福音という名の魔薬
第拾四話「静止した闇、蠢く人々」 男は自問自答していた。 『どうしてこんな事になったんだ。』 日頃の地道な努力の甲斐あって、彼が指揮するチームは技術部の要である赤木リツコ博士と伊吹マヤ二尉、更に通信や情報分析を担当するオペレーターの青葉シゲル二尉までもが雁首揃えてコインランドリーにいたという絶好の機会を捉える事に成功した。 そこで、いざそいつらを拉致ろうとしたら、誰か…恐らくネルフの保安要員…がいきなり不意打ちしてきた。 そこまでは覚えている。 が、その先の記憶は、この殺風景なベッドに手足を固定され、妙に明るい照明に見下げられている処まで見事に途切れていた。 隠し武器、毒物、爆発物……密かに携帯していた見つかるとすこぶる拙い装備だけではなく、下着や靴下に至るまで綺麗に全部剥ぎ取られているのを把握して、男は思い切り奥歯を噛み締めた。 奥歯の義歯には自決用の毒薬を封入したカプセルが仕込んである。 まさに最後の手段……のはずだったが、そんな古典的な手段はとっくの昔に把握されていたようで、既に除去されてしまっていた。 「あら、お目覚めのようね。」 女の声が聞こえる。 この声は、確か……ターゲットの一人、赤木リツコの声だ。 「あなたには二つの道があるわ。生きるか死ぬかよ。」 へっ、笑わせる素人が。 対拷問訓練も対薬物訓練も受けたプロを脅迫して尋問する気か? 甘い、甘過ぎる。 捕まったのは失態だったが、こうなれば出鱈目な情報を掴ませて踊らせてやる! 「喋らなければ死ぬ……とでも言うつもりか?」 できるだけ怯えた風を装って訊く。 が、俺の怯えが本物になるのにそう時間はかからなかった。 「いえ、あなたがすべきなのは実験が成功するよう祈る事ぐらいよ。」 へ? 何だ、何を言っているこの女。 「あなたが何を知ってようが、あなたが何を話そうが、私は実験を止めないわ。実験が成功すれば生き残れるかもしれないし、失敗すれば死ぬわ。」 当たり前の……そう、凄く当たり前の事の如く淡々と話す女に、その言葉の内容に、俺は凄まじい恐怖を覚えた。 「い、いったい何をしようって言うんだ!」 「教えないわ。あなたが自分の名前や所属や目的を明かさないように……。」 駄目だ。 この女は危険だ。 黙ってたら絶対実験台にされてしまう! 「お、俺は陸幕2部の石垣シュウジ…二尉だ。しかるべき処遇を要求するっ!」 所属・姓名・階級をバラしてしまえば恐らく後で処罰されるだろうが、この女に切り刻まれるよりはマシだ。何と言うかとんでもなく危険な匂いがプンプンする。 「では、実験の前に……。」 何故かロボットアームが伸びて来て俺の頭に何かドロドロする液体をぶっかけた。 ロボットアーム? ……という事は、あの女が直接手術する訳じゃないのか? 首ががっちり固定されてるので目だけで室内を見回したがいない。……いや、隣室の窓の向こうにいるようだ。人影らしいのが見える。 更に、別のロボットアームが俺の身体の上に伸びて来て…… 「ぐわぁぁぁぁぁああああ!」 何かが俺の身体を貫いた。 別に、尻の貞操がピンチなんて下品な話じゃない。 アームの先に付いてるものから考えると医療用のレーザーか何かだろう。 更に、何かが俺の頭に擦り付けられ、髪の毛がごっそりと奪い去られた。さっきの液体は脱毛クリームだったのだろう。 拙い。この女、全然実験とやらを止める気配が無い。 ……作戦目的も白状しないと駄目だろうか。 「さて、そろそろ実験を開始しようかしら。」 嬉々として人体実験を始めようとするリツコを何とか止めようと、俺は作戦目的を渋々と……しかし、はっきりと聞こえるように大声で白状する。 「俺の任務は、ネルフ高官の誘拐だ!」 しかし、ヤツはまるで聞いちゃいなかった。 いや、聞いていたのかもしれない。 その証拠に、 「今回の実験の目的は、人間の脳の中にある情報を外部から取り出す事よ。別に自殺しても良いわよ。死亡直後のデータってのも貴重そうだから。」 これから何をするかを説明してくれた。 だが、 しかし、 はっきり言って…… 聞かない方が幸せだったような気がする……。 不幸なスパイの頭蓋がレーザーメスによって麻酔無しで切開され、咽喉も裂けよとばかりの悲鳴が上がったのは、その次の瞬間だった。 なお、このスパイがその後どうなったか……リツコ以外に知る者は無い。 ただ、ゲンドウが戦自に 「先程捕まえたスパイの一人が『自分は陸幕2部所属の石垣シュウジ二尉で、ネルフの高官を誘拐するように命令された。』と言っていたのですが、何かの間違いですかな?」 わざわざ一般回線の電話で問い合わせを行ない、 「勿論、そのような事実は無い!!」 と僅かに震える声での回答を引き出した事は、ネルフと戦自、そしてネルフ本部と外部との通話を盗聴している各方面の組織の記録に残されたのだった……。 「これが、お前らがこのまま黙秘を続けた場合の未来だ。」 ネルフ本部の諜報部に属する黒服の男が、椅子に縛られて動けなくされた石垣二尉の部下に親切にもビデオ上映会を開いてやっていたが、見せられた方の顔色は真っ青に染まり切って感謝する余裕も無いようだ。 「もし、お前達が価値のある情報を我々に提供してくれるなら、お前達の身柄を“赤木博士には渡さない”と約束してやろう。その内容によっては、命を保証しても良い。」 台詞が終わるやいなや、さほど広くない室内はプロのスパイ達による命乞い混じりの大暴露大会と化した……。 赤木リツコの伝説に、新たなる1ページが加わった瞬間であった。 半分趣味でやっている実験は、昼前には後はMAGIに任せておけば良いだけの状態まで仕上げておいて、リツコは公の方の実験に立ち会うべく第2実験場に赴いていた。 先の第八使徒戦で大破したエヴァ・パペット初号機を新規に建造するついでに新機軸の装備を幾つか組み込んだ為、改めてテストを行なう必要があったのだ。 「作業の進捗状況はどう?」 管制室の特殊ガラス越しに、殺風景な実験場の壁に設けられた拘束具に固定されている初号機パペットを見ながら訊ねるリツコに、 「予定通りです、先輩。」 マヤが作業をいったん中断して質問に答える。 振り返る余裕があるという事は、本当に順調なのだろう。 「では、チェック終了後15:30から実験開始。」 そう指示したリツコは、自分でなくてはできない仕事……現場責任者として個々の作業を総括し、全体を調整する作業を開始した。 リツコは確かに平均水準を遥かに上回る優れた技術者であるが、それでもあらゆる分野の科学技術に秀でているという訳ではない。自らの専門分野に関わる部分以外は、各方面から出される報告がちゃんと把握できるぐらいの知識しか持ち合わせていなかった。 例えば、このエヴァ・パペットの場合、制御用コンピュータと幾つかの特殊装置に関してはリツコが直接関与しているのだが、装甲や骨格などの構成素材、油圧やモーターなどを用いた駆動装置は、リツコの専門ではなく関与の度合いも薄かった。 ただ、それでも充分凄い事であり、リツコ一人がいなくなっただけでネルフ本部の技術部の作業能率は20%は確実に落ちるだろう。……弟子であり助手でもあるマヤまでもがいなくなれば、技術部は全体を効率的に統率できる才能を失って能力を半減以下に落としてしまうだろうとMAGIは予想していた。 片手に持ったバインダーに挟めた資料を参照して注意点を再確認しながら、リツコは初号機パペットの最終チェックが進んでゆく様子を見守っていたのだった。 「おい、ちょいと待ってくれ〜!」 言いつつ走ってくる男の顔を見た途端、到着したばかりのエレベータに乗っていたミサトは表情も変えずに『閉』ボタンを押した。 しかし、費やした労力が報われてか、ドアが閉じ切る前に男が手をドアに挟めて閉じるのを妨げる事に成功した。 あからさまな舌打ちをするミサトに、 「あ〜、走った走った。こんちまた御機嫌斜めだねぇ。」 加持は腰の後ろを年寄り臭くポンポンと叩きながら茶化す。 「来た早々、あんたの顔見たからよ。」 それに、ミサトは徹頭徹尾つれない…というか、嫌そうに応じる。 使徒と融合して心の険が取れてきた彼女ではあったが、昔の男に対する嫌悪感は、曰く言い難いこだわり…と言うか引っ掛かりと分離して未だに残っていた。 故にエレベーターの中で二人きりという状況を嫌がっていたのだが…… ほどなく、ミサトは空母のブリッジで再開した時よりも加持の事がどうでも良くなってきている自分に気付き、苦笑を浮かべたのだった。 「ほんっとズボラな人だなぁ、葛城さんも。自分の洗濯物ぐらい自分で取りに行けば良いのに。」 第3新東京市の市議会議員選挙の街頭宣伝車がやかましく繰り返しているお願い連呼を聞き流しつつ、日向マコトは今日何度目になるか分からない溜息を吐いた。 溜息の元凶というか原因は、背負った大きな鞄に入っている自分の洗濯物ではなく、両腕で抱えている紙袋にどっちゃり詰め込まれているミサトの洗濯物であった。 どこでどうやって聞きつけたのか不明だが、日向がクリーニング店に洗濯物を取りに行く事を知ったミサトがついでに自分の分も……と、気軽に頼んできたのを引き受けたのが今の状況に至る最たる事由であったので、面と向かってはボヤけないのだが……。 第3新東京市の市政は、MAGI……3系統のコンピュータによる多数決によって運営されている。それ故に、市議会議員などお飾りの名誉職に過ぎず、選挙戦は当の本人達以外はてんで盛り上がらないという有様であった。 したがって、足を止めて選挙カーを見たり選挙演説を聞いたりするという物好きな人間はほとんど無く、日向もまたその例に漏れなかった。 放課後、僕は進路相談のことを父さんに相談した。 「そういう事は全て葛城君に一任してある。下らん事で電話するな。こんな電話をいちいち取り次ぐんじゃない。」 そうしたら、ばっさり言い捨てられてしまったけど、ここで挫ける訳にはいかない。 「で、ここからが本題なんだけど……」 僕の切羽詰った口調が解ったのか、 「何だ? どうした、早く言え。」 父さんは電話を切らずに先を促してくれた。 「同級生の女の子たち……僕が手を出しちゃった人達みんな進路調査のプリントの第一志望に『お嫁さん』って書いて提出したみたいなんだ。」 小さくブッと噴き出した音が聞こえたが、それを敢えて無視して話を続ける。 ここで止めたら話を切り出した意味すら無くなるから。 「どうしよう、父さん。やっぱり、ごめんなさいって謝って交際を断った方が……今からでも別れた方が良いんだろうか……。」 「何故だ?」 威圧感の効いた声。でも電話越しだから、あんまり怖くない。 それとも、心構えができてたおかげだろうか。 「何十人も養えるほど僕に収入がある訳じゃないし、彼女らと過ごすのは楽しいけど、それだけで将来食べていける訳じゃないだろうから……。」 何とか思うところを話す事ができた。 「……問題無い。」 けど、それに対する父さんの返事はいつもの決まり文句だった。 真剣に考えてくれて無いのかと怒りが湧きそうになったが、 「何百人でも食うに困らないぐらいの財産はある。だから、好きにしろ。」 続きの台詞を聞いて、驚きで怒りは雲散霧消してしまった。 何百人でも? ウチってそんなにお金持ちだったの? ……それにしては、先生のところにいた間、僕は結構貧乏な生活させられてたけど。 「話す事は、そ…」 耳障りな雑音を残して、そこで通話は途切れた。 「あ、あれ? おかしいな?」 何故か携帯電話が圏外になってしまっている。 アンテナがまるで立っていない。 突如切れた電話に戸惑いながら、シンジは自分の携帯電話を懐に仕舞い、離れて待ってくれている人達の方に向かったのだった。 その頃、ネルフ本部の某所にあるエレベーターでは…… 「あら……」 急に数字が消えた階層数表示に戸惑うミサトと、 「停電か?(やっぱり始めたのか、連中。)」 天井を見上げつつ呟く加持の姿があった。 「まっさか〜、有り得ないわ。」 言った途端に照明も消え、非常灯の赤い光がエレベータの中を淡く照らす。 「変ね、事故かしら。」 「赤木が実験でもミスったのかな?」 これが単なる事故ではないと勘付いて……いや、だいたいの事を知っていたが顧客に固く口止めされていた加持は、時折妙に鋭いミサトの勘をかわすべく冗談で誤魔化した。 その槍玉にあげられた人物の目の前、第2実験場の管制室の機器類に表示された初号機パペットのチェックリストが、次々ブラックアウトしてゆく。 「主電源ストップ、電圧ゼロです。」 機械の巨兵を目覚めさせる為のボタンに指を載せたままの姿勢で、リツコは硬直する。 「……あ、あたしじゃないわよ。」 照明までもが消えた管制室の中、そこに居た全てのオペレーター達の疑惑の眼差しが我が身に集中するのを感じながら、リツコは自分でも説得力に乏しいかしら…と冷や汗を流したのだった。 「駄目です。予備回線繋がりません。」 第一発令所の定位置たる左端のオペレータ席に座る青葉が、普通なら速やかに復旧される……そうでなくても応急的に処置されるはずの電源供給が止まったと告げる。 「馬鹿な! 生き残ってる回線は!?(正・副・予備の3系統、更に自前の発電設備までもが同時に落ちたというのか!)」 冬月は驚愕しつつ現状を報告させる。 「全部で1.2%……2567番からの旧回線だけです!」 ずっと下の階層に居るオペレーターの一人が手をメガホン代わりにして叫ぶ。 科学の粋を凝らした要塞の中枢も、それを動かすエネルギーが無ければただのゴミの山に等しく、普段ならばマイクとスピーカーで問題無く会話できる相手にも、そうでもしなければ声を届かせる事ができないのだ。 「生き残っている回線は全てMAGIとセントラルドグマの維持に回せ!」 最重要な部署の手当てに、冬月は手持ちの全電力を投入するよう命ずる。 「全館の生命維持に支障が生じますが……」 「構わん、最優先だ!」 躊躇する青葉を押し切って、ある意味非情な命令を下す。 確かに人命も大切ではあるが、MAGIやセントラルドグマが失われてしまうのは使徒との生存競争において取り返しのつかない失点になる危険があったのだ。 「副司令。非常の事態に備え、移動司令車を使って地上で指揮を執ります。許可を。」 そんな混乱の中、あくまで冷静に進言するカティー・ジーベック大尉。 「構わん。好きにやりたまえ(そういえば、ドグマの機能低下の影響を忘れていたか。スケジュールが繰り上がらねば良いが……)。」 一礼した後、発令所を人間離れした速度で駆け去って行くカティーの背を見送りつつ、冬月は自分の心配が杞憂に終わる事を切に願っていたのだった。 電話の切れ方が不自然だったと話すシンジに、気にし過ぎだとアスカが応じつつ、少年少女の一団はジオフロントへ降りるゲートの前へとやってきた。 「あれ?」 いつもの様にIDカードを読み取り機に通しても、ゲートの扉はピクリとも動かない。 「何やってるのよ。ちょっと、どきなさいよ。」 不思議そうに反応しないゲートを見ているシンジとレイを押し退けて、アスカが躍起になってカードを読み取り機に通すが勿論ピクリとも動かない。 「もう! 壊れてんじゃないの、これ!」 キレるアスカを見かねてか、 「シンジ君、扉、壊そうか?」 マナが遠慮がちに過激なアイデアを出す。 「あ、それナイス!」 「無闇に壊すのは良くないと……」 即座に賛成するアスカと、おずおずと反対するシンジ。 何の責任もないアスカと、マナ達が不用意な破壊活動をしたら真っ先に責任取らされるシンジの立場の違いが態度の差となって現れていた。 「とにかく、今どうなってるのか把握しないと。壊すのはそれからって事で……」 「わかったわよ!」 ともかくも冷静で妥当な意見にアスカは矛をいったん納め、定期入れの中から折り畳んであった書類を取り出して読んでいるレイの姿に気付いて自分もプラスティックパックされた二つ折りの書類を取り出す。 「何してるの?」 不思議そうに訊ねるシンジに、 「アンタ、バカ? 緊急時のマニュアルよ。」 呆れてキッツイ言葉をぶつけるアスカ。 それは、各チルドレン用の緊急時対応の手引書であったから、レイの行動を見てピンと来ないなど頭悪過ぎると感じたのだ。 「僕のは無いんだ。……自分で考えて対処しろって。」 しかし、シンジが分からなくても無理も無かった。 そんなのがあるなんて、彼は知らなかったのだから。 「あんた、信用されてるのか突き放されてるのか分かんないわね。」 謝りはしないが明らかに失敗したと大書きしてる表情で、今度は別の誰かさんに向けて呆れるアスカ。 が、マニュアルを読み進むうちに、その表情は険しく引き締まっていった。 戦場に赴く戦士の如くに。 制御室のドアを男の職員達に抉じ開けさせたリツコが、 「とにかく発令所に急ぎましょう。7分経っても復旧しないなんて只事じゃないわ。」 マヤを伴って懐中電灯片手に真っ暗な通路をのし歩いていく。 「おかしいわ。……ちょっち荒っぽい出方しなきゃならないようね。」 エレベーターのボタンを、非常電話を一通り試していたミサトが、不敵な……いや、剣呑な笑みを浮かべる。 「お手柔らかに、お姫様。」 苦笑しつつ加持が見上げるのはエレベータ天井に設けられた非常ハッチ。 その視線に気付いたミサトは、剣呑な笑みを崩さず、 「了〜解っ!」 非常ハッチに向かってジャンプし、バターの塊を熱したナイフで切るかの如く、手刀であっさり非常ハッチの取り付け金具を斬り落とした。 そのまま掌でハッチの扉そのものを持ち上げ、僅か一度の跳躍でミサトはエレベータの上へとその身を移動させていた。 「やれやれ……相変わらず派手好きだな(これじゃ、俺もここを出た方が良いな。葛城を証人にしてアリバイ作っておくつもりだったってのに……。)。」 軽くボヤきながらも、ミサトの後を追ってエレベータを出る加持。 彼らの後には、ミサトの手刀によって融かし斬られた金属の塊が残されていた……。 というように、本部内にいる要人は其々様々な手段で発令所を目指すのであった。 其処が、非常の際の指揮統率をする場であるが故に。 使徒と言う神の使いと戦う為の罰当たりな組織のナンバー2である老人の願いは、至極当然の様に神に届かなかったようだ。 「測的レーダーに正体不明の反応あり。予想上陸地点は旧熱海方面。」 府中にある総括総隊司令部、国連軍…まあ、戦略自衛隊と言っても良いが…の警戒管制室に、新たなる敵の動きが報告されたのだ。 「恐らく8番目のヤツだ。」 15年前に出現したのから数えて8番目。 「ああ、使徒だろう。」 ただし、人類補完委員会…ゼーレ…やネルフの上層部からは第九の使徒と呼ばれる事になるだろう存在。 「どうします?」 「いちおう警報シフトにしておけ。決まりだからな。」 第三から第六使徒迎撃戦において国連軍が受けた損害、ネルフが指揮した時の使徒迎撃戦で生じた損害……その対比は、国連軍…つまり、戦自…が『無能』だの『税金泥棒』だの『役立たず』だのと罵られる原因となった。 また、ネルフが最初から指揮権を握っていた第七と第八使徒戦における人的物的な被害の少なさは、戦自の上層部から対使徒戦における積極性…言い替えればやる気…を奪うに充分過ぎるほどであった。 ……それが、許されざる怠慢だとしても。 「どうせ、またヤツの目的地は第3新東京市だ。」 戦自は3軍を統合して名目的には一体となったとはいえ、内部ではまだまだ陸海空の3軍が縦割りでバラバラな体制が存続していた。 「そうだな。」 その象徴が3人トップ体制であり、 「ま、俺達がする事は何も無いさ。」 それがもたらす官僚的無責任体質であったのだった……。 「となると、ブレーカーは落ちたというより落とされたと考えるべきだな。」 発令所の司令席で、ゲンドウはいつものポーズで冷静に状況を総括した。 人類存続最後の希望、使徒との戦いの最終要塞たるネルフ本部が5分以上停電するなど尋常な事態ではない。 停電による無力化については、その危険性が事前に予見されていた為、この都市では電力会社2社と契約を結んで万一に備えているだけでなく、自前の地熱発電所を冠ヶ岳跡地の西に設けて最低限の電力供給を確保できるようにしてあるのだ。 ここまで対策を打っていれば、人為的な要因以外で全部の電源が“前触れ無く”“同時に”故障する確率は、ほぼ有り得ないと言って良い。 「原因はどうあれ、こんな時に使徒が現れたら大変だぞ。」 病院施設などは各個に独立した自家発電設備を備えており、患者の生命維持や緊急手術に備えているのだが……もしかしたら、其処にも魔の手が伸びているかもしれないと思い憂鬱な表情の冬月が、更に憂鬱になる危険を口にする。 「問題無い。……既に作戦部が対処済みだろう?」 が、それにもゲンドウは沈着冷静に返す。 「そうだな。ジーベック大尉とシンジ君達に期待しよう。」 今の状況ではそれしかできないからな…と、内心付け加え、冬月は非常用のロウソクに火を灯して司令席の周囲に置くのだった。 「さ、行くわよ。」 アスカがシンジに同行を促す。 「碇君……。」 レイが上目遣いで付いて来て欲しそうに見ている。 「え……ええっと……。」 その二人の狭間で、シンジはだらりだらりと冷たい油汗を滲ませていた。 何故こんな事になっているかと言うと、アスカとレイ二人の緊急時マニュアルの内容がまるで違うものだったからだ。 レイのものは『ケイジに行け。』で、アスカのは『装備を整え、無線機を受信状態にして待機。』……簡単に言うと、そんな内容である。 二人のエヴァの能力の特質の差から、下される指示も違うと言うことなのだが……シンジにしてみれば余り有難くなかった。 二人の女の子のどちらかを選ばなくてはならない状況、というのは。 オマケに、シンジにはそういう具体的な指示は出ていない。 自分で選ばねばならない……と、そこまで考えたところで、シンジは二人のどちらかを選ぶというのでは無く、自分が今やるべき行動を優先すべきだと気が付いた。 「えっと、綾波……それと、ハルナにスズネとコトネ。ケイジの方お願い。僕は惣流さんと行くから。」 「どうしてそういう事言うの?」 レイの視線に恨みがましさが混じるが、シンジは何とか耐えた。 「え〜、おにいちゃんもいこうよ。」 頬を膨らませるハルナの視線にも、 「行きましょ。……それと、惣流さんじゃなくて、アスカで良いわ。言い難いでしょ。」 得意げに勝ち誇るアスカの笑顔にも、耐えた。 「任せといて、御褒美期待してるから。」 「シンジさんの言う通りに…します。」 スズネとコトネ、秋月姉妹は納得してくれた様だが。 「で、私達はどうすれば良いの?」 指示を求めてきたマナと無言で指示を待っているヒカリ、そして皆にシンジは自分の思うところを伝える。 「マナとヒカリは僕とそ…アスカと同行してくれないかな? 二人とも飛行できるから状況の把握とかで役立つだろうし。」 「分かったわ。」 「そういう事なら。」 妥当な根拠が示されれば、それは好き嫌いでは無く適材適所だと解釈する事ができる。 レイ以外は、その説明であっさり納得してくれた。 で、そのレイだが…… 拗ねた目というより純粋な悲しみを秘めた目で、じっとシンジの顔を見詰めていた。 「(う……。)僕は…僕自身は地上で待機してた方が良いと思うんだ。もし、使徒が来てるなら、その方が皆を守る役に立つと思うし。」 そのレイに噛んで含める様に、シンジは優しく言い聞かせる。 「早く行きましょ。緊急事態なんだから。」 急かすアスカを、 「えと、ちょっと待ってくれる?」 何とか宥めつつ。 「私は役に立たないの? 碇君と一緒に行っちゃ駄目?」 「……駄目じゃないけど、綾波は零号機の事があるよね。ケイジに…ってのも、それが理由だと思うし。だから、もしもの時は零号機で援護して貰えるかな。」 ちょっとだけ考えて指示の意味を汲み取ったシンジは、頼み事というカタチでの説得を試み、 「……分かったわ(その方が碇君の役に立てるのね。)。」 見事に成功したのだった。 こうして2グループに分かれた集団は、片やジオフロント、片や近くの補給地点を目指して走り出した。 緊急事態の正体も知らぬままに。 と、少年少女達が、ネルフの面々が、其々に非常事態に対処している頃、 「隊長、敵の増援です!」 如何にも武装したテロリストと言った風体の覆面男達が、冠ヶ岳跡地の西…かつては湖尻温泉と呼ばれていた場所に建設された地熱発電所で、其処を警備していたネルフの保安部と銃撃戦を繰り広げていた。 「ちっ、軍隊もどきのクセに素早い……。B班、援護しろ!」 5丁のAK47が敵の銃火を黙らせている隙に、隊長と呼ばれた男は保安部が銃撃してきた出入り口に手榴弾を投げ込む。 「A班、突撃!」 爆発が起きた直後にA班…5人の男達が出入り口に殺到するが、彼らが見たのは彼らが血反吐に沈めた犠牲者の姿だけでは無く、ピンが抜かれた幾つもの手榴弾…… 〈チュドゥゥゥゥム!〉 巡る因果の業罰は、5人の工作員達に爆風と金属片の姿をして襲いかかった。 自らから噴き出す血の泥濘に、苦痛にうめく工作員達の身体が転がる。 その隙に、保安部の連中が戻って来て戸口を盾に銃火を閃かせてきた。 「くっ……忌々しい。」 他の秘密工作班が第3新東京市に電力を供給している送電線と内外を結ぶ有線通信回線を切断するのと時を同じくして、彼らはこの発電所を奇襲し、警備を蹴散らし、邪魔する職員を射殺し、配電盤を破壊して、発電機などの要所に爆弾を仕掛けるのに成功した。 後はオサラバして爆弾を起動するだけだったのだが、ネルフの保安部が意外と曲者で、彼らの目算より遥かに素早く混乱から脱すると猛然と反撃してきた。 そのせいで、彼らは脱出する事もできず、ここに釘付けにされてしまっているのだ。 「上村、安岡、入り口の横だ!」 2丁のRPG7……対戦車ロケット弾が入り口横の“壁”に放たれ、その影に居たヤツを成形炸薬の炎が壁を貫き焼き尽くす。ライフル弾は防ぎ止めていた強固な壁も、流石に対戦車兵器までは止められなかったようだ。……まあ、ライフル弾を止められる時点で充分普通じゃないが。 まだうめいてる味方の負傷者にナイフできっちり止めを刺して、そいつらが持っていた予備の弾薬を奪い、隊長と呼ばれた男と5人の部下達は殺した発電所の所員達の血臭漂う部屋から出ようとした…… ら…… 廊下の向こう、曲がり角を利して銃撃してくるネルフ保安部の連中のおかげで、またもや足止めを食らわされてしまった。 「くそっ! この罰当たりどもめ! おとなしく神の裁きを受けろ!」 自分達の正体をカムフラージュする為の悪態を吐きながら、隊長と呼ばれた男は演技でも何でも無い溜息を内心吐きつつ、慣れないトカレフで応射した。 命ぜられた任務を遂行する為に……。 「使徒、上陸しました。」 管制官が四本足のクモみたいな使徒が上陸した事を告げる。 「依然進行中。」 府中にある戦自の警戒管制室には、不安と困惑が蔓延していた。 「第3新東京市は?」 いつもなら頼まれなくても連絡して来るはずの連中が、今回に限って一向に指示を寄越して来ないのをいぶかしんで将官の一人が管制官に問うが、 「沈黙を守っています。」 質問されたからと言って状況が変わる訳でもない。 「一体、ネルフの連中は何をやってるんだ。」 指示も命令も無く、かと言って独断で事を運ぶ意気地も無い戦自の将官が、ネルフに向けて毒吐く。 今まさに第3新東京を襲っている大敵の存在を知らぬままに。 そのネルフ本部の発令所では、 「タラップとは前時代的な飾りだと思ってたけど、まさか使う事になるとはねえ。」 ネルフ技術部のトップ、赤木リツコ博士と 「備え有れば憂い無しですよ。」 その弟子の伊吹マヤがオペレーター席横に設けられている緊急用の梯子を登って配置に着き、 「おっまたせ〜。」 実戦部隊の指揮官である葛城ミサトと、 「やれやれ、やっと着いたか。」 彼女と成行きで同行して来た加持リョウジが発令所後方にあるドアを無理矢理手で抉じ開けて到着する。 「で、状況はどうなの?」 「現在のところ停電の原因も復旧の見込みも不明。ただし、MAGIとセントラルドグマは機能してます。あと、ジーベック大尉が移動司令車で指揮を執るべく移動中です。」 ミサトの質問に青葉が淀み無く簡潔に答える。 「ふぅん。じゃ、地上はカティーに任せといて良いか。……リツコ、パペットに充電してある電気ってどれくらい?」 「……ちょっと待ってね、今計算するから。」 ミサトの思いつきに即応できるのは、やはり付き合いの長いリツコである。 単なるカタログデータではない数値が聞きたいのだと悟り、素早く頭の中で暗算する。 「……1機で本部の電源を5秒間だけ賄えるわ。」 「2機で10秒か……やってみる価値はあるわね。」 不敵に微笑むミサトの横顔に、更に不敵な笑みを浮かべたリツコが囁いた。 「その気があるなら、もっと時間が稼げるわよ。」 と。 「統幕会議め、こんな時だけ現場に頼りよって!」 受話器を置いた将官が憤慨するが、憤慨したからと言って事態が好転する訳でもない。 「政府は、何と言っている。」 3人の中では最先任、年嵩の将官が政府の意向を確認しようとするが、 「ふんっ、第2東京の連中か? 逃げ支度だそうだ。」 それは、到底士気の上がりそうな情報では無かった。 「使徒は依然健在、侵攻中。」 あまつさえ、使徒は順調に歩を進めている。 「とにかくネルフの連中と連絡を取るんだ。」 ただ、老齢の将官としては、命令も無く軍を動かすような冒険はしたくなかった。 前任者達が第3、第5使徒に痛い目に遭わされた経験もあって……。 「しかし、どうやって。」 「直接行くんだよ。」 そう言ってセスナ機を用意させようとした時、彼らが待ちに待った使徒戦における上位者からの連絡がやってきた。 「こちらネルフ作戦部部長カティー・ジーベック大尉だ。今現在、緊急を要する事態は起こっているか?」 「何をやってたんだ、お前等は! 今、使徒が来てるんだぞ!」 今更のんきに何を言うと激怒する若手の将官に、カティーは冷静に対処する。 「そうか、すまない。こちらは事故で停電中なのでな。データを送って貰えるか?」 軍用の乱数暗号変換をかけた通信だからこそ言えるのであろう情報を聞かされ、相手が下手に出て協力を要請してきたなら、戦自の将官達も矛を納めざるを得ない。 いや、今まで連絡が取れなかった事情が事故による停電だと聞いたからには、彼等の心情は同情的なものに転じた。 「分かった。何か指示はあるか?」 例え相手の階級の方が下でも、命令権が相手のほうが上位ならば、その命令を聞くに何の躊躇いも無い。 彼等は、良くも悪くも軍人であった。 「威力偵察の為、攻撃機隊を用意してくれ。……N2を積んだ爆撃機もな。」 「了解。」 「それと、今回の事故はテロリストの破壊工作の可能性がある。そいつらが使徒戦の妨害をしないよう部隊を展開させて貰えるか?」 「了解。……展開には30分はかかるが良いか?」 使徒が来たというので、既に警戒シフトを敷いてるが故の早さであった。 「承知。お願いする。」 戦自の将官達は、そのテロリストの正体を知らなかった。 もし知っていたら、どういう行動を取ったのか……。 まあ、それを仮定しても無駄であろう。 とにかく、待機していた陸と空の戦略自衛隊が速やかに展開された事。 それだけは確かな事だった。 「拙いわね、空気が淀んできたわ。これが近代科学の粋を凝らした施設とは……。」 作戦の前準備の為、日向の席に座ってキーボードを叩くリツコが思わずボヤく。 「でも、さすがは司令と副司令。この暑さにも動じませんね。」 同じく前準備をしてるマヤが少しだけ手を休め、上……司令席を眺めて感心する。 そこには揺るぎ無く同じ姿勢を保つ司令と副司令がいたのだが、 「温いな。」 その両足は、水を張った防火用のバケツに突っ込まれていたのを皆は知らなかった。 「……ああ。」 下の者達からは死角になる位置に置かれていたが故に。 「これからずーっとアタシだけを見てくれるんなら、見せたげても良いわよ。」 “だけ”にアクセントを置いて挑発するアスカだが、誘惑をかけた相手は真っ赤になりながらも慌てて後ろを向いた。 「何よ、その態度。気に入らないわねぇ。」 更衣室の中とはいえ、シンジと……まあ、マナやヒカリも居るが……と同席してるってのに、いきなり着替えだそうとしてのこの台詞である。 「そ、それよりさ……ほら、非常事態……なんだし。」 シンジとしては、寧ろ戸惑いの方が強かった。 「そうね。じゃ、さっさと着替えなさいよ。」 言いつつ自分も思い切り良く制服を脱ぎ捨てる。 下着も全部脱ぎ捨てる。 プラグスーツを手に取る。 スーツに足を通す。 ぶかぶかな状態のスーツを肩まで引っ張り上げてから…… フィットスイッチを捻って身体に密着させる。 通信機でもあるインタフェースのヘッドセットを装備する。 プログナイフと呼ばれる特殊なナイフを挿した専用ベルトを腰に巻く。 これで、エヴァ・チルドレン用の戦闘装備一丁上がり……である。 時折……いや、結構ちらちら見ていたが、シンジは全然アスカの方を見ようとしてくれなかった。 アスカはシンジの着替えをかなり遠慮無く見ていたのだが。 全く見られていない…注目してくれないというストレスは、アスカの機嫌を直滑降で押し下げた。 トゲトゲしい気分がアスカの態度を荒っぽくする。 「ちょっと! こっち見なさいよ!」 つかつか歩み寄ってシンジの肩を掴み、強引に自分の方を振り向かせる。 「い…痛いよ、そ…アスカぁ……。」 またもや惣流さんと言いそうになって慌てて言い直すシンジの横合いから第3者の手が伸びて来て肩を掴んでる手を引き剥がした。 「こういうことするの、良くないと思う。」 一応傍観していたマナが止めに入ったのだ。 「アスカ、ここは抑えて。今はそれどころじゃないでしょ?」 また、アスカの後ろからヒカリが両腕で抑える。 が、激昂したアスカは簡単には止められない。 「このスパイ女が、偉そうに!」 特に、口は。 そのアスカを、 シンジは、 マナの動きを目で制して、 右手を大きく振り抜いた。 パンッ 乾いた音が、狭い部屋に鳴り響く。 「何すんのよ!」 「僕は、君を叩く資格が無いかもしれない。でも、僕は、そ…アスカにそんな事言って欲しくなかったから……。」 「そうよ! アンタなんかにアタシを叩く権利なんて無いわ! いい加減離しなさいよ、ヒカリ!」 もがいてはみるが、相手は動きは素人同然だけど使徒能力者。 単純な力比べでは勝ち目は薄いわね。 アタシのエヴァ能力…超運動能力…を発動させずに拘束を解くのは、ほぼ無理ね。 でも、LCL錠剤に手が届かないからエヴァ能力が発動できない……。 何とかヒカリの隙を見つけるしかないか……。 「そ…アスカだけをずっと見てるのは、僕には無理なんだ。それはアスカも分かってるよね。だから、だから……」 「だから何よ、このバカシンジ!」 「アスカを含めて皆をずっと見守るっていうので、どう?」 思い切って言い切ったのだろう言葉。 ただ、かなり都合良く聞こえる言葉。 「アンタ、本当っにバカ? アタシがそんなの認める訳……」 だから、アタシは、そんな御都合主義の言葉を、そんなアイツを拒絶しようとした。 そしたら……急に周囲の空気がよそよそしくなった。 今まで気のおけない家族ででもあるかのように、何故か言い知れない温かみを感じていたマナやヒカリから、刺々しさしか感じなくなった。 そして、シンジからは……深い悲しみと寂しさが伝わってきた。 何か覚えのある寂しさ……これは、何? 今感じてる、胸に穴が開いて風が吹き抜けるような感じって何? 「ゴメン。……行こ。」 ヒカリとマナにアタシを解放するよう促したシンジのヤツが、この部屋を出ていこうとして……最後に振り向いた。 「……待って。」 アイツが一歩離れて行く度に万力で捻られてるんじゃないかってぐらいに痛んだ心臓。 このままアイツを行かせたら、この傷は二度と塞がらない。 ……そんな不合理な予感が、アタシのプライドをあっさりと突き崩した。 「……今は、それで手を打つわ。」 冬の雲間から日が差すように綻びたアイツの顔を、アイツの目を見た途端、アタシの身体は軽い波に翻弄されて、少しだけ恥ずかしい汁を滲ませてしまった。 ……戦闘前だと言うのに。 でも、アイツにじっと見詰められると、気持ち良くて胸が暖かくなって我慢できない。 アイツにもっと色んなトコ見せたら、もっと気持ち良くなるのかな? ……アイツがアタシだけのモノじゃないのが、かなりシャクだけど。 『でも、いつか必ずアタシだけのモノにしてみせるわ。』 再び心地好い微風みたいになってくれた雰囲気も、ちょっと惜しいけどね。 作戦の為にマヤとミサトをパペットの所へと向かわせたリツコに、いや発令所にいる者達全員に聞える様に冬月が言うまでも無い事実を語る。 「このジオフロントは、外部から隔離されても自給自足できるコロニーとして作られている。その全ての電源が落ちるなど理論上有り得ない。」 「誰かが故意にやったと言う事ですね。」 それによって当然導かれる結論を、リツコが質問のカタチで断定する。 「恐らく、その目的はここの調査だな。」 「復旧ルートから本部の構造を推測する訳ですか。」 その一言だけで、リツコはゲンドウが口にした推測の根拠を理解した。 「癪な奴等だ。」 冬月も、確かに有りそうな事だと苦い顔になる。 「MAGIにダミープログラムを走らせます。それで全体の把握は困難になると思われますから。」 リツコが即座に考案した対処手段を、 「頼む。」 ゲンドウが即決で承認する。 「本部初の被害が使徒ではなく、同じ人間にやられたものとは…やりきれんな。」 さっそくにキーボードに必要なコマンドを打ち込み出すリツコの背中を見つつ、冬月が慨嘆する。 「所詮、人間の敵は人間だよ。」 それを、ゲンドウは自嘲含みで皮肉に笑い……ついで、発令所の片隅に居座っている男に目を向けた。 「今回の件、知っていたのか?」 「企業秘密……と、お答えしておきましょう。」 口止めされてるにしても、本当に知らなかったにしても、裏世界で名を馳せるスパイにして情報屋たるこの男…加持リョウジ…がそう言った以上は口を割らせるのは不可能。 それを知るゲンドウは、それ以上この件で追求する事を止めた。 「では、やったのは何処か分かるか?」 誰…ではない。実行犯の背後に何かしらの組織があると踏んで、ゲンドウは“何処”という言い方をしたのだ。 ……実際、単独犯では停電させる事自体が無理だし、その後の調査も困難を極める。どこぞの組織の犯行と考えるのが自然であった。 「調べておきましょう。」 慇懃に礼をして、加持は発令所を後にした。 ゲンドウに渡すべき証拠を集める為に……。 照明が消えた真っ暗な通路を、3人の少女が黙々と歩いて行く。 全員が周囲を知覚するのに可視光線を必要としない為、彼女らの手には明かり一つとて無い。 一行を先導するのは、3人の中で最も長くネルフ本部に関っている少女、ファーストチルドレン綾波レイ。彼女が最低限の指示を出すだけで、下へ下へとどんどん進んで行く。 ……ちなみに、一行の人数が現在3人なのは、秋月スズネが姉であり分身であるコトネと合一しているからである。いずれは分離したままでも問題無くなるかも知れないが、今の時点では未だ長時間分かれたままでいるのは結構疲れるのだ。 「懐中電灯の明かり……誰かいるわ。」 ふと、レイが廊下の先に光を見つけた。 「え? ……おむかえかなぁ。」 ハルナが大平楽な発言をし、スズネが身構える間にも光は近付いて来る。 近付いて……何故か一瞬だけ止まったが、何でもなかったかのように近付いて来る。 光を携え現れた者、それは…… 重そうな荷物を担いだネルフ職員用の作業服を着た二人組だった。 「……誰?」 「整備部の者ですよ。これから修理に…」 「……嘘。」 レイに一刀両断に否定され、二の句が継げなくなる二人。 「本当にそうなら、気配を隠す必要も逃げようかどうか迷う必要も無いもんね。」 二人の耳が自分達の変装が見破られた理由を聞いたのは、 驚きで身を固くした二人の鳩尾に、目にも止まらぬ踏み込みを見せたスズネの拳が打ち込まれ、意識が刈り取られた直後の事だった……。 「早く行きましょ。」 不審者の処理が終わると直ぐに立ち去ろうとするレイとハルナを、 「あ、先に行ってて。こっちは“お掃除”してくから。」 スズネは明るい笑顔で送り出す。 「分かったわ。」 「ね、ハルナもてつだったほうがいいかなぁ?」 「ハルナちゃんは、レイをできるだけ早くケイジまで連れてって。」 汚れ仕事になるだろうからハルナみたいな娘には手伝わせたくないというスズネの気持ちを知ってか知らずか…… 「うん。」 素直に肯いたハルナは、小首を傾げてちょっと考え込んだ。 「……どうしたの?」 「えとね、レイおねえちゃん……のって。」 なかなか動こうとしないハルナに行こうと促そうとしたレイの目の前で、背中を見せてしゃがむハルナ。 「……何故?」 「はやいから。」 「そう。」 それだけで通じてるんかい!? と思わずツッコミを入れたくなる会話の後、レイを背中におぶったハルナはバビュンと擬音が鳴りそうな勢いで駆け出した。 それは、いつもの早朝ランニングを遥かに上回るペースであったが……まあ、その気になればレイ一人ぐらいは軽いものだろう。自分達と融合している使徒は、その力を減じた訳では無いのだから……。 そう思いながら見送ったスズネであったが、彼女にしてもハルナがどのぐらいの速度で疾走して行ったかを知れば流石に驚いただろう。 何せ、その最高速はリニアトレインなぞぶっちぎりで超えており、ソニックブームが発生して途中の施設を壊さないようATフィールドで空気の流れを制御しなければならない程だったのだから……。 勿論、そんなハルナとレイを止められる人間がいる訳も無かったのだった。 「無事か?」 無線のスイッチを入れた途端に聞こえてきた第一声がそれだった。 心配そうなカティーさんの声が。 「あ、はい。」 「失礼しちゃうわね〜。アタシを誰だと思ってるの?」 僕とほぼ同時にアスカの答えが聞こえたので、多分アスカも無線のスイッチをONにしたんだろう。 「気分を害したなら謝る。ところで、二人とも戦闘に支障は無いか?」 「もっちのロンよ!」 「あ、……はい。大丈夫です。」 装備も支給されてるのは全種類揃ってるし、どうにかなりそうだ。 「では、迎えを送るから、そのまま迎撃に出てくれ。……使徒だ。」 「「はいっ!」」 使徒が来たんだ……この停電も使徒のせいかな? この時は、僕は知らなかった。 この停電を起こしたのが誰だったのか。 知らなかったんだ……。 「ホントに大丈夫なのかしら、これ……。」 専用にあつらえられたプラグスーツに着替えたミサトが、初号機パペットのエントリープラグの操縦席に座る。 今回の作戦では、ある理由で遠隔操作という訳にいかないのだ。 「大丈夫ですよ。先輩を信じてください。」 通信越しにマヤの励ましが聞こえる。確かに、今更どうこう言ってもしょうがない。 「じゃ、行くわよ。……初号機スタート! 電源供給リバース!」 この作戦の為に配線を急遽繋ぎ直して、アンビリカルケーブルで初号機に電源を供給するのではなく、逆に初号機内の電気を送り込めるように調整済みなのだ。 ただ、それでは幾らパペットに大量のエネルギーを蓄積していたとしても、長く持つ訳も無い。ネルフ本部は徹底的な近代化と省力化を推し進めた結果、酷く電力を食う構造になってしまっていたのだ。 計算では、パペットの内部に貯めてある電源を5秒間で使い尽くす筈だった。 だが、 5秒どころか30秒経っても、 初号機から供給される電気は途切れる気配は無かった。 「つ……う……これ、結構くるわね……。」 手足の先……いや、全身から活力が流れ出していく感覚に耐え、ミサトは自らの内なる活力の源をフル回転させる。 そう、リツコが新たに搭載した装置とは、使徒能力者が持つS2機関のパワーをLCLを通して取り出し、パペットの稼動電源にしようというシステムだったのだ。 これによって、ネルフ本部の電力供給は細々とながら何とか回復できたのであった。 ミサトが気張っていられる限りは……。 「映像回復!」 「本部内機能、正常に戻ります!」 「無線通信、回復します!」 巨大なスクラップの山と化していた機械達が、電気と言う命の息吹を与えられ、科学の要塞の中枢へと復活を遂げる。 「発令所、聞こえるか? ……使徒だ。」 そんな中、真っ先に入って来た作戦部長からの通信は、彼等を緊張の極に置いた。 「データ、受信しました。パターン解析……パターン青、間違いありません!」 青葉が移動指揮車から送られてきたデータをMAGIで解析するが、2秒もかからず使徒であるとの結論を受け取る。 「使徒は現在二子山付近を北上中!」 「迎撃システムの稼動率……現状では0%です!」 「湖尻地熱発電所から救援要請! テロリストの襲撃です!」 次々送られてくる悪いニュース、 「ファーストチルドレン他1名がケイジに到着しました!」 「セカンド、サード他2名の姿を確認しました。無事です!」 良いニュース、渾然一体となった情報の濁流が堰を切って流れ込んで来る。 「レイには零号機で待機してもらって。市内全域に非常警報発令!」 それを無線で聞いていたミサトから、通信越しに指示が飛ぶ。 「でもミサト、警報を出す電力もシェルターを維持する電力も無いわよ。」 だが、リツコは反対……というか不可能だと指摘する。 『……新装備が予定してた稼動効率になってれば話は別だったかもしれないけど。』 試作1号の初稼動としては望外の成功ではあったが、それでも理論値にはほど遠い。 リツコが自らの無力を噛み締め、落ち込みそうになるところで…… 「弐号機パペットと外付けバッテリーの電力を使えば? シェルターの維持は、本部で節電した分回しゃ良いでしょ?」 ミサトのツッコミにリツコは我を取り戻した。 「……そうね、それならいけるわ。さっそく準備にかかるわ。よろしいですか、司令。」 「構わん。やりたまえ。」 その1分後、第3新東京市内全域に避難警報が3分間だけ鳴り響いた。 予め貯めてあった電気では、そこまでが限界だったのだ……。 保安部の車で姥子まで送られて来た4人……シンジ、アスカ、マナ、ヒカリは、其処でカティーから色々と情報を聞いていた。 無線越しに…ではあるが。 「使徒はあと10分ほどでそちらに到着する。敵の能力は不明。四本足の蜘蛛とでも云う形状をしているとしか判明していない。」 「何よ、それ! 分かってないも同然じゃないの!」 「すまない。……ただ、ATフィールドの強度は単独で中和可能と計測されている。」 憤慨するアスカに謝罪し、分かっている限りの事を伝えるカティー。 戦自の威力偵察…攻撃機部隊と無人砲台による砲爆撃…に丸っきり反撃してこなかったので、ATフィールド強度ぐらいしか分からなかったのだ。 「それならアタシの敵じゃないわね♪」 単独でATフィールドを中和できる程度の相手と聞いて安心するアスカに、 「油断するな。どんな手で来るのか分からんぞ。」 カティーは忠告するが、 「大丈夫、心配無いわ。」 根拠ゼロの巨大な自信で安易な答えを返すアスカであった。 爆弾の一部を爆破し、残った部下のうち3人を捨て駒にして、湖尻地熱発電所を襲撃したテロリストもどきの隊長は命辛々逃げ出す事に成功した。 遠隔操作で仕掛けた爆弾を起爆し、ひたすら南へ南へと脱出する。 ネルフ保安部の追撃の手を逃れるべく、ネルフの権限が及ばない地へと向かって……。 だが、 それは、 より皮肉な運命を彼等にもたらした。 「テ…テロリストだぁ!!」 偶然遭遇した若い戦自の兵士が、89式小銃を出会い頭に乱射してきたのだ。 『くっ……ここで味方に遭うとは……これが極秘任務でさえなければ……』 あまりにも分かり易い武装テロリストの格好に変装していたのが災いしたのだろう。 3人全員が覆面をし、手にAK47を携え、背にRPG7を担いでいた事もあって、威嚇射撃や降伏勧告なんて段階は省略されてしまったようだ。 それとも若くて実戦経験に乏しい兵士が急な遭遇で軽いパニックになったのか……。 どちらにしても彼等には嬉しくない展開だった。 『くっ……こ、ここ…で……つ、捕まる…わけ…に……は……』 5.56oライフル弾で手足を何個所も撃ち抜かれても、何とかライフルで応戦……いや、牽制して逃げ出そうとした“隊長”は…… 「おい、高杉……どうした!」 高杉と呼ばれた若い兵士を援護しに現れた数人の兵士達に撃たれてボロ雑巾のように地べたに転がされたのだった……。 そして、その部下達は…… 急追して来たネルフ保安部の精鋭によって、遂に制圧されたのであった。 「アレね。アンタらは見てるだけで良いわ。アタシが華麗に倒して来てあげるから。」 使徒を遠目で確認し、胸を張って宣言するアスカ。 一回、その自信が何処から湧いて来るのか見てみたいもんである。 「……僕は、みんなで協力した方が良いと思うけど。」 「うっさいわね〜。アンタはここで使徒を引きつける。で、アタシが倒す。マナとヒカリはシンジの護衛。作戦は以上よ。」 シンジの意見に猛然と反論し、半ば強引に作戦をまとめるアスカ。 と言って、論理的には必ずしも間違っていない事もあって反対意見は出ない。 『零号機にライフルを装備させて……いや、移動経路上の民間人の避難がまだだ。それに零号機を自力発進させて姥子に配備して戦闘させるには電力が足りん。弐号機パペットの内部電源は使い果たしたし、初号機パペットは動けない……。ここは、セカンドの作戦で行くのがベターか。』 それは、苦笑いを浮かべるカティーにも言える事だった。 ……ちなみに、何故マナの加粒子砲で先制攻撃という作戦案が出ないかというと、シンジの影響下にある使徒能力者が使徒を先制攻撃するのは、シンジが使徒戦を行なう際に大きな悪影響が出る恐れがある…と、MAGIと司令部が強硬に反対しているせいである。 それさえ無ければ幾らでも作戦の立てようはあるものを……と臍を噛みつつ、カティーは通達した。 「良し。その作戦案を基本迎撃プランとして採用する。後は各員臨機応変に対処せよ。」 この作戦をアスカの独断専行にしない為、作戦案の承認を与える言質を。 LCL錠剤を口の中に放り込む。 プログナイフを鞘から抜き、構える。 後は…… 「いぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁ!!」 気合いを入れて突っ込むのみ。 あの図体でアタシのスピードを捉えられる訳は無い。楽勝楽勝♪ ATフィールド中和距離直前で思い切り上にジャンプすれば、例え使徒がビームを撃ってきたとしても通用しないってもんよ。 ジャンプする前ならATフィールドで弾けるし、フィールドが中和されてる距離ならアタシの身体は其処に無いんだから。 でも、そんなアタシの計算は脆くも崩れ去った。 何よ、そんなのアリ!? 使徒は、お椀というか鍋というかという形の胴体の各所についてる目みたいな模様…本当に目だかどうかは知らないけど…から、ドロリとした液体を噴き出したのだ。 それも、広範囲に拡散して。 ジュアァアァアアァアア! プラグスーツにちょっとだけかかった飛沫が凄い音を立てている。 でも、不吉で嫌な音も、物凄く痛くて熱いのもこの際無視だ。 「てやぁぁぁぁ!」 ナイフにATフィールドをまとわせて振り下ろす。 でも…… ササッ 痛みをつい意識して剣速が鈍ったせいなのだろうか、それとも液体が侵蝕するのを防ぐ為にATフィールドを無意識に張っちゃって集中し切れ無かったのか、使徒はアタシのナイフの一閃を図体に似合わぬ素早さで避けてしまった。 クモじゃなくてゴキブリかアンタは!? ……って、しまった! 着地直後のアタシに溶解液が噴きかけられる。 「てぇえいっ!」 のを、思い切り跳んでかわす。 が、さすがに全部は避け切れるはずも無く……左足にまともに被っちゃった。 物凄く痛いだけじゃなく、自分の足じゃ無くなってる感じで上手く動いてくれない。 どうしよう……この足じゃ、ジャンプするのも走るのも無理だわ。 いちかばちか……捨て身でカウンター狙うしか無いかな……。 再び攻撃体制を整えた使徒相手に呼吸を何とか整えようとしたアタシに襲いかかった次なる攻撃は…… 「ヒカリ、アスカを芦ノ湖に投げて! 早く!」 「う、うん。」 胴体に巻き付いたヒカリの光鞭だった。 「え?」 シンジが拳銃で援護射撃をしているのを見たのを最後に、アタシは第七使徒戦の時よろしく空中に放り投げられ、芦ノ湖のど真ん中に叩き込まれたのだった……。 「ヒカリ! マナ! アスカの救助お願い!」 そう言いつつ、僕は使徒の注意を引き付けるべくLCL弾を連射する。 「分かった。」 「シンジくん、気をつけて。」 僕の頼みを聞いてくれたみたいで、ヒカリもマナもアスカを助けに行ってくれた。 あの酸みたいなのを洗い落とすには一番手っ取り早い手段だと思ったんだけど、怪我の具合如何では結構危ない事に今更気付いてしまったんだ。 ……溺れてなきゃ良いけど。 って、え? ……使徒がこっちに来ない? 何で? 未だかつて無い事態に困惑しながら、シンジはそれでも使徒の後を追って走り出したのだった……。 1台の選挙カーがある。 上に載せた看板に『高橋覗』と大きく書かれ、スピーカーから大音量の選挙演説を流し続けているワゴン車がある。……人が避難し、いなくなった街角で。 自らが発し続けている音の為、せっかくネルフが無け無しの電力を振り絞って避難勧告をしたというのに聞こえなかったのだ。 運転手とウグイス嬢と候補者本人、その3人が飽きもせず無人の街路に一生懸命な選挙活動を続けている車がある。……元々、聞いてくれる方が珍しいので気付けないのだ。 更に不幸な事に、彼等は再開発予定区域……レイの住んでいた団地みたいな取り壊し予定の区域を通って来た為、信号が消えた事や人っ子一人いなくなった事などの異変に気付く事も無く走っていた。 そんな選挙活動は、本来彼等が訴えようとしていた選挙民ではなく、別のモノの関心を呼び寄せてしまった。 遺伝子に相当する固有波形パターン、その99.89%が人間と同じ、ごくごく広義では“ヒト”に分類されるのかもしれない生物……すなわち、“使徒”の。 「うわっ!」 「きゃああああ!」 突如、大音響と共に空から降って来た巨大な柱が前の道路を塞いだのを見て、運転手は急ブレーキを踏んだ。 次いでハンドルを回してUターンしようとするが、それは天井から聞こえてきた鈍い音が発生する事になった理由によって儚い夢と化した。 ……何かに上から押え付けられているのだ。 木製の看板が音を立てて壊れ、窓ガラスが砕け散り、乗降ドアが歪んだ車体から残らず弾き出されるように外れ、タイヤが圧力に屈してパンクする。 真綿で首を絞めるが如く破壊されてゆくワゴン車。 その破壊には明らかに使徒の作為が、ATフィールドによる干渉があるのだが、一般人である彼等には解らない。 彼等に理解できたのは、このまま車内に留まれば“何か”…いや、もうこの時は使徒の姿が良く見えたのでクモに似た巨大生物と呼ぼう…に潰されて圧死するという事だけだ。 だが、それだけでも逃げ出すには充分な理由である。 運転手、候補者、ウグイス嬢の順で逃げ出した直後に、押し潰された車は爆発した。 市議候補…高橋覗と運転手が起き上がって周囲を確認した時、化け物の姿もアルバイトで雇っていた女性の姿もどこにも無かった。 陥没した道路と黒ずんだ残骸と化した車のなれの果てが、さっきの事件が白昼夢では無いと否応無く語っていた。しかし、化け物やアルバイトの女性がどうなったかは、彼等には分からなかったのだった……。 碇シンジは気付いた。 使徒を追って走っていた彼だから気付いた。 行く手で起こった爆発が、使徒によるものであると。 そして、使徒の巨大な身体が彼の視界から消え失せた理由も。 「まただ……多分……。」 普段は意識していない疑問が、心の奥から湧き上がってくる。 『エヴァが……僕がいなければ、使徒に取り憑かれる人がもう出なくて済むんじゃないかな。僕は本当はいない方が良いんじゃないだろうか……。』 そんな、問いが。 既に彼の“恋人”になってくれている人達に話したら、怒られるか、呆れられるか、悲しまれるか……とにかく全力で否定してくれそうな言葉を。 それでもシンジの足は止まらない。 何かに突き動かされる様に。 何かに引き寄せられる様に。 やがて、息苦しくなるほど走ったせいで喘ぐシンジの前に、 林の下生えの上に寝転がった女性が、苦しげに悶え、のたうっていた。 年の頃は見た目に20台始めから10台後半ぐらい、髪は肩にかかるぐらい……って、観察なんかしてる場合じゃないや。 「だ、大丈夫ですか……。」 もしかしたら、崖の上から転落したのかもしれない。 そう思って怪我の具合を確かめようとしたら、抱き起こそうとした手にぬるっとしてる癖にべっとりとくっついてくる嫌な感触が…… これは、まさか…… マナと会った時の、ラミエルと遭った時の記憶が甦る。 そういえば、今回の使徒も、手……無かったんだっけ……。 シンジはようやく、今回の使徒がどうして自分の方に来なかったかを悟ったのだった。 すると、この人が…… この人を見捨てると、死んじゃうかもしれないんだ……。 逃げちゃ駄目だ。逃げちゃ駄目だ。逃げちゃ駄目だ。逃げちゃ駄目だ。 し、仕方ないんだ。こうしないと…… でも、割りと綺麗な人だな…… 「大丈夫ですか、しっかりして下さい。」 「い、いや……駄目……止めてぇ……。」 ガタガタ震え、小声で拒絶の言葉を吐き続ける女性を抱き上げ、耳元で囁く。 「しっかりして下さい。僕がついてますから。」 発作が治まってきたのか、それとも彼女の内なる使徒が暴れるのをお休みしたのか、震えが治まってきた。 「僕は、碇シンジっていうんだけど、あなたは?」 「い…かり……碇シンジ……という事は、もしかしてサードチルドレンって……」 どうやら僕は有名みたいだ。 まあ、そりゃそうかも。新聞やテレビに僕の名前は出ないし、週刊誌の記者も来るたびに追い払っているらしいんだけど……人の口に戸は立てられないし……ね。 人伝に僕の名前が広まっていても仕方が無い。 「私…は……筑摩…シズク……大学…3年生……」 まだ痛むのか、切れ切れに答えてくれる彼女。 「ごめん…ごめんなさい、筑摩さん。……もう、あなたを助ける方法が、あなたを抱くしか残ってないんです。だから……僕が死ぬより嫌なら……」 「死にたくない……死にたくないよぅ……だから、助けて……」 僕自身突飛な話だと思う事だけど、何故か信用してくれたみたいだ。 ……何か筑摩さんの呼吸が楽になってる。これが信じてくれた原因かな。 とにかく、許してくれたんだから……ATフィールドで気持ち良くしてあげないと。 できる限り早く助けてあげられるように。 耳元に息を吹き込み、舌で軽く舐る。 背中に回した左手をゆっくりと上下させる。 右手をお尻に回して、優しく揉み始める。 ほどなく、筑摩さんの吐息に熱いものが混じり始めた。 ……おかしい。いつもなら、もう、軽くイッても良いぐらいなのに……。 一回身体を離して地面に横たえ、飾り気の無い水色の長袖シャツの上から、両手で胸の膨らみを揉みしだく。ゆったり大きく優しく……。 ATフィールドも、もうちょっと強めにする。 「ぃゃ……駄目……止めて……」 言葉通りに取れば拒絶の意味だけど、甘やかな期待混じりでは僕は止まらない。 右手をつつっと撫で下ろして、シャツとお揃いの色で膝が隠れるくらいの丈のタイトスカートの生地の上から内股に触れる。 シャツのボタンを少しだけ外し、ブラをずらして桜色の先端を露出させる。 スカートの裾をまくって…というか、ずりあげて下着の上からプニプニ指で刺激する。 ……もうちょっと刺激を強くした方が良いのかな。まだ、あんまり濡れてないし。 下着がほとんど濡れていない事に首を傾げつつも、僕はその最後の防御たる薄い布切れをゆっくりと抜き取ったのだった……。 「おいおい……凄いな、これは……。」 ジオフロント天蓋部まで登ってきた加持が見たものは、死屍累々……いや、まだ生きてはいたが動けなくされて縛られた工作員の山、山、山だった。 「回部、羽野、端下、盛……全部陸幕2部の連中だな。こいつらが揃ってるって事は、4チーム、いや、電源を潰した連中も入れると5チーム以上も動かしたのか。しかも、主力級の工作員を……」 幾ら何でもやり過ぎ……と思わないでも無いが、連中…日本政府としては強大な武力を持った得体の知れない連中が国内にのさばってるのは気に食わないんだろう。 特に、そいつらが自分達の弱みを一方的に握ってる上に、自分達じゃできない功績を上げて世界各国や自国の人々に感謝されてるとなると。 ゼーレの爺様達が今回の作戦について口止めしてきたのは、あわよくば工作の成果を掠め取る……本部の構造を調べるつもりか? ……って、事は……ここの構造はゼーレも把握してないって事か? ……これは検討の余地があるな。 ちょっと考え込んでいたが、唐突に嫌な予感がして床にダイブして転がり起きる。 すると、俺の横を風が駆け抜けて行った。 いや、風じゃない。 「あれ? 加持のおじさん?」 風を巻き起こすほど速く、それでいて足音をさせず、俺がさっきまで居た所に少女が一人いた。……確か、名前は秋月スズネ。イスラフェルの使徒能力者…だったな。 「おじさんは酷いな。で、どんな状況だい?」 まんざら嘘でもない傷付いた表情でおどけて、背中にかいた冷や汗が乾くのを待つ。 「見つけたのは全員捕まえたけど……これが侵入者全員じゃないと思うな。」 その言い方と俺が近寄ったら出て来た事からすると、捕まえた連中を放置してるのは、やはり罠の一種か。この有様を見れば、救出するか逃げ出すか証拠隠滅するか……とにかく不用意な反応をしでかすヤツが多いだろうからな。 「そうか。……もし良ければ、こいつらの始末は任せてくれないか? 司令に、こいつらの背後関係を調べろと言われててね。」 ちょうど良い証拠物件になるし。リッちゃんにも土産に持ってった方が良いかな。 「じゃあ、お願い。」 言い捨てると、スズネちゃんは出現した時と同じように風の如く消えた。 いや、猛スピードで走り去ったんだな、これは……。 使徒能力者の脅威的な運動能力を目の当たりにした加持は、頭の中のメモ帳のこれから注意するべき項目の一つにグリグリと二重丸を付けたのだった。 個人差……なのかな? シズクさんの大事なところに舌を入れてペロペロと刺激しながら、なかなか泉が潤ってこないのを不思議に思う。 それでも気持ち良くないという事は無いみたいで、押し殺してはいるけど苦悶じゃない方の喘ぎ声と女性の汁を少しずつ漏らしてくれている。 ……外だから嫌なのかな? と言っても今更移動する訳にもいかないし……。 もしかして、特殊な性癖の方なのかな? ……初めてじゃないみたいだから有り得るかも。 僕は、色々と試してみようと思ったんだけど…… 「痛っ……ううっ……」 何か、また使徒が暴れ始めたみたいだ。 ……急いで何とかしなきゃ、この人が危ないんだろうな。 「ごめんなさいっ!」 だから、まだ潤滑油が滲んでるだけの其処に、肉槍を無理矢理突っ込んだ。 「あ、はあっ!」 「ううっ…」 うわ、きつ……って、え? 最初こそきつくて思わず声を漏らしてしまったが、少しずつ動いてるウチに段々潤滑油が出て来て動き易くなってきた。……荒っぽくして正解だったのかな? シズクさんが気持ち良さそうになってくると、段々色々と分かってくる。 ヒクヒク期待に震えてる菊門に、中指をつぷりと挿し込んであげると、シズクさんは実に良い声で鳴いてくれる。 それが嬉しくて中でくの字に曲げて捻ると、まるでそれがスイッチででもあるかのように下の口でギチギチと肉の槍を締め上げてきた。 う……今日は真面目に授業受けていられたから、ちょっと我慢できないかも。 発射エネルギー充填を開始したのを自覚したシンジは、何としても相手を先にイカせるべく……空いてる左手の指で、肉真珠をピンと弾いた。 「あ…ああああああっ!!」 女の人が極みに堕ちる時特有の凄い絞め付けに、僕の我慢も遂に限界を突破し、白濁の弾丸をシズクさんの中に思う存分吐き出したのだった……。 「パターン青消滅! 使徒、撃退しました!」 青葉の報告に、発令所と移動指揮車内に安堵が満ちる。 しかし、 「まだ気を抜くな。セカンドの救助を急げ。サードを迎えに行くのも忘れるな。」 指揮車から発せられたカティーの命令と、 「整備部と技術部は本部施設の復旧に全力を上げろ。保安部は敵性工作員を可能な限り排除せよ。」 発令所から発せられたゲンドウの命令が、まだ事態が沈静化した訳では無いと皆の手綱を引き締める。 そう。 まだ使徒を倒しただけで、今回攻めて来た大敵の思惑を全て挫いた訳では無いのだ。 “人間”と言う名の大敵を。 「ご、御主人様……私に…はしたないドレイに御主人様の逞しい御褒美を下さい。」 目覚めるや否や開口一番言い放ったシズクさんのおねだりに、僕の目は点になった。 「身体が疼いて…疼いて仕方ないんです。お願いします。」 でも、重ねてお願いされて漸く事態が飲み込めた。 しまった……ミサトさん相手でも、ものの1時間もあればイカせられるぐらい強力なATフィールドを張ったままだったの忘れてた。……気持ち良くさせ過ぎたかな。 でも、僕が教えなくてもこうなったって事は、元々そっち系の知識と素質があったって事だろうか。……そう思っとこう、うん。 それに、ここまで出来上がってたら止めるのも酷だって聞いたことあるし…… それとも、焦らしてみるのも良いだろうか…… ……今のうちに『躾』しといた方が無難だろうかなぁ。 エッチの事しか考えないような女の人になったら困るし…… そうだ。今のうちに色々聞いとこう。 「シズクさんは、恋人とかいるの?」 今にも下半身にむしゃぶりつきたそうなのを身振りで制して、僕は質問する。 「あの……御主人様。私の事はどうか呼び捨てに……。」 「うん。……でも、僕の質問に答えてないよね、シズク。」 可能な限り冷たい口調を作って突き放すふりをする……う、罪悪感が…… 「ご、ごめんなさい。……そんなのいません。私には御主人様だけです。」 ひざまづいて足の指を嘗めて恭順の意を示すって……軽くイっちゃってるなぁ。 「シズク。」 短く言っただけで凍りついたように動きを止める。 「シズクは本当にはしたないね。」 「ご、ごっめんなさい。ごめんなさい、御主人様。」 泣き出しそうなシズクさんに内心謝り倒しながら、僕は言葉を紡いでく。 「あんまりはしたないから、普段はドレイじゃない事にしようか。シズクがドレイに戻れるのは僕が許可した時だけって事で。」 「え…そ、そんなぁ……」 懇願の瞳を向けられて心が揺らぐけど……ここで妥協する訳にもいかないし。 「駄目なら、それまでって事で。」 後ろ髪を思い切り引っ張られつつ踵を返そうとしたら、足に縋りついて止めてきた。 「わ、分かりました。言う通りに、言う通りにしますから!」 切迫した叫びは、もう余裕が残ってない事の証左なのだろう。 「じゃあ御褒美をあげる。お尻を出して。」 嬉々としてお尻を向け、言われなくとも高く上げたその痴態に僕のモノも硬さを取り戻した。 腰に手を添えて2度目の挿入を果たすと、それだけでもイってしまったようだけど、僕はそれでも腰を止めない。 「シズクは僕の許しがあればドレイに戻れる。」 捻りを加えたピストン運動の最中、 「ドレイに戻るととっても気持ち良い。」 イキっぱなしの快感で真っ白になった心に 「だから、我慢できる。いつものシズクでいられる。」 暗示を擦り込むように、 「僕が許すまで。僕が呼ぶまで。」 囁く。 再び放たれた白濁の弾丸は、ドレイとしてのシズクの意識を恍惚境へと旅立たせた。 またいつの日か呼ばれる刻まで……。 ネルフ保安部は、戦自など各方面の協力を得て、発電所を襲撃したテロリストグループやジオフロント天蓋部に侵入してきた工作員多数を拘引した。 しかし、幾ら何でも第3新東京市全体をカバーするには人手が足りず、市内への武器の搬入と多数の工作員やテロリストなどの潜伏を許してしまったのだった……。 「ぅ……うう…ん……。」 「あ、気がついた?」 「え……きゃっ!」 恥ずかしそうに乱れたシャツの前を腕で押さえるシズクの仕草に、シンジは処置がどうにか効を奏したと見て胸を撫で下ろした。 勿論ながら、シンジの催眠術師としての腕前は稚拙も良いところである。初歩の初歩を教えたリツコが溜息を吐いて先を教えるのを諦めたほど下手だった。 しかし、“使徒”にとって唯一自らが存在し続けるのを許す者であるシンジに対する信頼には絶対的なものがある。その信頼の絆に、ただの肉の交わりでは得られないほどの快感を加味すれば、『当人が望まぬ事では無い』暗示をかけるのは何とか可能だった。 「大丈夫? 立てる?」 心配そうな、申し訳無さそうな顔をする少年も、 「あ、はい。」 恥ずかしそうに、でも何処か清々しそうな表情を見せる女性も気付かなかった。 その行為のほとんどを崖の上から遠目で覗き見ていた男がいたことを。 それを覗きながら自家発電をしていた男がいた事を。 それが、実は市議候補でシズクの雇い主だっていうことを……。 そして、シンジを迎える為にやって来た保安部に拘束され、捕縛された事を……。 移動司令車からあまり離れていない場所に停車してある病院車に連れて来られたシンジは、其処にいた人間が誰かを知ると即座に頭を下げた。 「ゴ、ゴメン!」 その少女、今は病人とかが着る院内着姿のアスカに。 「何考えてるのよ、アンタはぁ!」 案の定、雷を落とされて肩を竦ませ、ロクロク声も出せなくなる。 「おおかた、新しい女でも欲しくなったんでしょう?」 ハッキリと侮蔑と悪意…どっちかというと嫉妬の色の方が強いのだが…の混じった剣幕をぶつけて来るのに、付き添いのヒカリやマナも言葉を差し挟めない。 「あ…あの……アスカが心配で……水で洗うのが一番だと、思ったから……」 「はん! それで湖に放り込ませたって訳! このアタシがあの程度の敵をどうにかできないとでも思ったの!?」 シンジの言い草に強い怒りを掻き立てられたアスカだが、 「違うよ! ……あのままだと使徒は倒せただろうけど、アスカが大怪我しそうに見えたから……それで……。」 純粋に自分を心配してくれる言葉に、使徒殲滅よりも自分の身の安全を優先するような言葉に、アスカは怒鳴るのも忘れてシンジの目をマジマジと凝視した。 息詰まる一瞬、あるいは数分の時が過ぎ、アスカは自分の方から視線を外した。 「わ〜かったわよ。今回は勘弁しといてあげるわ。……でも、二度としないで。」 僅かに頬を赤く染めて。 「……フィーレン・ダンケ。」 誰にも聞こえないぐらい小さな声で呟きながら。 「ところで、具合は大丈夫?」 アスカの左足に派手に巻かれた包帯に気付いて表情を暗くするシンジに、アスカは努めて明るく言い放った。 「こんなのたいした事ないわ。包帯は一週間で取れるそうだし。……傷は残るけどね。」 だが、空元気と言うか強がりに隠れてる本音をシンジは読み取ってしまった。 「たいした事だよ。だって……」 「だって、て何よ! 手足が焼け爛れて醜くなった女は抱きたくないっていうの!?」 痛々しく叫ぶアスカを、シンジはそっと抱き締める。 「そんな事は無い。けど、アスカが辛そうだったから……」 「だからって何よ! どうしようもないじゃない!」 「……御主人様、私が何とかしましょうか?」 愁嘆場に水を差したのは、ついさっき静かに部屋に入って来た女性だった。 「シンジくん、その人は?」 マナの問いに答えたのはシンジでは無く、 「筑摩シズク。御主人様…シンジ様の奴隷です♪」 妙に嬉しそうに答えるシズクの方だった。 その発言は、 「ふ、ふ、ふ、不潔よぅぅぅぅぅ!!!」 一人の少女を久々に絶叫させ、 「何なのよ、コレ!!??」 一人の少女に少年の襟首を掴ませ、 「シ・ン・ジ・く・ん、ど・う・い・う・こ・と?」 一人の少女が低音でわざわざ一音ずつ区切って詰問するほどの爆弾となったのだった。 シンジは正座させられていた。 病院車の床に座らされ、前後左右をアスカ・シズク・ヒカリ・マナに囲まれていた。 「で、アタシ達にそれを信じろっての?」 針のムシロに座らせられている気分で洗いざらい話したシンジに、三方から白い視線が降り注ぐ。 「本当なんですよ。私から言い出したんです。」 唯一シンジを弁護してくれるのは、事態の原因たるシズクだけである。 「どうしてそんな事言い出したのよ!?」 3人の少女の心情を代表して質問するアスカに、 「……御主人様のエッチなおもちゃにされて思う存分蹂躙されたかったんです。」 妖しく身体をくねらせつつ断言するシズク。 そんな理想の幸せを手に入れた事にうっとりとしてる風情のシズクの姿は、少女達の怒りの毒気を著しく抜いて、代わりに別の毒気をこれでもかとばかりに注入した。 「も、もういいわ。……こっちまでおかしくなってきそう。」 頭を横に振りつつ妖しい想像を振り払おうとするアスカ。 「不潔よね、こんな関係不潔なはず……よね。」 口ではそんな事を言いつつも、シンジに自分が肉のドレイとして弄ばれる妄想を思い浮かべてしまって、それにどっぷりと浸り込むヒカリ。 「そういうのも良いかも……。」 自分がシンジの性玩具にされてる場面を想像して赤くなるマナ。 聞き耳を立てている看護婦たちを含めて、既に全員が準備完了ヘイ、カマーンな状態となっていた。 ……唯一、シンジを除いては。 「ところで、本当にアスカの怪我……何とかできるの?」 だから、場の流れを変えるべく本筋へと話題を転換した。 「はい。お任せ下さい、御主人様。」 自信たっぷりのシズクの答え。 「(僕の呼び方は“御主人様”で確定なんだね……。)お願い。」 それを聞いて別の意味で内心涙を流しながら、シンジはシズクに治療するよう促した。 具体的に何をやって治療するのか知らずに……。 「では、失礼します。」 一礼して、未だ混乱しているアスカに圧し掛かるシズク。 「ちょ、ちょ、ちょ…ちょっと、何するのよっ!?」 その行動は、ただでさえ混乱しているアスカを更に困惑させた。 「ア…アタシにそんな趣味は……痛っ!」 アスカの質問には無言で答えず、シズクは手際良く病人服をはだけさせ、包帯を引き剥いで、溶解液で焼け爛れた傷口を露出させる。 そして、 その傷口を、 唾液をたっぷりまぶした舌で、 じっくりねっぷり執拗に舐め回した。 「あ…熱い……何……何なのよ、これ……(傷口が熱い……それに、シンジが…シンジが見てるよぅ………凄……気持ち良い…………。)。」 5分ほどかけて脇腹の傷を舐め終えた頃には、アスカは抵抗するのも忘れてまな板の上の鯉と化していた。淫靡な雰囲気に飲まれ、その光景を固唾を飲んで見守る周囲。 時折ぴくぴくと痙攣し、潮を噴き出し、意識を飛ばして、快感に震えるアスカの身体に刻まれた惨い傷痕は、シズクが舐め終えた場所から順に癒えて消え去ってゆく。 1時間後、息も絶え絶えで悦楽の天国へとイかされてしまったアスカの全身は隅々まで舐め回されて唾液とアスカ自身が漏らした恥ずかしい果汁とでテラテラと光り輝き、生まれたままに剥かれてしまった身体の何処にも傷痕は残っていなかった。 「終わりました御主人様。だから、シズクに…御褒美を……御主人様のお情けを下さいませ……。」 治療を終え、愛しい御主人様に向き直ったシズクは、スイッチが入ってしまっているのか、すっかりドレイの表情に堕ちていた。 「本当にはしたないね、シズク。でも、確かに御褒美はあげないとね。」 何か適当な鍵を用意しとかないと今後も何かの拍子で淫乱奴隷状態になるかも……と思いつつも、シンジは自らの肉槍をシズクに御馳走したのだった。 その後、傍観というか一部始終を覗いていたマナとヒカリ、そして若くて美人の看護婦2人を相手の4連戦に突入すると気付かぬままに……。 「電気、人工の光が無いと、星がこんなに綺麗だなんて、皮肉なもんだね。」 かつてミサトと一緒に第3新東京市街を見た展望台近くの草原に寝転がり、シンジはプラグスーツ姿で満天の星空を見上げていた。……3人の少女達と共に。 「でも明かりが無いと、人が住んでいる感じがしないわ。」 同じくプラグスーツ姿で傍らに寝転がるアスカの呟きに答えた訳では無いだろうが、月明かりで朧に影を浮かび上がらせていた街並みに次々と光が灯されてゆく。 「ほら、こっちの方が落ち着くもの。」 すっかり光を取り戻した街は、何処か廃墟じみた不気味さを払底し、人が住む場所としての暖かみを感じさせていた。……星明りをその光でかき消しながら。 「人は闇を恐れ、火を使い、闇を削って生きてきたわ。」 レイは、シンジの腕枕ですやすや眠るハルナを羨ましく見やりつつ会話に参加する。 「てっつがくぅ。」 そんなレイをアスカは混ぜっ返し、 「だから人間って特別な生き物なのかな? だから使徒は攻めてくるのかな?」 シンジは深刻に受け止め、考え込んだ。 人間が“特別に悪い”存在であるからこそ、使徒が攻めてくるのか……と。 シンジは“使徒”と呼ばれている者達に酷い目に遭わされた事は無いが、“人間”になら嫌と言うほど酷い目に遭わされた事があるので、人間が『特別に選ばれた』とか『特別に優れている』とか『特別に良い』存在だとは思えないのだ。 「あんたバカ? そんなのわっかるわけないじゃん。」 アスカはそう言うけど、使徒と融合した誰かに聞いたら分かるかも……と、シンジは理由を知る割りと簡単な方法に思い当たった。 後で訊いてみようと決意したところで、もう一つの疑問を口に出す。 「それに…同じ人間も……どうして攻撃して来るのかな……。」 今日の停電が人間の手によるものであること、それに乗じてテロリストが多数潜入したらしい事をカティーから聞かされていたシンジは、暗い顔で俯く。 シンジ達に帰宅を含めて自由な行動をさせる事でチルドレンを狙う奴等を誘い出すというカティーの作戦は予想以上の成功を収め、既に数グループ…10人以上の人間が逮捕ないし始末されていた。 エヴァ・チルドレンの3人ともがプラグスーツ姿なのは伊達や酔狂ではなく、目立つので囮として最適な為とスーツが持つ防弾・防刃・対衝撃機能ゆえである。 「それも、分かる訳無いわよ。……後で分かりそうな人に聞いたら?」 ただ、守っているはずの人間達から命を狙われたり拉致されそうになったりというのは精神的に負担が大きいようだ。 アスカの返事もシンジに負けず劣らずの苦味を含んでいた。 こうしている今も、自分達を狙うテロリスト等とネルフ保安諜報部等とが生死を賭けた暗闘を繰り広げていると知っているが故に……。 その頃、ネルフ本部司令公務室では、 「拙いな。」 総司令の碇ゲンドウと 「ああ、このままでは計画に支障が出るぞ。どうするのだ、碇。」 副司令の冬月コウゾウが、今後の方針を話し合っていた。 「増員を図る。」 「増員とは何をだ?」 ゲンドウが言った言葉は、あまりの説明不足に冬月でさえ理解し切れ無かった。 「保安部要員…シンジの相手……両方だ。」 補足も言葉が足りないが、それでも冬月ならば充分理解できる。 「保安部か……当てはあるのか?」 「なぁに、持っている所に出させれば良いだけの事ですよ、先生。」 加持から得た捕虜と情報で今回の実行犯を知ったゲンドウは、下手な手出しにはそれなりの代償が要ると思い知らせる気であった。 「……国連軍……いや、戦略自衛隊か。しかし、ゼーレがそれを許すのか?」 そんなゲンドウの示唆を、冬月は正確に読み取る。 今回の件を明るみにすると脅せば、確かに日本政府にはかなりの要求が可能だろう。 しかし、同時にネルフに兵力を持たせたがらない人類補完委員会の意向には沿わないのでは無いかとの疑念というか警戒心も湧いてきた。 「今回の件、放置すれば老人達の“計画”も危うい。対人設備予算の増額と共に認められるだろう。戦自の本部配備の方に至っては老人達の懐は痛まんしな。」 だが、ゲンドウは其処も読んでいた。 「なるほどな。……で、シンジ君の方は?」 保安部の増員方針と手段に関しては納得できたので、今度は彼等の“計画”の要たる初号機パイロット碇シンジの件について話題を移した。 「今回の件で最低必要人数が増えた可能性をマギが指摘している。」 「マギが…か。」 「ああ。」 「元々、複数…それもできるだけ多く…としか言って来なかったのにな。」 彼等の補完計画において不確定要素とされたのが人類…いや、群体たる第18使徒リリンが生き残る為に、いったい何人が必要とされるのかであった。 「……冬月、手配は任せる。」 そこで同級生の女子生徒1学級丸ごととくっつくよう促進したり、シンジの傍に美人の独身女性をさりげなく配置したりと色々小細工をしてきたのだが……更なる裏工作をしなければならないらしいという事態に、冬月の良心はキリキリと痛んだ。 「全く、連中も余計な真似をしてくれたものだ。」 しかし、やらねばなるまい。 人類全ての為には安い犠牲だろう。何せ、犠牲となっても死ぬ訳でなく気持ち良く幸せな思いをするだけだし、充分な意志の力や恋している異性の存在があればシンジを拒む事もできるのだ。……そう自分を慰めつつも、冬月は女衒じみてきた自らの近況を嘆かずにはいられなかった。 「その昔、ソドムとゴモラを救うには10人の心正しき者が必要だった。全人類を救うには、いったいどれだけ必要なのだろうな……。」 冬月の呟きに答える者は、いなかった。 ゲンドウも、マギも、ゼーレも……そして、計画の概略を立て封印したユイも。 第九使徒マトリエル。 そう名付けられた使徒が襲来した翌日、首相官邸には招かれざる賓客が訪れていた。 「使徒迎撃戦における関係機関の協力……取り分け、戦略自衛隊の協力に常々感謝しております。」 色眼鏡越しに凄みを感じさせる笑みを浮かべる客に対して、首相は動揺を隠しつつにこやかな笑みを返す。 「人類の存亡がかかっているからには、協力するのは当然です。」 言った途端、客の笑みが邪悪に変じた錯覚に襲われ、首相は数歩後退る。 「部下の掌握が足りないようですな。」 「ど、どういう意味だ!」 「戦自の陸幕2部。先日、其処の成員が第3を停電させましてね。おかげで使徒が襲って来て大変でしたよ。」 ギクリとさせられるも、実はそれが自分の命令だと言うのまでは把握されてないと判断して気が大きくなる首相。 「しょ…証拠はあるのかね!」 「戦自の工作員を多数拘引し、その全員が上司からの命令でネルフへの敵対工作をしたと証言しております。安保理に報告したら、さぞかし面白い事になるでしょうな。」 そんな事がバレたら、間違い無く日本は世界中から袋叩きにされてボロボロになる。 少なくとも、自分や自分の党が政権にしがみついているのが許されるとは思えない。 何をどうしたとしても最低限内閣総辞職せねば事態を収拾できなくなると見積もりを弾き出し、鯉墨首相の顔は一気に蒼ざめた。 「何が……望みなんだ。」 苦虫をバケツ一杯飲み干したぐらい顔を引きつらせ、鯉墨首相は海外の強面首脳陣にするように卑屈なお伺いを立てた。 「第3新東京圏内における戦自への恒常的な上位指揮権。そして、ネルフに兵を出向させて貰う事です。最低一個連隊を、装備ごと。」 「そんな事を認める訳には……」 あんまりな要求に、流石に首を横に振ろうとする首相。 「では、今回のような事態の再発防止とテロ抑止の為、国際連合の安全保障理事会に事態を報告し、兵員の派遣を要請するしかありませんな。」 しかし、彼に選択する余地など残ってはいなかった。 ここで首を縦に振らなければ自分の政治生命は終わるが、それでもゲンドウの主張を妨げる事はできまい。 いや、どうせ他国の軍隊だからと言って、かなり大規模な部隊をネルフに出向させられてしまうかもしれなかった。 それならば、一個連隊ぐらいは安いもの……上手く立ち回れば、表面的にはネルフに協力したと言い繕って点数稼ぎができるかもしれない。 したたかに政治効果を計算した鯉墨首相は、ゲンドウの要求を受け入れた。 そして、即座にお得意のマスコミ宣伝による情報操作をするべく演説の草稿を練り始めたのだった……。 その頃、統幕会議にはネルフ本部からの協力感謝の言葉と共に停電作戦の実行部隊の隊長の残骸が“生きた手紙”として届けられていた。 陸幕2部でも切り札的存在だった武闘派士官 央尊根ヒデアキ三佐。 その生ける伝説とまで言われた男も、両手と両肩の骨が砕かれ、両足を膝下で切り落とされ、舌を失い、右眼を潰され、頭部に痛々しい包帯が巻かれていては、もう諜報戦の第一線で働くのは不可能だと傍目にも分かった。 だが、会議室に集まっていた将官達を戦慄させたのは、外面的な傷では無かった。 「うああああああ!」 かつては軍国主義を信奉し、剛毅さで知られた央尊根三佐が、細かな刺激でも大げさに舌足らずな悲鳴を上げるヒトの抜け殻と化していた事がひたすら怖かったのだ。 高く低く絶え間無く続いていた絶叫は、白衣を着た軍医がおっとり刀で駆けつけた時に最高潮に達し……電球のフィラメントが切れるが如くに意識を喪った。 この様では、第一線どころか社会復帰すら困難であろう……。 それに、万が一職務に復帰できる見込みがあったとしても、それ以前の問題として彼を処刑しなければ戦略自衛隊そのものが拙いという状況まで追い込まれていた。 ネルフを襲撃したテロリストが現職の自衛官だと名乗ったので身柄を引渡したと、ネルフに先手を打って公表されてしまっていたのだ。 そうなれば、彼等に打てる手は一つしか無かった。 可及的速やかに軍法会議を開き、処刑すること。 テロリストが自衛官の身分を詐称していたと偽装できれば、なお良し。 こうして、命令を忠実に遂行しようとして全人類を滅ぼしかけた“優秀な軍人”は、我が身と組織の保身を考える上層部の身勝手に殺されたのであった。 皮肉な事に、凶悪無比の逆賊として……。 夕食後、僕は昨日の夜に星空の下で抱いた疑問を尋ねてみた。 使徒は何故攻めて来るんだろう…って。 「アンタ、まだそんな事考えてたの?」 呆れるアスカに、他の皆に僕は返事する。 「うん。それに、ここに使徒と一緒になった人達がいるんだから何か聞けるかな……って思って。」 「シンジにしては考えたじゃない。」 そしたら、ハルナもヒカリもマナもカティーさんもスズネもコトネもミサトさんもシズクも綾波も考え込んでしまった。 ……関係無いけど、このダイニングルームも狭くなったなぁ。引越しとか改装とか申請した方が良いかもね。 「何となく…とか、そうしなくてはいけないと感じた…としか分からん。」 しばらくして、ようやくカティーさんが答えらしきものを聞かせてくれた。 「こっちも良くは分からないわ。……私も知りたいんだけどね。」 ミサトさんも苦笑しながら答えてくれる。 他の女の子達も理由には思い当たらないみたいで暗い顔になる。 ……使徒って、本能だけで行動してるとか、行き当たりばったりで生きてるとかなんだろうか? 何となく身も蓋も無い考えが浮かんできてカタチになろうとした時、ハルナが突然手をポンと叩いて立ち上がった。 「わかった! おにいちゃんにあいにきたんだ!」 ひまわりのように曇りの無い笑顔は、その言葉は、食卓に集まった皆の表情を一挙に笑顔へと変えた。 「ありがとう……」 後で気付いたら、僕の顔も……。 その日の深夜。 加持は手土産を持って鯉墨首相の元を訪れていた。 「馬鹿な! 聞いてないぞ、そんな話!」 手土産に目を通して驚愕し、激昂する首相。 そう。手土産は、ネルフが停電させられたから使徒が出現した……という情報が書かれたネルフの内部資料のコピーだったのだ。 「ええ。ネルフでも重要機密のようでしたから。使徒の出現を抑える機構の事は。」 逆上しかけている首相に、やんわりと説明する加持。 首相の困った時の絶叫調には、もう慣れっこのようだ。 「何故隠すんだ! やましい事じゃなきゃ隠す必要は無いだろう!」 本来疑問符を付けるべき台詞だろうが、この男の場合は他人の意見なぞ求めてはいないので感嘆符のみとしてある。 だが、まあ情報を理解させるのも料金のうちと割り切って、加持は丁寧に説明する。 「破滅主義のテロリストなんぞという厄介な連中がいましてね。そいつらに知られたら大変だってんで秘密にされてたんですよ。……何せ、最悪の場合だと使徒が一度に大量発生する恐れがあるらしいですからね。」 と言われては、さすがの首相でもぐうの音も出ない。 「では、これにて。」 加持が大仰に礼をして出て行った後も、首相は金縛りにあったかのようにしばらく動けなくなったのだった……。 数日後、ネルフに出向して来た戦略自衛隊の普通科(歩兵)隊員1200名は、さっそくジオフロント内に設けられた広場へと案内された。 天井があるだけで地上とさほど変わらない景色だ…と思ったのも束の間、周囲は暗い闇に閉ざされた。 集光ビルからの採光を一時的にカットしたのだ。 そうして場を暗くしてから全員の前に大型のクレーンで吊り下げた特設スクリーンが広げられ、美人士官がスクリーンの前に設けられた演壇に登り、スポットライトがその姿をくっきりと照らし出す。 「皆さん、ようこそネルフへ。私は葛城ミサト三佐です。」 聴衆の一人一人に語りかけるかのような口調は、溢れんばかりの存在感も手伝って兵士達に私語どころかしわぶき一つ起こさせない。 「皆さんには、これから記録映像を見て貰います。では……。」 一礼して退場したミサトと入れ替わるが如くスクリーンに映像が映し出され、解説がスピーカーで流される。 それは、第3使徒迎撃戦から今に至るまでに行なわれた戦自や国連軍のネルフへの敵視政策と妨害工作の資料映像だった。 エヴァ・チルドレンの拉致誘拐、ネルフ高官の誘拐未遂、度重なる指揮権委譲の拒否とそれによる被害拡大等々……戦略自衛隊という組織に属しているのが恥ずかしくなるような内容が次々に隊員達に暴露されてゆき…… しまいには、 「未だ付け加えるべき事柄が残されているが、機密事項の為省く事とする。」 という一言で終わってしまった。 見せられた映像が、聞かされた説明が、でっち上げだと……出鱈目だと信じられればどんなに良かっただろう。 しかし、真実だけの持つ独特の重みが彼等を容赦無く打ちのめしていた。 そんな中、ミサトが再び登壇する。 「皆さん。皆さんの苦しみ…恥ずかしさ…悔しさは良く分かります。私も戦自からの出向組ですから。」 マイクも持たずに全ての兵士に沈痛な声を届かせるミサト。 その沈痛な声に、場の雰囲気も一気に盛り下がる。 静寂の帳が世界を包む。 「けれど、ネルフは違うわ。純粋に人類が生き残る為に戦う組織よ。」 沈痛な表情は不敵な笑みに変じ、気概漲る戦の女神もかくやという風情を見せる。 そんなミサトにつられ、場の風向きが変わり始めた。 「だから、あなた方に求められる任務は一つだけ、この街を……この街で暮らす民間人を守る事です。我々ネルフと協力して、日本を…市民を守り抜きましょう!」 ミサトは彼らと同じく戦自からの出向組で、三佐の階級を持つ士官である。 オマケに外見は夜目を差し引いてもかなりの美人だし、演説の内容は彼らの心の琴線を激しくかきたてるに相応しいものだった。 国を……街を……人を守る。 それは、彼ら本来の存在意義であったハズのものであった。 故に、1200名…一個歩兵連隊に相当する兵士達は、重苦しい雰囲気を吹き飛ばす歓呼の声で新たなる任務を熱烈に歓迎したのだった。 ネルフ保安部に所属し市民を守るという、胸を張って誇れる任務を……。 福音という名の魔薬 第拾四話 終幕 今回はマトリエル戦〜。今回も薬風味で色々と味付けが変貌しております。 マトリエルが最弱使徒の汚名を返上すべく頑張っております。このSSではマトリエルは『高機動近接射撃戦型』……つまり、近接格闘戦を挑んで来る相手に対して有利に戦える性能をしてます。反面、装甲は薄めですので足を止めた時に攻撃を食らうとひとたまりもない……という感じです。 なお、今回は、きのとはじめさん、峯田太郎さん、【ラグナロック】さん、闇乃棄黒夜さん、道化師さん、夢幻雲水さん、老幻さんに見直しへの協力や助言をいただいております。どうもありがとうございました。 ☆突発薬エヴァ用語集 陸幕2部:戦略自衛隊幕僚本部第2部の略称。略称に『陸』と付くのは陸・海・空3軍統合前の所属から。日本で諜報活動に従事する組織は、他に内閣調査局や公安調査庁などがあるが、未だに機能も情報も統合されていない。 |
読んだ後は是非感想を!! 貴方の一言が作者を育て、また奮起させます