 魔王ランスは、次なる計画……いや、思いつきを実行に移そうとしていた。
「あ、ガングはちょいそっちに行ってろ。生まれたばっかだから、少し休んどけ。」
 美人になりそうなのは保証済みだが、生まれたばかりの幼生体では幼女を相手にしているようで立つものも立たないと内心毒づいたランスは、本音をオブラートに包んで取り敢えず穏当な指示を出す。
「承知。」
 ガングが素直に世話役として連れて来られていた魔王親衛隊の女の子モンスターの中でも一番無愛想そうな復讐ちゃんの方にトコトコ歩いて行ったのを確かめてから、ランスは新たな用事の中心人物になるべき人物の方へと向き直った。
「ワーグ、ちょっとそこの泉に入ってみる気無いか?」
 ランスが小さな女の子の姿をした夢を操る魔人ワーグに視線を向けた理由……いや、彼女をここまで連れて来た理由は明白と言えば明白である。
 ……まあ、決して褒められた理由では無いが。
「ん〜、どうしよっかな〜」
 小首を傾げて迷っているが、興味津々なのは目の色を見れば分かる。
 それなりに長い時間生きてきたとはいえワーグの精神構造は子供のそれであるから、面白そうなものに興味を持たないでいるのは難しい。
 ここに来るまでにミルにでも成長の泉の話を聞いていただろうし、目の前でドラゴンの卵が次々に孵化していく様子も興味を掻き立てるのに役立っているだろう。
「ま、気が進まないんだったら良い。」
 そして、ランスが押し付けずにプイと別の事項へと関心を移そうとしたのが、かえって駄目押しとなった。
「わかった。はいってみるね〜」
 乗っていた白い雲みたいなモノから無造作に飛び降りて濁った黄色い泉の中に着地したワーグが眩い光に包まれる。
 しかし、その身体は他の生き物達のように成長せず、元の姿のままだった。
「あ、あれ? ん〜と、なんでだろ?」
 戸惑って半泣きになる幼い少女の魔人に訊かれ、薦めた当の魔王が若干怯む。
 が、すぐにこんな時の為の援軍を連れて来たのを思い出した。
「ウェンリーナー、ワーグが成長する手助けしてやれるか?」
 ドラゴンの卵を成長させられるのなら、魔人の成長の方もどうにかできるかも。
 そんな安直な発想ではあったのだが。
「う〜ん、わかんない。けど、やってみるね。」
 ともあれ、そう負担になるような術を使わずとも良いのか、ウェンリーナーはほとんど安請け合いのノリで引き受けてくれる。
「大きくなれ〜☆」
 そのウェンリーナーから柔らかな緑の光がワーグに降り注ぐが、それでもワーグの体には何の変化も起きない。
「うう〜。……かわってっ!」
 遂に癇癪を起こしたのか夢使いとしての魔力を放出しようとした時、変化は訪れた。
「えっ? なにこれ?」
 煌く輝きがワーグの幼い身体を包み、着ていた服が分解される。
 手足がスラリと長く伸びて、幼児体型だった身体にメリハリが……胸が膨らみ、お尻が程良く丸みを帯び、腰がくびれる。
 大人としての曲線と子供としての清純さの両面を兼ね備えた微妙なバランスの肢体を光が包み、新たなドレスが実体化する。
 白いワンピースにオレンジのベスト、膝まであるピンクのソックス。そして、胸元でピンク色に光るハート型のブローチと、今までワーグが着ていた服と基本のデザインが共通な服が。
「がはははは。なかなかグッドだ! 90点をやろう。」
 想像していた以上の美少女っぷりに、ランスは鼻の下が伸びた笑いを漏らす。
「え〜、100点じゃないの〜?」
 ぷくっと頬を膨らませる挙措が凶悪に可愛らしい。
「100点かどうかはベッドの中で確かめないとな(うむ。これならグッドだ。連れて来た甲斐があったってもんだ、うん。)。」
 そんなワーグの様子を微笑ましくもやらしい視線で嘗め回してから、ふと真顔に戻る。
「それより、そろそろ上がって身体を拭いた方が良いぞ。」
 魔法効果のある泉だけに長湯は厳禁である。
「うん。」
 素直にトコトコ出て来たワーグは、バスタオルを受け取って足を拭き始めた。
「良し、そろそろ帰るぞ。」
 そのワーグから履いていた靴と靴下を脱がせたランスは、それらを紙袋に放り込みつつワーグの身体を両腕で抱き上げた。
 ちなみにガングはちっちゃな羽根でパタパタ自力で飛んでおり、他のドラゴンのヒナは乳母代わりに連れて来ていた女の子モンスター達が面倒を見ている。
「これはどうした事だニャー?」
 そんな魔王様御一行の帰路に猫の頭を持つ赤い背広を着た長身の人物が立ち塞がった。
「がはははは。良いとこに来た。呼び出す手間が省けたぜ。」
 何処からともなく現れたその男…ドラゴン族の王であるKDの前に慌てず騒がず進み出たランスは、ニヤリと不敵な笑みを口元に浮かべる。
「で、ここにいるドラゴンのガキどもだが……お前らにくれてやる(いちいち育てるのは面倒そうだし、直ぐにアレできる訳でも無いしな。)」
 ドラゴンのタマゴを作ると決めた当初からの予定なのでランスに迷いは無い。
「良いのかニャー?」
 あまりに旨い話に裏を警戒するKD。
「ああ、代わりに俺様達と仲良くやらんか? お互いに困ったら助け合うって事で(それならコイツらをイザって時にこき使える口実があった方が良い。なに、ドラゴンの女の子とナニするのは良い感じに育ってからで充分だ。)。」
 やっぱりと言おうか、ランス側から交換条件が提示される。
 しばし視線が交錯するが、それでもKDにとって魅力的な取引であるのは確かだ。
「わかったニャー。」
 神に飽きられ疎まれたドラゴン族から失われて久しい女性体ドラゴン……自分達の子孫を残せる可能性を見過ごすのは惜し過ぎるし、一方的に不利な条件での同盟を持ちかけられている訳でも無いのだから。
「で、どうする? 俺様達の方で翔竜山まで運ぶか? それくらいならサービスでやってやるぞ。」
 どうせ帰り道のついでだから手間も時間もそんなにかからない。なら、恩を売っておいた方が後々得だろうってランスの思惑を知ってか知らずか。
「お願いするニャー。」
 KDは、魔王が申し出た輸送援助を快く受け入れたのだった。



 今日も今日とて王宮に落ち着かず西方国境で血の気の余った若者達を腕ずくでゼス軍に勧誘し続けているガンジー王の元に、王直属の密偵であり魔法剣士であるウィチタが朗報と言うべきモノを持って来た。
「ガンジー様! ペンタゴンの基地の位置が判明しました!」
 軍功に応じた市民権の取得を認めるように法制度が改正された最近になって勢力が大幅に減退したとはいえ、未だ侮れない勢力を保っている反政府武闘組織ペンタゴンの秘密基地の一つの所在が判明したのだ。
「そうか。で、何処だ?」
 ガンジーが心待ちにしている知らせは実はこれでは無いが、この情報も見過ごすのはあまりに惜しい。
 圧倒的な力を持つ魔王軍に対抗するには最低限国内を纏め上げなくては勝負にすらならないと骨の髄まで思い知らされており、国内最大を誇るレジスタンスと話し合うチャンスを棒に振るのは得策では無いと判断したのだ。
「はっ。マンタリ森です。」
 より正確に言うとゼスを横断している赤川の南にあるマンタリ森の一角に出入り口がある地下基地なのであるが、ウィチタはそこまで詳しく説明しない。
「分かった。すぐ出るぞ、支度せい。」
「はいっ!」
 ガンジー王の性格では、どうせすぐに案内する事になると解っていたのだから。



「装甲兵は盾で防ぎつつ順次後退。弓隊はどんどん攻撃して。」
 真正直に中央に突っ込んで来る4000体以上もの化け物…バーサーカーを迎え撃つヘルマン軍は、ヤストエ将軍が率いる重装甲の騎士達を中心に左右に広がって敵を押し包む体勢を整えた。
「……手応えの無い敵ね。指揮者がいないのかしら?」
 あまりにも呆気無く誘い出されて半包囲された敵軍を見やって、クリームは腑に落ちない表情で考え込んだ。
 もう少し智略の駆け引きがあるかと思えば、敵の行動は単なる猪武者に過ぎなかった。
 こんなものが最強にして最凶と恐れられたヘルマン十字軍なのだろうかと苦々しげに戦場を見詰めていたクリームであったが、その感想はいささか早過ぎたようだ。
「なっ! あの外見は見掛け倒しじゃないって事ね。」
 そのゴツイ双腕から繰り出される攻撃は守りに徹した重装甲の兵士達すらも一撃で打ちのめすだけの破壊力を持っていたのだ。
 そんな奴等が4000体。それだけで侮れるほど弱い敵では無いのは明白だ。
「両翼の歩兵部隊を投入。一気にケリを着けるわ。」
 前しか見ていないバーサーカーの息の根を止めるべく、両翼に配された軽歩兵隊が彼らの斜め後ろ気味な方向から攻撃を開始する。
 しかし、3方向からの半包囲攻撃という圧倒的に有利な陣形にも関らず、人外な戦闘力で最後の一兵まで徹底抗戦した敵を殲滅するまでには3時間以上もの時と5000人近い死傷者を要してしまったのだった……。



 魔王様の行幸で沸き返る解呪の迷宮の名の由来にもなっている最下層の解呪の泉に、いつもの軍装ではなく冒険者風な装備をした線の細い美青年がようやく辿り着いた。
 とはいえ、迷宮に棲むモンスター達がこぞって魔王様御一行の方に注目していたおかげで、普通の場合よりもかなり楽に到着できたのは確かではあったのだが。
 魔法王国ゼスでも有数の使い手である彼…アレックス・ヴァルスでさえ、単独での迷宮踏破などと言うのは、かなりの無茶に属する行為なのだ。
「ふう。これで良し。」
 大賢者ホ・ラガから貰った特製の瓶に泉の水を汲んで目的を達した青年魔法使いは、ポキリと帰り木を折って迷宮を脱出した。
 魔剣カオスを使いこなせる戦士を彼の母国へ連れ帰ると言う使命を果たす為に。



「さて、ワーグ。俺様と…」
 魔王城へと帰るべく飛空戦艦チューリップ5号へと乗り込んだランスは、両腕に抱いたままのワーグとお楽しみに及ぼうと船室の一つへと向かう。
 だが、ワーグの方はそんなランスの思惑になんぞ全く頓着していなかった。
「すう……すう……」
 お姫様抱っこされたまま、気持ち良さげに寝入っていたのだ。
「ったく、そういう態度だと寝てる間に俺様が美味しくいただいて……」
 廊下を歩いている途中でワーグが寝ているらしいのに気付いたランスが構わずヤってしまおうかと考えるより先に、妙な違和感を覚えた。
 幾ら何でもワーグの体重が軽過ぎるのだ。
 まるで、小さな子供の様に。
「まさか……」
 恐る恐る視線を下に落とすと、其処には泉で大人に変身する前のままのワーグがすやすやとランスの腕に身体を預けていた。
「しまった……こんな事なら、さっさとやっておくんだった。」
 後悔先に立たずとは良く言ったもの。
 敗北感に塗れ苦笑を浮かべた魔王は、後でワーグに大人に変身できるかどうか訊いてみようと心に誓いながらブリッジへと目的地を変更したのだった。



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 長らくお待たせ致しました。とうとう連載再開です。
 まあ、当初ほどのスピードは出せないでしょうが(汗)。
 ではでは、今回はこれにて失礼致しますです。
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