福音という名の魔薬
第拾六話「賢者のイシ」 カタカタとリズミカルにキーをタイプする音がそこかしこから聞こえて来る。 その中でもひときわ早い律動を演じ続ける音は、ネルフ本部中央作戦司令室の中央後方にそびえ立つ司令塔の上に位置する発令所の向かって右側の席を源としていた。 ただし、それを奏でているのは本来その席に座るべき青葉ではなく、伊吹マヤの両の腕であった。 「さすがマヤ、速いわね。」 何やら持ち込んだ機材の前でノートに書き込みをしながら、リツコはマヤの前にあるホロディスプレイの流れるような表示を見て感心する。 「それはもう、先輩の直伝ですから。」 受け答えの間も遅滞無く軽やかに指先を動かすマヤ。 「あ、そこ待って。A−8の方が速いわよ。ちょっと貸して。」 マヤを制止したリツコが手元のキーボードを機械の反応速度に挑むかの如き速度で叩くと、それまでも充分速かったディスプレイの表示が数倍は速く流れ始めた。 「さっすが先輩……。」 キータイプの速度もさることながら、MAGIにとって最も適切な指示命令群を把握しているが故の速さである。 一連のコマンドを打ち込み終えたリツコは、再び自分の受け持ち作業に戻った。 「どう、MAGIの診察は終わった?」 そこに一人用昇降機で現れたミサトが声を掛けて来る。 「だいたいね。約束通り今日のテストには間に合わせたわよ。」 「さすがリツコ。同じ物が3つもあって大変なのに。」 マグカップに入ったままのコーヒーを手に取って口元に運びながら褒めるミサトに、リツコは顔も向けず冷静にツッコミを入れる。 「冷めてるわよ、それ。」 渋い顔になるミサトに、リツコは口調を幾分か和らげる。 「ところで、明日のことだけど……大丈夫?」 「大丈夫、ちゃんと予定は空けてるわ。使徒が来ない限り大丈夫よ。」 ミサトの返事を遮る様なタイミングで電子音が鳴り、全ての作業が無事終了したと伝えてくる。 「MAGIシステム、3基とも自己診断モードに入りました。」 「第127次定期検診、異常無し。」 ネルフ本部と第3新東京市を統括するスーパーコンピュータ、マギの機能に問題が無いと確認できたのだ。 「了解、お疲れ様。みんなテスト開始まで休んでちょうだい。」 これだけで一日分の仕事に匹敵しかねない作業をこなしても、まだまだ技術部の面々の前には今日やるべき仕事が山のように転がっている。 それに立ち向かう体力を少しでも回復させるべく、作業に携わっていた者達は三々五々思い思いにしばしの休憩を取るのであった……。 それは、私…メルキオール主任オペレーター 最上アオイ…が自動販売機前のベンチに座って、しばしの休憩を取っていた時だった。 「あの……大丈夫ですか、アオイさん?」 まるで聞いてはいけない事を訊ねるかのようにおどおどと声をかけてきたのは、ネルフ最強の対使徒戦力のサードチルドレン 碇シンジである。 「大丈夫よ。たいしたことないわ。」 だから、余計な心配はさせまいとするが、 「…………そういうようには見えないんですけど。医務室とかに行った方が……」 冷たいジュースの缶で首筋を冷しながらでは、全く効果が無かったようだ。 「ただの肩凝りよ。こうしてればじきに治まるわ。」 遂には、心配そうな目に負けて正直に漏らしてしまった。 「じゃ、じゃあ、肩とか…揉みましょうか?」 頼りなくおずおずと御伺いを立てるシンジ君に、私は『相手は親切で言っているのだろうし、無下に断るのも悪い』と感じ、 「では、お願いするわ。」 頼んでみる事にした。 これが、私の人生の転機になるとも知らずに…… …… シンジ君が肩を揉み始めてから1分も経たないうちに、もう両肩が軽くなった。 眼の奥に棲みついた頭痛も、気付いたら何処かへ追放されてしまっていた。 ……シンジ君のマッサージは物凄く上手い。 凝っている場所、調子を崩している場所、そして、それと関連する場所を指先で巧みに探り出して、強張りを解してくれる。 オマケに冷房負けして冷え性になっていた身体が火照って、全身の毛穴と云う毛穴から汗が後から後から噴き出てくる。 ……どっちかが『その気』だったなら、この辺でそろそろ頃合という状態だったのであるが、私は全く気付かなかった。何故なら、あまりの心地好さにうたた寝へと誘い込まれてしまってたから……。 「ア、アオイさん。アオイさん。」 ゆさゆさと揺らされているような気がする。 小舟? いえ…… 「良かった……」 うっすらと目を開けるとシンジ君の顔が間近にあった。 本当に心配したのだろう。眼鏡のレンズ越しに涙が滲んだ顔を見ると、何故か放って置きたくなくなる。 「ごめんなさい。僕が肩を揉むなんて言ったから……」 「謝る事は無いわ。おかげで身体が調子良くなったもの。ありがとう。」 難点と言えば大量の汗をかいて服がびしょ濡れになったぐらい。 服は後で着替える事にして、まずはカラカラに渇いてしまった咽喉を潤す為に買い置きしておいた野菜ジュースの缶を一気に飲み干す。 すると、汗をかいた直後だったからだろうか、いつもの銘柄のジュース…しかも生温くなっていた代物を信じられないほど美味しく感じたのだった……。 これは、私がシンジ君と初めて面と向かって話をした時のこと。 ……そして、シンジ君のマッサージの腕前がネルフ本部職員に広く知られ、あちこちで引っ張りだこになって忙殺されまくり、遂にはシンジ君へマッサージを依頼するのが内規で禁止される発端となった出来事であった。 丁度その頃、ネルフ本部某所のとある洗面所では…… 蛇口から流しっぱなしにしている冷たい水で、リツコが連日の激務で寝不足気味の頭をしゃっきりとさせていた。 「異常無しか。母さんは今日も元気なのに、私はただ歳を取るだけなのかしらね。」 しかし、鏡に映し出されたタオルで水気と化粧を拭き取った後の30女の疲れた素顔を直視してしまい、リツコは思わず独り愚痴るのだった……。 何度も何度も念入りにシャワーを浴び、その度に下着を含む服全てを用意されていた滅菌処理済みの不織布製のものに着替えただけでは飽き足らず、その服すらも脱ぐよう命令されたシンジは、流石に辟易した。 しかし、指示に従わないという選択肢を選ぶ気にもならず、唯々諾々と全裸になる。 「え…と、まだあるんですか?」 その後、強風で塵芥を吹き飛ばされ、滅菌用の紫外線灯を照射されること其々17回。 いい加減うんざりしてきたシンジが溜息混じりに質問する。 「殺菌処置はこれで終わりよ。そこのドアからプラグに入って頂戴。」 質問に短く答えると同時に出されたリツコの指示に素直に従い、シンジは言われた通りにエントリープラグの搭乗口へと足を向けた。 「シンジ君、エントリー準備完了しました。」 と言っても、ここまでする以上、普通のエントリープラグに乗らされる筈も無い。 「テストスタート。」 技術部員の報告を受け、リツコが実験開始の命を下す。 すると、大深度地下にあるネルフ本部でも下層に位置する実験施設、そこの無菌純水で満たされたプールの真ん中に鎮座している各種実験用計測器にシンジが乗るエントリープラグが挿入される。 「テスタープラグ、挿入!」 そう。このエントリープラグはパペットの操縦に使われるものではなく、チルドレンのシンクロテストに使用されるものであった。 「システムを精密計測装置と接続します。」 ほぼ完璧に近い滅菌作業を行ったテスタープラグを使用するだけではなく、念入りに殺菌された被験者を超クリーンルームで計測するというのは、ひとえに精密な測定データを得る為の処置であった。 「テスタープラグ、MAGIの制御下に入りました。」 回線を確立するや否や、MAGIは各種のセンサーを駆使してシンジのあらゆるデータを収集してゆく。外形は3oメッシュの全身ポリゴンが作れるほど精密に採寸され、骨格などの身体内部も核磁気共鳴スキャナーや超音波探信やレーザースキャナー等々を駆使して徹底的に漁りまくられた。 プライバシーも何もあったものではない。 更に、シンジの体内に存在する待機状態のナノマシン群を残らず探り当てられ、状態を逐一観察され、記録される。 実験開始からここまでで一分もかかってない。 「お〜、速い速い。MAGI様々だわ。初実験の時一週間もかかったのが嘘の様ね。」 好奇心と業務上と双方の事由で実験に立ち会っているミサトが感心する。 別に、初実験の時にレイの体内のナノマシン群を突き止めるのに手間取ったのを揶揄している訳では無い。 「テストは約3時間で終わる予定です。」 男の技術部員が即答したのも、気を悪くした訳では無いのであろう……多分。 「気分はどう?」 そんなミサト達を余所に、リツコはシンジから現在の状態を自分ではどう把握してるかを聞き出そうとしていた。 「はい。……何か、変な感じです。」 「どんな風に?」 「真っ暗なところで目隠しをしているような……そんな気がします。」 浴びせられた質問に語彙の及ぶ範囲で何とか正確に伝えようとしてくれた事に、 「そう。ありがと。」 リツコは口だけじゃない感謝を述べる。 この問診も貴重な発見の糸口になるやもしれないのだ。 「データ収集、順調です。」 実験が着々と進んでいるとの報告を受け、 「問題は無いようね。MAGIを通常に戻して。」 定期検診後で自己診断モードになっていたMAGIが、通常モードに移行する。 「ジレンマか……」 3台のスーパーコンピューターが同じ問題について其々に思考錯誤し、各々の意見を討議する対立関係へと。 「作った人間の性格がうかがえるわね。」 「な〜に言ってんの。作ったのはアンタでしょ。」 思わずと言う感じで漏れた呟きに突っ込むミサトであったが、 「あなた何も知らないのね。」 リツコは冷たく言い捨てた。 「リツコが私みたく自分の事ベラベラと話さないからでしょ。」 ただ、ミサトにも言い分はある。そういう事は言われないと分からない…と。 ミサトの知る限りではMAGIの第一人者は紛れも無くリツコなのだから。 「そうね。私はシステムアップしただけ。基礎理論と本体を作ったのは、母さんよ。」 その頃、発令所では…… 「確認してるんだな。」 「ええ、一応。3日前に搬入されたパーツです。ここですね、変質しているのは。」 青葉が近くに立つ冬月の訊ねた事に応え、スクリーンに情報を表示する。 「第87タンパク壁か。」 表示された地点に異常が発生したという情報を。 「拡大するとシミのようなものがあります。何でしょうね、これ。」 青葉が口にした疑問に、 「侵蝕だろ。温度と伝導率が若干変化しています。無菌室の劣化は良くあるんですよ、最近。」 日向が自席からお気楽な憶測を飛ばした。 「工期が60日近く圧縮されてますから、また気泡が混ざっていたんでしょう。杜撰ですよ、B棟の工事は。」 青葉もそれに調子を合わせて不平を漏らす。 「そこは使徒が現れてからの工事だからな。」 溜息混じりの冬月の慨嘆に、 「無理無いっすよ。みんな疲れてますからね。」 日向が基地施設の建設作業を行なっている部署などを弁護する。 「明日までに処理しておけ。碇が五月蝿いからな。」 緊張感も何も無く惰性で事案が処理されようとした時、普段はマヤの席に座っている者が口を挟んできた。 「副司令。御言葉ですが、即刻対処すべきと考えます。」 硬質な女性の声は、場をシンと静まり返らせた。 色々な意味で。 「カ、カティーさん。どうせ、またいつものヤツですよ。そんなに気にしなくても……」 重い沈黙に耐え切れず宥めようとした日向を、カティーは冷たい視線で射抜く。 『くっ、老人には堪えるわい。』 『お、俺が言ったんじゃなくて良かった〜。』 矢面に立たされていない二人も余波で冷や汗を流させられているが、当の日向は呼吸するのも苦しそうだ。 「我々の任務は不測の事態に備える事だ。異常事態が発生したら、常に最悪の事態を想定して対処するのは当然のことだろう? ……例え、無駄足に終わったとしてもな。」 しかも、言ってる事は非の打ちようも無い正論である。 迫力と論理の両面で、日向は萎縮させられ打ちのめされた。 「青葉二尉、至急関係各方面に連絡して、調査隊の派遣と調査終了まで付近での作業を休止して避難するよう勧告。……よろしいですね、副司令。」 「分かった、やりたまえ。」 「はっ。」 肯く冬月にも、弾かれたように4つの受話器を駆使する青葉にも、カティーが具申した意見に逆らうだけの気力や屁理屈は備わっていなかった。 ただ、その場に居た男達は皆、 『『『前の職場で、さぞかし煙たがられていただろうな〜。』』』 と下らない感想をシンクロさせていたのだった……。 「また水漏れ?」 「いえ、侵蝕だそうです。無菌室の上のタンパク壁。」 内線電話を受けていたマヤが、リツコに答える。 「参ったわね。テストに支障は?」 「今のところは、何も。ただ、発令所の方からは調査が終了するまで避難するように指示が出ています。」 「その指示に強制力は?」 「ありません。」 状況を吟味して、リツコは結論を弾き出した。 「では続けて。このテストはおいそれと中断するわけにはいかないわ。……碇司令も五月蝿いし。」 実験を続行する……と。 テストを中断して避難させてしまったら、テストを再開する為に再びシンジを念入りに殺菌するのは大変であるし、身体への負担も大きい。 恐らく、早くても一週間は間を置かないとならないだろう。 そうなればゲンドウの注文した期日までに必要なデータが揃わない危険が高い。 できれば、それは避けたいと、リツコは考えたのだ。 「了解。バイタルグラフ正常。」 マヤもその辺の事情は知っているので、口答えせず速やかに指示に従った。 「シンジ君、そろそろATフィールドを張ってみて。」 そして、テストはとうとう次なる段階に入った。 「はい。」 「ATフィールド展開、確認。」 「LCL励起確認!」 その瞬間、管制室に非常警報が高らかに響き渡った。 「どうしたの!?」 「シグマユニットAフロアに汚染警報発令!」 「第87タンパク壁が劣化、発熱しています!」 「第6パイプにも異常発生!」 「タンパク壁の侵蝕部が増殖しています! 爆発的スピードです!」 次々と報告される緊急事態に際し、遂にリツコは決断した。 「実験中止、第6パイプを緊急閉鎖。」 指令に従って第6パイプの隔壁が次々と閉鎖される。 「60…38…39…閉鎖されました。」 「6の42に侵蝕発生。」 しかし、侵蝕は止まらないどころか勢いを減じもしない。 「駄目です。侵蝕は壁伝いに進行しています。」 マヤからの報告を聞き、リツコは次の手を打つ。 「ポリソーム用意。」 水中作業用機械ポリソームが、次々プリブノーボックスの無菌純水の中に発進する。 「レーザー出力最大。侵入と同時に発射。」 ポリソームに搭載されているレーザーは溶接用とはいえ、近距離で放たれた場合の威力は下手な兵器を上回る。何せ、鉄を楽々溶かせるほどの出力があるのだ。 「侵蝕部、6の58に到達。来ます!」 機体両側にある移動用ファンの推進力で、汚染されつつある第6パイプに正対するように一糸乱れぬ隊列を組み終えたポリソーム群を嘲笑うかの如く、 「う、うわあああああああ!」 プリブノーボックスの無菌純水の水槽の真ん中に置かれた計測装置の中にいるシンジの悲鳴が管制室に響き渡った。 「侵蝕部更に拡大。計測機器の制御システムを侵しています!」 計測機器が浴びせ続けている探知用の各種電波や光線や音波などの出力が出鱈目に乱高下して、シンジに痛打を与えているのだ。 マヤの報告は悲鳴にも似た響きを帯びていた。 「エントリープラグを緊急射出! レーザー急いで!」 リツコの指示で天井に開かれた水路へと、エントリープラグはロケットモーターの推力任せで飛び込んで行き、カメラの映像越しでも見る見るうちに赤い斑点が表面を覆ってゆくのが見て取れる第6パイプと計測機器に向けてポリソームが一斉射撃した。 しかし…… 照射してから数秒もしないうちに、小さな赤い煌きがレーザーを弾く。 「ATフィールド!?」 “それ”に気付いたのは、ミサトが最初だった。 「まさか!」 そう言いつつも、リツコは素早く侵蝕しているモノを分析する。 不幸中の幸いと言おうか、調査・分析用の機器には困らない。 「なに、これ……」 どんどんと無菌室に広がり占拠してゆく赤い発光体を見て呟くミサトに、 「分析パターン青。間違い無く、使徒よ。」 いや、管制室にいる全ての人間に、リツコは告げる。 第11の使徒が襲来したのだと。 「使徒! 使徒の侵入を許したのか!」 緊急警報は勿論発令所…どころかネルフ本部全体に響き渡っていた。 駆けつけたゲンドウの司令席も迫り上がり、戦闘配置に着く。 「申し訳ありません。」 怒気混じりの驚愕を叩きつける冬月に、受話器の向こうのリツコが謝罪する。 「言い訳はいい。」 しかし、事態はそんな事を言っているどころでは無かった。 「セントラルドグマを物理閉鎖、シグマユニットと隔離しろ。」 冬月が、 「シグマユニットにいる全職員に退避命令!」 日向が、 「特別宣言D−17発令。急げ!」 ゲンドウが、 それぞれ下すべきと信じる指示を下す。 特に、半径50q以内の全市民、及びB級以下のネルフ職員にただちに避難を勧告する退避勧告D−17の発令の意味は大きかった。 「碇、ここを破棄する気か!?」 「念の為ですよ、先生。……それよりジーベック大尉はどうした?」 ゲンドウが訊ねた事の答えは青葉が知っていた。 「サードチルドレンの回収に向かいました!」 「なるほど。」 ゲンドウは、組んだ手の影でニンマリと笑うと泰然と黙り込んだ。 まるで、全ての事象が自らの予測の範囲内で推移しているかの如き落ち着きで……。 シグマユニット某所。 複雑に入り組んだ地下構造体を走るライフライン、その点検用通路から頭上に広がってゆく赤い輝きを見上げた男はやれやれと溜息を吐いた。 「あれが使徒か。仕事どころじゃなくなったな。」 ちょっと油断をして使徒見物をしている間にも、カウントダウンは無情に進む。 その事実を完璧な手遅れになってしまう前に思い出せたのは、流石は一流のスパイの勘というところだろうか。 しかし…… 首筋に死神の吐息が感じられるほど危険な徒競争をやらかした加持は、翌日寝込みたくなるほどの筋肉痛に襲われるぐらいの疲労と引き換えに、人力では到底開けられそうも無い分厚い隔壁が逃げ道を塞ぐ前にギリギリ脱出に成功したのだった。 酸素を求めてぜいぜい喘ぎながら。 「汚染地域は更に拡大。プリブノーボックスから緊急脱出水路に広がってます。」 青葉が報告する現状は、どう楽観的に見てもあまり宜しくない状態だった。 「場所がまずいぞ。」 声をひそめて耳打ちしてくる冬月に、ゲンドウも小声で返事をする。 「ああ。アダムに近過ぎる。」 胎児状態のアダムを保管している場所に近過ぎるので、いつ致命的な事態に発展するか分からないのだ。 「汚染はシグマユニットまでで抑えろ。ジオフロントは犠牲にしても構わん。」 そこで、ゲンドウはギリギリの線を守るよう指示を下す。 「チルドレンは?」 そして更に、 「ファーストとセカンドは、現在こちらに向かっている途中で、地下鉄の中です。サードの回収はまだです。」 「エヴァ・パペットを地上に射出しろ。」 ネルフ最大の武力すらも、地上へ退避させる命を下すゲンドウ。 「し、しかし、それでは使徒の物理的殲滅が困難になります。」 「どうせ今回は役に立たん。それよりも汚染されてしまう方が問題だ。急げ!」 幾ら何でも巨大ロボットを基地内で運用するには問題があり過ぎるのだ。 敵にするにも味方にするにも。 「「はい。」」 「零号機を優先だ。その為に他の2機は破棄しても構わん! 急げ!」 パペットを地上に退避させてほどなく、セントラルドグマは完全閉鎖された。 事実上、大深度地下の施設は使徒に占拠されてしまったのだ。 「ほら、ここが純水の境目。酸素が多いところよ。」 管制室を破棄し発令所に駆けつけたリツコは、使徒が水路からシンジを追ったは良いが途中で足踏み状態になっていると指摘する。 「好みがはっきりしてますね。」 定位置に座ってオペレート任務に就いたマヤが素直な感想を述べる。 「無菌状態維持の為オゾンを噴出してるところは汚染されていません。」 青葉もそれを裏付けるデータを提出する。 「つまり酸素に弱いってこと?」 ミサトの確認にリツコが肯く。 「らしいわね。」 どうやら、これで対処手段が見つかったかとオゾン注入の準備を進めていたら…… 「汚染域、拡大!」 「駄目です。オゾンの効果がまるで無くなりました。」 使徒は純水ではない水路にまで広がり出した。 「凄い、進化しているんだわ……。」 必要に応じて、環境適応能力を進化させたのだ。 「ドグマへの汚染は?」 「およそ毎分3pの速度で進行中です!」 あくまで冷静に訊ねるゲンドウの態度に、回答した青葉を含めた発令所の中に冷静な空気が戻る。 しかし、 「サブコンピューターがハッキングを受けてます。侵入者不明!」 青葉が新たな危機を報告し、緊迫感はいや増しに増した。 「こんな時に……、Cモードで対応。」 日向が電子戦対応シフトを急遽敷かせるが、 「防壁を解凍します。擬似エントリー展開。」 「擬似エントリーを回避されました。」 「逆探まで18秒。」 「防壁を展開。」 「防壁を突破されました。」 敵のハッキング能力は電子戦のプロ揃いのネルフオペレータの技量を上回っていた。 「擬似エントリーを更に展開します。」 「人間技じゃないぞ……」 「逆探に成功。この施設内です。……B棟の地下、プリブノーボックスです!」 人間技じゃないのも当然、逆探知で突き止めたハッキングの主は…… 使徒だったのだから。 「光学模様が変化しています。」 「光っている部分は電子回路だ。こりゃコンピュータそのものだ。」 「擬似エントリー展開……失敗、妨害されました。」 マヤが、青葉が、日向が口々に報告するのを目を閉じて聞いていたミサトは、 「メインケーブルを切断。」 最強最大のセキュリティの実行を決断した。 「駄目です、命令を受けつけません。」 「レーザー撃ち込んで!」 そう。物理的切断である。 「ATフィールド発生、効果なし。」 しかし、反則技でその荒っぽい手段も無効化されてしまった。 「保安部のメインバンクにアクセスしています。パスワードを走査中。……12桁……16桁……Dワードクリア……」 「保安部のメインバンクに、侵入されました! メインバンクを読んでます、解除できません!」 遂に日向が悲鳴混じりに報告する。 事実上の敗北宣言だ。 「奴の目的は、何だ。」 「メインバスを探っています。このコードは…ヤバイ……マギに侵入するつもりです!」 冬月の呟きに答える如きタイミングで、悲鳴のような怒号のような青葉の報告が発令所全体に響く。 「I/Oシステムをダウンしろ。」 それでもゲンドウは揺るがず指示を下す。 が、使徒の能力はそれすら許さない。 「使徒、更に侵入。メルキオールに接触しました。」 パニックになりかけた発令所の中で、ミサトがその秘めたる閃きをここでも発揮する。 「シンジ君の現在位置は!?」 「地下湖です!」 「メルキオールにシンジ君の現在位置をインプット、急いで!」 「はい!」 マヤのキーボード捌きが冴える。 「メルキオール、使徒にリプログラムされました。」 が、その間に乗っ取りは終了していた。 3台のMAGIのうちの1台であったが。 「データの打ち込みは?」 「1秒差で間に合いました。」 「さ〜て、鬼が出るか蛇が出るか……。」 ミサトはマヤがやるだけやってくれたと知り、試験が終了した後の受験生みたいな気持ちになった。 すなわち、人事を尽くして天命を待つ心地である。 その答えが出るまで、長くはかからなかった。 「使徒、水路を爆発的な勢いで侵蝕しています!」 「メルキオール、基地内をスキャンしています。意図は不明です!」 どうやら、ミサトの打った博打は成功したようだ。 「司令!」 博打の意図が、そしてそれに乗った使徒の意図が読めたリツコは、宣言した。 「私が、行きます。」 と。 ゲンドウは、いつものポーズを崩し、リツコの目を見下ろす。 「良いのか?」 「はい。」 「良かろう。急ぎたまえ。」 ただそれだけの遣り取り。 もしかしたら引き止めて貰えるかもと抱いていた儚く淡い期待をドブに捨て、リツコはエレベータへと走った。 ジオフロント地表、シンジがいる地下湖のほとりへと向かうべく。 『やはり、止めて下さらなかった。……当然よね。私はユイさんの代わり。そして、母さんの代わり。あの人は“私”が欲しかった訳じゃないんだもの。』 発令所を出たリツコは、くよくよ考えつつエレベータに駆け込む。 『用が済んだら捨てられる。分かっていた事じゃないの。』 青息吐息で上の階へ行くボタンを押すと、今度は別の不安が鎌首をもたげてきた。 『シンジ君を相手に、また同じ事になるんじゃないかしら。シンジ君の周りって若い娘が多いし、この頃ミサトも妙に肌の色艶が良いし……。』 根も葉もないが、有りそうと言えば有りそうだと思ってしまった不安な未来像を。 「なんでアタシ達が待機なのよ!」 発令所の隅々にまで響き渡る声でミサトに食ってかかっているのは、ご多分に漏れずアスカである。 「今回、使徒を物理的に殲滅するのが困難…というより無理に近いからよ。」 「だから何でよ!」 次のアスカの疑問には、ミサトでなくマヤが答えた。 「今回の使徒は細菌サイズのマイクロマシンが集まって知能回路を形成し、進化し続けています。しかも、その細胞一個一個に極小さなコアが存在するんです。」 言われた瞬間には気づかなかったのだが、この年で大学出なのは伊達では無く、ほどなく現状を正しく理解した。 「そ…それって、もしかして……細胞が一個でも生き残ると駄目ってヤツ?」 「はい。」 しかも、進化適応のオマケ付きである。 これでは、とてもじゃないが物理的殲滅は難しいだろう。 「それに、もうメルキオールまで乗っ取られちゃってるのよ。こっちが打つ手は全部筒抜け。後はシンちゃんに任せるっきゃ手は無いわ。」 「じゃあ、アタシ達は役立たずってわけ!」 今までの使徒戦で溜まりに溜まった鬱憤をぶつけて来るアスカに、ミサトも真剣な目になって答える。 「今回は相手が悪過ぎるわ。それに役目が無い訳じゃないのよ。」 「どういうこと?」 「アスカ達がここにいる。それだけで使徒に対する示威効果があるわ。それに、もし、使徒がセントラルドグマの物理封鎖を突破して来ようとしたら、あなた達の出番よ。」 まるで冷戦期の核兵器みたいな役回りである。 「……アタシの出番はそれまでおあずけって事?」 「そう。気に入らない?」 悪戯っぽく茶化す事も無く正直に包み隠さず説明された事で、 「分かったわよ。」 渋々ながらアスカも納得した。 今回もシンジが使徒殲滅の中核を担う事になるってことを。 地下湖に沈んでいたシンジの乗ったエントリープラグは、カティーの手で回収されて岸辺に打ち揚げられていた。 普通なら回収作業にはサルベージ船とダイバー数人を動員して数時間から半日ぐらいはかかるのだが、水中を本領とするガギエルの使徒能力者カティー・ジーベックの“力”を持ってすれば数分とかからないほど容易い作業である。 『緊急用のフロートぐらいは用意した方が良いと思うのだがな。』 それなら、わざわざ彼女が出ずとも牽き船一隻で事足りるのだ。 ……もっとも、今のような緊急事態であれば、どの道カティーが回収に向かったであろうが。 カティーがハッチに付いている緊急用のレバーを起こし、捻る。 すると、ぐったりと憔悴したシンジがシートに全裸で座っているのが見える。 「大丈夫か?(くっ、ATFがきつい。我慢……し切れるか……)」 弱々しく肯いたシンジは、何とか身を起こす。 「ありがとう……。カティーさん、何か着る物ある?」 「プラグスーツと水中用の人工エラだ。」 用意してきた防水アタッシュケースを受け取ると、シンジは一安心した。 幾ら彼でも、この先全裸で行動しなきゃならないかと思うと気が重かったのだ。 火照る身体を持て余しつつプラグスーツを着込むシンジから目を離せないカティーは、何時の間にやらシンジが間合いに踏み込んでいるのに気が付いた。 「あ……」 唇を、そして口中を貪られあっさりと達っせられてしまったカティーは、背後の人の気配にも気付かなかった。 何故なら、もう気をやって意識が朦朧としていたのだから。 「リツコさん……」 「よろしくね、シンジ君。」 リツコの笑みは、どこか苦虫を噛み締めてるような、無理してるような緊張をどこか孕んでいるようにシンジは感じた。 「よろしくって……もしかして……」 「今回の相手は、私。……嫌なの? こんなおばさんじゃ。」 口の端に薄笑いを浮かべるリツコの自嘲を、 「そんな事無いです! リツコさんは充分若くて綺麗です!」 シンジは半分慰め、半分本気で思い切り否定する。 「……ありがと。」 そんな誠意が少しは伝わったのか、リツコの表情も若干緩んできた。 先程から、ここら一帯はシンジのATフィールドの影響圏内にある。リツコのように普段からエヴァに関っている女性にとっては、余程に強くて激しい不快感でなければ持続させるのが困難な状況なのだ。 「本当に、良いんですか?(……こんな僕で。)」 「私のミスから始まった事なのよ。責任は自分で取らないとね(あそこで実験中止してれば、こんな事態にはならなかったはずだわ。ホント、無様ね。)。それに……」 目を合わせ、自嘲の混ざらない微笑みを浮かべる。 「シンジ君のことは嫌いじゃないわ。」 重なる二つの影を、突如押し寄せた紅く輝く津波が覆い被さり、沖へと連れ去った。 巨大な試験管の如き金属の筒と、その傍らに横たわる女性を残して……。 使徒がリツコさんに取り憑いたのをATフィールド越しに感じる“感触”で確かめた僕は、リツコさんが以前話してくれた好みの通りに乱暴に白衣を引き剥いだ。 濃い茶色のストッキングごとショーツを下ろし、そのまま碌な前戯も無しに肉槍をリツコさんの中へと突き込む。 まだ濡れてない其処はきつかったけれど、こういう遣り方に慣れてるのか、たちまち潤滑油が溢れ出てきて滑りが良くなった。 ……何故かちょっとした違和感はあるけど、今はリツコさんを気持ち良くしてあげる事に専念しないと。 荒々しく腰を使う。 水中での行為は2度目なので、要領が分かってるから少しはヤり易い。 更に激しく動かしてリツコさんの胎内をガシガシ抉る。 ……でも、段々違和感は大きくなる。いったい何故だろう。 ほどなくリツコさんは両手両足をピンと伸ばして痙攣し、動かなくなった。 だけど、通信機からは使徒殲滅の知らせが来ない。 僕の感覚も、まだまだこれからだと告げている。 おかしい。 いつもならとっくに片付けられている筈なのに。 僕は、リツコさんが前に言ってた好みを無視して、ふんわり優しく抱き締めた。 ……ごめんなさい、リツコさん。教えを無視します。 口に咥えたマウスピースみたいな人工えらを左手に移して、僕はリツコさんの唇にキスをした。リツコさんが好きだと言ってた激しいディープ・キスじゃなく、唇を触れ合わすだけのフレンチ・キス。 両の腕で、ATフィールドで、優しく抱き締める。性感帯を刺激しようとか、早く中に突っ込もうとか、そんな事は一切考えずに、ただ愛しさだけを込めて抱き止める。 ……ここが水中で良かった。僕もこの方法が正しいなんて思えないから、口で反対されたら止めちゃいそうだし。 それでも、何となくこうした方が良いんじゃないかとの予感に導かれつつ、僕は優しく優しくもどかしくなるぐらいの優しさで微かな刺激を与えてゆく。 人工えらを再び咥えて息を整え、背筋をそっと撫でる。 掌が臀部に達する前に折り返す。焦らす様に何度も何度も。 リツコさんが何とか反撃しようと動かす腕を、愛撫で牽制しながら。 腕の中の身体が芯から温まったのを確かめてから、僕はリツコさんの秘密の花園の方に手を伸ばす。一回蹂躙したそこは緩んで開いていたけど、滾々と湧き出す新鮮な蜜が情事の残滓を洗い流してくれている。 もう問題無く肉槍を突っ込めそうだけど、それでも妥協せず指を内股に走らせる。 切なそうにモジモジ膝を擦り合せるのを待って、莢に納まってた肉芽を指で軽く転がしつつ襞をなぞる。一転して急所を奇襲されたリツコさんは、呆気なく僕にぐったりと身を任せた。 でも、これだけで終わる気は無い。 イッたばかりで敏感になってるであろう秘洞を、ようやく肉槍で貫く。 と同時に判明している全部の性感帯を指やATフィールドで順番に刺激する。 激しく首を横に振っていたリツコさんは、ピクピクとひっきりなしに全身を痙攣させるだけで、他には何もできないようだ。 ゆったりと大きく、 鋭く短く、 円を描く様に捻って、 リズムを取って腰を動かす。 上 下 右 左 その順番で厭らしい蜜を垂らす秘洞の壁の一方に擦りつけ、刺激する。 僕が時々順番を間違えて動かしちゃうのが、好い感じにパターンをずらしてるみたいで身体の反応が凄く良い。 リツコさんの痙攣が更に激しくなり、目の焦点も合わなくなってきたみたいだ。 ……もうそろそろかな? でも、僕の方がもう持たない。出ちゃう! 柔らかで絶妙な絞め付けが僕の肉槍から白濁した樹液を搾り取ると、その刺激でリツコさんの方も限界を超えたのか再びぐったりとして動かなくなった。 気持ち良さで霞んだ頭で『今度こそ』と思ったのだが、使徒殲滅の知らせは、またもや来なかった。 ……やっぱり僕の考えじゃ駄目だったんだ。 挫折感に囚われた僕が気付かないうちに、場所がどこかの部屋の中に移っていた。 してる最中に周囲に気を配ってる余裕無かったから、もしかしたら、その間に使徒が僕達を運び込んだのかな。 考え事をしていたのがいけなかったのか、立っていた僕の下腹部に生暖かく気持ちの良い刺激が不意打ちして来た。 「な、なにを……」 幸い、ここには空気がある。 僕は人工えらを右手で外して問いかけた。 何をしているかは分かる。 今まで僕も色々な娘にやって貰ったことがある、ナニを口で咥えて貰ったり、舌で舐めて貰ったりする行為だ。 気持ち良さに溺れてしまいそうな僕を焦らすかのように、リツコさんは僕のを口から出して答えてくれた。 「フェラチオよ。こちらからも聞いて良いかしら。」 「はい。」 「何故、優しく抱いたの? 私の好みは荒々しく抱かれることだと言ったでしょ?」 厳しく問い詰める口調が僕の背筋をピンと伸ばさせ、それでいて吐息が僕のを刺激してピンと屹立させる。 そんな微妙な状態だったけど、僕は何とか考えを頭の中でまとめる。 「なんとなく、そうして欲しいように見えたから……。」 僕の足元に屈み込んでいるリツコさんの上目遣いの視線と視線が合わさった。 ふっと、溜息を漏らしたリツコさんはポツポツと語り始めた。 「荒々しく抱かれるのが好きなのは、実は私の母さんの趣味だったの。私は、死んだ母さんの代わりに“あの人”に抱かれてたのよ。」 なんとか慰めようとしたんだけど、言葉が咽喉につかえて出て来ない。 「……でも、捨てられたわ。ついさっき。ホント、無様ね。」 「その……“あの人”って?」 やっと出て来た言葉は慰めなんかじゃなく、別の言葉だった。こんな事が言いたいはずじゃないのに……。 「あなたのお父さん……碇司令よ。」 互いに同じ相手から捨てられた事があるということ、捨てられた時にどれほど嫌な寂しい気持ちになるかを知っている僕の胸の奥に同情と共感が湧いてくる。 「だから、こんな浅ましくて愚かで汚らわしい嫌な女を見限るなら今のうちよ。」 自虐の刃で自分を傷つけうずくまるリツコさんを、同じ目線になるまで屈んでそっと抱き締める。 あの時、僕が父さんから捨てられた時、誰かにこうして欲しかった願いの通りに。 「シンジ……君?」 涙で濡れた瞳が僕を見詰める。 「シンジ君……これが答え? 同情や哀れみじゃなくて?」 睦言と言うより犯人を問い詰めるような口調に、 「はい。同情も哀れみもありますけど、リツコさんのことを好きだと思いますから。」 僕はできるだけ正直に答える。 ……僕が嘘が下手なのは自分でも承知してるから。 「……正直なのね。」 呆れつつだけど、薄くだけど、リツコさんに微笑みが戻って来た。 「でも、良いんですか。僕で。僕は、女の子にはだらしないし、ハッキリしないし、色々手出ししてるし……とにかく、駄目なヤツなんだ。……それでも?」 リツコさんが汚れてると言うなら、僕は真っ黒になってもまだ足りないぐらい卑怯で汚れてて酷いヤツだから。 今も安心させて貰おうとこんな甘えた台詞を吐いてる僕には、リツコさんのことをどうこう言う資格なんて無い。 「シンジ君は私をありのまま見てくれた。私を好きだと言ってくれた。私の意志を尊重してくれた。……それだけで充分だわ。」 嬉しさが込み上げて来る。 止めようも、止める気も無い。 「だから続けさせてくれる? ケジメをつけたいの。」 だから、僕は逆らえない。 「う…うん。」 リツコさんの懇願の眼差しに。 再び立った僕のものを咥えたリツコさんは、たちまちのうちに僕の発射準備を完了させてしまう。 上手いのもあるけど、今の話を聞いて僕自身に歯止めがかかってない。 「で…出るっ!」 勢い良く撃ち出してしまった生臭い液体を、リツコさんが懸命に嚥下する。 そして、飲み切れなかった白いものを口の端から垂らしながら、誇らしげに宣誓した。 「私、赤木リツコは、碇シンジに身も心も捧げ、生涯奴隷として尽くす事を誓います。」 かつて強制されて言った言葉では無く、心の底から望んだ誓いの言葉を。 そして、それが、 「パターン青、消滅!」 第11使徒戦を終結に導いたのだろう。 少なくとも、僕はそう信じたのだった。 ネルフ司令公務室。 MAGIの仮復旧を行なわせ、特別宣言D−17の解除を手配したゲンドウは、この部屋にリツコを呼び出し、開口一番こう言い放った。 「赤木君、君には失望した。」 「はっ、申し訳もございません。」 もう一人の、そして腕力で身体を開かせて自分を屈服させた男に頭を下げるリツコ。 「女としてのお前は、クビだ。後は好きにしろ。」 「……え?」 罵倒なりなんなりされるとは思ったが、それだけなのか…とリツコの顔色が変わる。 やはり、と言うか本当に捨てられると聞いてショックを隠し切れないが、捨てられるぐらいなら後ろから刺してやろうという気持ちまでは、すっかり無くなっていた。 多分、シンジのおかげだろう。 「私に君を抱く気が無くなった、それだけだ。ネルフを辞めるかどうかは好きにしろ。」 それは一方的な通告であった。 かつて言わされた誓いを破棄させられるという。 「……はい。」 そう口に出した後で、リツコはある事実を思い出した。 ゲンドウは、ある“処置”を極秘で受け続けている為、使徒と融合した人間と親密過ぎる肉体的接触をする訳にはいかないのだという事を。 そして、シンジに辛く当たり心の傷口を広げる事で、それを癒してくれる他人を求める気持ちを強くすると言う人類補完計画の要旨の事を。 「ところで、司令……」 この先シンジを支えるならネルフに留まった方が都合が良い。その程度の計算は瞬時に終わらせたリツコは、MAGIに残されていた情報を分析した事柄について口にした。 「今回の件に関して何人か逮捕して調べたいのですが……よろしいですか?」 「良かろう。任せる。」 男と女から単なる上司と部下に戻ったのを示す様に、遣り取りに艶っぽさや恨みがましさは欠片も混じっていなかった。 色好い返事を貰って、さっそく関係者の拘引に向かうリツコの背に向け、 「すまん……。」 ゲンドウの口の中で生まれた極々小さな呟きが、誰に聞かれる事無く霧散した。 コンフォート17。 第3新東京市の街はずれにある12階建てで部屋数が158室のこのマンションは、シンジから提出された自室の改装願いが受理され、第10使徒戦終了後に何故か全室がシンジの用に供される事となり、大幅な改装が施された。 全住人が正面中央に設けられた共用玄関から出入りするようになっているという構造を利用して、コンフォート17マンションを一軒の巨大な家に仕立て上げてしまおうという無茶な計画が実行されてしまったのだ。 そんな基本計画に従い、今までは開放型になっていた廊下は嵌め殺しの偏光防弾ガラスで外界と隔離され、中央部であるB棟に様々な共用施設が用意された。 最上階である12階を潰して設置された本格的な屋上プール。 あいにく温泉は引けなかったが、24時間いつでも入浴可能な8階大浴場。 1フロアの壁を全部ぶち抜いて用意された6階大広間。 看護婦2人が常駐し、ちょっとした手当てなら受ける事ができる3階保健室。 そこらの警官より頼もしい女性警護官達が常駐している2階警備員室。 更に、利便性を高めるべくA棟からC棟まで自由に行き来できるよう増設された10階と5階の渡り廊下(今までは1階まで降りないと別の棟には行けなかった)。 ……と、急ごしらえではあったが、改装後のコンフォート17は部屋数が減った代わりに、ちょっとした豪邸を思わせる程の設備と人員が配置されたのであった。 ……申請を出した当のシンジすら預かり知らぬうちに。 その改装なったコンフォート17の一室。 「そういや、新入りの“歓迎会”ってどうなってるわけ?」 ある種の乙女達にとっては聖地にも等しい場所となった11−A−3号室、つまりはシンジの部屋にある唯一の寝室の10人は楽々寝転がれそうなベッドに頬杖をついたアスカが、ハルナを膝の上で抱っこしながらマナとレイとスズネに両側と背後から抱きつかれているシンジに問う。 「リツコさん達とかネルフ関係の人達が今夜は事後処理で忙しいとかで、明日に延期って事になってるけど。」 「じゃあ、久しぶりに皆で集まれないかな? 最近メンバー入りした人達とも顔合わせしたいし。」 同じベッドに腰掛けてるヒカリが提案すると、ベッドの上に集まった女性陣達から口々に賛成の声が上がる。 特に、 「良いんじゃない。たまには(アタシの引きたて役は多い方が良いしね。)。」 この中では一番反対しそうだと見られていたアスカがそう結論づけた時点で、この案件はほぼ決定と相成った。 それが、どういう騒ぎを引き起こす事になるか、気付きもしないままに……。 「それより、今夜こそアタシのバージン、奪ってもらうわよ。……アタシだけ処女なんてカッコ悪いじゃないの。」 目下の懸案事項に目を奪われていたせいで…… 「え……無理だよ。アスカがすぐ気絶しちゃうのが悪いんじゃないか。……寝てる間にするのは絶対イヤとか言ってる癖にさ。」 ぶつくさ言ってるシンジに 「良いからさっさとやる!」 早速イタさせようとしたが、 「アナタの順番は後、邪魔しないで。」 割り込もうとした場所にいたレイに阻まれて果たせなかった。 そんなアスカに、 「大丈夫、アスカもちゃんと見てるから。」 シンジが優しく一言かけた途端、 「や、ダ、ダメッ……イッちゃう!」 アスカは甘酸っぱい牝の芳香を立ち昇らせて心地好い眠りの世界へと堕ちてイッた。 これが惣流・アスカ・ラングレー、通算20回目のトライ失敗の顛末であった……。 ……と、碇シンジが己のベッドの上で女の子達に弄ばれてるのか弄んでるのか良く分からない激闘を繰り広げている頃、その父親である碇ゲンドウは人類補完委員会の老人達に緊急呼び出しを受けていた。 「第11使徒、これがネルフ本部に直接侵入を果たしたとは本当かね。」 「いかんな、これは。早過ぎる。」 「さよう。使徒がネルフ本部に侵入するとは予定外だよ。」 「ましてセントラルドグマへの侵入を許すとはな。」 「もし接触が起これば、全ての計画が水泡と化したところだ。」 口々に非難する委員達を無視し、ゲンドウはいつものポーズを保ったまま語りかける。 「キール議長、この件で面白い情報を掴みました。」 ゲンドウと対面する位置の上座に座す、キールへと。 「何だ?」 「使徒が発生した第87タンパク壁、それに細工をした者がいるのです。」 「何だと!?」 「気をつけて喋りたまえ碇君。この席での偽証は死に値するぞ。」 場の空気が、糾弾から驚きと不審に塗りかえられた。 「証人と証拠の引渡し準備もできております。後で監査部に引き渡しましょう。」 いつものゲンドウ吊るし上げ大会とは風向きの変わってきた雰囲気を不愉快に感じながら、老人の一人が質問する。 「では、どこの誰が細工したのかね。」 「恐れながら……委員会のどなたかと。」 「どこにそんな証拠がある!?」 「では、お見せいたしましょう。」 ゲンドウが口の前で組んだ手を解いて机の一角にあるボタンの一つを押すと、ゲンドウの後ろに展開されたスクリーンに映像が再生された。 「委員か…いや、あの方達の御要望です。例の件はよろしく頼みましたよ。」 そこに映っていたのは恰幅が良いというと褒め過ぎになる小太りの巨漢、ロシア・ネルフ支部長ニコライエフその人であった。 「この映像はマギのレコーダーに残っていたロシア支部とロシア支部から派遣された監査官ドカチェフ少佐との交信記録です。ドカチェフ少佐は今回の破壊工作の現場責任者として我々が拘束しております。」 「笑わせるな! 情報操作は君の十八番ではないか!」 ゲンドウの説明に委員の一人が激昂するが、ゲンドウはこう提案した。 「ではロシア支部長をこの席に呼べばよろしいのでは? 彼の口から“委員会の誰”が工作するよう命じたか聞き出せばよろしいかと。」 「碇君、我々に指図する気かね?」 「不愉快極まりない。」 「決めるのは議長かと。」 否定的な意見を一蹴し、ゲンドウは沈黙した。 言うだけの事は言ったとばかりに。 「よかろう。ニコライエフ支部長を呼ぶ。」 キールの判断は早かった。 この問題は1秒でも長く放置すれば厄介さが雪だるま式に増すと気付いたのだ。 5分後、立体映像ではあったが、ロシア支部長ニコライエフが会議場に現れた。 「ハラショー! 何の御用でしょうか、どどどどどぅぅぅぅぅしぃぃぃ…」 が、直後に消え去った。 「いったい何が起こったんだ!」 「とにかくロシア支部長室の映像を出せ!」 そこには、血塗れで転がる肉槐があった。 さっきまではニコライエフと呼ばれていたただの肉槐が。 「碇、キサマがやったんじゃないだろうな!?」 会議場となっている司令公務室全体に怒りのシャウトが響き渡るが、ゲンドウはピクリとも反応しない。 「碇!」 委員達の敵意が嫌と言うほど込められた視線が再びゲンドウに突き刺さるが、それは相当に深刻な疑惑を含んでいた。 「私にそういうツテが無いのは皆さん御存知では?」 ゲンドウの言っていることが、あるいは本当のことではないのか…と。 その疑惑は、次なる台詞でより深まった。 「私は“計画”が滞り無く実行できるのであれば、ネルフ総司令の席を誰かに譲っても良いと考えてます。」 ただ、更迭するにしても明白な罪状が無ければ組織がまとまらないだろうし、そうなれば“計画”に関わるスタッフも総入れ替えしなくてはならないだろう。 現状でゲンドウの首を切るのは“計画”を放棄するも同然であった。 しかも、ゲンドウが言った事が全て事実であった場合、ゲンドウを首にするのは色々な意味で問題が有り過ぎる。 「まあ良い。今回の君の罪と責任は言及しない。……だが、君が新たなシナリオを作る必要は無い。」 そこで、キールはゲンドウを不問に付す事にした。 当然ながら、後で徹底的に裏を洗う予定で。ゲンドウのも、他の委員のも。 他の委員もキールと同じような心境に違いない事は、今や互いに向けられた猜疑と敵意の視線からも明らかであった。 「分かっております。全てはゼーレのシナリオ通りに。」 その空気を知ってか知らずか、従順に答えたゲンドウではあったが…… 「ただ、今回のイレギュラーのせいで“計画”を予言通りに進める為に必要な駒が足りなくなりました。御配慮いただけると幸いです。」 続いて口にされた内容に、キールは苦虫を噛み潰した。 しかし、応じない訳にもいかない。 ゲンドウが仮に忠実で有能な“計画”の遂行者であったとしたなら、ここで要請に応じないのは得策ではないからだ。 それが“計画”の破綻を招きかねない要因とあっては尚更に。 「分かった。要請については一考しよう。……後は委員会の仕事だ。」 そうして、所期の目的を大きく逸脱した緊急会議は幕を閉じた。 とてつもない波瀾と不和の種を孕んで……。 第11使徒戦の翌朝、ネルフ本部は喧騒に包まれていた。 「おはよう、みんな。何の騒ぎ?」 朝一番で技術部のミーティングに顔を出した長身の少女を迎えたモノは、場違いな闖入者を見る目だった。 「どうしたんだい、お嬢ちゃん。迷子にでもなったのかな?」 そんな声が飛び出すぐらいに。 ただし、ただ一人を除いて。 「……もしかして、先輩ですか?」 驚きで両の目を見開いたマヤが震える声で問うと、 「ええ、そうよ。どうかした?」 その少女はにっこり微笑んで小首を傾げた。 どう見ても見た目15歳ぐらいの少女がリツコだと聞かされ、 「おい、妹とかじゃないのかよ。」 「どう見ても別人だぞ、ありゃ。」 技術部員達にもマヤの驚愕が伝染してざわめきだす。 「……え、と…先輩? ……目尻の黒子、どうしたんですか?」 聞くのはそこじゃないだろ!? と一同心の中で総ツッコミするが、声を出す気力も勇気もないようだ。 「ああ、これ。今朝起きたら無くなってたのよ。」 「化粧品、お替えになったのですか?」 昨日までは巧みな化粧で誤魔化していたリツコの小皺がすっかり消え、凄く自然な肌の張りを取り戻しているのを目敏く見つけて、メルキオール主任オペレーターの最上アオイが訊いてくる。 「……いえ、今日は化粧はしてないわ。そういうアオイも化粧の乗りが良くなったのではなくて?」 リツコが指摘した通り、ハードワーク続きで最近荒れ気味だったアオイの肌も年齢相応以上の艶やかさを取り戻していた。 「はい。……シンジ君のおかげかもしれないですね。」 耳寄りな情報に、技術部の女性職員達…特に、特定の恋人がいない独り身の面々がピクリと反応する。後でアオイが質問攻めに遭うことは、ほぼ確実だろう。 「多分そうね(……シンジ君、アオイにまで手を出してるのかしら。不思議と腹は立たないけど。)。」 昨日までの自分なら間違い無く奥歯を密かに噛み締めていただろうと思いつつ、リツコは穏和な微笑みを崩さない。……多分、この辺りの穏和さはシンジの性格と志向に合わせて身に付けたものだろうと思われる。……シンジに捨てられることが無いように、と。 「その髪の毛は黒く染めたのでしょうか?」 次なる質問者はカスパー主任オペレーターの大井サツキであった。 ロシア系ハーフの彼女の長い髪も金髪な為、少しだけ気になったのかもしれない。 「これ? これも今朝起きたら黒髪に戻ってたのよ。別に今更染める必要も感じなかったから、そのままにして来たんだけど……何か変かしら。」 「いえ、良く似合ってると思います。」 フォローを入れたのは、バルタザール主任オペレーターの阿賀野カエデ。栗色のショートヘアの可愛い系の女性で、マヤの友人でもある。 「ありがと。……そろそろ始めて良いかしら。」 転校生を迎え入れたばかりの学校の教室の様にざわめき覚めやらぬ会議室を見渡し、リツコは一つ溜息を吐き、周囲を睥睨した。 リツコが先程まで発してた穏やかな雰囲気は綺麗さっぱり消え去り、いつものリツコが放っていた冷たく容赦無い威圧感が場を支配する。 「始めて、良いかしら。」 もう一度繰り返された言葉に、技術部員達は首振り人形の如くカクカクと肯く。 ……まるで、そう動くことしか許されてないみたいに。 今日の業務そのものは単純だった。 昨日仮復旧したマギ・メルキオールの精密点検を行なって使徒に乗っ取られた時の不具合が残留していないかどうかを調べる事と、もしあればその復旧である。 ただし、単純だからと言って簡単と言う訳では無い。 マギ3基の機能を完全に点検に専念させるわけにもいかない事情も手伝って、チェック終了まで特に何も無かったとしても5時間はかかると見積もられていた。 退屈……と言う訳でもない。 マギが貯め込んでいる電子データの山を、イロウルと名付けられた第11使徒との融合で手に入れた感覚で読み取り、解析し、必要なものは記憶する。 そんな練習を重ねていると、不思議な……いや、妙な痕跡を発見した。 通信記録の残されていないアクセスの痕跡である。 『ハッカー…いえ、スパイの仕業かしら。』 すかさずI/O装置に独立して記録されている入出力記録を洗い出し、アクセス痕跡との照合を図る。……が、上手くいかない。 『おかしいわね。まるで回線そのものを使ってないみたい……まさか!』 痕跡の固有波形パターンを探って、念の出所を辿る。 そんな試みも、極あっさり失敗した。 バイオ・コンピュータであるメルキオール自身の脳波と、痕跡の脳波が近過ぎたのだ。 『テレパス…精神感応でのバイオ・コンピュータの思考読み取り……これでも無さそうと言う事は……あと考えられるのは……“双子の共鳴”現象かしら?』 この線は追求してみる価値がある。 そう一応の結論を出すと、リツコはバルタザールやカスパーに侵入の痕跡が残されているか否か使徒の感覚を駆使して詳しく調べ始めた。 その調査で得られた結果は、驚くべきものだった。 『嘘……3つとも“別の脳”だなんて……しかも、カスパーには魂まで備わってるわ。休眠状態みたいだけどね。』 走っている擬似人格OSは3つともリツコの母ナオコをモデルにしたものであるが、マギのハードウェアの中枢たる培養脳はバラバラの人間の物が使われていたのだ。 『どう言う事、母さん! ……これに何の意味があるの!?』 驚きで叫び出しそうになるのを何とか我慢しつつ、リツコは真実を掴む為にはマギ・コピーをも調べる必要がありそうだと目星をつけたのだった……。 山の端に日が没してまもなく、使徒襲来で翌日…つまり、今日に順延となった花火大会の開幕を告げる最初の一発が薄暮の空へと舞い上がる。 暗い蒼空に咲く、芦ノ湖の深い碧い水面に映える、明るく儚く玲瓏とした紅と黄の大輪の華が、空を見上げる人々の期待感をいや増してゆく。 そんな炎と光が織り成す花々を愛でるのに適した街を一望できる小高い山の一つに、碇シンジの姿があった。 「うわ……綺麗だな……」 シンジの目は蒼穹に高々と打ち上げられる花々よりも、その微かな光に照り映える地上の花々の方により多く、より長く向けられていた。 すなわち…… 「碇君ったら……」 頬を朱に染めるヒカリの、 「おにいちゃん、だいすきっ♪」 無邪気に抱き付いて来るハルナの、 「フフン♪ と〜ぜんよねっ♪」 得意げに胸を逸らすアスカの、 「嬉しいっ。」 素直に喜びを表わすマナの、 「そう。これが嬉しいってことなのね……。」 口元を僅かに綻ばせてる綾波の、 「花火なんて見るの久しぶり……。ね、姉さん。」 「ええ、スズネ。」 仲良く肩を寄せ合う双子の姉妹、スズネとコトネの、 無言で空を見詰め、物思うカティーさんの、 「御主人様……」 花火より自らの主のお顔の方が見物と、熱視線をシンジに注ぐシズクの、 「嬉しゅうございます、シンジ様。」 普段はスーツ姿に身を固めてるシンジ付き秘書のミズホさんの、 「本当に綺麗ですね。あ、ほら、また上がりましたよ、先輩。」 シンジの含みに気付かず花火に歓声を上げているマヤさんの、 「それって私の事も入ってるのかしら?」 うちわを片手に、いたずらっぽく問いかけるリツコさんの、 「しっかし、リツコってば見事に若返っちゃったわね〜。」 親友の変わり様に感心しつつも呆れるミサトさんの、 「碇君……」 ISGFC…つまりは、シンジの恋人付き合いを管理する団体の会長、田中コナミの、 上記に挙げた以外のシンジと“関係”が続いている女性達およそ30人それぞれの、 艶やかな浴衣姿に。 「シンジ様、不自由はございませんか?」 そして、ただ一輪だけ白い単衣と緋袴をまとうクラスメイトにしてこの山にある神社を管理する宮司の娘、能代ショウコの巫女服姿に。 「う、うん。僕は大丈夫だけど……氏子さんとかの方、手伝わなくて良いの?」 「心配していただいてありがとうございます。でも、そちらは父がやってますから心配要りません(シンジ様に御奉仕するのは、巫女としての務めでもありますし。)。」 勿論、こういうイベントであるからには氏子が集まって花火見物だの飲み会だの…が企画されるものではある。……が、そちらとは会場が離れてるのでカチ合う危険はさほど無かった。 ……しかし、この平和で安穏とした花火見物会にも、 桃色にテラテラと輝きぬめる非日常の脅威が、 刻一刻と近付いて来ていたのだ。 最初は、僕にじゃれついてたハルナからだった。 「お、おにいちゃん……ハルナ、もう……だめ…………」 いつから妙な気分を出してたのか知らないけど、ハルナは突如甘ったるい声と甘酸っぱい匂いを発してヘナヘナと地面に座り込んだ。 それが口火を切ったのかどうか知らないけど、アスカを始め次々といやらしい噴水を噴き出して、喘ぎ声を綺麗に唱和させる。 「え……あ…あの……みんな? ねぇ?」 学校の先生が、クラスメイトの女の子達が、告白されてから付き合っている後輩の女の子達が、誘惑してきた筈が今ではメロメロに篭絡されてる先輩達が…… 僕が触ってる訳でも無いのに一斉に極みに達した満足を全身で訴え、へたり込む。 ATフィールドは張ってない筈だよね……LCL錠剤だって飲んでないし……。 って、嘘、そんな…… ATフィールドを、何時の間にか張っていたみたいだ。 無意識のうちにその気になってたのかな……。 「と、とにかく早く何とかしないと。」 それにはATフィールドを消さないと。そう思うけど、全然上手くいかない。 操作はできる。 感覚も伝わって来る。 でも、どうしても能力をオフに出来ない。 もしや、これが…… 「暴走……」 それより、こんな屋外でこんな事をやってたら誰かが見に来ないとも限らない。 早く、どうにかしないと…… ……移動した方が早いかな。 みんなのはしたない艶姿を見物に来た皆々様方にもれなく公開する気がなければ、後始末の手間を放棄して逃げ出すより仕方ない……と腹を括ったところで、それに最適の能力を持った人を恍惚境から呼び戻す。 「マヤさん、お願いだから起きて……。」 地面にペタンと尻餅を突いて、口からよだれを垂らして放心してるマヤさんの両肩を掴んで軽く揺する。……これで起きてくれれば良いけど。 「ひゃ、ひゃうっ! シンジ君……」 肩を揺すっただけで、何度も小刻みにイカれても困るんだけど…… 「ここにいるみんなを連れて移動するから手を貸して。」 「う…うん。……シンジ君、素敵……」 いまいち不安だけど、他に方法も思いつかない。 「じゃ、ついて来て。」 逃げる様にというか逃げてるんだけど、僕が向かう先は避難シェルターの入り口。 ここが使えれば、とにかく衆目だけは避けられる。 マヤさんがサハクィエルの使徒能力の一つ、重力制御を使って皆を全員運んで来てくれてるのを振り返りつつ、できる限りの急ぎ足でこの場を離れたのだった……。 リツコさんにシェルターの扉を開けて貰い、複雑怪奇に曲がりくねった地下通路を通り抜けて、総勢46人の花火見物客は無事にコンフォート17に辿り着いた。 本来は極秘の避難経路として設置されたものらしいけど、こんな時の為に使うとは設置を指示したリツコさんでも思い浮かばなかったそうだ。 入り口を閉めて貰って、中の警備とかをしてる人を含めて6階の大広間に集合する。 リツコさんとかマヤさんとかみたいに、これからここで一緒に暮らす人達も来てるんだから、自己紹介ぐらいはして貰った方が良いと思って。 この時、僕はとても大きな失敗…もしくは勘違いをしてたんだけど、それに気付いた時は手遅れになってからだった。 広間に全員が揃ったのを見て、お願いする。 「じゃ、じゃあ、そっちの方から一人ずつ簡単に自己紹介してもらえるかな。」 そうすると、警備の人達を入れて56人に増えた面々が、名前の他は二言三言だけ付け加えるみたいな簡単な自己紹介をパパッと済ませてゆく。 しばらくして、最後の一人、ミサトさんの自己紹介が終わる。 「……って、事でこれからよろしくね、みんな。部屋割りだけど、他の人が使ってないとこなら自由に使って良いわ。」 「「「「「「「「はい!」」」」」」」」 え? ……今、答えたの、ここにいる全員だよね。 確か、何人か引っ越して来るって聞いてたけど……嘘………… 「じゃあ、さっそく…シンジ君に歓迎してもらわない?」 「「「「「「「「賛成っ!」」」」」」」」 着崩れて裾やら首筋やらが大きく覗いてる浴衣の女の子達と、 警備員の制服のまま左右から迫って来る女の人達に圧されて、 「ミ、ミサトさん…これ、どういうこと? 聞いてないよ!」 僕はじりじりと後退ったけど、壁がすぐに退路を塞いだ。 「ああ、今決まった事だから。」 答えに、僕は珍しく大声で訊いてみる。 「良いんですか、本当に!? 中学生でしょ!? マズイんじゃないですか!?」 「あのね、シンジ君。マズイって言うなら今の状況も充分マズイのよ。……でもね、問題はそこじゃないの。シンジ君があの娘達を嫌いかどうか、それだけなのよ。」 が、返って来たのは、思ってもみなかった視点だった。 ……いや、気付いてて見ないフリしてた事だ。 「シンジ君が、あの娘達との事を遊びと思ってるなら正直に言って。そしたら、私が責任を持って彼女達を家に帰らせるわ。」 真剣で厳しい顔で真っ直ぐ僕の目を見てくれるミサトさんの態度に、僕の背筋も何故だかシャンと伸びるような気になる。 「でも、もし、シンジ君が真剣に彼女達の事を想っているなら……ネルフ…いえ、私が責任を持って彼女達がここにいられるようにするわ。だから教えて、どっちなの?」 ミサトさんがピシャリと言い切ると、不安そうに僕を見詰める視線をたくさん感じる。 そこまで言ってもらって、 こうまで想われて、 それで拒めるほど、僕は強くない。 はっきり言って、自分でもどうしようもない優柔不断なヤツだと思う。 だけど、 彼女達の事は、とても好きだから。 問題は無い。 「ありがとう。大好きだよ……みんな。」 自分が抑えられない。 でも、もう抑える気も無いし、その必要も無い。 僕のATフィールドで、 身体の奥底から湧いて来るありったけの愛しさと、 心の奥底から湧いて来るありったけの感謝を込めて、 ここにいる全員を、 思い切り抱き締めた。 ただ、一つ心残りなのは、僕がもうちょっと注意深く行動してたなら、こんな事態にはならずに済んだかもしれないって事だけど……それも、もう、どうでも良い事だった。 今は、ただ…… ただただ愛しい恋人達にできる限りの愛情を注ぐ事だけが、僕の全てだった。 襟口からマナの小ぶりだが弾力の良い膨らみを弄り倒したり、 何をどう勘違いしたのか下着どころか肌襦袢すら着てないアスカの無防備過ぎる肢体を好き放題愛撫してイキっぱなしにしたり、 スズネに右手、コトネに左手の指を縦横に駆使して、下腹部の淡い翳りの奥の秘洞をまさぐって息も絶え絶えにしたり、 シズクの浴衣の裾をまくって肉槍を突き刺し、丸出しになったお尻にぺちぺち軽く平手で打って恍惚とさせたり、 四つん這いになった綾波の小さく上品な口と舌で奉仕して貰い、そのお返しに腰が立たなくなるまで極みに突き上げてあげたり、 浴衣の裾と襟から手を入れて胸とアソコを攻め、さらに首筋を丹念に味見してヒカリを散々鳴かせたり、 お礼の意味も兼ねて、マヤさんの上下の口に白濁した甘露をたっぷり注ぎ込んで、快楽に埋もれさせて失神させてあげたり、 仰向けになって寝ている僕に馬乗りになって僕のを咥え込んだリツコさんと、僕の顔にまたがったミサトさんを同時に頑張って満足させたり、 何だかんだで空が白み始めるまで自分自身の気力と技巧と体力と愛情とエヴァ能力を酷使して頑張った僕は、疲れ過ぎてその日の学校を休むハメになっちゃったのだった。 心地好く苦しく嬉しい、何だかとても複雑な気分で……。 福音という名の魔薬 第拾六話 終幕 ふう。16話終了〜。 とうとうマギの謎が一部出てきました。 しかし、それよりも、相変わらず陰謀一直線なゲンドウ、ちゃっかり若返っちゃったリツコさん、怪しいまでに徹底的な改装を施されたコンフォート17マンションなど…色々と出したので印象薄いかも(笑)。 なお、一部の会話はロシア語や英語でなされていますが、面倒なので日本語のまま表記させていただいております。どうか、御理解と御勘弁の程をお願い致します。 峯田太郎さん、きのとはじめさん、【ラグナロック】さん、老幻さん、八橋さん、闇乃棄黒夜さん、様々な御意見と見直しへの御協力まことに有難うございました。 |
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