福音という名の魔薬

 第弐拾伍話「弾丸飛ばぬ激闘」

「第16の使徒が倒された。」
 真っ暗な部屋に並ぶ黒い板の群れの前に映写されていた第16使徒迎撃戦。
「約束の日は近い。」
 その生々しい有様には全く心を動かされず、世界を裏側から支配している12人の老爺どもは自らの希望に関る事項だけに触れる。
「そろそろ“最後の使者”を目覚めさせる時期ではないか?」
 いよいよ“計画”を最終段階に進めるべきではないのか、と。
「だが、我々の準備は充分ではない。」
 ゲンドウが何やら企んでるようであるが、彼らゼーレの準備の方は万全とは言い難い。
「さよう。“槍”も“熾天使シリーズ”も揃ってはいない。時期尚早だよ。」
 使徒能力者達がゼーレに反抗した場合に、その鋭鋒を速やかに挫く為に用意している戦力は、残念ながら半数ほどが未完成と言う現況である。
「準備が不十分では思わぬ不覚を取りかねん。」
 現状の戦力で決戦に及ぶ事になってしまっては、最悪の場合、数的な不利が原因で当初からの“計画”が頓挫してしまいかねない。
「それに現状でさえ死海文書に記されていた預言の誤差ギリギリの早さで事態が進んでいる。これ以上早めては、我等自らが“計画”を破綻させてしまいかねん。」
 しかも、ゼーレの戦力整備もシナリオも裏死海文書を解読して得られた“預言”を元にスケジュールが立てられている。
 そこで問題となるのが裏死海文書の信憑性なのだが、使徒の出現時期がエヴァ四号機の実験失敗の影響が出たと考えられる第13〜14使徒を除けば、多少の誤差はあるものの記述通りであった事を考えれば、信憑性は高いと考えられる。
 その為、ただでさえ少々ハイペースで進んでいる“計画”を更に早めてしまっては、記述通りの成果を得られない危険があると考えざるを得ない。
「では……」
 従って、結論は……
「我等の準備が整う時、それが時計の針を進める機となるだろう。」
 妥当、かつ当初の予定に沿ったものとなった。
「全ては、我らゼーレのシナリオ通りに。」
 彼等ゼーレの12使徒が立案した計画通りに。



 仙石原の北側、金時山の南側にある遊戯設備が少なめの市民公園に、ゴムをアスファルトに押しつけ滑らせる派手で耳障りな音が鳴り響いてほどなく、まったりと余韻に浸っている御両人の前に悪戯な笑みを浮かべている女性が現れた。
「お待たせ〜♪ ちょっち遅れてゴメンね。」
 赤いネルフ女性士官用制服を着た女性は、無論ながら葛城ミサトである。
「え!? ミサトさんが来たんですか?」
「そうよ、悪い?」
 迎えを要請したのは確かだけど、まさかミサトが来るとはと驚く2人の一方…碇シンジに、ミサトは悪戯っぽい笑みを崩さないまま切り返す。
「悪くはありませんけど……事後処理とか、どうするんです?」
 喜んで良いのか咎めて良いのか迷った複雑であいまいな微笑みを見せるシンジに、ミサトは堂々と胸を張って反論する。
「あら、これも立派な事後処理よ。彼女、そんなカッコでほったらかしにしといちゃマズイでしょ?」
 指摘されて、ようやく自分の晒している格好に気付いたのか、マユミが小さく悲鳴を上げてうずくまる。
 ……まあ、かなり今更なのだが。
「さ、行きましょ。避難規制が解除されるまで時間が無いわよ。」
 慌てて白や赤やピンクに透明…色取り取りの体液があちこちに付着しているブラウスの前を押えたマユミと、脱がせて地面に放り出された後で茂みに引っ掛かっていたパンティを拾ったシンジの姿を確認してから、ミサトは踵を返した。
 今回も足代わりに使っている愛車…アルピーヌ・ルノーA310改を停めている公園の駐車スペースへ向かって。



 元箱根の温泉街から少し外れた場所に建つビジネスホテル。
 その一室に転がり込んだ薄汚れた男は、備え付けの電話のボタンをある一定の順序で押し込んでから受話器を取った。
 それから、更にボタンを押す。
 凝っている割りにはたいした事が無い手続きが済むと、ようやく呼び出し音が鳴る。
 味も色気も無い電子音が3回目に鳴っている途中で相手が出た。
「もしもし、駅前の交番にピザを一枚。」
「こちらはピザ屋じゃなくコーヒースタンドだ。出直しな。」
 更にジャブじみた合言葉の応酬を経て、ようやく本題が始まった。
「ネルフ本部地下に地図に無い区画を発見した。」
 電話の向こうで息を飲む気配がする。
 その情報が本当なら、ゼーレの最重要プロジェクト『人類補完計画』の推進役である碇ゲンドウが、ゼーレへの背反を企んでいる証拠である可能性が極めて高いからだ。
「そこには……」
 ゴクリと生唾を飲む音が微かにする。
 彼らゼーレの諜報部門が、いよいよ“あの”東洋の魔人に一矢を報いる機会に胸を躍らせているのだろう。
「碇ユイが死去して後の、碇の女性関係の証拠が集められていた。」
 だが、続いてもたらされた情報が電気信号となって耳から脳に達しても、相手が内容を理解するまでに……いや、聞き返す事ができるまでに、しばしの時間を要した。
「……なんだって?」
「だから、そこに隠されていたのはヤツにとっての“浮気の証拠”だったって事だ。」
 もっとも、公表されたところで困るのはゲンドウだけだろうが。
 世間的には妻と死別してる男が誰と交際しようと、相手によっぽどの問題が無い限りは後ろ指を指す人間は少ないだろうからだ。そんなものをわざわざ用意するような人間は恐らく……いや、間違い無く、ゲンドウ本人では無く、ゲンドウが密かに妻…ユイを復活させようと企んでいると知っている程度には事情に通じている人物の仕業だろう。
 そんな理由でゲンドウを糾弾できるほどゼーレも人類補完委員会も暇では無い。
 しかも、チルドレンの心を壊す為の布石として敢えて放置していたとでも言い抜けられようものなら、ゲンドウの管理責任を問う事すらできないどころか、こちらの手の内を曝してしまう事になる。
「分かった。お前は引き続き調査に当たれ。」
 彼は、他のゼーレ幹部を探らせていた諜報員をネルフ本部対策に配置転換するべく頭の中で人選を始めながら、指示を下した。
 彼にこの情報をもたらした諜報員が、既にネルフ本部の手の者によって洗脳されていたと言う事実に気付かぬままに……。



 表向きの後始末を司令部の部下達に任せて司令公務室に引っ込んだゲンドウの所に訪れたのは、よれよれのワイシャツとネクタイをした男だった。
「言われた通りの事はやっておきました。……でも、本当によろしかったんですか?」
 自分のやった仕事の成果を誇るでも無く卑下するでも無く、だが流した情報の性質からみて一番迷惑を被るだろう人物に、加持は改めて訊ねる。
「問題無い(ゼーレの疑念を逸らす為なら、私がどう思われようと構わん。)。」
 しかし、ゲンドウは決済している書類から目を離さないまま言い切った。
 その程度の覚悟なら、とっくにできている…と。
「そうですか。……本部内の掃除と情報封鎖は完了してます。」
 第3新東京近辺で活動していた最後の諜報員…正式にゼーレや他のネルフ支部から派遣されている監査員達を制圧して洗脳した事により、これ以降は情報洩れが極度に少なくできるだろうと期待されていた。
 ただ、この状態が察知された途端に全面対決を余儀無くされるだろうが。
「ご苦労。」
「では、俺はこれで。」
 入って来た時と同じく普通の出入り口を使わず、加持の姿は司令公務室から消えた。
 加持が提出した報告書にゲンドウが目をやった一瞬の隙に。



 コンフォート17マンション3−C−05号室。
 シンジさんに連れて来て貰ったここが、今日から私が住む部屋です。
 いえ……『犬小屋』って言った方が良いのでしょうか。
 山岸マユミって言う淫らな牝犬を飼う為の寝床。
 シンジさんのペットになった事で頂いた、私の居場所。
「じゃあ、中を案内するからついて来てくれる?」
 碇さんの『ご命令』に、私は荷物をお部屋の玄関に置いていそいそとついて行く。
 どんな仕打ちが待っているのか、考えもしないで。

 まず、やってきたのは11−A−3号室。……シンジさんの部屋です。
 ここで私は着ている服を剥ぎ取られ、代わりにシンジさんの部屋にあったTシャツを着せて頂きました。このTシャツ…シンジさんのものにしてはサイズが小さくて、おまけに所々に大きな穴まで開いているんですが、文句を言ったら罰が当たりますね。
 あと、Tシャツだけではなく、リード付きの首輪まで着けて頂きました。
 もちろん、リードの先はシンジさんの手に握られています。
「じゃあ、挨拶回りを兼ねて散歩に行こうか。」
 シンジさんが何気に言い放った残酷な台詞に、私の下腹がキュンと鳴ります。
「はい、シンジさん。」
 逆らう事など考えもつきません。
 何故って、こういう扱いをされる事に私自身が興奮して、期待で胸を膨らませていますから。
 ……シンジさんに言われた通り、もう手遅れなんですね。
 その事実を再認識しただけで私はイッてしまいそうになりましたが、シンジさんがツンツンとリードを引いてくださった刺激で我に返ります。
 し、幸せ過ぎて死にそうです。
 リードで繋がれてる事も、それを引っ張られる事も気持ち良いんですから。
 おへそさえ隠せない頼りないボロボロの布切れを引っ張って前を隠すと、その代わりに後ろを歩いているシンジさんにお尻を全部見せる事になってしまいます。
 かと言って後ろを隠そうとすると、今度は前が丸見えに……。
 ああ、どうにかなってしまいそうです。
 すれ違う人達が私に注ぐ羨望の眼差しが、中火でトロトロ私の身体を芯から炙ります。
 こんなところを見られて恥ずかしいって気持ちが、気持ち良さに圧倒されて…いえ、恥ずかしささえもが気持ち良さに変化しているのが分かります。……シンジさんに連れられている今だけなのかもしれませんが。
 足の間から煮汁が零れて太股の上を垂れてゆく感触が、妙にはっきり感じられます。
 どうしよう。
 このままでは、我慢できません。
 いっそ、途中でシンジさんにおねだり…
「駄目だよ。全部回り終えるまで、おあずけ。……分かった?」
 見抜かれていました。
 酷い…酷いです、シンジさん。
 でも、身体を…心を炙る気持ち良さは、確実に火力を増していたのでした。
 私自身で鎮めるのが叶わない…いえ、鎮めようと考える事すらできない程に……。



 アルミサエルと名付けられる事になった第16使徒。
 この使徒が殲滅された後でも、避難指示が解除されない地区と言うのも存在した。
 仙石原から大涌谷…そして、強羅にかけての地域の一部である。
 そこで何が行われているかと言うと……
 使徒迎撃戦で使用された弾丸…とりわけ、不発弾の処理や回収であった。
 もっとも、第3新東京要塞では使徒迎撃戦に小型の炸裂弾は滅多に使わない為、広範囲に散らばった対人地雷じみた小型弾頭を人海戦術で落穂拾いする様な手間のかかる作業はしないで済む。
 また、劣化ウラン弾や生物化学兵器みたいな厄介な汚染物質を撒き散らす弾丸も使用していない為、特段の防疫処置や防護処置をしなくても大丈夫である。
 それもこれも復旧の手間をむやみやたらと増やさない為の配慮であったが、それでも被害は0にはならない。特に、今回のように『通常、使徒が侵攻して来ると予想されているルート』を外れた場合は、思いもよらぬ被害が発生していないとも限らない。
 ネルフ本部施設部に所属する職員達は、発令所から提供される情報を頼りに被害箇所を特定し、保安部と協力して付近一帯を封鎖し、使徒能力者と協力して次々と無害化していくのだった。
 補償金の支給に必要な、流れ弾などで出てしまった被害の査定を行いながら……。



 教えてもらった携帯電話の番号を登録してある短縮ダイヤルをプッシュする瞬間、俺の胸はいつもの如く張り裂けそうにドキドキする。
 トゥルルルルル…
 トゥルルルルル…
 呼び出し音が鳴る度に、ドキドキはドンドン高まっていく。
 トゥルルルルル…
 トゥルル…ガチャ
「もしもし、誰や?」
 気だるいハスキーヴォイス。
 ああ、生きてて良かった。
「あ、相田だけど……」
「ああ、ケンスケか。今時分何の用や?」
 怪訝そうに訊ねるカスミさんに、俺は勇気を振り絞って訊く。
「あの…その……あ、明日の事だけど…」
「悪い。明日は用事があるんや。」
 何処かに遊びに行きませんかと続けようとした俺の台詞は、カスミさんの返事ですっぱり断ち切られた。
 あ……
「話はそれだけか?」
「あ、ああ……」
「なら、切るで。」
 二の句が継げなくなった俺の事を知ってか知らずか、電話は切れた。
 ……まあ、俺でも切るよなぁ、この状況だと。
 でも、用事って何の事だろう?
 まさか……いや、そうとは限らないだろう。
 俺の思考が煩悶と焦燥のメビウスの輪に囚われてしまったのを、俺の理性は為す術も無く見ているだけだった……。
 俺自身じゃ、この思考の堂々巡りを止めようが無いってな。



 入居者全員への挨拶回りと各種施設の案内もようやく終わりましたが、私が待ち望んでいる“ごほうび”はおあずけになったままです。
 ごほうび、欲しいです。
 シンジさんの逞しくて太いアレが。
 欲しい……。
 焦らしに焦らされて、それしか考えられなくなった私に、
「良く頑張ったね。」
 優しく囁いてシンジさんが肉棒を突き刺して下さった時、
「あ、あぉ〜ん!」
 私は犬よろしく一声鳴いて気を失ってしまいました。
 ……とは、朝目覚めてシンジさんの隣に寝ていた私が、パニックになってしまって状況の説明を求めた時に聞いた話です。
 う。聞くんじゃなかったかも。
 ……淫乱女だって嫌いにならないですよね。
 怯えて震えている私の背をシンジさんの手が撫でると、ふっと不安が消えていきます。
 こんな私でも良いんだって言ってくれているような気がして、涙が出てきます。
 ……嬉しくて。
 私、シンジさんのペットになって良かった。
 朝陽が照らす心地良い熱が暖めてくれるお布団の中で、お日様に負けないほど暖かいシンジさんの心の波音を感じ、私は再びうたたねに引き込まれてしまったのでした。
 ペットとしては先輩だけど、学校では後輩のチカゲさんの隣で……。

 朝の食卓。
 テーブルに並ぶのは、炊き立ての御飯に、作り立てのおかず。
 シンジさん手作りの“ごちそう”に私達の咽喉がコクンと鳴ります。
 前はシリアルな朝食が多かったので、感激も一塩です。
 テーブルに着くのは、私とチカゲさん…シンジさんのペットである二人に加えて、何時の間にかやって来ていた綾波レイさんです。
 綾波レイさん…表情の変化が少なくて大人っぽく見えるけど、内面は凄く純粋な人。
 どうして、こんな簡単な事も分からなかったんだろう。
 相手に理解して貰うには、私も心を開く必要があったんだって。
 私が一方的に“見る”だけじゃ駄目だったんだって。
 だから、シンジさんに出会えて幸せです。
 大切な事をたくさん気付かせて頂きましたから。
「そう。良かったわね。」
 シンジさん以外にも、私の事を解ってくれそうな人と一杯出会えましたから。
「いただきます。」
 一人で食べるのじゃない御飯が、こんなに美味しいと気付かせてくれましたから。

「あ、もう行かなきゃ。」
 午前8時にもなっていない時間。
 それより何より、今日は日曜日の筈です。
 何処に行くんでしょうか?
 え? 学校ですか?
「そう。もうそんな時間。」
 綾波さんは分かっている様子です。
 いったい、学校に何の用事…
 え? バレンタインのチョコの受け渡しですか?
 学校借り切って?
 凄い……と言うより言葉もありません。
 あ、チカゲさんまで準備してる。
 私も、私も行かないと……いえ、行きたい。
「あ、あの…その……」
 でも、行きたいけど、制服のお洗濯が終わってないし……
「大丈夫。今日は私服でも。……他校の人も入れるんだし。」
 あ、それなら少し安心ですね。
 なら、急いで支度しないと。
「そうだね。髪に付いてるのとか洗った方が良いだろうし。」
 え?
「授業は無いから、お風呂に入ってからゆっくり来て良いよ。」
 ……やっぱりシンジさんは意地悪です。
 優しくて、とっても意地悪です。
 せっかく一緒に登校できると思ったのに……
『大丈夫、これからはそういう機会は何度もあるよ。』
 シュンと俯く私に、シンジさんがそう微笑んでキスをしてくれました。
 こんな事だけで全部許せてしまうなんて、我ながら安上がりですね。
 でも、良いんです。
 とっても幸せなんですから……。



 その頃のネルフ本部。
「あれ? 先輩は行かないんですか?」
 連日の泊まり込みで連休を獲得したマヤが、同じく有給休暇が貯まりまくっているだろう先輩で上司のリツコが仕事の手を休める様子が無いのを見て訊ねる。
「これが終わったら行くわ。先に行ってて。」
 妙に大きい包みを背負ったマヤの方を見もしないで答えたリツコは、ノートパソコン型の端末のキーボードをリズミカルに叩く。
「はい。」
 実に素直にトテトテ立ち去る足音を聞きながら、
『そろそろ帰省して、あの子とおばあちゃんの顔を見ておくのも良いかもね。』
 リツコは実家に残してきた飼い猫と祖母の事を、実に久しぶりに思い出していた。
『母さんの墓参りは、当分必要無いけどね。』
 墓参りなど、墓どころかマギ・カスパーに宿っている母ナオコには嫌味にしかならないだろうし。
 ただ……
『無理ね。……今のゴタゴタが治まるまで。』
 様子を見に行きたくとも、その行為そのものが祖母らに尋常でない危険を招き寄せる契機になりかねないのを改めて思い起こし、リツコは望郷の念を封印した。
 幾ら影の護衛を何人かつけているとは言っても、ゼーレや日本政府が本腰を入れたら守り切れないだろうから、余計な注意を招き寄せるような真似はするべきでないのだ。
「無様ね……。」
 使徒と融合し、人の身には過ぎた力を振るう事ができても、所詮はこの程度。
 万能にはほど遠い能力の範囲内で、やれる事をやるしかないのだ。
 それが、やりたい事、やるべき事のほんの一部でしかなかったとしても……。



 予想を超える光景だった。
 僕の下駄箱からはカラフルな包装の端々が見え隠れして上履きを押し潰しているし、早めに来たんだろう人からはチョコを差し出されるし……。
「あの……ありがとう。」
 受け取ったら受け取ったで、その人は…もう3人目だけど…ふらっと倒れるし。
 もう、どうして良いんだか。
 しかも、長蛇の列ができつつあるし……
「え、えっと……あの……教室でって事で良いかな?」
 少なくとも、ここでなし崩しに始める事になるよりは良いに違いない。
「あと、この人達を保健室に運ぶの、手伝って貰えるかな?」
 僕は持参の紙袋に綺麗に包装された包みを移して上履きを掘り起こしながら、こっそり溜息を吐いた。
 ……今日も大変な一日になりそうだって。

 綾波とチカゲに手伝って貰って倒れた人を保健室に運んでから2年A組の教室に行く。
 保健室でも一個…シガレットチョコを一箱…貰ったけど、のんびり相手をできる時間は残念ながら無い。……今日の裏方さんには後で何かお礼をしよう。
 で、その教室の方だけど……
 一言で言うと、凄かった。
 いや、廊下の片側に2列に並んだ女子が…制服が違う娘がいるから、多分壱中の生徒だけじゃないんだろうけど…ズラっと並んでいるのも壮観なら、クラスメイトのほとんどが既に勢揃いして列の整理を担当してるなんてのも目を疑いそうになる光景だ。
「あ、シンジくん、おはよう♪」
 僕に気付いたのか、人垣を整理していたマナが手を振って挨拶してくる。
「お、おはよう。」
 自分でもちょっと引き攣ってるかなぁ……って、表情だっただろうけど、それは次の瞬間の出来事を予感していたからかもしれない。
「「「「「「「「「「おはようございます! シンジさん!」」」」」」」」」」
 その場にいた全員が声を揃えて一斉に挨拶してくれるなんて、1年前の僕からすると夢みたいな場面を。
 強くて暖かくて激しい想いの波が、鼓膜だけじゃ無く心まで震わせてくれる。
 だから、僕は精一杯の笑顔で返す。
「おはよう、みんな。」
 って。


 列をなして並んでいる女性陣を眺めつつ、相田ケンスケは実に居心地の悪い、場違いな空気に責め苛まれ、悶々とした思いをたぎらせていた。
『くっ、どうして碇ばっかり…碇だけ……俺も……俺もエヴァのパイロットだったら、アイツと同じように……いや、それ以上にモテるだろうに。』
 女子の大半から明らかに邪魔者、異物としてしか認識されていないだろう彼が、何故に手に汗握るプレッシャーに気圧されながらも自分の席と言う橋頭堡に踏み止まっているかと言うと、今年は微かな期待があったからだ。
『鈴原カスミさん。
 いいとこのお嬢様みたいな外見と気さくな態度を兼ね備えた素敵な人。
 初めて会って以来、何度も俺のデートの誘いを受けてくれてる人だ。
 今年こそは……いや、今日こそは告白してくれるに違いない!』
 得手勝手な想像を膨らませ、邪険な空気を物ともせずにニヤニヤ笑いを浮かべているケンスケの目の色が変わったのは、シンジが中座して小用に立った時だった。
『何だって!』
 ガタンッ!
 音立てて立ち上がった彼に集中した視線の圧力に押され、再び椅子にへたり込む。
 だが、彼は見た。
 見てしまった。
 自分が思い描いていた夢想に刺さった一本の棘を。


 と、シンジに関連する事ばかり書いていたが、この学校に通っている男はシンジとケンスケだけでは無いし、女子生徒の全員がシンジに気がある訳でも無い。
 現に2年A組を除く各学級では、既に成立しているカップル同士が互いの絆を確かめていたり、新たなカップルが成立していたりする。……中には修羅場ってたり、意中の女性からチョコが貰えなくて影で泣いていたりする連中もいるようだが、そこらへんは普通の学園風景とさして変わらない有様であった。
 まあ、バレンタインチョコの受け渡しって理由だけで日曜日に学校を開けるような中学校は、世界でもこの学校ぐらいだろうが。
 そんな微妙に浮ついた雰囲気の学校の中を、シンジは何とはなしに浮かんでくる微笑みを隠さずに歩いていた。
 何時まで続くか分からない平和を、肺一杯に堪能しつつ……。


 その碇シンジ不在の2年A組の教室の中は、一種不穏な空気が漂っていた。
 別にケンスケが用意していたカメラがバレて袋叩きに遭っているとか、シンジのファンが痴話喧嘩を勃発させて厳戒体制が敷かれていたと言うのでは無い。
 いや、ある意味、痴話喧嘩と言うのは近いかもしれない。
 何故ならば……
「あのっ! あのあのあの…お姉様と呼ばせて下さいっ!」
 ドンガラガッシャーン!
 ケンスケ御執心の鈴原カスミ嬢が、下級生の女子生徒に迫られてたじろいでしまっていて、それを切っ掛けに教室中の空気が凍りつくような緊張感が広がったのだ。
「マ、マジ…か?」
 椅子ごとひっくりこけてズレた眼鏡を直し、目をゴシゴシ擦って見直すケンスケであるが、見間違いでも白昼夢でも無いようだ。
 思わず受け取ってしまったカスミの顔に喜色が浮かびかけるが、すぐに落胆の溜息が漏れ出してくる。
「あのな……ワイら、女同士なんやで?」
 心底困惑しているのが傍目からでも分かるカスミであったが、
「はい。ですから、お姉様って……」
 お下げ髪の少女は腰が引けてるカスミが半歩下がれば一歩前に出る。
「せ、せやからな……お、そや。お前さん、確かセンセの…シンジのファンクラブの会員や無かったか?」
 ようやく記憶の片隅から脱出材料を引っ張り出したと思ったのも、束の間。
「はい。ですから、御二人は私の憧れなんですっ!」
 目をうるうるキラキラさせて更にズズイと詰め寄られては、流石のカスミと言えど大ピンチである。
『くっ……これが男相手なら、力尽くで幾らでも脱出できるんやが……』
 女相手ならそうもいかん……と、助けてくれそうな人を捜す。
『アカン。委員長もハルナも霧島も惣流もおらへん。……後、誰か助けてくれそうな人はおらへんか?』
 すがるべき藁を目だけをチラチラ動かして探すカスミであったが、強硬突破を躊躇っているうちに事態はドンドン悪化していた。
「あっ! ミドリずるい!」
「抜け駆けしてる〜!」
 列の後ろの方にいた女生徒までが事態を聞きつけて参戦して来たのだ。
「うおっ!(なんや、今朝下駄箱に入っとったチョコって冗談や無かったんか!?)」
 できれば男だった時に欲しかったなどと役に立たない事を考えつつ三方から壁際に追い詰められるカスミを見て、ケンスケが決然と立ち上がる。
「うおおおおおおおおおおおお!!!!」
 いきなり雄叫びを上げ血走った眼で突っ込んで来るケンスケの勢いに、包囲網の一角があえなく崩れ去る。
「ナイスや、ケンスケ!」
 百合希望…いや、むしろ両刀希望と言うべきかもしれないが…の女生徒達が自ら身を引いた綻びに向け、カスミは膝のバネ全開でスタートダッシュをかます。
 それはもう、人の目が見えても認識できない程の初期加速で。
「え?」
 豊満な胸に真っ直ぐダイブっ! と言う勢いをいともあっさり躱され、包囲していた女子に激突する寸前で急ブレーキをかけたケンスケは、そのまま教室を逃げ出したカスミを追って自分も踵を返して駆け出した。
 騒然とする教室を後に……。



 第3新東京市地下に広がるジオフロント。
 その中央に位置するネルフ本部基地の、更に地下深く。
 漆黒のピラミッド状構造物の隣にある蓋がされた巨大な縦穴。
 それに面した窓を持つ一室…司令公務室の扉が開いた時、入室して来た男は自分の執務机の上に乗っている小さな箱の山を見て思わず身構えた。
『何だ、これは? ……まさか、爆弾?』
 息子にも受け継がれたであろう察しの悪さを遺憾無く発揮して保安部を呼んで調べさせようとするが、内線電話の受話器に伸ばした手をハッと止める。
『駄目だ。……この部屋には機密が多過ぎる。下手に人を呼ぶ訳にはいかん。』
 どうやら、包みの山の正体について勘付いたのでは無いようだ。
『あの男に調査させようか? いや、万一の事があっては取り返しがつかん。』
 報酬の高さもさる事ながら、加持が今現在行っている仕事を代行できる者など今のゲンドウ側陣営にはいない。
 その意味では、ゲンドウ自身よりも掛け替えが無いとも言える存在と言えた。
「(だが、調べてみる価値はあるな。)私だ。司令公務室の警備記録を精査しろ。」
 改めて受話器に手を伸ばしたゲンドウは、マギに入室記録のチェックを命じた。
 だが、ゲンドウは全く気付いていなかった。
 今回は、そのマギを疑ってかからねばならないのだと言う事を……。



 命からがら校舎を逃げ出したカスミと、それを追って走って来たケンスケは、裏手の林の中でよやく足を止めた。
「こ…ここまで来れば大丈夫やろ……。」
 息は切らしていないが全身にびっしり冷や汗をかいているカスミの呟きに、
「……はぁっ……はぁ………そ、そう…かも……ね…………」
 汗だくでふらふらのケンスケが息切れの合間に答える。
「ホンマ、今日はありがとな。じゃ、ワイはほとぼり冷ましてから帰るわ。」
 手をヒラヒラ振って立ち去ろうとするカスミのスカートの裾を、ケンスケは必死で掴んで止める。
「ま………まっ…………て……………」
 痰が絡んでカラカラの咽喉から切れ切れの声を絞り出して頼むケンスケの姿に、カスミも義務的に出そうとしていた悲鳴を飲み込んで制止した理由を尋ねる。
「何や? 何ぞ話でもあるんか?」
 残酷なまでの察しの悪さではあるが、それも仕方ないかもしれない。
 かつて、洞木ヒカリに思いを寄せられていたと言う事すら全然気付かなかった、筋金入りの鈍感男だったのだから……。
 ハァハァとしばらく息を整えるのに専念していたケンスケは、目下で最も気になっている重要事項について、対象本人に直接質問をぶつけてみた。
「カ、カスミさん…お、俺の分は…………?」
 2月14日、聖人の活躍の逸話を利用した日本の菓子業者が広めた告白記念日の象徴である“それ”の事に言及しているのだが、カスミは鳩が豆鉄砲を食らったが如くにしばらくポカンと口を開けて押し黙った。
 しかし、ケンスケが不安に押し潰されて重ねて訊ねる前に、カスミはポンと手を打って何やら晴れ晴れした表情になった。
「すまん、忘れとったわ。義理で良いなら今から用意したるけど、どないする?」
 だが、ポロッと口走った本音は、単なる罵詈雑言にも増してケンスケのハートをグサリと傷つけた。
 ケンスケの脳裏を彼にとって最悪の想像がぐるぐると回り、高まった胸の内圧が彼に更なる質問を吐き出させる。
「じゃ、じゃあ…まさか……あいつに……碇の机に忍ばせていた包みは……」
 もう中途半端で止まる事はできない。
 何故なら、ハッキリと言い切ってしまったから。
「なんや、見取ったのか。恥ずかしいわ。……そうや、あれが本命チョコや(ハルナがうるさかったし、渡さへんと今夜のパーティーに参加できへんらしいからな。)。」
 しかし、読者の皆さんには既に御理解頂けているとは思うが、結果としては無惨な玉砕に終わる事になってしまったのだった……。
「なんで、あいつが…あいつだけが! 何で俺を好きになってくれなかったんだ! 俺ならアイツみたいに浮気はしない。カスミさんだけがいれば良い!」
 しかし、そう言われて後に引けるものでもない。
 たぎる熱情の炎を全開噴射でカスミと恋のランデブーを狙うが、
「……すまん。ケンスケは、気の合う友達としてしか見れないんや。」
 そもそもの軌道平面が違っていた。
 つまりは、相手に求める想いの形が完全に食い違っていたのだ。
「そんな! なんで、俺じゃいけないんだよ!」
 血を吐くように叫ぶケンスケからカスミが視線を外し、頭を下げる。
「……すまんのう(センセ以外の男とそういうことするの考えただけでも、えらく抵抗あるからなぁ。)。」
 だが、ケンスケが求めているのは謝罪などでは無かった。
『あ、謝るなよぉ…。惨めになるじゃないかぁ……』
 求愛を受けて貰う事であった。
『……しかも、相手がケンスケやし。いまさら異性として見ろと言われても困るわ。』
 しかし、それは無理な相談と言うものである。
 何か決定的に関係が変わるような切っ掛けでも発生しなければ……。
 ちょうど、シンジとの関係が劇的に変化した時のように。
「アイツと……シンジと俺のどこが違うんだよ! 何でアイツなら良いんだ!」
 それでも納得できないモヤモヤを糧に突き進むケンスケは今更止まれない。
「センセは…シンジはな、ワイと妹の恩人なんや。シンジがいてくれへんかったら、今頃ワイも妹もこの世にはおらんかったんや。それだけやない。ワイの身体は、それこそ髪の毛一本から爪の先まで全部シンジの為の物なんや。やから……」
 自ら求めて更なるダメージをもたらす言葉の集中砲火を浴びてゆく。
 そして……
「もう良い!! もう良いよ!!!」
 遂に咽喉も裂けよと絶叫を上げ、ケンスケは逃げ出した。
 いたたまれなくなって、惨めさで涙を滲ませて。
「あ……」
 ケンスケは、駆け出した。
『アホかワシは。……今更、何て声かけてやれるっちゅうねん。』
 今までの生活に背を向けて。
 こけつまろびつ林の中を、どこへ向かうともなく。
 ただ、ここから離れようとして。
 今まで浸っていた幸せな夢想を駆け足で振り切ろうとするが如くに……。



 ちょっとした騒動に見舞われた教室内も、シンジの帰還と共に平静を取り戻していた。
「え…と……何かあったの?」
 ケンスケが“いた”席を指差して訊ねるシンジに、
「いえ、特に変わった事はありませんでした。」
 澄ました表情で答える中ノ沢ミドリ。
 まあ、彼女にしてみればたいした騒動では無かったのであろうし、他の者達も彼女らの基準で特筆するような事があったとは思ってはいなかった。
 ただ、邪魔者が少し騒いで勝手に出て行っただけ……哀れな事に、その程度の認識しかされていなかったのだ。
 しかも、
「ねね、シンジ様。ミドリったらカスミさんに迫って逃げ出させたんですよ。」
「え?」
 そんな事よりも、
「『お姉様って呼ばせて下さいっ!』って。」
 よっぽどインパクトの強い出来事があったので、忘れ去られてしまっていたのだ。
「ええっ!?」
「あ、勿論、シンジ様の事は好きですし尊敬してますしお傍にいさせて貰って嬉しいんですけど、お姉様はお姉様でとっても素敵なんです。」
 ミドリの言い訳は、シンジの認識を遥かに超える言い草ではあったが、シンジ当人も他人の事をとやかく言える立場では無い。
「そ…そうなんだ……」
 ここで困惑しながら曖昧に微笑んだ事で、容認されたと解釈した者達が、この先多くのそういう関係を彼の恋人達の中で結んでゆく事になるのだが、そこまでシンジには読めなかった。
「はいっ!」
 ただ、誰とどういう関係を結んだとしても、彼女らの全員がシンジに身を捧げ、シンジの為に尽くし、シンジの為に生きる事を第一の悦びとし続けた事だけは確かであった。
 彼女らの肉体のみならず、魂にまでシンジの白濁の烙印が押される事を望んだ日から、それは変わる事の無い真実として心の奥に君臨し続けていたのだから……。



『むう。侵入の形跡が無いとは……よほど腕の良いスパイが潜り込んだのか?』
 ネルフ総司令 碇ゲンドウは、技術部から借り出した重装防護服“ギルガメス”の試作型を着込んだ完全防備姿でウウムと首を捻った。
『だが、この装備なら、よもや爆弾があったとしてもどうにかなる。』
 ギルガメスとは、対使徒戦用特殊防護服“プラグスーツ”の発展強化型で、30o機関砲の直撃に楽勝で耐える上に危急の時には電磁バリアを緊急展開する物理防護性能とNBC防御能力を兼ね備えた究極の歩兵防護服と言うべき装備である。
 試作型と言っても動き易さと生産性で量産型に劣っているだけで、防護能力としては寧ろ優位にあるスーツは、中に封入されているのが反物質爆弾でも無い限り命を守ってくれるだろうとゲンドウは大真面目で計算していた。
 包みの大きさが、核爆弾やN爆弾を入れるには余りに小さかったからだ。
 同じく技術部から借り出した爆発物探知機を手に、ゲンドウは慎重に歩を進めてゆく。
 ヘルメットのバイザーに設けられている戦闘情報ディスプレイに、警備用の赤外線レーザーセンサーや感圧センサーなどを表示させ、不審なセンサーが追加されていないかどうか確認する。……ブービートラップなどの有無を調べる為に。

 そして、3時間ほどが経過した。
『むう。隠しカメラも毒針も爆弾も仕掛けられていないとは。これは、ますますあの包みが怪しい。』
 広い司令公務室を最新機械の力を借りながらも独力で捜査し終えたゲンドウは、いよいよ問題の包みの山の調査に乗り出した。
『爆発物の反応は……無し。アンチマターの保持に必要な磁場も計測されず……か。とすると、中身は何だ?』
 ここまでやって、ようやく開けても大丈夫そうだと見て取ると、ゲンドウはスーツを着たままで包みの包装紙を破り出した。
『数は5個……包みの色は赤、青、白、緑、紫……か。』
 その包みから出て来た平べったい直方体の箱には『St. Valentine’s Day』と言う文字が描かれていた。
『まさか……毒殺か!?』
 おひおひ…と言いたいほど察しが悪い男だが、これでも至極大真面目である。
 ユイが眠り、ナオコが死に、リツコを捨てた自分にはチョコレートを貰う心当たりが無いと本気で信じているのだ。
『技術部に装備を返却しに行くついでに、分析を頼もう。』
 耐爆ケースにチョコの箱を5個全部詰め、ゲンドウは司令公務室を後にした。
 これから戦場に赴くように見える、物々しく厳しい姿のままで……。



 カスミが2年A組の教室に戻って来た時には、教室中がピンク色のオーラに汚染されているかの如くに感じられるようになっていた。
『な、なんや、これ?』
 抗い難い誘惑と微かな抵抗感がほんの僅か拮抗し、教室の扉をくぐろうとしたカスミの足が止まる。
 が、
「どうしたの、カスミ?」
 心配そうなシンジの眼差しがカスミの瞳を真っ直ぐ射抜いた時、胸中に抱いていた逡巡は淡雪の様に消え去った。
「なんでもあらへん。」
 今はかける言葉が無いのなら、また会う時の為に笑えるようになろう。
 ……友人として。
 そう心に決めたカスミの顔からは、さっきまでの懸念が払底されて晴れ晴れとした笑顔が浮かんでいた。
「そう。……良かった。」
 カスミが陥りかけていた後悔の泥沼から抜け出たのを見ただけで追求を止めたシンジであったが、今少し深く突っ込んで聞いておくべきだったかもしれない。
 いや、もう既に遅かったのかもしれない。
 選び取られ、転がり始めてしまった運命の糸車をどうにかするのには……。



 着の身着のまま第3新東京市立第壱中学校の敷地どころか第3新東京市そのものまでも飛び出した相田ケンスケは、傷つき血を流し続ける心を抱えたまま列車に揺られていた。
『何やってたんだろ、俺って……。勝手に舞い上がっちまってよ……。』
 愛用のカメラを持つ手には何も無く、ただ固く握り締められ白くなっている。
『あんな人が俺を好きになってくれるはず無かったんだよなぁ……。』
 何処かにぶつけたのか眼鏡のフレームは曲がり、プラスティックレンズが歪んだ枠に辛うじて引っ掛かっている。
『馬鹿だよな、俺。俺みたいな一般人がエヴァのパイロットと張り合おうだなんて、どだい無理な話だったんだよな。』
 手足を始めとする幾多の個所に負った生傷にすら気付く余裕が無いほどに思い詰めた彼の視線は、前を向いていながら真正面にある椅子もロクに認識していない。
『はぁ……俺もエヴァのパイロットなら、こうはならなかったんだろうなぁ。』
 段々と論法すら怪しくなり始めている思考の迷路にどっぷりとハマってゆくケンスケの注意力は常の半分……いや、10分の1以下に成り下がっていた。
 だから……
 途中の駅から乗って来た客の一人が密かに何処ぞに連絡していたのも、自分と同じ駅から乗って来た客の注意が自分を含めた車両全体に注がれていた事も気付かなかった。
 今の彼には、些事だったのだ……。



 そして、舞台は再びネルフ本部に移る。
 赤木リツコ博士直々に『健康に害になる成分は含有されていない。』との太鼓判を捺してもらったゲンドウは、5個の箱を前に悩み悶えていた。
『むう。毒物でも無いとは……まさか、本当に、私にチョコレートを渡す人間がいると言うのか!? いや、それでは入室記録が無い理由が分からん。』
 だが、こうして悩んでいても仕方が無いとの正しい結論にようやく達し、自分の手で初めて箱の中からチョコレートを取り出した。
 まずは赤い包みに入っていたチョコであるが、大きく『家内安全』とホワイトチョコで描かれた濃茶色の板チョコであった。
「これは……」
 味は普通のミルクチョコレート。
『……まさか、ユイか?』
 推測は声に出さずに、口の中でチョコの欠片と一緒に溶かす。
 ……この用心深さが後で功を奏するのだが、今は割愛する。
 次にゲンドウが開いたのは青い包み。そこに入っていたチョコレートは、真っ二つに割れているハート型で、青い文字で大きく『義理』と描かれていた。
『こ、これは……』
 口に入れると砂糖を増量してあるのか妙に甘ったるかったのだが……何か粒々が舌に当たった次の瞬間、山葵の辛味が脳天に突き抜けた。
「ぐ、ぐおっ!」
 思わずむせてしまうが、司令公務室に飲み物類は常備されていない。
「くっ……誰だ、こんな事をしたのは……」
 ここまでの事をされる心当たりは……残念ながら、ある。
『もしや、これは赤木君か?』
 チョコレートで暗示されたメッセージから言っても、彼女が一番ありそうである。
 もっとも、彼が知らない誰かの仕業と言う可能性も捨て切れないが。
 ようやく口の中が落ち着いてきたところで、3つ目の箱…白い包みに入っていたチョコレートを取り出す。
 それは何の変哲も無い市販の板チョコで、『感謝』と印刷された紙が同梱されていた。
『これは……』
 やはり市販の物そのままのミルクチョコレートで、妙な仕込みは無いらしい。
『……同一犯の犯行か? いや、それにしては統一性が無さ過ぎる。しかし、ここの警備をかいくぐって侵入し、この包みを置いて出て行ける者など限られている。』
 後であの男に首謀者を吐かせようと心に誓い、勢いに任せて次の箱を開ける。
 緑の包みの中から出てきたのは、見事なハート型のチョコレートだった。
 ただし、真っ赤な文字で『怨』と真ん中に一文字でかでかと描かれているが。
「む、むう……」
 見た目にもおどろおどろしいチョコレートを惰性で口の中に入れてしまった時、ゲンドウは珍しく激しい後悔が腹の底から噴き出して来るのを自覚した。
『分かっていた、分かっていた筈だ! こうなるって事は!』
 心の中で絶叫するが既に遅し。
 赤唐辛子とマスタードの辛味とコーヒーの絞り粕の渋味をミルクチョコレートの甘味が絶妙に引き立てて、ゲンドウの舌と咽喉を焼いた。
『ぐおっ! み、水! 水っ!』
 咽喉を押えて苦悶する事数分。
 ようやく動く元気を取り戻したゲンドウは、贈り主を詮索する気力も無く、水を飲むべく司令公務室を後にした。
 残り一個を手付かずで残して……。



 暗い部屋に浮かぶ見えない会議卓に着く5人の老人。
「籠の鳥が一羽、籠から抜け出したそうだ。」
 薄ぼんやりと光る老人の一人が、卓に着く他の老人に話し始めた。
「この時期にか? 無用心な事だ。」
 人類補完委員会。ゼーレが表舞台に介入する時の姿である。
「番犬はついてるそうだが、な。」
「で、どうする? 確保しておけば何がしかの役には立つだろうが。」
「最悪でも、槍の切れ味の実験台ぐらいにはな。」
「それに、碇の叛意を確かめる良い機会だ。アヤツが籠に置き続けさせた鳥を素直に手放すかどうかで、我等に従うかつもりか否か分かるのではないか?」
「素直に渡したとて、碇が怪しいのには変わらん。無意味な茶番だよ。」
「だが、更迭の理由にはなる。……断れば、の話だが。」
「しかし、確保すると言っても拉致同然ではヤツに介入の口実を与えてしまうぞ。」
「それを防ぐには、鳥を説得するしかあるまい。」
「説得か。」
「乱暴をしなければ番犬も動けまい。それでも動くようなら……」
「碇の首を……か。」
「さよう。現状取り得る最も効率の良い手段だよ。」
「では、この件は君に一任する。上手くやりたまえ。」
 議長席のキールがイギリス代表に任せると裁定し、臨時の委員会は閉幕した。
 影の主役、碇ゲンドウの出席が無いままに。



 それは、一言で言えば『異様』であった。
 40人が授業を受ける教室に所狭しと100人を超えるお年頃の少女達が詰め込まれているのは良いとして、その全員が肌を鮮やかな紅に染めて、盛りのついた牝の薫りをプンプンと立ち昇らせているのは。
 まあ、それだけならシンジに関してはいつもの事と呆れながらも納得できたであろう。
 先生やネルフ職員のような大人の人間や保健室に運ばれた筈の連中が何時の間にか参加しているのも、ご愛嬌だ。
 しかし、ぐったりと座り込んだり倒れ込んで上下の口からよだれを床に垂らしまくっている女性達の“着衣が乱れた跡が無い”と言う事が、異様さの最たるモノであった。
 そう。
 今日、碇シンジは、ここにいる女性達にキスどころか、手を触れることさえ無く全員イカせてしまうという偉業を成し遂げてしまったのだ。
 ……やって嬉しい事かどうかは置いておくが。
『そう言えば、コダマさんとか、ノゾミちゃんとか…友達連れて来てたよなぁ……彼女らも巻き添えにしちゃったのかな……。』
 しかも、初対面の相手まで居たにも関らず……だ。
 シンジが重い目蓋を何とか押し上げ、軋む首を横に向けると、愁い一つ無い安らかな寝顔で床に転がっているノゾミの同級生達がよそ行きの晴れ着をドロドロの体液に浸して眠り込んでいる。
 また、視線を別の方に向けると、カティーやミサト達ネルフ本部勤務のスタッフ達に混じってピンク色した怪獣の着ぐるみがペタンとうつ伏せに倒れて動かなくなっている。
『あれは……マヤさん?』
 シンジが意識を向けた途端、ぐったりうつ伏せに倒れていた怪獣の尻尾がピコピコ動いて……再び動かなくなった。
 既に息苦しいほど濃密な女蜜の匂いが、更に濃度を増す。
 心の一部が繋がっている感覚が、甘くて後戻りできない深淵へと誘う。
 しかし、より深く、より密接に繋がる道に潜んでいる破滅のイメージが綾波のクローン達の姿で現れ、シンジは危うく寸前で踏み止まった。
 全てが渾然一体となって自我のカタチを失い、画一化されてしまったヒト…いや、ヒトだったもの。皆をそんなモノに変えてしまう危険を、ダミープラントで見たレイ達の姿が教えてくれたような気がしたのだ。
『僕のATフィールドの中にある皆の心…そのカタチ……ATフィールド。これをどうにかしちゃったら、僕がそのヒトを殺したも同然になるんだ。』
 シンジが展開してしまっているATフィールドの中で溶けて消えてしまわないよう皆の心を優しく抱き止めると、全員の口から陶然とした吐息が漏れる。
『な、何とかATフィールドを制御…終息させなきゃ……』
 気を抜くと暴れ馬と化して何もかもを消し飛ばしそうな力の手綱をシンジが無理矢理抑え込んでいる最中、悦楽の暴風雨に晒されつつ何人かが動き出した。
「何やってるのよ、バカシンジ!」
 ガクガク言う膝を両手で掴んで立ち上がる惣流・アスカ・ラングレーと、
「シンジくん、しっかり!」
 ヒクヒク蠢く女体の茂みを掻き分け、匍匐前進してくる霧島マナと、
「私にできる…事はあるか?」
 言う事を聞かない身体に鞭打って身を起こしたカティー・ジーベックと、
「ったく、シンちゃんたら手加減下手なんだから。」
 苦笑を浮かべつつも、改めて扉の施錠を確かめている葛城ミサトと、
「シンジ様、お気を確かに!」
 精神に関る力を本領としているせいか、どうにか意識を取り戻した能代ショウコが。
 強力なS機関を身に備え、圧倒的なATフィールドの奔流に辛うじて抗って行動できるだけの精神力を持ち、……なおかつ、シンジから与えられる悦楽責めにある程度耐性がついている者。そんな女性達が。
「み、みんな……シンジ君と直接やるのよ! 今回のも今までと似たようなものなら、それで治まる筈だわ!」
 施錠したついでに扉と窓に防音・防弾・防衝撃シャッターを下ろしたミサトは、そう作戦指示を叫んだことろで気力を使い果たし、リノリウム張りの床にへたり込んで足下に池を作ってしまったのだった。
「ったく、簡単に言ってくれちゃってさ。」
 ボヤきつつスカートごと下着を脱ぎ捨て、既に準備完了している花園に肉槍を迎え入れようとしたアスカだったが、これが失敗だった。
「あ…あうっ!」
 幾ら“力”を司る使徒ゼルエルの打たれ強さを得たとは言えど、シンジに見られる事は未だにアスカの急所だったのだから。
 案の定、倍加した悦楽の大津波に巻き込まれたアスカは、御同輩が死屍累々と快感に悶えて転がっている女肉の海に轟沈した。
「ア、アスカっ!」
 シンジがATフィールドを局所的に操って倒れるアスカの身体をそっと床に下ろしたのだが、それが結果的には止めとなった。
「ふわっ!!」
 あまりに強い快感に意識が焼き切れるのを防ぐ為、アスカの意識は途切れた。
 抑え切れない悦びを浮かべた表情ながらも、口元を悔しそうに噛み締めて。
「シンジ様、ご奉仕致します。」
 そんなアスカに注意が向いている隙に接近を果たしたショウコは、アスカの轍を踏む事無く口腔奉仕でシンジの鎮静化に挑む。
 座り込んでいるシンジのズボンのチャックとブリーフの二つの穴から顔を覗かせた黒い凶器に、四つん這いになった少女の赤く小さな舌がチロチロと舞う。
「あ…能代さん……」
 ズグンと黒い肉槍がただでさえ暴力的な太さと長さを2割増しするのを、今度は自分の女芯を直撃した快感の波にもまれながらショウコは見た。
『ま、まだです……シンジ様に御満足して頂かないと……。』
 夢うつつで決意を新たにするものの、それさえもが肉の疼きと心の安らぎの圧倒的な誘惑に流され、ただでさえ拙い舌の動きが余計にぎこちなくなる。
『こうなった…ら……咥え…はぅっ!』
 口を大きく開けてシンジのモノを受け入れようとしたが、そこが限界だった。
 無理を強いられていたS機関が高出力のATフィールドを維持できなくなり、シンジの放つ力で弄ばれて悦び悶える皆と同じ様に崩折れた。
 しかし、彼女らの犠牲は無駄では無かった。
 カティーが流体制御の力で床に溢れる恥ずかしい汁を操って道を作り、そこを通ったマナがシンジの注意が逸れた隙を突いて、とうとうシンジ自身に最接近したのだ。
「行きます!」
 この際だからと恥ずかしさをかなぐり捨てて、マナは自ら大股開きで腰を落とし、シンジのモノとドッキングする。
 無事に座位結合された腰を揺り動かそうとするマナに、シンジの注意が向く。
「マナ……」
 向いてしまう。
「シ、シンジくん……あぅっ!」
 マナの小ぶりだが形の良い乳房の上にある乳首がブラと制服と言う二重のバリヤーに阻まれてすら分かるほどピンと立って、脊髄を走る快感電流に背中が反りかえる。
『拙い……あれでは、持たない。』
 形勢不利と悟ったカティーは、気力を振り絞ってシンジの周りの床に溜まったよだれと淫汗と愛液を束ねてシンジの頭から浴びせる。
 更に肛門から別働隊を侵入させて前立腺を刺激する。
「……っ……これ…カティーさん?」
 しかし、ここまでだった。
 奇襲に支えられた僅かな優位は正体を看破された途端に強力な逆撃に遭って霧散し、カティーもまた恥ずかしくいやらしい汁と汗とよだれを噴き出して悦楽の海に沈んだ。
 だが、乙女達の頑張りは無駄では無かった。
「マ、マナっ!!」
 キュッと絞まるマナの狭い花園の奥の奥に、遂にシンジの肉槍から白濁の砲弾を吐き出させたのだから。
「シンジく…んっ!!」
 それによって、ATフィールドの制御をシンジに再び掌握させる事ができたのだから。
 これまでに味わった事の無いほど深い、達成感を伴った快感にたゆたいながら……。



 一方その頃、ネルフ本部発令所では……
「ATフィールド、安定しました。」
 青葉が事態がどうやら終息したようだと上司達に報告していた。
「そうか。第壱中学校に出している避難警報は解除。ただし、校内に入れるのはシンジ君の関係者に限定しろ。……それで良いな、碇。」
 冬月が慌てず騒がず出した事後処理の為の指示を、
「ああ。」
 ゲンドウは言葉少なに承認した。
 だが、いつもより僅かにゲンドウの声に張りが無い。
「……風邪か?」
 いつもこんな態度だから分かり難いかもしれないが、付き合いの長い冬月にはゲンドウが普通の状態では無いと気が付いた。
「問題無い。」
 しかし、彼でさえ、ゲンドウが辛子で口の中を火傷させ、うっすら浮かんで来る涙を堪えているのをサングラスでどうにか隠しているとまでは気付かなかったのだった……。



 暴走を止めるのを手伝って貰ってATフィールドの制御を何とか取り戻したシンジではあったが、彼の前に一つ困った問題が転がっていた。
「これから、どうしよう。」
 ATフィールドに溶けかけた状態でたゆたっている皆の事である。
 このまま単純にATフィールドの展開を止めれば心に深い傷を負いかねず、最悪心が肉体から剥がされて死に至ってしまうかもしれない。
 それを防ぐには、彼もそうだったように、自分自身を強く意識させるしか無い。
 その為の手段は……
「やっぱり、やるしか無いのかな?」
 肉体そのものに直接刺激を与え、自我を呼び覚ます事であった。
 まあ、ぶっちゃけ、いつもやってるように中出しするって事なのだが。
 その作戦の有効性は、先程中にいっぱい注がれたマナの精神がシンジのATフィールドと半ば融合している状態を脱しているのからも明らかであった。
「でもなぁ……」
 しかし、シンジが躊躇する理由がある。
 この女体の海で快感に喘いで溺れかけている中には、初対面だったり、まだ男を知らなかったりする女性が何人も混ざっているからだ。
 だが、シンジには躊躇する暇も許されなかった。
『このままだと、みんな持たないわ。』
『何人かの自我境界線が薄れかけてます。急がないと。』
 シンジが領する悦楽の海にたゆたっているままのレイとマユミが、自分が察知した危険な状況をシンジに知らせ、決断を促す。
 このまま座視していては、みんなが自我境界線を失い、生ける肉人形に堕ちてしまいそうだと。
「じゃあ、僕と“したくない”人は“嫌だ”って言って。……いや、念じて。」
 それでもシンジは自ら決断はせず、それぞれの判断に委ねた。
 否定的な念が返って来た人は、危険だけどそのまま復帰できるかどうか試そうって。
 シンジの発した問いに応えたのは……シンジを歓迎する心の声の大合唱だった。
 少しばかりの躊躇いは、初めての行為に対する不安を抱いてる数人だけ。
 その人達ですら不安をかき消すほどに大きな期待で心を一杯にしているのを感じ、シンジは覚悟を決めた。
 自我境界線の綻びが一番危険領域に近い女の子を選んで、彼女の足を優しく開く。
「太平ナナセ……ノゾミちゃんの友達だね。」
 シンジは慣れた手付きで手早く下着を抜き取って、
『うん。』
 二次性徴が出て来てから時間がそう経ってない幼い下半身を剥き出しにする。
「ここに来てくれて、チョコをくれて、ありがとう。……いくよ。」
 顔にも体付きにも似合わずテラテラした粘液で濡れている両足の付け根に、シンジのズボンから顔を覗かせているモノが狙いを定める。
『うん。』
 期待と喜びに満ちた返事の直後、指一本すら入らない無毛の丘の縦筋を割って、シンジの暴力的な大きさの肉槍が突き刺された。
『ひっ! ひぎぃぃ!!』
 容赦無くブチッと切り開かれ鮮血を噴き出した乙女の証に構わず、狭く浅い女穴にも構わず、シンジの肉槍は深く深くナナセと言う少女の未熟な穴を穿ってゆく。
 普通なら引き裂けてしまって取り返しのつかない事になる行為を、シンジはある確信を持って続ける。
 ……すると、
 その確信通り、シンジの肉槍はすっぽりナナセの中に納まった。
 おまけに激しかった出血もあっさり止まり、傷口はシンジと言うカタチを覚え込んだままで癒え始めていた。
「あ、あんっ! いい……いいよぅ……」
 シンジが腰を動かし始めると、両脇にまとめた髪を揺らして小柄な身体が弾み、心の口からではなく肉体の口から喘ぎが漏れ始める。
 小さな身体に見合った小作りの穴は、シンジのモノを受け入れるのが精一杯でギチギチ絞めるだけの単調さではあったが、懸命に受け入れてくれている事そのものがシンジの方のボルテージをも高めてゆく。
『時間が無いから、できるだけ早くイカなきゃ。……うっ。』
 そして、たっぷりと奥まで牡のエキスを注入されたナナセは、とても満足げな微笑みを浮かべた寝顔で沈没したのだった。
 シンジの心の領域の上ではなく、恥ずかしい体液塗れの教室の床の上に。
『はぁ……でも、全員かぁ……キツそうだなぁ…………』
 ようやく一人何とかしたシンジであったが、それでも休息なんて贅沢は許されない。
 彼を慕う女性達が、魂の危険に晒されながら彼の助けを待っているのだから……。



 少年は一人港の防波堤の上に立って海を眺めていた。
 入港する船を眺めていた。
 陸揚げされる戦車を眺めていた。
 戦自最強の陸上戦力との呼び声が高い第7師団の主力が到着するのを眺めていた。
 そして、その実、何も見ていなかった。
「はぁ、なんでこんなことになっちゃったんだろう。」
 好きになった人と来るつもりだった新横須賀港。
 セカンドインパクトの前は小田原と呼ばれていた街に作られた港。
 クレーンで貨物船から次々降ろされる90式戦車の部品も、珍しい96式自走120o迫撃砲の2列縦隊も、荷揚げ作業の防空任務を担当している87式自走高射機関砲の勇姿も、今の少年の心を動かすにはパンチ力に欠けていた。
「それもこれも、俺に力が無かったからだ。……チルドレンじゃなかったからだ。もしも俺がチルドレンだったら、俺がカスミさんを助けられたかもしれない。そうしたら、今ここで唇を噛んで潮風に震えていなくて済んだはずだ。カスミさんは俺を選んでくれたはずだ。そうだ、そうに違いない。」
 論理の展開は無茶苦茶で破綻しているが、少年の中では、今、それが真実であった。
「碇……シンジめぇ!!!」
 歪んだ眼鏡の歪んだ視界の向こうに見えるにっくき少年の姿に向かって石を拾って投げつけようと振りかぶったケンスケの後ろから声がかかる。
「君!」
 物思いに夢中になって周りに注意が向いてなかったケンスケは、不意を打たれて石を手からポロッと落とす。
「え?」
 振り返ると、引き締まった体躯の厳つい軍人と言う印象の男がモスグリーンの軍服っぽい服装をしてケンスケを見詰めていた。
「君は、なかなか見所がありそうだ。どうだね、我らがネルフ・イギリス支局でチルドレンをやってみないかね。」
 いきなりの直球な勧誘に、どん底に落ち込んで現実世界を見ていなかったケンスケの目のピントがいきなり回復する。
「じ、自分をでありますか!?」
「ああ。資質は充分なのに機会に恵まれないチルドレン候補者……候補者の少ない我が国では考えられない贅沢だよ。」
 いかにも頼もしそうな軍人風の男が手放しで自分を褒めてくれるのは、ケンスケのミリタリーヲタクの血と根性を燃え立たせてくれる。
「しかも、体力・技量・軍事知識…どれを取って見ても、現在の使徒迎撃戦のエースであるサードチルドレン 碇シンジよりも高い能力を持っている。それでも、サードがエースであり続けたのは……」
 そして、ケンスケが冷遇されてると感じている現状を批判する方向に話を運んでいる。
「……司令のコネ、ですか?」
 この状況で正しく冷静な判断を下せるほど、ケンスケは優れた戦士ではなかった。
 当たり前だ。
 戦士ではなく、ただの中学生であるのは彼の罪では無い。
 良く事情を知りもしないで羨望し、嫉妬をたぎらせ、猜疑を育てていたのも彼の罪と言うのは可哀想だ。
「正解だ。本来なら、君こそが使徒迎撃戦のエースである筈だったのだ。」
 ただ……
「そうか! そうだったのか!」
 彼の自尊心にとってだけ正しい答えに良く考えもせず飛びついた事。
 これこそが、彼の罪となろう。
「ネルフの総司令は、自分の息子を英雄にする為に、本来英雄と称えられるべき君の居場所を奪ったのだ。」
 勿論、嘘である。
 ゼーレはそこまであからさまな虚偽を認めるほど鈍くも無いし、寛容でもない。
 おまけに他に選べる人員がいたなら、ゲンドウもわざわざ愛息子に重い十字架を背負わせて使徒と戦わせるような真似はしなかったろう。
 当初はシンジを呼ばず、レイだけで使徒迎撃戦を進めようとしていたのだから。
「おのれ……おのれシンジぃぃぃぃぃぃ!!」
 しかし、そんな道理は憎悪に塗れたケンスケの脳裏に浮かび上がる事も無く、
「分かりました、これからよろしくお願い致します!」
 第3新東京市と言う“籠”を出た“鳥”は、眼前に現れた美味そうな餌にあっさり釣られてしまったのだった。影から彼を見守っていたネルフ本部所属の諜報員と言う“番犬”が介入する口実さえ与えずに……。



 初めての相手でも馴染んだ相手でも関係無く、短時間で気分を高めて白濁のマグマを胎内に注入するには単なる肉と肉の摩擦だけでは足りない。
 心を通じ合せ、確かめ合い、求め合っているからこそ、僅か数分でテンションを高めて愛しさの精髄を流し込む事ができているのだ。
 しかし、まだ足りない。
 今のシンジに可能な限りの早さで救助して回ってはいるものの、早くも破綻が見えかけていた。5人もの少女が同時に10分以内に危険域に突入しそうだと判明してしまったからである。……シンジが僅か10分で相手できるのは、せいぜい3人までなのだ。
『やっぱり、一人で全員を相手なんて無理だったんだ……。せめて、せめて僕が2人いれば……』
 誰を優先して助けるか、誰を見捨てるかと言うシンジにとっては究極の葛藤に見舞われた時、事態は急変した。
「「え? ええっ!?」」
 突如、シンジ自身の視界が二重になったのだ。
「「こ、これってどういう事?」」
 思わず口を突いて出た自分の叫びは、自分の頭で反響しただけでは無く、
 右の耳から
 左の耳から
 聞こえた。
 反射的に声のした方を顔ごと向けて見る。
 右に
 左に
 そうしたら……
「「ええっ!!」」
 シンジは、シンジ自身の顔を見返していた。
「「か、鏡じゃないよね?」」
 鏡は無い。
 だが、鏡写しの如く似ている姿の自分は、やはり自分なのだと2人のシンジは悟った。
『『なら……』』
 おまけに、心で繋がっている同一人物の一部なのだとも気付いた。
 ならば、する事は一つだ。
『僕はチトセさんを助けるから、もう一人の僕はヤヨイさんをお願い。後は臨機応変って事で。』
 呆然としている時間も、不思議がっている時間も、迷っている時間も無い。
『分かった。頑張ろう、もう一人の僕。』
 実はイスラフェルの分体能力を発現させたのだと自覚せぬまま、倍速で心が砕けかけている恋人達の救助に勤しむシンジであった……。



 なみなみとコーヒーが入ったケトルに、たっぷりの冷水を湛えたピッチャー。
 それらを載せたワゴンを自分で用意したゲンドウは、再び司令公務室に戻っていた。
 残るチョコレートに再挑戦する為である。
《あらあら、ゲンドウさんって相変わらず意地っ張りなんだから。》
 それを笑みを含んだ視線で見つめるモノ達がいた。
《あんなに酷い目に遭ったんだから、止めとけば良いのに。》
 人の耳には聞こえない電気信号での会話。
《そのチョコレートを贈るよう実の娘に頼んだ人の台詞じゃないわね、ナオコ。》
 ネルフ本部…いや、第3新東京市を統括する電子の賢者達である。
《だって、レイちゃんに私のことを“ばーさん”だなんて言ってたのよ、あの人。酷いと思わない?》
 司令公務室内に密かに追加設置された警備カメラで、ゲンドウを見物しているのだ。
《同情の余地は無いわね。》
 罪状の訴えは通り、妻も苦笑しながら友人の仕掛けたささやかな逆襲を容認した。
《でも、形がハート型って……今でも気があるの?》
《ええ。結婚したいって思った人は2人しかいないもの。今、生きてる人ではゲンドウさんだけよ。》
 どさくさ紛れの宣言に場が険悪になりかかった頃、ゲンドウが遂に最後の紫の包装に包まれていたチョコを口の中に放り込んだ。
 甘さ控えめのビターチョコに書かれていたのは『もっと頑張りましょう』の一文。
 形も素っ気無い棒状。
「これは……まさか、ユイか? いったい、どうやって……」
 しかし、ゲンドウは誤る事無く妻が贈ったチョコレートを判別する事に成功した。
 まあ、最初に食べたキョウコの贈ったチョコレートと間違えかけたのは口に出していないだけに許容範囲であろう。
《あら。やっぱり分かるものなのかしら。》
《ちゃんと躾てありますもの。》
 さらっと切り返したユイの不穏当な発言をお嬢様ゆえの言葉の不正確な使用法だと無理に解釈して、キョウコは少々強引に論点を変える。
《ですけど、あんなに用意した飲み物が無駄になったんじゃありません?》
《そんな事はありませんわ。……ほら。》
 しかし、続いて起こった事態はキョウコの予想を超えていた。
 脂汗をダラダラ流しながらも、リツコ謹製の山葵入り義理チョコとナオコの激辛ハートチョコを、ゲンドウは一口一口味わって食べていた。
《本当に可愛いんだから……多分、贈り主が誰かも気付いてるわね。》
 普通なら一口食べればゴミ箱に捨てられる運命だろう奇抜なチョコを、ゲンドウはそれでも口にし、苦悶していた。
《……馬鹿?》
 口中の火事を水で消し止め、ユイとキョウコとマリィが贈ったマトモなチョコを引き出しに仕舞ったゲンドウの姿を見たキョウコが呟くが、
《食べ物を無駄にしたくないらしいわ。》
 正確な心情を理解しているユイが弁護する。
 新婚生活の初期に、調理に失敗したユイの料理を文句も言わず平らげてくれた夫の姿を懐かしく思い出しながら……。



 8時間かけて全員の処置を何とか終えたシンジは、後の始末を余韻のまどろみから覚めた女性陣に任せて、疲労困憊した身体を引きずって校内のシンジ専用室へ向かっていた。
『お、終わった……寝よう……寝て、良いよね。寝れるよね……。』
 実はこの後も予定が入っているのだが、シンジの目は落ち窪み、肌は土気色になってしまっていて、せめて仮眠を取らないと生死に関るに違いない。
 それでも教室で倒れなかったのは、彼女らに心配させたくないと言う配慮と……
『でも、お腹減ったなぁ……それに咽喉もカラカラだよ。……あの部屋まで、あの部屋まで行けば何か置いてあったはず……』
 と言う事情だった。
 まあ、食べ物は貰ったチョコレートが教室とかに売るほど積んであったし、飲み物も途中の水飲み場で水でも飲めば良かったのだろうが、疲労で視野狭窄しているシンジには思いつきもできない。
 ただ、鉛の如き足を引きずるように進むだけだ。
 そんな短い道行きにも、とうとう終わりが近付いていた。
 シンジ用特別室のある階に辿り着いたのだ。
『ふう、やっと着いた。後は……ん? 何だろう、あれ?』
 階段をどうにか降りたシンジの目に入ったのは大きなダンボール箱。
 それも縦横高さが1mはあろうかと言う、みかん箱であった。
「なに、これ?」
 激しく気にはなるが、関わり合いになれる程の体力は残っていない。
 見なかった事にして箱の隣にある特別室の扉をくぐろうと……
「にゃあ。」
 した所で、箱の中……いや、正確には箱の中から顔を出したモノの鳴き声を聞いた。
「はぁ……なに、やってんです、リツコさ……ん……。」
 溜息一つ吐いてからギギィと箱の方を見たシンジが見たものは、巨大みかん箱から顔をちょこんと出し、白い猫耳と白い猫尻尾を着け、上目遣いでシンジを見詰めるリツコの姿だった。
「え?」
 驚きでシンジの思考活動がしばし止まる。
「リツコ……首輪も付けずにダンボールに入ってるなんて、僕が捨て猫にしたみたいで人聞き悪いじゃないか。」
 しばらくして我に返ったシンジは、疲れた心に鞭打って彼女の『御主人様』としての自分を何とか演じ始めた。
「にゃあぁ……」
 リツコの目が伏せられ、猫耳もペタンと髪に張りつくように伏せられる。
 ……感情を感知して動く特殊なギミック内蔵なのではなく、ここら辺の動作はリツコ本人のATフィールドで行っているのだが、そこらへんはどうでも良いかもしれない。
「だから、後で『おしおき』したげるから、それまで誰も入れないでね。」
「にゃあ♪」
 尻尾をピンと立たせて喜色満面のリツコを背に、シンジは今度こそ扉をくぐった。
 保存食とイオン飲料と仮眠を思う存分貪る為に……。



 チョコレートを胃の腑に片付けた勢いで各種書類の片付けにかかっているゲンドウの元に、陰謀の相方たる盟友が新たな仕事を携えてやって来た。
「碇、今回の件での新規参入人員の一覧だ。」
 バレンタイン・デーを機会にシンジに告白……いや、それどころか既に行き着くとこまで行っちゃった感のある方々についての資料である。
「例の因子については?」
「検査結果では全員が陽性……ただし、今回はエヴァンゲリオンに適応できる程の資質を持っている人間はいないようだ。」
「そうか(ならば、丸っきりの一般人よりは説得が楽だな。)。」
 チルドレンの資質を持つ人間を公的機関が徴用できる法案が可決されてより10年。
 各国政府やネルフ支部・支局などが候補者の徴用に奔走する中、ネルフ本部だけは日本国内で発見した候補者のほとんどを予備役として登録するだけに留めていた。
 チルドレンの資質を持つ人間が第3新東京市以外に住むのであれば、当人の意志を無視して徴用される危険がある事を説明した上で、だ。
 その為、ただでさえリリスが近いと言う地理的要件からチルドレン資質を持つ者が多い日本の中でも、第3新東京市は飛び抜けてチルドレン資質を持つ者が多いのだ。
 こんな事ができるのは人類補完計画と言う錦の御旗があるおかげであるが。
「また説明に苦労すると、広報部から苦情が来てるぞ。御両親への挨拶回りぐらいサード本人にやらせろ…とな。」
 シンジの相手となった女性達は、身分的にはネルフ本部に採用された事になる。
 そこで広報部の出番となるのだが……御両親のごもっともな怒りを浴びせられる彼らの立場からしてみると、たまには本人がやってみろと思うのも無理も無い。
 しかし、
「今は必要無い(今、サードに万一の事があっては危険だ。それに、いきなり先方の両親に挨拶回りをすると言うのも早かろう。)。」
 シンジにとっては、侵攻して来る使徒の前に生身で放り出されるよりも、怒り猛った娘の父親と話し合いに行く方が余程危険である。
 使徒戦が始まってしまった以上、シンジの代わりが可能な人間など存在しない。
 従って、少なくとも使徒戦のケリがつくまでは、シンジに緊急性が低い危険を冒させる訳にはいかないのだ。
「じゃあ、いつも通り処理するぞ。」
 本人志願によるネルフ本部勤務の正式職員への本採用。
 今回も、そういう建前的な事務処理をする事になったのだった。
「ああ。ところで、ここ以外のチルドレン候補は?」
 そして、話は何時の間にかきな臭い空気を孕み始めていた。
「日本を含めた各国のネルフ支部と支局に集められているらしい。」
 何の為にか。
「調べろ。」
 本部に秘密で進められている事自体が真っ当な目的ではない事を暗に示している。
 エヴァ関連の人体実験か、はたまた本部制圧用の兵士の訓練…容易に思いつくものだけでも充分に不穏だった。
 しかし、後にゲンドウ達は自分達の想像ですら生温かったのだと知る事になる。



 蒼穹が濃密さを増し、ゆっくりと黒く染まっている頃に僕は目が覚めた。
 普段なら一人で寝ることのないこの部屋の広いベッドから起きる。
 枕元には、ブロック状保存食の袋と食べカス。それにアルカリイオン飲料が入っていた空の500mlペットボトルが転がっている。
「7時だ。……うわ、遅刻だよ。」
 備え付けの時計で時刻を確認すると、ベッドから一挙動で飛び起きる。
 急がなくちゃ……って、ん?
 服が妙にパリパリ……
 あ!?
 ……シャワー浴び忘れたからなぁ。
 仕方ない。身支度してから行こう。
 今更、5分や10分ぐらい遅れても同じだろうし。
 お財布と腕時計と携帯電話だけ別にして脱衣籠に置いて、着てる物とかはビニール袋に直接放り込む。……後で念入りに洗わないといけないからね。
 後はシャンプーとボディシャンプーの出番。
 ……どうせ、また洗う必要に迫られるんだろうから適当で良いや。時間も無いし。
 本当に5分で身体を洗い終えると、常備品のバスタオルで水気を拭き取る。
 そして、部屋の中に誰もいないのを良い事に前も隠さず急いで着替えを漁る。
 これで良いや。
 何の捻りも無く制服とTシャツを金属製のロッカーの中から引っ張り出して着込む。
 ……もっとも僕用に用意されてる制服って、プラグスーツと同じ生地でできてる特製の防護服らしいんだけど。
 さて、準備完了。
 行こう。
 プシュアアアア
「にゃんっ♪」
 ロックされていたドアが開くと、横の巨大みかん箱から顔出したリツコさんが嬉しそうにじゃれついてきた。
 え? 裸? ……いや、違う。シースルーのぴったりした服を着てるみたいだ。
 猫耳と猫尻尾は着いたままだけど。
 ん? 尻尾? 尻尾って何処に着いてるんだろう?
 興味があったので見てみると……見なきゃ良かったかも。
 尻尾の付け根が、お尻の穴に入っている玩具に繋がっているところなんて。
 ……どうしよう。
 ここまで準備されてると、今更「時間が無いから、おしおきは後でね」なんて言い難いしなぁ……。
 どうしたものかなぁ。
 あ、そうだ。良いのがある。
「リツコ、自分の首輪は持って来てる?」
「にゃあ♪」
 僕が訊くとリツコさんは思い切り乗り気で下を向き、ダンボール箱の中を視線で指し示す。僕も覗き込んで見ると、きちんと畳んである白衣の上に赤い首輪が載せられていた。
 うん。これなら好都合。
 僕は首輪を着けてあげてから、期待に満ちた目で見詰めるリツコさんに……
「僕は、これからパーティーに行くから服着てついてきて。その上からね。」
 サラリと酷いことを言いつけた。
「にゃあああ…」
 涙で霞んだ切なそうな視線が僕をなじるけど、同時に早くも女の部分が潤み始めているのが何故か分かる。
「ちょっと寄るとこがあるから、戻って来るまでに終わらせといてね。」
 サービスで顎の下を軽く撫でると甘い鳴き声で答えてくれる。
 さてさて、教室にいるはずの人達にも色々言っておかないと。僕が何も言わないで先に帰宅してしまったら後で問題になりかねないから。
 僕に優しくしてくれる人が多いのは良いけど、女の子がたくさんいると何かと気を使わなきゃならないし……もう、あんまし増えて欲しく無いなぁ……。
 それでも付き合って欲しいと言われれば断れないんだろうとの自己分析に、ちょっとだけ暗い気分になってしまったシンジだった……。



 その頃ドイツ東部のとある森にある地下施設では、研究員の一人が心を痛めていた。
『このままでは、この子達は早晩殺されてしまう。』
 欧州東部から集められたチルドレンの資質を持つ少年少女達のうち、およそ40人がこの施設で戦闘訓練を受けていた。
 いや、それは訓練の名に値しない。
 むしろ実験や洗脳と言った単語が適当だと、彼は感じていた。
 心ならずも“計画”に加担してしまっている彼だからこそ、そこまで分かるのだが。
『だが、どうやって助ける? 一人や二人でも難しいのに、全員となると基地を脱出させるだけでも不可能に近い。どうする? リョウジに助けを求めるべきか? ……いや、幾ら彼でもゼーレに気取られずに子供達を脱出させるのは無理だ。』
 洗脳用の催眠暗示プログラムを組んでいるフリをしながら、彼は考える。
 子供達に可能な限り最善の未来を用意する方法について。



 パーティー会場…と言っても、コンフォート17の6階にある大広間だが…に着いたシンジは、のっけから平身低頭で過ごす破目になった。
『まさか、僕が到着するまで始まってないなんて思ってなかったからなぁ。……今日何回ゴメンって言ったか覚えてないよ。』
 それでも落ち込んでいる暇も無く、
「本日は、お招き頂いて有難うございます。」
「こちらこそ、来てくれて嬉しいよ。」
「ダンスがお上手とか聞きましたが、よろしければ一曲お相手して頂けません?」
「ご、ゴメン。今日はダンス音楽の用意してないから……その……」
 シンジは次々と話しかけて来る女の子達の相手をする。
 しかし、シンジ自身気付いていない事があった。
 国際色豊かな出席者が集まっているパーティーなだけに種々様々な言語が飛び交っているにも関わらず、その全てを何故か理解できている事に……。


 で、そのパーティー会場の外では……
「はぁ……私も夜の部にすりゃ良かったかな……」
 ミサトを始め、昼の乱痴気騒ぎに参加したメンバーのうち戦闘能力の高い者達が、いつもの保安要員に代わって警備についていた。
 普段は任を離れられない彼女らをパーティーに参加させる為である。
「そうすりゃ、お酒が飲み放題だったのに。」
 未成年者が多い会場でそれは拙いだろうと突っ込む人は多いだろうが、まあ外を見回りしてる最中に独り言を呟くぐらいなら許容範囲内だろう。
 ……しかし、ミサトがいないぐらいで安心する事はできなかった。
「さ、ドンドン飲んで。」
 大井サツキと言う酒豪が、誰彼構わず酒を配ると言う暴挙に出ていたのだ。
「あ、このジュース美味しい。」
 しかも、未成年者には果汁などで割って飲み易くした物をである。
 勿論ながらビールやワインやシャンパンなどの普通の酒類もテーブルの上に豊富に用意し、ワゴンでの補充の手筈も抜かり無い。
 シンジがパーティー開始直前まで惰眠を貪って……いや、死んだように眠っていたせいで、その悲劇に気付けなかったのだ。
 ……事前には。
 その為に、
「あ〜、シンジさんが3人いる〜♪」
 目の焦点が合ってない者や、
「どうせ、どうせ私なんて……」
 突然泣き出す者や、
「あ、あなたもシンジさんに会いに来たんですか?」
 あらぬ方向を見て話が弾んでる者や、
「うう……頭がグルグルする〜」
 体調を崩してふらふらしてる者や、
「カヤちゃんも飲もう♪ ほらほら♪」
 酒瓶持って他人のコップに注いで回っている者など……
「あ……」
 シンジが気付いた時には、数十人単位の酔っ払いが量産されてしまっていたのだ。
 本来ならストッパーになるマヤやカエデが昼の部に参加したので今夜のパーティーには参加してないのも状況を悪化させる一因であったのだが……もはや、こうなってはどうでも良い事だろう。
 ただ、
「シ〜ンジくん、えへへ〜♪」
 理性という箍の外れた集団が、
「ちょっと、ミユキ…イスズ…ヤヨイに……みんなぁ……」
 その内なる欲望のままにシンジにしなだれかかり、夜の部の乱痴気騒ぎをスタートさせる引金を引いてしまった事と、
「にゃあああああ……」
 その光景を物欲しげに見ている広間の片隅の柱に鎖で繋がれたリツコがいた事。
 そして、
『持つかな、僕の身体? ……せめて水分だけでも補給できないと干からびちゃうよ。』
 熱く湿った女の部分に勃起させられた牡の肉槍を導き入れられ、柔らかな胸とお尻と身体…全身を擦りつける様なおしくらまんじゅうで揉みくちゃにされながら、それでもシンジが自分が倒れるまではと、心の聖なる領域に受け入れた女の子達の肉の器ごと心を抱き締め続けたのは確かであった……。


 セカンドチルドレン 惣流・アスカ・ラングレー。
 その名は、彼女の誘拐を企んだ事のある組織やテロリスト、それに暴力系自由業の方々に『紅い悪夢』との異名をつけられるまでに恐れられている少女。
 チルドレン護衛官 霧島マナ。
 堅牢なバリアと冗談みたいに強力な拳銃を持ち、襲撃側の動きを逐一察知してるかの如き正確で無駄の無い迎撃から『一人機動要塞』と呼ばれ、恐れられている少女。
 機動部隊長 葛城ミサト。
 対戦車ミサイルの直撃にも耐える愛車を豪快だが的確な運転技術で駆る上に、正確無比な射撃技術と何をやらかすか予想がつかない戦闘法から『酔いどれ戦女神』と呼ばれ、恐れられている女性。
 この三者が完全武装で守っているコンフォート17マンションに攻撃を仕掛けるなんて自殺志願の狂人ですら躊躇するほど無謀な行為に身を投じる馬鹿者は現れなかった。
 まあ、出現したところで、途端に憂さ晴らしで半殺しにされ、リツコに引き渡されるのがオチだろうが。
 こうして、バレンタインの夜は静かに更けてゆく。
 外側から見ると実に平穏無事に……。


 日が昇る……。
 残酷なまでに綺麗な朝日が。
 それは、一日の始まりを意味する証拠。
 それは、淫靡な時間の終わりを告げる鐘。
 そして、日常が続いてゆく事を知らしめる号砲。
 日の光を浴びて我に返った人々は、もろもろの体液に塗れた自分の身体を見て、あるいは二日酔いで頭がキリキリ痛んでいるのを感じて愕然とするのだ。
 ……今日が月曜日である事に。
 どんなに楽しい祭りでも、終わりは来る。
 いかに素敵な宴でも、いつかは終わる。
 シンジはリツコの愛液に汚れた口元を舌で舐めながら、パーティーの終わりをぼうっとしながら迎えていた。
『これでやっと、安心して眠れ…』
 る、と続けようとした彼の脳裏に今日の日付のことが甦り、思わず溜息が漏れる。
『…ない、みたいだね。』
 こっそりと、心の中で付け加えながら。



 国連軍の軍事空輸団に所属する巨大な全翼機を一機借り切って厚木基地を飛び立った眼鏡の少年は、介添えの軍人風の男と一緒に初めての外国の地に足を下ろした。
「凄い、凄い、凄い、凄〜い!! ここがイギリスかぁ〜! 初めてだよ〜。」
 長大な滑走路に降り立った少年の眼は、直ぐに己が見たい物の像を捉える。
「お、トーネード! バッカニアまである! あれは……ハリアーかな? く〜、カメラ持って来れば良かった〜!」
 すなわち、駐機してあった軍用機にである。
「行くぞ。迎えは来てる。」
 お上りさん丸出しでキョロキョロする少年を、軍人風の男が後ろから追い立てる様に連れて行く。
 ネルフ・イギリス支局が有する実験施設の一つへと向けて……。



 第3新東京市の地下にある大空洞…ジオフロント。
 もっとも、ジオフロントがあったからこそ、上に要塞都市を建設したのだが。
 そのジオフロントに建設されたネルフ本部基地で、新たな施設の建設が始められた。
 地下原子力発電所である。
「冬月、こちらの計画の進行は?」
 何の計画かと言うと、第3新東京…いやネルフ本部基地の防衛計画の事である。
 理想を同じくする同志の冬月であるからこそ単に『計画』と言われただけでも何の事だか見当がつくのだが、余人においそれと真似できる行為では無い。
「当初に予定してた分は今週中には何とかできそうだが、流石に昨日今日始まった分まではどうにもならんよ。」
 例え使徒の力を活用して各方面の作業を進めてると言っても、便利な魔法でちょちょいのちょいで完成すると言う訳ではない。
 作業工程が大幅に楽になるとは言えど、やはり人の手は必要なのだ。
「残る使徒は一体。ご老人方が時計の針を進めぬよう手を打っておく必要は無いのか?」
 ここで準備不足のまま開戦するのは不利だと冬月は判断するが、
「問題無い。」
 ゲンドウは一言の下に斬って捨てた。
 スケジュールを早めて不利になるのは、寧ろ老人達の方なのだと見切っているのだ。
「そうか。……ところで、核燃料の確保の件だが。」
 建設中の原子力発電所で使う核燃料は、回収した軍事衛星に積んであった核弾頭などを材料にして燃料棒を作る計画だったのだが、それだけでは必要とされるであろう電力需要を満たせそうに無いので、新規調達が急務なのである。
「難しいか?」
 しかし、
「ああ。極秘で調達するのは我々でも無理だ。戦略物資だしな。……それに、下手をすると我々が核戦争を起こそうとしてると宣伝されかねん。」
 普通の電力会社ならともかく、ネルフ本部がとなると話が違う。
 元々が日本政府に電力供給を絶たれた過去の苦い戦訓から独自の発電施設を増設する事が決まったと言う事情があるだけに、日本政府やゼーレにネルフ側の意図が見破られてしまう大っぴらな調達方法は難しいのだ。
「そうか。なら、各国が喜んで差し出すような状況を作れば良い。」
 故にこそ、またまた一工夫が必要とされる状況が発生してしまうのである。
「ゲンドウ。何を考えている?」
 何処かの国の首脳を脅そうとか考えているんじゃないだろうな…と冬月が懸念を表明する前に、ゲンドウの回答が示された。
「我々ネルフ本部が核廃棄物の処理を引き受ける。……そう発表すれば良いだけです。」
 核廃棄物にも多少ながら含まれている核分裂物質を抽出して加工すれば、核燃料の調達は不可能ではない。技術的な問題や施設の不備は、使徒能力者に処理を頼めば何とか補えるだろうとゲンドウは見積もりを立てていた。
「まさか、ジオフロントに埋設……いや、使徒能力者に無害化させる気か!? そんな事をすればゼーレがうるさいぞ。」
 しかし、核廃棄物の処理をすると発表してしまった場合、一般民衆にも納得できる方法で処理しなければ問題が発生するのは必定。
 しかも、第3新東京市周辺への埋設も、使徒能力者の能力を公表するのも、ネルフのスポンサーであるゼーレが良い顔をしないのは請け合いである。
 ならば、どうすれば納得が得られるのか?
「大丈夫ですよ、先生。処理には零号機を使います。」
 答えは、単純にして明快な手段であった。
「零号機をか?」
 すなわち、
「零号機の手で核廃棄物の入った容器を月に投棄させます。」
 核のゴミを月を目掛けて投擲するのである。
 この方法なら、確かに外部への説明が楽だと言える。
 何せ、そこらで普通に売っている望遠鏡ですら検証が可能なのだから。
「本気か?」
 ただ、普通の人間はこんな処分方法を思いつかないだろうが。
「理論的には可能です。」
「そうか……。では、俺は何も言わんよ。」
 荒唐無稽に聞こえなくも無いが手持ちの機材から考えると充分に実現可能なプランだと納得させられた冬月は、どうせこの件でも根回しなどを手伝わされるのだろうと心密かに溜息を吐いたのだった……。



「レイのこと?」
 放課後、シンジが向かったのはリツコの研究室だった。
 是非とも聞いておきたい事があったからだ。
「はい。リツコさんなら、綾波とダミープラントの関係について何か知ってるんじゃないかと思って。」
 それは“ダミー”とか“綾波レイの部品”と言われていたモノについてである。
 それが何であれ、シンジはレイとの関係を変えようとは思っていない。
 ただ、“それ”にどう対処するかを考えるのに、当の“それ”が一体何なのか知っておく必要があるのだ。
「そう。……確かに少しは知っているわ。でも、一番詳しいのは司令じゃないかしら。私がネルフに入った時には既にああいう“もの”だったから。」
 しかし、幾らリツコと言えども全知では無い。
 特に彼女がネルフに入所する前の機密情報に関しては、流石に知らない事もあるのだ。
「そうなんだ……。」
 アテが外れたとばかりに顔を曇らせるシンジであったが、未だそんな表情になってしまうのは早過ぎた。
「分かっているのは、あんなに身体がたくさんあってもレイの魂は1つしかないから同時に2つの身体には宿れない事と、あの身体を維持するのにも魂は必要だから微量ずつだけど魂の欠片が肉体一つ一つに分散してるって事かしら。」
 リツコが伝えてくれた事だけでも、シンジにとっては充分に有益だったのだ。
 例え、口止めされているせいで、レイが母親の胎内に宿っていた実の妹と第2使徒リリスが混じり合って生まれた生命だと言うことまでは教えて貰えなくても。
「それって……」
「まあ実質上一人なんだから、肉体がどれか一つでも生き残っていれば例え他の身体が死んでも生きていられるわね。……身体が変わる時に記憶とか色々欠損するらしいけど。」
 擬似群体であるリツコ…イロウル…が最も近い特性を持っているが、その気になれば細胞一個毎に半独立で動かせるリツコからすると、レイの現状は悲しいまでに不完全そのものだった。
 ……いや、不向きな存在形態を強いられていると言った方が良いのかもしれない。
 ネルフ本部のエヴァンゲリオン開発における理想的な実験素材として。
「え?」
「今のレイは2人目だと聞いてるわ。」
 意志の宿っていないレイの身体が何体死んだかまでは言及しない。
 リツコにも正確な数は分からないからだ。
「……そう…なんですか。」
「ええ。レイの身体が弱いのは、この為かもしれないわね。知ってるでしょ? レイが薬に頼って生きてるのを。」
 その代わりと言う訳では無いが、確率の高い推測を口にするリツコ。
「……はい。」
 勿論、一緒に住んでいるシンジが知らない筈も無かった。
「すると、あの“綾波達”をどうにかできたら、綾波の身体は良くなるんですか?」
 が、新たな情報はアイディアの種となって芽吹き始める。
「可能性はあるわね。……でも、単純に一人を残して殺す様な手段だと、魂の移動に伴う欠損のせいで目的が達せられない危険が高いわ。」
「もし、欠損無しでやれたら?」
 急速に根を伸ばし、討論を養分にして。
「そうね。死んでもやり直しができるって強みは無くなるけど、その代わりレイが薬に頼らなくても生きていけるようになる可能性が高いわ。」
「そうなんですか……ありがとうございます。」
 思ったよりも良い見通しが立てられそうな事が嬉しくて、シンジは礼を述べる。
「礼には及ばないわ。私が手をこまねいていたのは確かなんだから。」
 それでも『無様ね……』と皮肉な笑みを口元に浮かべたリツコに、
「なら、ちょっと協力して欲しいんだけど……」
 シンジはにこやかな笑みを崩さぬまま、耳元に頼み事を囁いた。



「どう言う事だ、碇!」
 ネルフ司令公務室。
 そのだだっ広く薄暗い空間は、立体映像で集った人類補完委員会の会議場へと早変わりしていた。
 そして、回線が繋がったかどうかのタイミングで罵声にも似た怒声が飛び込んで来た。
「どう言う事だと仰られても……何の事を言っておられるのですかな?」
 だが、ゲンドウはいつものポーズを崩さず、慌てず騒がず訊き返した。
 一体全体、何について問うているのかを。
「ネルフが核廃棄物の処理をすると全世界に発表した件についてだ!」
「いったい、何を考えている!」
「お前がするべきなのは人類補完計画であって、ゴミ処理では無い!」
「そんな事をさせる為にお前にネルフを預けた訳では無いぞ。」
 一通り文句が出尽くした所で、ゲンドウは議長のキールに視線を向けた。
「議長。」
 サングラスで覆われ、瞳は隠されたままであったが。
「何だ、碇?」
「この場で申し開きをさせて頂いて構わないのですな?」
「構わん。」
 元々、ゼーレとしてもゲンドウほどの男を問答無用で処断できるとは思っていない。
 と言うか、余程言い訳のできない罪状でもなければ、今になってゲンドウの首を飛ばすのは、ようやく最終段階にまで漕ぎ着けたゼーレの悲願“人類補完計画”が頓挫してしまうのを覚悟しなければならないほど危険な行為なのだ。
 故にこそ、ゲンドウは発言を許される。
 自ら墓穴を掘る事を期待されて。
「度重なる使徒来襲ごとに各国から徴収せざるを得ない資金を集める為、こちらも知恵を絞ってみました。処理に困っている核のゴミを処分すると言えば、各国も喜んで資金を供出してくれるでしょう。」
「充分な予算は用意している筈だぞ。」
「こちらはギリギリの予算しか計上しておりません。故に“計画”の遂行に余裕を持たせる意味でも資金的な余裕は必要です。」
 裏予算に巨額の資金をプールしているのをおくびにも出さず、ゲンドウはつらっと言い切る。
「それに核物質の輸送に伴って周辺地域の警備が強化されるはずですので、“計画”への負担はかえって軽減が期待できます。」
 既に日本政府に対して核廃棄物の最終処分を無料で引き受けるのと引き換えに輸送中の警備を要求し、取り引きが成立していたりする。
 幾らネルフ嫌いが揃っている日本政府でも事が核に関わるだけにテロリストの暗躍を本気で防がねばならなくなり、チルドレンへの危険やネルフ保安部の損耗も減少するであろう事ぐらいは、彼ら委員会のメンバーにも容易に理解できた。
「しかし、どうやって核廃棄物を処理する?」
「リリスの聖所近くに埋めるなど論外だぞ。」
 となれば、後は処理方法次第であった。
 ここでゲンドウが使徒能力者に処理させると言おうものなら、彼ら人類補完委員会は喜んでゲンドウを首にしただろう。
 だが、当然ながらゲンドウがそこまで甘い筈も無かった。
「零号機の手で月へと投げます。」
 意表を突き過ぎた回答に、会議場がシンと静まり返る。
「……正気か?」
 ようやく訊き返せたキールに、
「理論的には可能ですし、マギの計算では“計画”の推進にも僅かながら役立つとの回答を得ております。……試算データについては後ほど。」
 真顔で答えるゲンドウ。
「本当に“計画”推進に役立つならば、我らが反対する理由は無いな。」
 データが出鱈目だったら直ぐにでもクビにしてやると委員の一人が暗に皮肉るが、ゲンドウの鉄面皮があっさり弾く。
 再び沈黙の緞帳が垂れ込めそうになったところで、議長のキールが場をまとめた。
「では、今回の碇の処分は保留とする。……それで良いな?」
 異論は出なかった。
「では、ゼーレのシナリオ通りに。」
 そう唱和し、人類補完委員会の老人達の姿は消えた。
 きっと今頃は自分達の管理下にあるマギにゲンドウが出した案の矛盾を精査させると同時に、自分達の傘下の国や企業が抱えてる核廃棄物を可能な限り安価でゲンドウに処理させる手段の考案に着手しているだろう。
 誰よりも利に敏くなければ、こういう組織の幹部をやるのは無理なのだから……。



 準備には最低でも1日を要すると判断された。
 本当ならば直ぐにでも始めたかったのだが、シンジの身体が“作戦”に耐え得る状態にまで体調を戻す必要があったのだ。
 そこで、体力の回復を図る為に可能な限り静養し、栄養と水分をたっぷり摂って1日を過ごす事になったのである。
「ごめん、今日は相手できなくて……」
 当然ながら本来この日に相手をする予定だった女の子達へ皺寄せがゆく事となったのだが、あまり残念がる空気は無かった。
「いいよ、おにいちゃん。おにいちゃんは、きのうがんばったんだから。きょうはゆっくりやすんで。」
 シンジの世話をあれこれ焼いたり、トランプをやったり、添い寝したりなどと、久しぶりにHな事一切抜きでまったり過ごすのを皆楽しんでいたのだ。
「ありがとう……」
 それを肌で感じたシンジは、人数が増えてしまったのにつれて少なくなってきている普通の交流をできるだけ増やそうと心掛けようと決意したのであった。
 もっとも、その気になった女の子が一人迫って来るだけで脆くも崩れ去りかねない儚い決意ではあったのだが……。



 暗い、暗い闇の中。
 僅かに光る12の円柱の只中に浮かぶ12の黒い板があった。
「マギ4、マギ6で行なった検算により、碇の提出した試算の妥当性が認められた。」
 誰の発言かは声で判断するより無いゼーレの幹部会である。
「ヤツへの処罰を決める前で良かったな。もし、決めていたら我等と言えど処分は免れ得ないところであったからな。」
 ゼーレの最重要計画である“人類補完計画”への妨害行為は、ゼーレの最高幹部と言えども厳罰は避けられない。
 例え、それが彼等共通にして最大の仮想敵“碇ゲンドウ”の力を削ぐ目的であっても。
 ゲンドウがゼーレに反抗する意図を見せず、“計画”の推進に役立つ事をしているのならば、彼等としても迂闊に処罰できない。彼等同士でも隙あらば足を引っ張ろうと互いに手ぐすね引いている有様なので、諸々の暗闘を休戦して協力し合っている現状ですら下手に隙を見せられないからだ。
「ところで、ヤツが核廃棄物で全世界を脅迫する危険は無いのか?」
 エヴァ零号機が月まで遠投ができると言うなら、その射程は事実上地球全土に及ぶ。
 集めた核廃棄物の容器を投げるなどという攻撃でも充分に戦略兵器として通用する威力が発揮できるのだ。
「ヤツとて第3新東京市が戦略兵器で狙われている事ぐらいは知っている。下手な事はせんだろうよ。」
 だが、そういう時に備えて複数の戦略兵器…例えばN弾道ミサイル…が第3新東京市を照準に収めているのだ。
「下手な事をした時は、それこそヤツの首を飛ばす理由になる。問題無い。」
「あの男がそんな博打に出るとは思えん。……追い詰め過ぎさえしなければな。」
 報復攻撃を考えれば下手な攻撃はできず、強引な脅迫に出れば却って自分で自分の首を絞めてしまう事になるから実行しないだろうとゼーレの幹部達は見ていた。
「何故、分かる?」
 それは……
「ヤツが求めているモノ、それを御破算にする危険が高過ぎるよ。」
 ゲンドウの妻ユイの“遺言”…まあ、実際には死んでいないが…『子供達に明るい未来を残す』が守れなくなり、更にゲンドウが企図しているだろう妻の蘇生計画も破綻するだろうからだ。
「地球全てを焼け野原にしてでも我々を葬り去る覚悟はヤツには無い。」
「だからこそ使徒迎撃戦の指揮を任せているのだからな。」
 使徒迎撃戦を勝ち抜く為に、ネルフが地球を何度も葬り去れるほどの戦力を持つ必要があった事からも、ネルフの総司令官には自殺的性向を持ち難い者が望ましかった。
「しかし、これではしばらく手が出せんな。」
 だが、そういう分析とは別に攻撃がし難いのは事実である。
「肝心の計画の進行に支障が出るのでは無いのか?」
 使徒に侵攻させるならまだしも、見た目にも放射能汚染が起きそうなのが明らかな場所で一般の軍隊に武力鎮圧をさせようとすると流石に士気に関りかねないのだ。
 ……まあ、ゲンドウが“ゼーレのシナリオ”に従わなかった時の用心なのだが。
「マギの試算では次の使徒が自然発生する条件が揃うまで3ヶ月以上ある。“預言”の記述でも最短で1ヶ月は先の話だ。止める理由が無い。」
「ならば、どうすると言うのかね。」
「時計の針を進めるべき時期では無いのは先日も確認した通りだ。」
「我々は我々の準備を進めるべきだな。」
「準備と言えば“籠から逃げ出した鳥”の事だが、高いチルドレン適性を持っているのが判明した。適性だけで見るならセカンドよりも上だな。」
「道理で奴がチルドレン選抜クラスに置き続けた訳だ。フォースに続く2匹目のドジョウを狙ったのだな。」
「かもしれん。だが、今となってはどうでも良い事だ。」
「さよう。今はその“鳥”が使える駒でありさえすれば良いのだからな。」
「おまけに我等が洗脳するまでもなくサードチルドレンに対して根深い憎悪と怨恨を抱いている。これをベースに思考を誘導して固着させれば“我等のメシア”としては申し分の無い素体となろう。」
「それでは、訓練中の連中は全部“矢”にしても問題無いと言う事か?」
「アレらの適性をメシアが務まるまでに引き上げるよりも、“鳥”をメシアに仕立てる方が遥かに成功率は高い。」
「念の為に作業は並行して行なえ。保険とは言え“メシア”は我等が切り札の一つ。万が一にも失敗する訳にはいかん。」
 何の保険かと言うとゲンドウがサードチルドレン…シンジをゼーレに引き渡さなかった時の保険である。
「新たな世界、理想の“王国”の実現は我等の手でなされねばならん。」
 人類補完計画の核となる依り代が誰になるにせよ、その者が最終段階で彼等の管理下にある事が彼等の目的にとって望ましいのだ。
「我等が神の階梯に上る為にもな。」
 自分達の望みを、より確実に具現化する為には。
「全ては、ゼーレのシナリオ通りに。」
 そして再び闇に閉ざされた。
 一斉に唱和した黒い板が、その姿を消して……。



 2月16日。
 レイ共々朝から学校を休んだシンジがやって来たのは、ターミナルドグマ。
 ネルフの最高機密がこれでもかとばかりに転がっている基地最深部にあるダミープラントと呼ばれる施設だった。
「着いたよ。」
 無言で後ろをついてきていた制服姿のレイに声をかけてから、シンジはもう一人の同行者に向き直った。
「リツコさん、ここのドアを外から開かないようにして。」
「分かったわ、シンジ君。」
 白衣に身を包んだ少女は、大きな紙袋を両手に抱えて突っ立ったままダミープラントと外とを繋ぐドアの全てを施錠する。
 処置を終えたと見るや、シンジは今日の主役へと改めて向き直って言う。
「綾波、脱いで。」
「分かったわ。」
 微塵の疑いも躊躇も見せず、レイは大胆に脱ぎ始めた。
 シンジは着替えを観賞して楽しむのではなく、自分も服を脱ぎ始めた。
 二人とも脱ぎ捨てるのではなく、足下に脱いだ服をきちんと畳んで置くところに性格が現れているだろうか。
「シンジ君、私も脱いだ方が良いかしら?」
「……そうだね。脱いだら白衣だけ着といてくれる、リツコ。」
 科学者としての顔の下から牝奴隷としての顔が見え隠れしているのを見て取り、シンジは御主人様としての仮面を心の引き出しから引っ張り出す。
「はい、シンジ様。」
 願う通りの振る舞いを見せてくれるシンジに潤んだ熱視線を向けつつ、リツコは女性としての曲線を豊かに備えた肉体を衣服と言う束縛から解放した。
「リツコの相手はレイへの“おしおき”が終わってから。良いね?」
 全裸の上に白衣に袖を通しただけのリツコの首にチョーカーよろしく真っ赤な首輪を巻いてあげたシンジは、唇を触れ合わせるだけのキスを交わした。
「はい。……シンジ様の思うようになさって下さいませ。」
 これから長時間色々と見せつけられる“お詫び”も兼ねた甘々なキスに、されたリツコだけでなく見ているレイの方までも腰の辺りが熱くムズムズし始める。
 おねだりの意図を秘め、じっとシンジの背を見詰めるレイの切ない視線を無視して、シンジはリツコが持参した紙袋から色々な物を取り出した。
 両手いっぱいに物を持ったまま振り返る。
「綾波……」
 そのシンジの表情は、レイの熱視線と合わせた瞳は、こんな姿に似合わず、とても真剣なものであった。
「これから僕は綾波から『死んでも生き返る』特権を奪うよ。」
 口にした事も表情に見合って真剣な話題だった。
「そう。」
 対するレイの反応は……戸惑いが大部分を占めていた。
「でも、それが嫌だったら言って。そしたら、別の“おしおき”を考えるから。」
 死んでも生き返る……自分の代わりがあると言うのは、レイにしてみれば『自分が他人とは違い、作られた道具である』ことの証明みたいに思えていたのだから。
 おしおきどころか、御褒美じゃないだろうかと感じてしまうのだ。
「問題無いわ。」
 ……それとも、自分の分身達を破壊する場面を見せつけるつもりだろうかとまで考えついたところで、レイは首を縦に振った。
「じゃあ、始めるよ。」
 しかし、レイの予想に反して、シンジがまずやらかしたのはレイの両目を黒い目隠しで覆うことだった。
「え? 碇君?」
 いつもは表情の変化に乏しいレイが口元に戸惑いを浮かべるが、シンジは取り合わずレイの両手首に革製の手枷を巻いて、金具で後ろ手に固定する。
「……何をするの?」
 シンジの意図が分からず微かな不安に震えるレイの左の耳をちょっとだけ舐めて、
「おしおき……だよ。さ、口を開けて。」
 そう囁いたシンジはプラスチック製の穴開きボールをレイの口に押し込み、両側のベルトを巻いて固定した。
「む……むぐ…………」
 何か言いたげなレイの様子を無視して足首にも足枷を手早く巻くと、シンジはレイを両腕で抱き上げた。
 格好としてはお姫様抱っこと呼ばれている姿勢に近いが、拘束され目隠しされている様子からは、むしろ誘拐されている様にも見える。
「リツコ、真ん中を開けて。」
「はい。」
 シンジの求めに応え、円筒形のガラスケースが上にせりあがって開く。
「綾波、下ろすよ。」
 しゃがんだシンジは拘束されたままのレイを足からそっと下ろし、立たせる。
 ケースの床の真ん中に。
「これからLCLを注水するから注意して。」
 レイがコクンと肯いたのを確認すると、シンジは三歩後ろに下がる。
 頭上に位置する鈍い銀色の脳味噌みたいな機械の脊髄ぽいパイプから、引き上げられていた特殊ガラスの仕切りが下り、レイと外気を切り離した。
 気密チェックが終わったと見るや、オレンジ色のLCLがシャワーとなってレイの頭上から降り注ぎ、どんどんガラスケースの中を満たしてゆく。
 1分もしないウチにLCLに満たされたレイは、自分の意識が他の“レイの部品”が微かに持っている意識と接続されたのを理解した。
『ダミープラグを作る時に何度もやった作業……バックアップ。分からない……碇君が何をしたいのか。』
 しかし、まっさらな彼女達と自分を接続するのにシンジが何の意味を見出しているかと言うのについては見当もつかなかった。
 いや、一つだけ思いついてしまった。
『接続したまま“部品”を壊すの? それが碇君の望みなの?』
 そうなれば、死の苦しみを自分も味わうだろうと戦慄がレイの背筋を走る。
 推測を肯定するかの如く、周囲の水槽を覆うシャッターが開いてゆく。
 それでも、レイは自分の存在意義を思い出して従容と受け入れる覚悟を決めた。
『私は碇君のモノ。碇君がしたい事は私のしたい事。何の問題も無いわ。』
 と。

 で、そこまで想われている少年が何をしているのかと言うと……。
 天井にあるメンテナンス用のハッチまで備え付けのハシゴで登っていた。
 そして、
『行くよっ!』
 薄いオレンジ色にほのかに光るLCLのプールに、幾本もの綾波レイの手が伸びてくる水面の下へと身を沈める。
『ATフィールド……全開っ!』
 シンジが入って来たのを見て喜色満面で抱きついて来た近くのレイ達だけじゃなく、水槽に何百体以上もプカプカ浮かんでいるレイ達を同時にATフィールドで包むシンジ。
「あ……はっ……」
 優しく抱き締められる感触に“レイの部品”達が身悶えすると、プラントの中央に拘束されたままのレイも快感でピクピクと痙攣を始めた。
『何……この感覚………』
 自分以外の全ての“自分”のうなじが優しく撫でられる。
 自分以外の全ての“自分”のへそが優しく撫でられる。
 自分以外の全ての“自分”の乳房が優しく撫でられる。
 自分以外の全ての“自分”の太股が優しく撫でられる。
 自分以外の全ての“自分”のお尻が優しく撫でられる。
 自分以外の全ての“自分”のあそこが優しく撫でられる。
 幾百もの“自分”が同時にシンジに愛撫されている快感がまとめて、唯一シンジに直接可愛がって貰っていないレイに襲いかかった。
「む〜!!!!」
 しかし、叫ぼうとしてもボールギャグがレイの言葉を奪い、あさましいおねだりをさせてくれない。
 そもそもシンジに“お願い”を聞く気があるかどうか。
 何故なら、これは“おしおき”なのだから。
 シンジがATフィールドでLCLを操り、“レイ達”の乳首と肉芽を軽く摘む。
「「「「「「「「「「!!!!!!」」」」」」」」」」
 何百もの軽い絶頂の波に包囲され、レイの心は甘美な悲鳴を上げた。
 しかも、波は一度では無く絶え間無く襲って来る。
『い…碇君……助け…助けて…………』
 視覚が閉ざされているが故に、聴覚と皮膚感覚が鋭敏になっていた。
 そして、分身体達とのリンクも。
 それ故だろうか?
 シンジの持つ圧倒的な質量が身体を引き裂いて未熟な秘洞を貫いて広げたのを、レイが我が事のように感じ、幸福感に酔えたのは。
 その幸福感は全てのレイ達に広がり、感じている快感の桁を一つ上げた。
「ひぐうぅっ!」
 咽喉の奥から絞り出る喜悦に痙攣しながらレイ達はイッた。
 だが、休ませてなんか貰えなかった。
 レイの一人の花園を蹂躙したシンジの狂猛な肉槍は未だ白い弾丸を放たず、レイの身体に自らの存在を教え込んでいたのだ。
 シンジの肉体の手がレイの尻を掴み、シンジの口がレイの唇を舐め取る。
 舌をツンツンと出して催促したレイ達の中で御褒美の唾液を飲めたのは一人だけだったが、その甘露はレイ達全員の咽喉を潤した。
 その代わり、欲情と言う名の熱気はドンドンと内圧を高めてゆく。
 排泄に使うお尻の穴が体内に侵入したLCLで広げられ弄られる毎に、声にならない嬌声が水槽一杯に弾ける。
 僅か10分、僅か一人目も終わっていないのに、レイ達は与えられる快感の凄まじさに翻弄され、流される人形も同然の状態に堕ちていた。
 シンジが腰をゆっくりと出し入れする間に、レイ達の意識はそれぞれ何十回も絶頂の波にさらわれ、ゆっくりした刺激に慣れ始める前に素早い一撃を加えて悦楽の大津波で押し流される。
 レイは、レイ達は、快感と言う感覚を通して、今、一つに結ばれていた。
 シンジのATフィールドを通して。
 そんな甘美な拷問が1時間以上過ぎ、さしものレイも朦朧としてきた頃。
「いくよ、綾波。しっかり感じるんだ。」
 とうとうシンジの白濁液がレイの処女地を汚し、消えぬ烙印を刻んだ。
「あ……あう……あ……」
 その大き過ぎる幸福感に耐えられなかったレイのクローンの微かな自我は、シンジのATフィールドの中で溶け、肉体ごと光の粒子に変わった。
『今だ!』
 その粒子を、シンジは他のレイの身体に加えられる悦楽に集中して心を完全に開いている綾波レイ本人に向けて注ぎ込んだ。
 脳を模したプラントの鈍い銀色の輝きが金色の輝きを宿し、中央の水槽にいるレイの身体へと降り注ぐ。
『これが……碇君がやりたかった事……あうっ』
 そのレイは、シンジに愛されたばかりで幸福感に満ち溢れた分身の魂の欠片を恍惚と受け入れた。
 すると、一挙に倍加した悦楽に、レイの目の焦点がズレ、自我の輪郭がボヤけ、脳内の分泌腺の機能が狂う。
 しかし、レイには気持ち良過ぎて壊れる事さえ許されてなかった。
 ダミープラントを満たすLCLに添加されている自我境界線安定剤が、他のレイの分身達が、なによりもシンジがレイの心身を癒し、正常な機能が発揮できる状態に強制的に保ち続けているのだ。
『碇君……これが“おしおき”なの?』
 今までですら味わった事の無い超弩級の絶頂の連続に精神を磨耗させながら、甘美過ぎる刑罰にレイの身体は痙攣を続けるのであった。
 全てのレイの分身がシンジに愛され、レイと溶けて重なるまで。
 ただ一人のレイとなった彼女にシンジの肉槍が突き刺され、愛情の証たる白濁の粘液が奥の奥までたっぷりと流し込まれるまで。



福音という名の魔薬
第弐拾伍話 終幕



 はうぅぅぅ、やっと終わった〜。
 ちなみに、これって実は24話に予定してた内容なんですが……サイズの肥大化に伴い諦めました(苦笑)。って、今回も洒落にならないサイズになってるし(苦笑)。
 そして、今回も題名に苦労してます。英題はさっさと決まったのですが、邦題が中々思いつきませんでしたです。……本文より苦労したと言うか自信ないなぁ。
 今回の見直しと御意見協力は、きのとはじめさん、【ラグナロック】さん、峯田太郎さん、八橋さん、道化師さん、関直久さん、犬鳴本線さん…でした。皆様、大変有難うございました。

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読んだ後は是非感想を!! 貴方の一言が作者を育て、また奮起させます

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