「あ〜もう! シンジのせいで身支度する時間取れなかったじゃない! もう!」

「なんだって〜〜!!! と言うか私のせいざんすか!? 求めて来たのはそっちなのにそりゃ〜酷いってもんだぜぃ、ついでに何時になったら世界は滅亡するんですかノストラダムス!!」

「あんなインチキ髭爺の話、まともに聞く方が可笑しいですよシンジさん。でも私もまだ・・・中にシンジさんが入ってるみたいで・・・んんっ」

「な〜に艶っぽい声出してんのよ、ってイタタ・・・腰に来たわ〜、吸血鬼の回復能力もってしても回復しないとはね・・・」

「年でござるか? マナ。そう言う時はドモ○ルンリンクル!! あの垂れるのをずっと見とく仕事に就くのが子供の頃からの夢だった・・・・マナ? 1つクエスチョン、其の固めた拳は何処に振り下ろすのであるか無しや」

どずん

「女性に年のこと言うのはマナー違反よ? シンジ・・・種族問わずね」

「き、肝と魂に銘じとくっす・・・かくん、シンジ君没、御身に安らぎが有り得ねえ」

「ナニ寝ぼけてんの、ちゃんと任務覚えてる?」

「街の生ゴミ掃除と、マイパパと抱擁の再会と記憶してたっぽい」

「20点、ですよシンジさん」

「レッドポイントギリギリとは此れ如何に!! 残り80点は何処へ? マユミの中と言う落ちは如何でしょう皆様」

ごず

「私、そういった下ネタは好まないとず〜ッと前から言い続けてきた事かと思うんですが、如何でしょう?」

「ウイ、今辞書の角で殴られた辺りの脳細胞に記憶していたかもしれません、何にせよ今の一撃で接触不良です、Sir!!」

ごっごっごっ

「な、何をなさるお前様!!」

「あら、接触の悪くなった電気製品は殴れば直るんですよ、知りませんでしたかシンジさん?」

「ミーは産まれてこのかた電化製品だった記憶は無いですよ! 冗談です! 覚えてますからヘルプミー!!」

「・・・」

これが本当にアジア圏ヘルシング支部の中でも最強、もしくは最凶、または最狂と仲間内からすらも恐れられるOnly One唯一絶対の対化物戦闘要員なのだろうかと疑問に思う輸送ヘリパイロット、和泉ツカサ空士長、其の人は溜め息交じりに操縦桿を握り続ける。

三人寄って姦しい、1人は男なのだが、それでもそうとしか表現し様が無い彼等を乗せて。ヘリは一路、第三東京へと目指して行く・・・。




『第弐夜、戻レナイ道:前編』



「じゃあマナ、キャンディストリッパーの新作、チェックしといてね」

「OKツカサ。じゃあまたね〜」

女の友情を再確認し、飛び去るヘリコプター。此処は第三近郊にある隠しエアポート、普段は普通の農家として機能しており実際に住み込みのヘルシング職員も存在する。

余談だが、支部内では人間、吸血鬼はほぼ関係なく職務を全うしており、差別や迫害も存在していない至ってそこら職場と変わらないと言う特異性も備えている。

「して質問。先程の80%もの大量票は何処へ? ミーのお脳では理解不能ですね」

マナが手を振るヘリが見えなくなってから声をかけるシンジ、そこら辺りをわきまえている所を見ると、其処まで理性も欠けていないのか、それともマナ達の教育の結果か、真実はどちらだろう。

「ん? 簡単じゃない、私達とのショッピングよ♪」

「と、言う訳ですから荷物持ち、宜しくお願いしますね」

2人の少女からさも当然と言った感じで言い切られるシンジ、流石の不死身な彼の顔色も真っ青を通り越して蝋のように白くなっている。

「ああ・・・時が見えますよインドの人・・・ナニ? 新しい人類の革新? でもサルがNTになる御時世に其れは如何な物だろう。ぬう、戯言は止せと被り物大好きな人から言われちゃったよ困ったなあ・・・」

「軽く電波受信してるんじゃ無いわよ、ほら、さっさと中で無線使って到着連絡するわよ。あ〜爺さん、またコーヒーとか煎れてるのかな、私爺さんのコーヒー、濃過ぎてあんまり好きじゃないのよねえ」

「其れはマナがお子様ってこイエナンデモアリマセンヨ? だから其の拳は如何かお納めを」

爺さんとはこの隠しエアポートを管理する職員、佐間ヒトシ(76)の事で、特に彼等シンジ達のような子供が来る事を殊の外に喜び、搾りたて牛乳や、其れを使った料理を短時間の内に振舞うのが何よりの楽しみと言う好々爺だ。

此処に駐在する前はヘルシング下部組織で化物退治の前線で戦っていた猛者だと言うのだから世界は驚きに満ちていると言う所か。

「さ、行くわよ・・・変ね」

シンジの襟首を掴み、引き摺ろうと構えたマナの動きが止まる、其れを不思議そうに見たマユミの表情も引き締まる。何かがおかしい、空気が何時もと違う、この長閑な山奥の小さな農場に似つかわしく無い其れが此処には満ちている。

「良く考えたら煙突から煙が出てませんね・・・何時もなら私達が来る時間に合わせて料理を作るために竈に火が入ってる筈なのですが・・・。何かあった?」

着ている薄い春物のコートの内ポケットからブックカバーの付いた本を取り出しながら家の方へ平然と近づくマユミ。其れを見てマナもシンジを立たせ、裏口の方へと凄まじいスピードで駆けて行く。

其れを見送り、気配が裏口辺りへ辿り着いたのを確認する。マユミ自身は正面玄関に立ち、堂々とドアを開けて中に入る。

「ヒトシさん!?」

「え!? なに、何事!?・・・え?」

「ま、マナ殿下、そろそろ首を離して貰わないと流石のシンジっくんもこの世にサラバ! な自体に。っておや? ヒトシ殿」

マユミの叫び声を聞いて裏口を吹き飛ばして入って来たマナも中の光景を見て絶句する。ただ1人、シンジだけがノンビリと口を開いた。

「何ゆえにユーはブラッドで染められているのですか? キラートマトに攻められたとか? ハッ、専門家をコールヒアー!!」

かなりの量の血溜まりが床を紅く染め、其の中心に脇腹を押さえた老人が1人、苦笑交じりに戯言を叫ぶシンジを見つめていた。

「ヘッ、毎回来る度に思うがシンジ・・・お前さんは変な奴じゃな。其処がまた個性と言えば其れまでじゃが」

「良く言われますよ毎秒のように!! さて、もしや御老体を染めて三倍にしようと画策したのは部屋のあちこちに隠れている黒くて飛んで、一匹見たら30はいると思えがキャッチフレーズの御歴歴?」

ゆっくりヒトシに近づきながら何とはなしに呟いたシンジの台詞、マナ達は気付いているのか無言のまま。居間に通じるドアが開き、全身を黒い装備で固めた男が入って来る。

身長は190近く、一人が出ると他の全員も続くように現れ、狭い台所に最終的に6名。確かに現れ方からしてシンジの台詞も的外れではないと言うのか。

「・・・碇シンジだな」

「人に聞く前に先ず自分から名乗りたまえぃ!!」

「我々と来て貰おうか」

「鮮やかなスルーパス!? 近頃のってくれる人いなくてボクたん悲し過ぎるっ!! 君がっ! のるまでっ! ギャグるのをっ! 止めないっ! と、まあオラオラ風なのは置いといて、実際この私が碇シンジです、高倍率で」

勢い良く人差し指を逆転する裁判に出てる弁護士風に突き付けて言い放った台詞を完全に無視され、嘆くシンジに男はただ機械的に命令を告げる。

ショボンとしたシンジを脇に退け、マナが一歩前に出る。表情豊かな彼女が無表情でいるのがなんとも恐ろしい。

「で?・・・家の仲間をこんな目に合わせたアンタは・・・誰? カズマの残党?」

「・・・答える必要は無い」

「ンだとこのガキャ」

「マナさん落ち着いて、柄悪くなっちゃってますよ? 其れに聞くまでもありません」

今にも殴りかかりそうなマナの肩を掴んで引き戻すマユミの其の台詞に不思議そうな顔を向けるマナ。マユミは黒服達を視界に入れながら言葉を続ける。

「現在、シンジさんをすぐさま連れて行きたがっている組織、思い付きません? この近くにあってこの前ふざけた手紙をくれた・・・」

「・・・あ! ネルフ!?」

「そうです、ただ今現在問題とするべきは何故、彼等が此処にいるかです。この場所はそう簡単に知れる物ではないのに・・・」

「内通者がいる? 何にせよ穏やかな話じゃないわね」

「何時まで詰まらない事を喋っている。碇シンジ、さっさと我々と来て貰おうか」

ヒソヒソ話を続ける二人に痺れを切らした、最初に話しかけて来た黒服が一歩踏み出す。

「一寸待った。じゃあ最後の質問、爺さんを撃ったのは・・・どいつよ」

「聞いて如何する」

くだらない事を、彼の顔はそう言っている。だがマナは挑発に乗る事無く、先程から表情1つ変えずに黒服に視線を向けたまま。彼の方も話が続かないと見たか、もしくは如何でも良いと見たか。何でもない事のように口を開く。

「大人しくしていれば危害は加えないと言ったのに、襲い掛かって来たから私が発砲した。正当防衛と言う事だな」

「ヘッ、どの口がそんな戯言を・・・ドア開けた途端に問答無用でぶっ放しやがったくせによ」

己の正統性を告げるが、咳き込みながらのヒトシの発言に舌打ちを1つ、同時に懐に手を入れ。

「五月蝿い爺だ、黙っていればまだ死なずに済んだ物を」

「ちょ、止め」

マナの制止も間に合わず。

「っが!!」

銃弾はヒトシの右肺を貫いた。

「貴様ああああああああああああぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」

「最後の通告だ。碇シンジ、我々と共に来い」

怒り心頭のマナの叫びも何処吹く風。リーダー格のその黒服はただ単純に任務を遂行しようとする、だが彼も、マナすらも気付いていなかったことが1つ、先程からこういう時はくだらない事を喋ってマナ達からどつかれるシンジが一言すらも喋っていない事に。

「シンジさん、この屑達を如何しますか? シン・・・ジ、さ・・ん?」

最初に異常に気付いたのはマユミだった。自分の喋りかけになんら反応を示さないシンジを不審に思い、話しかけながら近づき、シンジの顔を覗き込む。そして最後の呼びかけは切れ切れの物となった。

「マユミ、如何したの!? シンジ、大丈・・・夫?」

マユミの態度に気付いたマナもシンジにバックステップで近づくが、其処で固まる。2人は見てしまった、気付いてしまった。だが全く状況が飲み込めずにいる者もいた、黒服達である。

「好い加減にしろ、我々も遊んでる暇は無いのだ」

リーダー格、そしてヒトシに2発の弾丸を撃ち込んだ彼がマナとマユミの横をすり抜け、シンジの肩を掴む。彼は此処で気付くべきだったのだ、何故其の二人がシンジに接近するのを阻止しなかったのか、そして今もシンジから離れようとしている事に。

「そうか、貴様がこの老人に発砲し、殺した、そう言うのだな?」

先程のおちゃらけとは程遠い、低く、朗々と詩でも読み上げるような口調。それでも黒服は不審に思わない、逃げない。

「そうだ、だから如何したと言うのだガキ。子供の駄々に付き合ってる暇は無いと・・・」

「ほう? お前、そしてお前達も」

シンジの右手が上がり、最初に目の前の男を、次にばらついて立っている黒服を指差し。

「ん?」

「楽には死ねんぞ?」

ぞぶり

「ガッ!!」

唐突に感じる灼熱感。其れを感じた自分の部位を見下ろす黒服、其処には。

「なあああああああああああああ!!!!!!!!!」

シンジの左手が刺さっていた。

「フン、良く吼える狗だ。味は如何かな?」

ずりゅりと音を立てて引き抜かれるシンジの左手。それに握られているかなりの大きさの肉片、垂れる血の色が黒っぽい所を見ると肝臓か何かだろう。シンジは其れを口まで持って行く。

くちゃくちゃくちゃ・・・べっ

「不味い、貴様の血肉は大層不味いな。私の一部にするには全く値しない、そう、なんと言うか・・・臭い、臭いんだよ貴様の血肉は、人の臭いがしないんだ」

軽く咀嚼し、吐き出す、まるで年季の入ったソムリエがワインのテイスティングをするが如く。

「こんなに不味くちゃアレだな、触るのも断りたいのだがそうもいかないな、なんと言ったか、そうこういうのを仇とでも言うのか? 老人を死に追いやったお前に対するこの行為を実践しないといけない」

「あ、あ・・・」

聞いていない、寧ろ聞こえていないであろう右腹部の穴を押さえ、出血を止めようとしている男に近づき。

「もう、一度、言お、う、楽に、死ねると、思うな、よ?」

最初の句切れの時に左手を引き千切り、次で陰部の少し上を抉り腸を引き摺り出し、次で右肺を抉り、次で左目を抉り出し、句切れで少しずつ男の体を削って行く。

「はひぇ、ふひゃはあひへ」

舌を抜かれ、まともに喋れない彼の体を。

「貴様の血など一滴も飲んでやらないね。ではアレだ、なんと言うのかそう、これだ、サヨウナラ」

血濡れの右手で薙ぎ払う。軽く払ったようにしか見えなかったが男の体はマナとマユミの間を飛び抜け、壁に当たって大きく穴を開ける。肉体は腰でほぼ半分に千切れかけており、通った後には血や肉片が散乱している。

この光景を呆然と何も出来ずに見ていた他の黒服達は、やっと事態に気付き、自分達のリーダーの有様を見て悲鳴を上げる、吐く者もいる、飛んで来てかかった血や肉片を必死で払い落とすモノも、だが何故か小屋から出ようとしない、いや思えない。まるで何かに飲まれてしまったかのように。

「マナ? マユミ?」

「は、はい!!」

「な、何でしょうマスター!!」

これは如何した事だろう。普段なら軽口1つで返す筈のマナとマユミ、どちらもシンジに対し直立不動で答える、マユミに至っては呼称がマスターに変わっている。信じられない変わりようだ。

「分かってると思うがアレだ、残っている彼等、嗚呼なんと言うのかこのルーチンタイプは単語が思い出し難くていけない、そう、あれだ、赦し難い彼等を1人たりとも逃がす事が無いようにな」

「Sir! Yes! Sir!」

「わ、分かりました!!」

マナは軍人らしく敬礼まで付けて返事をし、未だ恐慌状態の男達の元へ駆け寄ろうとする、が其の足は直ぐに止まり、顔だけヒトシの方を振り返る、出血は止まらず、肺も撃たれた、後数分ももたないであろう彼はそれでも気丈に笑っていた。

「爺さんの煎れたコーヒー、苦かったけど・・・悪く無かったよ」

「ほっ、そうかそうか、また今度、何処かで煎れてやるさ・・・」

「うん・・・さようなら、さようなら佐間ヒトシ」

「うむ、また、な」

マユミもまた本を抱え、気丈に笑って見せる。

「何時か迎えが遅れた時に作って貰ったシチュー、美味しかったのでレシピ貰いましたけどまだあの味、出せないんですよ? 私、料理下手なんでしょうか」

「そんな事ないじゃろう、矢張り美味い牛乳と空気、これじゃよ」

「そう、そうですね・・・今度試して見ましょう、それじゃあ・・・さようなら、佐間ヒトシ、さん・・・」

「はは・・・最後まで礼儀正しいのう・・・また、じゃな」

もう2人は振り返らない、振り返らずに男達の元へゆっくりと歩み寄る。其れを見送ったヒトシは視線をユックリと己の前に立つ碇シンジ、凄まじい豹変を見せた彼へと固定した。シンジは薄ら笑いを浮かべたまま其処だけに夜の塊が具現したかのようにひっそりと立っていた。

「ワシも・・・此処までかのう坊主」

「そうだな、もって後数分か。肺への銃撃が致命的だな、うん、其れさえなければ医療班を呼べば救命可能な状態だったのにな、これを何と言うか・・・そう、此れだ、今生の別れと言う奴だな」

「ほっ、はっきり言うのう今のお前は。さっきのとは大違いじゃわ」

咳き込み笑う、開いた穴から流れ出す血液は更に広がり、シンジの靴にまで達する。

「其れがこの『哀』の思考ルーチンの特徴だからな、あらゆる事象を悲しみに繋がる物と捉え、其れを否定する事により碇シンジの心が壊れる事を防ぐ。

だからそう、其の思考処理に脳の能力の大半を使用するから、想い遣り等の思考は切り落とされるんだ、だからすまないな、隠す事は出来ない」

其れを気にした様子も無く、淡々と事実のみを告げるシンジ、そんな彼に老人はニヤリと笑い、最後となるであろう希望を告げ始める。

「なに、構わねえさ。下手に隠されるより、ずっと、良い。それよりよ、今のお前が出て来たのはワシにとっちゃあ行幸じゃよ。分かってるん、じゃろ?」

若い彼を試すように、老人は意味深に問いかける。若者は薄ら笑いの中に薄っすらと悲しみを浮かべながらも淡々と返事をする。

「無論理解しているよ、でも、アレだ、其れを行った場合、老人の魂は碇シンジの消滅が来る其の日まで囚われ続ける事になる訳だが。其れを理解した上での、発言と取っても問題は無いのだろうか、老人」

「無論じゃ、このワシを、誰だと、思っとる。此れでも、一夜で50もの化物を屠った事も、ある。『狂牙』の、二つ名も、伊達では無いて・・・ゴホッゴホッ!」

咳き込みに血が混じりだした、臓腑からの出血が胃から食道にまで達した証か、老人に残された時間は少なく、だが、若者が結論に達する時間もまた短く、全てを時間をかけずに考え、結論を下すのが『哀』の思考、悲しみは考えるほどに増すだけだから、考えても救いは無いから。だから。

「分かったよ老人。老人の願いを其の、アレだ、うん、聞き届けよう、だから安心して死んでくれ。いや、この場合は余り、其の、何だ、死ねなどと余りそう、言わない方が良いのではないかな、ああ、今更だがそうだった気がする」

「本当に、今更、じゃよ・・・そろそろ時間じゃな・・・ああそうじゃ、シンジ」

「何かな、老人」

人が死に際に気にするのは遺される者の事、最後の気力を振り絞って其の一言を。

「孫にゃあ、手、出すな、よ」

「其れはうん、保証の限りでは無いな、なんせほら、碇シンジの別ルーチンは、アレだ、女好きがいるからな、嗚呼そうだ、保証は出来かねるだろう」

「こういう時は、よ、嘘でも安心させる為に分かった、とか言うんじゃねえのか? ん?」

首を傾げ、一言。

「本気で其れを望んでるのか?」

「いいや? まさか・・・、それじゃあ時間だ、アバよ、坊、主」

「嗚呼そうだな、そのようだ。さようなら御老人」

ニヤリと漢臭い笑みを1つ。老人は、否、戦士は其の力を全身から抜く。そしてもう戻らない旅に。シンジは其の躯の横に座りこみ、そっと老人の頬を撫でる。膝をついたズボンは老人の出血で紅く染まるが、気にした様子も無くシンジは撫で続ける。

「誰かが言っていたな、何だったか、本当に思い出し難いルーチンだ、そう、こうだったか『血液とは魂の通貨意志の銀板』」

頬を撫でていた手をそっと老人の首に据え、もう片方を顎に、そっと持ち上げる。

「『血を吸う事血を与える事とはそういう事』だからそう、アレだ、老人、貴方の意志は確認した、支払いを認識した。うん、そうだ、故に碇シンジは其れに応えねばならない、そういう事か」

顔を老人の首筋に寄せ。

「そう、もう一度いっておこうか、必要は無いのだが、其の、アレだ。気分の問題か、そう、無駄だとも思うが、それでも、何だ、しなければならないだろう、だから言う。さようなら老人、そしてようこそ、碇シンジの中へ」

限界まで自身の顎を開き、鋭く居並ぶ牙を何の躊躇いも無く老人の喉へと。

ずぶ

じわりと牙の穿った穴から滲み出す未だ温かい血液、其れをシンジは音を立て、飲み乾して行く。其れと同時に銃創から流れ出した大量の血液もまた、音を立ててシンジへと集まり、其の中へと何処からか吸い込まれて行く。

シンジがゆっくりと其の口を老人の喉から離した時、血は一滴たりとも老人とシンジの周りには残っていなかった。

「此れで良い、此れは良い。ようこそ老人、そして宜しく、うん、これから共に征くのだ、本当に宜しく」

哂った。本当に寂しそうに、哂った。

「ではそろそろだ、其のアレだ、行かなければなるまい、ネルフ、そうネルフへ。残党狩りよりも何よりも優先されるべきだ、それがそう、なんと言ったか、ふむ、思い出せないとは億劫な事ではある、そうじゃなかろうか、嗚呼そうだそうに違いない」

「弔い合戦、そうじゃありませんか? マスター」

「そう、行きましょう、借りは返さないといけない物だし」

シンジがゆっくりと振り向くと彼の従僕が2人、全身を血塗れにしながら、泣き笑いに似た表情を見せて佇んでいた。その後ろにはもはや人間だったと言われても認めたく無いほどに原形を留めていない肉片が乱雑に散らばっていた。

「そう、そうだ、其れだよマユミ。弔い合戦と言う物を実行に移さないといけない、其れが老人へのそう、何だ、手向けだ」

一歩踏み出し、二人に告げる。

「ならば行こうか、其の、何だ、借りを返す、そう、其の相手がいる場所へ」


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