鬼畜魔王ランス伝


   第129話 「悪魔対魔法王」

 床、壁、天井に隙間無く描かれた微かに光る幾何学模様の群れとおどろおどろしい文字の羅列との化合物……魔法陣が真なる闇を切り裂いている重苦しい空気の部屋。
 ──永久地下牢。
 ゼス王宮の地下深くにある迷宮の最奥にて、部屋の中心に発生した昏い光の中からゴツゴツとした赤い顔が出現し、それ以外に部屋にいた唯一の他者へと目を向ける。 
「汝か、我を呼び出したのは。」
 その人物とは……
「そうだ。儂はラグナロックアーク・スーパー・ガンジー、ゼス国王だ。」
 足下にゼスの宝剣を突き立て、筋肉隆々な身体を珍しく堅固な防具で鎧い、魔導書片手に巨大な顔面を睨みつけている暑苦しいほど精力的な中年親父だった。
「承知、承知。我が名はザカリテ、悪魔なり。して汝、何用で我を召喚した? 望みを申すが良い。」
「儂と戦え。儂が負けたら儂の魂をくれてやる。ただし、儂が勝ったら命令を一つ聞いて貰おう。」
「ふむ……我に勝てるつもりか?」
 言いつつもガンジーを値踏みするザカリテ。
 魔法王国ゼスの国王だけあって魔力が高いようだが、彼を負かす程では無さそうだ。
 魔法使いとしては規格外な腕力自慢らしいが、単純な殴り合いならば彼の方が上だ。
 剣も鎧も魔法武具だが、見たところ彼を脅かすほど強烈な魔力は付与されてない。
 部屋一面に施された封魔の魔法陣は確かに邪魔だが、彼ぐらい強力な存在であれば死にそうなほど痛めつけられなければ無視できる程度の代物でしかない。
「やってみねば解るまい。」
 それでも自信満々な様子なのは、勝算があるのか、それとも単なる馬鹿なのか。
「よかろう。」
 ザカリテが出した結論は、戦いであった。
 敢えて火中の栗を拾う気になるほどガンジーの魂は魅力的だったし、身体を奪って成り代わればかなり効率的に魂を狩り集めるのに役立つだろうからだ。
「わっはっは、その意気や良し!」
 さっそく猛スピードで突進してくる巨大な頭部の姿をした悪魔を宝剣を掲げて迎え撃つガンジーだが、真正面からの殴り合いではザカリテの方がやはり強い。
 しかし……
「だが、場所が悪かったな!」
 そうガンジーが宣言するや否や、悪魔を召喚する為にわざと弱められていた封魔結界が本来の強度へと戻る。
「な!」
 強力な上級悪魔や魔人ですら無視できないほど強力な拘束力を持つ呪縛結界へと。
 そして結界を抑えるのに魔力を費やす必要が無くなり、ザカリテが当初見積もっていたのを遥かに超える魔力がガンジーの全身から迸る。
「食らえ! スーパーロイヤルファイヤーレーザー!」
 独自にアレンジした火炎呪文が生み出した熱線が、ザカリテの角張った額を焦がす。
「ちょっと待て! そんなのズルイぞう!」
「問答無用!」
 抗議しても既に遅く、封魔結界の為に逃げ去る事もできず、ザカリテは必死の攻撃でガンジーに多少の手傷は与えつつも、剣と魔法両面での反撃により倍返しでボロボロにされてゆくのだった。



 魔王城から南西へ歩いて2時間余りの位置にある練武場。
 ランスが「急用が出来た」と言い張って魔王城に帰った後も、そこでは熱心な者達がより強くなるべく互いに競い合い腕を振るっていた。
 その中の一人……青い短髪の元気な少女が一陣の疾風の如く駆け、両手に構えた長剣を袈裟懸けに薙ぎ下ろす。
 並みの人間なら切先どころか腕の振りすら見切れない勢いの斬撃は、しかし金色の長髪をなびかせた着物の少女が閃かせた薙刀とぶつかり鋭い音を立てる。
「やるね、リズナさん。じゃあ、これならどうかな?」
 弧を描いて引き戻す動作に合わせた内懐に踏み込んでの突きをリズナは身体を捻って辛うじて躱すが、それと引き換えに致命的に体勢を崩して尻餅を突いてしまう。
 勝負は貰ったとばかりに間髪入れず翻る剣尖。
「ライト!」
 しかし、間一髪間に合った詠唱が生み出した光の弾丸に出鼻を挫かれたメナドの剣は空を切り、剣を構え直す刹那の隙を利してリズナは間合いから転がり逃れる。
「それなら……炎の矢っ!」
「乱舞っ!」
 逆にメナドが唱えた攻撃魔法が生んだ火炎の矢が空を疾るが、リズナはそれを避けようともしないどころか逆に自分の間合いへ踏み込みざま何度も大きく横に薙ぐ。
「そこだっ!」
 炎の矢が顔面に命中して視界を僅かに眩ませた瞬間、広範囲を薙ぎ切る大技を放ったがゆえに生じたささやかな隙を突いてメナドの剣が逆袈裟懸けにひた走る。
「あっ!」
 手から薙刀を弾き、返す刀で首筋に刀身をそっと当てる。
「勝負あった、かな?」
「はい。勉強になりました。」
 どちらからともなく笑い合った両者の間にはさっきまでの緊迫した空気は無く、真剣を用いているとはいえ、これが紛れも無い訓練なのだと無言で主張していたのだった。

 それから暫しの時間が経ち、メナドとリズナは休憩がてら練武場の隅に引っ込んで雑談混じりに先程の立ち合いについて意見を交していた。
「リズナさんの『乱舞』って対集団技だよね? ああいう技は一対一の時はあんまり使わない方が良いと思うよ。どうしても隙ができちゃうし、一人に対する攻撃力そのものも上がってないみたいだから。」
 そんじょそこらの一般兵士では及びもつかないレベルまでナギナタに習熟していたリズナだが、大国リーザスの赤の軍で副将すら務めていたメナドに比べれば圧倒的に実戦経験に乏しい。
「はい。ご親切にありがとうございます。」
 しかし、たいていの敵が相手なら魔人としての基礎能力の高さだけで楽に蹴散らせてしまうので訓練にすらならない。
 魔人同士がこうして手合わせしている意味はそこにあった。
「ところで、どうやって王様の雷撃魔法を防いだの?」
 次いでメナドはさっきから疑問に思っていた事を訊いてみる。
 ランスが放った強力なライトニングレーザーが直撃したようにしか見えなかったのに無傷だったのは、見ただけでは分からない方法で防御したのではと考えたのだ。
 いったいどんな手でと考えていたメナドへの答えは……
「えっと、慣れ……でしょうか。昔から良く攻撃魔法で吹き飛ばされてましたから。」
 酷く手を焼かされた学校の後輩に何度も何度も強力な攻撃魔法を食らっているうちに魔法への耐性が高まったと言う、ある意味納得がいくものの問題満載な答えだった。
「慣れ!?」
 でもまあ流石は魔法王国ゼスと変な感心をしたメナドに、更に説明を続けるリズナ。
「はい。あと、私はハニーと仲が良いので彼らと性質が似てるのかもしれません。魔人になってから何故か攻撃魔法が効かなくなってました。」
 もしかしたら前の魔血魂の持ち主であるハニーの魔人“ますぞえ”に由来する能力なのかもしれないが、魔人化した事で潜在能力が発現したとも考えられる。
「そ、そうなんだ。あはは……」
 新たに気付かせて貰った強くなる為のヒントに、メナドは自分の魔血魂にもそういう力が眠っているのだろうかと、ふと考え込んでしまうのだった……。



 ズゥゥゥン
 鈍い重低音が広い部屋の中にこだまする。
「わっはっはっはっは。儂の勝ちだな?」
 肩で息をしている筋肉男が、床に撃墜されて痙攣している巨大顔面に問う。
 いや、いちおう疑問形ではあったが、それはもはや明白たる事実の指摘に過ぎない。
 ガンジーの切り札の一つ最高位火炎魔法ゼットンが、重傷を負い魔法陣に逆らって動く余力も残っていないザカリテに狙いをつけているからには。
「こうなっては仕方が無い。今日のところは負けを認めてやろう。」
 平板な口調ながらも何処か悔しさが滲み出ている敗北宣言にガンジーは満足そうに肯くが、呪文詠唱はキャンセルせず油断無く警戒し続ける。
「では、命令を一つ聞いて貰おう。」
「承知、承知。」
 即答したザカリテの口は、次の瞬間凍った。
「では、お前の『真の名前』を教えて貰おう。」
 悪魔は真の名前を知る主人には逆らえず、何でも命令を聞かなくてはならない。
 だが、しかし、正式に交された契約を反故にする事も悪魔には不可能だ。
 選択肢の無い選択の時は、ザカリテが観念して口を割るまで続いたのだった。



 一方その頃、魔王城では……
「がははは、満足満足。」
 とりあえず急ぎでやらなきゃならない仕事を片付けてから長椅子に寝ていたカオルに襲いかかったランスが、上に圧し掛かったままで高笑いしていた。
「ご満足いただけましたようで光栄です、ランス王。」
 些か乱暴な方法で仮眠から目覚めさせられたカオルは、それでも敬愛する主人へと作り物では決してない微笑みを向ける。
「がはははは。じゃあ、昼寝するぞ。」
 そんな彼女に圧し掛かって繋がったまま直ぐにいびきをかき始めたランスの重みと温もりが、カオルの笑みを更に深くする。
「疲れていらっしゃったのですね。でも……」
 それでも自分を求めてくれたのが何故か無性に嬉しく感じたカオルであった。



 ゼスの四天王の権限は国王に次いで強大である。
 政治や軍事に関する重要機密にも及ぶその権限を以ってすれば、国外で情報収集を続けている密偵の報告書を閲覧することなど朝飯前であった。
 記録に残せるぐらい機密度が低い情報ならば、尚更に。
 まして、敵国が隠そうともしてない……どころか一般庶民にも解るよう宣伝してる情報に至っては何をか言わんや。
『魔王城勤務要員公募選考会は、来たる2月14日、ラング・バウ城にて行われます。飛び入り参加希望の方は、当日の朝10時までに集合して下さい。』
 故に大陸全土に向けて放送された選考会のお知らせを四天王たるマジックが聞き逃す確率は非常に低かった。
 まあ、以前までのマジックであれば知ってて無視しただろうが。
「チャンスだわ。さっそく準備しなくちゃ。」
 しかし、魔王ランスへの憎悪に燃えている今のマジックが見過ごす訳も無い。
 ことに独自立案した必殺の作戦を思い付いた今では。
「待ってなさいよ、魔王。必ず…私が必ず殺してやるんだから。」
 古代の秘薬や様々なマジックアイテムなどを旅行カバンに詰め込みながら、マジックは自室の壁を……ではなく、遥か向こう側にある魔王の居城を睨みつけたのだった。


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 ザカリテ登場〜。ですが、さっさとガンジー王に屈服させられてしまいました(笑)。

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