鬼畜魔王ランス伝

   第130話 「東国視察行」

 大陸東方に浮かぶ孤島JAPAN。
 法律的にはランスの個人財産であるこの島に住む1800万余りの人民は、魔王の代理人である魔人 山本五十六の統治を戸惑いながらも受け入れていた。
 一万の兵を率いて反乱を起こした天志教信者達に対する風当たりも弱く、反乱側についていた原家の女武将達が五十六の側近に登用されたほどだ。
 しかし、五十六の統治は無闇と甘いものではない。
「お館様、鎮守寺・北大寺・霊陵社が労役を拒否しております。」
「それぞれ兵500と査問官を差し向けろ。申し開きの内容如何によっては、責任者をそのまま召し捕って参れ。」
 法に定められた義務を履行しない者達には原理原則を厳密に適用し、
「北条氏の残党が密かに落ち武者を集めているようです。」
「募兵の目的を詳しく探らせろ。反乱目的なら挙兵前に潰しておきたい。」
 これから乱を起こそうと企む者達には欠片も容赦無く、
「越後の庄屋達が年貢の減免を願い出ておりますが。」
「先の乱で働き手が減ったからと言う理由であろう? ならば、捨て置け。」
 寛容な政策を誤解して甘ったれた事を言い出す者達には厳しい態度で臨む。
 まあ、民草を駒として使い捨てていた信長に比べればこれでも甘っちょろいのだが。
 ともかく魔人らしくもない仁政に、反乱を唆し自らも主体的に参戦した天志教徒達や東国の地方豪族達からも積極的な協力者達がポツポツと現れ始めているのは確かだった。
 そんな五十六が政務を執っている長崎の武家屋敷。そこに現れた来客は……
「がははははは、やるぞ五十六。」
 馬鹿丸出しの高笑いを上げ、三つ指ついて出迎えた五十六にいきなり襲いかかる。
「お前らどっか行け。早く。」
 ついでに政務を補佐していた男の家臣達を追い払う。
「あ、まだ日が高うございます。……あっ!」
 背後から抱かれ着物の合わせ目から侵入した手がたわわに実った胸の果肉を捏ね、肩越しに唇が吸われた時には既に……いや、実は最初から抗う気が無い五十六は、ランスの為すがままに畳へと押し倒されたのだった。

 一戦交えた後のランスと五十六は、畳の上に折り重なってまったりしていた。
「あの……本日は如何な御用事でいらっしゃったのですか?」
「がはははは。お前と子作りに来た。……ま、こっちが気になったって事もあるが。」
 ちなみに上に被さっているのがランスって体勢である。
「こっちがとおっしゃるとJAPANがですか?」
「そうだ。大天才の俺様がいないんじゃさぞかし苦労してるんだろうと、ちょっとは心配してたぞ。」
 戦時ならともかく平時ならランスがいない方が余程苦労せずに治められるのを突っ込むほど無粋な人間は、人払いされてる事もあってここにはいない。
 ……影で警護している忍者はいるかもしれないが、そういう連中はそもそも滅多に人前に出てこないので員数外である。
「ちょっと…ですか……」
 だが、あまり気にされていないのではないかと拗ねて俯く五十六のうなじに、解けてかかった束ねてあった長い後ろ髪の上から、熱い吐息と共に囁くと言うにはいささか大きい声が降りかかる。
「まあ、五十六なら俺様がいなくて寂しいって以外は大丈夫だと思っていたがな。がはははは。」
 その途端、伏せて隠れてた顔だけでなく全身が綺麗な桜色に染まった。
「ラ…ランス王……そんなお戯れを……」
 よやく出せた擦れた言い訳じみた防衛線は、
「勿論、俺様も五十六がいなくて物足りなかったぞ。」
 即答で木っ端微塵に突破されてしまい、なし崩しで第二ラウンド突入と相成ってしまうのであった。
 そして……
「ランス様、五十六様。夕餉の方はいかがなされますか?」
「おお、京か。ちょうど良い。お前もこっち来い。」
 様子をうかがいに訪れた女性達を次々引っ張り込んで、空が白み始めるまで延々淫宴に耽るランスであった。


「ったく、あんな連中にいちいち付き合ってたら日が暮れちまう。」
 明くる朝、朝議に列席と言うか上座に胡座をかいてJAPANの大まかな情勢を聞き終えたランスは、議題が細々した事項に移ったのを機に中座して街へと繰り出していた。
「しかし、これからどうしようかな。俺様が来たってのに留守だった七緒や真朱やあかねにおしおきしに行くのも悪くないが……」
 彼女らが留守だった理由は公務で兵を率いて査問に出ているせいであり、ランスも本気で罰を与えようと言う気は無い。……エッチな事をする口実にはするかもしれないが。
 ちなみにモンスターの部族と修好を結ぶべく東国遠征に出ているムサシボウの様子を見に行こうなどと言う考えは、当然ランスの頭の中には無い。
「確か、レディ商隊……カフェちゃん達が来てるって五十六が言ってたな。がははは。良し、久しぶりに顔を見に行ってみるか。」
 勿論、顔を見ただけで済ますつもりなど更々無いランスは、足音も軽やかに町外れのテントの群れへと向かったのだった。


 長崎市街の方から来た戦士風の男を出迎えようとした案内役の娘は、
「がははは、カフェちゃんはいるか?」
 少々下品な馬鹿笑いと共に投じられたぶしつけな質問に言葉を失った。
 いや、娘が二の句が継げなくなったのは用件の内容ではない。
「ま…魔王……」
 圧倒的な威圧感こそ隠してるものの、容貌も覇気も…子供っぽさも疑いようもないほどランスそのもの──つまりは魔王その人──だったからだ。
 どうやら様子がおかしいと気付いた警護のカルフェナイト達が慌てて駆けつけて来てランスを取り囲む。
「がはははは、俺様に抱いて欲しいってんなら大歓迎だぞ。」
 彼を半ば包囲してる十数人の女性騎士達が腰の剣に手を伸ばす衝動を必死で抑えているのを知ってか知らずか言い放ったランスではあるが、具体的な狼藉は働こうとせずその場で質問の返事を待つ。
『面倒臭いが、ここで手を出したらカフェちゃんが話を聞いてくれなくなるからな。後でこの娘らを“買う”まで我慢だ、我慢。』
 レディ商隊護衛のカルフェナイトは、甲冑を脱げば娼婦として男に一夜の夢を与える美女揃いである。話さえつけば報酬次第で一晩や二晩は楽しませて貰えるに違いない。
 が、下手を打って敵に回してしまえば、カフェを掴まえて脅迫でもしない限りは美女や美少女揃いの娼婦達と遊ぶことすら難しいだろう。
 無け無しの自制心を働かせての待機は、ほどなく報われた。
「リーザス王……いえ、魔王。いったい何の用かしら?」
 丸眼鏡を掛け栗色の髪を三つ編みにして二本にまとめた神官服の小柄な少女……に見える女性が、騒ぎを聞きつけたのか警護のカルフェナイト達を引き連れて奥のテントの方から現れたからだ。
「がははは、久しぶりだなカフェちゃん。……ちょっと話をしたいんだが、良いか?」
 警戒感は拭えないが、何しろ相手は魔王。しかも、このJAPANの主でもある。
「ええ。話だけなら。」
 無碍に断っても皆を危険に晒すかもしれないだけで何の得も無いし、そもそも未だ無茶な要求をされた訳でもない。
「がははは、なら場所を移すぞ。ここじゃ周りに丸聞こえだ。」
 ランスの希望に沿って奥まった場所に張られているカフェの天幕に場所を移し、カフェは改めて問い直す。
「で、いったい何の用でわざわざ来たの?」
 テントの中にいるのは、カフェとランスの2人だけ。
 カフェの警護を理由にカルフェナイト達が同席したがったが、彼女らの実力では居ても意味が無いのと密談の邪魔になるのとの両方の理由で当の本人に退けられたせいだ。
「がはははは、そりゃ勿論カフェちゃんに会いにだ。どうだ、俺様の元に来る気になったか?」
 はてさて、どのような話題が飛び出すのかと内心身構えていた割りには普通の提案に少しだけ拍子抜けしながらもカフェは正直に返事をする。
「いえ。悪いけど未だそういう気になれないわね。」
 下手に言葉を濁すと都合良く解釈されかねないので、きっぱりと断る。
「そうか、じゃあ提案なんだが……」
 万が一の時は皆だけでも逃がそうと捨て石となる覚悟すら決めていたカフェの心中を知ってか知らずか、ランスは無造作に次の話題に移る。
「本格的に兵学を勉強してみる気は無いか? カフェちゃんだけじゃなくカルフェナイト達も。もし、その気があるなら俺様が口を聞いてやるぞ。」
 自分の配下でも協力者でもない彼女らに力をつけさせようと言う提案を。
「どういう風の吹き回しなの? 敵に塩を贈るなんて魔王らしくないけど……」
「あの野郎がつまらん事をやってきた時の為に力が要る。それに……」
 ランスが“あの野郎”と言う存在にはカフェも心当たりがある。
「いつまで俺様が俺様でいられるか分からん。その時の用心だ。」
 元々素で魔剣カオスを御せるせいか魔王の力も今のところ制御下に置いているランスだが、既に何度か破綻しかかった事もあり油断はできない。
 二重人格者だった前々魔王ガイの様に悪の心に引きずられて正気に返るまで暴走する可能性も考えねばならず、そうなった時の被害を抑える手も打っておいた方が良いのだ。
「うん、分かった。そうする。」
 そんなランスの内心を全て知ってはいないが、カフェはランスの提案を承知した。
 兵学を学び修養を積むのは、いずれ来るだろう参戦するべき時の為に有益だからだ。
 ……誰に味方するか未だ白紙ではあるが。
「がはははは、学費はカフェちゃんが俺様に身体で払ってくれるってので良いぞ。」
「もうっ! あの時だけだって言ったじゃない。」
 馬鹿笑いしながら放たれた半ば冗談、半ば本気の発言に口を尖らせながらもそんなに悪い気はしてないカフェに、ランスの更なる追撃が炸裂する。
「1回だけなんて勿体無い。カフェちゃんは充分魅力的で可愛いぞ。」
「ランス王のハーレムにはホーネットさんとか日光とか……綺麗な人が一杯じゃない。それに比べたら私なんか……」
「ま、確かにあいつらも美人で良い感じなんだが、カフェちゃんも明るくて元気そうで実に良い感じだぞ。俺様はカフェちゃんの魅力が劣ってるなんて思わん。」
 長年積み増したトラウマ一杯の拒絶を一笑に伏し、ずずいと迫るランスの瞳からカフェとツイと目を逸らす。
「でも……駄目。ごめんなさい。」
 今度エッチをするなら自分だけを好きになってくれる人と…そんなちょっとした目標が崩れそうで怖かったのだ。ランスが正直過ぎるほど正直な本音をぶつけて来てるのが分かるだけに尚更。
「そうか。……気が変わったら直ぐ言え。俺様はカフェちゃんとしたくてしたくて仕方が無いんだからな。レディさんだった時よりもな。」
「ねえ、本当に私ってそんなに魅力的?」
「がははは、俺様が保証する。」
 それでも懐疑的になるカフェを力強い即答で納得させようとするランス。
「ありがとう、ランス王。……お話はこれで終わり?」
「ああ。」
「それじゃ気をつけてね。」
 これ以上話していては危ないと無意識に思ったのか、早くも見送る体勢のカフェに、
「おう。……って、俺様がいつ帰るって言った?」
 ランスがツッコミを入れる。
「だって、お話は終わったって。」
 気配が変わったのに気付いて逸らしていた視線を改めてランスの顔へと戻すカフェ。
「まあ、確かに話は終わったな。」
 其処にかつて彼女が別の姿でいた時…レディと呼ばれていた頃…に男共から向けられていた剥き出しの欲望を……有体に言えば性欲でギラギラした視線を見出し、カフェは少々身を硬くして身構える。
「つーわけで、こっからは客だ。綺麗所を10…いや20人用意してくれ。」
 我慢してた性欲の手綱を緩めたランスは、辛うじてギリギリ自制した。
「え?」
「がははは、早くしろ。金なら後で請求してくれ(急いで抜いとかないと思わずカフェちゃんを襲っちまいそうだからな。やっちまうと後が面倒だ。)。」
 後先考えずカフェを襲えば悪趣味な観客の“白クジラ”は大喜びするだろうし、カフェやカルフェナイト達をゲットしてズコバコ楽しむ事は難しくなるだろう。
 2重の意味で短絡的な行動に走るのを我慢するべき状況だし、そういう理由でならランスは頑張る事のできる性格だ。
「あ、うん。分かった。」
「まあ、カフェちゃんが相手してくれるってんなら大歓迎だがな。」
「もうっ!」
 冗談っぽい口調ながらも完全に本気なランスの発言に軽く怒ってみせながらも、思わず綻びてしまう口元を抑え切れないカフェであった。


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 ちょっと魔王城から場所を移ってJAPANに来させてみました〜。
 これで今まで書き溜めていた分は全部放出したです。


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